近頃は雨の日が多くなってきた。
勢いこそ日によってまちまちだが、青空が覗くことは減っている。FMG-9やSpringfieldが、菜園の作物たちを心配する程度には。
今日も今日とて窓の外には、水のカーテンが広がっている。
執務室のテーブルを囲んでいるのはノアと416、FNCとUMP姉妹だ。業務合間の休憩ということで、ノアとG36が作ったガトーショコラを口に運んでいた。
頬が落ちないように手で支えながら、FNCが至福の鳴き声を上げる。
「んん~!おいひ~~!」
「あっは。やったねG36」
「えぇ。そうですね」
小さな一口を嚥下した45も目を見開く。‥‥口に入れる仕草をこちらに対して強調しているように見えるのは、気のせいだろう。
「ホントだ、美味しい。ノアってお菓子も作れたのね」
「凄いよね!もう一口もらいまーす」
「いやぁ、ほとんどG36のお陰だよ。
いいよ9。どんどん食べな」
一方、416は外の景色を眺めている。薄桃色の唇が、億劫そうな吐息を漏らした。
「こうも雨天が続くと、出撃ごとの装備点検が大変よね。
G11なんて毎回オーバーホールしないといけないし」
つんつん、と肩をつつく。振り返った彼女の口にガトーショコラを突っ込んだ。むご、と困惑した416がねめつけてくるが、ノアはにこりと笑って流す。
「だから梅雨時は出撃ローテの間隔を普段より長くしてるの」
45のジト目と9の興味津々な視線が突き刺さる。
「ちょっとー、目の前でイチャつかないでもらえます?」
「いや、別に僕はそんなつもりじゃ」
「でもそのフォーク間接キスだよ、ノア!」
女の子が3人寄れば姦しいのである。微笑ましいなぁと思いながら、ノアはひらひらと手を振った。
「唇は触れてないんでセーフでしょ。それに今更これくらい‥‥416?」
しかし416は俯いて押し黙っている。見れば、その顔は赤い。
「大丈夫416?体調が悪いなら、隣で休んでてもいいよ」
「えっいや、何でもないの。気にしないで」
「もぐもぐもぐもぐ‥‥んぐ。
FALもねー、今日出撃するときに同じこと言ってたよ。
めんどくさーって」
間違いなく6人の中で一番食べているFNCが、マイペースに何口目かわからないケーキを飲み込んでそう言った。「あ!」
「FALで思い出した!
指揮官、明日は暇?」
「ん、昼からは暇だけど‥‥」
「FALからの伝言でね、『明日の撮影は指揮官と416に出てほしい』って。
なんかね、編集部の人から希望来てるらしいよ」
FNCの言う編集部とは、人形向け雑誌『カラ・プペ』の編集部を指している。G&Kの広報部から独立してできた出版社により刊行されており、装備やアクセサリ、各基地の戦況や指揮官との恋愛についてのフィクション作品など、戦術人形に向けた内容で統一されている。
その出版社は他の地区に社屋を構えていたのだが、少し前にその地区がパラデウスに敗れ崩壊したことで、現在ではアンバーズヒルに居を移していた。
そして”猫の鼻”からは、ファッションモデルとしてFALと57が不定期に出演している。ちなみにこれは二人の立候補によるものだ。
FNCからの伝言に、ノアは首を傾げる。
「僕と416をご指名となると、次の記事に”猫の鼻”関連の情報でも入れたいのかな」
「二人はこないだグリフィンの本部に行ったんでしょ?
