愛の手紙(イトノテガミ)    作:譜千

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愛の手紙(イトノテガミ) Full ver

 恋を知りました。思った以上に辛いです。まるで私の感情ではないようです。

 私はどこにでもいる高校生で、大した取り柄も自信もない。悩みも苦しみも、人並みのものだと思っている本当につまらない人間。

 なにより私は他人とコミュニケーションをとるのが苦手だ。

 今だってそうだ。学校全体が文化祭に盛り上がっているのに、塾があるからといつもよりも三十分も早く向かっている。すっかり着慣れた制服を伸ばしながら、逃げ出すように小走りしている。

 結局一人が好きなのだ。自分が好きなのだ。そんなところが私をより矮小な存在だと囁いてくるようだ。

 学校から十分離れてからカバンからイヤホンを取り出す。最近聴いているバーチャルシンガーを再生する。

 そのバーチャルシンガーはなんと私よりも年下だ。

 花譜。最初は読み方も知らなかった、私の恋するアーティスト。

 最初はつたない歌い方だと思った。だってそれまで私が知っている歌う人たちは、伸びがあって言葉がはっきりしていた。震えるような歌い方でも、彼女みたいに心が不安になるような歌い方じゃなかったから。

 それでも私はその言葉を無視できなかった。震える声を、下手くさだなんて言えなかったのは私が感動していたからだろう。心に引っかかって、繰り返し聞いた。それから先は引きずり込まれるように、彼女に惹かれていった。

 彼女は私の知らない歌をたくさん知っていた。投稿される【歌ってみた】は知らない曲がほとんどで、彼女がどれだけ歌を愛しているかが伝わるようだった。

 私にはあんな地層はない。適当に楽しいと、面白いをつまみ食いしてるような生き方をしていたからかな。好きな漫画や音楽はあるよ。だけど、私はあんなに真剣にそれを受け止めてきただろうか。

「すごいなぁ」

 感嘆の声は自然と零れる。劣等感を持て余しているくせに、不思議と彼女には抱かない。

 視界に映る、日が沈もうとしている寂しい秋空。不意に彼女もこの空の下にいるのかと夢想してしまう。

 どこかにいて、けどその時の彼女はデザインされた花譜の姿じゃない。変な気分。

「どうでもいっか」

 私は頭が悪いのだ。まとまらない考えを投げ捨てて、耳を澄ませることにした。

 

 

 

 連日投稿される情報や歌に心待ちにしていると、自分が生きていると思える。特に不可解ライブ以降、彼女のチャンネル登録者数は右肩上がりだ。誇らしいけど、少しだけ寂しく、更に言うなら焦ってしまう。

 私は何か変わったのだろうか。耳を塞いでいたら、文化祭の喧騒も過ぎ去った。楽しく過ごす人間たちを目障りと感じてしまう嫌な奴が私だ。

 だから孤立する。一番問題なのは、それをさして辛いと思えないことだ。どうせあと一年と少し経てば消え失せる人間たちだ。私が心を悩ませることはない。強がりだけどね。

 学校から十分離れ、家の近くの神社の階段を理由もなく昇り始める。家にいるのは苦痛ではないけど、兄弟が少し煩わしい。階段を上り切って後ろを振り返ると、世界に黄昏が訪れていた。なんだっけ、夕焼けの赤さが残る時間帯だったかな。

 私が好きな時間。夜が訪れようとしている瞬間。

「何一つ無駄じゃなかった。今言わなくちゃ。涙を合図に」

「届けに行くんだ。濡れすぎた夜空が。僕らに呼吸を許さなかった。」

「もがき歩いた。満たされた光に。一度きりの言い訳を。夜が降り止む前に」

 涙という言葉が好きだ。夜空という言葉好きだ。一度きりの言い訳が胸にひっかかる。曲名の『夜が降り止む前に』は本当に美しい言葉だと思った。カンザキイオリさんは本当にすごい人だ。

