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パコーン! キッ!
「葉山君と三浦さんペア、マッチポイント….」
三浦さんが得点を決め、審判の戸塚君が暗い声で手を三浦さんたちの得点だと告げる。
あの後も私たちは試合を続けているが、結局は挽回はできずに、気付いたら逆転は絶望的な点差ができていた。
運動神経の良い葉山君と三浦さんのダブルスに私たちが太刀打ちできずに翻弄されるばかりだった。
「はぁ… はぁ…」
私は肩で息をする。
正直言ってかなりキツい。
運動がもともと得意ではない私は激しい運動が苦手なため今立っているのがやっとだ。
隣を見ると比企谷君も結構キツそうな顔をしている。
「フン、弱すぎて話になんないわ、あんたらテニスより土下座の練習でもした方が良いんじゃないの?」
「まあまあ優美子、そんな風に言うなよ。 俺たちが少し力加減を間違えただけだ、だからどうかな? 今回は両者が頑張ったって事で引き分けで…」
そんな私たちを見て、三浦さんがわざとらしく口元に手を当てて嘲りを含んだ笑みを私に向けた。
葉山君もそれに便乗して、2人して余裕のある態度で私たちに引き分けにしようと忠告してきた。
まあ、既に勝利ムードに酔いしれている葉山君たちがそう思うのも当然だろう、ここから正々堂々と勝負をしては貴方達に勝つことは出来ない。
集まったギャラリーからも『弱すぎだろあのペア』『葉山君たちに叩きのめされちゃえ!』と言う私たちに対する蔑みの言葉が聞こえる。
私はラケットを持つ手を下におろして営業スマイルを浮かべて三浦さんに話しかけた。
「そうかな? いくら負けているとは言っても、逆転出来ないとは限らないよ? ここから逆転できるかもしれないし」
「はぁ? アンタ馬鹿ぁ? この状況で逆転だなんてあり得ないでしょ?」
「そうだよな、さすがに逆転なんて無理だろう」
私がそう言うと三浦さんは怪訝な顔をして片眉をあげた。
葉山君も困ったような笑顔で言う。
「最後までやらないと試合は分からないよ」
「……っち! 気に入らない… あーそう! せっかく隼人が引き分けにしようって言ってくれたってのにそれを袖にするなんて本当に馬鹿だね! じゃあこれで決めてやるし!」
三浦さんはそう言うとボールを高く放り投げて思いっきりサーブを放った。
バッシュュュュュュュュュュュュュン!!
ドゴッ!!
「……っ!」
バタン
力の限りボールを打ったのだろう、放たれたボールは風を切って派手な音とを立てて私たちのコートに向かってくる。
そのボールを取るためにラケットを振ろうとした時の私の腹に命中した。
ボールか当たったところから、まるで腹を刃物で刺されたように痛みが襲って来た。
ううっ… すごく痛い。
痛みに耐えきれず思わず膝をつく。
ギャラリーからざわざわと声が上がった。
「フン、ザマァないね。 あーしの言った通りさっさと土下座すれば痛い目に遭わなかったんだし、さあ、アンタらの負けなんだから、早く土下座するし!」
三浦さんは膝をついて倒れている私を見て嘲笑うかのように言った。
三浦さんの言う通りこれで葉山君と三浦さんのペアの勝利が確定した。
試合を観戦していたギャラリーも望んだ通りの結果になったのだろう、早速私たちに蔑みの言葉を投げかけた。
「見ろよ、あいつらやっぱり負けやがったぜ!」
「葉山君たちに敵うはずないのにね」
「せっかく葉山君が引き分けにしようと言ってくれたのに無駄にしちゃって馬鹿じゃないの?」
ギャラリーが私たちに蔑みの視線と侮辱の言葉を投げかけてくる。
