4人目の奉仕部員は平穏に過ごしたい…   作:レッドクロス

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続きです。

今回は千葉村編です。


普通ならアンチ対象にならないキャラが、この作品ではアンチになることがあります。

強いヘイト要素を含んでいるので、閲覧は自己責任でお願いします。



千葉村に行くけど平穏を脅かされたくない。

「……気持ちいい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひんやりとした冷気が満ちた室内。

 

勉強中の私はシャープペンシルを机の上に置き、休憩のためにググッと伸びをする。

 

ぼんやりと窓から外に目を向けて見れば、雲一つ無い青空では太陽がギラギラと輝き、アスファルトでは熱が反射される事により陽炎が発生し一層暑さに拍車を掛けていた。

 

 

今は夏休み。学生なら誰もが待ち望む夏のオアシスだ。この期間中は嫌いなクラスメイトや教師たち、学校のルールに縛りつけられずに自分の好きな事をして過ごせる。

 

 

でも、夏休みになったからと言って、わたしは特別何かをする訳でもなく、普段の休日と同じように勉強か読書などをして過ごしている。

 

 

 

一つ違う点を挙げるならば、いつも以上に家から出ない事だろうが、私には長期休みに遊びに行く友人はいないし、外の暑さを考えれば出て行くのすらも無駄だと自己完結している。

 

 

 

 

 

 

 

今日は義父母と信頼は家にいない。

 

『夏休みにどこかに行きたい』という信頼のおねだりにより、信頼に激アマな2人がそれを聞いて、信頼を連れて3泊4日の旅行に行ったからだ。

 

当然私は家で1人で留守番。義父に4日間の食費だと言って渡されたのは千円だけだった。

 

四日間の食費を千円で賄えるはずもなく、私は足りないお金を補述するために義父母の部屋や信頼の部屋などからバレても気にならない程度のお金を抜き取る。

 

今回は義父母から3千円、信頼からは2千円で合計1万円の収穫だった。

 

いつもより多い収穫に思わず頬が緩む。

 

 

……にしても信頼の財布には1万円札が2枚と千円札が7枚ほど入っていたけど、どれだけお小遣いをもらっているのやら…

 

 

 

 

 

 

 

義父母がいないため昼間から家のエアコンをガンガンかけて、普段なら私が入る事すらも許されていないリビングで悠然と勉強をする。

 

静かで平和な空間のおかげでいつも以上に勉強が捗る。誰もいない静かな空間で平和に過ごせるなんてこんな幸せなひと時はないだろう。

 

 

 

 

今日からは一年の中で最も暑い月と言える八月だ。あと一月は静かで平穏に満ち溢れた夏休みを満喫出来ると思っていた。

 

 

ーーでも、私は運命の神さまにはとことん嫌われているらしく、その幸せなひと時はいつまでも続かなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………っ」

 

 

内心の苛立ちを誤魔化すために爪をカリカリ噛みながら、私は車の窓に映る景色を睨みつけるように見る。

 

辺りには爽やかな空気が漂い、緑に色付いた綺麗な森が見えている。

 

前にTVで『木に囲まれた森で深呼吸をするとリラックスできて癒される』と言っていたのを思い出すが、今の私にとっては全くの逆効果で余計にイライラが募る。

 

行き先は千葉村という場所だ。群馬県にあるアウトドアの人気のレジャー施設だという。

 

平塚先生曰く、ボランティアのために行くそうだが、私からしてみれば本当にくだらないことのように思えてならない。

 

ボランティアなんて内申点目的以外で参加したことなんてないし、義父母と信頼がいないため、あの家でゆったりと過ごすことが出来るはずだったのに、平塚先生の『奉仕部の合宿があるから来い』という横暴な要請によってここに連れてこられたのだから。

 

義父母から追い出された時のために外泊用の準備はしてあるから、準備する必要は特になかったけど、そのせいで私の至福の時間がめちゃくちゃになってしまった。

 

 

 

 

おまけにその要請を受けたのはつい数時間前だった。

 

夏休みに奉仕部の合宿があるなんて事前に私は聞かされてなかったし、雪ノ下さんたちもそんな話はしていなかった。

 

いくら部活動だとはいえ、生徒を外泊させるんだから、事前に伝えておくのが指導者としての義務。普通ならあり得ない事を平塚先生は平然とした顔でやっているのだ。

 

本当に教師としての品性を疑う。よく分からない部活に『更生』と称して私や比企谷君を強制的に入部させたり、自身も奉仕部の顧問を名乗る割にはほとんど部活に顔を出さないでいたりしているのだから。

 

こんな常識のかけらもない教師が生活指導なんて総武高校の教師たちは何を考えているのだろうかと本気で思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに今回の合宿の事を知らなかったのは私だけではなかった。

 

 

比企谷君も今日初めて合宿があることを知ったらしいけど、彼の妹の『比企谷小町』さんも平塚先生とグルだったらしく、小町さんに合宿の事を直前まで知らされず、半ば強引に合宿に引っ張り出されたそうだ。

 

いわば、妹に強引に予定を決められたらしい。

 

 

 

私はそれを聞いて比企谷君の妹の小町さんに密かに軽蔑の視線を送ってため息をついた。

 

 

比企谷兄妹、妹の方は少し常識があると思っていたけどそうでもなかった。

 

 

比企谷君の妹の小町さんに言いたい、『今回はたまたま比企谷君に予定が何もなかったから事なきを得たけど、もし比企谷君に何かしらの予定があったら貴女はどうするつもりだったの?』と

 

おおかた『友達もいない兄に予定なんてあるわけない』って思ってたんでしょう?

 

 

比企谷君の妹の小町さんは兄の比企谷君と違って社交的で明るい人だったけど、私は彼女が人としての常識や思いやりがある人だとはとても思えないね。

 

 

 

 

 

でも、比企谷君は平塚先生や雪ノ下さんたち、小町さんに文句を言うまでもなく、戸塚君まで来るとなると、むしろ嬉しそうにこの合宿に参加していた。

 

平塚先生や自分の妹がやってる事が異常だということに気付いていないのか、それとも気付いていて敢えてスルーしているのか分からないけど、反論もろくにせずに彼女たちに何も言わずに参加するなんて彼には一体彼女たちがどう見えているのだろうか。

 

 

何だか日頃から比企谷君が雪ノ下さんたちから罵倒されているのは、彼がこの異常さについて言及しないのにも原因がある気がする。

 

 

日頃の空気を読まない捻くれた発言は堂々と言えるのに対して、自分が溺愛もしくは逆らえない相手には肝心なことは何一つ言わない。

 

 

はっきり言って、バカみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャンプ、楽しみだねゆきのん!」

 

 

「由比ヶ浜さん。私たちはあくまでボランティアとして参加するのであって、キャンプ目的で行くのではないのだけれど」

 

 

「でも、なかなかこういう機会なんてないから楽しみだな」

 

 

そんな私の心情とは裏腹に後部座席の3人は呑気におしゃべりに興じている。

 

乗っている人数が多いので少しキツイが、他の3人は気にしていないようだ。

 

 

 

 

 

助手席に乗っている比企谷君はというと何も話さず、流れる景色を眺めていた。

 

時折、平塚先生と何やら話しているので聞き耳を立てる。

 

 

 

 

 

「……なら私の話相手になってくれないか?君との会話はそれなりに楽しいんだよ」

 

 

「それは別に構いませんが、どこが楽しいんですか…?」

 

 

 

 

「君は年齢にしては、物事をよく見ていて現実にしっかり向き合っている。かといって堅苦しいわけでも、大人のように打算とかがあるわけではない。あとは他人に対して辛辣なところとか、見下しているような態度がなければ何も文句は無いのだがな」

 

 

 

「俺は俺の思うように生きているだけなんですがね……」

 

 

平塚先生の比企谷君への称賛を比企谷君は素直に受け取らずいつものように捻くれた態度で返す。

 

やっぱり、比企谷君の普段の私たちや周りへの態度は彼の素なのだろう。

 

 

だが、平塚先生はそれを気にすることもなく『それがなかなかできないのだよ』と笑って言っていた。

 

 

 

 

 

