4人目の奉仕部員は平穏に過ごしたい…   作:レッドクロス

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続きです。

原作を変えています。

今回は雪ノ下雪乃に対してアンチ要素を含みます。

閲覧は自己責任でお願いします。


テニス部の男の娘に平穏を脅かされたくない。

「富良野さーん! いくよー!」

 

 

カコーン

 

 

「はーい」

 

 

カコーン

 

 

 

今、私はテニスのラケットを持ってペアになった人とボールの打ち合いをしている。

 

今は体育の授業だ、今日から体育はテニスかサッカーを選択して授業を受ける事になったのだが、私はテニスを選んだ。

 

理由? 決まってるでしょう、サッカーのような集団競技とテニスのような個人競技とどちらを選ぶのか聞かれれば、私は迷う事なく個人競技なテニスを選ぶ。

集団競技は私の嫌いな競技の1つだ。

周りに合わせなければならないし、なかなか個人プレーを認めることもしない、そんな面倒なことは真っ平御免だ。

 

 

ちなみにテニスは希望者が多かったために人数を調整するためじゃんけんでどちらに振り分けられるか決められたのだが、私は無事にテニスに振り分けられた。

 

私はクラスでぼっちだが、テニスのペアを作ること簡単にできる。

やり方は至って簡単、どこのクラスにもこういうペア作りでグループからあぶれた人は必ず1人や2人いる、そんな人を見定めて得意の営業スマイルを浮かべて友好的に話しかけて相手を誘えば大抵の人はOKを出してくれる。

 

現に私がそうやってペア学習の時は相手を作れているのだから。

 

 

 

そうしてペアになった相手としばらく打ち合いをしていると、だんだんくたびれてきたので私たちは少し休憩を取る。

 

ふと向こう側を見ると比企谷君もテニスを選択したらしく1人で壁打ちをしていた。

 

 

彼は私と同じくぼっちだけど、私と違って人と上手く付き合おうとする意欲もないみたいだし、それを実行する行動力もコミュニケーション能力もなさそうだ。

 

だからこそペアを見つけられず、授業前に体育の担当教師である厚木先生に『調子が悪いから1人で壁打ちをしてます』と言っていた。

 

まあ、協調性がないからと言って体育の評価がマイナスになるかもしれないけど、彼は成績が悪くないみたいだし問題視させられることはないだろう。

実際、厚木先生も彼に特に何も言っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても、こうやって彼をみているとどこにでもいる冴えない男子高校生にしか見えない。

 

見た感じ友達もいないし、人付き合いも下手そうだ、他にも特に能力があるようにもみえない。

あの時、私に恐怖心を抱かせた人にはとても思えなかった。

 

ならば、私があの時に彼に抱いた恐怖はなんだったのだろうか?

 

あれから何日か経って、しばらくは彼を警戒していたけど、あの日以来彼からあの時のような恐怖を感じることはなかった。

 

……でも、今思えばただの勘違いだったような気もする。

 

 

そうだとしたら、私はとんだピエロだ。

 

よく知りもしない相手からちょっと見られて何かを話しかけられそうになっただけで過剰に警戒して怯えてるなんて。

 

っていうか、冷静に考えてみたら比企谷君が私の本性を知るはずがないのだ。

 

私は外面を取り繕うのには自信がある、コミュニケーション能力も普通の人より高いから自分の本性がバレることなんてあり得ない。

 

それに、比企谷君とは最近会ったばかりだ。

 

同じクラスだから完全に初対面だというわけではないけれど、彼とちゃんと会話をしたことは奉仕部に入部させられるまで一度もない。

部活に入部したあとでも彼との会話は挨拶のみの場合が多い。

 

つまり、私も彼のことを知らないけれど、比企谷君も私のことをよく知らないはずなのだ。

 

そんな彼が私の本性に気付くはずがない。

 

そう考えたらなんだか心がスッと軽くなった。

 

比企谷君への恐怖が少し薄れたからだろうか、それならばこれ以上気に病まないで良いからそれが良いんだけど…

 

 

 

 

 

 

「うらぁっ‼︎ おおっ! 今のよくね? やばくね⁉︎」

 

「今のやっばいわー! 絶対とれないわー! 激アツだわー!」

 