コートの外を見ると由比ヶ浜さんはあまりの事態にオロオロと辺りに視線を彷徨わせ、戸塚君は私たちから目をそらしている。
どうやら、2人とも助けてくれる気はないらしい。
「ほら、約束通りあーしらに土下座するし! あーしが良いって言うまで顔をあげんなよ!」
「「「土下座! 土下座! 土下座!」」」
三浦さんの言葉に調子に乗ったギャラリーが私たちに『土下座コール』をし始めた。
集団からこうされてはもう逃げる事は出来ない。
「仕方がないね、比企谷君…」
「お、おい… まさか本気でやるつもりか…」
「こうなったら仕方ないよ、あの時に葉山君の提案になって引き分けにしておけば良かったんだ、比企谷君の分まで私がするよ……」
三浦さんとギャラリーの圧力に押されて土下座をしようとする私に比企谷君が動揺と驚きの混じった声を出す。
私はボールが当たって痛む腹に鞭を打って立ち上がり、比企谷君に営業スマイルで微笑んで三浦さんに向き合ってこう言う。
「分かった、言う通りにするよ。 でも、比企谷君の分まで私がするってことで良いかな?」
「はぁ? 何? ここまできてアイツのこと庇うの? 何アンタ、もしかしてあんな目の腐ったキモい男が好きとか? ププッ… 趣味悪っ…!」
三浦さんには私が比企谷君を庇ったように見えたらしく比企谷君に対して勝手なことまで言い出した。
「何? あの女子ってあの腐り目のキモ男の事が好きなわけ?」
「オエッ… 気持ち悪…」
ギャラリーからはさっきより蔑みと視線と侮辱の言葉が飛んでくる。
三浦さんは『早くやれし!』とテニスコートに足を踏みならして土下座の催促をした。
「「「土下座! 土下座! 土下座!」」」
それに倣うようにギャラリーからはさっきより激しい土下座コールが飛んできた。
そして、私が膝をついたその時…
「ちょっと! あなたたち何をしているの⁉︎」
テニスコートの外からよく通る女性の声が聞こえてきた。
全員が声のした方を見ると、そこには数人の教師が立っていた。
さっきの声を発したのは1番前にいた綺麗な教師のようだ。
確かあの人は鶴見先生だ。
鶴見先生は腹を抑えて膝をついて土下座のポーズをとりかけている私を見ると目を見開いた。
鶴見先生と共にいる他の教師たちも驚きに満ちた顔をしている。
「こ、これは、一体どういうことですか⁉︎ 何で女子生徒に土下座なんてさせているんですか⁉︎」
「つ、鶴見先生⁉︎ ち、違うんです! これは…」
土下座の体制の私に驚愕しながらこの状況の説明を求める鶴見先生。
葉山君は顔を青くして慌てたように弁明を始めるが追求の手は緩まなかった。
「それに富良野さんはお腹を抑えて蹲っているじゃないですか!」
鶴見先生が『大丈夫ですか⁉︎』と言って未だに蹲っている私に駆け寄った。
「お、お腹に三浦さんの打ったボールが当たって…」
「ええっ⁉︎」
鶴見先生がそれを聞いてがばっと私の来ていた体操着を他の人に見えないように持ち上げた、見ると内出血を起こしているのだろうか、当たった部分が青く染まっていた。
他の教師もそれを見てただ事じゃないということに気づき、私をテニスコートの近くのベンチに連れて行って座らした。
その後、養護教師が持ってきてくれた氷の入った袋で傷口を冷やして応急処置をする。
その後、少し私が落ち着くと私がどうして土下座のポーズを取っていたのか理由を聞いた。
私は最初から最後まで包み隠さずに本当の事を話した、もちろん試合前に三浦さんにされた事もすべて。
鶴見先生はそれを聞くと他の教師に私を任せて再びテニスコートに戻っていった。
