結局、先程の青年は退職が決まった。他基地の人形に対する
青年の指揮官生命に止めを刺した本人は、何事もなかったかのように与えられた席の後ろで背凭れに腕を乗せている。
既に他の指揮官たちは退室していた。ノアや416に話しかけようとする者もいたが、ノアが静かに殺気を放って諦めさせた。どこまで他の指揮官が嫌いなのだろう。
「やっぱり退屈な内容だったね、416。
こんなことも大人数でないと決定できないなんて、頭が悪いのか責任能力が低いのか‥‥」
「もう、ここに来てからの貴方、態度が悪すぎるわ。もうちょっと抑えなさいよ。
気分転換に甘いものはどうかしら。帰りにカフェにでも行きましょ」
「ナイス提案だよ416。奢るね」
「莫迦で悪かったな」
会議の内容をまとめていたヘリアンが、苦い顔でこちらに歩み寄ってきた。
その手には、先の正規軍との戦いに関する報告書が収まっている。
ヘリアンの鋭い視線が416に向く。
「まったく、よりによって404の人形を連れて来るなんて」
「彼女が来たがったので」
「コイツっ‥‥はぁ、まぁいい。
それにしてまさか貴官が人間ではなかったとはな。
先日軍から要請があったので、驚きは半減しているが」
「解体したはずのPMCに要請も何もないよねぇ。
それで、内容は?僕を馘にしろとか?それとも殺せ?」
何てことないように訊ねるノアに、ヘリアンは首を振る。「どちらでもないよ」
「C■■地区の指揮官として、担当区域外の作戦には絶対首を突っ込ませるなとのお達しだ。
要はあの地区に閉じ込めておけという話だな。
まったく、どれだけ怖がられているんだ、貴官は」
「あっは、100%向こうの自業自得さ!
まぁ、その話は受け入れるよ。率先して破る理由もないしね。
他の無能どもを手伝う手間も発生しないってことでいいんでしょ?」
「ノア」
416が手の甲をピシャリと叩く。ノアは「ゴメン‥‥」と口を尖らせた。
「用件はそれだけです?」
「いや、もう一つ。ペルシカが来ている。貴官との面会をご所望だ」
「‥‥わお」
珍しくノアが本当に驚いた顔をしている。
「面会事由って聞いてます?」
「いいや。強いて言うなら、貴官の名前を出すときに笑ってたぐらいか。
彼女は第3会議室で待っている。早く行ってやってくれ」
「Gut, およそ分かりました。有難うございます。
行こ、416」
「えぇ」
ノアに手を引かれて立ち上がる。416がヘリアンを振り返ると、目が合った。
「HK416。どうやらそのクソガキは君の言うことだけ聞くらしい。
コレ以上組織を乱さないように手綱を握っておいてくれ‥‥人形に頼むのも変な話だが」
「まぁ、努力はするわ」
もっとも、自分がノアを御せるとも思わないが。
会議室を辞すと、大柄な男が壁に背を預けていた。ワインレッドのコートを着ているので、どこかの指揮官だろう。隣には副官と思しきSpringfieldが控えている。
気付けば416は男からの視線を遮るように、ノアの背後へ誘導されていた。
(”
後追いでしか気付けないわ)
ノアはそのまま男の前を素通りしようとしたが、予想通り男が口を開く。
「さっきの会話、聞こえてたぞ。随分と俺たちを見下してるな」
「あ?ソレがどうかしたの」
こちらへ歩んできた男は、ノアより頭3つ分ほど背が高い。筋骨隆々とした体躯も相まって、中々の威圧感がある。直近見た人間で例えるならエゴールか。
見れば、廊下の先で談笑していた指揮官たちも、ノアと男の様子を窺っている。
なるほど、この男は指揮官たちの代表というわけだ。
「気に食わないな。俺たちは同じ立場のはずなのに、どうしてそこまで侮蔑する?」
「こっちが視線誘導で隠してるのに、どうにかして416の胸を見ようとしてるからだよ。
そういうの周りからはバレバレって、今まで会った女から教わらなかった?」
あくまで冷たく言い放つノアに対し、男は首を傾げた。
「人形を性的な目で見ることは、別に悪いことじゃないだろう。
俺たちは彼女たちを勝利に導いて、時に彼女たちの願いを聞き入れる。
その結果想い合って肌を重ねるのなら純愛だ。
そうでなくとも、仕事の対価として交わるのだって指揮官に許された権利だろう。
人形は人形で悦ぶしな」
言い回しが存外に知的なので416は戸惑った。てっきりもっと粗野な話し方をすると思っていたのだ――ノアの先入観の影響を受けているのかもしれない。
もっとも、発言内容は気持ちのいいものではないが。
「‥‥アンタんとこの人形の、月間平均負傷回数は?」
「ん?12回だが「鯖読むなゴミが。17回だろ」
食い気味で吐き捨てたノアに、男が息を呑む。Springfieldは銃を構えようとしたが、男に制された。
当然、各基地の戦闘結果の詳細など共有されていない。おそらくヘリアンならそこら辺の情報も持っているだろうが、指揮官一人一人に周知されるわけもなかった。
しかし男の反応を見る限り、ノアの指摘は正しかったらしい。男は冷や汗を垂らしたが、努めて平静な口調で訊ねる。
「何でそう言い切れるんだ」
「こちとら担当外の戦況も全部頭に入れてんの。
ヘリアンさんからも共有はされないけど、少し調べたらすぐ分かる。当然アンタがどこの担当かも知ってる。B04だな?鉄血の危険指数は1.23、
その程度の戦線で、一月に17回も負傷者出してんだろ?
