WinterGhost Frontline   作:琴町

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猫の鼻⑧

 今回保護した404小隊メンバーの内、最も早く目を覚ましたのは416だった。

 一人だけ段違いに痛めつけられていたにもかかわらず、メンタルには一切の損傷が無かったため、メインシステムの通常稼働に支障はなかった。壊し方があまりにも丁寧だったお陰で修復が容易だったのも不幸中の幸いだろう。

 そんな報せが79式からもたらされたのが、つい先程のこと。

 話を聞くなら仲間がいた方が安心するだろうと考えて、ノアは比較的負傷の少なかったUMP45の様子を見に行ったのだ。

 事情を聞いた45は、まず訊ねた。

 

「9とG11は無事ですか?」

「うん。キミも含めて全員、ボディは完全に修理できた」

「そうですか……ふぅ」

 

 安心したように目を伏せた45を見たノアは、あらかじめ抱いていたイメージとの違いを感じた。

 ヘリアン曰く、404小隊のリーダーはいつも作り笑いを浮かべており、人形にも人間にも本心を悟らせない。指揮モジュールを搭載し、状況判断は常に速く精確であり信頼できる。一方で性格は冷徹で無慈悲、作戦を遂行するためならばG&Kの人形すら躊躇なく捨て駒にする。

 しかしあの工廠で出会ってこの方、表情こそ情報通りの薄い笑みか無表情を保っているものの、小隊メンバーの安否を案じる言動が目立つ。416の生存を諦めていたのは確かに冷たいと言えるかもしれないが、状況から判断すれば彼女は正しかった。

 仲間への情は存外厚いのかもしれない。

 

「二人はまだ眠ってる。メモリの容量を鑑みるに、メンタルの修繕とデータの整理にあと五時間くらいはかかるんじゃないかな。

 416は既に一度目覚めてる。今から会いに行こう」

 

 その部分は流石に信じられなかったのか、45は「え?」と声を漏らした。

 79式の報告をそのまま伝えて、

 

「僕も信じられないんだけどね。キミは見てないだろうけど、あそこまでボディを破壊しておきながらメンタルには傷一つつけないなんて、普通ならあり得ない。

 損傷による痛覚のフィードバックで彼女が参ってしまわないように、許容量ギリギリの痛みを絶え間なく与え続けたってことになるからね」

 

 素直な感想を垂れ流していると、後ろの足音が止まった。

 振り返れば、45は俯いて何やら考え込んでいる。

 

「どうしたの?何か気になるところがあったのかな」

「気になると言えば全部気になるんですけど、まぁ大したことじゃないですよ」

 

 声を掛けると、45はパッと顔を上げて手をひらひらと振った。

 どう見ても大したことじゃないわけがないのだが、本人に言う気が無いなら強制できない。

 かつての友人には、相手の考えていることを問答無用で全てすっぱ抜いてべらべら喋る、どうしようもない碌でなしもいた。しかし自分はそんな技能も意地悪さも持ち合わせていない。

 詮索は早々に諦めて、第七救護室の前で立ち止まる。ここで件の戦術人形――HK416が休んでいる。

 三回ノックする。中で何やら話し声が聞こえた。どうやら彼女は起きているようだ。

 扉が横にスライドし、79式が顔を見せた。

 

「お疲れ様、79式。MDRは?」

「お疲れ様です指揮官。彼女はもう宿舎に戻りました」

「分かった。キミも戻って大丈夫だよ。あとは僕とこの子が看るから」

「了解しました」

 

 ぴしりと敬礼を寄越す彼女に手を振って、入れ替わりに救護室へ。

 ――一瞬、中途半端な位置で立ち止まりそうになる。

 こんな状況では不謹慎かもしれないが、綺麗な人形だと思ってしまったのだ。

 冬の妖精を彷彿とさせる、翡翠の瞳と銀の髪。ベッドに座り物憂げな表情を浮かべていると、今にも壊れてしまいそうな儚さが漂っている――実際、ギリギリまで壊されていたのだが。

 戦術人形は皆、美しかったり愛らしかったりといった外見をしている。そんな彼女たちに囲まれて過ごす仕事柄、自分は美人に慣れていると思っていたのだが。どうやら違ったらしい。

 病人服に身を包んだ416はベッドの上で身を起こしており、エクレアをちびちびと齧っている。あまり食欲は無いはずだが、他にすることも無いのだろう。

 ベッドの傍に座る二人を視線で追って、416はエクレアを置いた。こちらに頭を下げてくる。

 

