だめドラ→こドラ   作:わてり@henry

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※ やや長いので、3分割にさせて戴きました。
 こちら中編になります。




 **** **** **** ****

 

 

 

「来たわ。お父様よ」

 

 別室で待機していたヤエからテレパシーが届いた。

 

「リューコ。準備はできた?」

「ドラお。わたくしは完璧よ」

 

 応答は短く。

 扉のノックからスタートだ。

 食材ヨシ。掃除ヨシ。漫画だとこういう時、絶対に見逃しがあるはずだけど、鏡、ヨシ!

 大丈夫。

 私は深呼吸をした。

 それに反応して、リューコも同じように大きく息を吸った。

 準備万端――なわけない付け焼き刃だけど、全力は尽くした。

 あとは、なるように、なれ!

 ――――コン、コン。

 

(何だか、次元の塔のボス面接みたいだ)

 演じなきゃいけないけど、もう、手元に台本はない。そのかわり……

(私には、みんながいる)

 

 スーツ内に隠れた、黄緑のミサンガの感触を思い起こす。

 副店長ちゃん、バイトちゃん。みんなの顔を思い出す。

 デーリッチ、ローズマリー、ベロベロス、ハピコ、マッスル――――……私、いっぱい冒険したなぁ。

 あっ、ヤベ。これ、走馬灯じゃん。負けフラグじゃん。

 ガチャ。

 リューコが、応対のために玄関に出た音が聞こえた。

 そして、まもなく――――――それが現れる。

 憤怒帝・ゲオルグ――人間形態。

 髪の毛は……逆立ってない! 肩くらいまでの髪を後ろで編み込んでいて、口ひげが綺麗に五角形になるように剃り込まれている。

 身長はマッスルより高いかもしれない。天井に頭がつきそうで、少しばかり身をかがめていた。

 軍服のような濃緑のスーツにベレー帽、赤色のマントを羽織っていて、しかも額に大きな十字傷がある。

 貴族、というより、大佐、という雰囲気だった。

 

《竜人族同士の挨拶は文化ごとに異なるから、まずは変な事はしないで普通に対応して》 ヤエからの通信が来る。

「はじめまして。僕は、」

 

 私は打ち合わせ通りに、先手を取って彼に話しかけた。が、

 

「話は聞いている。リューコの“友達”だそうだね。不躾で悪いのだが、“どちらの出身”だろうか?」

 

 いきなり、来た!

 名前よりも名乗りよりも、まっさきに肩書き。

 その口元は微笑んでいるけれど、目が笑ってない。

 政略結婚。

 リューコにはたくさんの花嫁候補がいるのがわかってる。

 私は、それらに負けない私になる必要がある。アーマード・ドラゴン――――

 いや。

 もう、無理しなくてもいいんだ。だって、私は。

 

「――――僕は、ハグレ王国出身です。名をドラおと言います。宜しくおねがいします」

「ほう。最近巷で話題になっているあの……! 大変だったろう。ハグレとして“家とも同胞とも離れて”生きていくのは。職もなく、竜人としての誇りを失いそうにもなったろう?」

 

 胸を張って生きられる場所。

 ゲオルグの目には、どう映るのだろう。

 貴族、建前、家柄、そんな、リューコが浴びせられてきた数多の重圧が、肌をヒリヒリと焼いた。

 

《こドラ、あなたの役職は大使がいいわ。特派大使とか親善大使みたいなハッキリとしたものでなく、大ざっぱに大使》

「いえ、ハグレ王国に拾ってもらってからは、良くしてもらってばかりです。今は大使にまでしていただいて」

「…………」 僅かな沈黙。「そうか! それはよかった。私はゲオルグ。よろしく。ところで、どうだい。リューコは“迷惑をかけて”いないかね? 例えば、“変な噂”を立てられたりだとか」

 

 彼の、安心と挨拶のタイミング。

 私の出自と、自分の家名を天秤にかけたような、その不自然な間。

 そして続けられる、腹の探り合いのような、現状確認の声。

 変な噂とは、多分闘技場の事だ。

 そのひとつひとつの言葉が、まるで尋問だった。当たり前の世間話のように見えて、こちらを値踏みしている。

 王国でかつて、こんな感じのセリフをいくつか聞いた記憶が蘇った。

 妖精達や外のハグレ達との闘い――――妖精の女王プリシラ、エルフの女王リリィ、王国の参謀ローズマリー。

 もし、王国でみんなと一緒でなかったら、私はこの罠に気づけなかっただろう。

 

《そこはやんわりと否定して。やってないけどリューコの努力をアピールするの》

「迷惑だなんてそんな……毎日、冥界のメイド達と一緒に働いてて、頑張ってると思います。り、料理はまだ練習中で、僕も手伝ったりしてますけど」

「ふむ……」

 

 ゲオルグはチラ、とリューコを目で振り返った。

 あんなジャジャ馬娘が、果たしてそこまでお利口になるだろうか、そんな事が言いたげな様子だ。

 

「リューコ。早速お前の料理を、パパに見せて欲しいんだが、いいかな。予定を押してきたせいで、この通り空腹なのだ」

 

 彼の応答は早い。

 言葉は優しく、良い父親に見える。

 ……けど、何か、すごく変だ。

 人間っぽくない。

 まるで、テスト用紙が軍服を纏って話しかけてきているというか――リューコのテストだから当たり前といえばそうなんだけど――父娘なのに、事務的で無駄がないというか。

 私達と同じく、演じているような?

 

「昨日の今日ですので、ご馳走は作れませんけれど、よろしいですか? お父様」

 

 リューコは落ち着いていた。

 『ハァ? 父親ヅラしてんじゃねーぞクソタコが。そんなに腹減ってんなら、自分で作りやがれクソオヤジ』 そんな、ノーマルなリューコの反応が、私の脳裏によぎった。

 そして、その姿を想像したのは、私一人ではなかった。

 

「ハハハハハハハ! お前にあらたまった言葉を使われると、全く新鮮だな。ドラお君の前だからかな? ここはプライベートの場だ。いつもみたいに“砕けた口調でも構わん”よ?」

 

 突然、彼は笑い出した。

 ――――いや、笑う演技をした。もちろん、リューコもそれに気付いていた。

 

「いいえ。お父様にはわたくしの練習の成果を見届けてもらいます」

「意地を張っているな。我が娘よ。なあ、ドラお君。コイツは今でさえこうだが、実家ではヒドいものだった。ここに額の傷があるだろう? アレがやったんだ。君もどこか、怪我させられたんじゃないかね?」

 

 ゲオルグは自分の頭を指差して、そのあと私の肩を掴んできた。

 大きな手のひら。それに、めちゃくちゃ熱い。

 