「話は全て聞いたわ、三浦さん。 あなたは試合前に富良野さんに『テニスで身の程を分からせる』等の恐喝まがいのことを言ったそうね、もしかして貴女は富良野さんにわざとボールをぶつけたんじゃないかしら? そうだとすればこれは立派な暴力行為よ」
鶴見先生がそう言うと全員が三浦さんに疑惑の視線を向けた。
「き、恐喝なんてしてないし! それにあれはわざとじゃないよ! あーしのボールを富良野が打ち損ねて勝手に当たったんだし!」
三浦さんは鶴見先生から『恐喝まがいのことをした』『故意に当てたのでしょう』と言われたことで向けられた疑惑の視線を振り払うように慌てて弁明し始めた。
そして、わざとしたんじゃない、当てたのではなく当たったのだということを説明するが、鶴見先生はそれを信用しなかった。
そしてさらに追求する。
「そして貴女はテニスの勝負で『自分たちに負けたら土下座』という約束を強引に取り付けて、試合に負けた富良野さんたちに土下座を周りで見ていた人たちと一緒に強要していたわね?」
「そ、それは……」
これには流石の三浦さんもおし黙る、『試合に負けたら土下座をしろ』と言ったのは事実だし、試合に負けた私たちにギャラリーと一緒になって土下座を強要したのも事実だ。
教師からの追求にギャラリーもこの自分たちの置かれている立場が不味いかもしれないと察したのか、自分たちも巻き込まれることは回避したいらしくこの場を去ろうとし始めた。
でも、こんな状況でそんな事は許されるはずがない。
「ちょっと待ちなさい、何逃げようとしているの? あなた達にも聞きたいことがあるのよ」
逃げようとしていたギャラリーは鶴見先生と一緒にいた他の教師から逃げようとしていたところを見つかりこの場に止まるように言われる。
こうなってしまえば逃げることができない。
逃げることができなくなったギャラリーが再び騒ぎ始めた。
「ねぇ、三浦さんの主張って何か言い訳っぽくない? あたしこの前、教室で三浦さんが相手の富良野さんの事を酷く悪く言ってたの見たんだけど…」
……そう言ったのは誰だろうか、その発言が聞こえるとギャラリーは一気に三浦さんに視線を向けた。
当然、好意的な視線は1つもなく、それらの視線は『疑惑』や『悪意』のこもったマイナスな感情を含むものだった。
三浦さんの主張が言い訳じみたものだと疑い始めたのか、それともその事実に対する驚きだろうか。
……いや、恐らくその両方だろう。
ギャラリーからの負の感情を含む視線に晒されて、三浦さんの顔から一気に血の気が引いた。
さすがの三浦さんも自分が置かれている立場がだんだん悪くなっていくということくらいは察しているらしく冷や汗を流している。
そうしている内に、またギャラリーが騒ぎ始めた。
「ねぇ、もしかして本当に三浦さんってわざと当てたんじゃない……?」
「だよね、三浦さんならありえるよね、そうだとしたら富良野さん可哀想…」
「いくらなんでも怪しすぎるよな…」
テニスコートを囲むギャラリーからの不信感を含んだ発言がいくつも聞こえた。
その発言のどれもが三浦優美子に対する不信感を含んでいた。
それらは周囲に感染するようにどんどん広まっていき、あっという間にテニスコートは三浦さんに対する不信感に包まれた。
ギャラリーからの容赦ない非難の嵐に三浦さんは狼狽え、葉山君に助けを求める視線を向けている。
葉山君は勢いに押されて押し黙っておりどうしたら良いのか分からないのか右往左往している。
最早、これは最悪の状況だ。
三浦さんは鶴見先生ら教師の登場に自分が富良野に怪我をさせたと言う疑いをかけられたことに動揺し、三浦さんの隣にいた葉山君はこの事態に対処できずに右往左往するだけ。
「この馬鹿騒ぎはどうしたのかしら?」
