だめドラ→こドラ   作:わてり@henry

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※ やや長いので、3分割にさせて戴きました。
 こちら後編となります。




 **** **** **** ****

 

 

 

 刹那。まばゆい閃光が走った。

 

 壁が迫ってきたと感じた。

 踵が浮き上がり、衝撃ですべてが後ろに押されていく。

 呼吸をするために肺を膨らませた途端、その圧力が熱だと分かった。

 いつの間にか、マブタを閉じている。光のせいだろう。

 音が、聞こえない。耳鳴りがする。何だ。何が起きたんだろう。

 真っ白だったマブタの裏が、真っ黒に戻っていく。

 収まっていく。夢が覚めるみたいに。

 色付いていく。

 ――――――夢?

 

「よう。だめドラ。生きてるな?」

 

 夢じゃない!

 目を開ける。イリスの屋敷の天井が吹っ飛び、冥界の赤い空がまろび見えていた。

 目の前に二匹のドラゴンが居た。

 ひとりはリューコだ。赤い鱗の巨竜。その体は煤けて……――――私を守るように立ち塞がっていた。

 見渡す。部屋が火に飲まれ、空気が揺らいでいる。熱波だ。

 リューコは、受け止めてくれたんだ。

 何から? 私は見上げた。

 彼女の大きな背中と尻尾が目の前にあっても、その巨大さは明確にわかった。

 巨大な二対の翼を持つ化け物が、空に浮かんでいた。

 憤怒帝、ゲオルグ。

 

「仲間! まったく巫山戯た言葉だ。ひとりでは何もできなくなった者共こそが、仲間仲間と口にする」

 

 呼気とともに炎煙が吐き出される。

 ヤエ達は、みんなは無事だろうか。アンテナがない今、確かめる術はない。

 

「リューコ! まずは、お前の誤解を解かねばな。仲間など、もう二度とは口にするな。あの雑種の腕の骨一本でも折れば、嫌でもわかるはずだ。その仲間とやらは一目散に逃げ出すか、命乞いをするだろう。なぁ、昔の友達も、そうだったろう!?」

 

 ゲオルグが声高らかに言った。昔の友達。

 リューコは、ずっとこれに苦しめられていたんだ。こんな、くだらないプライドのために。

 今、二人だけ。料理の成果は消し炭になった。

 どうする?

 腕一本? わざと差し出して――彼の怒りを鎮める?

 私は――――――

 

「いくぞ。乗れ」

「……うん」

 

 リューコが差し出した、その背に乗った。

 やるしかない。闘うしかない!

 

「俺様のインフェルノはやつにゃあ効かねェ。だが、テメーの氷ブレスなら望みはある。俺様が撹乱するから、テメーはタイミング見極めてぶちかましてやれ!」

「うん!」

 

 彼女のたてがみに掴まる。

 翼がはためき、私は空へと踊り出す。

 天上に開けられた大穴をくぐり、屋敷を俯瞰する。

 風の匂い。頬に当たる風は、彼女の体温を通過し、暖かくなっている。

 

「幸い、ヤツの狙いはテメーだ。このまま被害が及ばねえところまで飛ぶぞ!」

 

 言い切らない内に、リューコは首を屈めて、一気に滑空を始めた。瞬時、私の髪を、ゲオルグの足の爪が掠っていく。

 早い。巨体から想像できないほど、戦闘に関する動きには容赦がない。間一髪避けて、私達は彼の影から逃げだした。

 風がまるで細い針になるような、そんな凄まじいスピードで宙空を駆けていく。

 私は必死に掴まり、背後に襲い来る彼の姿を目で捉えた。

 

「足掻くか! 我が娘よ! それを投げ捨て、お前ひとりで掛かってこい!」

 

 ゲオルグの吐き出した火球がいくつも迫ってくる。

 その大きさは……私達の身体より遥かに大きい!

 ひとつ、ふたつ、リューコは素早く避けていくが、数が、多い!

 避けるほどにバランスが崩れ、やがて、燃え盛る火炎弾に追いつかれ――――

 

「危ないッ!」

 

 その寸前のところで、私は霧のブレスを発射して相殺した。冷気と熱波がかち合い、花火のように水蒸気が弾け飛ぶ。

 切り抜けた……と思ったのも束の間、もう、すぐそこまで竜帝の姿が迫っていた。

 回避に専念して、蛇行をし続けた結果、追いつかれたんだ。

 状況を打開できるなにか――――周囲を見渡すと、あろうことか、進行方向に冥界の岩山の壁が現れていた。

 逃げ場は、ない!

 立ち向かうか、ギリギリをくぐり抜けるか。

 背後で、ゲオルグが大きく身体を捻じりあげる。

 ――――尻尾だ。追い詰めて、叩きつけてくる気だ。

 

「だめドラ。しっかり掴まれ!」

 

 リューコが号令をかける。何をするつもりなんだろう。

 わからないけど、きっと、大丈夫。

 私を身を低くして、彼女にすべてを任せた。

 

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 リューコは翼を目一杯広げ、急減速を行うと、反り立つ壁にその鉤爪を食い込ませた。

 その反動を使って勢いのままに岩山を蹴り上げ、反転する!

 轟音が、風となって襲いかかってきた。

 天地が逆転した。上下逆さになって、見る見る内に高度は下がっていく。

 避けた! ゲオルグの星を砕くようなその尻尾は、つい先程まで、コンマ1秒にも満たないほど前に、私達が居た場所を薙ぎ払っていく。

 壁が削り取られ、断面が赤く泡立った。

 私達は更に急降下する。

 冥界が一望できた。竜帝の放った火球の着弾地点には、マグマ溜まりとなったクレーターが見えた。

 

「クソ親父! 殺す気かよ!」

 

 前でリューコが毒づく。

 ゲオルグは、一瞬、こちらを見失っていたが、やがて気付くと、その巨体を弾丸のように丸めて、しつこく追尾してくる。

 スピードは圧倒的に相手が上だ。このままでは、地面に着くか、着かないかくらいのタイミングで追いつかれそうだ。

 

「どうした! まだ逃げるのか! 追うぞ! 私は! 地の果てまでな!」

 

 ―――――だが、その動きは直線的だ。

 当てるなら今しかない、そう思った。ゲオルグの頭に血が上っている今だ。

 私はホワイトアウトのために冷気を凝縮し始めた。本来なら、時間が圧倒的に足りない。

 けど、今ならいける気がした。湧き上がるものがある。

 リューコもそれに気付いたようで、どんどんと地面が迫るなか、その進路を変えようとしなかった。

 暗黙の中で、作戦が組まれる。

 接地ギリギリで躱して、最大速度でブレスを当てて、大地に叩きつける! チキンレースだ!

