気が付くと、千翼は真っ暗な空間の真ん中で椅子に腰かけていた。
両手を見れば鎖の様な物が体椅子にくくりつけられており、身動きを制限している。
困惑した千翼はしばし拘束から逃れようともがいたが、鎖も椅子も何かで固定されているのかピクリとも動かない。
加えて声が出ない。どれだけ叫んでも喉から音が出ないのだ。
「────」
突如として「何か」が横合いから千翼に声をかけた。ノイズまみれの不明瞭な声に千翼は飛び上がりそうになった。
声の方を見れば、そこには黒い影の様な「何か」がいた。
輪郭も定まらない、辛うじて人型だとわかるそれはいつの間にか千翼の横に現れた椅子に座り、どこからか取り出したリモコンを操作している。
千翼が「何か」から目を離した瞬間、二人の目の前にプロジェクターが出現し、何もない虚空に映像を映し出す。
『俺をアマゾンなんかと一緒にするな!』
何と懐かしい言葉だろうか。それは紛れもなくかつての世界で千翼が口にした事だった。
そう、あの頃千翼が4Cを脱走し不良グループ「TEAM X」に拾われた時のシーンが眼前に投影されていた。
呆然とする千翼を置いていくかの様に場面が転換する。
『■■、俺がお前の痛みになれたら……』
『終わらせない、まだ俺達は何も始めてない……!』
『でも……でも、俺は生きたい!』
『何で……俺達は生きていちゃ駄目なんだ……! 何で……』
まるで自身の人生を纏めたかの様な映像が次々と映し出されるのを、千翼は呆然と眺めていた。
一方、隣の「何か」は目も無ければ口も無いが、どこか真剣な様子で映像を観賞している。
『でも、俺は最後まで生きるよ』
どんな作品にも必ず終わりはある。
目の前の映像もそうで、かつての千翼の人生を最後まで映し出したプロジェクターはその役目を終え沈黙した。
代わりに「何か」が千翼の眼前に現れる。隣の椅子は既に消滅していた。
「────」
千翼をじっくりと観察した「何か」はやがて絡み付く様に千翼にもたれかかり、千翼の耳元で何事か囁きだした。
「──ろ」
初めて「何か」が千翼に聞き取れる言葉を発した。
徐々に、徐々に大きくなる囁き声に千翼は身を捩って逃れようとするも、両腕にくくりつけられた鎖と纏わり付く「何か」が邪魔をする。
「ーきろ」
「生きろ」
「生きろ──」
「生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ────」
「──
「────ッ!」
千翼は自室の布団から勢い良く身を起こした。
全身に汗が滲み、意識も朦朧とする。最悪の目覚めだった。
時間をかけ荒れる呼吸を何とか落ち着けた千翼は、カーテンを開け夜空に打ち上げられる花火を見てホッと一息ついた。
一足早く祭を抜けた千翼は早々に床についたが、まだ花火を打ち上げている辺りそこまで時間が経った訳ではないらしい。
──しかし、何だったんだあの夢
影の様な「何か」、今までの人生を振り返るかの様な映像、そして「生きろ」。
ただの夢でしかないはずのそれが、千翼の脳裏にこびりついて離れない。
「……考えるの、止めよう」
考えれば考えるほどあの奇怪な夢に囚われるのだ。考えずにさっさと寝ればすぐに明日を迎えられるに違いない。
「……お休み────ッ!?」
呟いた千翼は、しかしもう一度布団を被りなおした瞬間耳に飛び込んだズドンと言う爆発音に飛び上がった。
明らかに花火とは違う、まるで爆弾か何かが起爆したかの様な音に慌てて窓に齧りついた千翼の表情が凍り付く。
眼下で、集落が燃えていた。
「どうなってるんですか!?」
「理由は分からないが、私達の所在が折神紫にバレたらしい。今この里は特別機動隊が攻撃を加えている様だが、ここだけではなく私達に協力してくれている長船、美濃関も一斉摘発されている」
「そんな……!」
部屋を飛び出しフリードマンや可奈美らと潜水艦の眼前で合流した千翼は、絶望的な状況に絶句した。