 

その時騒がしい声が聞こえてきたので、なんだろうと振り返って見てみると、そこには葉山くんを中心とした葉山グループの人たちが派手に打ち合っていた。

 

ていうか、なんでサッカー部の葉山くんがテニスしているんだろう…

てっきり、サッカーの方にすると思ってたのに…

 

「やっべー葉山くん今の球、マジでやべぇって。 曲がった? 曲がったくね? 今の」

 

「いや、打球が偶然スライスしただけだよ。 悪い、ミスった」

 

「マッジかよ! スライスとか『魔球』じゃん。 マジぱないわ。 葉山くん超パナイわ」

 

「葉山くん、テニスも上手いじゃん。 さっきのスライスってやつ、俺にも教えてよ」

 

あっという間に葉山くんはこのテニスの授業でも中心的な位置に存在するようになり、葉山くんのグループに属していない他の人たちは静かになる。

葉山くんを中心としたあの場所とそれ以外の場所で、空気に大きな格差が生まれていた。

 

「よーし! おれもスライスだ! スッライース‼︎」

 

葉山くんの取り巻きのチャラそうな男子が持ち前の大声とともに打球を放つ。

しかし、打球はスライスすることなく、葉山くんから大きく外れてコートの片隅に飛んでいった。

 

あれ? あそこはたしか…

 

 

「あっ、ごっめーん、マジ勘弁! えっと、えーー…。 ヒキタニ君? ヒキタニ君、ボール取ってくれない?」

 

 

「…ん」

 

 

「ありがとうねー」

 

 

呼び声に対して無愛想にボールを拾うと葉山くんたちに投げ返す比企谷君。

 

 

 

 

 

 

比企谷君、貴方って名前すらも覚えてもらえてないんですね…

 

 

 

 

 

 

クラスメイトの名前を盛大に間違えているみんなの王子様、葉山隼人くんが朗らかに笑いながら『ヒキタニ君』こと比企谷君に手を振っている。

それに対して比企谷君は、葉山くんに名前を間違えられた事に反応する様子もなく黙って壁打ちを再開する。

 

どうやら、トップカーストの人たちと馴れ合うつもりはないらしい。

 

まあ、私もそうなんだけどね……

 

 

 

「おーい! 富良野さーん! 私たちもテニスを再開しようよ!」

 

おっと、そんなことを考えている間に休憩時間は終わりのようだ。

私のペアの相手の女子がラケットを持って私に手を振っている。

 

「あ、うん。 分かった!」

 

私はいつもの営業スマイルを顔に貼り付けてペアの相手とテニスを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー放課後ー

 

「無理ね」

 

「おい、決断早すぎだろ」

 

 

放課後になり、私がいつものように奉仕部の部室に行くと雪ノ下さんと比企谷君が何やら言い争っていた。

 

「どうしたの?」

 

「あら富良野さん、それが、この男がねー…」

 

鞄を椅子に置きながら雪ノ下さんに何で言い争っているのか尋ねる。

 

雪ノ下さんが言うには、今日の昼休みに比企谷君が、クラスメイトの戸塚彩加という男子から『比企谷君ってテニス上手いね! よければテニス部に入ってくれないか』と頼まれて、自分がテニス部に入部できないかと、奉仕部の部長である雪ノ下さんに頼んでいたそうなのだ。

 

ところが、雪ノ下さんはただでさえインドア派で引きこもり体質の比企谷君が、そんなテニス部なんですアウトドアな部活ができるはずがないと言い張り、さらにこの奉仕部でも団体行動が碌にできない比企谷君のような社会不適合者にはそんなのは無理だというのだ。

 

 

 

なるほど、確かに雪ノ下さんの言い分も頷ける。

 

 

 

 

 

 

 

でも、私からしたらそれは雪ノ下さんにも言える事だと思う。

 

総武高校の中では雪ノ下さんは『氷の女王』という異名を取るほどの有名人だ、誰にも靡かない孤高の存在として。

 

でも、それは裏返せば誰とも円満な関係を築けないという事でもある。

根拠は、雪ノ下さんと出会ってから私が見た限りで彼女が他人といる姿を見たことがないからだ。

 