「79式から聞きました。助けていただいて有難うございます、ノア=クランプス指揮官。

 45も無事だったのね、よかったわ」

「えぇ、多分私が一番軽傷だったから。

 他の二人は大丈夫だろうと思ってたけど、貴女は正直駄目だと思ってた。アイツと一対一になったんだもの」

 

 予想に反して、416は随分落ち着いている。「アイツ」という言葉に目を逸らしたのも、あの惨状を鑑みれば動じていない方だろう。

 ――いや。

 ノアは認識を改めた。

 逸らした視線が小刻みに揺れている。体の向こうに隠した手がシーツを固く握っている。

 彼女は今、必死で平静を装っているのだ。

 気丈な子だと、感心した。

 そんなノアの胸中など知る由もなく、そして416の本心を知る由もなく、45は続けた。

 

「分かってると思うけど、私たちは一度失敗した。一刻も早く態勢を立て直して、アイツを殺す必要があるわ。

 416、私たちと別れてから何があったのか、詳しく話して」

「ちょっ……!」

 

 ――前言撤回、やっぱりこの子は悪魔か何かなんじゃないか!?

 遮ろうとしたが遅かった。

 瞬く間に色を失っていく416。それでも合理的判断に逆らえない精神構造故か、彼女は震える唇から言葉を紡ぎ始めた。

 

「私は、あ、アイツを追って……管制室に踏み込んだわ。距離は五メートルもなくて、いつもなら絶対に外さない距離だったのに、一発も当たらなかった。

 あんな奴……今まで見たことが無かった。

 速くて、速くて、向こうは武器も、なかったのに、手も足も、出なかった。

 銃弾も、榴弾も、当たらなくて、目のま、えにいる、のに、見え、なくて。

 蹴られて、足が、()()()、動けな、く、なって。

 それか、っ、わた、をっ、ワタシを私にわたしは私は――ッ」

 

 最早416の震えは目に見えるほどになっていた。奥歯のぶつかる音が響き、肌には脂汗が浮かんでいる。自分の肩を抱きしめる爪が、治ったばかりの人工皮膚を引き破ってシーツに赤い染みを落としていく。

 尋常でない少女の怯え様に、UMP45が息を呑むのが聞こえた。

 ノアは内心で舌打ちする。自分の評価が楽観的過ぎたのだ。

 416のメンタルモデルにダメージが無いというのは、あくまで物理的な話だ。「拷問された」という情報そのものは彼女の記憶にしっかり焼き付いていて、彼女を蝕む毒となっていた。

 典型的な心的外傷後ストレス障害(PTSD)。戦術人形は痛みに対する恐怖や忌避感が小さいが、それは任務を遂行するための機能に過ぎない。最大の苦痛を伴って自己が破壊されるという体験は、精神に甚大な爪痕を残して当然なのだ。彼女たちの精神は、もはや人間のソレと区別がつかないほどに脆いのだから。

 脳裡に浮かんだ対処法を実行するか、一瞬躊躇する。

 一瞬しか、躊躇しなかった。

 416を抱き寄せて、その耳を自分の胸に押し付ける。両腕を染める人工血液の赤色は、意志の力で無視した。

 

「ここにソイツはいない。キミは助かった。もう安全だ。

 大丈夫、安心して、大丈夫だから……」

(今の僕の脈拍は……毎分五十九回)

 

 心拍に合わせて、優しく、優しく頭を撫でる。

 対象の意識を自分の心音に集中させることで、トラウマから引き離す応急処置。

 人型の生き物に有効であることは証明済みだが、人形には――さて、通じればいいのだが。

 

(胸が柔らかければより効果的、って先生は言ってたなぁ。

 ごめんよ、僕は男だから乳房の持ち合わせが無いんだ)

 

 的外れなノアの謝罪が届く道理はないが、416は荒い息を繰り返しつつ、次第に平静に近付いていった。

 腕の中から声が上がる。

 

「……あ、ありがとうございます。もう落ち着きました」

「そっか。それは良かった」

 

 今の二人の光景はあらゆる見地から見てあまり適切ではないから、目的を果たせたならすぐに離れるべきだ。ノアは手を放して身を退いた。

 見れば、416は涙の滲んだ目を伏せ、不満そうに口をへの字に曲げている。余程恥ずかしかったのだろう。

 そして45は、明らかに軽蔑の色を持った目でこちらを睨んでいた。

 

「やめて……下心は無いから。経験則から効果がありそうな方法を試しただけだよ。

 っていうか今のはキミの責任じゃない?」

「ふぅん……?」

 

