WinterGhost Frontline   作:琴町

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「‥‥俺が、俺が死ねば良かったんだ」
「俺なら、みんなを逃がして、一人でアイツら全員と相討つこともできたはずなんだから――」

***

 家族と居場所を失った日から、20年あまりが過ぎた。
 俺は一人森の奥に粗末な小屋を建て、ひっそりと暮らしている。

「よぉ、今日も元気そうだな」

 小屋の前を行き来する野兎や鹿の親子に声を掛けると、てってけとこちらに駆け寄ってきて頭を擦りつけてくる。

「子鹿の脚は治ったみたいだな。
 おっと、これは胡桃か?礼なんていいのに、ありがとうな」

 向こうへ駆けていく動物たちに手を振ったとき、ふと甚大な寂しさに襲われる。
 もう十数年、まともに人と関わっていなかった。強いて挙げるとするならば、近隣の村で買い物をするときに店番と話すくらいか。
 当然、命のやり取りも長らく味わっていない。初めの2,3年こそ正規軍の追手に絡まれていたけれど、全員殺したらそれも無くなった。

――間違っても、俺たちの後を追おうなんて考えるんじゃあないぞ。

「分かってる‥‥でも、やっぱり寂しいよ」

 そう呟いたとき、腹がぐぅぅと音を立てた。

「腹が減ったのか‥‥はぁ」

 何もせずただぼうっと生きているだけでも、食欲や睡眠欲は湧くのだから不便なものだ。
 血はかれこれ15年以上飲んでいない。今のところ、返り討ちにした追手が最後の馳走。
 まぁ、人間と同じ食糧でも腹だけは膨れる。近くの村まで買いに出るとしよう。
 木々を足場に20分ほど跳んで、砂が多くなってきた地面に降り立つ。

***

「2週間ぶりだっけか――って、何コレ」

 村は戦場になっていた。
 少女たちが互いに銃を向けあい、激しい銃撃戦を繰り広げている。既に開戦から時間が経っているのか、死体は両陣営のものが入り交じって転がっていた。
 避難する間など無かったのだろう、村人たちもその中で血の海に沈んでいる。

「何で気付かなかったんだろ。いくら何でもぼうっとしすぎじゃないか、俺」

 よく観察してみると、少女たちの一方は様々な服装に身を包んでおり個性的で、他方は画一化された無機質な外見をしていた。
 どちらも人間ではない。おそらくは機械の体だろうと、気配で察した。後者にはどことなく見覚えがある。

「軍が研究してた、戦術人形ってヤツかな‥‥。
 まぁ、村人はどうせ全滅だろうし、帰ろ」

――無辜の、民の‥‥助けを求める声、から‥‥目を、背けないでくれ。

「‥‥聞こえない。そんな声、俺には聞こえないんだよ。セレナ」

――お前の頭脳があれば、きっと‥‥何だってできるはずなんだ。

「こんな出来損ないの腑抜けに、できることなんて無いよ。アード」

 胸を苛む罪悪感には蓋をして、踵を返す。
 そのとき、視界に個性的な少女の一人が転がり込んできた。傷だらけで、銃を持っていない。落としたのだろう。
 尻もちをついて後ずさる少女に、バイザーを着けた紫色の戦術人形が迫る。
 少女と、目が合った。合ってしまった。怯懦が滲んだその瞳に、思わず吐き気を催す。

(機械にここまで精巧な表情をつける理由があるか?
 製作者はとんだ倒錯者だな)
「た、助けてッ!」

 ――たった一言。
 そのたった一言で、俺は――――


アンバーズヒルの吸血鬼・後篇 ⑩

 ノアの師曰く、命は儚いからこそ美しく愛しいそうだ。

 数の多さと存在時間の長さは、ものの価値を希釈するのだと。

 それはノアも理解している。理解は、している。

 しかし、その美しさよりも喪失感ばかりがこの胸に残るのも事実なのだ。

 

 死にたいのに生きている自分とは違う。彼らは生きていたかったけれど、叶わなかったのだ。

 だから、こんなにも無価値な自分には、彼らとの約束を果たす義務があるはず。

 眠る度に、幸せな日々の記憶が再生される。

 季節の花を目にする度に、仲間たちと過ごした時間が脳裏に蘇る。

 何をしても体中の血は冷え込んで、肺腑にどろりとした何かが蟠っているけれど、もはや自分には嗚咽を零す権利もない。

 どうせ自分は死なないのだから。

 限りある命を激しく燃やす者たちのために、正しい報いを齎そう。

 

 そのためにまず自分がすべきは、腕の中で固く閉じられている少女の目を、優しく開かせてあげることだ。

 ノアは目一杯優しい笑顔を作って語りかけた。

 

「――あっは。

 寝て起きたら色々と凄いことになってるんだけど、なぁにコレ?」

 

