安らかに眠った様な顔で息絶えた少女を撫でる。
最早自分が愛した少女はここにいない──そして自分もこれからそこに行く。
視線を上げれば二人の男が佇んでいる。
この二人も俺がしてきた行為で傷付いた被害者だ。
そして俺を終らせてくれる人達でもある。
「俺が送ってやる、母さんの所へ」
「分かった。でも──」
きっとこの人が、父さんが言うのなら間違いない。俺はきっと母さんと、■■の元へ行ける筈だ。
だが、それでも俺は最後まで──
「──俺は最後まで生きるよ」
「やっぱり、七羽さんそっくりだ」
始めての父さんからの称賛に、少し嬉しくなって、最後の覚悟が決まった。
腰にベルトを装着し、インジェクターをベルトのホルダーにセットする。
これが、俺の最後の変身。躊躇うな、諦めるな、それが俺の得た答えだから────
「■■■■!!!」
千翼は打ち捨てられ、廃墟となった施設の中で強烈な空腹感と共に目を覚ました。
目の前には、かつて自らが『凍結』されそうになった時に収容された棺桶の様な装置が佇んでいた。その扉は最早用は済んだとばかりに蝶番の部分から外れ、ただもう何も入れる事もない空洞を千翼の前に晒していた。
「どこだよ……ここ……」
一体自分の身に何が起こったのか、自分は死んだのではなかったのか、或いはこれも自分にとって都合の良い夢なのか。
何もかも分からないがこのまま突っ立っているだけでは何も始まらないと考えた千翼は、装着していたベルトを外し、施設の探索を始めた。
「ダメだ……俺じゃ何も分からない」
蔦や植物が生い茂り、あちこちが錆び付いた施設を一通り歩き回ったのち、千翼は途方に暮れて棺桶の前に戻っていた。
探索の中で発見した幾つかの書類から、この朽ちた施設が野座間製薬の研究所なのは理解出来たが、千翼の知識では専門的な用語を理解出来ず、それ以上の何かを読み取る事は出来なかった。他には鞄を見つけたので一先ず資料やベルトを入れる事にしたが、何の慰めにもならなかった。
これから一体どうしようか。
棺桶の前に座り込み、千翼は何をするでもなくぼんやりと考えていた。
千翼は人間ではない。「死ぬべきだった」生物である。
それまで他者に感染等する事は無かった■■■■細胞が水を媒介して広まった切欠。何の罪もない人々がある日突然隣人や家族の肉を貪り喰らう地獄を作り出した張本人。最恐最悪の生命体、この世に生まれた事そのものが正に罪である。
千翼はそうした自らの運命を悟り、それでも最後まで生き抜いた末に自らを殺しに来た父、そして人と■■■■の狭間に生きる男に看取られた────筈だった。
それが五体満足どころか傷1つ無いままこうして生きているのは、千翼にとって納得がいかない事象であった。
「──────ッ!」
それが何の解決にとならないと知っていても苛立ち紛れに棺桶を蹴りつけた。右足が鈍い痺れを訴え、それが益々生き残ってしまった事を実感させる。
こんな事をしても何にもならない。早くこの建物を出よう────
そうして顔を上げた千翼は、棺桶の隅に小さな冊子が挟まっているのを発見した。色褪せ、文字も滲んで大部読み辛くなったそれは、どうやら何者かの日記らしい。パラパラと頁をめくる中で、千翼の表情は徐々に変わっていった。やがて日記を読み終えた千翼は、顔面蒼白の表情でポツリと呟いた。
「何なんだよ、これ……」
『■■■■細胞から誕生した生命体について』
『鷹山 仁』
『×月×日
■■■■細胞に人間の遺伝子を移植した物を3ヶ月に渡って培養していたが、遂に狭苦しい調整槽からこの子を出してやれる。そう、新しい生命の誕生だ。名前は七羽さんと考えた結果、千翼と名付ける事にする』
『●月●日
千翼の成長は人類よりはるかに早い。2ヶ月程前に生まれたばかりなのにもう這う事すら出来るのだ。この子に用いられた技術はやがて人々を救うだろう。荒魂だって一捻りに違いない。なるほど通りで折神家も支援してくれる訳だ』
『△月△日
まさか、千翼がこんな性質を持っているなどとは想定していなかった。だがまだ大丈夫な筈だ。現に■■以外からのタンパク質も問題なく摂取出来ている。しかし問題は既に野座間本社では千翼の遺伝子が組み込まれた■■■■が4000体も存在している事だ。もしこれらが社会に出れば大変な事になる。全て俺の責任だ──俺が何とかしなければ』