雪ノ下さんは優秀だ、学校の成績はこの進学校でもある総武高校でも学年トップを常にキープし、容姿にも恵まれ、親は県会議員と千葉県でも大きな企業である雪ノ下建設の社長を務めている。

 

これほどまでに優秀という言葉が当てはまる生徒はなかなかいない。

 

だからだろう、彼女が他人と円満な関係を築けないのは。

 

前に私にしたように彼女は常に周りを見下している、自分が優秀だということを信じて疑わない。

私が奉仕部に入部させられた時に彼女が言っていたような『私はあなたたちより優れているのよ』という態度が無意識に表に出ているのだろう。

 

だからこそ、周りの人たちは彼女のことを取っ付きづらい人だと見ており他人が寄ってこない。

 

そして、プライドの高い彼女は自ら他人に歩み寄ることは絶対にしないだろう。

 

だからこそ、彼女は常に1人なのだろうと私は思う。

 

故に雪ノ下さんにも比企谷君と同じことが言えるのだ。

 

 

 

それに比企谷君もただ単に戸塚君のためにというわけではないと思う。

 

おそらく比企谷君はテニス部に入部すると見せかけてそのまま奉仕部を辞めてテニス部からもフェードアウトするつもりだったのだろう。

 

確かにぼっちでコミュニケーション能力もない彼なら存在感なんてゼロに近いから、簡単に頃合いを見計らって辞めることなんて出来るだろうしね。

 

彼は奉仕部にそんなに思い入れはなさそうだから良いチャンスだと思ったのだろう。

 

でも、そうは上手くいかずに雪ノ下さんがそれにストップをかけたのだ。

 

なるほど、2人が言い争っている理由が分かった。

 

 

「とにかく、あなたの入部は却下よ。 いいわね?」

 

「へいへい」

 

 

私がそう考えている間に比企谷君がいつものやる気のなさそうな返事がした。

どうやら、テニス部の入部は認められなかったみたいだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっはろー! みんな、依頼人を連れてきたよー!」

 

その時、由比ヶ浜さんがやって来た。

 

「こ、こんにちは。 あ、比企谷君! また会ったね! 比企谷君の部活って奉仕部だったんだ」

 

挨拶に伴って入ってきた依頼人に視線を送ると、とても可愛らしい容姿のジャージを着た生徒がそこにいた。

明らかに女子に見えるけど、この人こそがさっき比企谷君が言っていた戸塚彩加君だ。

 

戸塚彩加君と私は同じクラスだから彼の顔は知っている。

 

「さいちゃんの事情はヒッキーも知ってるよね⁉︎ だから奉仕部としてあたしが紹介したんだ」

 

「あの、由比ヶ浜さん、貴女は部員じゃないわよ?」

 

「えっ⁉︎ そうなの⁉︎」

 

依頼人を連れてきて得意げの顔をしていた由比ヶ浜さんは雪ノ下さんの『奉仕部の部員ではない』という発言に驚いた声を上げる。

 

あれ? 由比ヶ浜さんって部員じゃなかったの?

 

私がこの部活に入れられた後もこの部活に入り浸っていたからてっきり部員かと思っていたのに。

 

 

「入部届を貰ってないし、顧問の承認もないから部員ではないわよ」

 

「入部届書くよ! 今すぐ書くよ!」

 

 

そう言って彼女はルーズリーフに『にゅーぶとどけ』とひらがなで書いて雪ノ下さんに渡した。

ってか、入部届くらい漢字で書きなよ…

 

「それはともかく戸塚、依頼内容は大体分かってるが具体的な説明を頼む」

 

由比ヶ浜さんの低脳さに呆れながらも比企谷君が戸塚君に説明を促す。

比企谷君に言われて戸塚君が口を開く。

 

「うん。 えっと、僕のテニスの実力を強くして欲しくて。 僕自身が強くなる事が出来ればみんなきっと強くなろうと思うから、だからさ、テニス部を強くしてくれるんだよ…ね…?」

 

「そう、残念なことに奉仕部はあくまで自立を促す部活なのよ、強くなれるかどうかは貴方の努力次第だわ」

 

雪ノ下さんがそう言うと戸塚君は肩を落とした。

まあ、確かに奉仕部の理念に反しているならその依頼は受けられない。

ただ、サポートや指導とかならできるかもしれないけど…

 

