雪ノ下お嬢様はご機嫌ナナメ 作:千葉トシヤ
この2年F組という集団においても、人間関係は絡み合っている。
「やっべ!もうすぐイベント終わる!」
「ははっ!お前もSSR引けるようがんばれよ。」
スマホを片手に弁当を食べる男子の集団がある。
「ねぇ、今日は桜咲いるよ?」
「いつもお昼休みになるとどこかに行くのにねー?」
「あんたさ、話しかけてきなよ。」
集団に引き込もうとする女子の集団がある。
個人と個人でも人間関係を持つが、集団同士で交流することは稀である。友達同士で、2つの集団の架け橋ともなれる存在も所属している集団の雰囲気を壊したくないから、今いる集団に甘んじる。
「で、あたしちょっとさ……」
誰かが変わることを選ぼうとしても、変わらないように雁字搦めに束縛する。
「ん?なに?」
「お昼ちょっと行くとこがあるからさ……」
「あ、そーなん?じゃあさ、帰りにレモンティー買ってきてよ。」
「えっと、でも戻ってくるのは5限前っていうか……」
由比ヶ浜は言いづらそうに、断りを入れた。
「は?なんかさー、ユイって最近付き合い悪くない?」
「あー、わかる!」
「まさか、好きな男子でもいるの?わたしたちに内緒でさ。」
集団のリーダーが彼女を責めれば、同調する。
リーダーである三浦は指で机をトントンと叩く。
「えっと、そういんじゃないんだけど……」
ここで俺や比企谷に助けを求めれば、誤解を生む。
比企谷は、背筋を曲げて自分の席にボッチで座ったままだ。一度目が合ったが、俺が敵を作ろうとはしないことを彼は理解している。敵も味方も作らず、この場において俺はいつだって傍観者なのだ。
「言いたいことあるなら、はっきり言ってくれない?」
「……ごめん。」
「すぐに謝るとか、やめてくれない?」
由比ヶ浜は、謝ることに慣れている。
その暗い表情はそんな自分に嫌気が差してきたから。
「……おい、その辺で」
「は?あんた誰?」
蛇に睨まれた蛙のように、比企谷は屈した。
「その辺で飲み物買ってこようかなぁって。」
別のやつと言葉を交わしている俺は、内心驚いている。
身内に対してボッチは優しいらしい。
「三浦、はっきり言っていいか?」
「なんだし、雪斗。」
まさか、先を越されるとは思わなかった。
「由比ヶ浜が、昼は用事あるって言っているのだが。」
「……それで?」
なぜ、理由を求めるのか。
報告連絡相談をするべき場面であるのか。
友人関係なのだから、別に気軽に言えばいいだろう。
「由比ヶ浜、さっさと行くぞ。」
「えっ、うん……」
「雪ノ下のやつは、時間に厳格だからな。」
普段と違う俺の態度に、周囲の人がぎょっとする。それでも、比企谷は『またか』みたいな顔であって、眼鏡をかけた女子は感心していて、好青年っぽい見た目で中身も好青年な男は苦笑いを浮かべて。
「雪斗君、なんか不機嫌だわー」
「な、なんかあったのか?」
戸部達が一早く反応した。
「いつも不機嫌だったよ。会話をしていると信じて疑わず、言葉を押しつけるだけ。そういう馴れ合いなんてな。」
「は?」
染めた金髪を揺らして、三浦が立ち向かってくる。
「みんなに好かれるやつなんていないって言うが、お前はどうだろうな。」
「そんなこと……」
「ない、とは言わせないからな。」
俺は周囲を見渡す。
何人かが目を逸らしたことに、三浦は無意識に視界に入れない。
葉山のやつは苦い顔をしたままだ。この男は俺が何度も人間関係を壊して良くも悪くも変えてきたことを知っている。変わらないことを選び続けているこいつとは、同僚としてのみ関わるだけだ。
お嬢様の姉も俺も、同類だ。
「友達の数と質は、お前にとってステータスということだ。友達ごっこだなんて、実に感動的だな。」
「そんなことない!みんな友達だし!」
三浦は縋る思いで周りを見る。
その反論は、感情論にすぎない。
それでいい。
呆れる表情を作って、俺は背を向ける。
「……俺の言っていることも主観的な内容だ。みんなから、ちゃんと聞いてみればいいだろ。」
ただ1人、教室から出ていく。
女子を罵倒した。
あんな人だったの。
そんな、ひそひそ話が聞こえてきた。
ほら、人間関係なんて脆くて移り変わりやすいだろう。
「今日は遅いと思えば……」