ずっと断ってた本部出向を呑んだから、他基地への情報公開も解禁したと思われてるんじゃないの」45が紅茶を飲みながら肩を竦めた。
「なんかね、街を歩いてる二人を見てキた、みたいなことを言ってたんだって。
FALめっちゃ怒ってた」
「んー‥‥」
ノアは顎に手を添えて考える。”猫の鼻”について紹介されるのは別に問題ない。公にできない違反行為にも手を染めているノアだが、基地の運営自体はクリーンだ。これまで取材を受けなかったのは、単純に忙しかったから。
『カラ・プペ』の読者層は必ずしも基地に所属する人形とは限らない。はぐれ人形や民間の自律人形も一定の割合で購読しているというデータはある。現状に不満のある人形に、”猫の鼻”への移住という選択肢を示すことができるのはいいことだろう。
しかし404小隊の構成員である416を、全地区発行の雑誌に載せるのはいかがなものか。この間の本部出向に関しても、彼女が希望しなければ連れて行くつもりはなかったわけだし。
もし416を『カラ・プペ』に載せたなら、前回の会議に出席できなかった指揮官たちにも複製404小隊の件を悟られる可能性が――いやそれは無いか。
まぁ気づかれたからなんだという話だが。きっと「自分のところにいる404はオリジナルだから大丈夫」とか思い込んでくれるだろう。
実は製造ロットの下4桁を16進数から32進数に読み替えたらオリジナルか否かは分かるわけだが、そんなことに気づく者はノア以外いない。ちなみにノアも確認はしていない。
(どっちでもいいしなぁ)
「416を載せたら、さすがにヘリアンさん卒倒しちゃうよね。
‥‥まぁいいか」
「「いいの!?その流れで!?」」
UMP姉妹が驚きの声を上げ、416もぎょっと目を見開いてノアを見る。G36は呆れた顔で溜息を吐く。
FNCだけがどこ吹く風で、もひもひとガトーショコラを食べ続けていた。「おいひい」
***
アンバーズヒルの都市部、中でもオフィスビルが集中している区域。
受付をタブレットで済ませ、広々とした応接室で待つこと数分。ブラウスにジーパンという中々にカジュアルな恰好の女性が、カメラと一抱えの資料――『カラ・プペ』のバックナンバーだ――を持って姿を現した。
「うわ、マジモンのノア=クランプスとHK416だ‥‥やばマジでフォトジェニックだな顔面が強すぎる‥‥どっちも人形みたい。いや一人は人形か。この絵面はキマる。脳幹にクるわ」
「ねぇノア。この人、入ってくるなり心ここにあらずなんだけど。大丈夫なの?」
「まぁ‥‥芸術方面は個性的な人多いし‥‥」
二人が若干引いていると、女性がはっと意識を取り戻した。眼鏡の位置を直して、名刺を差し出してくる。
「失礼しました。私ここでカメラマン兼記者をやってます。
主に人形の写真を撮ってます。顔のいい子が大好きです」
「へぇ。写真も記事も、って凄いですね」
「ノア。私、この人知ってるわ」
416は名刺に書かれた名前に見覚えがあった。『カラ・プペ』の表紙、その担当カメラマンとしていつも記されている名と同じだった。
彼女はそのことを伝えるためにノアの袖をくいくいと引っ張ったのだが、連続で響くシャッター音が話を続きを遮った。
「うおおソレいい!めっちゃいい!外見クールビューティなのに仕草は甘味強め??動作が自然だし普段からその距離感で絡んでるってことでしょやっっっばかわよ~~~~」
パシャシャシャシャパシャ。
何やら早口でまくしたてながらシャッターを切るカメラマンを相手に、416は紅潮してたじろぐ様子を見せた。「う‥‥」紅潮の要因は距離感の近さを指摘されたことなのだが、そのことには416もノアも気づかない。
ノアは困惑した表情で訊ねた。
「え‥‥っと、撮影ってもう始まってます?」
「あぁ失礼しました。私どうも撮影欲が突発的に爆発するタイプでして。
いいものを見るとシャッターを切りたい衝動に一瞬で負けるんです。
ところでその困り顔いいですねとても美味しい」
「もうちょっと衝動に抗う努力をしてくれませんか」
「抗ってたらいい写真は撮れませんから!
うひょ~~416さんの引いてる顔も乙!あソレめっちゃよき~~~~!」
これでは話が進まない。
結局、記事の方針や撮影の手順を聞き終えるだけで1時間経っていた。
***
「ひょ~~~~~~いいですよめっちゃいい!!
ちょっと目線外してもらってッア゜!イケメンが過ぎる!
あばばば貞操観念を捻じ切る顔面だぁ‥‥その顔で出歩いちゃダメですよ教育に悪い!
それじゃ視線くださ――ひぃ~~視線が視床下部に響く!」
――何だこれは。
大変難航した打ち合わせの後、3人は出版社が保有するスタジオに場所を移して撮影を始めていた。
今はノア単体の写真を撮っているのだが、カメラマンの女性による指示?煽り?があまりにも強すぎる。
とはいえ実際、416もノアから目が離せなかった。
カメラマンが用意した衣装はシンプルだ。長袖のTシャツの上からコーチシャツを羽織っていて、ズボンはスキニーパンツ。実に一般的なメンズコーデと言える。
しかし416は、自分の循環液が高速で巡るのを自覚していた。
黒いスキニーゆえに白ホリの中でくっきり際立つ、スッと伸びた脚の形。いつもは見られない澄ました表情。そこからパッと咲いた笑顔に覗く白い牙や薄化粧された唇を見ると、あの日の感触を思い出してしまう。416は思わず自分の唇に触れた。