「えー! ゆきのん手伝ってあげようよ! さいちゃんかわいそうだよ⁉︎」

 

「由比ヶ浜さん、私は手助けをしないと言っているわけではないわ。 手助けはするけど、結果は本人次第で私たちにその結果を保証することはできないというだけよ」

 

「えっと、なんかよくわかんないけど、助けてあげようよ! あたしも奉仕部の部員として頑張るから!」

 

いや、説明があったんだから分かるでしょう…

 

由比ヶ浜さん、貴女は高校生でしょうが…

 

 

 

 

 

 

「由比ヶ浜さん、貴女はどんな説明をしたの? 部員でもない時に勝手な説明をしないでちょうだい。 そのせいで彼の希望はなくなったのよ?」

 

肩を落としたままの戸塚君を見て雪ノ下さんは由比ヶ浜さんを責めるような視線で見た。

 

打ち砕かれたとか、本人の前で言うかな?

 

それは暗に『貴方の願いはもう叶いません』って言ってるようなものだよ。

現にそれを聞いて戸塚くんさっきより肩を落としてるし。

 

その視線に由比ヶ浜さんはたじろぐ。

 

「で、でも、ゆきのんたちなら何とかできるでしょう?」

 

責めるような視線に耐え切れず、咄嗟に由比ヶ浜さんが発した一言を聞いて、雪ノ下さんの表情が変わる。

 

由比ヶ浜さんは苦し紛れに言ったのだろうが、雪ノ下さんは妙な受け取り方をしたようで。

 

「貴女も言うようになったわね。由比ヶ浜さん、そこの2人はともかく私を試すような言い方をするなんて」

 

彼女を変に意識させたらしく、私と比企谷君をチラリと見た後、ニヤっと口角をあげて彼女は返答した。

 

 

 

 

「 分かったわ、その依頼を受けてあげるわ。 戸塚君、依頼は貴方自身のテニスの技術向上ということでいいのよね?」

 

 

 

椅子から立ち上がり、戸塚君に依頼内容の確認をする。

 

 

 

……え? 受けるの? そんな簡単に…?

 

 

 

 

 

 

雪ノ下さん、由比ヶ浜さんにちょっと甘すぎでしょ?

依頼を受けるか受けないかを私たちに相談せずに独断で受けたよこの人…

今回は大した依頼じゃないみたいだからいいけど、今後とんでもない依頼がきた時もそうするなんてことないよね?

 

思わず顔をしかめるが、私のことなど気にもせずに話が進んでいった。

 

「う、うん。 それでお願いします」

 

「で、何やらせるんだ?」

 

戸塚君の依頼が受理されたので、比企谷君がその具体策の考えに移った。

 

雪ノ下さんは口を開く。

 

 

 

 

「そうね、死ぬまで走らせて、死ぬまで素振り、死ぬまで練習かしらね」

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 

それを聞いてみんな唖然とした表情になる。

 

この部活の依頼の解決法ってそんな横暴なの?

雪ノ下さんそれあまりにも非合理的すぎなんだけど…

 

 

確かにテニスに限ったことではないけど、人の実力を上げるためには練習は大事だ、それでも死ぬまでやらせて戸塚君が潰れたら元も子もないよ?

 

戸塚君も面食らった顔をしてるし、雪ノ下さんの案を受け入れるとは思えない。

 

でも、雪ノ下さんはそんな様子を気にせずに自分の案こそ正しいと思っているのか笑みを浮かべている。

 

戸塚君は面食らった顔から色白の顔を青白い顔にしてガタガタと小刻みに震えていた。

 

「僕、死んじゃうのかな…?」

 

 

 

不安そうな顔で戸塚君が比企谷君に助けを求める視線を向ける。

 

戸塚君、相談するところを間違えたね。

 

 

 

 

 

 

雪ノ下さんと由比ヶ浜さんは明日からやることを2人で話して、比企谷君は戸塚君に助けを求められてる。

 

 

私はまるっきり蚊帳の外だ。

 

 

 

(まあ、依頼を受けたのは雪ノ下さんなんだから彼女がなんとかしてくれるでしょう)

 

 

