WinterGhost Frontline   作:琴町

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名前を呼んでくれたから

「最近は随分あったかくなったね。昼間は暑いくらいだ」

「そうね。貴方が眠っている間に、季節が一つ過ぎたもの。もう夏よ。

 ただ、そう言う割にはその‥‥近くないかしら」

 

 7月某日。二人はいつも通り、ノアの自室で談笑している。

 ただし、ベッドの中で。

 始まりは、いつも通りの体温調節から。添い寝を終えてノアを起こそうとした416に、

 

「今日はお休みだしさ、もうちょっとだらっとしない?」

 

 そう言って、ベッドへの帰還を提案されたのだ。

 それから息がかかるくらいの距離で布団をかぶったまま、かれこれ2時間はこうして話している。

 その上、時折416の頬や髪を撫でてはとんでもなく嬉しそうに笑うのだ。「くふふっ」

 416は超弩級の距離感に赤面していた。よく分からない緊張感で変な汗を掻く。それが「汗臭くないか」などという不安を生み、緊張が加速する。

 コレはアレか。命令を無視してノアを目覚めさせたことに対するお仕置きなのだろうか。

 そう訊ねると、ノアは緩み切った笑顔で答えた。

 

「ごめんね。お仕置きのつもりとかは全くないんだ。

 その‥‥目の前にキミがいることが、何だか無性に嬉しくて。

 って何かコレ恥ずかしいね、あっは」

 

 そう言ってノアが少し紅潮する。

 

「な、なななな何ソレっ」

 

 堪らず416が勢いよく起き上がる。「起きて!休日だからってダラダラしないの!」

 えー、と駄々をこねるノアを引っ張り起こす。まるでG11のような甘え方だが、相手がノアだと意味合いが全然違った。

 

***

 

 基地の復旧は、驚くほど速く進んだ。こういった事態に備えたプランが元々用意されていたこともその一因だが、やはり最大の理由はノアの復帰だろう。正規軍の襲来から3日経つ頃には、”猫の鼻”は元通りの状態となった。

 残るは南方防衛線の再構築だが、それもあとほんの少しで終わる。

 そういうわけでノアと416たちは、G36に勧められて明日までの休暇を取っている。416が来たばかりの頃では考えられない事態だ。

 ちなみに反逆小隊は、宿舎の一室と第4医務室を借りている。休暇が明け次第、ノアにアンジェリアのことを依頼するつもりだろう。

 時々先程の感触の余韻に動揺して手許を狂わせながら、二人分の朝食を用意する。

 髪を結んでいつも通りのメイクを施したノアの前に座って、416ははっとして訊ねた。

 

「ノア、貴方吸血鬼なのよね。食事はこれで大丈夫なの?」

「うん、飢えは満たされるし味も分かる。いつも通り美味しいね」

 

 開いたカーテンを指さして、

 

「日光は?」

「平気。日焼けはしやすいし暑がりだけど」

「それは知ってるわ。じゃあ流水とか大蒜(にんにく)とか十字架‥‥銀の弾丸は?」

「ぜーんぶ平気。まぁ僕はカナヅチだけど」

「えっ」

 

 これには驚いた。ノアの欠点らしい欠点を知ったのはこれが初めてかもしれなかった。

 しかし、一般的な伝承や物語における吸血鬼の特徴とノアの自己申告には、随分と乖離がある。写真は当然、鏡にも映るのだから。それを指摘すると、

 

「人間は吸血鬼に勝てないからね。

 民草が自暴自棄にならないように、そういう伝承を作って恐怖を紛らわせてたんだ‥‥って先生が言ってた。

 大蒜については狂犬病とかも関係あるけど、最大の要因は有名な吸血鬼が実際に嫌いだったことかな。

 まぁあの人はただの食わず嫌いだけど」

 

 美味しいのにもったいない、と零しながら朝食を平らげて、手を合わせた。

 

「ご馳走様でした」

「お粗末様。まぁよかったわ、思ったほど不自由じゃないのね。

 これからも大蒜は使うわよ」

「ほんと?やった」

 

 一瞬嬉しそうに笑った後、ノアは頬杖をついて少し神妙な顔つきになる。

 

「にしても想定外。僕の正体を知った上でも、ここまで優しくしてくれるなんて」

「いつか貴方が言ってたでしょ」

 

 ――星は所詮宇宙の塵。それでも美しいなら‥‥光ることにこそ、その意味はある。

 深夜の屋上で45と対峙した際に、ノアが口にした言葉。

 

「アレと同じよ。

 貴方が災害級の暴力を振るえる存在でも、私は貴方のこれまでの行いを信じる。貴方は、私たちと一緒に戦ってくれる人なんだって。

 それだけ」

「‥‥かっこいいなぁ、本当に」

 

 そう呟いてこちらを見返す視線に、416は自分の顔が熱くなることを知覚した。

 

「別に、私だけじゃないわよ!

