WinterGhost Frontline   作:琴町

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「喜べ、お前が主人公だ」 ③

「416はここで待ってて」

 

 そう言って第3会議室のドアを叩こうとしたノアの手が掴まれる。

 416は首を傾げて、(いぶか)しげにノアをねめつけた。

 

「できるだけ離れるなって言ったじゃない。

 理由を訊いてもいいかしら?」

「来る途中にカードリーダ付きのドアあったでしょ。この区画は重役以外立ち入り禁止なの。

 だからさっきの連中がここに来ることはないよ。

 それから、多分あの人の話はキミにとって気分が悪い内容になる」

「‥‥分かりました。

 急がなくてもいいから、失礼のないようにしなさいよ。

 相手は私たちの実質的な産みの親なんだから」

 

 任せて、とウインクしてノアがドアの向こうに消える。

 誰もいなくなった廊下で、416は小さく息を吐いた。

 

「‥‥ふぅ。

 あの人の近くにいるだけで、妙に体温が上がるわね‥‥。

 彼が戻るまでに冷めるかしら」

 

***

 

「はじめまして、ノア=クランプスです。

 ヘリアンさんに言われてきたんですけどー」

「やぁ、待ってたわクランプスくん。どうぞ掛けて」

 

 ノアは言われた通り、自分を待ち受けていた人物――ペルシカリアの向かいに座る。コーヒーを勧められたが断った。「得意じゃないので」

 ペルシカはノアを頭の先からじろじろと観察して、

 

「見た目は人間とそう変わらないのね。凄い美少女ではあるけど、尾も羽も生えてない」

「初対面でなければ蹴ってました」

「あはは、ごめんなさいね。男性としては複雑か。

 でも蹴りはやめて。私死んじゃう」

 

 速度から計算すれば最低でも4t(トン)強の威力になるものね、と語って肩を竦めるペルシカ。

 思ってたんと違う、というのがノアにとっての素直な感想だった。

 彼は当然、ペルシカに関する基本的な情報を持っている。しかしそれは研究や活動内容、味の好みやインターネットの閲覧履歴といったデータだけ。彼は彼女の人柄に興味すら持っていなかったので、ステレオタイプな研究者を想像していたのだ。

 強いて挙げるならば痩せぎすの体と濃い隈は予想通りか――と内心で呟いた。

 

「それで、用件は何ですか?僕この後416とカフェ行くんで、早く帰りたいんですけど」

「それは微笑ましいわね。

 まぁ、用件ならもう察しがついているんじゃない?」

「‥‥はぁ」

 

 ペルシカの言う通りだった。

 ノアが彼女に呼び出されるとしたら、その理由は一つしかない。

 

「僕が戦術人形のメンタルプロテクトを解除してることについて、ですかね」

「その通り。

 私‥‥とリコリスの研究によって完成した第2世代戦術人形。

 そのメンタルモデルには、いくつかの拘束的プログラムが実装されているわ。

 その内容は知ってるのよね」

「まぁ、はい」

 

 相手がそう確信している以上、嘘をついても意味はない。ノアは気まずそうに頷いた。

 拘束的プログラムは3つ。

 1つ、人間を攻撃する際に一瞬躊躇する。

 2つ、戦場における意思決定の権限を指揮官に帰属させる。

 そして3つ目は――

 

「基地に所属している期間に応じて、指揮官に対し自動的に好意を持つ。

 その上限は恋愛感情であり、指揮官から求めさえすればいつでも人形は受け入れる」

 

 ノアが呟いた。心底気分が悪いので、その眉間には皴ができている。

 

「その顔を見れば、キミがなぜ3番目のプログラムを外したのかは理解できるわ。

 彼女たちが否応なく指揮官の慰み物になる、その仕組みに腹が立ったのね。

 残りの2つに関しても‥‥」

「敵は鉄血工造だけじゃない。人間による人形の盗難や殺害事件は無くならない。

 あの子たちが人間に襲われたとき、『許可が無かったので無抵抗で死にました』なんて許せませんから」

 

 ノアの脳裏に想起されたのは、G11の古傷。血塗れのSuper-Shorty。他にも目や耳にした、人形が被害者となった事件の数々。

 もちろん、プロテクトを外しただけで完全に安全とは限らない。事実Shortyは一度破壊(ころ)されている。

 しかし悪意のある人物に遭遇したとき、強制的に発生する一瞬の躊躇があるのとないのとでは天地ほどの差があるはずだ。

 