 神社の長い階段に腰を掛け、これから夜に包まれる町を見下ろす。灰色のさして高くもない建物が平たく並ぶ郊外の町。ぽつりぽつりと道路沿いの街灯の点が繋がっている。

 さして都会でもなく、それでも人が住むには十分な程度の小さな町。私の知る世界はここだけだ。

 『夜が降り止む前』には私にとっては後悔の歌だ。理由は簡単で、この歌は映画の主題歌で歌われたけど、私はその映画を見に行きはしなかった。

 出演者に興味がなかったとか、映画をやっている場所が遠かったとか、言い訳はいくらでもできる。だけどやっぱり私は見に行かなかった。劇場でこの歌を聞かなかったということを一生引きずっていくのだろう。

 これだけじゃない。私は東京には行けない人間だったし、塾があって観測のアルバムが発売された時の放送も見ることができなかった。イベント事なんて参加したことのほうが、少ないぐらいだ。

 こんなに臆病でなければ後悔なんてしなかったのかなと、何度も考えて胸が張り裂けそうな気持ちを何回も抱えてきた。

 私には彼女のように世界に飛び立つ勇気が持てない。

 リピート再生しているから、また同じ部分が耳に届いた。

「やっぱいいなぁ」

 声に連れられるように気持ちの暗闇が少しだけ引いていく。

 自分の自己嫌悪とか、時代の鬱屈とか、私の場合そんな負の感情を、好きで置きざりにできるのは嬉しいな。

 恋をしている気がする。

 

 

 

 一人がいいと自分に言い聞かせるくせに、私はTwitterを扱い運営が花譜のファンにつけた総称である観測者を名乗っている。

 ぼっちのくせにフォボして、受け取る相手のいないRTをする。

 私には特別な技術がない。絵を描く人がいて、歌を唄う人がいて、情報を発信する人がいる。結局私はここでもつまみ食いばかりだ。

 特別仲が良い人を作らず、誰にも見つからないように他人が書いた好きの表現を摂取する。苦労も知らず、美味しいとこばかり知って、何も言わずに去っていく。それが私。

 塾が終わりすっかり暗い外に、日が落ちる時間が早くなっていることを緩やかに感じる。

今日も花譜の新しい【歌ってみた】が投稿されていた。聞いた時ポエトリーリーディングがやけに耳に残って駆け出してしまいそうだ。

 カンザキイオリさんには絶対言えないことだけど、私には不幸が足りない。運命に抗う気概は持ち合わせていないだろうけど、それよりも物語の登場人物に相応しいほどの不幸がない。恵まれた家族。辛いというのには温すぎて、別れも喪失も出会いも禄に経験していない。

 そう人生というゲームを持て余してしまっている。時間も命も私に割り振られるべきリソースだとは思えない。実際死んでもいいのだ。私は。

 そういう自虐だけは一人前の癖に、手首につけた赤い線は一本だけだ。痛いから常習にはならなかったし、何よりそんなくだらないことで人目を惹きたいと思えない。衝動が全然足りない。

「けど多分怒られるんだろうな」

 耳に残る花譜の「生きて」が響くようだ。こんな私でも好きになれる人がいる。それで胸は温かくなるし、私は勝手に彼女を想像する。

 花譜の自己評価が実は低いといいなって。すごい人たちに囲まれて、助けられて、自分に自信がないことを口に出さないように頑張っていたらいいなと、ちょっと酷い妄想をしてしまう。

 けど彼女ほどの立場なら、自己嫌悪は周りの人の否定になってしまう。だから胸にしまって頑張っているのだろう。

 羨ましいとは思わない。健気で、一生懸命で、人を想いやるのに長けた人なのだと夢想する。

 好きな人のことを会ってもいないのに考えるのは恋の悪い症状だ。よくないことだけど、私は楽しい。実に盲目だ。

 そんなみっともないことを考えたら家が見えてきた。どこにでもある住宅街の中の一角。日はすっかり落ち、家の明かりが家族の存在を私に伝える。

「贅沢だよなぁ」

 学校に行けて、家にいれば家族がいる。私はどこにでもいる普通に恵まれているだけの人で、自分の人生なのに主人公になる気概すらない。つまみ食いばかりの人生を、贅沢以外でなんといえばいいのだろうか。

 

 

 

