「こんな時間からご苦労諸君! 本日執り行うのは実践体術授業だ。日頃の復習はもちろん済ませて来ただろうなぁ?」
体育館に響き渡るのは担任教師の声。
朝早くから集められた俺たちを待っていたのは、手加減無しの模擬戦であった。
「ねえ、どうする...?」「一緒にやらないか? バレないように加減するから...」
本気の殴り合いは生徒たちには不評のようで。クラスメイトたちは如何にして楽をしようかとひそひそ話をし始める。
「はぁ......」
どうせ俺の組み分けは余りものペアだ。それにコイツらと違って楽をする気なんて無い。
こちとら、魔王ぶっ倒しに来てるんだ。強くならなくてどうする。
「しっかし...アイツ、なんなんだ?」
「......ハッ!?」
模擬戦よりも俺の注目を引いていたのはチラチラとこちらを見てくる東雲。
自分から視線を向けてくるのに、合わせればすぐに逸らしてしまう。まだ怒っているのだろうか。
「前回までは自由にパートナーを決めさせたが...今回は私が各々の実力に合わせた組み分けを用意した。負けた生徒は減点、勝てば加点。死ぬ気でやれよ」
「「はぁ.....」」
ニヤリと邪悪な笑みを浮かべて先生は生徒たちにとどめを刺した。誰も声には出さなかったが、あちらこちらからため息が聞こえてくる。
「それでは各ペアに分かれた試合開始だ。試合は制限時間15分の7本勝負。7時半スタートだ。それでは、移動開始!」
「「はぁ......」」
教師の掛け声と共に生徒たちは重い足取りで館内に散らばっていく。
「俺のパートナーは誰だ....?」
最後までここに残っていた奴が俺の相手だろう。そう思って残り続けていたのだが、俺を残して全てのクラスメイトがいなくなってしまった。
もしかして、いよいよ学校側まで俺の事を無視し始めたのか? だとしたら学費返せよバカ野郎! なんて思っていると。
「よし、黒坂。お前の相手は私だ」
「...マジですか? 俺と先生が殴り合い??」
「そうだ。だって、お前は対人戦に関して言えばもう一流だからな。生徒とやらせたんじゃ話にならん」
何か間違ったこと言ってるか? 先生はそう尋ねてくる。
「いいえ。俺もそれでいいですよ。てか、ありがたいです」
「よく言った黒坂。ご褒美に私からありがたいアドバイスをやろう。もちろん、戦いながらだがな?」
言い終わると、先生は即座にこちらに向かって距離を詰めてきた。
「____っ、まだ開始時間じゃないんですけど?!」
「いいんだよ! お前と私はルール無用、制限時間無しのサドンデスだ」
嬉々とした表情でこちらに殴りかかってくる担任。俺はそれを難なく避けていく。
左肩が後ろに下がれば右ストレート。沈めば左フック。動きは完全に見切れていた。
(......ここか?)
攻撃を避けるだけでは話にならない。こちらからも仕掛けるべく時折カウンターを挟むものの。
「おおっと、危ない危ない!」
それは中々当たらない。流石に相手も場数を踏んでいる。
「ったく...どうして動きが見切られてんだよ。ゲームオタクの動きとは思えんぞ?」
「そりゃどうも。ゲーマーにだって運動が得意な種族もいるんですよ」
この学校で教わる体術は完全にマニュアル化されている。それに体術の構成がボクシングや空手など既存の格闘技術を参考にしているために繰り出される技に意外性が無い。
言ってしまえば、俺にとって先生は繰り出される技を完璧に把握された状態。
相手の持つ技が分かっていれば後は読み合いの問題だ。読み合いなんて格ゲーで何万回とやって来た。
ある意味、俺は場数を踏んでいるわけだ。
「それで先生。アドバイスって何です?」
「んあ? ああ、そう言えばそんなこと言ってたなっ!!」
渾身の右フックが避けられたことに苛立ちながらも、担任は渋々口を開いた。
「暮坂、お前の異能力は恋愛が関わってくるって言ってたよなっ!」
「っと...ええ、そうです。愛情の大きさと強さが比例する感じですね」
「だよなぁ! それでその恋愛に関することなんだがっ!」