淀みなく語るノア。常識外れなその内容に、野次馬たちがざわつく。
そもそも、担当外の戦況を理解し記憶している時点でおかしいのだ。
また、鉄血の危険指数は1を超えたら危険区域という扱いになる(S09地区は1.7)。つまりB04は立派な激戦区であり、そんな戦いにあって月17回程度の負傷で済ませている男は充分優秀と言えた。
それを無能と切り捨てるノアは、もはや正気ではない――指揮官や人形たちの視線が、恐怖を帯びる。
異様な空気を察した416がノアの袖を引く。
「それくらいにした方がいいんじゃない?他の指揮官に、貴方ほどの働きを求めるのは酷よ」
「ごめん416。あと少しで終わるから待って」
「じゃあお前はどうなんだクランプス。平均の負傷回数」
「1.2回よ。こないだ軍が攻めてきたせいで増えてしまったけど」
その問いには、416が即答した。ノアが苦笑する。「さすが完璧な戦術人形」
しかしその視線が男に戻る頃には、ノアの気配は再び冷え込んでいる。
「正直、これでも僕は自分を三流だと思ってる。
この子たちを無傷で勝利させることが、
ノアが一歩、男に近づく。男は息を呑んで、一歩下がった。
「仕事の対価だって?最低限の仕事も熟してないくせに、何を労おうっていうのさ。
一番大変なのは彼女たち、戦術人形だ。
実際に戦場に立つのはあの子たちだし、体を失うのもあの子たち。
にもかかわらず彼女たちに自分の性処理まで頼もうなんて、いくら何でも恥知らずが過ぎると思うの。
ねぇ。僕何か間違ったこと言ってるかな」
――これが、彼が人形を性的な目で見ない、人に話してもいい理由。
もう一つ、ノアには人形たちの行為を
いつか自分が基地を――あるいはこの世を去ることができたとき、残された彼女たちが自分との思い出に囚われないように、と。
しかしそれは口にしないし、できない。なぜならノアは既に、”猫の鼻”の人形たちにとって不可欠の存在になっていた。その事実を、彼女たちの涙に見てしまったから。
その場にいる全員が、言葉を失っていた。
416がノアの腕を引く。
「ほら、変な空気になっちゃったじゃない。
早く行くわよ。貴方呼ばれてるんだから」
「はーい。それじゃあ少し急ごうか。
しっかり掴まってて」
言われるままに416はノアの腕を抱く。
二人は瞬きの間に人だかりを越え、ドアの前に立っていた。
「え、今の”絶火”?全く音がしなかったんだけど。衝撃波も無かったわ」
「そう。416ももっと練習すればこうなるよ」
二人の意識に、もはや他の指揮官たちは微塵も残っていなかった。
絡んできた指揮官はあくまで一般的な指揮官です。特別性欲ゴリラとかってわけではないです。もう二度と彼の出番はないと思うので、ここで名誉挽回しておいてあげますね。僕ってば優しい!
今週はノアくんが人形をプラトニックに溺愛する理由についてのお話でした。
ヘリアンさんは多分はっきりと「貴官を受け入れる」的なことは言わないと思ったので口悪いままです。いやほんと口悪いな
次回、ペルシカさんとノアくんがお話しします。
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