《こドラ。警戒して。彼の態度、多分、失言を誘ってるわ。もし、リューコと父親の仲がすごく良かったら自然なセリフだけど、思い出して。あの首輪のこと》

 

 ヤエからの通信で、私は確信した。

 彼はリューコを試している。自分の支配下において挑発してるんだ。いつボロが出るか、待ち望んでる。

 ――――言葉が、出てこない。

 圧を感じる。学校でリューコに言い寄られていたときと同じような、どう答えても曲解されるようにできている設問だ。

 

「お父様! 料理の見学はよろしくて? ひとりだと心細くて、ドラおさんにも手伝ってもらおうと思っているのですけれど!」

 

 言葉に詰まった私に、リューコが助け舟を出してくれる。

 彼女には、自分の父が、こうして答えにくい質問を持ってくるのが判っているようだった。

 

「――――。そうだな」 一拍置き、彼は続ける。

「お前が望むのなら、手伝って貰うといい。なぁに、失敗しても責めはせんよ。その時は、また1から学び直せばいいのだから」

 

 ……基準に達してなかったら?

 つい、そう考えてしまう。

 子供の頃のリューコも、きっとそう考えたんだろう。

 竜人族のエリート。何だか、前と単語の響きが違って見える。

 

「ドラおさん。行くわよ」

 

 リューコは力任せに私を父から引き剥がした。

 その肘をガッツリ組んで、私の耳元でこう囁いた。

 

(わかってるだろうが、アイツ猫かぶってやがる。営業用ってワケだ)

「う……うん」

 

 かすれた声で応答する。

 肩が、じんじんと痛む。ゲオルグは引き離しの瞬間、万力のような力を込めて抵抗した。

 頑丈な竜人族ならではの、力加減の違い。

 私達は台所へと向かった。

 冷蔵庫の中には、冥界や神界で採れる作物がある。

 ここから先は、単なる通信だけでなくて、純粋な能力が関わってくる。

 

(おい、だめドラゴン。俺は火加減や計量がわからん。フォローしろ)

(わかった。リューコはなるべく加工を頑張って)

 

 小さく声で伝え合う。

 どんな料理を作るか。そのレシピは食材の選定時に、雪乃とベロスが組み上げていた。

 ――まず、魚は下処理の難易度が高いので使わない。

 使うなら、切り身を使用しても違和感のないお肉。

 味付けに使う調味料、器具はわかりやすいよう、必要分だけを表に出しておく。

 野菜だけはさすがに包丁を入れなければ怪しまれるので、スタート前にできる限り練習しておく。

 出来上がる料理は3つ。

 

   ***   ***   ***

 

 1・無限オレサマナスのホイルツナマヨチーズ焼き

 材料:冥界オレサマナス、天界シロビジンシメジ、普通のたまねぎ、ジェリーズチーズ、マヨネーズ、醤油、ツナ缶、オリーブオイル

 ※ホイルに包んでレンジでチンするだけなのがポイント。レンジをオーブンモードにするのを忘れずに。

 

 2・王国オムライス風辛口オムライス

 材料:冥界のライス、コカトライス卵&肉、天界タマネギーニャ、バター、デビルインフェルノ(胡椒の代用)、レスキュートマトケチャップ、乾燥ヤンデル草(薬味)、塩、牛乳

 ※メインディッシュにして最難関。炒め時間を間違えず、卵をうまく巻けるかの勝負。 

 

 3・食後のかき氷ダブルデラックスゼリー

 材料:スライムゼラチン、氷、冥界アシナガナシ、冥界ベチョベッチャン

 ※容量を少なくして高級感を出そう。ベチョベッチャンの調理に注意。

 

   ***   ***   ***

 

「ドラおさん、ナスとたまねぎを取ってくださる?」

「うん」

 

 まず、野菜室のナスと、吊り下げた玉ねぎを――――

 

「む。ナスを使うのか。それはいい! ここはひとつ、ナスのドリアを作って見せてはくれないだろうか。私の好物でね」

 

 流れるようにスタートした私達の動きが、ピタリと止まった。振り返ると、すぐそばに彼の巨体がある。

 リューコの片頬が、見てわかるくらいにピクピクと痙攣した。

 

「あの、お父様。それは……――――」

 

 テメェ嘘吐くんじゃねえぞクソ! と、彼女の表情が物語っていた。ゲオルグは多分、リューコの性質を読み切っている。

 

《彼、リューコが自分には逆らえない事を知っているわね。それに、勘も鋭い。最初から用意した得意料理だけを作ってみせる、という作戦が見抜かれているわ》

 

 そのヤエの言葉を裏打ちするように、ゲオルグはこちらに考える暇も与えず、冷蔵庫の方に向かった。

 

「よかった。チーズがちゃんと入ってるね。それに鶏肉も。おお、しかもコカトリス肉に、その卵まであるじゃないか! 私は一度、茶碗蒸しというのが食べたかったんだ。それもお願いできるかな、リューコ。なぁに、“ドラおさんが手伝ってくれる”んだから、まさか出来ないわけないよな?」

 

 一方的な要求だった。

 彼は、一度も瞬きせず、こちらを睨みつけてくる。

 すでに、私が料理に参加した時点で、リューコに対する採点基準に大幅なマイナス修正があった?

 

《まあ、失踪同然に家を出た娘が、どこの馬の骨かわからない男と一緒にいる。確かに、彼の気持ちもわからないでもないわ》

(ヤエ、客観的に分析してないで、どうするか考えて! 作戦が通用しなくなっちゃう!)

 

 ――――恋人設定は悪手だった?

 いや、もし私が居なかったら、花嫁修業が上手くいった時点で、政略結婚のために連れ戻されるだろう。

 かといって、対応がマズくても両親の監視下で花嫁修業の再特訓。そのうえ、冥界はゲオルグの怒りで滅ぼされる。

 どちらにしろ、リューコには同じ結果――家柄の呪縛が待っている。

 一番なのは、私が彼女の配偶者候補になって、これからも花嫁修業を続けていく、という現状維持の展開だ。

 しかし、いつまでも続けられるわけもなく、…………逃げでしかない。

 最初に相談されたときには、わからなかった。彼女を助ける理由。時間稼ぎを行う意味。

 ただ、誰かの真似をしたくて、手を差し伸べるだけで。

 

 けど、今ならわかる。

 彼女と正面から本音で話せた今なら。

 リューコには、ほんの僅かな、立ち止まる瞬間がいるんだ。

 ずっと逃げてきた私と違って、闘い続けてきたあの子には、逃げて、自分を見つめ直すだけの時間が必要なんだ。

 だって、昔と違って、今のリューコは少しずつ――――

 私達はゲオルグの視線から逃れるように、目線を落とし、極力小声で話し合った。時間の猶予はない。

 

(クソッ、ダメ元で押し通してみるか? レシピ)

(リューコ、できる? 賭けになっちゃうけど)

(せっかく準備したんだ。台無しにされてたまるかよ!)