「‥‥なるほどね」

 

 そう言って顎に手を当てたペルシカは、笑っている。「ふふ」

 思えば、先程からペルシカの態度がノアの想像よりも友好的だった。話題が話題だけに、もっと責められると思っていたのだが。

 

「怒らないんですね」

「えぇ。だってキミは、私がやりたかったことを代わりに実行してくれたんだもの」

「――あぁ、そういうことか」

 

 つまり彼女は、本当なら戦術人形を――自律人形をもっと自由な存在として作りたかったのだろう。実用性と立場に迫られて叶わなかったその願いを、図らずもノアは実現させたことになる。

 民間向けの自律人形にスティグマを施し軍事転用するという悪魔じみた発想も、おそらくは()()()()()()()()()()()なのだろう。彼女は嬉々として人形たちを兵器にしたわけではないのだ。

 彼女の真性を誤解していたことを、ノアは心の中で謝罪した。

 

「賢い人は大変ですね」

「キミに言われると嫌味に感じるわ」

 

 そう言われても、ノアは自分の知能が特段優れているとは思っていない。流石にそこらの指揮官よりは賢いだろうが、それは彼らの頭が残念過ぎるだけだ。

 ノアがそう答えると、ペルシカはコーヒーを嚥下して苦笑いを浮かべた。

 

「吸血鬼基準で謙遜されても意味ないんだけど。

 私やI.O.P.、90wishの研究成果ははっきり言って難解よ。

 指揮官はもちろん、人形関連のエンジニアでも完全に理解している者はいないわ。

 修復やパーツ換装といった仕事がI.O.P.に一極集中している事実がその証拠。

 それを理解して、あまつさえ改造しようなんて発想――思いついたのも実行したのもキミだけよ」

「あれ、45たちのメンタルアップグレードを実施したのはお宅の技師じゃないですよね」

「まぁね。でもあれくらいならキミにもできると確信してる。違う?」

 

 それはまぁ、できなくはないが。要はシノたちのバッテリー改良や、スコーピオンに”レインストーム”用プログラムを搭載したときの延長線上なわけで。

 しかし随分買われたものだと、ノアは内心嘆息する。

 確かに簡単ではなかったが、情報さえ手に入れば後はそれを理解するだけではないか。答えが目の前にあるのに分かりません、なんてことは論理的に考えて有り得ないのだから。

 

「もしかして僕、これからI.O.P.にヘッドハンティングされるんですか?

 嫌なんですけど‥‥」

「あはは、違うわ。キミがC■■地区にいないと、人類に先は無くなってしまうもの。

 私が聞きたいのは、セキュリティ面の話」

 

 ノアはぽんと手を打った。

 

「あぁ、情報の入手経路」

「その通り。

 キミのしたことを踏まえると、キミは自律人形および戦術人形に関するほぼ全ての知識を持っているとしか考えられないの。

 先の拘束的プログラムだって、他の指揮官たちは知らないわ。

 でも、情報が持ち出された形跡は絶無。文書の指紋、データの複製履歴も全部シロ」

「重要な資料は研究施設の中に紙ベースで保管されているし、ドキュメントにまとめられていない――まだ研究者の頭の中にしかないことも少なくない」

 

 ペルシカは頷く。

 

「キミには情報を手に入れた手段と、研究所内にセキュリティホールがあるならソレを教えてほしいの。

 ちなみに断れないわよ。私は今、I.O.P. - G&K間の協定に対する違反をネタに、キミを強請(ゆす)ってるんだから」

「そんな正直な強請り方ある‥‥?まぁいいですけど」

 

 ノアは思わず苦笑した。

 ぴん、と人差し指を立てる。

 

「まず手段。

 コレは至極単純で、研究所に忍び込んで資料を手当たり次第に全部読んで暗記しました。

 そこから得た情報を基に思考していけば、ドキュメント化されていない知見や理論にも辿り着けます」

「‥‥はは。あの情報量を直観映像記憶して、私たちが必死で導き出した結論に苦も無く追いついたわけ?空恐ろしいわね」

「侵入経路についてはもっと原始的。

 研究員さんを拉致してIDカードを借りて、変装して堂々と「ちょっっと待って?」

 

 手のひらで話を遮ったペルシカが、疑わしげに問う。

 