平塚先生は『教師としてそういった部分が受け入入れ難いが、個人の立場で見てみれば面白いと感じる』と笑いながら言って比企谷君を褒めた。

 

 

 

 

私は『部活に強制的に入部させたり。合宿の行事を直前で知らせるような非常識な教師に褒められたところで価値はないよね』と思いながら半分景色半分盗み聞きの意識で2人の会話を聴き続けた。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

「ん?どうしたのかね?」

 

 

 

 

平塚先生の称賛に比企谷君は何も答えずに黙る。疑問に思った平塚先生が尋ねた。

 

 

 

「……いえ、最近他の人にも平塚先生と似たようなことを言われたので……」

 

 

 

「……私の他にもそう感じる人がいるのか、ちなみにそれは誰だ?もしかして、雪ノ下か?」

 

 

 

 

「いいえ、その姉の方ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ⁉︎」

 

 

 

 

2人の会話を聞いていた私は『雪ノ下さんの姉』という単語を聞き身体を思わず震わせた。

 

 

 

 

 

比企谷君が答えると、今度は平塚先生が黙った。

 

 

 

平塚先生もあの女性と何かあるのだろうか、私がそう疑問に思っていると比企谷君が片眉をあげて疑問の声を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平塚先生?」

 

 

 

「…ああ…すまない。陽乃に会ったのか君は…」

 

 

 

「まあ、はい…。知っているんですか?」

 

 

 

「……ああ…元教え子だ」

 

 

 

平塚先生は雪ノ下さんの姉『雪ノ下陽乃』さんについてしみじみと語りだした。

 

 

 

 

「……雪ノ下陽乃は在学中は何をやらせても優秀でな…生徒からも教師からも評判も良かった。おまけにあの容姿から同学年の中では女神のように敬う生徒までいたんだだが……優等生ではなかったな…」

 

 

 

 

「というと?」

 

 

 

 

「授業中はうるさいわ、制服を着崩すわ、イベントで盛大にハメを外すわ」

 

 

 

 

「雪ノ下とは正反対ですね…」

 

 

 

「そうだ。だからこそ友達も多かった…」

 

 

 

そこで先生は一旦口を閉じ、『だがな』と重苦しい口調で続きを話す。

 

 

 

 

「世間で言う友達とはどこか違う、歪なものだった…と…?」

 

 

 

「…………ああ…そうだ。あいつにしてみれば私たちの言う『友達』というものは、自分にとっての信者かおもちゃのような存在だったのだろうな……」

 

 

 

 

 

平塚先生はそう言うと『まあ、君には通用しなかったようだな』と苦笑しながら言った。

 

 

それからは比企谷君と平塚先生は他愛のない話に興じ始め、私はそこで2人との会話を聞くのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なるほど、『雪ノ下陽乃』の人物像が段々見えてきた。

 

 

会話を黙って聞いていた私は、2人に少しだけ感謝をし、その後は窓の景色だけに意識を集中させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたー!」

 

 

 

目的地の千葉村に到着すると、由比ヶ浜さんが元気よく叫ぶ。

 

 

 

「うわー、自然がきれいなところだねー」

 

 

 

「うむ、空気がおいしいな」

 

 

 

 

戸塚君と平塚先生も車から降りて各々の感想を述べる。まあ、平塚先生は煙草を吸いながら言ってるから説得力は皆無だけどね。

 

 

 

「ここからは歩いて移動する。荷物を下ろしておきたまえ」

 

 

 

 

平塚先生の指示に従ってみんなで荷物を下ろしていると、近くに1台のワンボックスカーが止まる。『何だろう』と見ているとそこから私たちがよく知る四人が降りてきた。

 

 

 

 

「やあ!ヒキタニくん」

 

 

「葉山?」

 

 

 

葉山君に相模さん、戸部君に海老名さんの四人がいた。ここにいるということはこの4人もボランティアに参加するのかな?

 

 

「雪ノ下さんに、結衣も参加するんだね!富良野さんも…」

 

 

葉山君は雪ノ下さんと由比ヶ浜さんと私を見て笑顔でそう言う。まあ、私を見たときは顔が引き立っていたけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「葉山君、どうしたの…って……」

 

 

 

 

その後ろからクラスの現在の女王の相模さんが車から降りてきた。だが、彼女も私たちを見て少し顔を引きつらせる。

 

それは、先日の遊戯部の一件に私たちが絡んでいるからだろう。

 

 

……自分が三浦さんの二の舞になるところだった出来事のね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日の遊戯部の一件で遊戯部の2人と材木座君に処罰が降され、これで一件落着かと思われたがそうではなかった。

 

遊戯部との出来事の翌日、私がいつも通りに教室に登校すると、教室がいつも以上に騒がしかった。

 

何事かと教室を見ると騒がしいのはクラスの中心である葉山君のグループだ。その真ん中でクラスの現在の女王である相模さんが青い顔をしている。

 

始めは相模さんがどうしてこうなっているのか状況が飲み込めなかったが、クラスの人たちの話を聞いてあるうちに理解ができた。

 

 

 

昨日の脱衣ゲームの件で処罰を下された遊戯部の1人『相模君』は、実は相模さんの弟で、今はそれが真実なのか相模さんにみんなが聞いているところなのだ。

 

なるほど、それなら今のこの状況にも納得がいく。

 

 

 

 

 

 

学校という狭い社会の中では良いことも悪いこともすぐに広まる。自分の事でなければみんな面白半分でそれを広めるのだから。

 

そして、それはつい昨日の出来事でも例外ではない。誰かが周りに話せばそれらはネットワークのように広がっていくのだ。

 

 

 

 

 

 

それならば、相模さんが青い顔をしているのと当然だろう。

 

おそらく相模さんは恐れているのだろう。自分の弟が『脱衣ゲーム』という馬鹿げた問題を引き起こして停学になったために自分が今のグループから追い出されるかもしれないから。

 

相模さん自体は昨日の脱衣ゲームには何の関係もないけど、脱衣ゲームをしていた生徒の姉という事で自分までもが針の筵になってしまうかもしれないからね。

 

実際、相模さんの周りに集まっている人たちの中でニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている人は何人かいた。人気者のグループの席を虎視眈々と狙っている獣の目をして。

 

 

 

 

 

 

 

 

……まあ、相模さんがそうなっても不思議はないだろう。

 

テニスコートの後から三浦さんの後釜に座った相模さんは以前の三浦さんと同じ、いやそれ以上に傲慢な振る舞いをしていた。

 

葉山君にすり寄ってグループのみんなに言いたい放題。三浦さんに発言力がなくなったのも良いことにやりたい放題しているように見えた。

 

風見鶏の由比ヶ浜さんや海老名さんは単体だと以前の三浦さんのような発言力はないため動きやすかったのだろう。

 

相模さんには三浦さんの後釜に座る前には取り巻きが何人かいたらしいけど、彼女はその取り巻きたちのことも信用していなかったらしく、自分だけが葉山君の隣にいるために彼女たちのことをそれ以降は邪険に扱っていた。

 

まあ、だからこそその人たちもその仕返しのためか、人気者のグループの席に座るためか、どっちにせよ彼女を蹴落とすために、嫌な笑みを浮かべて相模さんに詰め寄ろうとしているのだろうけどね…

 

 

 

 

 

 

グループの男子の戸部君と大岡君は純粋な興味なのか野次馬根性なのか分からないが、相模さんに一緒に詰め寄っており、由比ヶ浜さんと海老名さんは見て見ぬ振りを決め込んでおり相模さんを助ける気はないようだ。

 

しかし、その時……

 

 

 

「みんな、待ってくれ!」

 

 

 

クラスで1番の発言力を持つ王様の声が教室に響き渡った。

 

葉山くんは相模さんを守るようにして前に立ち、相模さんに詰め寄っていた人たちに向かって言う。

 

 

 

  

「人には誰にだって触れられたくない事はある!それにその出来事は相模さんの弟が起こした事であって彼女には何の関係もない!面白半分で触れられたくない事に踏み込むなんて最低だと思わないのか⁉︎」

 

 

『…………』

 

 

 

 

 

 

 

 

その葉山君の鶴の一声で相模さんへの追及はピタリと止んだ。

 

