刀使ゾンズ   作:イナバの書き置き

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今回は戦闘なしです。


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 千翼達を乗せた潜水艦は暗い洞穴の中で浮上した。

 どうやらここが薫達の言う『舞草』らしい、とタラップを降りながら千翼はぼんやりと考えていた。

 可奈美から貰ったクッキーを食べ尽くす頃には千翼の中の食人衝動はすっかり鳴りを潜め、理性的な思考を取り戻している。

 加えて食べたクッキーの味、それは千翼にとって未知の体験で、筆舌に尽くしがたい時間であった。

 その余韻に浸っている為心ここにあらず、と言う言葉がしっくりくるほど千翼の頭は鈍くなっていた。

 

 

 

「可奈美ちゃん!」

 

「舞依ちゃーん!」

 

 何やら可奈美と見知らぬ少女が抱き合っている様も、彼にしては珍しいのほほんとした顔で眺めていた。

 

 ──あのクッキー、また食べたいな……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 深夜、千翼は舞草の拠点にて与えられた部屋の布団に1人寝転がっていた。目は冴えている。

 今日は衝撃的な事が多すぎて全く眠れる気がしないのだ。

 木目調の天井を睨みながら、千翼は舞草に来てからの事を脳内で整理し始めた。

 千翼に衝撃を与えたあのクッキーを作った柳瀬舞依、そして折神家側から離反したらしい糸見沙耶香を加えて舞草に到着した一行を出迎えたのは、エレンの祖父にして荒魂研究の第一人者、リチャード・フリードマンと舞草のリーダー()()朱音だった。

 千翼は自らが得た情報とここまでの経緯を説明するため刀使達と別れ、別室でフリードマンから聴取を受ける事となっていた。

 

 

「その、これが持ち出してきた資料です」

 

「確かに受け取った。必ず有効に役立てると約束しよう。

 ──君も、辛い思いをしたね」

 

 軽い検査を受け、特に異常が無いと判明した千翼はフリードマンに研究施設から持ってきた資料を渡したが、返ってきた言葉の意味が理解出来なかった。

 かつての世界で4Cに所属していた時からアマゾン駆除の為戦い続け、拷問され、迫害され、そして全てを失い最後に自らの父親に引導を渡された千翼だったが、この様に自分に同情的な大人と出会うのは初めての事である。

 

「何か、皆優しいんですね」

 

「そうかい? 君の境遇を考えれば誰だって心配位するだろう」

 

 

 ──そうでもなかったんだけどな──

 

 千翼の正体を知った4Cは特に躊躇いなく彼の凍結を決定した。

 人間目線で考えれば決定におかしい所は無かったが、少なくとも凍結を悲しんだ人間はあの場にいなかった。

 4Cの面々に毒づく千翼の心中を知ってか知らずか、フリードマンは豪快に笑って肩をバシバシと叩いてきた。

 エレンに似て明るい性格の様だが、暑苦しい事この上無い。

 

「まぁ、なんだ。兎に角ここにいる間の君の生活は私が保証しよう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「それと──無理してまで敬語を使わなくても構わないよ。私も堅苦しいのは苦手だからネ!」

 

「は、はぁ……」

 

 何と言えば良いのか、千翼は今までに会った事の無いタイプの人間にひたすら翻弄されていた。

 

 

 

 

 

 

 ────一体何なんだ、あのおじさん。何であんなフレンドリーなんだ……

 

 理解の外側にある好々爺っぷりを思い出した千翼は布団の中で1人悶えた。

 やはりまだまだ寝れそうにはない。

 

 

 

 

 

 

 

「いきなり、大量の情報を話してしまったでしょうか……?」

 

「いや、舞草に来てしまった以上ここで理解してもらわなければいけないんだ。仕方ないだろう」

 

 翌日、フリードマン及び折神朱音からこの世界における刀使や荒魂と言った常識について説明を受けた千翼は頭を抱えていた。

 隣人が突如としてアマゾンに変貌する()()()()よりはずっとマシだが人類への脅威が絶えないのは間違いない。

 加えて20年前の相模湾岸大災厄を終結させた英雄にして現在特別刀剣類管理局の局長である折神紫は、荒魂に身体を乗っ取られ「大荒魂」なる存在を復活させるべく日本中からノロをかき集めている最中なのだと言うからもう千翼は目を白黒させるしかない。

 

 

 舞草は折神紫の正体に気付いた妹の朱音が結成した組織であり、舞草と同様に紫の正体を察知し暗殺を敢行した姫和を回収するため薫とエレンを派遣した結果が伊豆山中での死闘である。

 その為千翼が現れたのは舞草にとって完全に想定外だったが、結果として鷹山仁の手記から人体実験に折神家の関与を匂わせる文言が出た事から彼の保護は決定していた。

 

 