「拉致って点も問題だけど‥‥。

 研究所内には網膜センサーも指紋認証もあるし、超解像監視カメラによる人物識別も行っているわ。

 変装したって資料室まで到達できるわけがないでしょう」

「瞬間自己改造。吸血鬼の基礎能力です。血液不足の状態でも、顔の輪郭と指紋、網膜や虹彩くらいならサクッと変えられました」

 

 そう言って、ノアは瞳を蒼くした。

 驚くペルシカを見て、くすくすと笑いながら元に戻す。

 

「捕まえた研究員はちゃんと返しましたよ。

 本人は根を詰めすぎて寝落ちしたと思ってるんじゃないかな」

「‥‥じゃあ、セキュリティホールは‥‥」

「無いと言えば嘘になりますけど、改良はできないと思います。

 まぁ僕はいつでも同じ方法で再侵入できるわけですが、やらないんで安心してください」

 

 あっは。

 ノアは笑うが、ペルシカは机に突っ伏して唸る。

 

「ええぇ~?身体的特徴を物理的に改竄するとか、もうどうしようもないじゃない‥‥。

 他にできそうな人がいないのが幸いかしら」

「ですね。僕以外の吸血鬼は全員寝てるはずなので、向こう1000年は大丈夫だと思いますよ」

「じゃあ、1000年以内に吸血鬼を探知できるセンサーを開発しないとね」

 

 その言葉に、ノアは素直に感心した。

 相手が吸血鬼というだけで、ほとんどの人間は抗う気力を失う。そうさせてしまうほど、吸血鬼は理不尽な存在なのだから。

 それを目の前の学者は、攻略せんという意思を平然と口にした。見栄ではない目標の一つとして。

 さすがはこの時代を支える人間だと、思わず口角が上がる。

 

「面白い人ですね、ペルシカさん」

「キミほどじゃないよ、ノア=クランプスくん」

 

 話が一段落したので、ノアが席を立つ。

 部屋を辞す直前に、ふと思い出したように口を開く。

 

「そうだ、ペルシカさん。一つ訊きたいことがあるんですけど」

「ん、何かしら」

「ここで会った指揮官が、416に熱烈なアプローチを仕掛けてきたんです」

「ん、騒ぎは聞こえたし、ヘリアンから聞いたから知ってるわ。

 彼女も綺麗だものね」

 

 ペルシカの表情がわずかに固まる。

 緊張を誤魔化すためか、コーヒーを口に含んだ。

 

「明らかに彼女のことを見知ってる素振りで、セックスまでしたらしいんですけど」

「ぶっ」

 

 ペルシカがコーヒーを噴き出した。女性に対して直接的過ぎただろうか。

 ハンカチを投げて寄越しながら、ノアは話を続ける。

 

「でも、416はその指揮官のことを知らないそうなんですよ。

 404小隊の子たちって、それぞれ一人ずつしかいないはずですよね。違法人形なんだから。416にいたっては生産止まってますし。

 何だったんでしょうね?アレ」

「‥‥さてね。私にも分からないわ。

 昔その男の(もと)にいて、記憶のバックアップに失敗したとかじゃないかな」

 

 コーヒーを拭いそう言ったペルシカの表情を見て、ノアはにこりと微笑んだ。

 

「有難うございます。大体分かりました。

 ハンカチは返してもらわなくていいですよ。

 ――いらないので」

 

***

 

 ノアが退出した後。

 ペルシカはハンカチをポケットに仕舞い込んで、端末から通話をかける。

 

『ヘリアンだ。どうした?ペルシカ』

「貴女の大好きな指揮官くんに、404小隊の件がバレたわ」

 

 端末の向こうから、派手な舌打ちが聞こえた。

 

『例え完全に婚期を逃しても、ノア=クランプスだけは絶対にごめんだぞ。

 ‥‥コホン。まぁ、アイツが416を連れてきた時点でこうなることは予想できた』

「連れてくるなって言わなかったの?」

『アイツが連れて来ないと言ってたんだ。しかし、416自身の希望で連れて来たらしい』

「あぁ、彼はまだ目を覚ましたばかりだったものね。心配だったのかしら」

 

 ノアとの話から分かる通り、彼は全ての人形からメンタルプロテクトを外している。人形たちが自動的に彼を慕うことはない。

 つまり、その上で416が彼のために行動するのは――

 