 その声を聞いたのは一月ぶりだけれど、もっとずっと長い間待ち焦がれていた気がする。

 目を開くと、今となっては見慣れた麗人の笑顔があった。鳩羽色の長髪が、さらりと目の前を流れる。

 今自分が置かれている全ての状況を忘れ、思わず416は叫んだ。「ノア‥‥!!」

 

「はぁい416、おはよう。その口を見るに、キミが起こしてくれたんだね。

 なるほど、ブラッドカクテルか。断血してた身にはドギツい代物だけど、お陰でばっちり目が覚めた。

 ――言いたいことはいろいろあるけど、まずはありがとね」

 

 416の口を指で拭って、ノアが柔らかな笑顔を浮かべた。

 溢れそうになる涙液を、少し痩せた腕の中で瞼を強く閉じることで堪えた。

 そして、頭を無理矢理切り替える。

 

「今、貴方の命を狙って正規軍が攻めてきていて――って、あら!?

 さっきまでそこにエゴールが‥‥!」

「あぁアレ、エゴールくんだったのか。反射で蹴っ飛ばしちゃったから気付かなかった」

 

 指についた血を舐め取りながら、ノアはエゴールが突っ込んできた穴を顎で指す。

 そちらを見やると、かの機械化超兵士は逆再生のように吹き飛ばされて通路の壁に埋まっていた。

 

「ちょっと待っててね、416」

 

 そう言いながら優しく416の頬を撫でて、ノアが立ち上がる。

 病衣姿にも拘らず、その佇まいにひ弱さはまるで無い。思えば、たった今自分を抱き締めていた腕は、今までにないほどの熱を持っていた。

 AK-12に見せてもらった資料の内容を思い出す。あれは、吸血による活性状態なのだろう。

 

「Guten morgen, Egor.

 カーターくんに言われて僕を殺しに来たんだろうけど、当てが外れたかい?あっは、()()()()

 さて‥‥別に見逃してあげてもいいんだけど、この子たちを傷つけた分のお礼はしなくちゃね」

「この‥‥ッ!」

 

 爆発音と共に、エゴールの体が文字通り飛来する。

 さらに空中でもう一度右腕を爆発させて、速度と回転の乗った拳を振るう。

 その速度は416の目でも捉えられないものだったが、

 

「いい義手だね。大した技術だ。

 痛覚もありそうだけど、一応確認するか」

 

 ノアは突き出された手首を掴んで、エゴールの肘を膝で蹴り上げていた。

 エゴールの義手が、あらぬ方向へ折れ曲がる。

 

「ぐあああああああッ!」

 

 激痛に叫びながらも、エゴールは退くことなく爆発蹴りを放つ。その一撃はがら空きの胴体へ命中するかと思われたが、

 

「でもやっぱ遅いな。オクタニトロキュバンなんて頭のおかしい爆薬まで使ってそれか」

 

 いつの間にかエゴールは仰向けに倒れ、胸を裸足のノアに踏みつけられていた。

 異次元の速度と技を目にして、エゴールは流石にたじろぐ様子を見せた。

 

「貴様‥‥活性状態なのか‥‥!」

「まぁね。久し振りすぎてちょっと悪酔いしてるけど。

 えーっと、なるほど、無人機がそこにいるんだな。

 道理で五月蠅いわけだ」

 

 ノアが呟いた次の瞬間、浮き上がったエゴールの背中に回し蹴りがめり込んでいた。

 

「ガッ――!?!?!?」

 

 完全に虚を突かれたエゴールは、壁と天井を粉砕しながら上空へ蹴り飛ばされる。

 そのまま、人形たちを見下ろしていた無人機一つと衝突した。

 空に咲いたドス黒い花火を見上げながら、ノアは軽やかな足取りで外へ踏み出した。

 

「おぉ狙い通り。イディスの血が効いてるのかな?」

「ノア!?目が覚めたの――じゃなくて、危ないから屋内に!」

 

 目を見開いて混乱している45がそう言い終えるより早く、残りの無人機たちが大量の榴弾を発射する。

 

「全員下がって」

 

 そう言ったノアが目の前を薙ぐように蹴りを放つと、空気の塊が上空へ吹き荒れる。押し返された榴弾が空中で炸裂し、無人機はなす術もなく焼け落ちた。

 その様子を(すが)めながら背を丸める。痛々しい音を立てながらそこから生えたのは、血のように紅い翼状骨だ。

 息も吐かず、爆発に巻き込まれなかった無人機へ飛びかかる。おそらく踵落としを受けたのだろう、コマが欠けたフィルムのような不自然さで、無人機は地面に叩きつけられ機能停止した。

 軽く羽ばたきながら、ふわりとノアが着地する。同時に、翼状骨はぼろぼろと崩れて消えた。

 人形たちは、動けない。疲労や損傷だけではない。一連の光景に対する衝撃ゆえだ。

 今までも、ノアの圧倒的な戦闘能力は目にしてきた。しかしそれは体術や頭脳の話だ。こんな化け物じみた攻撃手段を目の当たりにして、平常心でいられるわけもなかった。

 