 

 ゲオルグを横目で覗く。彼の口元は緩んで、尖った牙がはみ出ていた。どうする……――――

 

《――――いえ、ここは要求どおりにしましょう。花嫁修業をしている、という前提があるわ。あなた達は、相手の期待に応える事を試されているの。それに、これはチャンスよ》

 

 チャンス? ヤエの通信は、私達に小さな希望を粒を与えてくれた。

 

《ベロスが言うには、実はオムライスよりもドリアのほうが楽らしいのよ。作り方は私達が教えるわ。慣れない料理である、というのを強調するのを忘れずにね》

 

 ドリア、茶碗蒸し。

 ご飯ものであるドリアなら、イメージがまだ湧く。

 けれど、茶碗蒸しという料理は、その過程を想像するのも容易ではなかった。

 できる? そう目でリューコに語りかけると、彼女は、覚悟を決めたように瞳で返してきた。やるぞ。

 

「お父様。急なことなので、あまり見栄えが整わないかもしれませんけど、よろしくて?」

 

 言った。レシピの変更を了承する。

 ゲオルグにとって、何が正解で、何が不正解か。

 そもそも、答えなんてあるのかな。彼の感情は不透明でわからない。

 

「構わん。言っただろう? 失敗しても責めはせんとな。気が散るだろうから、私は出来上がりまで黙るとするよ」

 

 彼は2歩後ろに下がり、キッチンの動線を譲ってきた。

 リューコが目で合図をする。

 いくぞ、だめドラゴン。そう、聞こえた。私は頷く。

 

《こドラ、具材の下ごしらえで少し時間稼ぎをしてて。私達は大急ぎでレシピを組み上げるわ! その間は応答できなくなるけど……ええっと、ベロスが言うには、ドリアはオムライスの中身をそのまま流用できるから、まずはチキンライスの準備だけお願い!》

 

 指示がくる。例え、たった数時間前の付け焼き刃でも、決して無駄になってない!

 私とリューコは分担して、食材を加工していく――――ナスはヘタを切り落として、ナナメ45度に切って、4分の1回して、また同じ感じに切って……ああ、なんだ、やってみると、簡単じゃん。乱切りってこんなでいいの?

 涙が、出てきた。

 感激や悲しみとはまた違った涙。空気が滲みる。たまねぎだ。リューコが玉ねぎに、慎重に切れ目を入れている。

 うん、涙出るよね。こっちまで成分が飛んできてる。

 

(おい、だめドラゴン。代われ)

(ギブアップ早くない!?)

(うるせぇ、涙で前が見えなくて事故りそうなんだよ!)

 

 そんなに、と目で見遣ると、リューコは鼻水までグズグズになりながら、辛うじて手元を動かしていた。

 泣き顔、初めて見る。

 

(ボサッとしてないで、はやぐ!)

(あ、ごめん)

 

 私は彼女と獲物を交換して、刃物を入れていく。

 たまねぎのみじん切りは調理する催涙スプレーのようなもので、すぐにも私の顔は涙でグシャグシャになる。

 

(フフフ、オメーヒデー顔だな。写真撮っていいか?)

(リューコ調子良すぎじゃん……)

 

 立場が逆転した途端、彼女の顔が笑顔に豹変する。ナスの乱切り簡単そうだなぁ。

 切り終わった食材は一旦ボウルに入れておいて、次のしめじと鶏肉に取り掛かる。

 これも、割と楽。鶏肉は皮と筋を切り離して、一口サイズに。しめじなんて、根元を切って軽くバラけさせるだけ。

 

(おい、やることなくなっちまったぞ)

 

 思ったより時間稼ぎにならない。

 ヤエからの指示は、まだこない。何かをしなければ、ゲオルグに怪しまれてしまう。

 

(とりあえずオムライスの中身だけはそのままみたいだから、ご飯とフライパンの準備だけ……)

(待て、火つけたら何か焼かないとヤベーぞ?)

(けど、あとは卵くらいしか)

 

 目で示す。

 コカトライス卵は鶏のものに比べて何倍も、下手すると何十倍も大きい。

 失敗の許されない食材に手を付けるよりは、まだ挽回できそうな部位から加工したほうがいいはず――――

 

(ぐっ。しょーがねーな。何からやればいい?)

(私が知ってる範囲…………フライパンに油を引いて加熱する)

(どれぐらいだ?)

 

 ――――わからない。

 副店長ちゃんの動きをなんとなく覚えているだけで、分量も、何から炒めるのかも見当がつかない。

 私にできそうな、何か……何かあれば。

 

“玉ねぎは、飴色になるまで炒める。”

 

 咄嗟に出現したのは、漫画で覚えた知識だった。

 バトル料理漫画で繰り返し出てくるこのフレーズ。信じる?

 迷っている暇なんてなかった。

 私は、一歩、自分の信じた方向へと歩み出した。

 

(フライパンの表面をコーティングするみたいに油を引こう)

(ちょこっとでいいんだな?)

 

 揚げ物とは違うのだから、ちょっとでいいはず。

 光り輝いて、私の調理センス!

 私達はまるで、ダンジョンでアイテムを探るみたいに、少しずつコンロの火力を上げていって、丁度良いタイミングを見極めようとする。

 

(おい! 全然油広がらねえぞ! いいのかこれで!)

 

 コーティング。リューコがフライパンを傾けても、水がただ滴るみたいに表面に線を作るだけで、全体に行き渡らない。

 そういえば、なんだかお茶を点てる道具のようなものを使っていたような…………。

 

(と、とりあえずこのままいこう!)

 

 火の強さを上げていく。まだヤエからの返信は来ない。

 やがて、熱が臨界点を超えたのか、油がパチパチと音を出して飛び始める。ヤバイ。

 

(うお何か弾け出したぞ! どうすんだ!)

(た、玉ねぎ入れよう!)

 

 コンロのつまみを動かして、火の勢いを弱める。

 とにかく丸焦げだけは避けなきゃ。

 不揃いに細切れにされた玉ねぎを落とし入れると、フライパン内の油が一瞬にして具材に隠れた。

 器具の温度がわずかに下がったためなのか、油の弾け飛ぶ音は収まって、今度は焼けているかどうかが分からなくなる。

 

(いつまで炒めりゃいい!?)

(あ、飴色になるまで)

(それ何色だ!)

 

 あっ! それ、知らない!

 キャンディの色。色とりどりの……玉ねぎって熱するとカラフルになるの?

 けど、カラフルな玉ねぎなんて見た事ない。

 飴。飴っぽさって――――

 

(こう、甘そうだなって思ったら火を止めよう!)

