勇者の使命とは何だろうか。
俺の思う勇者とは世の中を支配する邪悪な魔王を倒し、世界に平穏をもたらすことだ。決して冒険の過程で出会ったお姫様や仲間たちとイチャイチャすることではない。
だからこそ、魔王討伐を心がける俺に恋をする必要なんてないと思うのだ。
とある日の放課後。訓練学校が終了し、英雄候補生たちは各々思い思いの時間を過ごす中、俺は悲しくも教室にて居残りをくらっていた。
そして、教室には俺の他にも女子生徒の姿が。
「ほ、ほら
夕日に照らされた教室に艶めかしい少女の声が響き、彼女の柔肌の感触がシャツ越しに伝わってくる。荒い息遣いは高まる鼓動の証だろうか。
「んなこと言われたってな...肝心の剣がうんともすんとも言わないんだからしょうがないだろ?」
少女の言葉に俺はため息交じりにそう答える。
事を起こすためにはこの剣をどうにかしなければならない。
しかし、俺の剣は一向にやる気を出す気配がない。
魔を切り裂くはずの刃はふにゃふにゃのペラペラ。これじゃあ手の方が幾分もマシである。
「ったく...なんでこんな事に時間を使わねえといけないんだ。あー、ゲームやりたい」
椅子に座り続け、妄想に妄想を重ねること3時間。好きな事ならまだしもつまらない事にこれだけの時間を割くのは苦痛でしかない。思わず心の声が漏れてしまう。
「なっ、私がここまで体張ってるんだぞ!? もっと集中してくれ!」
「体張ってるって...ただ抱き着いてるだけでしょうが。ぶっちゃけそれ効果ないと思うぞ」
「はぁ!? それ本気で言っているのか!?」
驚いた顔で少女がそう尋ねてくる。
いきなり顔をぐいと近づけるもんだから、押し付けられた胸が余計に背中を圧迫してきやがった。乳で攻撃するなよ....ったく。
「はぁ...やっぱさ、俺無理だわ。多分このまま続けても一生キミを好きになることはない」
大きなため息をついて、俺は女子生徒を押しのけるようにして立ち上がった。
「つか、そもそも密着するだけで相手を好きになるとか...恋愛ってそんなに単純なのか? もしそうならとっくに俺はこの力を使えてる」
やれやれと肩をすくめる。そんな俺を見て、少女はわなわなと震え始めた。
「......黒坂は本当に人の心が分からないのか?」
「まあな、別に分かろうともしてないし。どうでもいいだろ他人の事なんて」
「そんな.....」
慎太郎の非情な言葉に少女は驚きを隠せなかった。
クラスで一人、嫌われながらも誰よりも強い青年がいた。
自分だけは味方になってあげようと歩み寄るも、その仕打ちがこれ。
「もう帰ろうぜ。今日ちょうど新作のゲームの発売日なんだよ」
「.........」
少女の浮かべた涙に気付くこともなく、慎太郎は何事もなかったかのように話を切り出した。
ここ最近は少女と二人で揃って帰るのが当たり前になっていた。だから、今日も一緒にゲームショップに行こう。そう思っていたのだが____
パチン。痛みを感じる前に、慎太郎の耳にはそんな乾いた音が聞こえた。
「.....じゃあな」
少女は小さくそう言うとそのまま教室を後にした。
「......」
教室にただ一人残された慎太郎。脱力するように近くにあった席に座り込む。
「分かんないな....」
ゲームならば、俺は誰よりも上手くできる。攻略法だっていくつも生み出してきた。
だが、恋愛に関しては全くの素人。というか、興味がない。
モンスターを倒すよりも。きっと、魔王を倒すことよりも難しいだろう。
(誰か俺に恋愛の攻略法でも教えてくんねえかな....)
俺は今日も今日とて恋に悩むのであった。