『■月■日
俺■■翼を■結処理■るしかな■■?』
『■月■日
許してくれ』
千翼の知らない自分の人生が父の名前で綴られている事実に眩暈を起こしそうになった。
現状とこの日記を信じるならばどうやら自分は「異世界」の自分に憑依してしまったらしい。
まるで漫画か小説の様だ。それにしたってかつてTEAM Xに所属していた時に千翼が読んだ小説だってこんな酷い事態は描いていなかった。
「俺、どうすれば良いんだ……」
■■は死に、自らも命を繋いでしまったと言うどうしようも無い現実に心が折れそうになった千翼は、それでも何とか日記と資料を鞄に詰め直し、あてどなく山の中をさ迷いだした。
刀使────
神性を帯びた稀少金属・珠鋼を精錬して作り出された超常の力を持つ日本刀、『御刀』を所持する神薙の巫女である。
その役目は珠鋼精錬時に発生する不純物、ノロが結合した事で生まれる擬似生物『荒魂』を斬って祓う戦闘行為だ。
荒魂は負の神性を帯びており消滅させる事が出来ないので、同じく神性を持つ御刀で斬って鎮め、再度結合しないよう小分けにして保管するしかない。
刀使の殆どは成人前の学生であり、同時に警視庁・特別刀剣類管理局に所属する公務員である。
故に──────
「そちらが大人しく投降して頂ければ、話は早く済むのですが」
「チッ! オレ達にはやる事があるんだぞ。お前に構ってる暇なんて無いんだ!」
刀使同士が御刀で斬り結び、交戦する現状は異様でしかない。
──本当に、このままじゃ埒が明かねーぞ
その身の丈の倍以上大きい御刀『祢々切丸』を振るう少女『益子薫』は端的に言って焦っていた。
刀使の戦闘と言うものは、通常の剣術と大きく異なる点が2つ存在する。
肉体をエネルギー体に変換し、ダメージを肩代わりさせる『写シ』、そして異なる時間流に乗って加速する事で高速での戦闘を可能とする『迅移』は戦術の幅をただの剣法から大きく広げ、立体的な起動や圧倒的な継戦能力を刀使に与えた。
しかし長時間の戦闘ともなれば一方的に攻められる薫の集中力も削がれ、この場からの逃走すら不可能となってしまう。
そして──────
「ね、ね……」
────このままじゃ、ねねが
戦場と化した山の片隅に転がる
全身に深い傷を負った犬の様な生き物が、意識を失い横たわっているのだ。
益子家と代々深い関わりを持つ
薫と共に戦闘に参加していたが、現在相対している刀使────折神家親衛隊第三席、皐月夜見の手で無惨に打ちのめされてしまった。
そしてその手法こそ薫の離脱を許さない最大の理由でもある。
「お前、ノロを体内に入れてるのか……!」
「ええ、それがどうかしましたか」
「正気かよ……!?」
「勿論です。私は私の使命を果たすだけですから」
戦場を飛び回る血色の蝶。荒魂以外の何者でもないそれは夜見の体内から生成されたものである。
周囲を大量の荒魂で囲み、物量で圧殺する戦法に薫は写シを展開することすら叶わず、屈しかけていた。
──何か、何か無いのか。なんでも良いから、この場を切り抜ける手段を────!
前を向けば力量で敵わなかった相手が正眼に御刀を構え、後ろを見れば荒魂の壁が迫りつつある。
もはやこれまでか、結局薫は何の解決策も現状から導きだせなかった。
せめてこいつだけでも護ってやろうとねねを抱え、夜見を睨み付けた瞬間──────荒魂の壁が熱風で弾け飛ぶ。
「くっ……」
「な、なんだぁ!?」
二人とも顔を手で覆って熱波を防ぐ。薫の指の隙間から見える狭窄した視界に、人影の様な何かが映る。
熱風で焼けた蝶がボロボロと地面に落ちるその向こう側に、薫は青い人影──いや、人の形をした異形を見た。
『NE-O』
無機質な機械音声が、伊豆の山中に谺する。
最低最悪の怪物と、闇を斬り祓う少女のファーストコンタクトであった。
不定期更新です。
更新するのは行き場のない熱意を抱えた時になります。
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