その時、救急箱を手に持った雪ノ下さんが現れた。
なるほど、さっきいなくなったのは怪我をした戸塚君のために救急箱を取りに行っていたのか。
雪ノ下さんの登場に由比ヶ浜さんは泣きつくように縋り付きこの状況を説明した。
由比ヶ浜さんは雪ノ下さんに『この状況をなんとかしてくれ』と助けを求めている。
「全くどうしたらこんな事態に陥るのかしら? 呆れて何も言えないわね…」
「そ、それでゆきのんどうしたら良いのかなぁ?」
雪ノ下さんは事情を聞くなり呆れた眼差しを由比ヶ浜さんに向けた。
助けを求める由比ヶ浜さんを一瞥するとテニスコートにいる全員を見回してよく通る声でこう言った。
「決まってるじゃない、聞いた話だとどう考えてもあちらが悪いんだから、ここにきてくださっている教師の方々にありのままを話すのよ」
雪ノ下さんはこのまま鶴見先生ありのままを話すという提案を出した。
いかにも正論だけを盾に話す彼女らしい提案だ。
「本当にそれしかないの? ゆきのん… このままじゃ…」
「…仕方ないじゃない、こうなれば先生方の判断に任せるしかないわよ」
はぁ、やっとその結論に行き着いたか…
私は痛む腹を抑えながら心中で呟いた。
既にこの問題は学生だけで解決出来るような問題じゃなくなっている。
教師の介入が必要だ、でも教師が介入すればこの問題は間違いなく大事になる。
それだけは、この場にいる全員が避けたい事だ。
「ま、待ってください! 鶴見先生! 優美子は本当にわざとしたわけじゃなかったんです!」
「隼人……!」
その時、今まで黙っていた葉山君が三浦さんを庇うように前に出たて駆けつけた教師に『故意にやったんじゃない』と言い出した。
自分が好意を寄せている葉山君が自分を庇ってくれたことに思わず三浦さんは喜びを顔に浮かばせる。
必死に三浦さんの無実を説明する葉山君だが鶴見先生は冷めた視線を彼に返すだけだった。
「悪いけど葉山君、故意にやったんじゃないというのは信用できないわ…」
「な! 何故ですか⁉︎」
鶴見先生の言葉に葉山君は目を見開いて驚いたが、鶴見先生は冷静な口調で言葉をつなぐ。
「だって、三浦さんは富良野さんにボールを当てても、平然としていたし土下座を強要していたじゃない」
「……あ」
「それは見過ごせないわ、試合に負けたらこんな大勢の前で土下座を強要させるだなんて… それにさっきも言ったけど、彼女は相手にボールをぶつけても駆け寄ることもしなかったし、平然としていたでしょ? 悪いけど信用できないわ…」
「そ、そんな……」
葉山君の声が震えている、確かにそうだ。
故意にしたのではないのなら、ボールが当たって蹲るほどの場合は介抱するとまではいかなくても、『大丈夫?』だのの状態確認はするのが普通だ。
でも、三浦さんは状態確認をするどころか、蹲った私を嘲笑い、その後も不快な言葉を吐いて私や比企谷君を罵倒し、挙げ句の果てにはこんな大勢の前で土下座まで強要したのだ。
こんな状況でそれを信じろと言う方が無理がある。
仮に故意にボールを当てて怪我をさせたわけじゃないという事が信用されても、試合に負けたくらいで土下座まで強要したということは見過ごせる事態ではないだろう。
反論する言葉を必死で模索している様子の葉山君にさらに鶴見先生は畳み掛ける。
「どっちみち、このテニス勝負は報告させてもらうわ、さっきも言ったけど、この試合の映像を撮影していた生徒がいてね、その生徒の報告と映像によって試合中何が起こっていたのかも全部分かってるのよ、ただで済むなんて思わない方が良いわね」
鶴見先生がそう言うと、葉山君は顔面蒼白になっていた。
その横にいる三浦さんは地面に頭を抑えて蹲っている。
