「があああッ!」
「なんだこの……力!?」
「これが人体実験の成果とでも言うんデスか!?」
アマゾンネオ、薫、可奈美、姫和、エレンの五人掛かりでも夜見を抑える事は出来ていなかった。
理性を失い獣の如き挙動をするのに御刀も振るう、そのちぐはぐさに全員が翻弄されているのだ。
加えて夜見が写シを展開せずに戦っているので、アマゾンネオも含めて誰も夜見を殺さず無力化しようとしている事が無意識な手加減を生み、迂闊に手を出せずに守勢に回らざるを得ない現状を作り出す。
「ぐぅっ!?」
「おい青いの! 大丈夫か!?」
夜見の水神切兼光がアマゾンネオの装甲に覆われていない腹部を切り裂き、血飛沫が地面を紅く染める。
アマゾンネオ──千翼は剣術に通じている訳でもなく、自らの一撃で不意に夜見を殺害しかねない事から防御や攻撃が特に甘く、幾度か斬撃を受けて装甲を血の色に染めていた。
ダメージから膝を着いた所に、追撃が襲う。
鋼と鋼が激突する甲高い音が響いた。
「──大丈夫!? 一旦離れて!」
「あ、ああ……」
咄嗟に使えなくなっても戦闘に支障の無い左腕を盾にしようとした千翼を救ったのは、御刀を投擲して夜見の御刀の軌道を逸らした可奈美だった。
転がる様にして距離を取り、右腕のブレードを支えに体勢を立て直したアマゾンネオは荒い息と共に夜見を睨み付けた。
「この人……本当に荒魂に……!?」
「斬るしか、ないのか……」
この一瞬で可奈美は御刀を手放し、千翼は深手を負って戦いを続ける事が難しくなった。徐々に追い込まれる状況に、皆焦りを見せる。
このままでは1度振り切った他の追手に再び追い付かれる。それだけは避けなければならない。
──もはや、斬るしかない
「──ッ、ダメ! 姫和ちゃん!」
覚悟を決めた姫和は肘を上げ、剣先を後ろに下げる独特の姿勢──鹿島新當流における「車の構え」を取った。姫和はこの構えから迅移による高速突撃を得意としている。
姫和と共に逃走してきた可奈美は剣術に対する持ち前の観察眼から、夜見を斬るつもりである事を察知したが、制止した時には姫和は加速を開始していた。
「────────!」
狭まる視界の中夜見に向かって一直線に突き進む。反応すら許さない速度で夜見の眼前まで肉薄した姫和は、躊躇なく夜見に対して突きを放った。
しかし本来必殺の一撃となる筈の突きは、夜見が不意によろめいた事で空を切った。
「────? どう、した」
「ぁ……あぁ……」
ふらふらとよろめく夜見の姿に、姫和は突きの姿勢のまま問いかけた。
夜見は答える事なくそのまま2、3歩後ずさり、そこでいよいよ限界とばかりに倒れ込んだ。
可奈美が駆け寄り、脈や呼吸を確認する。
「──良かった。生きてるよ、この人」
全員がホッと息を吐いた。
どうやら夜見は荒魂の力を制御しきれずに自滅したらしい。
一先ず全ての脅威を排除し、安全が確保された薫らは、視線をアマゾンネオに向ける。
「……お前、オレ達の味方って事で良いんだよな?」
「いや、うん……戦うつもりはないよ。それより、その……此処がどこだか、教えて欲しいんだ」
「What's? 迷子デスか?」
「いや────」
千翼は一瞬逡巡した。
自らの身に起こった事を話すべきなのか、或いは真実を隠してこの場から離れるべきなのか────
しばし悩んだ末に、千翼は重々しく口を開いた。
「俺、体に何かされたみたいでさ。こんな姿になっちゃって……何も思い出せないんだ。だから誰か俺の事、知らないか……?」
「そんな……」
嘘は言っていない。確かにこの世界の千翼は凍結されていたのだからそもそも思い出す記憶も無いのだ。
ただ1つ、別世界の自分が憑依していると言う千翼自身も未だ疑っている事実を除いては、全て真実だ。
薫達の様子を伺えば、皆一様に顔を青くしていた。先程暴走した夜見も人体実験を受けた末の行動である。1日にして二人も悲惨な境遇にある人間に遭遇すれば同情するのも致し方なかった。
「ご、ごめんね、無神経な事言って……」
「いや、いいんだ……それに、信じてくれるのか?」
「うん、何となくだけど嘘を言ってないって分かるよ。剣が語るって言うのかな。君の戦いに、嘘はなかったと思う」
──こんなに早く信じてくれるのか
剣が語る、と言う言葉の意味は理解出来なかったが、未だ隠している真実を差し引いても荒唐無稽な話だと言うのに即座に信じた可奈美に、千翼は心の中で感謝する。
一方エレンと薫も少し距離を置いて話しあっていた。
「薫、どうにかならないデスか? 流石にここで置いていったら可哀想デス」
「ああ、オレとねねを助けて貰った恩もあるし、どうにかしてやりたいが──あのクソパワハラ上司が何て言うかな。それにアイツの話を100%信用するのも危ないだろ」
「デスね……取り敢えず武装解除してもらえるか説得して、従ってくれたら一緒に連れて行きマスか」