 

相模さんに邪な気持ちを持っていた人たちも流石に王様に逆らおうとは思わないらしく、それ以降はその時の事をクラスのみんなが相模さんに言うことはなかった。

 

相模さんは自分を助けてくれた葉山君に感激したような顔を向けていた。

 

でも、私の見た限り彼は相模さんの事を純粋な正義だけで助けたわけではないと思うけどね…

 

おおかた、三浦さんや大和君のことがあったため、これ以上自分のグループに不和が起きる事を避けたかったのだろう…

 

今回は三浦さんたちとは違って本人には何の非がないため、相模さんを助けることは彼の発言力を持っていれば簡単だからね。

 

しかしまあ、何ともご苦労な王子様だ。いや、これは空気清浄機というべきかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そういえば、相模さんの他にもあの遊戯部の一件の後で変わったことがあった。

 

 

それはあれ以来、比企谷君が私を露骨に避けるようになったことだ。

 

 

 

 

 

 

遊戯部の一件が終わった後、雪ノ下さんは脱衣ゲームに乗っかったことを密かに気にしていたらしく、暫くは落ち込んでいた。

 

だが、由比ヶ浜さんの『ゆきのんは悪くないよ!悪いのは厨二たちだよ!』という励まし、もとい事実から目を逸らす発言によりだんだん気が晴れていったのか、少しずつ立ち直って行った。

 

人に弱みを見せたがらない雪ノ下さんらしく、落ち込んでいるのを必死にいつもの鉄面子で隠していたが、隠し切れておらず、私からは落ち込んでいるのが丸わかりだった。

 

おそらく、自分の流儀に反する事を自分自身がしたという事を認めたくなかったのだろう。自分が常に正しいと信じている彼女なら尚更ね。

 

あの姉と違って雪ノ下さんは本当に良くも悪くも正直者だ。そこまで気にするくらいなら最初から勝負に乗らなければよかったのに…

 

 

 

でもまあ、由比ヶ浜さんのおかげで雪ノ下さんはすぐに立ち直り部室にはいつも通りの雰囲気に戻ったのでよしとしよう。

 

この時ばかりは由比ヶ浜さんの調子の良さに私は感謝した。いつまでも部活の頂点に立つ部長が機嫌が悪いままだったら落ち着かないからね。

 

そうして、雪ノ下さんと由比ヶ浜さんとのことは解決したのだけれど、比企谷君だけはあれ以来露骨に私を避けているのだ。

 

でも、彼は以前のような私に疑惑を持っているようなそういった感情はあまりむけてこない。むしろ私に対して恐怖を抱いているような感情を向けているように感じた。

 

 

この合宿に私が来た時も思わず顔が引きつっていたからね。

 

比企谷君は私に対して向ける感情にはどういった意味合いが込められているのか全く分からない…

 

 

でもまあ、それなら彼に脅える必要はなくなるわけだから良いかもとも最近は思い始めてるんだけどね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふむ…よし、これで全員揃ったようだな」

 

 

 

 

 

葉山君たちが集まり、平塚先生が全員を見渡して告げる。

 

 

 

 

「今回、君たちに来てもらったのは、小学生の林間学校サポートスタッフとして働いてもらう。千葉村の職員、及び教師陣、児童のサポート。簡単に言えば雑用ということだな……端的に言うと君たちは私たちの奴隷だ」

 

 

 

 

 

 

なるほどね。私たちは小学生や教師陣のサポートをするために呼ばれたわけか…

 

 

……ていうか、教師が生徒に向かって『お前たちは奴隷だ』とかの宣言するなんてどういう神経してんだか。

 

 

 

 

思わず平塚先生をジト目で見るが、それに平塚先生は気付いてないのかさらに付け足す。

 

 

 

 

 

「この活動は学校行事ということで、最後までやり通せば内申点がもらえるし、自由時間は好きにしてもらって構わない…さっそく行こうか。荷物を本館に置き次第仕事だ」

 

 

 

 

そう言って平塚先生が先導する。

 

 

私はため息を吐いて付き従って歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平塚先生の先導についていくこと数分。

 

私たちは大きな広場にたどり着いた。平塚先生曰く、ここで小学生と顔合わせとオリエンテーションをするらしい。

 

小学生たちは、これから各所にあるチェックポイントを巡りそこにあるクイズを解きながらゴールを目指すらしい。

 

 

私たちの仕事は小学生のサポートと昼食等の準備らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は歩く道中で、近くにいた小学生に声をかけながら目的地へ向かう。

 

今のうちに小学生とコミニュケーションを取っていざという時に信用を持っていた方がいいからね。

 

あの家族やこれまでの生活から培った営業スマイルと機嫌取りスキルのおかげで小学生とはすぐに打ち解けることができた。子供は単純で本当に良い。

 

 

 

 

 

 

 

由比ヶ浜さんや相模さんたちも各々と小学生に声をかけられたりかけたりしていた。葉山君に至っては小学生の方から話しかけられている。

 

 

でも、比企谷君と雪ノ下さんの二人は声を掛けていない。

 

まあ、コミニュケーション能力が皆無の2人に小学生は話しかけようとは思わないだろうし、この2人が年下の小学生との接し方を理解してるとは思えないから納得だけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうやって歩いていく中で小学生の班で一つだけ、他の班とは明らかに違う形をしている班が私の目に入った。

 

 

 

このキャンプの班は5人で構成されていて、どの班も仲の良い友達同士で集まっているため、大体は1つにまとまっていた。

 

2つに分かれている班もちらほらあったけど、それでも2人と3人にに分かれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、その班だけは明らかに違った。

 

班のメンバーは5人とも女の子で、1人だけ他の4人から外れており、残りの4人はたまにその少女の方へ向かうが、クスクスと4人で笑うだけで相手にしていなかった。

 

対するその1人でいる女の子は、彼女たちのそういった嘲笑とも取れる周りの反応を気に留める様子もせず、首からかけているデジカメを手持ち無沙汰に弄っているだけだった。

 

その1人でいる女子は綺麗なロングストレートの黒髪にすらりと伸びた手足、同年代の女子と比べると大人びた雰囲気に包まれており、贔屓目に見なくてもかなりの美少女だった。

 

 

 

 

 

でも、どう見てもこの4人が仲が良いとは思えない。

 

 

もしかして、あの1人である女の子は……

 

 

どこか彼女に親近感を覚えながら、彼女を遠巻きに観察していると、その彼女に話しかける者がいた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうだい?チェックポイントは見つかったかな?」

 

 

 

 

それは葉山君だった。いつものイケメンスマイルを浮かべながら彼女に声をかける。

 

 

 

 

「……いいえ……」

 

 

 

 

葉山君に女の子は困ったように笑って返事をする。

 

 

 

 

「そっか…じゃあみんなで探そうか。君の名前は?」

 

 

 

「……鶴見…留美」

 

 

 

 

「僕は葉山隼人。よろしくね。あっちのほうとか隠れてそうじゃないかな?」

 

 

 

 

 

 

葉山君はそう言って、鶴見さんの背中を押して森の奥に誘導していった。

 

いかにも『みんな仲良く』を信条にしているクラスの中心人物の彼らしい芸当だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あまりいいやり方とは言えないわね」

 

 

遠巻きに鶴見さんの様子を観察していると、よく通る女性の声が聞こえてきた。

 

 

 

声のした方を見ると、厳しい表情をした雪ノ下さんが葉山君と鶴見さんを睨むように見ていた。

 

どうやら、声の主は雪ノ下さんだったらしい。

 

葉山君が鶴見さんをグループの中心近くまで連れて行くのを見て、雪ノ下さんはさらに表情を険しくする。

 

 

 

 

 

まあ、私にも葉山君の行動が悪手なのは理解できる。

 

 

鶴見さんは葉山君によってグループの中心に連れられていったけど、周りの子と一言も会話していない。

 

だからといって、グループの残りの4人も彼女に話しかける様子はなく何もしない。

 

鶴見さんを少し見ただけで、それからは彼女の存在を認識していないように振舞っている。いわば彼女たちは鶴見さんをハブっているのだ。

 