あれだけ囃し立てていたギャラリーも今は水を打ったように静まり返り、『ヤバイぞ…!』や『どうすんのよ……!』などと動揺の声がチラホラ聞こえている。
彼らはこの後が怖いのだろう。
テニスの試合に負けたくらいでこんな大勢の前で面白半分とはいえ一緒になって土下座を強要させたのだから。
遊びでテニス観戦をしていたらこんな最悪な展開になってしまったのだから…
流石に葉山君にもそれは分かっているのだろう、三浦さんを庇い立てしていた葉山君もそれ以上は何も言わなかった。
その後、騒ぎを聞きつけて他の野次馬もテニスコートに集まって来た。
その中には平塚先生の姿もあった。
当初は生徒の自主性を育てるためと私たちに任せていたらしいが、鶴見先生が『テニスコートで女子生徒が暴行事件を起こした』と知るとすぐに対応してくれた。
テニスコートを囲んで『土下座コール』をしていた生徒たちにも罪があるため、聞きたいことがあるということになり、奉仕部と戸塚君を除いたコートにいた全員が連行されていった。
ふふっ、まさかここまで上手くいくとはね……
「〜 〜 」
その時、テニスコートの隅に置いてあったカバンから音が聞こえた。
これは私の携帯のメールの着信音だ。
画面を見るとそこにはこう表示してある。
『材木座義輝』と…
メールの内容を見て思わず顔がほころぶ。
「ふふっ……」
作戦が上手くいった喜びか思わず笑みがこぼれた。
「………」
でも、私は気づかなかった。
それを不信感を含んだ目で見ている人物に…
ー富良野英理華 side endー
ー比企谷八幡 sideー
「ふふっ……」
携帯のメールの着信音が鳴り、メールを見ている目の前の女子生徒の富良野英理華。
彼女はそのメールを見て笑っていた。
俺たちの前でしたような綺麗な笑顔ではなく、ミステリー系のドラマの犯人がするような冷たい笑顔だった。
悪事を成し遂げてニヤリと笑う顔、俺が見た彼女の笑顔はまさにそんなもの。
その笑顔から俺は目を離せなかった。
と言っても、綺麗だったからとか魅力があったからとかいうプラスの感情だからではない。
俺があの笑顔に抱いた感情はー……
『恐怖』
だからだ。
長年ボッチの俺は人の悪意に敏感だ、虐められていた中学時代にも悪意のある表情に恐怖を抱いたことはある。
でも、富良野のあの笑顔はそんな類のものじゃない。
あいつのあの笑顔は虐めをしている奴らがしているような生半可な悪意のある笑顔じゃない。
強いて言うなら悪意の塊のような、材木座に倣って言うなら『悪魔のような笑顔』だったからだ。
俺と同じように、その笑顔を見た者の背筋を凍らせるほどの冷たい笑顔、それを富良野はしていた。
でも、俺はこれこそが富良野の本当の顔なんじゃないのかと思う。
もしかして、富良野は俺や雪ノ下たちと違って常に仮面を顔に貼り付けているのではないだろうか。
常に他人に合わせて自分の本心を本物のような作り物の笑顔で覆い隠して毎日を過ごしているのではないだろうか。
誰にも本心を明かさずに偽りの自分を演じているのではないだろうか。
「………」
何故か背中に嫌な悪寒が走った。
もしそれが真実だとしたら、この富良野という奴はとんでもない爆弾を隠している女子かもしれない。
あの悪意の塊のような笑顔の裏ににはどんな感情が隠されていたのだろうか。
そう思ったら、さっきのテニスコートの事件もコイツが起こしたのではないかと思えてくる。
………いや、まさかな…。
さすがにそれはないだろう。
漫画じゃあるまいし、あんな事が出来るなんて…
自分も痛い思いをしているんだぞ?
さすがにあり得ないだろう……?