(もう目に滲みそうなイメージしかねえよ!)

 

 確かに。

 涙目のリューコを思い出す。ウケる。そんな場合じゃない!

 そうやって小競り合いをしている内に、フライパンの中身の玉ねぎに変化が訪れた。

 色が白から、段々と黄色く透明になって、しなびていく。

 

(あっ、これ、これっぽい! 飴!)

(よし、そうと決まったら、次は…………何だ?)

(決めてないじゃん)

 

 次は、何を?

 鶏肉か、きのこか、ご飯か、ナスか、チーズか、ケチャップか、それとも、事前に卵使う必要があった?

 もし、こんな時、ゼニヤッタちゃんなら?

 副店長ちゃんなら? 思い出せ。漫画でもいい、何でも、手掛かりになるなら――――料理とは。料理の基本。

 料理に、最も大事な要素。

 味見や、レシピを超えるような、絶対法則。美味しく食べるための、最高の調味料。

 

 ――――――料理は真心ッ!

 

 違うそうじゃない。

 今はハートを込める段階じゃない。

 いっそのこと、玉ねぎを菜箸で動かして、ハート型に配置してみれば、料理の女神が、ってそんな事あるはずが……。

 でも、やってみた。

 リューコの炒める横から、箸を使って、ダメ元で召喚を行ってみる。異世界転生っ、起きてっ!

 

《お待たせ二人共! 全手順を組み立てたわ!》

 

 女神様ッッッッッッッッ!

 

《まず、玉ねぎを炒めて飴色になったら――――》

 

 私は間違ってなかった。

 勝った。そう思った。

 勝利BGMが頭の中に流れて、誰かに頭を撫でてもらいたい気分になった。けど、終わってない。

 未だ戦闘中だ。火との戦い。火を支配するのだドラゴンよ。

 

《きのこと鶏肉を入れるの。そのあと、ご飯をいれて調味料を振って、仕上げにケチャップをかけていく。細かい分量や時間はその都度、指示するわ》

 

 安心するのも束の間、次々と出される課題に、すぐさま対応していかなきゃならない。

 ただ、ほんの一分前と比べて、体も心も軽くなっていた。

 一握りの自信。

 生まれたばかりの――――

 

(だめドラゴン。匙加減頼んだ)

(うん)

 

 女神ヤエに従って、ひとつひとつの調味料を調整していく。

 入れるタイミング、量、火の強さ。

 フライパンを大雑把に振るうリューコを支えるよう動く。

 細かく切った鶏肉の表面が白くなり始めたら、ご飯を投入する。

 デビルインフェルノ粉末と塩を入れたバター醤油を振りかけて、次のためにキッチンタイマーを入れ直す。

 

(順調じゃん。リューコ)

(当たり前だ! 俺様を何だと思ってやがる)

 

 完成は目前だ。

 ケチャップを注いで、しばらく炒めれば…………レシピを裏切らなければ、簡単にできる。すごい。ちょっと楽しい。

 

《出来上がったものを耐熱容器に入れていって。グラタンの器みたいなやつね》

 

 目の前には、湯気を上げる美味しそうなチキンライスがある。

 これでエンディングでいいじゃん。

 まだ夜には少し遠いけど、お腹が空いてきた。

 リューコが、持ち上げたフライパンから豪快に器によそっていく。

 少しご飯が漏れたりしてるけど、誤差の範囲内だ。

 コンロ周りにもちょっとあるけど、……誤差だ。

 

(超簡単だな! あとなんだっけ茶碗蒸しか?)

《違うわリューコ。ナスのドリアだからまだ途中地点よ》

 

 ですよね。

 乱切りにされたまま積まれたナスがこちらを見ている。

 次はその調理だ。そういえば、なんでご飯と一緒に炒めなかったんだろ?

 

《ナスを炒めて。それからチキンライスに載せて、チーズを振りかけたらオーブンで焼いて完成よ。このとき、ナスにいっぱい油を吸い込ませるのと、チーズをコレでもかと言わんばかりに振りかけるのを忘れないで》

 

 にわかには信じがたい話だった。

 ナスに油を吸収させまくると、美味しくなる?

 すごくクドそうだけど……。

 

(それ、ナス燃えないか?)

 

 リューコも同じように疑問を持ったみたいだった。

 

《……多分、あなた達の想定している分量は違うわ。こっちからは、どれだけの量作ってるかが見えないのが不安だけど、とりあえず、目分量を教えるわ》

 

 レシピは守る。

 私達は、実感が湧かないまま、言われた通りにナスを炒め始めた。

 オリーブオイルを入れ、火を強くして――――

 ――――おかしい。

 ナスに固いところと柔らかいところがある気がする。

 それに、全体の焼け具合がバラバラだ。

 

(ヤエ、なんか変だよ。火が通ってない感ある)

《えっ待って。…………もしかして、ナスの大きさは?》

 

 向こうで相談したような間があって、そんな質問が来る。

 

(人差指と親指で丸を作ったよりも大きいくらいだけど……)

《ちょ、大きすぎる。それだと隠し包丁を入れないと!》

 

 一番簡単だと侮った部分が、今になって効いてくる。しまった、と後悔してももう遅い。すでに火は灯っている。

 

(ど、どうしよう……)

《仕方ないわ。多少、見栄えは悪くなるかもしれないけど、そのまま生焼けの面を裏返して全体に火を通すしか……》

(なあ、サイキッカー。ナスが小さければいいのか?)

 

 その時、ヤエの提案に口を出す声があった。リューコだ。

 

《まあ、火が隅々まで通れば――》

(おい、だめドラゴン。フライパン、固定しろ)

 

 唐突にリューコがこちらに振ってくる。

 私が反射的に持ち手を変わると、彼女は両腕に力を込め始めた。

 余計なことはしないほうが――――と口を挟む暇すらなく、その爪が竜化していく。

 

(喰らえッ!)

 

 リューコはその腕を赤熱したフライパンに叩きつけた。

 生焼けのナスを片っ端から分離させていく。漫画の中でしか見ないようなメチャクチャな荒業。

 

(リューコ、熱くないの!?)

(火耐性舐めんな。ホラ、見ろ。割と良くなっただろ)

 

 鋭利な切断面のおかげか、まるで始めから整って切られたみたいになっている。

 ナスの調理は、それから瞬く間に終わった。

 いいのか?