 

(やるぞ、だめドラ)

(うん! リューコ!)

 

 彼女を背を握りしめるその感触で、応答しあった。

 迫る――――大地だ!

 私は反転して、後ろ手に力を込めてしがみついた。ゲオルグを見据える。視界の外で、リューコが再び岩山を蹴り上げた。落下スピードが急激に殺され、地面との激突が回避される。

 全身に、凄まじいGがかかった。口が、開かなくなりそうだ。だけど、やる!

 私は、闘う!

 

「やれッ! 今だ!」

「――――喰らえぇぇぇぇッッ!!」

 

 超低温のブレスが、視界を真っ白に染めた。空気は凍りつき、土中の水分が消失して周囲の壁に一気にヒビが入る。

 魔力によって結晶化した氷が連鎖反応を起こし、その隣の、その更に隣の粒子まで凍らせていく。

 冷気が剣山となり、向かうゲオルグに突き刺さった。

 瞬間――――――

 竜帝の熱と、絶対零度の霧がぶつかり、撹拌された空気が大爆発を引き起こした。

 私達は離脱し、……スピードを落としきれず、バウンドしながら地面に転がった。

 大きな砂煙。ゲオルグの影は、見当たらない。

 緩慢な動作で、身体を起き上がらせる。

 ――――やったか?

 なんて、口にしてやらない。フラグを立ててやるもんか。爆裂の跡が収まるまで、見守る。

 何かが、蠢いた。眼前で、リューコも起き上がる。

 目を凝らす。衝撃によってえぐれ、瓦礫だらけになった爆心地が、わずかに振動している。

 気のせい? いや、揺れている。それどころか、私の立ってる場所にも、伝わってきている。

 熱っ――――気付いたときには、遅かった。

 あたり一面の岩山のプレートが、まるでフライパンのように赤熱している。

 ゲオルグの落ちた場所が、火山の火口のようにドロドロに溶解し、大穴になっていく。

 二枚の翼が飛び出した。その次の瞬間には、竜帝の姿が空へと舞い上がっていた。

 

「お前を――――」

 

 溶岩にまみれた彼がなにか、うわ言のような言葉を放つ。その鱗には傷ひとつなく、突き刺さったはずの氷は瞬時に蒸発し、湯気となってまとわりついていた。

 

「え」

「だめドラ! 動くなッ!!」

 

 リューコの警告が届くよりも早く、彼女の身体が私に覆いかぶさった。

 

「灼熱の業火で試す!」

 

 憤怒帝の咆哮が空間を引き裂いた。

 炎。認識する間もなく、私の意識は細切れになった。

 眩しい。

 

 ………………………………

 ………………

 気は失ってないけど、焦点が安定しない。

 息ができない。

 肌が焼ける。

 眠いし、重い。

 理解が追いつかなかった。何かが起きた。何かが、あったんだ。目が開いてる? それとも、閉じてる?

 あ。

 焦げちゃってる。

 

 ――――黄緑のミサンガ。

 私の腕に巻かれていたそれは、僅かな綻びから、ボロ、と崩れて、外れて、落ちてしまった。

 …………黄緑?

 色がわかった。リューコの影になってるけど、完全に真っ黒には炭化してない。

 私は、無事だった。

 倒れる。

 何が。

 リューコだ。

 彼女は、私を守るために、――――――

 

「リューコ!」

 

 力なく崩折れるその肉体を、私は支える。

 熱い! 熱した鉄みたいになってる。

 

「…………おい、だめドラ。気安く触ってんじゃ……ねェぞ。気持ち悪ィから、早く、どっか……いけ」

 

 私の手の中で、その竜化が解ける。煤けたドレス姿になって、彼女は目を閉じた。息は、まだしてる。

 でも、

 

「弱い。足手まといをどうして守る? なぜ自ら負け犬に肩入れするのだ」

 

 ゲオルグは、まだ怒りの炎を消していない。

 闘いには、多分、勝てない。

 全力のホワイトアウトが効いてない。弱点も、わからない。

 どうする?

 

「一度、身体に教え込んでやらねばならぬな。仲間など、役には立たん、敗北の要因だという事を」

 

 地響きがする。熔解しかけた不安定な大地が、彼の足音とともに大きく揺れる。迫ってくる。

 ゲオルグの標的が、変わった。彼の赤い眼は、リューコに向けられている。

 

『ははっ、誰かと思えば、落ちこぼれのこドラじゃんか。まだ犬小屋に引きこもってんのか? 戦えんのかよ、それ』

 昔のリューコの言葉が蘇ってきた。今、彼女は倒れている。

 ゲオルグが近づいてくる。

 

『そうやって傷を舐め合って生きてきたんだろ? 弱虫らしい、生き方だぜ?』

 私は、リューコを地面に置いて――――――彼と彼女の間に立った。

 

「どけ」

 一言、ゲオルグが短い言葉で威圧してくる。あの炎に直撃したら、ただでは済まないだろう。

 

『ふざけんなよゴミどもがぁ!』

 思い出す。彼女の罵倒、暴力。リューコが私にしてきた事は、いっぱいある。守る価値なんて、ある?

 ああ――――――けど。

 放っておけない。

 

「どけと言っている」

 なおもその父親は、憤怒の元凶は歩みを止めない。

 

 私は、両手を広げて、盾になった。

『次に会った時は覚えてやがれよ、だめドラゴン!』

 

 視界がぐわり、と歪んだ。

 ゲオルグの発する熱で、陽炎が起きている。

 竜帝との距離が縮まるほどに、体の震えが強くなっていく。

 行き場を失った風がめちゃくちゃに吹き荒れだして、増殖し始めた恐怖を助長した。

(殺される)

 思った。

 だけど、言わずにはいられなかった。

 

「リューコを、私の友達を、いじめるな!」

 

 いま、それに対峙しているのは、私たったひとりだけ。

 それでも、心細さは感じなかった。

 仲間がいる。例え、彼女が倒れていても、私に力をくれる。

 

「……犬が。二度と吠えられぬよう、口を塞いでやる」

 

 死が、目前に来る。

 視界に入り切らないほどの大きさのドラゴンが、その腕を振り上げた。

 

 ――――竜化。

 雑種の私には、到底出来ない。

 もしも私が、漫画の登場人物で、竜人族のハーフは、他のドラゴンよりも強くなる設定があって、ここぞという時に、髪が逆立ったりなんかして、強くなれたら。

 あの腕だって、受け止められる――はずがない。

 私は、動かない。

 動けないんじゃない。

 少しでも避けてしまったら、リューコを守れない。

 決して、絶対に、動くつもりはない!