俺は首を振って自分の考えをかき消した。
ー比企谷八幡 side endー
ー富良野英理華 sideー
材木座君から送られてきたメールには私の怪我を心配する文面と作戦が上手くいった事が書かれていた。
試合が始まる少し前、倒れていた材木座君を起こして営業スマイルを浮かべながら彼にこう頼んだのだ。
『材木座君、この試合をムービーでこっそり撮って試合が終わったら、すぐに近くにいる教師にこの事をムービーと一緒に報告してもらえる?』
普通なら変に思われるだろうけど、私には彼なら断らないだろうと確信があって頼んだ。
見た目や性格から女に縁がないであろう彼なら、この間の依頼の件で信頼を勝ち得ているのもあって、私からの頼みでも断らないだろうしね。
予想通り、彼は私にそう言われて彼は二つ返事で引き受けた。
そうすれば、もうこちらのものだった。
この計画の全貌はこうだ。
実は、あの時に私は三浦さんの放ったスマッシュにわざと当たったのだ。
だから、葉山君の引き分けの提案も無視して試合を続行させ、わざと三浦さんの気に入らない事を言って彼女を怒らせて本気のサーブを放たさせた。
痛かったのは本当だったが、これで三浦さんを追い詰める材料が出揃った。
後は試合が終わってギャラリーや三浦さんに囃し立てられている中で時間を稼いで、材木座君の呼んでくれた教師がテニスコートに来るのを待っていれば良い。
そうすれば、テニスコートで土下座を強要されながら腹を抑えて蹲っている私を見れば、教師は何があったのかを絶対に私に聞く。
そうなれば、私が事のあらましを説明すればその場の流れは完全に私たちの方に向く。
そして、私が試合前に三浦さんにされた事を言えば、その場の状況からわざと私にボールを当てたと勘違いさせることが出来る。
後は放っておいてもギャラリーや三浦さんたちが勝手に話をややこしくしてくれるから、戸塚君の依頼は邪魔されずに済むし、同時に私に理不尽に怒りを向けていた三浦さんに仕返しをすることも出来るというわけだ。
我ながら上手くいったと思う。
私は戸塚君の方を向いていつもの営業スマイルを浮かべて話しかける。
「戸塚君、今なら練習が再開出来るんじゃない?でも、足を怪我しているなら無理しないでね」
「う、うん、ありがとう。 富良野さんこそお腹は大丈夫?」
「大丈夫だよ、痛みも引いてきたし心配しないで、それより練習再開した方が良いんじゃない?」
「うん… そうだね… でも大丈夫かなぁ… 三浦さんたち…」
戸塚君は三浦さんに対して心配そうに言うのを比企谷君が『気にするな』と言ってなだめる。
戸塚君はどうやら三浦さんをあそこまで追い詰めた事に罪悪感を感じているみたいだ。
でも、何で貴方がそれを感じる必要があるの?
貴方はあの時何もしなかったじゃない。
そもそもテニスコートに三浦さんが乱入して来た時に、貴方が三浦さんにもっと強く言い返していればこんな事にはならなかったしね。
自分からテニス部を強くしたいと依頼しておきながら自分よりクラスで自分より立場が上の人が来ると、それを忘れて縮こまる。
あの時の戸塚君は情けないったらありゃしなかった。
それに言い返せなくても、私がしようとしていたように教師を呼びに行くなり怪我をしていても出来たはず。
戸塚君がしていたことといえば、馬鹿みたいにオロオロしながら試合を私たちに丸投げしたことぐらいでしょう。
私が怪我をした時も貴方は何もせずにオロオロしていただけだったからね。
そんな貴方が何を今更になって綺麗事を言っているのやら……
それに、こう言ったらなんだけど、私は戸塚君のこの依頼そのものが無駄だと思う。
何故なら、戸塚君が頑張って実力をつければ、本当にテニス部員がやる気になってくれると思えないからだ。
私は戸塚君の理想通りになることはほぼあり得ないと思っている。
ただでさえ弱く、全体のモチベーションも低い中で、戸塚君1人が努力して、みんなを引っ張って1つにまとめあげ、部活を強くしていく。
そんな青春ドラマなんかであるような展開は現実では殆ど起こり得ない。
青春ドラマが面白いのは、そこで起こる出来事
が、私たちが現実でほとんど味わえないからだ。