つまり、葉山君がした事はただの自己満足だ。葉山君自身は親切心で鶴見さんをグループに馴染ませるために彼女を連れていったのだろうけど、あんな扱いを受けている人間をグループに戻したら針の筵だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……彼は本当に何も変わってない。救いようが無いわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪ノ下さんがそう呟くのを聞き流しながら、私は葉山君に連れられていく鶴見さんの後ろ姿を見つめた。

 

 

以前も思ったけど、どうやら雪ノ下さんと葉山くんには何かの因縁がありそうだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャンプ初日の夕食。メニューはキャンプといえばこれとも言える定番のカレーだった。

 

ただ、家庭で作るのとは違ってキャンプ場にはガスが無いので、炭で火を起こさなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは火を起こす準備だ。おい、富良野。そこのダンボールに炭が入っている。持ってこい」

 

 

 

 

 

 

 

平塚先生は私を指差して重ねられたダンボールの方を顎でしゃくった。

 

 

 

「はい」

 

 

教師からの命令を断れる度胸は私にはないので、指示通りにダンボールを運ぼうとする。しかし、炭がたくさん入ってるからか重い。

 

 

 

「モタモタするな。さっさと運んできたたまえ」

 

 

 

身長は高いが、力があるわけではない私が炭の入ったダンボールをよろよろ運んでいると平塚先生に叱咤される。

 

『文句言うなら男子に運ばせればいいのに…』と内心で毒づきながら私は平塚先生の前にどさっとダンボールをおろす。

 

 

 

 

 

 

「うむ…それでは私が手本を見せよう」

 

 

 

私がダンボールをおろすと平塚先生は手馴れた手つきで炭から火を起こす。

 

 

 

「めちゃくちゃ手馴れてますね」

 

 

 

「……ふっ…これでも大学時代はよくサークルでバーベキューをしたものさ。でもな、私が火をつけている間は後ろでカップルたちがいちゃこらいちゃこら……ちっ、気分が悪くなった」

 

 

 

 

 

 

自慢げに話していた平塚先生。しかし、モテない学生時代を思い出したのか、小学生には見せられないほど顔を歪める。

 

火を起こすのは平塚先生に任せて、私は小学生に混ざってカレー作りをし始める。

 

あの家族から奴隷のように扱われている私は家事は一通りこなせるので料理は得意だ。加えてカレーは私の得意料理ということもあり、サクサクとカレー作りは進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

向こうでは、葉山君と彼のグループが葉山君を中心として、小学生にカレーの調理方法を教えるなどしていた。彼の纏う空気に連れられてか、たくさんの小学生たちが葉山の下へ集まっている。

 

 

 

 

しかし、それを冷めた目で見ている少女が一人いた。それはさっきグループでハブられていた鶴見さんだ。

 

 

 

葉山君は彼女の存在に気付いたのか、鶴見さんの元に歩み寄るって笑顔で声をかける。

 

 

 

「……カレー…好きかい?」

 

 

 

 

 

イケメンの高校生に笑顔で話しかけられる。女子なら誰もが憧れそうなシチュエーションだけど、彼女は葉山君に笑顔を見せるどころか見向きもしない。

 

 

一見すると、葉山君は鶴見さんが一人でいる事に気を遣って声を掛ける優しいお兄さんのように見える。

 

でも、それは昼間の様子から推察するに葉山君の自己満足なだけで、結果的には彼女を追い詰めているだけだと思う。

 

 

 

葉山君は学校でもこのキャンプの中でも常に中心にいる王様のような存在だ。だからこそ、葉山君の行動に皆が注目する。

 

 

 

 

そして、それは鶴見さんをハブっているグループの4人も同じであるのだろう。

 

その4人からしてみれば、自分たちが虐めている鶴見さんが人気者の葉山君に声を掛けてもらっている事が気に入らないのだろう。

 

 

 

 

現に葉山君からは見えてないのだろうけど、鶴見さんをハブっていた4人は、葉山君に声をかけられている鶴見さんを忌々しげに見ているからね。

 

……何とも醜い嫉妬だ。私も嫉妬で虐められた事があるけど、それは虐められる方からしてみれば理不尽この上ないものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……別に…カレーなんかに興味ないし……」

 

 

 

 

葉山君に話しかけられた鶴見さんは、素っ気無く答えると黙ってその場を離れた。

 

おそらく彼女も薄々分かっているのだろう。ここで葉山君にまともに受け答えなんてすれば、今より状況が悪化してしまうのがオチ。だからといって人気者に話しかけられたのに無視なんてすれば状況は悪化してしまう。

 

よって、1番良い方法は黙ってその場から去ること。まあ、妥当な考えだ、私でもそうするからね…

 

 

 

鶴見さんはそのまま葉山君たちから離れた場所に腰を下ろす。

 

それはちょうど比企谷君と雪ノ下さんの間だった。お互いが視界に入る程の距離だった。

 

 

 

その様子を見た葉山君は、少しだけ困惑したような笑顔を浮かべたが、すぐに気を取り直して再び集団の中に戻って行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ、せっかくだし隠し味入れるか!何か入れたいものある人?」

 

 

 

その言葉を皮切りに小学生たちは『〇〇が良い!』『△△が良い!』と隠し味の提案をそれぞれする。

 

それには鶴見さんを睨み付けていた4人も含まれていた。鶴見さんへと向けられていた嫌な視線も同時に消える。

 

 

 

 

 

「はいはいっ!あたしはフルーツがいいと思う!桃とかさ!」

 

 

 

その中に何故か由比ヶ浜さんも小学生と一緒になって提案していた。

 

……ていうか『桃が良い』はないでしょう…

 

カレー入れるのならフルーツはせいぜい林檎が良いところ。それなのに桃って…

 

由比ヶ浜さんの味覚センスは小学生より下なのかな…流石の葉山君も表情を強張らせてるし…

 

葉山君が由比ヶ浜さんに何やら話すと、由比ヶ浜さんは肩を落として比企谷君たちのところに向かっていく。

 

どうやら葉山君に戦力外とみなされたらしい。

 

 

 

 

 

 

「……よし、こんなものだろうね…」

 

 

私は遠巻きに今の出来事を見る傍でカレーを作り上げた。小さな器に自分の作ったカレーを入れて味見をする。

 

……うん、我ながら美味しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は出来上がったカレーを一緒に作っていた小学生の皿に盛り付け、最後に自分の皿にカレーを盛り付ける。

 

 

皿に盛り付けてカレーをどこで食べようかと辺りを見渡す。

 

 

 

 

「あっ、ふらのん!一緒に食べようよ!」

 

 

その時に横から明るい声で声がかけられた。声のした方を見ると由比ヶ浜さんが笑顔で手を振っている。

 

断っても良いのだけれど、必要最低限の付き合いとして、私はいつも通りの営業スマイルで由比ヶ浜さんの誘いを受けて彼女の元に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るものよ」

 

 

 

 

「……私は鶴見留美」

 

 

 

 

「私は雪ノ下雪乃」

 

 

 

「比企谷八幡だ。んで…このアホそうなのが由比ヶ浜結衣、向こうの…背が高い奴が富良野英理華だ…」

 

 

 

由比ヶ浜さんの招くところに来てみると、そこにはさっき葉山君から離れた少女と比企谷君、雪ノ下さんが何やら話し込んでいた。

 

比企谷君と雪ノ下さんの真ん中にいる虐められていた少女は『鶴見留美』というらしい。

 

どうやら互いに自己紹介をしているらしく、近くに由比ヶ浜さんと私がいたからついでに紹介したのだろう。

 

にしても由比ヶ浜さんはともかく、社交性皆無のこの人たちが小学生と自己紹介し合うなんて思わなかったな。

 

 

 

 

由比ヶ浜さんは比企谷君たち3人の様子を見て、それとなく察したようで、比企谷君たちの方をチラッと見ると鶴見さんの視線に合わせるようにしゃがむ。

 

 

 

 

「あ、そうそう…あたしは由比ヶ浜結衣ね。鶴見留美ちゃん…だよね?よろしくね!ほら、ふらのんも自己紹介くらいしなよ!」

 

 

「私は富良野英理華。よろしくね、鶴見さん」

 

 

 