 風を切り、迫る。

 暴力が来る!

 

「――――こドラ! これ使って!!」

 

 巨竜の腕が、叩き下ろされるその瞬間、誰かの声が聞こえた。

 走馬灯……じゃない!

 ヤエ、雪乃、ベロス!

 みんなが、王国の仲間が、私達のいる大地から少し遠い崖に駆け付けてきてくれた。

 

「もう遅い」

 だが、ゲオルグは意に返さなかった。

 力を込めたその一撃は止まらず、無慈悲にも振り下ろされる。

 

 いや――――――何も遅くない。

 間に合った。

 みんな、間に合ったんだ。

 すでに雪乃は、カタナシュートを使って、“それ”をこっちに向かって蹴り上げていた。

 回転しながら飛んでくるそれは、竜の手が届くよりも早く到達して――――――

 

「こたつカウンター!!」

 

 これまで幾度となく、強敵の攻撃を弾き返してきた技。

 私とこたつは合体し、襲い来る竜帝の爪をいとも簡単に弾き返した。

 衝撃はこたつの天板を滑り抜け、岩山をも貫通するその衝撃は、彼の胴体の鱗を一気に数枚吹き飛ばした。

 

「な…………に?」

 

 自分自身の膨大なパワーを受けたゲオルグはよろめいて、大きく後退りする。

 わずかな隙ができた。私はこたつの上にリューコを載せて、一気に距離を取った。崖の上に居たみんなも合流する。

 形勢逆転だ。

 

「ベロス、リューコをお願い!」

「わうっ」

 

 私は、パーティ内で唯一回復技の使えるベロスにリューコを任せた。ベロスは、傷ついた相手の傷を舐めることで、それを治癒させられる。

 仲間と一緒なら、また立ち上がれる。

 ゲオルグが体勢を立て直そうとしている――――私と、雪乃と、ヤエは壁を作るように並んだ。

 

「雪乃、ヴェールお願い」

「ほいさ」

 

 ヤエの求めに応答して、雪乃が氷のヴェールを展開した。多少の炎ならば、これでなんとかなる。

 

「あれ、防げるかな」

 

 私は心配そうに二人に言った。竜帝の炎は、リューコの身体を焦がすほどに強力だ。それに、雪乃自身、熱さに弱い。

 

「これは、万が一の保険よ。私にいい考えがあるの」

 

 自信満々にヤエは言い放った。

 ――――私にいい考えが、って、

 

「それ、ちょっと前にもやったけど、失敗フラグじゃん!」

 思わず私はツッコんだ。

 

「まあ、見てなさい。雪乃やるわよ」

「はーい」

 

 二人は瞬く間に、その場に雪だるまを作っていく。

 ゲオルグから放射される熱でも解けない、魔法の雪――――スノーガーディアン。冷気を防ぎ、物理と魔法を防ぐ盾。ただし“火には全く耐性がない”

 

「調子に、乗るなよ…………雑魚どもがッ!」

 

 咆哮! 火柱が立ち昇った。ゲオルグが衝撃から復帰し、その首をもたげた。そして間髪入れず、容赦のない炎のブレスが放たれる。

 もはや彼の目には、リューコは映っていない。

 このままだと、直撃する――――。

 ヤエは、……いつものような、不敵な笑みを浮かべていた。彼女の妙策。それは、

 

「雪乃!」

「ごめんねっ、スノーマン!」

 

 今さっき作り上げた小型のスノーガーディアンを、雪乃は思いっきり蹴り上げた。

 向かう先には、ゲオルグ。これでは、普通のカタナシュートとあまり変わらないのでは――――

 しかし、心配は杞憂に終わった。

 弾丸のように突き進むスノーマンが当たったのは、彼ではなかった。竜帝の噴き出す、ブレスだ。

 私が炎弾を相殺したのと同じ、バリアじゃなく、攻撃そのものを無効化する技だ。

 高密度で構成された冷気の壁が、ダイヤモンドダストとして炸裂した。火炎は私達の周りを避け、飛んでいく。

 

「小賢しいわッ!」

 

 更なる激高。ゲオルグの攻撃は終わらない。尻尾を捻じりあげ、一気に叩きつけてくる。

 だけど、これは、

 

「こドラ!」

「うんっ」

 

 私のカウンターで防げる!

 こたつと息を合わせて、相手の攻撃エネルギーを反射する!

 ズドォ!

 その巨体が、そのまま地面に叩きつけられたような轟音が鳴り響いた。

 前と同じ場所――鱗が剥がれたその損傷箇所に、彼自身の尻尾が勢いよく跳ね返る。

 

「ぐ、お……」

 ゲオルグが、大きくよろめいた。効いている!

 …………勝てる。

 

「サイコ・ブラスター!」

 

 そして、ヤエがすかさず追い打ちをかけた。

 念動力によって発生させた電撃を、その中枢に叩き込む!

 例え、鋼のような鱗を持つドラゴンでも、内部にダメージを与えれば、動きを止められるはず。

 竜帝から発散される、爆発的な熱が止まった。

 勝てる!

 仲間と力を合わせれば、どんな強敵にだって――――

 

「みんな、一気に畳み掛けよう!」

 

 私は二人に語りかけた。

 攻撃のチャンスは、今しかない。料理のときの、彼の観察眼を考慮すると、何度も同じ戦法は使えないはず。

 ゲオルグが対策を組む前に倒しきる!

 

「そのつもりよ! 雪乃、いくわよ!」

「うん!」

 

 駆け出して、距離を詰める。

 サイコ・ブラスターが効果を発しているのか、竜帝は私達の姿を見失っていた。

 私達は目で合図した。

 なんとなくだけど、どう動くか、わかる。

 ヤエが隠していた片目をはだけさせ、サイコ・バインドを放った。丁度、相手の腕を足を拘束するように、その電撃は命中する。

 続いて、間髪入れずに雪乃のムラサメシュートが炸裂する。二体の雪だるまが、ゲオルグの鱗の剥がれた部分に連続で直撃した。

 そこに、私は飛び込んだ。こたつの角を立てて、思いっきり体重をかけてぶち当たる!