「ふぅ‥‥”梓馬鏡(アヅマカガミ)”と”血遊(チアソビ)”は使える。

 でも流石に魔眼は無理そう。アレに必要なのは質より量だし」

「ノア、後ろ!」

 

 そんな異様な空気の中、ノアの後を追って外に出てきた416が、彼に迫る影を認めて叫んだ。

 声に従いゆるりと振り返ると、全身火傷と骨折だらけのエゴールがいた。

 右脚はカートリッジを使い切り、右腕は肘から先が無い。恐怖と激痛で目に見えるほど震えながら、それでもその目はノアを睨みつけていた。

 

「おいおい、こっちはまだ1速だったんだけど‥‥せめて全身機械にしてくるべきだったね。

 鏡見てごらんよ。もう原形無いぞ、キミ」

「お゛前、っは‥‥お、前だげは‥‥ここ゛で‥‥ぇぼっ!ゴホッ」

「何か、至極僕を恨んでいる様子だけど、筋違いもいいところだよな。

 ここに来た雑兵が全滅したのも、無人機が全部ぶっ壊れたのも、そっちがちょっかいをかけてきたからだ」

「知゛っでいるんだ‥‥れん゛、続吸血、事件の犯、人はお゛前だろう‥‥」

 

 ノアは首を傾げた。

 

「はぁ?何言ってるの。そんな前の事件の話蒸し返して、走馬灯でも見てるの?」

 

 ちなみに、両者が認識している「連続吸血事件」には齟齬がある。

 エゴールが言及したのは”麻袋”のことだが、ノアの知っている事件は昔416たちが解決した一件だけ。

 しかしエゴールがその齟齬に気付くわけもなく、ノアの態度を白々しい嘘と判断した。

 左脚のカートリッジを爆破。ノアに掴みかかる。

 

 次の瞬間、ここ一番の轟音と衝撃を伴う爆炎が立ち昇った。

 

 爆風に晒されて転がった人形たちの中で、真っ先に立ち上がったのは416だった。顔面を蒼白にして、爆心地へ駆け寄る。

 

「ノア!」

「はぁい」

 

 涙混じりの絶叫に応えて、目の前に黒い霧が集まる。霧は人の形を取り、やがて笑顔のノアが現れた。

 部屋を出たときと同じ病衣姿の体には、傷一つない。

 

「貴方、どうして無事なの?いやよかったのだけど、あんな爆発に巻き込まれて‥‥」

「今の見たでしょ?”幽世潜(カクリヨクグリ)”っていってね、体を霧に変化させるの。

 エゴールに関しては心配いらないよ。

 残弾全部注ぎ込んで自爆して、綺麗さっぱり消し飛んだから。あっは!」

 

 その笑い声で、改めてノアが帰ってきたことを実感した。

 緊張の糸が切れたのか、演算回路の調圧が狂って416の足元がふらつく。

 

「おっと」

「わ」

 

 受け止めたノアと、必然的に抱き合うような形になる。

 吸血による活性化でいつもより高い体温と抱擁の感触が、416の循環液を加熱した。

「ご、ごめんなさい!すぐ離れるから――」

 

 しかし、それを拒んだのはノアの方だった。416を抱く手に力が籠る。

 この戦いで、ノアは吸血鬼としての異能を全開――には程遠くとも、超常への畏怖を抱かせるには充分な力を振るった。自分を見る人形たちの怯えた視線が、その証拠であり結果だ。

 それでも416は、まずこの身を案じてくれた。

 その事実が、堪らなく嬉しい。

 ノアはほぅと息を吐いて、小さく呟いた。

 

「ありがとね。僕の願いを、聞かないでくれて。

 ――ただいま」

「‥‥っ!」

 

 思わず、ノアの背をぎゅうと掴む。

 こみ上げる人工涙液を堪えることも忘れて、416は声を上げた。

 

「いいえ、いいえ!私こそ有難う、私たちの我儘を怒らないでくれて。

 おかえりなさい‥‥!」

 

 

【挿絵表示】

 




いつも有難うございます。お陰様でここまで辿り着くことができました。長かったね。
久し振りの出番だからって大暴れしすぎじゃんノアくん。コレ本当にドルフロのSSか??

にしてもノアくんのエゴールに対する当たりが強すぎて、推敲時に笑ってしまいました。
ノアくん、義手作った人の腕前は褒めてるけど、エゴールのタフネスとか奮戦ぶりには全く触れてないんですよ。気付きました?僕は投稿直前になって気付きました。

正直今回の話はアンチすら付きそうな内容だと思いますが、これからもこんな感じで進んでいきます。ノアくんにとって人形以外は基本どうでもいいのだ。

ようやく一段落つきましたので、次からは新しいお話となります。
これからもよろしくお願いします。
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