WinterGhost Frontline   作:琴町

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Necked for you. ③

「はー‥‥あっつ」

 

 ”猫の鼻”の本棟屋上。夜陰を流れていく風を浴び、ノアは酒精で熱くなった頬を冷やしていた。

 鮮やかに輝く星空を見上げて、大きな溜息を吐く。

 グローザに指定されたバーでは彼女の他にMDRとMk48も待ち構えていて、指輪に関することをしつこく問い詰められたのだ。

 何度同じ答えを返しても納得しない三人に、半ば苛立ちながらその理由を訊ねたノアに返ってきたのは、三者三様の呆れ顔だった。

 

『アンタが嘘吐くからでしょ。女の勘を舐めるんじゃないわよ』

『僕は嘘なんて‥‥』

『無自覚ってマジ?ソレはソレで問題じゃない?』

 

 そんな調子でかれこれ2時間も拘束され、普段よりずっと多くのグラスを空ける羽目になった。

 結局は代金だけ置いて”暮葉烏(クレハガラス)”と”絶火(ゼッカ)”で脱出したのだが、ノアは否応なく自分の感情と向き合うこととなった。今こうして夜風に身を任せているのは、そのためでもある。

 

 ――とにかく!誰かに指輪を渡すつもりはないから!

 

 あの言葉に嘘はない。無いのだが、自分でもどこか違和感を抱いているのだ。しかし、その理由だけが分からないまま、人形たちの問いから逃げ続けている。

 バーで彼女たちに言われた言葉を思い返す。

 

 ――何も難しい質問じゃないと思うんだけど。ずっと一緒にいたいのは誰?って話じゃん。

 ――多分思考の主体がずれてるのよ。『誰の気持ちに報いなければならないか』とか思ってるんでしょ。

 ――ほんと莫迦ね。貴方がどうしたいって話なのに。

 

「僕が、どうしたいのか‥‥」

 

 小さな集落で、助けを求めて叫ぶ人形の声を聞いたとき。”猫の鼻”に来ることを決めたとき。

 あの瞬間抱いた決意は、今も変わらない。

 

「僕は、人形たちみんなに、相応の幸せを‥‥あぁ、そういうことか」

 

 思考の主体がずれている、というMk48の指摘はまったくもって正しかった。

 彼女たちは全員、指揮官としてのノアではなく、個人としてのノア=クランプスに問うていたのだから。

 そう理解すると同時に、すっと頭の中に浮かんでくる名前があった。

 しかしその名を口にする前に、着信音がノアの意識を遮った。

 名前を呼び間違えないように、画面を確認してから応答する。

 

「もしもしノアだよ。こんな時間にどうしたの?アンジェリア」

『夜遅くにごめんなさい。報告したいことがあって』

 

 曰く、パラデウスの動向や優曇華の花に関する情報を得たらしい。

 これから、その提供者に接触するのだという。

 

「お相手は何者なの?」

『ごめんなさい、それは言えないの。相手の希望でね』

「本当に大丈夫かよ‥‥。

 ”欠落組”のこともあるし、近頃は謎の百鬼夜行も目撃されてる。

 注意してね」

『大丈夫よ。

 当然気を付けて動くし、反逆小隊(こっち)はこっちで新しい戦力も手に入ったから。

 期待してて』

 

 通話の切れた端末を眺めながら、ノアは「だといいけど‥‥」と独り言ちた。

 

(縁起でもないけど、むしろ戦力が減る気がするんだよな)

 

「相変わらず夜行性ね。アンバーズヒルの吸血鬼様は」

 

 聞き慣れた声に振り返る。

 月明かりを反射してぼんやりと輝く銀の長髪を靡かせながら、こちらへ歩いてくる416が微笑んだ。

 

「なんだか丸一日くらい会ってない感じがするわ」

「あっは。僕も」

 

 フェンスに腕を乗せていたノアの隣に、416も同じように身を預ける。

 その手には細長い箱。白い外装に赤いリボンという、いかにも贈り物然とした見た目をしている。

 

「その箱、どうしたの?」

「ちょっとね」

 

 それでは何も伝わらない。

 もう少しだけ追求しようと視線を彼女の横顔に戻すと、その頬が赤くなっているのが分かった。

 これは追及しても仕方がないと察し、夜空を見上げて時間を潰すことにした。

 

「‥‥ほら」

 

 二人の体温がフェンスを通じて混ざり始めた頃、小さな声がした。

 コツコツ、と手をつつかれる。見れば、416が件の箱でこちらを小突いている。

 とりあえず受け取っておく。

 

「プレゼント?Danke.

 でも、今日って何か特別な日だったっけ」

「別に。いつもお世話になってるから、お礼」

 

 いつもより少し早口で、416がそう言った。

 

「今日は忙しそうだったから。渡し損ねたの」

「明日でもよかったのに」

「他の人形に見られると面倒臭いのよ」

 

 ノアはくるりと身を翻し、フェンスを背凭れにして箱を胸に抱えた。「ありがと」

 

「開けてもいい?」

「どうぞ」

 

 リボンを解くノアの様子を、416が横目でチラチラと見ている。

 箱を開けると、果たして中に入っていたのはネクタイだった。

 灰色に黒猫のワンポイントが刺繍されているソレを見て、ノアは小さく歓声を上げた。

 

「わぁ‥‥!可愛いね。コレ、416が選んでくれたの?」

「そうよ。貴方、あんまりネクタイ持ってないでしょ。

 精々足しにしてちょうだい」

「うん!大事にするね」

 

 そう答えたノアの表情を、416がじぃっと見つめている。

 何かを読み取ろうというより、何かを態度で示したいような素振りだが‥‥。

 

「‥‥」

「ど、どうしたの‥‥?」

「別に。

 それじゃ、私は戻るから。おやすみ、ノア」

「うん、おやすみ」

 

 少しだけ怒ったような、落胆したような足取りで屋上を去る背中を見送る。

 彼女の気配がなくなったのを確認して、ノアはその場にへたり込んだ。

 

「参ったな‥‥。

 こういうのは、勘弁してくれよ‥‥」

 

 先ほどの416の真意を、ノアはその実しっかりと理解していた。

 女が男にネクタイを贈ることに宿る意味は、ただ一つしかないのだから。




お久し振りです。
最近色々忙しくて全然こちらに手が回っていませんでした。

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好きな動物の鳴き声でも構いません。

次回は敵サイドのお話です。
よろしくお願いします。
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