 

 竜帝の身体は大きく傾き、――――倒れなかった。

 ……衝撃。

 何が起きたのか、理解できなかった。

 気がつくと、私は数メートル吹き飛ばされていた。

 血。

 血が、ポタポタと、地面に落ちているのがわかる。

 顔がヌルヌルする。拭うと、それが鼻血だと分かった。

 顔を上げる。ヤエと雪乃は、お互い身体を支え合って、辛うじて立っていた。リューコと対峙していた時のように、お腹を押さえている。

 氷のヴェールはもう完全に剥がされていた。

 

 あ、――――――

 思考が回らない。

 アケボノメタルで補強されたコタツがなんとかダメージを抑えてくれたみたいだけど、頭が、グラグラする。

 

「オ前達ヲ、“敵”トシテ認識スル」

 

 聞こえた声は濁っていた。ゲオルグの声だろうか。恐ろしく低く、そのうえ、片言だ。

 様子がおかしい。

 彼の身体、竜帝の丸めた背中が盛り上がった。

 二対の翼がバリバリと音を立てて裂けていく。

 その腕が、足が、まるでポンプに繋がれた風船のように膨れ上がっていく。巨大化していく。

 放射されていた熱が凝縮して、その体は僅かに赤く発光した。裂けた翼は六枚の大翼となり、ゲオルグは再び、空に浮かび上がった。

 

「嘘……」

 

 剥がれた鱗は再構築され、もはやどこにも傷はない。

 ――もしかして、これまでのは、完全な竜化じゃなかった?

 思えば、六魔に匹敵する相手を、私がどうこうするのが間違いだった。

 いや、いやいやいや。負けてなるもんか!

 

「ヤエ、雪乃、大丈夫?」

 

 私は仲間のもとに駆け寄った。私の決意と同じく、二人の闘志もまだ無くなっていないようだった。

 

「ええ。少し爪がかすっただけ」

「こドラはヤエちゃんを支えてて。私が牽制する」

 

 相談する暇なんてないように思えた。陽炎が揺らぐ。ゲオルグのもとに熱量が集まっていく。

 雪乃は即席カタナシュートで射撃する。すぐにでも動かないと、攻撃の手が伸びてくると察知したみたいだった。

 ――――が、それは、届く前に蒸発してしまった。

 

「サイコ・ブラスター!」

 

 結果に落胆している時間はない。

 ヤエの続く電撃がゲオルグへと向かっていった。しかし、それも、竜帝が腕を振り払っただけでかき消されてしまう。

 

「……ヤバイじゃん」

 

 思わず声が漏れる。

 予備動作もなく、言葉も交渉もなく、竜帝が火球を吐き出した。感傷に浸る幕間すら与えるつもりはないみたいだ。

 それは渦を巻いて、私達三人を焼失させるのには充分すぎるほどの勢いを持っていた。

 傷ついたヤエでは、避けられない。

 かといって、私が盾になっても、防ぎきれない大きさ。

 何とかして皆で協力すれば……――――どうやって?

 ………………死ぬ?

 冥界で?

 

 そこに、飛び込む影があった。

 その影は、火球と同じように炎を纏っていて、スピードも同じくらいで――――ベロベロスだ!

 ケルベロスブリッツ。地獄の番犬の持てる獄炎を、すべて攻撃に向けた技だ。

 それは、果敢にも火球に立ち向かい、そして、宙空で炸裂して炎の勢いを消失さしめた。

 完全体ゲオルグの第一撃は相殺された。

 だけど、ベロスも無事ではなかった。

 反動で弾け飛び、私達のいる目の前に着地したベロスは、その毛が黒く焦げ、軽い火傷を負っていた。

 

「ベロス、平気?」

「うぉう」

 

 後ろから問い掛けると、まだいける、という調子でベロスは答えた。ベロスの手が空いたという事は……

 

「おい、……テメーら」

 

 リューコがゆっくりした歩みで現れる。私達に言葉をかけると、そのまま前線へと、先頭へと躍り出ていく。

 

「リューコ!」

 

 勝ち目は見えない。けど、まだ、諦めるには早い。

 私と、ヤエ、雪乃、ベロスは、彼女に続い――――

 

「もういい。だめドラ、みんなを連れて逃げろ」

 

 先行くリューコは、思いもよらぬ台詞を口にした。

 こちらを一瞥して、酷く表情を歪める。

 

「リューコ、一体、どう――――」

「俺一人でどうにかできるから、そうすんだよ! わかれよ!」

 

 強い拒絶。彼女は問い直す事を認めなかった。

 私達を置き去りにするよう、リューコはひとり、ゲオルグのもとへと走っていく。振り向きもせず、ひとりで。

 

「クソ親父が! ふざけんのもいい加減にしろよ!! 勝手な事ばかりしやがって! テメェのおかげで俺様の計画がおじゃんだぜ!」

 

 竜化せず、手を広げ、彼女は言った。

 計画……? 場の空気が固まる。リューコは続ける。

 

「ハグレ王国を乗っ取れねえじゃねえか! 仲間仲間って単細胞の連中でよぉ、バカみたいに騙しやすかったのに! ったく、ボロボロにしやがって……俺はもうこんなトコ興味ねえし、帰るからな!!」

 

 吐き捨てるようにどなり散らし、踵を返す。

 彼女の向かった先は、私達のいる場所でも、父親が待っている場所でもない、崖だ。

 リューコが何を考えているのか、…………私にはわかる。

 けどそれじゃあ、あまりにも――――

 

「リューコ!」

 私は思わず叫んでいた。今ここで止めなければ、

 

「うるせぇ負け犬がッッ! 気安く話し掛けんな!」

 

 ――――二度と彼女に会えなくなる予感がした。

 ここで止めなかったら、あまりにも、リューコが寂しすぎるじゃないか。

 ずっと独りで生きなきゃいけなくなるじゃないか!!

 

「意地張るなよ! リューコ! 私達――――」

「テメーなんて仲間じゃねぇッ!! 黙ってろ! 殺されたいのかッッッ!!!」

 

 彼女の瞳が赤く煌めいた。

 それは光の加減ではなく、目が潤み、何かがこぼれ落ちた光だった。地面に落ちて、蒸発して、消えてなくなる。

 リューコは返答を待たず、竜化する。

 大翼を繰り、戦場を離脱する――――

 

「待テ」

 

 呼びかける者があった。

 同じ竜だ。ゲオルグ。父親だった。

 戦う理由の半分は実の娘から奪われ、私達を殺すとしたら、もう彼自身のプライドでしかない。

 

「待たねぇよクソがッ! 子供の考えひとつ肯定できずに散々父親面しやがって!! テメーこそ首輪の力がなきゃ自分の娘ひとり手元に置いとけねえ弱虫だろうがッッッ!!」

 

 激高して、リューコはその首に巻かれた魔力の首輪に手をかけた。

 流れる電流をものともせず、感情のまま無理に引きちぎろうともがいた。彼女の怒りは、悲しみは、やがてその鎖をバラバラに引き裂いた。

 

「貴様!」

 