独善的で愚直なほど自分の考えが正しいと疑わない彼女でも、自分の責任は自分で取れるでしょう。

 

 

話し合いに参加する必要がないのなら、いつものように教科書とルーズリーフを取り出して勉強を始める。

 

 

 

 

 

 

そうしているうちに下校時刻になり、今日の部活は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー翌日ー

 

戸塚君の依頼を受けることになった翌日から彼を鍛える特訓が始まった。

昼休みにテニスコートに全員が集合する。

私と比企谷君と由比ヶ浜さんと戸塚君は学校のジャージ姿、雪ノ下さんは制服姿、そして何でいるのか分からないけど材木座君はいつものコート姿。

 

 

「おい、何で材木座がここにいるんだ」

 

 

当然のようにいる材木座君に比企谷君が突っ込む。

 

 

「なに、我が友が、過去に危険すぎて禁じられた修行に赴くと聞いたのでな、我はその雄姿を見届けようと思ったまでよ」

 

「いや、ただテニスの特訓するだけだから。 しかも特訓するの俺じゃないから、戸塚だから」

 

「えーと、材木座、くんだよね。 戸塚彩加です。よろしくね」

 

戸塚君が材木座君に挨拶すると、材木座君はビシリと固まって動かなくなった。

 

「おい、どうした?」

 

「………八幡よ」

 

動かなくなった材木座君に若干呆れたように比企谷君が問いかけると、ようやく材木座君が復活し、しみじみと語りだした。

 

どうやら材木座君は戸塚君を男子だと勘違いしていたらしく、いつものように厨二くさい長ったらしい言い回しをして比企谷君と話をしていた。

 

材木座君はその人間性が理由で話しかけられるということが全くといっていいほどない。

それがごく自然に、しかも戸塚君のような女子とい見間違えるくらい可愛らしい容姿をしている相手に話しかけられたたのだから、それに感動したのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿なことをやってないで始めましょう。 良いかしら、戸塚君」

 

 

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 

材木座君に呆れた雪ノ下さんが開始を宣言する。

 

 

 

 

「それでは、戸塚君に足りない筋力をあげていきましょう。 上腕二頭筋、三角筋、大胸筋、腹筋、背筋、大腿筋、これらを総合的に鍛えるために腕立て伏せ…… とりあえずは死ぬ一歩手前ぐらいまで頑張ってやってみて」

 

 

 

「ちょっと待て、なんだよ死ぬ一歩手前って。 お前は戸塚を殺す気か」

 

 

「許さんぞ! 我の天使に手をかけようなど!」

 

 

雪ノ下さんの無茶な特訓メニューに比企谷君と材木座君が抗議の声をあげる。

 

 

「いくらなんでも厳しすぎだ。 お前は加減という言葉を知らんのか?」

 

 

「私を馬鹿にしているのかしら、それくらい知っているに決まってるでしょう。 あなたこそ超回復というものを知らないのかしら?」

 

 

今度は雪ノ下さんと比企谷君が言い争いを始めた、比企谷君が雪ノ下さんに無理だと言えば雪ノ下さんがそれに反抗する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ていうか、雪ノ下さん…

貴女の特訓メニューには流石に無理があるでしょう…

 

 

 

 

 

確かに筋肉は痛めないと成長しない、だけどトレーニングなんていうものは無理のない範囲でするものだ。

プロのアスリートだって無理なトレーニングはしない、下手をすれば故障してしまうかもしれないからね。

 

でも、雪ノ下さんは死ぬ直前まで頑張って鍛えれば筋肉が超回復して、一気にパワーアップできるのだと言う。

 

それは、ちょっと無理がある。

 

でも、彼女はそんなことに気づかずに自分の意見を『間違いだ』と否定している比企谷君をお得意の毒舌を交えながら嘲笑っている。

 

 

 

 

ねえ、さっきから思ってたんだけど本当にこの人たちは戸塚君の依頼をやる気あるの…?