由比ヶ浜さんに促されて私も営業スマイルを浮かべて鶴見さんに改めて自己紹介する。

 

 

 

だが、彼女は由比ヶ浜さんの声に対して、頷くだけに止める。由比ヶ浜さんを見もしない。代わりに比企谷君と雪ノ下さん…そして私の方へと彼女は視線を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか…そっちの二人は違う感じがする…あっちにいる人たちとは」

 

 

 

そう言うと鶴見さんは葉山君たちがいる方へと視線を向ける。

 

彼女の視線の先には、葉山君とその取り巻きたちが小学生と一緒に楽しそうに『スペシャルカレー』作りに挑戦していた。

 

 

 

 

 

「まぁ…確かに違うわなぁ…誰がどう見ても集団でいる人間と個人でいる人間だよ」

 

 

 

比企谷君がいつもの捻くれた口調でそう呟く。鶴見さんは気にせずに口を開いた。

 

 

 

 

 

「私も違うの…あのへんとはね…」

 

 

 

 

鶴見さんは、自分に宣言することでそれを確かめるためなのか、彼女はその言葉をゆっくり噛みしめるように言った。

 

にしても『あの人たちとは違う』という事は鶴見さんは集団で群れる事が嫌いという事だろうか。

まあ、虐められているならしかたないしれないけどね。

 

 

でも、それを聞いて由比ヶ浜さんの顔つきが真剣なものになる。

 

 

 

 

「…違うって…何が?」

 

 

「周りはみんなガキなんだもん。まぁ…私…その中で結構うまく立ち回ってたと思うんだけどね。なんかそういうのくだらないからやめたんだ。一人でも別にいっかなって思ってさ…」

 

 

 

「で…でもさぁ…小学生のときの友達とか思い出って結構大事だと思うなぁ…」

 

 

 

「…別に思い出とかいらない……中学入れば、余所から来た人と友達になればいいしね」

 

 

 

 

 

 

 

 

……随分と横柄な物言いだね。

 

私は鶴見さんと由比ヶ浜さんの会話をカレーを食べながら聞いていたが、それに対しての評価はこうだ。

 

 

 

 

『鶴見さん、貴女は一体何様のつもり?』

 

 

 

 

 

彼女は自分を過大評価している。おそらく私たちの部長と同じくらいに。

 

『自分は上手く立ち回っていた』って言ってるけど、立ち回れてなかったから貴女は今こうやって虐められてるんだよね?

 

それに『自分はあの人たちとは違う』って言ってたよね。まるで自分が正しくてあの人たち(葉山君やいじめっ子たち)は愚かだって言いたげだったけど私からしてみたら貴女の方が愚か者だ。

 

人間の問題事の多くは人間関係によるものだ。そして、普通の人は円滑に人付き合いをするために安全圏にいるために群れをなす。

 

貴女も前まではそうだったんでしょう?それなのに自分が虐められた途端に前まで自分もいたグループの人たちを馬鹿呼ばわり。

 

それって思いっきりブーメランだよね?貴女は過去の自分までも『バカだ』って言ってるようなものなんだよ。

 

過去の貴女がどうだったかは知らないけどね。

 

 

 

それに、さっきの自己紹介。仮にも年上の私たちに対しても無視するなどの態度。はっきり言ってあなたがあの4人に虐められているのは貴女のその他者を見下したような態度が滲み出ていたからではないだろうかとも思える。

 

それに『中学生になったらまた新しい友達を作れば良い』と言ってるけど、それって貴女はさっき自分が馬鹿呼ばわりした人の群れにまた戻ろうとしてるって事だよね。

 

結局、貴女は自分1人では生きていけない弱い人間なのだ。『1人でも良い』なんて言って良いのは何があっても他人に頼らずに自分で生きていける人だけ。

 

貴女は結局のところ誰かに助けてほしいだけでしょう?

 

口では強がってるけど、本心ではそう思っているはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念だけど…そうはならないわ」

 

 

 

 

どこか期待を込めて言った鶴見さんを、雪ノ下さん、が否定した。

 

 

 

「あなたの通っている小学校の生徒も、同じ中学へ進学するのでしょう?だったら、また同じことが起きるだけよ…しかも、今度はその『余所から来た人』とやらも一緒になってね…」

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

雪ノ下さんの意見に留美は黙りこむ。

 

でも、確かに雪ノ下さんの言う通りだ。鶴見さんがこのまま地元の中学校に通うのであればおそらく何も変わらないし、このいじめは続くだろう。

 

場所が変わっても、虐めっこたちがいなくなるわけではないのだから、『新しい友達と仲良くすれば良い』なんて甘ったれた考えは通用しない。

 

人間関係が変わるわけではないのだからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり…そうなんだ……」

 

 

 

それを聞いて鶴見さんの諦めたような声が小さく漏れた。

 

 

 

 

 

「……ほんとにバカみたいなことしてた…」

 

 

 

「…?もしかして、何かあったの?」

 

 

 

自嘲気味に呟いた鶴見さんに、由比ヶ浜さんは片眉を上げて尋ねた。

 

それに答えるように鶴見さんがポツポツと話し始めた。

 

 

 

 

「クラスの誰かがハブられるのは何回かあって……けど、そんなのはそのうち終わるし…そしたらまた話したりする、いわゆるマイブームみたいなもんだったの……」

 

 

 

鶴見さんはそこで一度言葉を区切った。

 

 

「……いつも誰かが言い出して、なんとなくみんなそういう雰囲気になっていたの…それがいつのまにか私になってた…………何もしてないのにね」

 

 

 

 

鶴見さんは淡々と話すが、内容を聞いていると恐ろしいものだった。

 

これといった理由も無しにいじめの対象が決められ、その時点でクラス全体がそういった空気になる。私が受けたいじめとは違うけど理不尽な事この上ないものだ。

 

今時の小学生はこんなに酷いことをするものなんだね…

 

 

 

 

 

 

「そんで…?お前は「留美」……え?」

 

 

 

 

「お前じゃない…私の名前は『留美』」

 

 

 

 

 

 

「……悪い。んで?留美はどうしたいんだ?ターゲットが自分から変わるのを待つか、それとも、今すぐにでもこの状況を変えたいか…」

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

比企谷君がいつものように尋ねると、鶴見さんは下を向いて黙りこむ。そんな様子を見て、由比ヶ浜さんが口を挟んだ。

 

 

 

「そんなの今すぐ変えたいに決まってるじゃん、そうだよね?留美ちゃん?」

 

 

由比ヶ浜さんが鶴見さんの顔を覗きこむが、つさんは由比ヶ浜さんの言葉に何の反応も示さなかった。

 

 

 

 

……まあ仕方が無いだろうね。

 

由比ヶ浜さんの台詞はいじめられた事が無いやつが吐く台詞だ。

 

鶴見さんのような人たちからしてみれば『いじめの辛さも知らないくせに、知ったような口きくな』と言う感じだ。

 

そんな人の呼びかけなんて彼女の心には響かないだろう。最も彼女の性格から応える気になんてならないだろうし。

 

てか、川崎さんの依頼の時も思ったけど、由比ヶ浜さんは本当に感情の赴くままにしか行動しないよね。相手や周りのことなど何も考えてない。

 

 

 

 

 

 

「……由比ヶ浜はこう言ってるが、お前自身はどうしたいんだ?」

 

 

 

「…………変えたい……とは思う。辛いというか…嫌というか…なんか惨めだし。流石に惨めなのは嫌だから。でも、もうどうしようもないし…仕方ないっていうか…」

 

 

 

 

 

「何故そう思うのかしら?」

 

 

 

雪ノ下さんに怪訝そうに問われ、鶴見さんはいくらか話しづらそうだったが、それでもきちんと言葉にして雪ノ下さんに返す。

 

 

 

「さっきも言ったようにこのいじめはローテーションのようなものだったんだけど…長い間シカトされてるのは私だけなんだ…他の子はすぐに終わったんだけど」

 

 

そこまで話して鶴見さんは顔を俯かせた。よっぽど彼女にとって話しづらい事なのだろう。

 

 

