WinterGhost Frontline   作:琴町

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猫の鼻⑦

 目を開くと、一面のトラバーチン模様が網膜センサに結像した。

 視覚モジュールに少し遅れて再起動した思考回路が、作戦区域近辺のセーフハウスのいずれにも該当しない景色であると結論を出す。

 後頭部にはプラグが挿し込まれ、腕には点滴の針が刺さり、充電と栄養補給が同時に行われているのだと理解した。

 首を巡らせずとも分かったが、義体も義手も見事に修復されていた。この義手を調達してきた整備士によると、自分の体は型が古すぎて予備が無いという話だったが。

 さて、自分はどうしてここにいるのだろう。ここはどこ?他の隊員は?作戦はどうなった?――いや、それは問うまでもないか。これ以上ないほどの失敗だった。

 自分たちを助けにきた人形のことを考える。あの後自分たちが問題なく救出されたのならば、ここは彼女の所属する基地か。そしておそらく、自分を含め三人は助かったはずだ。自分と違って二人のパーツは調達が難しくない。G11に至っては民生品なのだから、すぐに修復できただろう。

 416はどうなったのだろうか。確かめたいが、周りには誰もいない。カーテンの隙間に差す光は無く、自分は夜中まで眠っていたのだと分かった。

 どうにかならないものかと身じろぎしていると、部屋の引き戸が開く音がした。

 

「ちゃんと安静にしてなよ。大怪我してたんだぞ、キミは」

 

 視線を巡らせると、あのときの人形が眉尻を下げてそこにいる。何故か、指揮官のものと思しき赤いコートを羽織っている。

 45が口を開くより先に、人形が続けた。

 

「さっきは状況が状況だったから自己紹介が遅れた。

 僕はノア、ノア=クランプス。ここ――C■■地区グリフィン戦術司令部の指揮官だよ。

 コレ、キミの服ね」

 

 ノアはサイドテーブルに袋を置いて、スツールに腰かける。

 ――人形じゃなかったの!?

 傍の計器を観察する横顔に、45はそう声を掛け――ようとして咳き込んだ。

 ノアが困ったような笑顔で水の入ったコップを差し出してくる。

 有難くそれを受け取って、中身を煽った。

 

「……ふぅ。私は、UMP45。詳しい素性は言えませんけど――」

「キミたちについての基本的なことはヘリアンさんから聞いたよ。

 “404小隊”。違法人形で構成された、存在しないはずの特殊部隊だって?

 ついでに色々理屈をつけて、キミたちの任務についても情報を共有してもらっちゃった。

 あの人、めっちゃ嫌そうな顔してたけどね!あっは!」

 

 その言葉で、45はヘリアンから聞いた話を思い出した。今回の作戦地域にはG&Kの作戦司令部があると。そこの指揮官は、そんな地域に置いておく場合ではないほど優秀なのだが、あまりにも掴みどころがなく、公的にも私的にも信用したくない男らしい。そのときは人間の指揮官になど興味が無かったから聞き流したが――男?

 体つきから性別を判断しようと上半身を観察していると、ノアが立ち上がった。初対面なのに不躾過ぎただろうかと焦る。下らないミスで良好な関係を築きにくくなるのは御免だった。

 しかしどうやらその心配は杞憂だったようで、ノアは袋を指さす。

 

「うん、バイタルは問題なし。修復は問題なく――あぁ、一部調達に手間取った部品はあったけど、概ね問題なく済んだ。

 その様子だともう元気みたいだし、着替えてくれる?僕は外に出てるから」

「は、はい。分かりました」

 

 「手伝おうか」と言ってこない辺り、気を遣える男なのか、気を遣えない女なのか。

 45は針とプラグを抜いて、袋を手に取った。


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