「これまで過酷な人生を歩まれた分、千翼さんにはなるべく穏やな生活を提供してあげたいのですが……」

 

「そうだね……2度と彼の様な被害者を出さないよう、早く決着をつけなければ」

 

「いや、そんな……」

 

 今や千翼のイメージは「幼くして非道な人体実験に巻き込まれた被害者」で固定されつつある。

 実際この体は実験の結果生み出されたのは間違いないし、それ故戸籍すら存在しないのだから的外れではないのだが、周囲の人間はそれはもう千翼に優しくしてくるのだ。甘やかされていると言っても過言ではない。

 

 

『千翼君! 一緒にご飯食べよー!』

 

『はい、クッキー。足りなかったらまた作るから、言ってね?』

 

『まあ、なんだ。もう昨日みたいな無理をする必要はないからな』

 

『おら、黙ってないで一緒に飯食うぞ。ねねも腹空かせてるんだ』

 

『ねー!』

 

『一杯食べてチヒロも元気になるデース!』

 

 今朝から刀使一行にも散々構い倒され千翼はぐったりとしていた訳だが、予想以上の大事と化した現状に深い、それはもう深い溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあー! 来てすぐなのに里のお祭りがあるなんてラッキーだね!」

 

「ああ……俺、そう言うの初めてだから案内頼むよ……」

 

「任せてー!」

 

 舞草にやって来てから数日が経った。

 日々鍛練を怠らない刀使達に対して丁重すぎる扱いから暇を持て余していた千翼は、偶々里で開催されていた祭に出かけていた。

 刀使達もこの日ばかりは皆休息を取り、祭を堪能していた。

 

 

 右手のチョコバナナと左手の焼きトウモロコシ、どちらを先に食べるべきか。

 しばし悩んだ末に焼きトウモロコシにかぶり付く。

 

「……うまい」

 

 やはり人間と同じ味覚を得たのは素晴らしい。以前、人肉以外で生命を維持するには特殊なゼリー飲料を食べるしか無かったのだが、それはもう不味いものだった。

 その為こうして様々な風味を感じる事で、千翼は新たな世界が拓けるのを感じていた。

 

 

「────うわっ!?」

 

「ねー……」

 

 突如飛来したねねを空いた左手で受け止める。手のひらに丁度良く収まったねねと顔を見合せ、飛来した方向を向けば、薫と姫和が何やら言い争っている。

 

「おい! ねねはオレのペットだと言ってるだろうが! このエターナル胸ぺったん女!」

 

「誰がエターナルだと!? 大体あいつが舞依の胸に取りついて離れないのが悪いんだろうが! 公序良俗を弁えろ!」

 

 胸の大きさどうこうと言う話は千翼にはよく分からない。恋をした事こそあれど「その様な事」は一切考えた覚えはない。

 大人しく手のひらに収まったままのねねを見つめる。

 

「……お前、そう言う趣味なのか」

 

「ねー!」

 

 

 

 

 

 

 

「────」

 

 千翼は祭のメインイベントである演舞の奉納を遠目から眺めていた。

 驚くべき事に今御神体の前で演舞を行っているのは折神朱音らしい。

 

「やあ、千翼君」

 

「フリードマンさん」

 

 やはり彼も祭を楽しんでいたのか、ニコニコした様子のフリードマンが千翼に声をかける。

 

「あの御神体の中には、ノロが入っているんだ。かつてノロは全国各地の社で個別に祀られていたんだよ」

 

「ノロが……こんな形でですか?」

 

「ああ。ノロは結合しやすいからね。尤も明治の終わり頃から折神家が管理する様になったから、今では数少ないがね」

 

 現在行われているこの儀式は余程珍しいモノらしい、と演舞を眺める千翼を横目に、フリードマンは話を続けた。

 

「前にもノロは結合が進む程知能を獲得していく。そうして人類を越えた知能を持った結果が20年前の大災厄だ」

 

 やるせない様子で語るフリードマンに千翼は何も言う事が出来なかった。その声音には千翼には計り知れない苦労が滲んでいる。

 

「ガラにもない感傷だったね、話を戻そう。

 ノロは人が御刀を手にする為に生み出されたいわば犠牲者なんだ。元の状態に戻せないならせめて社に祀り安らかな眠りについてもらう──それが今の所我々に出来る唯一の償いなんだ」

 

 だから研究をしてるんだけどネ、と続けたフリードマンは改めて千翼に向き合い、案じる様な言葉を投げかけた。

 

「君が持ち込んだ資料、読ませてもらった。君の誕生した経緯も理解したが──もしかしたら君は生まれてきた事に絶望しているのかもしれないが、それでも生きる事を諦めないで欲しい」

 

 

 君は、荒魂とは違うのだから。




今回は明るい話もしっとりした話もあります。

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