 いいのかな。

 考えないでおこう。

 ゲオルグに気づかれたろうか。様子を伺うよう、チラと後ろ目で見ても、彼の表情は変わらない。続けるしかない。

 さあ、続きを。

 

《ナスを載せた? 次にチーズをかけるんだけど》

 

 器のチキンライスにナスを載せる。

 ここでも、何かおかしい。

 大きすぎる。ナスが、じゃない。

 チキンライスが、器と比べて大盛りすぎる。

(ヤエ。なんか山盛りになっちゃったんだけど)

《え。作りすぎじゃない? ちゃんと茶碗蒸し用の鶏肉とキノコ残ってる?》

(えっ)

(えっ)

 

 ――――残ってない。すべてを注ぎ込んでしまった。

 私達の全力チキンライス。

 ヤバイじゃん。ヤバイ。ウケる……。

 

《もしかして、全部やっちゃった?》

(……うん)

 

 どうしよう。

 残った具材は、鶏肉ならぬシーチキンなツナ缶と、冥界のフルーツ。どうやって想像しても、茶碗蒸しの具にならない。

 

《器は2つにわけて作るとして、問題は茶碗蒸しの具。もうチキンライスから掘り出すしか……》

(他に方法は?)

《もう後戻りはできないわ》

 

 やるしか、ない!

 

(だめドラ、俺様がオーブンのところで親父の目を引きつけるから、お前はこっそりもうひとつの器のやつから必要分取り出せ!)

(わ、わかった)

 

 器に盛り付け直して、私達は二手に分かれた。

 リューコはどうやって目を引きつけるのか。小皿を用意した私は、向こうの合図を待った。

 

「お父様、これ、どう思います?」

 

 リューコが始めた陽動とは、まさかの色仕掛けであった。

 白いドレスの裾をあげて、服を見せびらかしてみせる。

 彼女らしくなさすぎて、笑いがこみ上げてきてしまう。

 

「何が、これ、なのかね?」

 

 問われたゲオルグは全く意に介しないようで、呆れた目を向けた。

 

「いや、ですから。これ、似合ってます?」

 

 彼女は、ココ一番に無理した笑顔を作った。

 すごい固い笑顔だ。

 

「それがどうした? 意味はあるのかね?」

 

 なおもその父親の反応は冷たかった。

 リューコは更に身体を左右に振って、アピールしてみせる。スカートがひらひらして、ちょっと動きが綺麗だ。

 と、彼女が目で訴えかけている。

 今だ。早くやれ。モタモタすんな!

 私は合図を見逃していた。

 ハッとして視線を器に戻す。きのこと鶏肉を探して、小皿にわけていく。

 

「その、見てもらいたくて」

「いいから料理を進めなさい」

 

 後ろ頭で声を見送る。

 陽動作戦の一環だけど、その会話には親子らしい思いやりが籠もっていなかった。

 私は思った。

 この親ドラゴンに、絶対美味しいと言わせてやる。

 できた。私は選り分けた小皿を調理器具の影に隠した。

 そのあと、もうひとつの器にナスとチーズを盛り、リューコのところまで配膳していった。

 あとすこし。

 

(リューコ、できたよ)

(笑ってんじゃねーよだめドラ。あとでデコピンな)

 

 軽く話して、

 

《加熱時間には誤差があるわ。まずは、220℃で10分タイマーつけて。それからは小刻みに1分ずつセットして、中を確認して焦げ目ができてきたら完成よ》

(…………よし、セットしたぞ)

 

 完成がグッと近づいた。

 そして、攻略情報もなにもない完全初見のバトルが始まる。

 

《待ち時間に茶碗蒸しに取り掛かりましょう。レンジを使うから、まず、コカトリス卵1に対して、出汁2.5を作るの》

 

 ふむふむ。最初は卵の容量の大体2.5倍の出汁を用意するのね。

 2.5倍……?

 

(待って卵超でかいんだけど)

 

 用意したものは、大きさが私の掌から肘まである。

 鶏卵とは違った歪な形のせいで割ることも至難の業だが、これに見合った量の出汁を作るには、台所のシンクを使っても恐らく足りないだろう。

 

《元々オムライス用のだからね……。黄身と卵白を混ぜちゃってもいいから、必要分だけ使えばいいわ。残りは――――デザートに流用できそうかどうか、相談してみる》

 

 レシピの改変が更に行われるようだ。

 さしづめ第二形態といえば良いんだろうか。このボス、手強い。

 

(とりあえず卵割りゃいいんだろ? オイ、だめドラ、あれやるぞ)

(う…うん)

 

 リューコの号令を皮切りにして、私達の第二の闘いが始まった。

 ゲオルグが来る前から考えていた作戦を、今こそする時だ。

 ――――認めるかどうかは別として、私達二人は、料理の素人だ。

 レシピ通りに分量を用意したり、タイマーをセットしたりするのはさほど技術を使わない。

 火を通したり、加減を見たりするのは経験がいるから、アドバイスされながらでも、少し難しい。

 卵を割るのは、ほぼ完全に技術と経験だ。

 先に割った状態のものを冷蔵庫に入れておくのは不自然だし、かといって、コカトリス卵用の卵割り器なんて冥界にはない。

 そして、この卵は、でかい。

 なんとか無事に卵を割るために、私とリューコは相談して、考えた。これさえ完璧なら、あとはもう消化試合だ。

 私とリューコは、横に並んで肩をくっつけた。

 それも、ちょっと強めに。

 相手の体温が服越しにもわかるくらいに。

 

(よし。やるぞ、俺様はやるぞ)

 

 リューコが卵を持ち、私は横にしたワインボトルを下で支える。

 ワインボトルの曲面を使って卵にヒビを入れると、初心者でも上手く割れるらしい。ヤエ達が考えてくれた方法だ。

 

(いいよ。やって)

 

 作戦とは、名付けて『失敗することは前提作戦』。

 まず、二人でぴったりくっついて、台所の惨劇の場面をゲオルグに見せないように壁を作る。

 そのあと、卵の殻が入ってもいいので、ボウルに中身が全部入るように割る。最後に、殻を素早く取り除く。

 ――――チキンライスの具の再利用の時も、そうすればよかったじゃん。今更だけど。

 ……。

 この茶碗蒸し、大丈夫かなぁ……。

 チラ、と具の隠された場所を見る。

 多分ケチャップの臭いがついている。洗い流せばなんとか――――料理は真心とは一体。

 ……コツン。

 卵をワインボトルに打ち付ける。

 まず一回。

 

(ありゃ、割れねえぞ?)

 

 一回目のトライでは何の成果も得られなかった。

 いや、これでいい。

 最初は弱めに、あとでどんどんと強くしていけば、爆裂する最悪の事態は避けられる。

 コン…………コッ…………ゴッ!

 

(ちょ、音が)

(おいおい。ヒビすら入んねーぞ……)

 

 段々と焦りが忍び寄ってくる。

 思ったよりも、遥かに頑丈だ。

 さすがコカトリスというべきなのか、このままではワインボトルのほうが割れてしまうのではないか、と心配になってくる。

 

(ヤエ。全然割れないよ!)