 九月から十月に変わる頃。第二生産の『観測』が私の手元に届いた。普段あれほど迷惑がっている兄に頼んだら、二つ返事で注文してくれた。意外というか、あまりの呆気なさにもっと早く相談していれば良かったと思った。

 さっそく部屋に持っていき、安物のCDコンポにいれて再生を始める。

 至福とはこの時間のことを言うのだろう。あっという間だった。

 そして不意に思ったのだ。一年経たずにこれなのだと。曲を作るカンザキイオリさんがすごいのか、成長していく花譜がすごいのか。いやどっちもすごいのだ。不意に観測の寄稿文を思い出して、

「化け物かぁ」

 感動で独り言が漏れる。

 足元がぐらつくような感覚が襲った。今花譜を応援する人はたくさんいる。何もしない私が。ライブの会場に行かず、お金をあまり落とさない私に存在価値があるのかと思い至ってしまった。一人ぐらい消えても、この大きなうねりは止まるわけがない。私はいらないのはでないだろうか。いてもいなくても同じ存在。

「そうじゃないよね」

 考えたら、胸が苦しかった。誰よりも、何よりも私は花譜が好きなのだ。この胸の締め付けが私にそう訴えるようだ。

 身を切るように好きなわけじゃない。全てを捧げるほど好きなわけじゃない。この世界に好きを表すランキングがあるなら百位以内には絶対に入れない。

 それでもこれは私にとってのたくさんで、特別なものなのだ。何もない私だけど、そこだけは譲れない。譲っちゃいけない。臆しちゃいけない。自分を偽ったらいけないんだ。

「一周年かぁ。手紙でも書こうかな」

 絵も描けなければ、歌も歌えない。届けるつもりもない手紙を書くことに意味はあるのだろうか。

 きっとある。ずっと遠い未来の私がそれを見た時、何かを思うはずだ。私がこんなに誰かを好きだと思ったことは初めてだから。

 カバンからペンケースを取り出して、何も書かれてないルーズリーフを取り出す。最初の一文になんと書き込もうかな。誰にも見せるつもりのない手紙だ。正直に思いっきり書いてしまおう。それなら最初の一文は決まっている。

 

 私は花譜が好きです。

 

 手紙を書く理由がそれだから。さてちょっとだけワクワクしてきた。なんと伝えよう、手紙に私の気持ちをどんな風に閉じ込めてしまおうか。

 まだ二週間はある。気長に考えていこう。誰も待っていないことだから。

 

 

 

 その日から私の生活は少し変わった。花譜への手紙を考え始めただけなのだけど、どこか心に余裕があって世界が少しだけ明るくなった気がした。

 私は相変わらず教室では一人で、移動教室以外自分の机から動こうともしない。本を読むか、音楽を聴くかして、他人を拒絶するように佇んでいた。もっとも話しかけられたら、面倒がりながらも相手の言葉に耳を傾けた。本当の孤独にはまったく足りない。