舞草の根拠地だけではなく、刀使の派遣や資金の拠出等裏から支援している刀使育成施設「長船女学園」、そして「美濃関学院」も制圧されつつあると言うのは、皆を絶望に叩き落とすには余りある情報である。
加えて特別機動隊が刀使に躊躇う事なく攻撃を加えていると言うのが千翼の折神紫への不信感を煽る。
「官給品に細工がされてるんデス……機動隊のスペクトラムファインダー(荒魂探査装置)には私達が荒魂として表示されマスから、ああまで容赦なく出来るんデスね」
「お、同じ人間だって言うのにそんな事するのか……?」
「人間だから、だろうな。大義名分があれば何だって出来るだろ。兎に角、今は逃げるぞ」
「皆を置いてくのかよ!?」
「他の刀使が必死に時間を稼いでんだぞ! ここで残ったらその意味も無くなるだろうが!」
里の人々を見捨てるかの様な発言に声を荒げるが、千翼は胸ぐらを掴み怒鳴り付ける薫に、最早黙りこむしかなかった。
「……いや、お前に当たってる場合じゃなかったな。忘れてくれ」
閉口した千翼に薫はバツの悪そうな顔で言い残し、潜水艦へ歩き出した。
──薫の主張が正しい。大体自分1人が残った所で何が出来る
何かを見捨てる事が出来ないのが自分の性分だが、既に状態は千翼の手に負えない所まで来ている。
どうにもならないやるせなさを抱えながら潜水艦に乗り込むべく一歩踏み出し────振り向く。
「? 千翼君、どうしたの?」
不意に動きを止めた千翼に、怪訝な表情で可奈美が問いかけた。だが、千翼は険しい表情のまま潜水艦へ繋がる通路を睨み、ポツリと呟いた。
「──────来る」
「お・待・た・せー!」
通路を守る刀使達を高速の迅移で蹴散らしながら少女が現れる。
────まさか、親衛隊!?
皐月夜見が着用していた制服と同じ物を身に付けたその姿に、千翼は動揺した。ノロに蝕まれ暴走する夜見の様子は記憶に新しい。
舞草制圧に動員されたのは特別機動隊だけではなかったらしい。
少女は手にした御刀を弄びながら、得意気に名乗りを上げる。
「折神紫親衛隊第四席 燕 結芽──第四席って言っても、一番強いけどね」
「名乗り」は古来より敵に対して自らの素性、戦功を告げる行為であり、その目的は自らの喧伝、味方の戦意高揚、そして相手方への挑発である。
つまりこの場の全員に対してそれを行ったと言う事は、1人も逃すつもりはないと意思表示しているのと同意義だ。
「可奈美」
「千翼君!? どうして……」
飛び出そうとする可奈美を片手で制止する。ここ数日顔を合わせて、彼女の剣術馬鹿っぷりはよく理解していた。
目的を履き違える人ではないが、同時に可能なら誰にでも試合を申し込んでしまう、一直線な少女だと千翼は感じていた。
「ここは俺に任せて、先に行って」
「そんな! 千翼君を置いてなんて──」
「アマゾン!」
『NE-O』
だからこそ、ここであの少女と戦わせる訳にはいかない。折神紫に対する貴重な戦力を損耗させる事はあってはならない。
そして、千翼には可奈美達への恩がある。舞草に連れてきてくれたのも、クッキーをくれたのも、あれほど優しく接してくれたのも全部可奈美達だ。
その恩を返すなら今この瞬間を措いて他にない。
この身命を賭して潜水艦が離脱する時間を稼ぐのだ。
先程とは逆に千翼を引き止めようとした可奈美を変身時の爆風で潜水艦へ押しやり、少女──燕 結芽へ向かって走り出す。
「へ~ぇ、お兄さんが相手してくれるんだ。すぐに終わらないといいなぁ」
「────!」
余裕の表情を崩さず幼い笑みを浮かべた結芽に、アマゾンネオの拳が襲いかかった。
・千翼
我らが歩く溶原性細胞。何だかんだ言って困ってる人を見捨てられないし友情も感じる。ただし今の所千翼の真の理解者は長瀬のみ。(前の世界から通算)
・衛藤可奈美
剣術馬鹿な事以外は常識もあるし気遣いも出来る優しい人。刀で語るを地で行くのはヤバいと思うの。
・燕結芽
第四席。とても強い。千翼の今後を左右する重要な人。