 あぁ駄目だ全く信じてないよこの子。

 咳払いを一つ。ノアは416に向かって頭を下げた。

 

「申し訳ない。常識的に考えて、そんな記憶を残しておくべきじゃなかった。

 キミが望むなら、該当する部分の記憶をフォーマットすることも可能だけど……」

 

 沈黙。

 顔を上げると、416は苦虫を嚙み潰したような顔で思案していた。

 たっぷりと間を開けて、口を開く。

 

「……結構です。この記憶は、作戦の遂行に必要になる情報かもしれません。

 私はアイツと最も長い時間交戦して、生きて帰ることができたんですから」

 

 ――やはり彼女たち404小隊は、再びその「アイツ」とやらに挑むのだろう。

 ヘリアントス上級代行官に話をつけておいてよかった。彼女にはさらに嫌われただろうけれど。

 ノアには本来、重要な作戦や大きな戦線に参加する意思はない。“猫の鼻”とここに隣接する街が持つ、小さな平和さえ守ることができればそれでいいと考えていた。いや、今もそう考えている。

 しかしそれでも、彼女たちに――少女らしいのは外見と心の模造品のみだとしても――戦いを押し付けるのは、違うと思うのだ。

 ノアは深く息を吸って、帰投直後から考えていた言葉を口にした。

 

「その作戦についてなんだけどさ。ウチも協力するよ」

「願ってもないお話ですけど、いいんですか?」

 

 答えたのはUMP45だった。こちらの意思を探ろうと、鳶色の瞳がこちらを見据える。

 

「失敗した私たちが言っても恰好つきませんけど、とても危険な任務です。

 かなりの被害がこの基地から出ることになるかもしれないですよ?」

「大丈夫。ウチの子たちだって優秀だからね。

 それに、これまでの鉄血ハイエンドと一線を画す性能の個体なら、早く対処法を確立しないとここも危ないしさ。

 そもそも、もうヘリアンさんに話つけちゃったんだよねー。怖い上司の胃に穴開けといて、『やっぱ辞めます』なんて言えないでしょ?あっは!」

 

 わざと歯を見せて笑うと、45と416は一旦ぽかんとして、それから大きく嘆息した。

 

「……はあ。何というか、貴方みたいな部下がいると思うと、ヘリアンが可哀想に思えるわ。

 まあいっか。それじゃあこれから当該任務の達成まで、ここと貴方のお世話になります。

 UMP45です。仲良くやりましょう?」

「HK416。ちゃんと覚えて下さいね、指揮官」

「ノア=クランプス。よろしくね」

 

 45、416の順に握手を交わす。「大丈夫?手とか肩、痛くない?」と尋ねると、間髪入れずに「平気です」と返ってきた。もちろん平気には見えなかった。

 サイドテーブルに置かれた時計を見ると、既に午前一時半。全く眠気を感じないことには嫌気が差すが、少し休まなければ今後の仕事に響く。

 

「とりあえず今晩は休んで。416は手と肩の修復もあるし、情報共有はあとの二人が起きてからの方がいいでしょ。

 ヘリアンさんには僕から報告しておくよ」

「そうですね、じゃあお言葉に甘えて私も休もうかな。さっきの部屋でいいの?」

 

 急に45の言葉遣いが砕ける。こんな距離の詰め方をする子なのかと、ノアは面食らった。

 416を寝かせ、外装修繕モジュールを起動する。ベッドを覆うようにアームがうにょうにょとせり出して、416の傷を埋め始める。

 

「うん、明日中に宿舎にキミたちの部屋を用意するから。今日のところはさっきの部屋で我慢してね」

「寝心地は良かったから不満はないですよー。それじゃあ416、また五時間後ね」

「えぇ。45も指揮官も、おやすみなさい」

「お疲れ様ー。そのモジュールは修復が終わったら勝手に電源落ちるからね。

 いい夢を」

 

 小さく手を振って、45と救護室を出る。

 

「おやすみ指揮官。これからよろしくね?」

「こちらこそ。おやすみ」

 

 反対方向に進む彼女を見送る。

 自室へ戻る道すがら、頭痛を堪えるように額を押さえた。

 

「HK416、かぁ……全く、よりにもよって……」

 

 昼下がりにK5と交わしたやりとりを思い出す。

 彼女の占いは、当たっていたのかもしれない。

 

 今、ここには彼以外の誰もいない。故に、その表情を見る者はいない。

 ノア=クランプスは、自分でも気付かぬうちに、笑っていた。

 

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