 そんな私が机にルーズリーフを置いて、頭を抱えながら言葉を探しているのだ。うっかり話しかけられることも起きてしまう。

「何やってんだ?」

 私に話しかけてきたのはずっと昔、隣の席にいた男子だった。ボサボサ髪で、誰とでも気軽に話しかけるような奴。

 バッと体で机の上のものを体で隠す。危ない、危ない。バレて痛いことはないが、やはり恥ずかしい。

「びっくりしたぁ」

 びっくりさせたのはそっちだ。と内心で毒づく。

「何?」

「いや何やってんのかなって。最近お前楽しそうだし」

 意外と鋭い奴だ。話してもいないのに、そんな分かるものなのだろうか。

「……なんでもない」

「なんか間があったぞ」

「気のせい。邪魔だからどっか行って」

 と邪険に扱うが彼は離れていかない。代わりにまだ私に話しかけてくる。

「お前さ花譜知ってるの?」

 予想外の角度の質問が飛んできて、思わず固まる。

「知ってるよ」

「だよな。カバンにつけてるもんな」

 よく気づいたな。「観測」についていたバッジは確かに見えにくい位置につけている。

「けど私は花譜しか知らないよ。他のVの人たちのことはホントこれっぽっちも知らないからね」

 否定するように早口で答える。まだ何も聞かれてないのに。

「なんだそうなのか。まぁいいやお前は話が通じる奴だってわかったから。貴重、貴重」

「そうなの?」

「そうだぜ。そりゃあSNSとかなら分かる人ばかりだけど、学校じゃそんなでもないぜ。娯楽が氾濫してるんだよ」

 娯楽が氾濫。なんというか語彙力のある言い方だと思った。なるほど、誰とでも仲良くできるというのはそれだけ他人と接点が多いということなのかもしれない。

「花譜良いよな。良さは上手く言えないけど。言いふらしたりしないから、また話そうぜ。じゃあな」

 と言ってさっと反転するとこちらを振り返らずに教室からでていった。いったいどこにいったのだろうか。

 小さく深呼吸をしてから、自分が少しだけ笑っていることに気づいた。きっと花譜の話を誰かとできたから嬉しいんだろう。

 私は意外と単純にできているようだ。

 

 

 

 シャーペンの芯は私の骨粉で、ボールペンのインクは私の血液だ。なんて詩的なことを浮かぶのは手紙を書いているからだろう。手紙は難航しているというよりも思ったよりも長くなりそうだ。

 そんなつもりはなかったが、言葉でいくら積んでも足りないようだ。最近、学校が終わると帰り道にある神社でちょっとだけ書いたり考えたりするようになった。

 今もそうなんだけどね。

 世界に赤だけが取り残された空を見上げながら、夜が来ていると感じる。花譜はMVの関係なのか、夜明けや夕暮れを思い出させる。だからこの時間はとびきり彼女を感じられると思った。

 空は明るいけど、地上は暗い。山沿いの住宅地にポツンと残されたお社は、少し異界めいている。彼女がいる場所と雰囲気が近いと思うから、私はここに来ているのかもしれない。

「『不可解』かぁ」

 今の私の気持ちもまた不可解な気持ちなのだろうか。

「心がうちひしがれたあの不確かな情景を綺麗だと思うのは」

「きっとそれこそが人間の証だ」

 カッコいい言葉だ。それにとても勇気を貰える。

 私が劣等感の塊だからか、『不可解』の歌詞が響いてしまう。どこかというよりも、これはすべてかもしれない。

 責任感とか、団体行動を教育する意味なんてさして感じられず。仮想世界とか妄想を美しく思うこととか。まぁどちらも中途半端にしか知らないのだけど。

 書きなぐったルーズリーフがいっぱいになったので、カバンから別のものを取り出そうとすると配られた進路希望調査票が目についた。

「進路かぁ」

 美しい歌を聴いて心穏やかな気持ち良く空想に浸っていたのに、一気に現実に引き戻された気分だ。

 そもそも私は足りないのだ。不幸も夢もやる気もなにもかも。現実や社会に抗う気力が欠けている。

 音楽プレーヤーを操作して、曲を変更する。これを聴いたら帰らないとな。頬を撫でる冷たい風が、夜を運んでくるようだ。

「夢や希望はなんだった」

 なんだったんだろうね。得意なことも、自分よりも優れた人がいた。

「やりたいことはこれだった」

 そもそもそんなものあったのかな。

 自分よりもすごい人が目につく時代に生まれたことは不幸なのかな。いやそれを不幸だといったら私は花譜に出会えてはいないか。それはとびきりの不幸だ。

 そもそもやりたいことを仕事にできるのってどれくらいの人なのだろう。仕事になればなんでも辛いという話も聞く。

 何にもないと嘆いて、何もしないのはあまりにも子どもっぽい。前に進もうとしないといけないよね。

「『過去を喰らう』か」

 こういう感覚のことを言うのだろうか。否定するとは違って、それでも自分を食べて砕いて飲み込む。だったらまだ足りない。私はまだ自分との対話を満足にしていない。

「ちょっと前向きに考えよう」

 声に出せばそうなれる気がして、口にした。

 神社の敷地内にあるベンチから立ち上がる。空はすっかり夜だけど、ちょっとだけ明るい。半分の月が笑うように輝いていた。

 

 

 