(いや、アレは医療行為だもの。何を今更気にしてるのよ)
「‥‥ちろく。416」
「‥‥っあ、え」
先程まで白ホリの中にいたはずのノアが、いつの間にか目の前に立っていた。
心配そうにこちらを覗き込むと、いつもよりさらに整ってしまった顔が至近距離に迫る。
「どうしたの416、ぼーっとしちゃって。
やっぱりここのところ体調悪くない?」
「っだ、大丈夫!問題ないわ、私は完璧だもの」
「ならいいんだけど‥‥。
いやぁ、慣れないことすると疲れるよ。
あの人の指示というかキラーワードというか、激しすぎて変な汗掻いちゃった」
そう言いながら胸元を引っ張って手で扇ぐ仕草を煽情的と感じるなんて、自分は一体どうしてしまったのか。
416は暑くなった顔を冷まそうと、両手で自分の頬に触れる。
「どこからどう見ても百合だけど中身はNL。オムレツに見えるオムライス美味しい」
ちなみに、動揺している416と至近距離から覗き込むノアを前に、またもや衝動が爆発したらしいカメラマンがシャッターを切っていた。
416の悲鳴がスタジオに木霊する。
「ソレは撮らないで!」
ノアの撮影が終わったということは、必然的に次は416の番である。
その服装はいつものKSKでもBundeswehrでもなく、薄手のブラウスにドロップショルダーのサマーニット、ミニスカートにショートブーツ。
長い銀の美髪はノアと同じように一つに括り、蝶のバレッタで留めている。大きな伊達メガネもかけて、タトゥーは編集で隠すらしい。中々素性は誤魔化せるのではないだろうか。
その装いは瑞々しい可憐さに溢れていて、街ですれ違えば誰もが振り返ることは必定――なのだが、
「そのままでもバチクソ可愛いんですけど、表情が固いですねー。
緊張しちゃってます?そんなところも可愛いけど~~~~~~!うっふふ」
「う‥‥すみません」
何分416は特殊部隊の出身なのだ。そもそも人に注目されることには不慣れだし、カメラなんて向けられようものならすぐさまレンズを撃ち抜いていた。
FALや57は元来目立ちたがりな性分だから上手くやっていたのだろう。こんなところで他の人形に劣るなんて、と歯噛みする。しかし、カメラを向けられて表情やポーズを決めることがここまで恥ずかしいとは思ってもみなかった。
ちらりとノアの様子を窺うと、目が合った。助けを求めていると思われたのか、ノアは笑顔で口を開いた。
「似合ってるよ416。すごく可愛い」
――その一言で、416を包んでいた霧が晴れた。
そうだ、色んな人に見られることなんて考えなくていい。自分はただ、彼の目にだけ映っていればそれでいいのだ。そして彼は「似合ってる」と言った。ならばもう恥ずかしがることはない。
416の表情が軟化したのを見て、カメラマンが声にならない叫びを上げる。
「あ゜!よき~~~それめっっちゃよき~~~!
視線はそのままで大丈夫です!ノアさんだけ見詰めてて!!
腰をもう少し左にひねってもろて‥‥ッアー素晴らしい!左腕もうちょっとこっちに‥‥」
時折断末魔にも似た悲鳴を上げながら、カメラマンが頻りにシャッターを切る。
「そうだ416さん。笑顔いただけますか?」
「笑顔‥‥?」
ちらりとノアを見る。彼がいつも浮かべているような、綺麗な笑顔を――
笑顔の一例だろうか、ノアがウィンクを寄越す。
「安心して笑ってみな。今日のキミは輪をかけて可愛いからさ」
「――ふふっ」
「ッッア゛ーーー!最っっ高!この可愛さはDNAに素早く届く!!
眼精疲労にも効く!ひょ~~~堪んねぇ~!」
‥‥この叫び声が無ければ、もう少しロマンティックな雰囲気になってしまっていただろう。カメラマンがこの人でよかったと、416の感謝は厚みを増した。
***
夕暮れ色に染まる基地に帰りシャワーから戻ると、ちょうどテーブル上の端末が震える。
416は髪を拭きながら端末に手を伸ばしたが、9の視線も同じ画面に向いていた。
「あ!ロック画面変えたんだ。ノアじゃん!
今日の撮影で撮ったやつ?カッコいいね~」
「そうよ。写真としての出来が良かったから」
「あら416。そんなことしてたら他の人形たちに貴女がノアのガチ恋勢だと勘違いされちゃうわよ?」45が腹立たしいにやけ面で口元を隠す。今にもプークスクスという笑いが聞こえてきそうだった。
「だから言ってるでしょ。いい写真なのよ。写真がいいのよ」
努めて平然と返したが、自分でもちょっとどうかと思う。異性の写真をロック画面に設定するなんて、まるで恋する乙女ではないかと。まぁ違うのだが。
(でも、コレは見られなくてよかったわ)
3人の視線に入らない位置に座って、端末のロックを解除する。
その背景写真は、インタビューも終わり帰る直前、カメラマンが「記念にどうぞ。頑張ってくださいね」と言ってこっそりくれた一枚。
ノアの袖を引く416と、優しい笑顔で416を見返す彼のツーショット写真だった。
はい。
416ノア限界オタクによる撮影会のお話でした。
カメラマンを書くのは楽しかったし楽でした。僕の脳内をダダ洩れにするだけでいいので。
まだ瓶底眼鏡のお姉さんだからネタになるけど、コレおっさんだったら事案ですね。
つまり僕は事案
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