 言語化したらこんな感じになったけど、他の子たちだって同じような理由でしょ。

 言葉にしないか、できないだけで」

「‥‥そうだね」

 

 目覚めた翌日のことを思い返す。

 本当なら、自分の正体が露見した暁にはここを去るつもりでいたのだ。

 吸血鬼は人間の天敵であり文明の病魔であり、ただ在るだけで人類の滅びを約束する存在。

 常識的な知識と感性を持つ者ならば、自分を仲間と認識することなど有り得ないだろうと。

 しかしノアは、目にしてしまった。

 顔を合わせるなり、涙ぐんで「お待ちしておりました」と言ったG36の笑顔を。

 自分の頬や頭をペタペタ触って、「痛いところは無いですか?」と眉尻を下げるリベロールやG11の表情を。

 恐る恐る執務室を覗き込んで自分の姿を認めるや否や、泣きながら跳びついてくる人形たちを。

 修復が終わり次第ノアの許へやってきて、安堵したように息を吐く人形たちを。

 怖くないのかと訊ねたとき、誰もが即答した。

 

「あのときだけは怖かったけど、守ってくれたから」

「そうやって笑ってる顔はいつもの指揮官だし」

「指揮官がいないと調子が出ないんだ」

「私たちを救ってくれた恩は消えません」

 

 人間でなかったとしても、貴方は私たちの指揮官だから、と。

 決して、自分の居場所を手に入れるための奔走ではなかった。誰かに認めてもらうために頑張っていたわけじゃない。

 それでも、自分が少しでも『いいこと』を為せたのだと。

 自分の幸せを願ってくれる者が、こんなにたくさんいるのだと、理解した。

 ノアは何とか笑顔を作ろうとしたが、意志の力から逃れた涙が眦から溢れてしまった。

 

「ほんっと、キミたちは優しいなぁ‥‥」

 

 自分はきっと、ぐちゃぐちゃの酷い顔をしていたはずだ。

 416も同じ光景を思い返していたのか、くすくすと笑った。

 

「大泣きだったわね。流石に驚いたわ!

 他の連中も大慌てだったし」

「う、うるさいな。

 仕方がないだろ、あんな風に受け入れられるなんて思ってもみなかったんだから」

「そうね、仕方が無いわね。ふふっ」

「わ、笑わないでよ、もう‥‥」

 

 それでもやはり、自分がここにいることを決めたのは。

 あのとき真っ先に駆けて来て、ノアの名を呼んだ416の顔を見たからなのだ、と。

 目の前の彼女には、少し恥ずかしくて言えないけれど。

 ノアはマグカップを傾けて、甘い甘いココアを嚥下した。

 

***

 

 碌に明かりも射さない、いずこかの廃墟。

 カツカツとブーツを鳴らして部屋に戻ったトーチャラーを、クレンザーが満面の笑みで迎えた。

 

「おかえりトーチャラー。

 偵察はどうだった?”猫の鼻”と軍は派手に死合ってた?」

「ただいま、クレンザー。

 えぇ、それはもう派手だったわ。貴女を置いてきて正解だったわね。

 あの光景を見たら、逸って戦場に飛び込んでしまっていたでしょうから」

「へへ」

「褒めてはないのよ‥‥?」

 

 嘆息しながらベッドに腰掛ける。

 ソファに座っていたクレンザーがすぐさま隣に飛び込んできたので、優しく受け入れて抱きしめる。

 喉を鳴らしながら髪を梳かれていたクレンザーは、小首を傾げて訊ねた。

 

「いつもより上機嫌だねトーチャラー。

 カストラートが生きてたこと、そんなに嬉しかったの?」

「まぁ、そんなところね」

 

 元々あの程度で退場するはずがない、と分かっていたけれど。

 彼が吸血鬼としての異能を使用することに躊躇しなくなることが、トーチャラーの目的を果たすために必要な前提条件。あの戦いはその第一段階と言えるだろう。

 

「ねぇトーチャラー、早くシようよ」

「はいはい。今日はどっちが上にしましょうね」

「僕がやる!オプションも着けちゃうからね!」

「あら、ソレは楽しみね。それじゃあ、おいで」

 

 明かりも射さない廃墟の一室に、激しい気遣いが木霊する。

 二人の欠落者は、今日もどこかの射干玉で肌を重ね合っていた。




はい、今回は休憩イチャイチャ(ただし付き合ってない)回でした。
たまにはこういう話挟まないとシリアス過多で中毒起こしちゃいます。

ノアくんが言及している「大蒜の食わず嫌い」は、バートリ・エルジェーベトその人です。
WinterGhost時空では7体の真祖がおりまして、バートリは赤の真祖なのですが‥‥。
そこら辺は余程余裕が無い限り掘り下げません。全員この時代ではおねんねしてるので。

でももし正規軍やパラデウス、ELIDが全て滅びてしまったなら、そのときは‥‥なんてね。

次回、ノアくんと416がついにグリフィン本部へ出向します。

感想や評価など、お待ちしてます。
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