 テスト期間に入っても、私の毎日は特に変わらない。自分探しと、夢探しを同時にして大した人生じゃなかったとちょっと嫌悪する日々だ。

 もっとも今日の私はテスト期間でも外出し、気持ちを切り替えに街に繰り出していた。秋は重くない長袖が着れるから好きだ。赤いTシャツに黒いアウター。黒のロングスカートという完全に自分の趣味の配色だ。カバンに『観測』についていた別のバッジをつけて上機嫌だ。

 私は何にも持ってなさすぎて、これから何をしようかなと逆なことを考え出すくらいだ。才能なんてものは、それまでの人生で培われた能力という意味でしかないのだ。伸びしろがあって評価されたものを世間が才能という型に嵌めているのに過ぎない。

 才能はあるよ。けどそれは努力がないってことじゃないでしょ。最近はそんなことを考えすぎて、才能なんて言葉で片づけていた自分が嫌になってきた。

 花譜の表現力を聴いていると余計にそう思う。

 町を行きかうすべての人に人生があることは当たり前だけど、真面目にそんなことを考えたら頭がどうにかなりそうだった。大して多くもない人の数に酔いそうになる。

「真面目すぎるんだよなぁ」

 駅の改札を抜けながら、私は誰にも聞こえない声で口にする。

 適当に手を抜いて、適当に遊んでいられる人間だったならこんなに苦しまなかったのかな。

 駅から離れると人が散っていき、人ごみ特有の息苦しさから解放される。目的地は定めているので、考え事をしながら歩き始める。休日とは、非日常を味わうためのものだ。今日ばかりは少し自由でも許されるだろう。

 一通りの目的を終え、駅ビルの展望台までやってきていた。カップルや老夫婦の姿が目につくが、人は少ない場所を選んで座る。

 眼下には町があって、そこでも命が蠢いている。世界の中で私などちっぽけな存在で安心する。

 カバンから兄から貸してもらったデジカメを取り出す。フレームに世界を収めるがシャッターは切らなかった。

 写真ができれば絵がなくなるなんて世迷言が流れたこともあったんだっけ。今の時代に生きてるから、鼻で笑ってしまう。

 仮想現実が流行ったら、現実は輪郭を失うのかな。そんなことはないのだろうね。上手に棲み分けがされるだけ。

 視線を上げて空を見る。薄い白い雲が青空に広がっていた。デジカメはカバンにしまい両手の親指と人差し指の先をくっつけ、カメラのように構える。綺麗な秋空で、私に翼があったなら空の果てまで飛んで行こうとしたかもしれない。

 辺りを見渡し、近くに人がいないことを確認してから呟く。聞こえる歌の一部分を声に出す。

「たった一つの大切な物が」

「最初から分かったら良いのにと」

 本当にそう思う。

『心臓と絡繰』は私が初めて聞いた花譜の歌だ。儚げで震える声と、優しい映像を見た時言葉にできない気持ちで胸がいっぱいになった。

私は別に最初から彼女のファンだったわけじゃない。昔はそのことを負い目に感じていたが、今は気にしていない。

 私はゆっくり彼女のファンになった。繰り返して何度も聞いて、無視できなくなって、興味を持って花譜の背中を追いかけた。昔投稿された動画も見返していたら、いつの間にか彼女の更新が待ち遠しくなっていた。そうしてワンマンライブの『不可解』を見て追いかけようと心に決めたのだ。

 いつ知ったかなんて気にしないのは、完全に開き直ってしまったからだ。過去は大切だけど、見るべきものは今で見守るべきは未来だ。

 MVの真似をして、右手を空に掲げる。ただ私の探しているピースは見つかっていない。

「何がしたいんだろう」

 ここ最近何度も自分に問う。答えは浮かばない。人並みの能力はあるはずだ。多少理数が強いのは誇らしい部分でもある。成績自体は悪くはない。

 適性があるということは多少好きなのかもしれない。考えすぎる癖があるなら、考え切って答えを見つけよう。

 風雨によってざらついた椅子から立ち上がり、展望台を後にすることにした。

 

 

 