 瞬間、ゲオルグの腕がリューコの身体を叩き落とした。

 彼女は舞台に押し戻され、4、5度と地面を跳ねて遠くに転がった。

 だが、彼女は立ち上がる。

 頭を上げて、自分の敵を見据える。

 

「ハハ! 暴力を振るったな! テメーの負けだクソ親父ッ! 弱いやつほどなぁ、負けそうになると怒るんだよ!! 悔しかったら来てみやがれッッ!!!」

「躾ガ足リナイヨウダ……」

 

 すぐさまリューコはその場を飛び去った。

 ゲオルグもそれを追う。二匹の竜が、まるで飛行機のように尾を引いて空に曲線を描いていく。

 そして、冥界を流星群が襲った。

 私達を襲ったような火球が上空を飛び交い、あたり一面に降り注いでくる。

 

「みんな!」

 

 戦場から振り返り、私はヤエ達に声をかけた。

 リューコは多分、……もうすぐ撃ち落とされるだろう。

 その空の一筋の動きが弱まっている。

 

(助けなきゃ!)

 言おうとした瞬間、私の背にのしかかるものがあった。

《逃げろ、とリューコは言ってたよ》

 

 迷いだ。

 心の中に、もうひとりの自分の声がする。

 

《リューコは、私達を守ろうとした。その望みを叶えてあげないの?》

 

 ああ。今日だけで、何度目だろう。

 できる。できない。

 ――――なんて、いくつ考えただろう。

 やる。サボる。眠る。働く。闘い。勇気。痛み。迷惑。助ける。仲間。敵。怒り。決意。日常。

 

 私なら――――

 私じゃない誰かだったら――――

 

 答えを探して、自分を奮い立たせて。

 それでもまだ、命は続いて、困難は訪れて。

 けど、楽しい日々もたくさんあって。

 結局、迷いはいつでも私の足を引っ張る。

 私らしくあるのか。

 私じゃないような、すごいひとを演じるのか。

 どっちがいいのか。

 どちらかが絶対なのか。

 役に立てる。役立たず。

 

 ――――――わかんない。

 黄緑のミサンガは焼けてしまった。

 どこを見るんだ。私は。

 何を依り代にすれば――――

 …………………………………………………あ。

 景色変わってる。

 

「みんな、行こう!」

 

 私は、知らない内に、そう言葉にしてたみたいだった。

 ヤエ、雪乃、ベロスが一斉に頷いて、私についてくる。

 傷ついたリューコが落ちてきた。

 竜化は解け、ボロボロのドレスから焦げた肢体が見える。私は、そこに駆け寄ろうと、走っていた。

 迷ってても、動けるんだ。

 このさきに、私が《私を》待っているものがいる!

 

 ――――――しかし。

 ゲオルグが、私達よりも遥かにさきに、彼女のもとに辿り着いた。

 父親と、娘の距離は近い。

 赤の他人の私なんかより。

 一歩足りない? いやそれどころか、数十歩、数百歩かもしれない。遠い。遠いんだ。

 絶対に避けられない目前で、竜帝はその大口に炎を溜め始めた。きっと、殺すつもりはない。

 ただ、それを受けたら、リューコの心は二度と立ち直れないだろう。恐怖はいつまでも残る。

 ……私みたいに。

 

 また、遅れちゃうかな。

 私がやったら間に合わないかな。のろまで。いつもそうで。

 私のこたつに取り付けられたCotaⅡエンジンは、アケボノメタルと一緒に壊れてしまっている。

 急いでも、これが限界。

 

 ――――――わかんない。

 どうして、絶対にできない事をやろうとしてるんだろ。

 出来っこないのに、台本自分で作って、次元の塔のアルバイトでアーマード・ドラゴンなんて名乗ったりした。

 王国でも、ルフレ達が参加した無理ゲーレースに出たりした。

 どうして………………?

 炎が、発射される。火は、リューコを包み。焦がしていく。

 どうして?

《そんなの、決まってるだろ》

 走る。焦熱の光が彼女を殺しつつあった。

 

「――お、おい」

 か細い呻きが聴こえた。リューコの声だ。

 決まってるだろ!!!!!!

 

「――――――総員! ローテーションでかばえ!!」

 

 第三者の影が、炎の前に立ち塞がった。

 6人の影――3人が大盾を持ってゲオルグの炎を受け止め、残りの3人がアイスを唱えて威力を半減させている。

 それはハグレ王国でも、竜貴族でもない。

 一緒に闘ってきた――――

 

「テンプルナイツ! どうしてお前らが……」

 

 声で、リューコの無事が確認できる。

 闘技場でバトルした無名のテンプルナイツが、陣形を組んで彼女を守っていた。

 

「雑魚ガッ!」

 

 しかし、防御に手一杯で彼らは動けない。

 竜帝は咆哮とともに腕を振り上げた。

 

「必殺・ハンサムスラッシュ!!」

 

 その腕をそのまま薙ぎ払って止める者が居る。

 海賊帽をかぶり、髭面で、顔が濃――割と、いや結構、かなり妥協して、ハンサムな男。

 

「ハンサムソード、テメーまで……」

「通すさ。俺が通す。俺はいつだってそうやって生きてきた」

 

 使い所が怪しい台詞と共に、ハンサムソードは機敏な動きでゲオルグに太刀を浴びせていく。

 

「グ……ちょこまかト……」

 

 ゲオルグがそのすべてを薙ぎ払おうと、身体を翻した。

 だが、そこに突然、爆薬が投げ込まれる。

 爆発の衝撃はさほど強くなかったが、それは竜帝の足元の岩を崩し、バランスを乱させた。

 その隙を見逃さないように、毒矢が飛来し、彼の硬い鱗の間に突き刺さった。そして古代呪文の詠唱――――

 

「古代魔法オミットネーム!」

 

 ゲオルグの動きが止まった。

 

「あ、兄貴……マジで手を出しちまったぜ…………」

「ハ…………ハハハハ。なんとでもなれだぁ!」

 

 新しく駆け付けた三人は震えていた。

 ギガース山賊団。割と昔から次元の塔を荒らし回っていた盗賊だ。彼らもまた、闘技場で闘っていた。

 一歩。二歩。

 確実に進んだ足跡がある。

 ずっと、積み重ねてきた。今もまた。

 私は、リューコのもとに辿り着いた。

 

 ――――そこには、仲間が居たから。

 ――――そこには、仲間が居るから。

 

「リューコ! 私達を、信じて!!!!」

 

 王国のみんなが、次元の塔でしてくれたみたいに。

 今度は私が差し伸べる番だ。

 手を……………。

 それを、彼女はしっかりと掴んだ。

 