「私が周りとの距離を余計に取っちゃったからかな…ここまできたらもう仲良くできない。たとえ、仲良くできたとしても、またいつこうなるか分かんないしね。また、これも同じようなことになるんだったら、このままで良いかなって思い始めてるんだ…惨めなのは…やっぱり…嫌だけど……」

 

 

 

 

 

そう言いながら鶴見さんは、さっき自分が『馬鹿ばかり』と言っていた葉山君たちのグループをぼんやりと見つめている。

 

その視線は『羨ましい』という視線なのか、自分はもうあそこには行けないという『諦め』の視線なのか、それとも自分にはもう関係ないと割り切っている視線なのか。

 

私的には彼女の視線にはそれら全てが当てはまっていると思う。

 

彼女は心の奥底では人との繋がりを強く求めている。

 

でも、彼女はいじめのターゲットが変わったとしても、もう以前のような関係に戻る事が出来ないということを心のどこかで理解しているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

でもまあ、彼女の言ってる事が本当なら彼女がこうなっている原因はやっぱり彼女にもある。

 

何しろこのいじめが彼女の言ってる通りローテーションのようなものだったとしたら、以前は彼女も虐める側の人間だったって事なのだから。

 

まあ、クラスのマジョリティーに逆らったら針の筵になるのは目に見えてるから、鶴見さんが虐めに加担したのも分からなくはない。

 

でも、以前は自分もその1人だったのだから、その報いが返ってきただけの自業自得とも思わなくない。

 

 

 

 

 

 

鶴見さんは話し合えるとグッと嗚咽を堪えるように俯く。悔しいのか、情けないのか目には涙が溜まっていた。

 

 

 

 

それを見て、比企谷君と雪ノ下さんは顔を顰め、由比ヶ浜さんは心配そうに鶴見さんを見つめている。

 

奉仕部トリオが三者三様の反応を見せているなか、私は心の中で小さく呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

『くだらない』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は九時過ぎ。

 

 

キャンプに来ている小学生達は就寝の時間。私たち高校生も今日のやることは全て終わっているのでこの後は自由時間だ。

 

 

それならば私は部屋に戻って自習をするか、さっさと寝るかしたいのだけれど、由比ヶ浜さんに半ば強引に連れられて施設のロビーで、特に何かする訳でもなく集まっていた。

 

そこには、葉山君のグループも雪ノ下さんたちもいた。

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫、かな……」

 

 

 

 

 

そんな中、由比ヶ浜さんが唐突にポツリと呟つぶやいた。

 

 

 

 

 

「…ふむ…?何か心配事かね?」

 

 

 

 

こんな所でも堂々と煙草を吸っていた平塚せんせが煙を吐きながら問う。それに葉山君が答えた。

 

 

 

 

 

「まぁ、ちょっと孤立しちゃってる生徒が居たので……」

 

 

 

 

 

「そうよね〜…可愛そうだよねー」

 

 

 

 

 

相模さんが葉山君にそんな相槌を打つ。

 

まあ、葉山君に媚を売っているのがバレバレなので、本当に可愛そうとだと思ってはいなさそうだけどね…

 

 

 

 

 

 

「それで、君達はどうしたい?」

 

 

 

 

 

平塚先生は私たちみんなを見渡して問いかける。

 

でも、その問いかけに応える者は居ない。みんな一様に口をつぐんでいる。

 

 

 

……どうしたいと聞かれても困る。

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしたいかと聞かれたら私の答えは決まっている。

 

『関わりたくない』もしくは、『小学生の引率の教師に事情を説明する』の二択だ。

 

私はいじめ問題になんて関わるのは真っ平御免だ。

 

 

 

彼女の抱える問題はそんな簡単にどうこう出来るものではないし、解決出来なかったり、事態を悪化させてしまった場合、責任を問われかねないからね。

 

 

それを理解している者も何人かいるのかもしれない。

 

それでも誰も何も言わないのは、『ここで何もしない』と言ってしまえば、『孤立している小学生を見捨てた人でなしだ』と言うレッテルを貼られてしまうからだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、今のみんなは誰かが意見を言うのを待っている状態だろうね。

 

誰かの意見に乗っかってしまえば、例えそれが失敗したとしてもその人に責任を擦りつけられるかもしれないし、自分が主体的に動かなくても良いし。

 

でも、こんな空気の中で何か意見を出そうとする人は普通はいない。

 

 

……そう普通ならね。

 

 

 

私はそう言って葉山君と雪ノ下さんに視線を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は……」

 

 

 

 

 

そんな重苦しい沈黙を葉山君が破る。

 

 

 

 

 

「…出来れば…可能な範囲で何とかしてあげたいと思います」

 

 

 

 

 

 

葉山君のその言葉を聞いて思わず私の口角が思わず上がった。

 

 

 

何とも素晴らしい言い回しだ。

 

表面上は整えているけど、身勝手で自己満足の言い回しだ。

 

 

 

解決出来れば『すごいよ!流石葉山君!』と称賛され、解決出来なくても『やるだけはやったんだ。仕方無いよ』と取り巻きたちから慰められる。

 

 

成功しても失敗しても自分はノーダメージでいられる。常にみんなの中心にいて慕われている彼だからこそ言える言葉だ。

 

何と便利で都合の良い言葉なのだろうか。グループの相模さんと戸部君は『流石葉山君だ!』と言いたげの視線を彼に向けているからね。

 

 

 

 

にしても、テニスコートやチェーンメールの時に葉山君がグループのメンバーを切り捨ててるのは自分たちも見てるのに何で彼のグループのメンバーは彼の意見を称賛するんだか…

 

彼のどこに信頼が置けるのか全く私には理解できないけど、もしかしたら彼らは葉山君のことを盲目的に信頼しているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方では無理よ。前もそうだったでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、横から冷たい声が飛んだ。

 

声の主は雪ノ下さん。彼女は葉山君の言葉を冷徹に切り捨てた。

 

 

 

 

雪ノ下さんの突き刺す様な冷たい視線と冷徹な言葉に、流石の葉山君も苦い顔を浮かべる。

 

 

 

 

 

 

「……そう………だったかもしれないな…でも、今は違う」

 

 

 

 

 

「……どうかしらね」

 

 

 

 

 

 

苦々しい葉山君の答えを雪ノ下さんは肩を竦すくめ冷たく遇らった。

 

 

……どうやら、この2人には何かの因縁があらみたいだね……

 

 

 

誰も予想していなかった葉山君と雪ノ下さんの冷たいやり取りが終わると雪ノ下さんが平塚先生に尋ねる。

 

 

 

 

 

「これは奉仕部の合宿も兼かねていると平塚先生はおっしゃいましたが、彼女の案件についても活動内容に含まれますか?」

 

 

 

 

 

「……ふむ…そうだな。林間学校のサポートをボランティア活動と位置付けた上で、それを部活動の一環とした訳だからな。原理原則から言えば今回のそれもその範疇に入れても良かろう」

 

 

 

 

 

 

「そうですか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

………はぁ?

 

 

 

雪ノ下さんと平塚先生のやり取りを聞いて思わず私は椅子からひっくり返りそうになった。

 

何とか踏ん張ったが、恐らく今の自分は唖然とした顔をしているだろう…

 

 

でも、その反応をするだけのことだった。

 

 

この人たちは何を言ってるの?

