雪ノ下お嬢様はご機嫌ナナメ   作:千葉トシヤ

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第1話

学校に行って、授業があって、すでに放課後。

穏やかに過ぎていく日々である。

 

運動部に全力疾走していった者、授業で疲弊して背伸びをしている者、帰宅することなくまだお喋りを始める者、みなそれぞれの青春を思い思いに過ごしている。そこに優劣などないし、どの選択肢を選んだとしてもそれは青春なのだ。

 

放課後は、我々にとって『自由』を実感する時間。

 

『陽の満ちるこの部屋 そっとトキを待つよ』

そんな歌のフレーズが聴こえた。

 

この千葉市立総武高校の特別棟のいたって『普通の教室』は、静寂に包まれていた。廊下では軽音部、音楽室では吹奏楽部、校庭からは合唱部、それぞれの音が入り乱れる。集中力の美術部や書道部はどう思っているのか、気になるところである。

 

それでも、足音には敏感なのだ。

 

「平塚先生。入るときにはノックを、とお願いしていたはずですが。」

 

国語教師で白衣を着ていて、いわゆる美人な女教師。

そんな我らの顧問を窘めるのは、この部の部長である。

 

「ノックしても君たちは返事をした試しがないじゃないか。」

 

「この部の顧問なのだから、フレンドリーな関係でいいでしょう。」

「親しい間柄にも、適度なマナーは大切よ。」

「いやはや、世知辛い人間関係ですね。」

「友人のいない貴方にはわからなかったかしら。」

「俺にも貴方にも、クラスメイトという学友は存在しますよ。」

「同僚、という言葉が当て嵌まるでしょうね。」

 

そうやって、俺やお嬢様が言葉を投げかけ合うのもいつものことだ。

 

「やはり仲が良いな、君たちは。」

「「いいえ。」」

 

目も合わせることもなく、同時に反論を行う。

 

 

「その学友の1人が、そこにいる彼です。」

「この、ぬぼーっとした人が?」

「2年F組比企谷八幡。文系に偏った成績を持ち、単独行動を好むが、……女性の好みはありふれた男子高校生のようです。ぬぼーっとしているのは、貴方に見惚れているからでしょう。」

「いつものことね。もしここに女子が来ていたのなら、貴方に見惚れていたでしょう。」

「そんな考えを持ってここに来たのなら。今まで通り、追い返しますよ。」

 

いわゆる端正な顔立ちをしている俺たちは、良くも悪くも視線を集めるということだ。髪を染めることも化粧をすることもなく、ありふれた手入れで美貌を放つ彼女に対して、『天は二物を与えた』ということだ。

 

……リア充爆発しろ。

 

ボソッと呟いたが、彼の忌々しさに満ちた目に宿っているのは嫉妬が大きい。それが初めての発言なのだから、彼の第一印象は最悪だと思われるのではないか。ただし俺たち以外なら、という条件付きではある。

 

「自爆テロの予告かしら。」

「危険物は所持していないでしょう。彼が高い実力の暗殺者でない限り。」

「もちろん、貴方の実力は信頼しているわよ。その腐った人間性と精巧な仮面以外は、だけれど。」

「貴方の姉ほど、分厚い仮面は被ってはいませんよ。」

 

平塚先生だけが俺たちの会話に入ってこれる。

彼女は大きな溜息をついた。

 

対して、睨んで威圧をしている比企谷八幡は何も話しかけてこない。

 

「君たち、あまり比企谷を困らせるな。こいつは小悪党で小心者な男だ。」

「……フォローになってねぇし。」

 

ボソッと呟く彼は、平塚先生に睨まれてまるで『蛇に睨まれた蛙』のよう。

 

「まあ。こいつは入部希望者、雪ノ下や桜咲はもちろん、比企谷も異論反論はなしだ。顧問の権限だな。」

 

「職権乱用ということですか。」

「なかなか良い響きですね。」

 

そう言いつつ、俺たちは椅子の配置を動かして、会場のセッティングを始める。比企谷に着席を促せば、保護者同伴とはいえ試験の準備は完了した。

 

「さて、志望理由は?」

 

「私が代わりに答えるが、捻くれた孤独体質の厚生だ。」

 

平塚先生がそう言うのなら、従う。

 

「……なるほど。」

 

「わかってもらえたなら結構。私は仕事があるから、後は3人でやってくれ。」

 

さっさと帰った先生。

ぼつんと取り残された男子。

 

彼の威嚇は、己の尊厳を守るためのもの。

リア充を撲滅せんという鉄の意志。

 

「自己紹介から始めましょうか。」

 

清水のごとく、お嬢様が受け流した。

 

