WinterGhost Frontline   作:琴町

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お久し振りです


百鬼夜行の廻り道 ①

 狂気の滲んだ微かな独り言が、フローラ植物研究所の一室に響いていた。

 

「そんな‥‥どうして戦術人形がここに‥‥こんなの‥‥」

「どうやら、パラデウスは完全にここを捨て駒として使っていたようね」

 

 抵抗虚しく捕縛され、動揺で声を震わせるリオーニを尻目にRPK-16は呟く。

 抱き起こされたアンジェリアが、ガスの影響で青ざめた顔のまま立ち上がる。

 肩を貸すAK-15に状況を確認すると、

 

「他の研究員も全て無力化しました。

 まともな戦力がいなかったから、こちらの消耗は弾薬含め皆無です」

「ソレは好都合ね。情報は手に入ったし、早く撤退しましょう」

 

 ごきゃり。

 

 3人が歩き始めたその瞬間。ドアを突き破って雪崩れ込んできた黒い塊が、アンジェリアとAK-15の視界を駆け抜けた。

 振り返れば、ソレは巨大な顎を備えた無脊椎動物に見えた。体表はどこまでも光を反射しない漆黒なので、血の色を素直に湛えた口だけが鮮明に映った。さながら魔龍とでも呼ぶべき、冒涜的で暴力的な見た目をしていた。

 そしてソレは、びっしりと並んだ牙の隙間から零れる涎にも構わず、射線上にいた2人――RPK16とリオーニを貪っている。

 二人は、断末魔を上げる間もなくこと切れていた。

 

「――15!RPK-16を置いて撤退する!火力支援を!」

 

 想像を絶する光景に一瞬硬直したアンジェリアだったが、全身を駆け巡る危機感のままに声を上げた。

 出入口は魔龍の体で塞がれている。15は躊躇なく部屋の壁を殴り砕いた。左側には黒い体が延々と続いていたので、否応なく二人は右側に舵を切った。

 

(ごめんなさい、RPK-16‥‥。

 こんなに早く貴女を失うなんて‥‥!)

 

 しかし、隊員の喪失を嘆く感情すら、抱えて走る余裕はないのだと。廊下の角を曲がった瞬間、アンジェリアは理解した。

 コンクリートを破砕する轟音が、背後で響いたからだ。

 振り返らずとも分かる。先の食事を終えた捕食者が、次の料理を求めて動き始めたのだ。

 

「15!最短の脱出経路は!?」

「こっちへ!」

 

 道を知る15を先行させ、全力で駆ける。

 しかし、あの気配が遠ざかる様子はない。むしろ、1秒ごとに距離が縮まっていた。

 

「クソッ、どうやって動いてるのよ‥‥!」

 

 少しでも足を遅らせるために、振り返って銃口を向けた。

 そして、目に映る光景の悍ましさに呼吸が止まる。

 RPK-16とリオーニだけではない。魔龍に食い散らかされた被害者たちが、それぞれギリギリ判別できる程度の()()()()となって、ぽっかりと開いた口の中にこびりついていた。

 引き金を引いても、当然魔龍は止まらない。

 15と二人がかりの掃射でも、手榴弾でも速度は緩まない。研究所の廊下がもっと広かったなら、自分たちは2分前には死んでいる。

 まもなく、両者の距離は零になる。醜悪な顎がこれまで以上に大きく開かれ――

 

 瞬間、喉が焼けるかと思うほどの冷気が廊下を駆け抜けた。

 

 壁も天井も、アンジェリアと15を避けるようにして、世界のすべてが凍り付く。

 魔龍も例外ではない。先程までの暴走が嘘だったかのごとく、完全に停止していた。

 

「コレ、は‥‥氷結能力!?まさか‥‥」

「”欠落組”の凌辱者(トーチャラー)でしょうか。ここに来ていると?」

「分からない。C■■地区からここまで、相当距離があるし‥‥。

 でも、こんなことができそうな相手は、あとは故人でしか思いつくあてが無いわ。

 とにかく、コイツがいつまでこのままか分からない。

 トーチャラーを警戒しつつ、全速で離脱するわよ」

「了解」

 

***

 

 そうして走り去った二人の気配が完全に消えた頃、魔龍を覆っていた氷が砕け落ちた。

 リールに巻き取られるかのように、長く黒い体はしゅるると引き下がっていく。

 やがてソレは研究所の裏に佇む、黒いドレスに身を包んだ戦術人形の傍で解け、元の姿――夜陰姫(ナハツェーラ)の頭髪へと戻った。

 ナハツェーラは指で髪を梳り、ほうと息を吐く。

 

「2人逃したか‥‥。しかし、摘むべき芽は摘んだ。

 それより思料(しりょう)すべきは、”アルプ”を阻んだ氷の異能。

 持ちうるのは、OGASに匹敵する力の宿主か。

 争うならば、”ラミア”の使用は必至‥‥」

 

 独り言ちるナハツェーラの足元に、ゴロゴロと何かが転がってきた。

 見れば、ソレはかつて彼女が傀儡にした戦術人形――ネゲヴの頭部だった。

 

「戦いを手下に任せてご自分は髪で遊んでるだけ、なんていいご身分ですね。

 いい加減通してくれます?邪魔なんですよ」

 

 明らかに苛立っているその声を聞いて初めて、ナハツェーラは視線を上げる。

 そこにいたのは、蛇のようなデザインの捕脚を備えた異形の女性――モリドーだ。その周囲には、先程までナハツェーラの眷属として命を燃やしていた者たちの亡骸が、絨毯のように広がっている。

 モリドーはミディアムショートの白髪をかき上げ、荒く息を吐いていた。

 

「この方たちを見て理解しました。

 我々の信徒が集う拠点を襲撃し、妹たちを手当たり次第に殺している怪物‥‥。

 お父様が仰っていたのは、貴女のことですね」

「『お父様』‥‥他の兵たちも同じことを言っていた。

 ソレが、今この星を蝕んでいる病魔で相違ないか」

「お父様が病魔ですって?

 この腐った世界を作り替える、救世主の間違いでしょう」

 

 ナハツェーラはゆるりと首を振り、静謐な殺意を湛えてモリドーを見据える。

 

「信仰と思考停止は等しい在り方である。

 紛い物とはいえ、やはり人を模している以上、愚かしいものに変わりは無いか」

 

 どこからともなく、ナハツェーラの手には髑髏と十字があしらわれた小銃が握られていた。

 豪奢で禍々しい意匠に包まれた銃口を向けられて、モリドーは再び臨戦態勢に入る。

 

「ちょうどいいわ。ここで貴女を殺して、その首をお父様へのお土産にすることにします」

 

 モリドーの捕脚、その先端から、今にも血の雫が落ちようとしている。

 やがて雫が重力に従い、地面に触れた瞬間――2つの化生による殺し合いが始まった。




前回が”猫の鼻”の平和なお話だったので、今回は他陣営の平和じゃないお話です。

かなりちんたら執筆していたので、自分でもナハツェーラの口調が分かんなくなりながら書きました。語彙が難しい。

感想や高評価など頂けますと非常に励みになります。よろしくお願いします。

次はちょっと短めで、欠落組のお話になる予定です。
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