「クズドモガァッッ! ガァァァァァ――――!」

 

 なおも、ゲオルグの攻撃は終わらない。

 古代魔法で一時的に力を削がれているのに、その熱は周囲の空気を次々と破裂させていく。

 ――――灼熱の業火が来る。

 もう一度アレをされたら、それも今の形態で放たれたら、冥界が焦土と化してしまう。

 岩床が波立ち、泡となって噴き上がる。大地が熔解し、雪乃のヴェール越しでも肌がチリチリと灼ける。

 来る。

 ――――――その刹那。

 

「オーオー。派手にやってくれてンじゃねーかヨー」

 

 時間が凍りついた。

 爆発寸前まで隆起した閃熱は、一気に生暖かい風と化して霧散した。

 ゲオルグの首筋に大きな氷塊が突き刺さっている。

 灼熱でも溶け切らない、冥界の魔法の氷。

 それを手繰り寄せた先に居たもの、それは冥界の姫だった。

 傍らにはアーヴと、それに、もうひとりの赤い悪魔の姿。

 

「イリス! それに、ゼニヤッタちゃんも!」

「オメーラさぁ、私に無断で何カーニヴァルしてんの? 折角のデモンズティータイムが台無しダ!」

「こたっちゃん、お怪我は、ありますね。……あの御仁には、悪魔の恐ろしさを堪能させてあげましょう」

 

 二人の悪魔が姿を表したと同時に、冥界に住まう悪魔たちがその場に集結し始めた。

 

「あなたの願いを叶えましょう? えっ。聴こえないなー。それじゃあこうしましょう」

 ラヴィットが先陣を切り、号令をかけた。

「あなた以外全員の願いを叶えるんです! かかれ!」

 

 次の瞬間、冥界蜘蛛使いが竜の四肢をクモ糸で縛り、そこにライカンスロープが爪で打撃を加えた。

 悪魔侍女たちは一斉にアイスを放ち、ゲオルグを押していく。

 

「千年氷のアクマ!」

「テイクザット! イリスイリュージョン!」

 

 休み無暇を与えず、ゼニヤッタの解放した氷河ウイルスが氷の動線を作り出した。

 それをなぞるようにイリスが巨大な鎌を使って両断する!

 

「邪魔ダァ!!」

 

 だがしかし、それでもゲオルグは倒れない。

 与えられたダメージを物ともせず、凄まじいスピードで身体を反転させ、尻尾を繰り出してくる。

 

「一刀流――――過剰防衛の陣!」

 

 そこに、更なる挑戦者が現れて、尻尾に刀を突き立てた。

 彼女は振り回される勢いを利用して、刺さった刀にそのまま力を込めた。そして尻尾ごと切り裂くように、剣閃を放つ!

 

「柚葉ちゃん!」

「………………たまにはバターサンド食べたい」

 

 刀は凍りついた硬い鱗を弾けさせ、ゲオルグの身体に袈裟斬りの大きな傷が生まれた。

 竜帝はよろめく。

 

「こドラ、リューコ、私達も加勢するわよ!」

 

 ヤエがこの機を逃さんとばかりに躍り出た。

 みんな、他のみんな、全員が続く。

 ヤエはサイキックチャージで雪乃に力を渡し、雪乃は連続カタナシュートで牽制する。

 後ろからベロスと私が同時に体当たりをぶつけて、竜化したリューコが爪で追い打ちをかける。

 風切りの刃でハンサムが竜帝の足をスタンさせると、テンプル騎士団がチャージを、ギガース盗賊団が――――

 

 吹き飛ばされた。

 敵の体が、ゲオルグが、今以上に膨れ上がっていく……。

 イリスやゼニヤッタが当てた氷が、そのままマグマに変換される。

 

「キサマ……ラ……。ユルサンゾ…………」

 

 もはや熱、という次元ではなかった。

 彼の体そのものが炎という“反応”と化していた。

 悪魔たちのアイスが、全く通用しない。

 

「一刀流、落花落葉の刃!」

 

 すかさず柚葉の刀がきらめくが、その剣先は、当たったその瞬間に蒸発してしまった。

 

「吹キ飛べ!」

 

 憤怒帝の腕が、大きく振るわれた。

 それはまるで熱線だった。

 爆発のよう、とてつもない衝撃が熱を伴って放射状に広がっていく。

 近距離で攻撃を行っていたイリス、ゼニヤッタが緊急回避するためにバックステップする。

 私とリューコ、ベロスはヤエ達を守るために前に出て、何とか盾になろうとする。それでも、守りきれなかった悪魔たち、闘技場の戦友が一気に吹き飛ばされてしまった。

 

 竜帝の一挙一投足が爆風となり、次から次へと襲ってくる。

 守るだけで精一杯で、動く暇すら与えられない。

 …………誰も近寄れない。

 

「ドーする? HAHA! チョット楽しくなってきたじゃなイカ!」

 イリスが楽しそうに問い掛けてきた。

 

「攻撃は防げても、あれじゃダメージが通らない」

 

 ヤエが答える。

 並大抵の魔法では、届きもしないで、蒸発してしまうだろう。だからと言って、物理なんて以ての外だ。

 

「群レルナ! 負ケ犬ドモメ!」

 

 火球が飛んでくる。距離を取って相談する、その挙動を見たゲオルグは、すぐにも戦法を変えてきた。確実に、殺しに来ていた。

 咄嗟に雪乃がスノーガーディアンをシュートして食い止める。

 だが、二弾、三弾が続く。更にその奥には、本体の姿がある。弾丸のように体を丸め、突っ込んでくる。

 地面がえぐれ、沸騰し、破壊され尽くしたあの突撃だ。

 

「考えてる暇なんてない! みんな、避け――――」

 

 私がみんなを誘導しようとしたその矢先、

 ――――――火球のすべてが宙空で蒸発した。

 そのうえ、奥から猛追していたゲオルグが、バランスを崩しあらぬ方向へと滑り転んでいった。

 見遣ると、6枚の翼の内、右の2枚の炎が消えている。

 飛来する。

 ……雷と水の混ざりあった魔法製の弾丸。

 

「まったくもう、久々に様子を見にきたら、何が起きているんですの?」

 

 現れたのは、最近闘技場に加わった魔導兵器だった。

 大会仕様魔導兵器ADELAと、肩に乗った――――誰?