「話すのは初めてだが、……ゆ、雪ノ下さんも、有名ですし。」

 

「それでも。礼儀として、挨拶はさせてもらえるかしら。」

「ど、どうぞ……」

 

「私は国際教養科2年J組、雪ノ下雪乃よ。そして、こっちの男については忘れなさい。」

「えっ、いや……、なんでさ?」

 

「比企谷と同じクラス2年F組、桜咲雪斗だ。ちなみに負けず嫌いな雪ノ下お嬢様と、学友の数を競い合っている最中。さっきから。」

 

「お、おう……、お前ら、友達いないんだな。」

 

「……そうね。まずどこからどこまでが『友達』なのか定義してもらっていいかしら。」

「さて、辞書的意味の『友達』は……」

 

「あ、もういいわ。友達いないことがわかった。」

 

出鼻を挫かれた俺は肩を諌める。

そういえば、と発言してお嬢様をフォローすることにする。

 

「同じ釜の飯を食えば友達、という説もありますよ。」

「迷信ね。それならば、給食を食べた児童が全員友達ということになるわ。」

「確かに。友達かっこ仮が、100人できますね。」

 

「……だが。お前ら、人に好かれるくせに友達いないとかどういうことだよ。ボッチの風上にもおけねぇな。」

 

俺たちは人に好かれているが、彼は違う。

それでも、結果は同じくボッチ。

 

「人に好かれることは、必ずしも良いこととは限らないわよ。」

「人に好かれたことがないから、理解できねぇ。」

「そう。空虚な人生ね。私はあなたと違って、昔から多くの男子が好意を寄せてきたわ。私は可愛かったから、生まれた時から。」

 

比企谷も正常な感性を持っているということだ。

万人受けする容姿を彼女は持っている。

 

「おめでたい思考だな。なにお前、実は転生してイキってるの?」

「輪廻転生、ということかしら。生憎だけど、私に生前の記憶はないわ。」

「あ、そう……」

 

比企谷の話題について、お嬢様は乗っかってくれることはない。

 

「話を戻すのだけれど、あれは小学生高学年くらいからかしら……」

「小学5年の夏休み明けから、顕著になりましたね。」

 

そうだったかしら、と彼女は呟く。

 

「なに、お前ら、幼馴染カップルなの?」

 

リア充を撲滅せんという目で比企谷に睨まれる。

 

「この犬とカップルなど、ありえないわ。私、犬が嫌いなの。」

「番犬というあだ名で呼ばれていた頃もありましたね。」

「貴方の女子の人気のせいで、さらに私は嫌われたのよ。」

「男子と女子の対立で、学級崩壊まで起きましたね。」

 

「大変だったんだな。」

 

彼が哀れみの表情に変わるだなんて、それなりには人間味がある。

 

「同情する必要はないわよ。この理性の塊の獣は、まさしく番犬だったのだから。」

「それはどういう?」

「雪ノ下お嬢様が小学生の頃、計73回に渡って上履きを隠された。61回は同学年の女子、5回が好意を持った男子、……教師が2人どこかへ消えて……、残りは犬に隠されて5回だ。」

 

「それは……、犬が嫌いになるな。」

「驚くポイントはそこではないと思うのだけれど。」

「あえて聞き流したんだ。えっなに、その小学校教師どこ行ったの。あと桜咲はストーカーかよ。」

 

「それくらい、私が可愛かったのよ。」

 

呆気からんとそう告げる彼女にも、憂いがある。

 

「彼ら彼女らも、人なの。優れた人間ほど、この世界は生きづらい。人間とは思えないほど優秀な人間は、束縛されるのよ。」

 

そんなのおかしいと思わない?と、彼女は本気の目で告げる。

 

「変えるべきだと思わないかしら。人ごと、この世界を。」

 

「スケールが大きすぎて。………わからん。」

 

「取り繕う義務はないわ。」

「人間なんてわかり合えないものだからな。だから、コミュニケーションを頑張るしかない。」

「桜咲の言う通りね。そういう点では、あなたは社会へ出る前に厚生すべきね。」

 

 

「……なあ、ここって何の部活なんだ?」

 

「持つ者が持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える。人はそれをボランティアと呼ぶの。食料難で苦しむ人に対して食べ物の栽培方法を伝える。途上国にはODAを、モテない男子には女子との会話をね。」

 

「ボランティアがこの部活の活動か?」

 

「そんなところだ。」

「ようこそ、奉仕部へ。歓迎するわ。」

 

 

 

 

『幸せだけ描いたお伽話なんてない』

『わかってる わかってる 

それでもね そこへ行きたいの』

 

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