《困ったわね。鉄資源でも食べてた個体なのかしら……一度直立させて、一番尖ってる所の先っちょを包丁の刃で削ってみて》

(包丁でやりゃいいんだな?)

 

 コッ……カキッ。

 刃は表面を滑って逸れてしまう。

 ガラスとまではいかないかもしれないけど、飴玉以上の硬さはありそうだ。

 

(なあ、こんだけ硬ければ割と事故んねえンじゃねーか?)

 

 リューコが提案をしてくる。

 確かに、普通の卵だとするなら慎重さは必要だけど、椰子の実みたいなものだと考えたら案外、割るのは簡単かもしれない。

 

《爆散するかもしれないわよ?》

(何も問題ねえ。だめドラ、卵おさえてろ)

(だ、大丈夫?)

(他に手がねーだろ)

 

 ワインボトルはもとに戻してしまって、コカトリス卵に手を添える。

 卵の殻も怖いけど、これ、キッチンシンクが凹みはしないだろうか?

 リューコは軽く握りこぶしを作り、勢いよく振り下ろした。

 ガンッ!

 まるで、足の小指をタンスの角にぶつけたみたいな音が鳴った。思ったよりも大きな音。

 卵は――――ちょうど漫画で、壁に敵が叩きつけられた跡みたいな、冗談みたいなヒビが入っていた。

 

(ヨシ!)

《よし、じゃないわよもう。平気? エクスプロージョンしてない?》

(ヤエ、何とかヒビ入ったよ。あとは中身出すだけ)

 

 勝利は目前だ。

 残りは、上手く真っ二つに――――って、どうやって?

 これ、すごい硬い殻じゃん。持ち上げて、それからどうして中身を取り出す?

 もっと粉微塵にする?

 でも、それやったら殻を取り除くのが大変だ。

 

《こドラ。無理しないで。そのグラウンドゼロの地点から、線を引くように包丁で一周してみて。私がよくプラ板切るときに使ってる方法よ》

(やってみる)

 

 卵を半分に分割するよう、表面に傷をつけていく。

 もはや何をしているのか、料理なのか、さっぱり判らなくなってきた。やっぱり料理はプラモなのかも知れない。

 …………ゲオルグは、リューコの父親は、何故、反応しないのだろう。不気味だ。こんなに暴れているのに。

 

(次どうすんだ?)

《ひび割れてるところの殻取って、そこから指入れて引きちぎるみたいに割りましょう。多分、ちょっとくらい穴開けても卵白の張力で出てこないからいけるはず……》

(オイオイいけんのかそれで?)

 

 軽口は言うけれど、リューコは素直に従って、入り口の殻を取り除き始めた。

 昔だったら、そのまま卵に頭突きしてたかもしれない。

 私も、彼女を手伝う。

 工程が終わって、リューコが卵を持ち上げた。

 私はボウルをその下に敷いて、着地の瞬間を待つ。

 ピキ……ピシッ…………。

 力を込めていく。

 隠し包丁が上手く機能して、ヒビ割れが垂直に広がっていく。リューコの指を入れた部分から、わずかに透明な卵白が顔を出している。

 もう少し、あと、ほんの。

 ――――どぽん!

 卵黄が、綺麗な形を保ったままボウルに注がれた。

 

(やった!)

(ハハ、出来ンじゃんかよ!)

 

 最大の山場を超えて、自然と笑みがこぼれた。

 殻を放り出して、リューコはその手を開いてこちらに見せてくる。意思が通じる。わかる。

 私は、そこにハイタッチした。卵白のヌルヌルが指先につく。

 

(イエーイ)

 

 小さい声で達成感を分かち合う。

 笑顔。あれ。リューコが喜んでるの、初めて見たかも。

 

(あァ? テメー、調子乗ンなよ!)

 

 ベシッ。

 彼女は突然冷静になって、私にデコピンを食らわしてきた。痛い。

 

(成功したのに酷くない?)

(前にデコピンするって言ったろ。俺様は有言実行なんだよ)

 

 リューコは顔色を悟られないように、そっぽを向いて水道で手を洗い始めた。私も手を伸ばしてそこに入り込む。

 最高難度の試練を越えたためか、その先の手順は早かった。

 卵を泡立てないように混ぜ合わせて、よくほぐしておく。

 そこから必要分だけ取って、その分量を目安に出汁を作る。

 ふたつを合わせて出来た卵液をザルで濾して、表面の泡を慎重に取り除いて――――

 チキンライス成分を水で洗い落とした具を耐熱容器に入れて、完成した卵液を注げばあとはラップを掛けて、6~8分加熱すればOK。

 

《これもドリアと同じで、まず200Wで6分やって、それから1分毎にチェックしていく感じ。加熱の具合は、容器を傾けて中身が固まってるかどうかを見ればいいわ。ちゃんと出来てたら、透明な残り汁と本体が分離されるはず》

 

 何だもう楽勝じゃん!

 残り工程はオーブンとレンジの具合を見るだけ。

 少し待てば、美味しいものが出来上がる。

 はず。

 私とリューコは足取り軽く、タイマーが鳴るのを見守った。

 

(そういえば、卵の残りって……)

 

 頭に余裕ができたからか、ふと、思い出す。デザート用の、新しいレシピ。

 

《そうそう。デザートはプリンを作ることになったわ。丁度ゼラチンもあるし》

(プリン!)

 

 デーリッチが喜びそうなやつだ。

 割と天上のお菓子だと思っていたけど、簡単にできるのかな?

 と、オーブンのアラームが鳴った。

 二人して覗いてみる。容器端のチーズがぶくぶくと泡立って、やや茶褐色の焦げ目が付き始めていた。

 ――――完成だ!

 扉を開ける前から、すでに香ばしいチーズの匂いが洩れてきている。

 まだ夕食には早いけど、お腹が減った錯覚に襲われる。

 リューコはそれをミトンの手で取り出して、配膳していった。

 

「お父様。こちらお望みのドリアですわ。茶碗蒸しとデザートはもう少しお待ちになって」

「ふむ。焼き加減は丁度良さそうだ。それでは戴くとしよう」

 

 茶碗蒸しの6分まではまだ多少ある。

 私はレンジから目を離して、彼と彼女の行方を傍観した。

 体の大きさに似合わぬ小さなスプーンを持ち、ゲオルグはドリアを掬う。

 チーズが伸びて、中のチキンライスが湯気を放つ。絶対おいしい。

 一口………………料理漫画のようなアクションはなかった。

 しかし、彼は一言。

 

「まあまあうまい」

 

 とだけ呟いた。

 成功だ。

 私とリューコの表情が自然に緩む。いける。

 あと二品を完成させて、花嫁修行の継続を願い出れば、その竜帝は怒ることなく――――が、

 

「リューコ。少し二人きりで話したいのだが、向こうに来てもらっても良いね?」

 

 再び彼がスプーンを動かすことはなかった。

 代わりにその手が掴んだのは、リューコの腕だった。

 

「あの、茶碗蒸しの具合を見ていなければ――」

 

 咄嗟にリューコは事態を回避しようとする。

 しかし、私の肩を掴んだときよりも強い力なのか、彼は離れようとしない。

 

「そんなものはドラお君に任せればよい」

 

 そして、半ば強引に彼女を連れ去ってしまった。

 そんなもの――――。

 机の上にはスプーンの刺さったままのドリアが残り、私の隣ではレンジ内の茶碗蒸しが回転している。

 時間が、粘性を帯びた。

 

(ヤエ! どうしよう! お父さんがリューコを引っ張って行っちゃった!)