「そうだな……おい! 青いの!」
肩を寄せ合い、ひそひそ話を終えた二人は手持ち無沙汰にしている千翼へ声をかけた。
「取り敢えずここから逃げようと思うんだが、その武器とか仕舞って貰えるか」
「え、ああ、うん。それくらいなら」
「わ、意外と普通の人なんだ──って大丈夫!? 血塗れだよ!」
「ああ、もう傷は塞がってるから大丈夫」
「あっ、そうなんだ……」
あっさりと承諾した千翼は変身を解いた。装甲が形を崩し中から現れた傷だらけの千翼を見た可奈美達は血相を変えて治療をしようとバタバタ動きだしたが、千翼の言葉に落ち着きを取り戻し、その何とも言えない空気を維持したまま石廊崎へ歩きだした。
その背中をやや遅れて追いかける千翼の中で、抑え込んでいた衝動が首をもたげた。
────ああ、なんて
「まさか舞草が潜水艦まで保有しているとはな、通りで目的地に石廊崎を指定する訳だ」
「それほどのバックアップが私達にはあると言う事デスよ、ひよよん」
石廊崎に辿り着いた一行を出迎えたのは巨大な潜水艦であった。可奈美、姫和、千翼の3人は呆気にとられたが、薫達に背中を押されるまま乗り込み、何処とも知れぬ海の中を潜航していた。
「ひよよんは止めろと言っているだろう──それで、千翼と言ったか。やはりどこか悪いのではないか?」
「いや、何でもないんだ。うん、何でもない……」
「なら良いが……」
姫和の気遣いが今の千翼にはこの上無い苦痛に感じられた。
千翼は必死に自らを蝕む強烈な
目の前の少女達の肉を貪りたくて堪らない。食え、食い尽くせと千翼の中の獣が叫ぶ。
とても人間とは共存出来ないこの衝動が千翼が人外たる由縁。
人間が作り出した「アマゾン」の生態である。
「アマゾン」は一見人間の様なカタチをしているが、その本質は細胞レベルで人間とは異なる。細胞の一つ一つが人のタンパク質を求める、正しく食人生物と呼ぶのが正解だ。
薬品や徹底的な管理で衝動を抑える事は出来るが、それもいつまで持つか分からない不安定な代物であった。加えて1度食人に目覚めてしまえば人肉以外は体が受け付けないと言う凶悪さも併せ持つ。
「おーい」
「──」
千翼も例外ではなく、食人欲求は左腕に巻き付けられたネオアマゾンズレジスターから常時薬品を流し込まれているにも関わらず抑えられない程強烈だった。
「おーい」
「──」
千翼は「人間」でありたいと願っている。それは人間に消されたくないと言う恐怖からでも、好意を抱いた人間を食べたくないと言う彼自身の意地でもある。
故に耐えるのだ、何としてでも────
「おーい!」
「ッ!? あ、何……?」
「さっきから話しかけてるのに全然返事してくれなかったんだよ? やっぱり体調悪いんじゃないの?」
「いや、だから大丈夫だって……」
顔を青くして膝を抱える千翼に声をかけたのは可奈美であった。千翼の中の獣がこいつを喰らえと暴れ回る。崩れそうな表情を気合いで保ちながら会話する千翼に、可奈美はしばし考えこんだ後、閃いたとばかりに千翼の手にクッキーの入った袋を押し付けた。
「えっと、これは……」
「千翼君、きっとお腹が減ってるんだぁ。言ってくれればお菓子もあげるのに……舞依ちゃん──私の友達が作ったクッキーだけど、食べて食べて!」
「えっと、その……」
千翼の頬がひきつる。食人衝動を持つアマゾンは人間のタンパク質以外の食物を受け付けない。当然クッキーを食べることも出来ない訳だが、可奈美は食べるまでこの場から離れるつもりはないらしい。
可奈美には助けて貰った恩もある。
その場で吐いてしまったらもはやそれまでと千翼は覚悟を決め、袋からクッキーを摘まみ上げた。
「──────ッ!」
手のひらに乗せた「それ」と睨み合う事5秒、勢いよく口の中に放り込んだ。ボリボリと咀嚼し、味を感じる前に飲み込む。
喉を通る異物の感触に冷や汗が流れる、が──────
「あれ……美味しい」
「でしょー! 舞依ちゃんのクッキーなんだから間違いないって!」
千翼の舌は正常にクッキーの甘さを認識し、胃もクッキーを拒む事は無かった。
そう、この世界の「千翼」は食人衝動の解決こそ出来なかったものの、そもそも生まれた過程が異なるからか他の食物を摂取する事が可能だったのだ。
夢か幻かと錯覚する現実に、千翼は困惑した。涙すら溢れそうだった。
それでも、クッキーを貪る手は片時も止まらなかった。
「美味しい──美味しいよ! 可奈美!」
「わ、良い食べっぷり。全部食べちゃって良いからね!」
「ああ──ありがとう」
例えこのクッキーを作ったのが目の前の少女でなくとも、千翼は感謝せずにはいられなかった。
食人衝動は消えないけど普通に食べ物を食べられる千翼君(年齢不詳)
でもその他諸々は据え置きです。
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