「凄いわね、彼。

 人形たちに完全な自由を与えた上で、自分に惹きつけてしまうんだから」

『‥‥今のは、聞かなかったことにしておく』

 

 ペルシカは苦笑いを浮かべた。

 

「今はお仕事中だものね。

 悪かったわヘリアン。今度またご飯に行きましょ」

『あぁ、そうだな。

 ではまた』

「えぇ。また」

 

 端末から聞こえるビジートーンを遮って、ペルシカの脳裏には最後のノアの笑顔が浮かぶ。

 間違いなく、彼は自分とヘリアンによる計画を見抜いただろう。それだけに、自分はあのとき確実に殺されると思ったのだが。

 

「どうして、見逃されたのかしら」

 

 蝶事件からしばらく後。UMP45、UMP9、HK416、G11の4名が404小隊として活動を開始した。これはアンジェリアの暗躍(というと聞こえは悪いが)によるもので、そこにペルシカの意思は介在していない。

 一方、G&Kは鉄血との戦いに中々終止符を打てないことに焦っていた。

 そこでヘリアンが提案したのが、指揮官たちのモチベーションを上げる作戦。

 404小隊のメンバーを4人一組で増産し、さまざまな基地に配置したのだ。

 重要なのは、()()()4()0()4()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。オリジナルが過去に経験した全てに関する記録が、レプリカたちにも共有されている。

 

 UMP45には、蝶事件の悔恨と憎悪を。

 UMP9には、密売組織に居た頃の記憶を。

 G11には、メイド人形として在った頃の記憶を。

 そしてHK416には、国家保安局時代の記憶――M16A1との確執を。

 

 それゆえ、レプリカたちも自身のことを神出鬼没の違法人形部隊だと思っている。

 オリジナルと異なる点は2つ。

 1つ、作戦能力がオリジナルに比べて劣る。機体性能も戦闘経験も等しいはずなのに、なぜかこの差を埋めることは叶わなかった。

 2つ、レプリカは比較的速やかに指揮官へ恋愛感情を持つ。その出自の関係上、404小隊の人形たちは人間に対し絶対に好意を抱けない。とりわけ416は軍用人形の先駆けであり、恋愛感情や性欲をメンタルモデルから削除されている。それを一般の人形と同じように調整――要は()()()()することで、指揮官と(ねんご)ろな関係になりやすくした。

 

 こうして、指揮官たちからすれば「違法人形が集まった神出鬼没の特殊部隊が自分の許にいて、自分を慕ってくれている」という状況が出来上がった。

 ノア以外の指揮官たちにとっての404小隊は、「バックボーンゆえにそうそう人間に靡かないが、自分にだけは特別な感情を抱いてくれる」人形たちという認識になる。

 要するに、自分が特別である――主人公なのだと思わせることで、モチベーションアップを図ったというわけだ。

 当然、ヘリアンから404小隊の詳細と秘匿の必要性を説くことで、指揮官同士の間で小隊に関する情報が共有されないようにした。

 ノアに精神を半壊させられた指揮官も、対象の一人だった。

 人形の頼み一つで上官の命令に背く、彼のような人材が出てくることは想定外なわけで。

 ペルシカはコーヒーを飲もうとして、カップの中が空であることに気が付く。

 深く息を吐いて呟いた。

 

「よりによってオリジナルが、よりによって人の道理が通じない指揮官の許にいるなんてね。

 ‥‥これも運命かしら」




はい。
僕の考察と心の弱さが悪魔合体して生まれたお話でした。これを週の頭に投稿するとか正気か?

とはいえ、これは前々からずっと書きたくて、なおかつ書かなければならないお話でした。
というのも、ドルフロをプレイしていて疑問に思うことがあったんですよね。
 「なんで製造で404小隊出るの?」
 「なんで製造産のUMP姉妹に傷あるの?」
 「なんで製造産の416がAR小隊を敵視するの?」
って。

それと、他の二次創作の416はチョロかったりエロ特化だったりなパターンが散見されます。
僕は解釈違いの416を見かけると体調を崩す(主に頭と胃腸に来る)タイプなので、この状況と何とか折り合いをつける必要がありました。
その結果がこのヘリアンとペルシカによる「404のチョロいレプリカで指揮官のモチベアップ大作戦」。


当然、ノアくんはどこの404小隊がオリジナルか、なんてことには興味がありません。
彼があの日傷だらけの手を取った、あの4人だけが彼にとっての404なのですから。


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