凄い。話ながらも先生の攻撃は全くキレが落ちていない。さすがイケイケな先生だ。
「東雲とトラブってたろ、お前」
「......見てたんですか。教師がのぞき見とか道徳に反するんじゃないですか?」
「教室は公衆の面前だぞ? モラルを疑うなら、まずは自分の胸に手を当ててみたらどうだッ!」
「_____っ!?」
危なかった。まさか、そこでそうくるとは...珍しく読みがはずれた。
「おっ、やりい!」
「....やっちまったか」
何とか回避できたと思ったが、頬に軽く擦っていたようで。顔を拭ってみると少しばかりの出血がみられた。
「へへ...まずは一発。頬切れてるぞー黒坂!」
「生徒の血を見て喜ぶなんて酷い教師だ...」
思い切りガッツポーズを取って喜ぶ担任に俺は軽蔑するような視線を送った。
が、当然相手はそんなもの全く気にしない。
「オラオラ、休ませてやるほど優しくねえぞコラァ!」
「....くっ!」
再び猛攻。激しいラッシュに咄嗟に両腕でガードする。
体の大きさは俺よりも小さく、体重だって軽いはずなのに。この無限のスタミナは一体どこから湧き出ているのだろう。
「それで、だ。話を戻すぞ黒坂。お前教室で準わいせつ行為してんじゃねーよっ!」
「......わいせつ行為? もしかして、抱き合ってたことですか?」
「そうに決まってんだろうがっ!!!」
別にいかがわしいことではないだろう。ただ東雲が俺の背後から覆いかぶさるようにして抱きしめていただけなのだ。性行為をしたわけでもあるまいし。
というか、俺発案じゃない。あれは東雲がやろうと言い出したんだ。
「...何か問題でもありましたかね? 別に抱き着くぐらい外国では日常茶飯事ででしょう」
「どこの国に女子がほぼ下着姿で抱き合う挨拶があるんだ...世間知らずにもほどがあるぞ......」
呆れたように言う担任。確かに、そう言えば東雲はあの時服を少しばかり脱いでいたんだっけ。特に印象深い出来事ではなかった為に忘れていた。
「一個人としては、お前みたいな実力者には思う存分能力を発揮してもらいたい。だから、積極的な恋愛は推奨するが...教師としては注意せざる負えないぞ。節度を持て節度をっ!」
力強く言い切るとともに。担任は常人とは思えない足捌きで太ももめがけてローキックを放った。
「___っ痛ぇ!?」
マニュアル頼りの見切りでは対応が追い付かず。重い一撃に思わず心の声が漏れた。
いくら鍛え始めたといえど、未だ体は発展途上。激痛のあまり右足からくずれ落ちてしまう。
「はっはっは! まだまだ甘いな黒坂。こう見えても私だって体術には自身があるんだ。隠し玉くらい持っているに決まってるだろ!」
「......」
やられた。教育者ってのは教科書至上主義だと思っていたのに、この担任教師は実践派であったか。完全に油断していた。
「それじゃあ、最後のアドバイスだ。東雲にはさっさと謝れよ? あらはどう見てもお前が悪い。年頃の乙女はデリケートなんだよ」
「...そうっすか。なら、謝っておきますよ」
年頃の乙女がデリケートってのはいまいち理解が出来ないが、リターンを与えていない俺に非があることは分かる。ちょうどチラチラ見られるのにも嫌気がさしていたんだ。
素直に承諾した俺に担任はうんうんと満足げに頷いた。
「よおし、いい子だ。そんなよいこの黒坂にはコイツを食らわせてやろう」
そう言うと担任は大きく拳を振り上げる。標準は身動きが取れなくなっている俺の顔。とても加減をしてくれるような様子には見えない。
「......ちょっと待ってください。俺もう右足動かないんですけど。試合終了のはずなんですけど...!?」
「うるせえ奴だな! ルール無用って言っただろ! 私が勝ったと思うまで試合は終わらん! 終わらせん!!」
「.......」
最低だ。この教師最低の人間だ。
「くたばれ黒坂ぁああああ!!!」
俺はこの日、黒崎の行った陰湿ないじめではなく。
物理的でド直球の暴力という名のいじめを受けた。
今日はここまでです!いやぁ、戦闘描写が苦手です....笑