雪ノ下お嬢様はご機嫌ナナメ   作:千葉トシヤ

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第2話

新入部員が入ってから、依頼はまだない。

 

……まるで文芸部だな。

 

ボソッと呟いた比企谷は本を片手に、今日も放課後の時間を過ごす。ブックカバーの付いた本はいわゆるライトノベルだろう。それなりには齧っているとはいえ、もし彼が博識だったのなら、『にわか乙』と言われるかもしれないので、話題を提示して会話を促すことはない。

 

「この部に直接依頼に来ることは、それなりの勇気が必要なのよ。」

「そもそも、俺はこの部活が存在することを知らなかったぞ。」

 

お嬢様も本を読みながら、彼と視線を合わせることなく会話を行う。

 

「平塚先生経由が多いことは確かだな。」

 

働き方改革によって、教師の勤務時間が短縮していることによって、どうしても生徒指導の時間も削減するしかない。生徒同士が助け合えるなら本望である。ちなみに勤務時間を短縮することによって、教師は濃密な時間を過ごしているだけで、まして家庭に持ち帰って教材準備を行うなど、教師の多忙は改善されてはいない。

 

「前提として。本人が変わろうとする気概が無いのなら、その依頼は頓挫する可能性が高いわ。」

「俺、別に変わる気ないんですけど?」

 

むすっとした表情の比企谷は、まだこの入部に納得していないらしい。

 

「あなたはこのままでは社会不適合者になるもの。感謝することね。」

「お前のせいで感謝の気持ち、微塵も無くなったからな。」

 

そう吐き捨てる。

そんな新入部員にはそろそろ説明しておくか、と俺は思った。

 

「今のところ目安箱は設置してはいない。そして、この奉仕部の存在については広報もしていない。それが現状だ。」

「助けを求めて行動した人に対してのみ、歓迎することにしているの。つまり現状、あなたは歓迎していないということよ。」

「はっ!お前からの歓迎なんか、期待するか。」

 

 

比企谷は紙コップに入った緑茶に口をつけて、目を見開く。

口に合ったようで何よりだ。

 

「これ、さっきその急須で淹れただけだよな……?」

「苦いお茶より、飲みやすいお茶の方がいいだろう?」

 

よく甘いものを休み時間に食べているしな、と俺は言葉を紡ぐ。

 

「……やだ、泣きそう。」

「桜咲はもう癖みたいなものなのよ。それがあなたへの好意なのだと、勘違いしないでくれる?」

 

お嬢様の紅茶にはまだ勝てないだろうが、緑茶やコーヒーなら俺の方が実力は上だ。

 

「おい、人の感動している場面だろうが。」

 

このアマ……、と睨む比企谷に、お嬢様は全く動じない。

 

「ところで、桜咲は何をしているんだ?」

「お悩み相談、というところかしら。SNSを使っているらしいわ。」

 

いわゆるTwitterである。

総武高校生の9割以上が利用しているツールだ。

 

「知ってる。フォローフォロワーの数を競うやつだろ?」

「まるで友達の多さは長所のような、風潮ね。」

「ああ。そういうやつに限ってリアルには友達少ないんだろうな。」

 

ボッチ仲間としては、その卑屈な考え方においては比企谷やお嬢様で意気投合するらしい。

 

「それで、どういう内容なんだ?」

「今日は、体重が増えた話と、ストーカーの対処。」

「待て……誰かが犯罪に巻き込まれているじゃねぇか。」

 

淡々と告げたことに、比企谷は思考停止したようだ。

 

「探偵や弁護士には伝手があるのよ。紹介するだけでしょうね。」

「さすがに殺し屋とは連絡先を交換していないからな。」

 

学校指定のシューズで廊下をゆっくり歩く足音。

明らかに平塚先生ではないな。

 

 

「どうやら、待望の依頼人のようだぞ。」

 

ドアを弱々しくノックする音で確信した。

これは平塚先生ではないと。

 

「どうぞ。」

「し、失礼しまーす……」

 

人数は1人。

明るめの茶髪の女子である。

 

緊張しているのか、コソコソと部室に入ってくる。

 

 

「な、なんでヒッキーがここにいるのよ!?」

 