《――――! マズイわね。何か変なコトした?》

(わからない! ドリアをひとくち食べたら、突然)

《こドラ、ほんの少しだけつまんで味見してみて》

 

 言われる。失敗……?

 茶碗蒸しでなくて、ドリアのほうが?

 心臓に引き裂かれたような衝撃が走った。頑張ったのに、ダメだった。だめドラゴン。動かないほうが、マシな。

 ――――いや! 立ち止まりたくない! 今は!

 私は指先にそのご飯粒を乗っけて、舌に置いた。

 

「……」

《どう?》

 

 味は、

 

(普通に美味しい。全然、変じゃない……)

 

 なら、どうして?

 態度? 手順? ズル? 一体、どうして。

 なぜ、今のタイミングで?

 

《ゲオルグは、リューコを試しているはずなのよ。そうでなければ、わざわざ首輪から時間を置いたりしない》

(でも、ご飯を熱いまま置いておくなんて)

 

 仮に試練だとしても、礼節を見極める側が、それを欠いてもいいのだろうか?

 むしろ権力を持つからこその傲慢さ?

 いや、仮にも、ついさっきまでは、物腰は柔らかであったはずだ。それが突然、審査の放棄をするかな?

 

《そもそもの話、彼が“空腹”なのも、嘘だった可能性すらあるわ。ともかく、私達はリューコの傍聴を――――ツゥ!》

(どうしたの!?)

《リューコのアンテナが壊れたわ。屋敷が破壊されてないから、彼が怒り狂った訳ではなさそうだけど……》

 

 リューコに何かあった?

 カンニングがバレていた?

 じゃあ、ゲオルグはいつから――――

 

(どうしよう! 助けに行く!?)

《そこが問題よ。要は“彼が何を試しているか”なの。リューコと面と向かって話すのが目的か、こドラ、あなたの適性を観察するためか。――――恐らく、両方だと思うけど》

(私と、リューコの)

《そう。普通に考えれば隣の部屋に行っただけで、親子の対話が終われば帰ってくるでしょう。あなたは調理を終えて、面談は進む。ただ、そう考えると、わざわざ料理を催促した意味が通じない……リューコがやらなきゃ意味がないわけだしね》

(じ、じゃあ、ど、どういう……)

《わからない。何が起きているか。こドラ。あなたは残りの調理をお願い。リューコ達の行方は、私達が探ってみる。部屋の外に出ていたらすぐ教えるわ。まだ隣に居ればいいんだけど……》

 

 やれること。やるべきこと。

 私が、今、できること。

 

「う、うん」

 

 頷いて、電子レンジの赤く点灯した内部を覗いた。

 回転する器。時間は刻々と過ぎていく。

 帰ってこない。

 ドリアは急速に冷めていく。

 私はラップを掛けて、いつでもそれを温め直せるようにしておいた。

 ……………………3分経った。

 プリンの作り方を聞く。

 ヤエ達は彼らの姿を見つけていない。

 まだ、隣の部屋にいるのだろうか。リューコとゲオルグの声は、聞こえてこない。

 ゼラチンと牛乳を混ぜて、お砂糖を入れ、卵液と一緒にして、ラップを掛け、茶碗蒸しのあとに、レンジで、…………。

 アラームが空間に響く。

 茶碗蒸しを傾けて、状態を見る。よさそう。

 卵は上手く固まっているみたいだ。

 プリンにかけるソースのために、冥界アシナガナシと、ベチョベッチャンの果汁をゼラチンを合わせて、煮る。

 火に手をかけようとしたそのとき、変化が訪れた。

 

「…………ろ! ……………………!」

 

 声だ。リューコのものだ。

 隣――――まだ、同じ場所に居た。

 ゲオルグと彼女は、ずっと何かを話していた?

 音が続く。

 それは、争っているような、物音だった。

 

「リューコ……?」

 

 ヤエ達は屋敷内を回っていて遠く、手を出せるのは私しか居ない。

 このまま調理を続けるか。

 それとも、壁を境にした向こう側に乗り込むか。

 大きなハードルだった。

 リューコを案じたドラおとなって様子を見に行くか、ヤエ達と相談して自分の役割を全うするか――――誰に自分の意志を委ねようと、判断して動くのは、私。

 拒否だって、肯定だって出来る。自由だ。

 これは私一人の話?

 みんなの話? 理屈?

 ああもう、難しくて、わかんない!

 

 ――――迷ったら。

 黄緑のミサンガ。今度は、私がそうする番だ。

 

「リューコ!」

 

 私は扉を開けて、彼女達の前に躍り出た。

 頬が赤い。こちらに振り向いたリューコの片頬は、赤く腫れ上がっていた。

 対するゲオルグは、その表情を直ちに笑顔に変換する。

 

「ああ、ドラお君。騒がせて済まなかったね。今からリューコを連れて帰ろうと思うのだ。料理の方はすまないが、片付けておいて欲しい。あとでお詫びの品を贈らせてもらうよ」

 

 勝手がすぎる。……そう思った。

 言葉は決まってない。だけど、何か、反論しなきゃと思った。

 リューコをこのままで帰すのは嫌だな、と私は感じた。

 

「あの、」

「言いたい事があるのかね?」

 

 声を続けようと喉に力を入れた刹那、ゲオルグの言葉がそこに重く伸し掛かってきた。

 

「そもそもの話だ。無理していないかね? 君も、リューコも、それに“君達”も」

「……!」

 

 ゲオルグは、明らかにヤエ達に向かって言った。

 アンテナが壊れた時点で疑惑はあったが、これで確信した。

 料理なんて、食べる気はなかったんだ。

 

「家内が相手の確認もせず花嫁修業という馬鹿げたものを容認したのも問題だが、この茶番は目に余る。――――外に勉強に出した娘が、家柄なぞ知らんというように勝手に男と一緒になり、挙句の果てに下手な演技で私を騙そうとしていると知ったら、相手はどう思うかね?」

「それは……」

「もし仮に、娘の花嫁修業が成功し、君を花婿に認め、私が料理に満足したのなら、どうなる?」

 

 彼は両掌を上にあげ、お手上げのポーズを取った。

 

「……私にもわからん。君らが一芝居うつ羽目になった理由が、まるでわからん。見栄を張りたいリューコを助けたかったのか? それとも逆に、娘を人質にとって血族の流入を謀ったのか? なあ、“雑種”よ」

 

 雑種。――――慣れた単語だった。

 ゲオルグが、私の頭にあるアンテナを取り上げ、その場で握り潰した。

 これも、テストなの?

