「よお、元気にしてたか。
リビングへと続く戸を開き、俺はさながら歴戦の勇者のようにそう問いかける。
のだが。
「もちろん、お陰様でね。凄い良い生活送らせてもらってるわぁ...」
「.......」
なんだこの違和感は。うん、別に
呆然と立ち尽くす俺の視界に見えるのは
つまり、つまるところ。俺の家で敵であるはずの魔物が楽しそうにゲーミングライフを送っているという事だ。
「違和感ハンパねえなぁ! おい!!」
「むぅ...クロくんうるさい」
「.......」
俺がこのヴァンパイアを見つけたのは数日目まで遡ることになる_____
「_____あー、そろそろ魔王退治始めますかぁ...」
ゲーム三昧の毎日に流石の俺も焦りを感じていた。
いくら訓練学校に通っていると言っても、他の訓練生と違い俺は魔王を討伐せねばならない。いつまでも副業程度に魔王討伐ゲームを進めているのでは目的達成は夢のまた夢。この世界に骨を埋めることとなってしまう。
そんなわけで、俺は夜な夜な街を徘徊し人間社会に溶け込む魔物どもの捜索を行っていた。
『魔物の中には人間に極めて似た外見を持つものもいます。連中は私たちの習慣すらも模倣し、ほぼ完ぺきに人として生きることも可能です』
授業の中で聞いた言葉を脳内で何度も復唱する。
ようするに、魔物の中には『人間社会密着型』も存在するという事だ。
有名どころで言えば、吸血鬼に狼男。
前者は飢餓(血液の不足)状態でなければ容姿の特徴である耳や尻尾を意図的に体内に隠すことが出来る。後者はもちろん満月の夜以外を除いて自由に人に化けられる。
知能のないスライムなどに比べて、こいつらは考える脳みそをもっている。既に多くの魔物たちが人間社会に溶け込んでいる可能性は十分にあるのだ。
「手っ取り早く見つけて、魔王の居場所を聞き出す。もしくは、ソレに繋がる有益な情報を得る...これがベストだな」
剣と薬草片手に成り行きまかせで旅に出るのは旧世代の勇者のやること。現代の勇者はもっと知的に魔王退治を行うのである。
ということで、最終的に俺が取った手段は自身を囮にした魔物の誘い込み作戦であった。
「....あれ。これ成り行き勇者の考えるような作戦じゃね???」
まあ、そんなことはどうでもいいわけで。問題なのは実際に成果を出せるか出せないか。そこで有能な勇者か無能かがハッキリする。
定めたターゲットは吸血鬼。奴らは飢餓による正体バレを恐れているはず。腹が減ったら血液確保...なんて行き当たりばったりなことはしないはずだ。
定期的な血液を確保する方法を持っているのか、はたまた人間態を維持できる間に獲物を襲い血液を保管しておくか。主にこの二択だろう。
後者の存在は、ここ最近で起こった変死体の事件を調べることで容易に知ることができた。
新聞記事を見てみると、少なくとも数ヶ月の間にある地区内で6件もの路地裏通り魔事件が発生していた。そして、その犠牲者の体からは何故か多量の血液が失われていたと。
「秩序維持の為に通り魔事件に偽装したのか...にしても、いかにも吸血鬼が関わっていそうな事件だな」
パニックを避ける為に魔物が人間社会に潜んでいることは一般人には伏せられている。その為の偽装であった。
最も新しい事件で28日前。事件の発生周期は約1ヶ月。英雄たちにより犯人の吸血鬼が殺られてなければ、そろそろ次の殺人を行うはず。
「...まあ、夜の歓楽街を歩くのも暇つぶしにはなるか」
こうして、俺は吸血鬼たちに都合のいいターゲットになることを決めた。
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都合のいいターゲット、といっても思い当たるのは人気のない場所をあてもなく彷徨い歩くだけだった。
自分が狙われるか、もしくは他人が襲われている現場を発見できるか。睡眠とゲームの時間を削って俺はひたすらに街を歩きまわった。
街を歩き続けること、はや5日。その時はきた。
「よお、そこのにーちゃん。ちょっといいか?」
「...きたか」
呼ばれる声に振り向くと、そこにいたのは二人の男女。
ジャージ姿の男の年齢は30代後半。制服姿の少女は10代後半あたりか。耳、尻尾共に確認できないが吸血鬼の可能性は十分にある。
だが、攻撃するにはまだ早い。もう一押し、俺がコイツらを殴る確証が欲しい。
「どしたのさ、そんなに怖い顔しちゃって。にーちゃんも噂を聞いてきたんでしょ?」
「噂...? まあ、そんなところだ」
男とは話がよく噛み合っていないようだったが、俺は促されるままに近くの路地裏に入って行った。
「とりま一発やっとくかい? にーちゃん童貞っぽいから2でいいよ」
「...???」
男の言っている事はよくわからないが二人の行動を目で追い続ける。
すると、男が少女の耳に何かを囁いた。少女はコクリと頷くと、どういうわけかそのまま服を脱ぎ始める。
「おい...なんで服を脱ぎ始めたんだ? ここは公衆の面前...でもないか」
「あら、にーちゃんは着衣派だったの。
「オプション...? どういう事だ?」
さっきから展開がいまいち読めない。
吸血が目的ならさっさと襲いかかってくればいいのに、コイツら何をしたいんだ?