声を荒げた。

そして彼女の目線の先にいるのは、1人の男。

 

「比企谷、何か彼女にしたのか?」

「今ならまだ、刑は軽くなるわよ。」

 

俺たちは、比企谷の自首を促す。

 

「………いや、さっぱりだ。」

「そう。入部して数日で新入部員が消えることは、避けられたわね。」

 

「えっと……?」

 

どうやら雰囲気に飲まれて困っているご様子。

俺は、本を閉じた。

 

「由比ヶ浜さん、とりあえず座ったら?」

「桜咲君ってこの部活だったんだね!」

「黙っててごめんね?」

「ううん、だいじょぶ!」

 

お嬢様からは、汚物を見るような視線が俺に刺さる。

 

「……なあ、桜咲。こいつ、知り合い?」

「なにって、同じF組の由比ヶ浜結衣さんだよ。」

「あーうん、そうだったな」

 

そう発言しながら、比企谷は腕を組んで何度か頷く。

 

「えっ!なんで目を逸らしたの!?もしかして知らなかったの!?」

 

クラス替えが行われてから、比企谷は基本的に机に突っ伏している。そして、男子とも女子とも目を合わせないようにしている。たとえ授業中のグループワークであっても、だ。

 

そして比企谷は、ふと思いついた顔をする。

 

「サッカー部のやつらと、よくつるんでるよな?」

「うん、そうだけど……」

 

 

「………このビッチめ。」

 

 

彼がつぶやいた言葉を聞いて。

由比ヶ浜が勢いよく立ち上がった。

 

「はぁ!?あたしまだ処女だし!」

「わ、わかった」

「えっ……、う、うわわ!なんでもないから!」

 

両手を前に突き出して、彼女は必死に誤魔化そうとする。

 

「別に恥ずかしいことではないでしょう。まだ高校生よ。」

「何言ってんの!高2でまだとか恥ずかしくない!?雪ノ下さん、女子力足りないんじゃないかな!」

「くだらない価値観ね。」

 

お嬢様は、彼女の価値観に呆れたようだ。

 

「さ、桜咲君にも聞かれちゃったじゃない!」

「女子力というステータスではなくて、自分でちゃんと考えて不純異性交遊をするべきだよ。まあ、俺もまだ経験ないけどね。」

「ふじゅんなんとかって?」

「下半身事情のことよ。」

「おい、お前ら生々しいわ。てか、下半身事情ってなんだよ。」

「えっ、えーと、そうなんだ。……ごめん。あたし、なんだかいろいろ振り回されちゃってたなーあはは...」

 

そして、両人差し指を重ね合わせた。

 

変わりたいのだと、彼女は口にする時はまだない。

だから、助けようとは思わない。

 

そういうところが俺は間違っているのかもしれないが、俺にも優先順位というものはある。

 

「あのさ、ここって私たちのお願いを叶えてくれるんだよね?」

「少し、違うわ。あくまで奉仕部は手助けをするだけ、願いが叶うかどうかはあなた次第よ。」

 

お嬢様の訂正を聞いて、由比ヶ浜は首を傾げた。

 

「えっと、どういうこと?」

「アドバイスを与えるものであって、代行するわけではないわ。」

 

いまだ、ぽかーんとしている。

 

「ダイコウ?」

「願いを私たちが代わりに行って、結果だけを与えるわけではないの。あなたの自立を促すということよ。」

 

いまだ、理解されないまま。

 

「なんかすごいねっ!じゃあさ……クッキーを作りたいんだけど、さ……」

 

由比ヶ浜は言い淀む。

特に、比企谷をチラチラと見ている。

 

 

「とりあえず、家庭科室でも借りてきますよ。行くぞ。」

「まあ、訳ありなんだろうな。」

 

 

奉仕部から出た俺たちは職員室まで歩いていく。

比企谷は挙動不審にキョロキョロしている。

 

「そんなに俺と歩くのが嫌か?」

「そういうわけじゃないが、お前って目立つだろう。」

 

周囲の目を気にするなんて、ボッチも大変だな。

 