 謎の人物だ。

 金色の髪で縦ロールに編んだ、紅白のドレスを着込んだ少女。その手には、人魚の文様が描かれた杖と、身体には不釣り合いなほど大きな銃が掴まれている。

 

「あんな手配書で見たようなドラゴンがまた出てくるなんて、本当におかしな世界ですわね。こんな時、アナンタ達が居てくれたら…………」

 

 彼女は何かを呟くと、猛烈な勢いで魔導兵器を発進させた。

 

「ツナミジエンド!」

 

 無から、本当に何もない場所から渦を巻いた水が現れ、ゲオルグを取り巻いていく。

 瞬く間に竜帝が纏う炎の鎧が剥がれていった。

 その少女の姿、どこかで見覚えが事ある。確か、マッスルが持っていた本、秘宝の、何とか式攻略本というのに少しだけ載っていたような。

 リアルが、本に追いついた!?

 

「何をボサッとしているの!? 今のうちになますにしてやりなさい!」

 

 彼女の声で呆気にとられていた皆が、一斉に状況を認識する。彼女は味方で、今はチャンスだ。

 倒せる。

 今なら彼を無力化できる。

 リューコが父親を、超えられる。

 貴族の世界、力だけが物を言う彼らの新世界で!

 

《――――――こドラ! 逃げろッ!》

 私の無意識が、攻撃に移る瞬間、みんなが武器を持ち、振り下ろす瞬間、魔力を爆発させるその瞬間、警告を発した。

 

 パァンッ!

 銃声だ、と錯覚した。

 乾いた破裂音。耳に届いたときには、私の目の前を、切断された腕が舞っていた。

 誰の――――確認する間もなく、お腹がズシッと重くなった。

 突然、胃液がこみ上げてくる。

 口を手で塞ぎ、視線を下に落とすと、身体からおかしなものが突き出ていた。

 いや違う。刺さってるんだ。

 

「ココマデ……追イ込マレルトハ……」

 

 鱗だ。鱗が刺さってる。

 鉄片のような鋭い角が、深く、沈み込んでる。

 竜帝の姿が歪んでる。いや、涙が出てて、うまく見えないんだ。

 膝に力が入らなくて、四つん這いになる。咳が出る。

 鼻血。じゃない。これ。口の中、まず。

 振り返る。みんな、無事かな。

 歪んでる。わからない。

 

「シット! 動Z什ゑ力、ぜ二かっ夕……!」

「エ工、マだ〃什マお」

 

 誰かが、何か言ってる。耳鳴りでよくわかんない。

 前を向くと、小さな黒い影が、巨大なドラゴンに次々と挑んでいく。そして、跳ね跳んで、地面に転がっていく。

 

「Zドう! 犬大未!」

 

 また誰かの声。私に言ってるのか。片目を押さえて、誰か。

 が…………ッ。

 身体が弾んだ。

 熱い。痛い。何があったの。

 勢いが止まらない。あ、止まった。

 ああ、火炎弾当たったのかな。焦げる匂い。

 ――――――――――――――あんま感覚ないや。

 ……、

…………………………。

 立ち上がる。               夢みたい。

 意識、薄いけど、まだやれる。

 膝が笑う。       フラフワする。

 みんな、を守らなきゃ。    音遠い。  熱い。

 ゲオルグは、鱗をすべて散           怖い。

弾銃みたいに飛ばして攻撃してきたんだ

    今なら、どんな攻撃でも通    まだ、眠い。

   ホワイト、アウトするため

私は喉奥に詰まったなんかの塊を吐き出した。

      近づく。誰かの影が、またひとつ立ち上がって、

  またひとつたおれあ。

 寒い。

 すごく寒い。

 竜帝が目前まで来る。

 

「――――――ト、――――!」

 

 私は精一杯叫んで、ホワイトアウトを彼にぶつけた。

 そして、身体が、軽くなる。

 ……浮いてる。

 なんか、折れた。身体が変

              な方向曲

            がって

                 る。

   びっくり。

 まじ、ウケる。

   ――――――「こドラ! クソッッ! テメェ、親父でも、やって良い事と悪い事があるだろうがッッッ!!」

リューコが叫んでる。だけど、その次の瞬間、聴こえなくなった。

何かおかしい。暗いし。目が開かないし。眠って起きたあとみたいな、すぐにも夢の世界に戻りたい感じがあって、力が抜けちゃって、けど起きなきゃいけない気がして、タオル。どこにも柔らかいのなんてなくて、岩が固くて、熱くて、寒くて、動かなくて、誰も起こしに来てくれなくて。ローズマリーもフライパンの音も、デーリッチの騒がしい足音も。ああ。今こたつかぶってないから、デーリッチ来たら背中とか痛いだろうな。ドンドンって。起きたら、『頑張ったね』って言って欲しい。すごく頑張ったんだ。私。いつもあんま働かないけど、今日はすっごく頑張ったんだ。プリンとかどうなってるかな。黒焦げかな。チーズドリア冷めてるだろうなぁ。あー。あー……………………

……

     ………………………

………

 

 

 

「よく頑張ったね。こドラ」

 

 タオル?

 顔に柔らかいものが掛かってる。お腹から、何か、重いものが引き抜かれた。

 そして、朝の喧騒でお馴染みの、デーリッチの声が聞こえた。

 

「――――オープンパンドラ!」

 

 まばゆい光が視界を覆った。

 真っ白……くはない、真っ黒だ。

 マブタの裏だ。私は知っている。起きたんだ。目が覚めたんだ。

 ――――来てくれたんだ。

 

 ローズマリーが私にマントを掛けてくれていた。

 いつものよう。

 王国の中で眠っていた時のように。

 傷は塞がってる。まるで全部夢だったみたいに。

 私は今日も現実と戦う。立ち上がる。

 デーリッチとマリーが居て、ここに、起き上がったみんなが集まってくる。ヤエ、雪乃、ベロス、イリス、ゼニヤッタちゃん、柚葉、リューコも同じく、来る。アーヴ、ハンサム、山賊団の人、テンプルナイト、侍女悪魔達、謎の人!

