WinterGhost Frontline   作:琴町

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アンバーズヒルの吸血鬼・後篇 ⑨

 遠方から聞こえる爆発音に、416は思わず振り返った。

 

「あっちは‥‥正門かしら」

 

 正規軍の部隊が真っ直ぐ進軍してきたなら、45たちとぶつかるのはそこだろう。もっとも、想像よりも基地に迫られているのは気になるが‥‥

 脳裏をよぎった不安を振り払って、ノアの私室のドアに手をかける。ガツリという感触。

 

「鍵‥‥は持ってきてないし、丁寧に開ける時間も無いわね」

 

 一歩引いてサイドアームを抜く。淀みなく鍵穴に照準を合わせ、引き金を引いた。これくらい、基地の修繕時にまとめて直せばいい。

 

 主が2ヶ月戻っていないにも関わらず、部屋の中は綺麗なものだった。それもそのはず、遠征に出るまでは自分が毎日欠かさず換気と清掃に通っていたのだから。

 さぁ、目的のものはここにあるはず。416は迷わず寝室に踏み込んだ。

 

 まず、ノアは読書家だ。小説から伝記、学術書まで広く読んで言語も問わない。

 きっと多くの人形はそんな印象を持っていないだろうが、何のタスクも無いときの彼はいつも何かを読んでいる。副官として傍にいるからこそ知っている一面だ。

 そしてそんなノアの私室には、若干の模様替えの結果3つの書架がある。

 1つはリビングの壁一面を埋める大きなもので、小説や戦術論教本――416も読むものが並んでいる。

 残りの2つは寝室にあって、どちらも1つ目に比べると控えめなサイズ感。医学書や数学の論文、様々な宗教の経典といった怪しくて難解なラインナップとなっている。

 416は後者にあまり興味を示さなかった。読んだところで身になるようなものでもなし、面白いわけでもなし。

 だが、この部屋には毎日訪れる。掃除の過程で他の場所には全て目を通す以上、もしノアが見られたくないものを隠すとすればここしかない。

 敷き詰められた黒い背表紙たちを撫でていくと、ある一冊でカタンという感触が返ってきた。

 

「‥‥あった」

 

 引き抜いてみれば、それは本に見せかけたケースだった。中身は古びた小さな木箱。416がノアと知り合ってから、一度も見たことのない物体。

 開けてみると、親指程度の大きさをしたカプセルが入っている。

 

「これが、アルグリス‥‥さんの置き土産」

 

 ボイスログの中でノアは「何かの薬か?」と言っていたから、これで間違いないだろう。

 

「やっぱりね。あのノアが、大切な人からの贈り物を捨てるわけがないと思ったわ。

 ‥‥ほんと、未練がましいんだから」

 

 思わず口元が緩む。

 透かして見ると、内容物は赤い液体であることが分かる。

 416の推測が正しければ、これはきっと――

 木箱をバッグに仕舞い込んで、416は部屋を後にした。

 

 

 

「45、探し物が見つかったわ!

 ノアの居場所を教えて!これから全速力で向かうから」

『遅いよ416!座標を端末に送ったから――』

 

 爆発音と悲鳴。

 何があったのか質す間も無く、通信は途絶した。

 

「‥‥」

 

 足は止めない。端末を一瞥してノアの隠し場所を確認し、最短経路を算出する。

 45たちはかなり苦戦しているようだ。上空の轟音からして、増援が来たのだろう。

 一刻も早くノアを目覚めさせて、45たちを撤退させなければ。地下通路を崩落させれば、軍の追手は潰せるはずだ。

 

 それから182秒間走り続け、53回目の”絶火”で廊下の角を曲がった瞬間。

 416の真横の壁が爆発した。

 反射的に身を翻し、後ろ向きに亜音速で()()ながら愛銃を構える。

 差し込む光と共に転がり込んできたのは、反逆小隊の二人。その視線は外に向けられている。

 続けてロケットの如き勢いで突っ込んでくるのは人間の兵士――エゴール大尉だ。

 

「二人とも伏せて!」

 

 叫びながら斉射。エゴールは義手で頭部を庇いつつ角の向こうに退避する。

 追撃を防ぐために侵食榴弾を放った416に、開眼状態のAK-12とAN-94が駆け寄ってきた。

 

「416!?どうしてここに」

「こっちが最短経路だからでしょ。

 エゴールの奴、妙に迷いなく進むと思ったわ。多分、上空の無人機が建造物をスキャンしてナビゲートしてるのよ」

 

 走りながら12が眉根を寄せる。

 

「12、アンタなら――」

「ハッキングできるでしょって?

 私と45で協力しても無理だったわ。じっくりやれば不可能じゃないと思うけど」

「あんなイかれたサイボーグ相手じゃそんな余裕はない。

 ここの人形たちと私で協力しても足止めは60秒が限界だぞ。

 12たちにしても、無人機たちの殺傷圏内に身を晒すのは自殺行為だ」

 

 94が忌々しげに語る。

 

「他のみんなは?」

「外で無人機の足止め。負傷した子はそれぞれ別々の経路から地下に下がったわ。

 45も負傷したけど、前線に残ってる」

 

 ガッツあるわよねと12が苦笑すると同時、先ほどとは反対方向の壁が砕け散る。

 飛散する瓦礫の中から姿を現したエゴールを眇めて、416は思わず舌打ちした。

 

「あっちも無駄にガッツあるわね。いい加減諦めなさいよ」

 

 振り向きざまに侵食榴弾を発射。キャッチされそうだったので、少し早めに爆発させた。

 

「416、ソレまだある?