例えば、ドラマとかでよくある、主人公が頑張っているから皆んながそれについていくなんて展開は非現実的にもほどがある。
戸塚君の望むことに至ってはまさにそうだ。
戸塚君1人が努力して頑張ったところで他の部員も戸塚君に倣って強くなろうと思うとは限らない。
寧ろ1人だけ真剣にやっているのを疎ましく思うかもしれない。
そうなったら全くの逆効果だ。
まあ、本当に部員たちがやる気になってくれるかもしれないけど、そうなる可能性はかなり低いだろうね。
でもまあ、戸塚君が三浦さんに対して罪悪感を抱くのも少しだけなら頷ける。
確かに、私もさっきの三浦さんの反応を見る限りではやりすぎた面はある。
でも、私には戸塚君とは違って罪悪感はない。
どう考えてもあの試合は私たちが正々堂々とプレイしたところで葉山君たちに勝てるわけがない。
私が何もしなければ、私と比企谷君は問答無用で土下座を強要されてテニスコートは葉山君たちに占領されてしまっていただろう。
冗談じゃない。 あなたたちの身勝手な行動で、こんな事で私は平穏を脅かされたくない。
だから、三浦さんには痛い目にあってもらったのだ。
恨むなら身勝手な理由で軽はずみな行動をした自分自身のことを恨むんだね。
私は怪我をさせられた被害者だ。
私に全く非はないのだから。
私はそう思いながら痛む腹を抑えながら、手当てをしに保健室へ向かった。
ー翌日ー
昨日は本当に寝苦しかった…
三浦さんから受けたボールによりできた青タンが一晩中ズキズキ痛くて眠れなかったのだ。
保健室で消毒と大きな絆創膏を貼ってもらい、こっそり家の冷蔵庫で氷を作って袋に入れて痛みを引かせていたが、それでもなかなか痛みは引かなかった。
そのため今日は寝不足だ、昨日より痛みは幾分かマシになったのは良かったが、その分睡眠不足でフラフラする。
私が教室に入ると教室内が異様なほどに騒がしかった。
何があったのか状況を掴めずにいると、いきなり緊急集会が開かれて、生徒たちは体育館に集められた。
緊急集会では、やはり昨日の三浦さんの暴行事件のことだった。
三浦さんは最後まで『あれはわざとじゃない! 事故だった!』と主張していたそうだけど、証拠の映像があり、その後の罵詈雑言も録画されているため、三浦さんの主張を信じる人は居なかった。
さらにテニスコートに集まって『土下座コール』をしていた野次馬の何人かが自分たちの罪を少しでも軽くするためか『三浦たちは戸塚たちが練習していた時にテニスコートを横取りしようとしていたんだ!』と言い始めたのだ。
それは三浦さんのテニスウェア目当てで集まっていた男子たちだったそうで、彼らは最初から見ていたから事のあらましを全て知っていたのだ。
つまり、三浦さんたちがテニスコートの使用の許可を取らずにテニスコートで遊ぼうとしていたということがバレてしまったのだ。
すぐに確認がとられ本当だと言うことが判明したため、三浦さんはさらに立場を失ってしまった。
もう三浦さんの味方はいなかった。
こうなると学校側も何らかの処分を下さなければならない。
結局、土下座コールをしていた生徒たちは人数が多かったということもあり、悪ふざけとして判断され厳重注意というだけで済んだ。
騒ぎのきっかけとなった三浦さんを除いた葉山グループは全員が反省文と部活に所属している者は1週間の部停の処罰が下された。
そして、今回の騒動の主犯である三浦さんの主張は言い訳として受け取られ、彼女は暴行事件を起こしたとみなされ2週間の停学を言い渡された。
事態のあらましを校長からオブラートに包んで説明され、『今一度生徒諸君は自由と勝手は違うことと慎みを持ち規律を遵守することを心がけるように』との、毒にも薬にもならないありがたいお話を聞いて解散になった。
本来ならこれで事態は解決するのだが、三浦さんが停学中の教室では彼女に対する罵詈雑言が飛び交っていた。
今までの彼女の傲慢で傍若無人な態度に不満を持っていた者は多かれ少なかれいたのだろう、
これは、停学が明けても彼女には災難が待ってそうだ。
私は他人事のように心中でそう呟いた。
「あ、あのさぁ… 結衣、姫菜…」
「な、なに?」
「……ご、ごめん、悪いけど、また今度ねぇ…」