俺が困惑していると、男はニヤニヤしながら耳打ちしてきた。
「へへっ、もう少しの辛抱だからよ。ちゃんとアンタの好みに合わせてヤらせてやるからな?」
「殺らせてやる、だと.....!?」
コイツ、まさか俺の目的に気づいていたのか!?
男のまるで俺の目論みを知っているかのような口ぶりに、俺は思わず動揺する。それに、この男はこちらの好む状況に合わせて戦おうと提案してきやがった。
戦闘によほど自信があるのか...それともただの馬鹿なのか。
(やるのか...? 今、ここで?)
考えている時間はない。既に先手は取られている。
「まっ、そう身構えんなって。すぐに天国に_______ぐぎゃ!?」
俺はニヤニヤ笑う男の顔に思い切り肘を入れる。
顔を押さえてその場に倒れ込む男。すかさず頭を蹴り飛ばした。
「ど、どうひてバレ...ぶぎぃ!?」
鼻を潰され、その上顔を強く蹴り付けられる。鼻腔に切り傷でもできたのか足下には小さな血だまりが出来上がっていた。
「いぎ....ぎぐがぁ.....」
言葉にならない声を漏らす男。両手両足を踏み付けられた後はもう一言も喋ることなく沈黙していた。呼びかけてみるもピクリと体を痙攣させるだけで返事はない。
「...拍子抜けだな」
先手を取られたと焦っていたが、蓋を開けてみれば別段普通の人間となんら変わりがなかった。『殴って転倒。四肢を潰され抵抗を止める』こんなもの勝負にすらなっていなかった。
吸血鬼には並外れた再生能力があると聞いていた。
コイツにはその能力がないのだろうか。少しの間男の姿を眺めみるも確かに血の凝固速度は人並み以上ではあったが、脅威になるような回復力ではなかった。
「それで、お前はどうするんだ? さっきから見てるだけだが...吸血鬼ってのはやっぱり冷酷なのか?」
一人は無力化。残るは、少女のみ。俺は視線を彼女に向けた。
仲間がやられているというのに、コイツは助けようとしなかった。逃げ出すこともなくただ行われた暴力を静観していたのだ。
普通なら加勢するだろうに、疑問に首を傾げる。少女はそんな俺を見て面白いものでも見ているかのように笑った。
「ねね、おにーさんって私たちが吸血鬼だって知ってたの? 初めからこれが目的?」
「...まあな。一応言っておくが、この男にもお前にも。俺は聞きたい事がある。その気は無いのかもしれないが逃がすつもりはない」
少女との距離は僅か数m。50m走世界一の選手でもなければ取り逃すことはないだろう。不敵な笑みを浮かべる彼女に俺は威圧の意を込めて言い放った。
が、しかし。少女の返答は予想外のものであった。
「よかったー! ようやく気づいてくれたんだー!」
「......あ?」
嬉々としてそう答える少女。大きく万歳してトコトコとこちらに近づいてくる。
「全部私のよそーどーり! でも、ちょっとヒーローの登場が遅すぎるかなぁ」
「...どういうことだ? お前の行動には辻褄が......待てよ、そういうことか」
笑顔で抱きついてくる少女の様子に俺はハッとさせられた。
よくよく考えてみれば、この状況に至るまでが簡単すぎる。
吸血鬼のものだと分かりやすい事件。読みやすい犯行周期。最初、俺はこれらが実行犯の吸血鬼の馬鹿さ加減の表れかと思っていたが....
「全部お前が仕組んでたのか?」
「そゆこと。早く英雄さんたちに気づいて欲しくって、めちゃくちゃ分かりやすく事件を起こしてたんだー」
ピースピース。誇らしくえっへんと胸を張る少女...いや、吸血鬼か。
一見、おつむの悪そうな見た目をしているが、他人を動かせるぐらいの頭脳は持ち合わせているらしい。気にくわないが俺はまんまと乗せられたようだ。
だが、分からない。俺たち英雄側は吸血鬼にとっては敵だ。敵にわざわざ狙われるような行動をとる理由が分からない。コイツの行いは自殺行為以外の何ものでもない。
「ね、今どうしてコイツは自分から狙われるような事をしたんだ? って、思ったでしょ?」
「...ああ、意味が分からんな。俺がお前の立場だったらそうはしない。見つかったら殺されるんだぞ? コソコソ生きるのが嫌になったとしか思えん」
「確かに。おにーさんの立場から見れば...そうだよね」
そう言うと、少女はくるりと後ろに向き直る。そしてボソリと呟いた。
「_____私、実は数ヶ月前までは人間だったんだ」