 

 

 

 

 

 

 

 

『小学生の虐め問題』なんて、普通なら教師や親などの大人の人たちの介入により解決する事で、どう考えても私たちのような何の力もない普通の高校生が関与するべきではないでしょう。

 

それなのに何で『範疇に入れても良かろう』という結論に至るんだが…

 

こういう時は私たちの誰かか、平塚先生が小学生の引率の先生にイジメの概要を伝えて対応するのが解決のセオリーだ。

 

それなのに平塚先生は『お前たちで解決しろ』という結論を出したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

雪ノ下さんも『そうですか』って何で納得するんだよ。

 

どう考えても私たちにできることは何もないのに何で彼女を『自分たちで』助けるという結論に至るんだか…

 

彼女を救えるのは私たちではない、私たちより力のある大人だ。

 

それなのに彼女はそれすらも気づかずに自分たちが、正確には自分だけで助けたいというどこまでも自分本位な考え方だ。

 

 

 

この間の遊戯部の件から、彼女も自分の力や危機管理能力を少しは理解したと思ったが、彼女の本質はあれから何一つ変わってない。

 

まるで目の前の事に飛びついて、周囲やこれからのことは何も考えていない猪みたいだ…

 

 

 

 

 

そう私が思っていると、雪ノ下さんは平塚先生の答えを聞いて静かに目を閉じてこう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は………彼女が助けを求めるならば…あらゆる手段を持って解決に努めます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く瞑目していた雪ノ下さんはハッキリとそう宣言した。

 

 

 

 

 

 

「…んで……助けは求められているのかね?」

 

 

 

 

「……それは……分かりません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪ノ下さんは苦々しい顔でそう言った。

 

彼女は助けを求めているのかは分からない。

 

そもそも私たちは少しだけ鶴見さんと話しただけで、彼女が虐められているという事は分かったが、何かを頼まれているわけではない。

 

 

彼女が現状をどうしたいのか、どうして欲しいのか、それは分かっていないのだ。

 

 

そんな中、由比ヶ浜さんが雪ノ下さんの服を引っ張る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆきのん…あの子は言いたくても言えないんじゃないかな……?」

 

 

 

 

 

 

「……どう言う事かしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん…留美ちゃんは言ってたじゃん。ハブるのがクラスで結構あったって。自分もその時距離を置いていたって…だから、自分だけ誰かに助けて貰もらうのは許せないんじゃないかな……」

 

 

 

由比ヶ浜さんは俯きながらそう言った。

 

その言葉には説得力があった。クラスの風見鶏の彼女だからこそ、鶴見さんがハブる側だった時の気持ちが理解できるのだろう。

 

 

 

 

 

「きっと留美ちゃんだけが悪い訳じゃないと思うんだよ。皆、多分そうなんだよ……話し掛けたくても…助けたくても…仲良くしたくても…そう出来ない環境ってやっぱりあるんだよね……それでも罪悪感は絶対に残るからさ……」

 

 

 

 

 

 

 

由比ヶ浜さんはそう言った。

 

 

虐められている人へ周囲の環境を無視して話し掛ける事はとても勇気が必要だと、そうしてしまう事で自分までもが虐めの巻きこまれ、自分も標的にされてしまうのではないかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って…わぁーーー!何かあたし今すっごく性格悪い事言ったよね⁉︎大丈夫なのかな……⁉︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫よ…由比ヶ浜さん。とても、貴女らしいと思うわ……」

 

 

 

自分の発言に焦る由比ヶ浜さんに雪ノ下さんは穏やかな笑顔で答える。

 

由比ヶ浜さんは自分の発言が相当恥ずかしかったのか、顔を赤くして黙り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪ノ下の結論に反対の者は居るかね?」

 

 

 

 

 

 

由比ヶ浜さんの発言を聞いて、少しだけ間を置いて平塚先生が全員に問い掛ける。反対の声を上げる者は1人もいない。

 

声を上げない者たちは賛成している。『黙っている者たちは雪ノ下に賛成している』と平塚先生は判断したらしく微笑んだ。

 

 

 

内心どう思っているかは知らないけどね……

 

 

 

 

 

「よろしい…それならば、どうしたら良いかは君達で考えてみたまえ…私は寝る…」

 

 

 

 

 

 

平塚先生はそう言うと欠伸を噛み殺しながら席を立ち、さっさと部屋に戻っていった。

 

 

……もうこの人に期待するだけ無駄だ。

 

 

 

私は平塚先生の後ろ姿を見て内心でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……とまあ、全会一致で問題に対処するために話し合いが始まったのだが、話し合いは早くも混沌の様相を呈してきた。

 

 

話し合いの議題は当然『鶴見留美さんはどうやって周囲と協調を図れば良いか』に設定されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり、皆で仲良く出来る方法を考えないと根本解決にならないか」

 

 

 

 

 

 

 

『みんなで仲良く』が信条の葉山君は問題の本質をまるで理解しておらず、当たり障りのない綺麗事を言うだけ。

 

 

 

 

 

「そんな事は不可能よ。一欠片の可能性もありはしないわ」

 

 

 

 

 

雪ノ下さんは意見を否定するだけで自身は全く案を出して来ない。

 

常に『自分は優秀な人間だ』と言っている割に代案は出さずに否定をするだけ、そんな事は彼女が嫌う無能な人間でも出来ることだ。

 

 

 

 

 

他の面々も酷いものだった。

 

相模さんは葉山くんに媚びを売ってばかりで話し合いにはほとんど参加していない。

 

葉山君のグループの戸部くんは状況を理解していないのか当たり障りのない相槌を打っているだけ、海老名さんに至っては趣味の話になっており話の論点がずれている。

 

 

 

由比ヶ浜さんは雪ノ下さんと相模さんが険悪になる度に怯えたように縮こまる。

 

 

 

戸塚くんと小町さんは殆ど成り行きを見ているだけ、時折、葉山くんと似たような綺麗事の意見は出すもののそれらを聞き入れられている様子はない。

 

 

 

比企谷君は一応意見は出すものの、多くは葉山くんや雪ノ下さんの意見の批評ばかり。

 

その度に場の雰囲気が悪くなる。空気を読めないのか敢えて読まないのか分からないが、話し合いが円滑に進まない原因の一つは彼にあると思う…

 

当然それらは葉山君たち発言力ある人にブロックされて聞き入れられてないしね。

 

 

 

 

 

……ていうか、この人たちは解決策はおろか問題の本質すら理解していないのだろうか、こんなものは無駄な話し合いにしか思えてならない。

 

 

まだ、小学生の方がまともな話し合いができる気がする、この人たちにイジメ問題の解決を丸投げするなんて平塚先生は何を考えているのだろうか。

 

 

 

 

 

私?

 

私は面倒なことは極力避けたいから話し合いの成り行きを黙って見ているだけだよ。黙っていれば意見を求められることもないし。

 

 

まあ、内心で『早く終わらないかな…』とは思ってるんだけどね。この体たらくでは大した解決策は出ないだろうし…

 

私はそう言うとみんなから見えないように欠伸を一つした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、これだけ話し合いをしても具体的な解決策は何一つ出ずに話し合いは明日に持ち越しとなった。

 

そもそもここにいる大半の人たちは私も含めて本気で鶴見さんを助けたくて参加しているわけではないのだろうから、建設的な意見なんて出るわけがない。

 

言い出したのが発言力の強い葉山くんと雪ノ下さんだったから、2人に反発する気がないだけだろうしね。

 

それに、さっきの話し合いを見ていたら、私を含めてこの場にいる人全員が鶴見さんのことを本気で助けたいとは思っていないのだろう。

 

 

 

 

葉山くんと雪ノ下さんは自分の自己満足と理想のために鶴見さんを助けたいとしか思えない。

 

 

 

由比ヶ浜さんは心配はしているのかもしれないけど、ただそれだけ。

 

 

 

比企谷君は他人の意見に対して文句を言うばかり、正直彼が黙ってくれていた方がまだ話し合いが円滑に進んだ気がする。

 

 

 

他の人たちもそれぞれ似たような感じだった。どう見てもこんな人たちに鶴見さんを助けることなんてできるとは思えない。むしろ状況を悪化させる可能性だってある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それに、みんなは大事なことを忘れてる。

 

 

それは、鶴見さん自身が問題の解決を望んでいるかということだ。

 

 

貴方たちは葉山くんや雪ノ下さん、平塚先生によってすっかり鶴見さんを助けるつもりで話し合いをしていたけど、それは本当に鶴見さん自身が望んでいる事なのだろうか?