2週間後の休み時間、仲良く話し合っていた由比ヶ浜さんと海老名さんのところに三浦さんが近づくと、海老名さんはぎこちなく微笑み、由比ヶ浜さんは三浦さんからそそくさと離れていく。
あの日以来、トップカーストのグループには大きな亀裂ができてしまっていた。
グループの誰もが三浦さんと一線を引いて距離をとっており、由比ヶ浜さんだけでなく、葉山君たちも三浦さんを避けるようになっている。
その原因は間違いなく先日のテニスコートの事件にあった。
三浦さんの後先を考えなかった行動のせいでグループの人たちまで巻き込んでいたからね。
私の見ている限りでは、停学が明けても三浦さんはグループの人たちに謝罪する様子はなかった。
その2週間という長い時間は彼女達の心を三浦さんから離すのに十分な時間だった。
まるで普段から自分たちをそんな風に思っていたのかと疑いだし、自分たちのことを友達だとも思っていなかったんじゃないかと思い始めたんだろう。
そのため、2人は三浦さんのことを信じられなくなり、前のような関係にも戻れなくなってしまったのだ。
さらに、葉山君たちも三浦さんに対して塩対応になり始めた。
なんでも葉山君も入れた4人は部活にそれぞれ所属しているらしい。
クラスメイトが話しているのを聞いた話だと、その部活の顧問に騒ぎを起こしたきっかけが自分たちだということがバレて厳重注意をしかれたのだ。
彼らは一応部活のレギュラーらしいから、それを得るためにかなり苦労したはずだ。
それなのにこんな事で今までの努力が水の泡になったら全てが台無しだ。
だから、彼らはトラブルの火種になる三浦さんと関わりを断ったのだ。
そのため葉山グループの中で三浦さんは完全に孤立した。
彼らは三浦さんのいないところでは元のように騒いでいるが、三浦さんがそれに加わろうとするとたちまち騒ぐのをやめて静かにしている。
おそらく彼らは三浦さんに『このグループから出て行け!』と暗に言っているのだろう。
でも、だからって私は彼女に同情はしない。
彼女はいつかこうなる運命だったんだと思う。
おそらく今回のことはただのキッカケに過ぎなかったのだ。
私の知っている限りだけど、彼女はこの間の由比ヶ浜さんが雪ノ下さんとご飯を食べようとしていただけで、三浦さんに激しく責められていたからね。
あの時ははっきりしない態度をとり続けていた由比ヶ浜さんにも非はあるけど、それ以上にあそこまで高圧的な態度で責められるいわれはなかったはずだ。
あの時も思ったけど、三浦優美子という人間はわがままで自己中心の自分が何より可愛い人間。
それに加えて自分につき従わない者は嫌という独裁者のような性格。
おそらく今回の事も自分が悪くないと心のどこかで思っていて、自分が『友達』だと思っているグループの人たちが味方になってくれると思っていたのだろう。
だから、由比ヶ浜さんたちに謝らなかった、彼女たちがいつも自分の思うがままに動いて自分に従っていたから。
でも、彼女たちもいつまでも傲慢な女王様のわがままに付き合うほど馬鹿じゃない。
そのため、今回の件でとうとうグループの人たちが三浦さんに愛想を尽かした。
つまり彼女は流れが変わった途端にあっさりと切り捨てられたのだ。
城を追い出され、1人になった女王様には何の権力もないため以前のような振る舞いをすることはできない。
日ごろの態度から誰もクラスのみんなは彼女に手を差し伸べない。
いわば、こうなったのは彼女の自業自得だ。
どこに同情の余地があるの?
それに、そもそも三浦さんが『テニスコートで遊びたい』なんてわがままを言わなければこんな事にはならなかったのだ。
しかも、そのせいで私の平穏が乱されそうになったのだ。
私の平穏を脅かしたのだからその人たちがどうなろうと知ったことか。
以前のような元気がなくなり、ポツンと教室で一人寂しく椅子に座っている彼女を見て、いい気味だと私は心中で彼女を嘲笑った。
それから数日後、相模という女子が葉山君のグループに加わり、三浦さんの後釜に座った。
いつもよりめちゃくちゃでしたが、読んでいただいてありがとうございます。
感想やメッセージまでいただきありがとうございます。
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