第一訓練場には圧縮された空気の破裂音やらコンクリートの破砕音やらが響いているが、その扉は開放されていた。代わりに入り口には鉄製のネットが吊り下げられており、外には「訓練中につき要注意」と書かれた看板が立っている。
夏が本格化してきたことにあたって、訓練場でのオーバーヒートを防ぐための措置だった。
全ての扉や窓が開け放たれ風通しが若干良くなった鉄筋コンクリート製のホールの中で、鳩羽色と黒色の影が駆け回っている。
ノアの
「あぶなッッ!?!?」
慌てて身を翻すと、一瞬前まで彼女の頭があった床が砕け散る。破片が散弾のように勢いよく視界の端へ消えた。10センチほど抉られたコンクリートを見て、アンジェリアの顔から血の気が引く。
この体勢からではまず次の一撃を躱せない。アンジェリアは素早く拳銃を抜いてトリガーを引いた。ゴム弾とはいえ頭は狙えないので、ノアを何歩か後退させる心算で足を狙い3発撃つ。
しかしノアの姿は、銃弾が当たるや否やぐにゃりと歪んで千切れるように宙に溶けた。
突然の異常事態に目を見開いたアンジェリアの視界が翳る。バッと頭上を見上げると、足を高く掲げたノアが飛び込んでくるところだった。全力でノアの背後側へ跳躍。
――ガァァァンッッッッ!!!
破滅的な大音声と共に床が陥没する。飛び散るコンクリート片から頭を守って顔を上げると、こちらを袈裟に斬るような勢いのブラジリアンキックが迫っている。
咄嗟に飛び退いたアンジェリアは、背中を壁にぶつけたことで追い詰められたことを悟った。攻撃こそ空振ったが、風圧で体勢を崩されそうになる。
「待って、コレで本当に
さっきから20回くらい命の危機に瀕してるんだけど!」
「もちろん。限界まで抑えてるよ」
暑さに加えてアンジェリアを傷つけないよう神経を使っていることもあり、ノアは額に汗を滲ませている。
キュ、とノアのスニーカーが音を立てて止まった。病的なまでに白い肌を拭いながら、心底疲れたような声を上げる。
「これくらいで充分でしょ。僕から3分も逃げ切ってるわけだし、完治したと言って問題ないんじゃないかな。
体に違和感は?」
どこからともなく取り出したタオルを投げ渡す。ふわりと飛んできたそれをキャッチして、アンジェリアは天井を見上げた。
「特にないわね。むしろ好調なくらい。
あのカプリチオの格闘戦を見せてもらったことも併せて、本当に有難う」
「礼なんていいよ。うちの子たちがキミの部隊のお世話になったし、お互い様」
手を引いてアンジェリアを立ち上がらせて、ノアは扉に足を向ける。
「どこに行くの?」
「隣で416とAUGがキミの部隊と試合してるから、見に行こうと思って」
「初耳なんだけどソレ。私も行くわ」
「自分とこの部隊が何してるかくらいは把握しときなよ‥‥」
横に並んだ自分に向けられる呆れた視線を、アンジェリアは笑って流した。「私は基本的に放任主義なの」
***
ノアとアンジェリアが第一訓練場を後にした頃。
416は殺到する弾雨をバック宙返りで避けながら、相棒のマガジンを素早く入れ替えた。同時に、足元に放った手榴弾を勢いのままにノールックで蹴り飛ばす。狙うはAUGとの距離を詰めんとするAN-94だ。AUGの迎撃を避けながら駆ける94は、増加した変数に後退を余儀なくされる。
それを見逃すAUGではない。攻めの起点は作ったし、一対一ならば問題ないだろう。94の呼吸を盗んで駆け出す影を確認し、416は着地する。そこを狩らんと襲い来る銃弾を低姿勢で回避。”絶火”で前方へ落下して、94の援護に向かおうとするAK-12の進路を塞ぐ。同時に銃弾が飛来するので、416は12の反応速度に目を回した。
”絶火”を習得していない者は、基本的に不意を突く超音速の疾走を視認できない。高性能の視覚モジュールを持つ416ですら、”猫の鼻”に来たばかりの頃はノアの”絶火”を目で追えなかったのがその証拠。にもかかわらず12は、こちらに吸い付くように照準を合わせてくる。まるでこちらの動きを読んでいるかのような――
否、実際に読んでいるのだ。12は今、普段伏せたままの瞼を開いている。軍用人形としての設計思想、その極致にある深部演算を以てすれば、彼女自身の目に映らないエンティティの位置など容易に予測できる。
「ほんっとにインチキみたいな目してるわね」
「そっちこそインチキみたいな機動力だわ」
12が放つ銃弾を、416も銃撃で叩き落としていく。とはいえ普通に撃っても間に合わないので、銃弾同士をぶつけて跳ね返らせることで、一気に複数の弾を打ち落とす。並の戦術人形には不可能な芸当に、12は舌を巻いた。
そんな神業を自然と披露してしまった416だが、その内心は焦りに焦っていた。回避すると後方のAUGに当たる可能性があり、左右には大きく逃げられない。したがって、ずっとこの死線に踏み止まる必要がある。