 

 

雪ノ下さんに至っては平塚先生に『私は彼女が助けを求めているなら助ける』的なことを言っていたのに、その舌も乾かないうちに『目の前の問題を解決したい』という自分のエゴを貫き通そうとしているからね。

 

 

 

 

 

 

そもそもみんなは鶴見さんのイジメ問題を解決するのは正しいことと認識しているのかもしれないけど、それは大きな間違いだ。

 

 

彼女自身が問題の解決を望んでいないのなら、葉山くんや雪ノ下さんたちが行おうとしていることは『余計なお節介』であり、それは貴方たちの身勝手な自己満足でしかない。

 

 

 

それに気づかないあなたたちは私にはこう見える。

 

 

 

 

 

『偽善者』に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………眠れない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は深夜0時を回ったくらいだろうか、私は眠れない夜を過ごしていた。

 

いや、原因はわかってる。

 

同室の由比ヶ浜さんたちがさっきまで雑談していたからだ。しかもすごい大声で話していたから煩くて仕方なかった。

 

仕方なく彼女たちが寝静まるまで布団を被りながら教科書で軽く勉強していたのだが、そのせいか彼女たちがやっと静かになったと思ったら今度は私が眠れなくなっていた。

 

本当に最悪だ…寝る時まで私はこの人たちに振り回されなくてはならないのか…

 

 

 

苛立ちからカリカリと爪を噛む。気持ちが昂ってきた事によりさらに目が覚めていった。

 

 

 

 

 

仕方ない。少し外に出て散歩でもしたら眠くなるかな…

 

 

私はみんなが寝静まったのを確認して靴を履き、バンガローを抜け出して夜の散歩へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……気持ちいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

バンガローから出て夜の森をぶらりと1人で歩く私。夜の散歩は思っていたより気持ちよかった。

 

夏という季節もあってか、吹き付ける強くも弱くもない夜風はとても心地の良いものだったし、昼間とは違う森の景色を見ているうちに苛立ちも嘘のように鎮まっていったからね。

 

森の散歩は人の心を落ち着かせるというのをどこかで聞いた事があるけど、あながちそれは間違いではないのかもしれない。

 

そう思いながら歩いていると、林立する木々の間に人影が2つ浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

 

 

 

 

こんな夜中に自分以外に誰だと思いながら近づくと、人影が月明かりで照らされ闇夜から浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷君と雪ノ下さん……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな夜中に何してるんだろう、私は2人から見えない所に身を隠し2人の会話に耳をすませた。

 

 

 

 

 

 

 

「…あの子の事を……何とかしなければね…」

 

 

 

 

 

 

 

「知らん子の為ためにやけにやる気だな…」

 

 

 

 

2人の会話の内容はどうやら鶴見さんの事についてだった。まあ、今日の話し合いでは何も進展しなかったからね…

 

にしても、雪ノ下さん。本人から助けを求められてないのにもうあなた自身は彼女を助ける気満々なんですね。

 

本当に彼女が芯の通った人なのかそれすらも疑いたくなってきた。彼女は芯の通っているどころか言ってる事とやってる事が思いっきり矛盾しているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今までだって知らない人ばかりだったわ。私は知己ちきの仲だからって手を差し伸べる訳ではないもの。それに……彼女って由比ヶ浜さんと、何処か似ている気がしない?」

 

 

 

 

 

「そうか?」

 

 

 

 

 

鶴見さんが由比ヶ浜さんに似ているって?

 

 

それって風見鶏なところがかな?

 

 

鶴見さんも以前はいじめっ子たちと一緒にクラスの人を無視したりして虐めていたらしいしね。

 

まあ、それはおそらく自分の身を守るための保身だったのかもしれないけど、それでもイジメはイジメだ。

 

 

 

まあ、ボランティアとはいえ一応は年上の私たちにも横柄な態度を取るくらいだから由比ヶ浜さんほどの風見鶏ではないだろうけどね。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「多分……由比ヶ浜さんにもああ言う経験があるんじゃないかと思ったのよ……」

 

 

 

 

 

 

「そりゃあ…まあ、あるだろうな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

……まあ、そうだろうね。

 

比企谷君や雪ノ下さんと違い、人一倍空気に敏感で、強者や周りに従うのが由比ヶ浜さんだ。

 

そのため自分がそう言ったことを望んでいなくても、自分の友達もしくは自分より強者がやる様に言ったら、彼女は流されるままにそれらを行うだろう。

 

 

だからこそ、由比ヶ浜さんは罪悪感と言う感情を人一倍知っているのかもしれない。その為、鶴見さんが今の現状を言い出せない理由にも真っ先に気付いたんだろうね。

 

だからといって、私は彼女を肯定するつもりはないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それと……多分葉山くんも……」

 

 

 

 

 

「まぁ…そうだろうな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにも同感だ。

 

私の見た限り葉山隼人という人間は、出来る出来ないはともかく、自分にとって良くない事が起きれば自分の信条である『みんな仲良く』に倣って即座に解決しようとする。

 

言葉だけを見れば美しいけど、彼の行動はやられる側からすれば迷惑この上ないものでしかない。

 

出来ないなら出来ないで、余計なことをせずに何もしないで放っておいてあげる方がよっぽどありがたいだろうに、彼はそれに気づかずに自分のエゴで中途半端に引っ掻き回して、却って事態を悪化させるのだから。

 

彼の場合は昼間の鶴見さんへの気遣いが良い例だ。

 

あれは葉山君にとっては良いことだったのかもしれないけど、鶴見さんからしてみれば『いじめっ子』という猛獣のいる檻の中に放り込まれたようなものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いや……そう言う事ではなくて……」

 

 

 

 

 

比企谷君の言葉に言葉を濁した雪ノ下さんはそれきり何も言わなくなる。2人の間に沈黙が流れる。

 

でも、それは決してロマンチックなものではなく、夜風が木々をざわつかせる音だけが聞こえてくるようなものだった。

 

やがて、その沈黙を破るように比企谷君が声をかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ…お前さぁ……もしかして葉山と何かあんの?もしかして元カレだったりするのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

比企谷君の言葉に雪ノ下さんの視線がこれまでにないほど冷たくなった。

 

元々夜の森は涼しかったが、そのせいで一気に氷点下まで気温が下がった様な感じがした。

 

雪ノ下さんは冷たい瞳のまま重苦しく口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……違うわ…小学校が同じだけよ。それと、親同士が知り合いね…彼のお父さんがうちの会社の顧問弁護士をしているの。因に彼の母親は医師よ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……へぇ…!

 

 

なるほど、やっぱり雪ノ下さんと葉山君には何かの因縁があるみたいだね。

 

雪ノ下さんが葉山君に対して敵意に似た感情を向けているのは単に彼と反りが合わないからだけではなく、その『因縁』に基づいた他の理由があるからだろう。

 

 

それに、葉山君が雪ノ下さんを気にかけている理由にも納得がいった。

 

おそらく自分の親が雪ノ下さんの家の顧問弁護士だから、その娘の雪ノ下さんには気に入られたいだろうし、関係を悪化させないようにと親からも言われているからだろう。

 

 

 

 

 

 

「ふーん。という事は家族ぐるみの付き合いって奴か…お前も大変そうだな…」

 

 

 

 

 

 

 

「そう言った外向きの場に出るのは姉の役割よ。私はそれの代役でしかないから、よく分からないわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこまで雪ノ下さんは言うと、言いたい事は終わったのか、彼女は比企谷君に背を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

「………そろそろ戻るわ」

 

 

 

 

「そうか…じゃあな」

 

 

 

 

 

「ええ、お休みなさい」

 

 

 

 

 

 

 

そう言うと彼女は振り返りもせずに闇夜の森の中に消えていった。

 

暫く比企谷君もそこに佇んでいたが、やがて彼も自分のバンガローへと戻る。

 

 

 

 

 

2人が戻り私は1人になった、再びその場が静寂に包まれる。

 

そろそろ私もバンガローに戻ろうと思い、来た道を2人に倣って歩き始める。

 

 

 

 

 

しばらく歩いてふと空を見上げる。

 

都会のビル街が立ち並ぶコンクリートジャングルでは絶対に見られない満面の星空が広がっていた。

 

煌々と静かに輝く星に照らされながら、私はバンガローへの帰り道を明かりもつけずに歩いて行った。

 




今回はここまでです。


いつも以上にめちゃくちゃで申し訳ありません…












たくさんのフォローやマイピク申請ありがとうございます。


たくさんの感想やメッセージまでいただきありがとうございます。


ご指摘、感想がモチベーションに繋がるのでコメントをいただけたら嬉しいです。






前回は怪我の関係から妹に執筆してもらいましたが、今回からはまた私が書きます。
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