 

失礼だけど、雪ノ下さんは自分の意見を強引に押し倒して戸塚君のことを見ていないように見える。

 

比企谷君たちも、今回は戸塚君の依頼だというのに完全に彼は蚊帳の外に出されている。

 

雪ノ下さんと比企谷君の言い争いははっきり言って無駄だ、そんな暇があるなら戸塚君の依頼である技術向上の相談をした方がまだ合理的だというのに…

 

それに雪ノ下さんは、私たちと違って制服姿でジャージにすら着替えていない。

 

どうみてもこれから運動するようには見えないから、おそらく指導者として参加するつもりなのだろうけど、それでこの依頼が上手くいくとは思えない…

 

 

 

 

 

 

私がそう思っていると、比企谷君が雪ノ下さんに『そういうお前は死ぬ直前までできるのか?』と挑発の口調で言われて、それに乗った雪ノ下さんが脚を由比ヶ浜さんに抑えてもらって腹筋を始めた。

 

 

 

「はあ… はあ… はあ…」

 

 

 

といっても、5回くらいしたところで息が上がって倒れてしまったのだ。

雪ノ下さんはそれでもなんとか続けようとするが、やはりできずに力尽きて倒れてしまった。

 

 

 

 

「「「「「…………」」」」」

 

 

 

誰も何も言わない。

それはそうだ、あれほど大口を叩いておきながら、自分は10回もせずにギブアップしているのだから。

 

 

「ゆきのん、体力ないんだね…」

 

 

 

由比ヶ浜さんも雪ノ下さんのあまりの体力のなさに唖然とした声を出していた。

 

どうやら、雪ノ下さんに指導役を任せるのは間違ってるみたいだね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、筋力をつけるという雪ノ下さんの意見は正しいよね、だから腕立て伏せに腹筋にスクワットから始めようか」

 

 

 

動けなくなった雪ノ下さんを私と比企谷君で木陰まで運んで休ませると、私は改めて戸塚君の依頼についての提案をした。

 

戸塚君の改善点は雪ノ下さんの見立て通り筋力が足りてないことに間違いない。

ならば、そこにウエイトを置いて、戸塚君に必要な基礎トレーニングを重ねていくことが1番良い。

 

いつもの営業スマイルを浮かべながら、私がそう提案すると、なんと戸塚君が私に指導役になってくれとお願いしたのだ。

 

雪ノ下さんがダウンしたというのもあってか、材木座君も由比ヶ浜さんもそれに便乗して、今日だけの指導役に私が推されたのだ。

 

比企谷君は黙ったまま微妙な表情を浮かべていたけれど、多数決により押し切られて反対はしなかった。

 

そうして、改めて戸塚君の特訓が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戸塚君、フォームが乱れているわよ。 もっとしっかりやりなさい」

 

「は、はいぃ!」

 

 

特訓を始めてから数日が経ち、現在、戸塚君は雪ノ下さんの指導の下ひたすらラケットを振っていた。

 

 

特訓を始めてから数日は基礎訓練だけだったが、今日ようやく戸塚君の特訓は第2フェイズに移行した。

 

と言っても、何か特別なことをしているわけではなく、コートを使って雪ノ下さんの指示の元で戸塚君が動いているだけ。

 

雪ノ下さんは木陰で本を読みながら状況を把握して時々思い出したかのように戸塚君に檄を飛ばし、由比ヶ浜さんは最初は戸塚君の練習に付き合っていたのだが、すぐに飽きてしまい、しばらくは私と一緒にコートに散らばったボールの回収をしていたが、それも長くは続かずに今は雪ノ下さんの指示の元、籠から取り出したボールを戸塚君に放り投げている。

 

材木座君は『自分の魔球を開発する』とか言って、コートの片隅でボールとラケットを手に何やらやっていた。

 

つまり、実際に動いているのは戸塚君だけで、他はそれぞれの時間を過ごしているのだ。

 

 

 

 

ちなみに、今の指導役は雪ノ下さんになっている。

 

私が指導役になったのは雪ノ下さんがダウンしたあの日だけで、次の日になると『私の方が富良野さんより良い指導ができるわ』といつもの他者を見下したような口調で雪ノ下さんはみんなに言った。

 

確かに彼女の気持ちも分からなくはない。

 

彼女からしてみれば、優秀な自分が差し置かれて格下の人間が指導役を任されたようなものなのだろうから。

 

プライドが高くて、常に自分が中心でないと気が済まない自意識過剰な彼女からしてみれば、あの日の出来事は最高に面白くないシチュエーションだったのだろう。

 