 

 そして、ゲオルグさえも、来る。

 

「それで、どうするの? 装甲はなくなったけど、まだ戦意ギンギンよ、あいつ」

「ヤエちゃんなんか大人な表現……!」

「うっさいわ雪乃」

 

 軽い冗談を言っている間にも、彼は迫ってくる。

 そこに、ローズマリーが割って入った。

 

「相手の心を折るのはどうだい? 私はあまり状況がよくわかってないが、あのドラゴンの信念を力ずくで否定するんだ」

「マリーはさらっと怖い事いうでちね……」

 デーリッチが傍らで返す。

 

「国王様、私達は彼奴の足止めをしてまいります」

「パワーオブストレングス! 別に倒しちまってもいいんデスネー?」

 イリスとゼニヤッタはこちらに一声掛けると、侍女悪魔数人を連れてゲオルグの方へと駆けていった。

 

「竜帝の信念か……――――」

 ヤエがひとり呟き、こちらを見る。

 続いて雪乃。釣られてデーリッチ、ベロス。マリーも。

 

「確かに、だめドラゴンにトドメ刺されたら心折れるかもな」

 そこでリューコが後ろから茶々を入れてくる。

 

「……わ、私?」

 慌てて反応すると、ヤエがなるほど、と云うようにこう結論づけてきた。

 

「貴族の血統にない竜族なら、ゲオルグの信念を折れるかもしれないわ。彼は“純粋な力”を信仰してる。どんな手段でも、どんな理屈でも、自分ひとりだけが絶大なパワーを持ってれば、あらゆる物事を押し通せると思ってる」

「コイツなら、あのクソ親父をギャフンと言わせてやれる。俺様が保証してやるよ」

 リューコが云うと、説得力がある。

 

「あの、けど、」

 私に出来るだろうか――――って、また考えてる。

 

「私の攻撃、通るかな?」

 現実問題、ホワイトアウトだけでは、イリスやゼニヤッタちゃんよりも高い火力が出せると思えない。

 それに、もうコタツは壊れてバラバラになってしまっていた。

 ああ、コタツ――君とのコンビ生活は忘れない。新しいの買わなきゃ……。

 

「そんな時は私達に任せるのよっっ!」

 

 仲間。ああ――――出来る気がする。

 みんなの力を借りれば、私だって……………………ん?

 王国では聴いたことない声。

 さっきの、誰?

 

「アイドルユニットとしての最高のライブ。見せてあげるわ! プニーニョ! ネバーニャ! いくわよー」

「待っ――――」

 

 これスライミーズだ!

 闘技場の面々の中で、唯一姿を見せなかった彼女達が、よりによって、このタイミングで現れる。

 スライミーズの美声によって、三半規管を壊されてカタツムリ化した観客は数知れず――――。

 止めなきゃ。

 しかし、一体どこに居るんだ?

 …………ハーモニカが、空に浮いている。

 もしかして、ゲオルグの熱で蒸発――――!

 

「第1楽章!」 スライミーズが高らかに宣言した。

 これは、止めようがない!

 

「やめ――――――」

 

 

 ♪BGM アグナモニタ―202―

 

 

 そして流れ出した音楽は、彼女達には似つかわしくないメタルなサウンドだった。しかも、

 

「何これ超カッコいいじゃん……!」

 

 きちんと聴ける!

 それどころかテンションがあがって、能力値がアップしそうな勢いだ!

 

「スライミーズ……音感はあったんでちね。それが空気になる事で開花した……!」

 隣でデーリッチが感心している。

 

「いや待って! 明らかに違う楽器の音出てるから! 歌とかそういう次元じゃないから!」

 そこに、ローズマリーのいつものツッコミが入る。

 

 フフ、と私の顔から笑みがこぼれた。

 いつもの王国じゃん。

 

「私、やるよ!」

 

「その意気だ! こドラ! 私の背中に乗りな! 一緒にアイツをぶっ飛ばそうぜ!」

 決意をする。私の背中を、リューコがドンと叩いてくれる。

 

「みんな、聞いて」

 ヤエが片目を隠して、いつもの調子で言う。

 

「私に魔力を集めて。それをサイキックチャージでこドラに載せるわ。王国の、仲間達の底力、見せてやりましょう!」

「うん!」

「わう!」

「ああ!」

「いくでち!」

「……バターって美味しいよね」

「通すさ、俺が通す……」

「古代魔法……その真価をいま!」

「サブ、俺達もなんか念を送れ!」

「へ、ヘイ!」

「総員、援護!」

「残った悪魔メイド、みんな彼女にパワーを!」

「「「「「「「「「「「「「「「ハイッ!」」」」」」」」」」」」」」」

「私も、全力を差し上げますわ!」

 

「行くぞ! こドラ!」

 身体に力が漲ってくる。

「うんッ!」

 

 リューコの背に乗り、私は飛び立った。

 イリスとゼニヤッタは、かの竜帝に善戦している。

 熱気と悪魔の氷が相殺されて、強い風が渦巻いている。

 近づくほどに抵抗は強くなって、だけど、リューコがそれを切り開いていく!

 

「おい、こドラ」

「なに?」

 

 もうすぐゲオルグの攻撃範囲に到達する。

 リューコは、私に短い問い掛けた。

 

「何か必殺技の名前考えとけ」

「――リューコそれ今言う事?」

「うるせぇ! あとでデコピンなッ!!」

 

 私に、みんなのパワーが満ちている。

 吹雪のブレス。ホワイトアウト。パワータックル。こたつカウンター。全部合わせたらどうだろう。

 できる。

 なんか、出来る気がする。

 

「イリス! ゼニヤッタちゃん! 道を開けて!」

 

 前線で戦う二人に声をかける。

 私と、リューコは一直線に進んでいる。前みたいに逃げるスピードを全力で、前に向けて。

 

「面白いことやってるじゃなイカ! 私のパワーも受け取るのデース!」

「こドラちゃん。悪魔の力、受け取ってください」

 

 私達に集まる魔力を見て、超速理解した二人は間髪入れず魔力を送ってくれる。負ける気がしない!

 

「我ガ娘ヨ……オ前ノ仲間ゴト、ソノ卑シイ根性ヲ破壊シテクレル!」

 

 憤怒帝ゲオルグの咆哮。その口が大きく開かれた。

 灼熱の業火。

 私も同じく、吹雪のブレスを吐くように、その集められた仲間の力を目前に凝縮した。

 小さいけれど、強い力。

 リューコの父親の怒号が、太陽のようになって私達の身体を照らし出す。灼熱の業火は、触れたら、リューコの龍鱗を持ってしてもひとたまりもない。

 けど、いける。

 感覚が、わかっていた。

 ――どこに力を入れるかなんて、本当は知らないんだ。けど、私の意志が、みんなの力が、導いてくれる。

 髪が風によって舞い上がる。

 バランスはリューコが何とかしてくれる。

 私は立ち上がった。

 

 火炎弾が、煉獄の炎が私達に襲い掛かる。鼻先に当たる。その瞬間――――

 眼前の、圧縮された仲間の力が、みるみる内に炎を吸収していく! こたつカウンターのよう、相手の力をそのまま使って、そして――――

 

「こドラ! いけぇぇぇッッ!」

「ホワイト・インフェルノ!!!!」

 

 小さな白銀の点が、竜帝ゲオルグの胸に到達した。

 あたり一面が真っ白に染まる。

 その日、冥界に雪が降った。

 

 

 

 

 **** **** **** ****

 

――――――エピローグへ

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