 私は花にはなれない。そんなことは分かっているけど、私の答えは特別な花になることではないとも思う。

 花譜のことは憧れているし、好きだと思っている。だけど最近の私にとっての彼女は原動力だ。もっと酷い言い方をするなら燃料だ。心を動かすために、彼女の言葉を待ち望んでいるところがある。

 彼女の歌を知れば知るほど、彼女が歌を愛していることが分かる。自分の空っぽさを嫌悪していた時期もあったが、最近では彼女が、人一倍歌が好きなのだと噛みしめている。飲み込んできた歌の質も量も別格だ。私が聴いている彼女の歌声の表現など、彼女の愛が溢れて零れたほんの一滴。

 思考は一周し、私はやりたいことを見つけるために、あるいは応援したい人を追うために進学するのだと自分に言い聞かせ始めた。安定を求めるというつまらない選択に聞こえるかもしれないけど、私は別に主役になりたいわけではない。端役でいたいし、ファンとしてなら数字でいたい。

 この意思も容易く翻すかもしれない。現状の私の答えでしかなく、明日には裏返っているかもしれない。

「答えがこれでいいのかな」

 いつもの通り不気味で心地の良い神社の椅子で呟く。夜が訪れる時間はまた少し早くなり、空には白い月が鏡のようにいて辺りを優しく照らしていた。

 『そして花になる』が耳に届き始める。初めて聞いた時少しだけ泣いてしまった。花譜のための歌だ。言葉一つ一つが眩しくて、締め付けられるほどの気持ちを抱く。

 ちょっぴり悔しいようで、嬉しいようで、だけど他にもたくさん詰まっている。そう不可解な感情が込み上げてくる。

「私が歌を歌うのは」

「歌が好きだったからさ」

「好きなものを」

「好きなことを」

「好きでいることに理由はいらない」

 彼女はそう歌う。けど私は思うのだ。好きであること、好きでいること、好きを表すには証が必要なんじゃないかって。

 花譜が歌うってことがすでに証なんじゃないかって小さな脳で考えてみたのだ。誰かと答え合わせするつもりはないけど、私も証が欲しい。

 他人に自慢するわけじゃない。

「だから私は歌うのだ」

「私は私になるのだ」

「名前のない花のように」

「不可解な私たちはきっと同じ」

「もう何も怖くはないさ」

 あぁどうして最後のところで「私たち」と歌ってしまっているのだろう。

 特別だから距離を置きたい自分がいる。凡人だから離れたい自分がいる。液晶の向こうにいる異郷の鬼才と、故郷から離れることもできない愚者だと結果の偏る秤に乗せておきたいのに。

 それでも彼女にそんな風に歌われたら、応援されたように思えてしまう。勝者の歌でなく、少女の歌で、等身大の気持ちに溢れている。

 彼女は花だ。地に根を張った風に揺れる花。根は深く大地に伸びて、風に揺れる茎は決して折れることはなく、そんな様子を露ほども感じさせず花は儚げに揺れている。瞼の裏でその姿を夢想する。

「いいのかなぁ」

 もう一度呟くが、きっと答えは出てこない。自分の人生の先などそんなものだ。見えないから不安があって、そこが暗くても進まないと行けない時期がある。

「まぁなんとかなるかぁ」

 私よりも年下の少女は歩き始めている。彼女に影響されて進み始めた人たちも見てきた。正しい答えなんて見つけられてないけど、前に進みたいと思っているのは自分だ。

「なんとかするかぁ」

 椅子から立ち上がり、すっかり暗くなった神社の階段に下る。降り切ってから、不意に先ほどの階段を見上げると花譜の居そうな景色のように思えて少しだけ嬉しくなった。

 私がどうしてここに来るようになった理由がなんとなく掴めた気がした。

 私は恋を知りました。思った以上に強い感情で、振り回されて余計な力が湧いてくる

 私はどこにでもいる高校生だけど、かけがえのない気持ちをもった一人の人間。

 恋は魔法と言えるかもしれない。そう現実や社会に抗うための、不可解で不完全な魔法というのはピッタリかもしれない。

「明日も来よう」

 零した言葉は少し弾んでいて、卑屈な私っぽくなくて恋の匂いがした。

 

 

 

 ~愛の手紙 Short ver~に続きます。

 

 

 

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