 今の言葉は、彼の持つ貴族の仮面のひとつに過ぎなくて、私はリューコを引き止めて、疑いを晴らすべき?

 迷ってる暇はない。

 

「僕は本当は――――」

「そんな事は、実はどうでも良いのだがな」

 

 声は三度防がれた。

 ゲオルグは人差し指を一本立てて、こちらの言葉を塞ぐように寄越してきた。

 彼は言う。

 

「むしろ、結果を伴わせるために、偽物の恋人を用意したり、実力不足を補うためにカンニングするのは、褒めてやりたいくらい合理的な手段だ。説得力さえ伴えばね」

 

 饒舌に語る彼は、一体何を目的としているんだ。

 この台詞そのものが反論させるための問題文なのか、それとも、今回のテストの総評なのか?

 

「信用を得るために、嘘偽りで自分を塗り固めるのは、当たり前の事だ。逆に、ありのままの自分を相手に認めてほしいなどという方便こそ、くだらない。それこそ、ありもしない“理想の自分”を相手に押し付けた虚像に過ぎん。その点、昔のコイツは酷かった」

 

 ポン、とリューコの頭の上に大きな手のひらを置く。

 

「学校では自分らしく横暴に振る舞っていた癖に、私の前では怯えるのだ。これでは弱い野生動物と変わらん」

「お、お言葉ですけど」

 

 そうさせたのは、幼い子供にそう思わせたのは、父親、あなた自身じゃないのか。私の口から、言葉が滑り出た。

 

「わ、わたしも、子供の頃、よく怯えてました。けどそれは、ただ怖くて、どうしようもなく無力で、自分はダメで、何も変えていけないと思ってたからなんです。リューコは、それとは違って、出来る子で、今、変わってる最中で……だから」

「いや、変わるのが問題なのだよ」

 

 ――――  ――     ……え?

 精一杯ぶつけた気持ちは、彼の分厚い胸板に跳ね返って、どこか遠くに響いていった。

 

「この世界の本質はパワーだ。単に“結果的に相手より強ければいい”だけの話なのだ。情報、腕力、立場。何もかも強さが物を言う。闘技場の噂を聴いた時は血が躍ったよ。やはり娘は、本質を見抜いていたのだ。実の親でさえも欺こうとする、あの不遜な態度、見たかね? あれこそ我が血の完成形だ」

 

 実に楽しそうに、これまで付けていた鉄面皮が嘘のようにほどけて、ゲオルグは語った。

 そして、一変。

 

「――――だから、変わってもらっては困るのだよ。仲間と馴れ合わなければ、生きていけないようなグズにはね」

 

 彼の腕が、リューコの両手に伸ばされた。

 私とハイタッチをして、卵白のついていた指。今それは捻りあげられ、まるで狩られた小動物のように万歳させられる。

 ゲオルグの瞳が竜化したリューコのよう真紅に染まっていく。

 口角が吊り上がり、牙が覗き見えた。

 

「お前も我が血族ならば、支配しろ。情けをかけられるなど、もってのほかだ。お前は弱虫じゃあない。それを、あの雑種に向かって証明してやれ」

 

 彼のいう茶番とは、私との協力だったのだ。

 拘束が解かれ、リューコは父親に背中を押された。

 私の方に一歩、勢い余ってもう一歩近づく。

 リューコがどうして決闘という手段でしか、私達に協力を迫れなかったのか、その理由が今ならわかる。

 

「殴って、関係を終わらせろ」

 

 背に冷酷な声を浴びせられ、リューコは肩を跳ねさせた。

 震え、ゆっくりを踏み出す。彼女が、少しずつ近寄る。

 私は、――――動けない。

 テストじゃない――――ゲオルグの私に対する嫌悪感は、本物のようだった。

 彼の持つ手段。力の誇示、行使、支配。

 どうすれば、それに抗える?

 

「お、親父。あ、アイツは、マジでハグレ王国の大使だぞ?」

 

 もはや演じる余裕もなくなって、だけど、ギリギリのところで踏みとどまって、リューコは問う。

 

「些細なことだ。所詮、身寄りがない者同士、傷を舐め合ってできた落ちこぼれの集団に過ぎん。弱者らしい生き方だ。遠慮なくいけ」

 

 最悪の事態。

 それは、――――リューコが失格の烙印を押され、地獄は灰となり、ハグレ王国と竜貴族が対立する展開だ。

 ゲオルグの暴言に、リューコは今にも泣きそうだった。

 父親に対する怒りと、自分の無力さ、悔しさで酷い顔をしていた。

 ああ。

 助けなきゃ。

 そう思った。

 私は自然に、足を進めていた。

 一歩。また一歩。そして。

 

(いいよ。リューコ。やって)

 

 その目前で、他の人間に聞こえないよう、小さく囁いた。

 

「――――――――ッ!」

 

 私が、前みたいにぶたれれば、丸く収まる。

 リューコは、嫌いだった父親に認められるんだ。

 だが、なおも彼女は動かない。

 

「我々は生まれたときから違うのだリューコ。傷の舐め合いで生まれるのは妥協だけだ。そう教えただろう? 決別するのだ。さあ。強い自分を受け入れるのだ!」

 

 音が遠かった。

 リューコは緩慢な動作で手を振りかぶり、それを、

 ――――――床に思いっきり叩きつけた。

 

「それ以上、コイツをバカにするな……」

 

 彼女は振り返る。そして、これまでにない剣幕で言い放った。

 

「コイツは、仲間だ!」

 

 リューコの叫びは、父親の、ゲオルグの表情を変えさせた。

 不機嫌そうな皺が、いっせいに退く。

 その顔面には、笑みが張り付いていた。

 目を見開き、まるで新しい玩具を見つけた子供のような、異常な感情が露出する。

 

「フフ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 彼の喉奥から、堰を切ったように笑い声が溢れ出た。

 

「反抗心! その意気だ! さあ、殴りかかってこい! それでこそ我が娘だ!」

 

 刹那。まばゆい閃光が走った。

 

 

 

 

 

 **** **** **** ****

 

――――――後編へ続く

 

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