だって、そう言った時の彼女はこちらを見下すように見ていたしね。

 

でも、ここで何か彼女に言い返そうものなら、絶対に彼女とトラブルが起こるのは間違いない。

 

私は問題事はごめんなので、雪ノ下さんがそう発言した後、いつもの営業スマイルを浮かべながら、入部の時と同じようなゴマスリを彼女にして指導役の立場を渡した。

 

その時の彼女は誇らしげにしながらも嬉しさを噛み殺したような顔をしていたね。

 

まあ、それは私のごますりに気を良くしたんだろうけど…

 

私はそう思うと、木陰で優雅に本を読んでいる雪ノ下さんをチラリと見て、ボール拾いを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ… はぁ… はぁ…」

 

 

私がそう思っている間も雪ノ下さんの指示に必死に食らいついている戸塚君。

彼の額には彼の息切れを表すように玉のような汗が滲み出ていた。

 

 

そんな中でも特訓は進んでいく。

 

 

「由比ヶ浜さん、もっとあの辺とかこの辺とか厳しいコースに投げなさい、じゃないと練習にならないわ」

 

雪ノ下さんの落ち着いた声とは対照的に、荒い息を吐きながら戸塚君はラインの傍やネット際をボールをさばく。

 

 

それを気に留めずに彼女はさらにボールを投げるように指示を飛ばす。

 

 

戸塚君はゼェゼェ言いながら再びラケットを構えるが辛そうだ。

 

 

その後も練習は続いたが、素人の由比ヶ浜さんが投げるボールは、フォームは勿論狙いも出鱈目でそのほとんどがとんでもない場所へ飛んでいく。

 

それを捕らえようと戸塚君も必死で食らいついているが、20球目近くでとうとう限界が来たのか、膝から転んでしまった。

 

 

「うわ! さいちゃん大丈夫⁉︎」

 

 

 

由比ヶ浜さんの手が止まり、ネット際に駆け寄った。

戸塚君は擦りむいた足を撫でながら、濡れそぼった瞳でニコリと笑い無事をアピールした。

 

 

「大丈夫だから、続けて…」

 

 

戸塚君の言葉を聞いた雪ノ下さんは顔をしかめる。

 

「まだ、やるつもりなの?」

 

「うん……、みんな僕のために付き合ってくれているから、もう少し頑張りたい」

 

「……そ。 それじゃあ、由比ヶ浜さん、富良野さん、後は頼むわね」

 

 

そう言うと雪ノ下さんはくるりと踵を返し、すたすたと校舎の方へ消えてしまった。

それを不安げな表情で見送った戸塚君がポツリと漏らした。

 

「もしかして、呆れられちゃったの、かな…? いつまで経っても上手くならないし、腕立て伏せもろくにできないし…」

 

戸塚君が、ガクリと肩を落として俯いた。

雪ノ下さんに見限られたと思ったのだろう。

 

 

「それはないと思うよー、ゆきのんは頼ってくる人を見捨てたりしないもん」

 

戸塚君を慰めるためだろうか、ころころと掌でテニスボールを転がしながら、由比ヶ浜さんが言った。

 

でも、由比ヶ浜さんからそう言われても戸塚君の表情は暗いままだ。

 

 

このままだと特訓が再開できないので、今度は私が口を開く。

 

 

「安心しなよ、戸塚君! 雪ノ下さんはその内戻ってくると思うから、練習を続けていいんじゃないかな?」

 

「……うん! そうだね!」

 

 

 

私が営業スマイルを浮かべて優しい口調でそう言うと、戸塚君も気を取り直したのか、元気よく返事をして練習を再開しようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ! テニスしてんじゃん! テニス!」

 

 

その時、聞き覚えのある嫌な声が聞こえてきた…

 

振り向くとそこには葉山くんや三浦さんを中心とした2年F組のトップカーストのグループがこっちに向かって歩いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

すごく嫌な予感がする……

 

 

 

どうやらこの依頼はただでは終わらないようだ…

 




今回はここまでです。

メッセージで寄せられた意見は出来るだけ作品に反映させていただきます。

感想やメッセージがモチベーションに繋がるので、ご指摘や感想をいただけたら嬉しいです。

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