「まったく、世知辛いな。頑張って気配でも消してみるか。」

「なに、お前ってニンジャだったの?」

「ニンジャがこんな街中の学校に通うわけないだろう。」

「いや、まあ、そうだな。」

 

冗談はこれくらいにしておいて。

 

「この時間帯、普段はこの渡り廊下で金管楽器が練習していて、あまり人は通らないからな。今日は音楽室で合同練習。」

「言われてみれば……」

 

比企谷は、軽く頭をかく。

顔を逸らして外を見ながら、口を開いた。

 

 

「なあ。奉仕部にいるときの態度が、本物のお前なのか?」

「さあな。今では自分でもわからない。」

「ちっ、いけすかねぇ。」

 

吐き捨てた言葉には、お嬢様も含まれているのだろう。

俺も彼女も一筋縄ではいかない優等生である。

 

「万人受けする優等生を演じられていると自分では思うぞ。」

「そういうところが嫌われる理由だろうが。」

 

人間からの評価なんて主観的。例えば、人気ランキングや10段階評価は統計であり、多様な価値観が無作為に集合を構成しているにすぎないのだ。あらかじめ精巧に作られた基準(規準)に則していないのだから、人の評価の統計なんて曖昧なものだ。それでいて、ファンとアンチが目立って見えてしまう。

 

十人十色という言葉があるように、個性に準じた好き嫌いがある。

 

多くの人から好かれている者はピグマリオン効果によりさらに好かれて過度な期待を受ける。多くの人から嫌われている者はゴーレム効果によりさらに嫌われて軽蔑される。だから、我々は人間磨きをするといった、『比較的成功している人のコンピテンシー』を学ぼうとする。

 

「比企谷はそういった万人の範囲には入らなかったか。捻くれているな。」

「本性を知ると、お前が胡散臭く思えただけだ……けっ」

「いやはや、ずいぶん嫌われたものだ。」

 

敵を減らし、味方を増やすために、腹の探り合いが必要だった。

 

「好かれるためにやってはいないから、俺は別にいいんだけど。」

「そこだよ。そういうところが嫌われるんだよ。」

「同族嫌悪ってやつか。社会不適合者になる要因がわかってきたな。」

「このやろ……」

 

子どもの頃から大人に評価され、同世代の人と比べられ続ける。誰かから常に見られていることを知り、聡い彼女は劣等感に悩まされ続けた。彼女の姉は過度な期待を受け、対して彼女は自由に成長する権利を与えられた。

 

「まあ、お嬢様とは変わらず仲良くやってくれ。」

「仲良くねぇし、これからも仲良くならねぇから。」

 

だがしかし闇雲に進むことは人に不安をもたらす。

だから、俺にも彼女にも『道しるべ』が必要だった。

 

「ったく、変なやつらと関わったもんだ……」

「いろんな立場の人と関わるうちに、人に合わせて変わることを選ぶしかないってわかるぞ。誰かに依存して存在価値を満たす人もいれば、誰かを蹴落とすことで楽しみを感じる人だっているものさ。」

「……けっ」

 

他人の価値観や人間性なんて、俺は肯定も否定もしない。

1つのアドバイスなのだと受け入れるだけ。

 

冷めているのだと、自覚をしている。

なぜなら、よく知る人だけが理解してくれればいい。

 

 

「社会ってクソだな。やっぱり働きたくねぇ。」

「こういう価値観を持つ俺たちは、いわゆる社会不適合者って呼ばれるからな。世知辛い。」

「社会が悪いから、俺もお前も悪くないだろ。」

 

 

格上の奴に隙を見せないということは簡単ではなかった。

味方だった奴が敵になることはよくあることだ。

 

いつだって、俺は『弱さ』を見せるわけにはいかない。

 

 

 

「比企谷、こういうことだから一度買い出しに行く。」

「あいつ、人使いが荒いな……」

 

Eメールの画面を見せた。

『クッキーの材料を揃えておいて。』というオーダー

 

 

「それに従うお前もお前だな。」

「それじゃ、また後で。」

 

 

背中を向け合う。

 

分担して、1人で役割を果たすことは効率がいい。

協力して1つの物事を行うことが必ずしも良いとは限らない。

 

 

Yes, my lady.

そう小さく呟いた。

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