2対1に持ち込もうとする12の動きはブラフであり、実のところはこの状況を狙っていたわけだ。416は舌打ちした。
迎撃の中に12の胴を狙う弾を織り交ぜるも、難なく撃墜される。当然だ。彼女は銃弾落としを素の演算能力だけで実現しているが、12には深部演算がある。同じ芸当でも、416よりもずっと容易にできるはず。
遮蔽物のない中距離戦。AUGを94との一騎打ちに集中させるためには、常に彼女と12との間に立つ必要がある。回避もできず、M320A1を使ったとしても発射直後に撃ち落とされるだろう。純粋な銃撃戦だけで、12を打倒するのは極めて困難だ。
紛れもない劣勢に416は歯噛みする。他の人形たちが見たら顔を引きつらせるほどの速度でマガジンを換えながら、思考を巡らせる。
(この状況、彼ならどうやって――)
そのとき、416の視覚モジュールが12の向こう側に影を捉えた。ノアとアンジェリアが、連れ立って観戦席に姿を見せたのだ。
ノアの視線はふっと全体を一瞬で俯瞰した後、こちらに向かう。
彼に見られているという事実を認識した瞬間、416のメンタルモデルが発熱し、思考モジュールはその演算速度を4.7倍まで跳ね上げた。
急激な演算の加圧変更によりスパークが散る視界の中、416は一つの映像に辿り着く。
自分にアレが再現できるだろうか。――いや、できる。彼の技を幾度となく目にして、その脅威を知る自分なら。何より、HK416は完璧な戦術人形なのだから。
「一か八か、やるしかないわね」
鋭く息を吸い込む。
初めの一歩は”絶火”と同じ、縮地の要領で膝を抜く。しかし音速には踏み込まない。12の動体視力に合わせて、ギリギリ目で追える程度に抑える。次の踏み足はしっかり地面につけて、一瞬発生した速度を体の中で捻じ曲げる。
416が自分に向かって駆け出す姿を、12は当然視認していた。ここに来ての突撃という選択を12は訝しむが、深部演算も搦め手はないと言っている。冷静に416の胸部へと照準を合わせた。
トリガーを引くと同時、12は自分のミスに気が付いた。416は直進ではなく、やや右方向に踏み出している。これではAUGを庇うという目的で彼女を縛ることができない。こちらへ向かってくる行動に思わず迎撃を選んだが、この行動は取り消せない。
しかしどの道416に弾は当たる。フェイントをかけんとしていつもより不安定になった姿勢では、4発目と7発目の弾丸を打ち落とせない。
フルオートで放たれた9発のうち2つが、低姿勢で迫りくる416の胸から額の範囲に着弾し――
416の姿は、千切れるようにして宙に溶けた。
「――嘘」
「驚いた‥‥。案外、上手くいく‥‥ものね。はぁっ」
息も絶え絶えな声が12の耳に届いたときには、後頭部に銃口が突き付けられていた。「私の、勝ちよ」
やれやれと12は両手を上げる。ちょうど向こうも決着がついたらしい、無表情でピースサインをするAUGと悔しそうな94がこちらに歩いてきた。
「驚きました。まさか貴女が指揮官の技をそこまで修めていらしたとは」
「あぁいや、今のはぶっつけ本番というか――」
「416!」
背中に衝撃。観客席から416の許まで一瞬で駆け寄ったノアが、後ろから彼女に抱きついて歓声を上げた。
「凄い、凄いよ416!”
まだ教えてなかったよね?僕を観察して見取ったの?可愛いなぁ!」
「ちょっとノアっ、今私汗掻いてるから‥‥!」
416は慌てた様子で引き剝がそうとするが、ノアはするりと正面に回り込んで彼女の顔を覗き込む。
「流石だね416!いつかは使えるようになると思ってた‥‥けど‥‥」
満面の笑みで捲し立てていたノアの面が、じんわりと赤みを帯びる。鼻と鼻が触れそうな距離であることに、今更気づいたのだろう。
不自然に背を正して、とててっと後ろに下がる。
「あ‥‥ごめん。ちょっとはしゃぎすぎた。
とにかくおめでとう416。カッコよかったよ」
ぎこちなく言い残して足早に訓練場を去るノアの背中が扉の向こうに消えるや否や、416は膝から崩れ落ちた。
その顔はタトゥーを見失うほどに赤くなり、酸素を求めて口をパクパクさせている。
「‥‥?‥‥??」
混乱のあまり泣きそうになっている416の背中を摩る、AUGの眉尻がわずかに下がる。
「大丈夫ですか416。金魚になっていますよ」
そんな様子を眺める12と94は顔を見合わせて、同時に溜息を吐いた。
「いつからここは林檎農園になったのかしら。見てられないわ」
「えぇ。同感」
前回から少し時間が空きました。心ポッキン+リアルでの諸事情+MHRがね‥‥。
今回は416が無敵になるお話です。
ついに日本鯖でも416のMODが実装されましたね。
彼女をMOD3にできれば、僕のドルフロはクリアとなります。イベント億劫だけど頑張ろうね。
あと第2スキル名の和訳、侵食榴弾じゃなくて寄生榴弾になってましたね。その内こっちの表記も直します。