腕を組んで壁にもたれかかっていた。
賑やかな廊下は、俺たちの会話もかき消してしまう。
他の集団にとっては、無傷だからな。
「申し訳ありません。トラブルに巻き込まれまして。」
「トラブルメーカーがよくもまあ、ぬけぬけと。」
友達だからな!友達だよ!とか、そんなありふれた言葉が教室から聞こえてくる。
「国際教養科のクラスはどうですか?」
「ここまでの大きな問題は、一度も起きてはいないわ。」
「机、今回は無事に済むといいですね。」
私物ではなくて、備品だからな。
もし感情的に手を出したのなら、問題児に仲間入り。
組んでいた腕をそっと下ろす。
やがて、肘を抱えた。
「……桜咲のやり方、嫌いだわ。」
お嬢様がよく口に出す、感情論だ。
「俺には優先準位があるので。」
一番近くで、俺の間違っていることを何度も見てきた。
自覚してやっている分、たちが悪いのだろう。
「確かに、上手くいく可能性が高いことはわかっているわ。」
たとえそれが欺瞞であっても友達であることを彼ら彼女らは再確認した。そして、余裕を取り戻した三浦が由比ヶ浜の話を聞いている。教室にいる誰もが、彼女の独白と『変化』に耳を傾けている。
「けれど。私は決して認めないことを、覚えておきなさい。」
「Yes, my lady.」
お嬢様が『ご機嫌ナナメ』になることは、心が痛む。
扉を勢いよく開ける音だ。
お嬢様は身に着けている時計に触れた。
「ゆきのん!おまたせーっ!」
「どれだけ待たせるのかしら。もう5限まであまり時間がないわ。」
「えへへ、ごめんねー」
葉山や三浦たちの集団に属しながらも、俺たちと絡むなんて……、彼女らしい。
「サッキーもありがとう!」
「どういたしまして。」
ああ見えて、三浦も面倒見がいい。
感情的になることが多いだけだ。
「優美子たちもさ、サッキーのこと見直したって言ってたよ。」
「……そうか。」
はっきりしないところはあの学級にいた俺にもあてはまっていたということだ。人間関係を変わるきっかけをもたらしたことを好意的に見られたか、『今回』は。
「今日は、比企谷も来るのか?」
俺たちに話しかけるかどうか迷っていたので、話しかけた。
「教室に居づらいんだよ。お前のせいでな。」
「それは元々じゃないか?」
「うっせ。……上手くいったようだぞ。」
ボソッと呟いて顔を背ける彼も心配をしてくれたということだ。
「ねっ!ヒッキーも行こうよ!」
「……今日だけな。」
特別棟に弁当を持って早足で歩いていく。
たとえ4人で歩いていても、他の集団は気にしない。
誰もが、限られた時間を過ごすことに専念している。
「そういえばさ。ゆきのん、お弁当は?」
「桜咲が持っているわ。」
「えっ!あれってお母さんが作っていたんじゃないの!?」
俺が苛立っていた要因は、早く弁当を届ける必要があったということにある。
「料理もできるのかよ。お前ら、まじで性格以外完璧だな。」
「もし完璧だったら、それは人間じゃないだろうな。」
「捻くれているな。」
「それは自己紹介か?」
人間関係が上手く修復された結果が残った。
はっきりとした言動をとった俺は、再評価を受ける。
「はぁ……お前はそれでいいのか。」
「嫌われるつもりも好かれるつもりもないって、前にも言っただろう。」
お嬢様に被害が及ぶようならば。
もし敵が多かったのなら、また作り変えればいい。
俺ガイルの登場キャラクターに特殊能力や戦闘能力が備わること、いわゆるHACHIMANはどう思う?
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とても好意的だ。
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主観的に許容できる。
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本来、比企谷八幡は一般人だ。
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それは作者個人の自由である。
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嫌悪すら抱く。