 余裕があるなら分けて欲しいのだけど」

「いいけど‥‥アンタたちの指揮官と同じ轍を踏まないように気をつけなさいよ」

 

 榴弾を渡すと、12と94が振り返り足を止める。

 

「ナイス判断、416。

 あとは私たちが足止めするから、貴女は先に行きなさい。

 愛しの王子サマはすぐそこよ」

「――そんなんじゃないわよ!

 でも感謝するわ、精々死なないようにね」

「任せなさい」

 

 互いに視線を交わすこともなく、416たちはそれぞれ反対方向へ駆け出した。

 

 

 

 それから120秒後、416はついに指定された座標に辿り着いた。

 ドアの前で待機していたG36cとZB-26には一瞥もくれず、部屋に飛び込む。

 416が遺存生命特務分室へ赴く前と変わらない姿で、ノアはそこに眠っていた。

 全力疾走を続けた反動で深呼吸を繰り返しながら、冷たい頬を撫でる。

 ‥‥浅いが、呼吸は続いている。思わず、ほうっと息を吐いた。

 

「よかった。まだ、生きてるわね‥‥」

「最低限の装置は運び込んでいますから」

 

 416はそのとき初めて、ベッドの傍で抜銃したまま壁に凭れかかっているウェルロッドの姿を認めた。

 流石に、周りを気にかけていなかったと反省する。

 

「とはいえ、装置にどれくらい効果があるかは不明だとG36やUMP45が言っていました。

 どうしたものか‥‥」

「それなら、私が何とかするわ」

 

 ポケットから小箱を取り出し、カプセルをつまむ。

 

「ねぇウェルロッド、水は――」

 

 すぐ後方からの爆発音。コンクリート片が部屋の中を吹き荒れた。

 ノアの体を庇いながら振り返ると、鬼気迫る表情のエゴールが踏み込んでくるところだった。

 その手には、AK-12が握られている。

 本来の持ち主は、姿を見せない。

 

「416は指揮官を!」

 

 叫ぶウェルロッドが、壁を足場に跳躍。エゴールに銃撃を浴びせつつ肉薄する。

 無茶だ、と声を掛ける余裕はない。ベッドに搭載された自走機構を起動しようとした416の手が、止まる。

 それは一瞬の長考だった。

 ウェルロッドは、”猫の鼻”の中で最高に近い練度の体術を修めている。純粋な格闘戦能力では、ノアに最も近い人形と言えるだろう。

 しかし、相手はあのAUGすら破った機械化兵士。416と152秒差でここに辿り着いたということは、反逆小隊の二人を30秒前後で無力化した計算になる。

 おそらくウェルロッドは、10秒足らずで殺される可能性が高い。

 ――ノアを逃がす時間は無い。突破口は、ただ一つ。

 

(嗚呼、この私がこんな博打に出るなんて)

 

 カプセルを口に放り込んで噛み締める。

 特殊な素材でできていたのか、カプセルは唾液の中で一瞬で溶解した。内容物――血液が口の中に溢れ、鉄の匂いが鼻に抜けた。

 他人の血を口に含むことがいかに気分の悪いことか実感しながら、ノアの口元に手を添える。

 一瞬躊躇う乙女な自分は、合理的判断で蹴飛ばして――

 

 ――咬みつくように、416はノアの唇に唇を押し付けた。

 

(もう‥‥最悪のファーストキスだわ)

 

 レモン味とか言ったのは誰だ。鉄の味しかしないじゃないか。歯もぶつかって痛いし。

 しかも相手は眠り姫。送る血の量を調節しながら唇を合わせ続けるのは、正直言って楽じゃない。

 息の仕方が分からなくて、だんだん苦しくなってきた。

 それでも、まだ血は残っている。一滴残さず送り出すために、舌を絡めてキスを続行。

 

「んっ、んぶっ、じゅる‥‥」

(お願い、これで目を覚ましてよ‥‥!)

「こんな状況でキスとは、随分と色に狂った人形もいたものだな」

 

 すぐ後ろで、銃を構える音がした。銃口は、既に自分の後頭部に向いている。

 

「そのまま機能停止するといい。すぐにその男もそちらに送って――いや。

 人形は機械なのだから、地獄には行けないな」

「――ぷはっ!」

 

 そこでようやく、全ての血を飲ませ終わった。が、駄目だ。ノアは動かないし、抜銃は間に合わない。絶望感が416の視界を包む。

 ホルスターからナイフを抜き放ちながら振り返ると、すぐ目の前に赤熱化した銃弾たちが飛来していた。

 

(この距離でフルオートとか、過剰にも程があるでしょ。莫迦じゃないの)

 

 今この瞬間、ここに動ける仲間は一人もいない。ナイフを握った手は、敵の喉元には届かない。

 口の中には噎せ返るような鉄の味ばかりがあって。

 あぁ自分はノアとキスしたんだな、と事実を再認識しても、まだ銃弾は当たらない。

 時間の流れが、ひどく遅かった。

 きっと、連中はバックアップサーバも全て破壊するだろう。彼との記憶は失われる。

 

(‥‥せめて、もう一度。あの優しい笑顔で褒めてもらいたかったわ)

 

 そして、416の視界は暗転する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 温かな感触とゼラニウムの香りに包まれて、416はその声を聞いた。

 

「――ナイスファイト、416」

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