限界まで稼働させられたエンジンの唸り声と、タイヤが砂利を蹴り飛ばす音が騒々しい。
近くのグリフィン基地から拝借した自動車でボロボロの車道を爆走しながら、トーチャラーは先程目にした光景を反芻する。
「やっぱり、敵わなかったか」
ナハツェーラと超上級NYTO――モリドーの戦いは、時間にすれば5分にも満たなかった。
2丁の大型拳銃から放たれる杭のような弾丸を捕脚で防ぎ、あるいはいなしながら接近しようとするモリドーに対し、ナハツェーラはまるで間合いを調節する素振りを見せなかった。
やがて両者の距離は2メートル程度にまで縮まったが、その頃には捕脚もその主も傷だらけ。
決死の形相で拳を握ったモリドーだったが、次の瞬間には関節毎に斬り刻まれていた。
ナハツェーラの傀儡となった、多数の戦術人形や人間を相手していたことによる疲弊もあっただろう。
しかしモリドーが本調子だったとしても、結果は覆らなかったはずだ。それほどまでの性能差。
「いつかの音響攻撃も使ってなかったし、他にも隠し玉はあるんでしょうね。
‥‥まったく、狂った機体性能だこと」
あの怪物を作り出したのが鉄血工造である事実に、現実逃避の笑いが漏れる。
自分も他者のことを言える立場ではないが、あれはいくら何でも規格外だ。
男が一人、道の脇から飛び出す。身なりと荷物からして
斜め前方に吹き飛ぶ遺体には構わず、アクセルを踏んだままトーチャラーは思索に耽る。
あの戦いで、気になった点が3つあった。
まずあの大型拳銃。いくら連射しても弾切れする様子が無く、それどころかリロードすらしていないように見えた。あれは一体どのような原理で動作しているのだろう。
そして、モリドーを蹴散らした不可視の斬撃。ドレスのはためき方からして、恐らくナハツェーラの後方から何らかの武装が起動したと考えられる。有効射程や破甲力、あの武装の詳細情報を手に入れたいところだ。
最後はナハツェーラの目的だ。
モリドーの発言からして、ナハツェーラはパラデウスとそれに協力する者たちを殺して回っている。
加えて、ナハツェーラの言動からは「地球を救う」という意思が垣間見えた。しかしそれは「人類を弑してエリザを次の人類にする」という、鉄血人形の行動理念と一致しない。
彼女の真意は如何――
「‥‥って、コレも私は人のこと言えないか」
前方、闇に聳える氷の城が見えた。踏み込んでいたアクセルを少し戻す。
ナハツェーラは極めて広い地域で散発的に侵略を行っている。
G&Kにも少なくない被害が出ているのだが、ナハツェーラの姿を見て生還した者がいないため、まるで事態が把握されていない。
さて、ここでトーチャラーにとって一つだけ納得いかないことがある。
「どうして彼は知らんぷりを決め込んでいるのかしら」
元々ノア=クランプスは人命よりも人形たちの生活を優先するきらいがあったが、今の状態は度が過ぎる。
C■■地区では一切ナハツェーラによる被害が出ていないとはいえ、アレを放置していてはあまりに多くの命が失われてしまうというのに。
「‥‥まさか、彼すら把握していない?
彼の課題解決能力は地球上でも最高峰だけど、その頭脳だって課題自体を認識していなければ意味がない。
ナハツェーラが彼の能力を危険視していて、”正体不明の厄災”のまま立ち回っている‥‥?」
トーチャラーの推測は正しい。
現在ノアは”謎の百鬼夜行”の存在こそ掴んでいるが、その内実に鉄血人形がいるなど露も知らない。
「‥‥はぁ、どうやら仕事が一つ増えそうね。
でも仕方ないわ。セレナとの約束を破るわけにはいかないもの」
ナハツェーラによって搔き乱された盤面とこれから動かすべき駒を整理しながら、トーチャラーは車両を正門前に乗り捨てた。
バンパーを一瞥して一言。
「あら。派手に凹んでる」
ワクチンの副反応えぐいですね。しぬかと思った