私の名前は
自己紹介を求められる時はいつも困る。私には誰かの興味を引くような特技も面白い話もない。むしろその逆、私には誰かに疎まれる話しかないのだ。
_____だから、今回私が語るのはただの自分の人生だ。
「お前には力がない。だから、何も得られんのだ」
父のそんな言葉が実家を離れた今でも脳裏に焼き付いている。
思えば、私は生まれながらに孤独であった。
東雲家はその手の人間なら誰もが知る格闘集団。全国になん十万人と弟子を持ち、古くから続く由緒正しき一族だ。元は暗殺や雇われ兵を生業としていたようだが、現在は魔物の討伐の最前線を担っている。
強さに拘る東雲一門において、当主は最も強い存在でならなくてはいけない。現に私の父である東雲龍三は魔法を使用できないという制限を持ちながらも、『魔族殺し』とその名を多く知られている。
そんな中、私は東雲家初の女子として生まれた。
東雲家は世襲制だから次期当主は私になる。その為に幼い頃から厳しい戦闘訓練が強いられることとなった。幼稚園や学校には通うことなく、ただただ己の力を鍛える毎日が始まったのだ。
「右左左右ッ! 遅いぞ久遠、気を抜くな!」
「は、はいっ!」
早朝起床。訓練生とひたすらに殴り合う。そして、寝る。この繰り返し。
別に嫌だと思ったことはなかった。外部との関わりを殆ど遮断していた私にとってこの生活が世間一般のものであると思い込んでいたからだ。
そんな生活が10年ほど続いた頃だろうか。私の人生は180度大きく変わることとなる。
「お前の名は
「はい。万世の名に恥じぬ男になれるよう精進いたします!」
東雲万世、それが彼の名前。私に弟ができたのだ。
弟は私が6歳の頃に生まれたそうだ。誰にも知られないように生まれ、姿を隠しながらひっそりと生きてきたらしい。というのも、私の母は既に他界しており弟は腹違いの子供であったからだ。
では、何故今になって現れたのか。それは私が落ちこぼれであったからだ。
実を言うと、私には致命的なほどに戦闘センスがなかった。
不器用というかグズというか。頭で考えることに体がついていかない。相手の攻撃を避ける時も反撃する時も、常に行動がワンテンポ遅れてしまう。
男社会にいきなり現れた女の私。それだけでも周囲からの目は厳しいものだった。だと言うのに、肝心な戦闘能力すら持っていない。虐められることなど日常的だった。
誰もが次期当主に私は相応しくない。そう思っていただろう。
そんな中、弟に類稀なる格闘センスがある事が明らかとなる。
その事を知っていたのは父だけであったが、『力』に固執する父は弟に機会を与えた。
「久遠と戦え。勝てば、お前に名をやろう」
弟は名を得る為に私と戦った。手も足も出ない、二人の実力差は明らかだった。
こうして私は家を追われた。与えられたのは『東雲家の恥』という肩書きだけ。
弟には力があり、私にはなかった。力があったから弟は名前と場所を手に入れた。ただそれだけの話だ。......本当に簡単な話だ。
親から教えられたのは友達の作り方でもましてや恋人の作り方でもない。どうやって人を殺すか、ただそれだけ。全寮制の学校に入学できたのは運が良かった。
だが、学校での生活も慣れないことばかりで困難の連続だった。
どうやって人とコミュニケーションを取ればいいのか分からない。授業にだってついていけない。そんな私はすぐに一人ぼっちになった。
生きているのか死んでいるのか分からないような毎日を繰り返し、学校を卒業。気づけば英雄候補生になっていた。自分に戦いの才能がないことは誰よりも分かっているのに。
そんな時だ、彼に出会ったのは。
「...どーも、好きな物はゲーム。嫌いな物は人付き合い。以上。みんなよろしく」
とてもよろしくできるとは思えない彼の名前は黒坂慎太郎。
実戦演習では誰にも負けず、座学の成績もトップクラス。何を取ってもパッとしない私とは全くの正反対だ。
しかし、たった一つだけ。私と黒坂には共通点があった。
彼もまた孤独であったのだ。
そして、ある日。私は思いきって黒坂に話しかけてみた。
「な、なあ....よかったら今日の班は私と組まないか?」
「....物好きな奴だな。俺に関わると仲間外れにされるぞ??」
「仲間外れ上等だ! そういうのには慣れっこなんだ」
その日から私に初めての友人ができた。
黒坂は物知りだった。私が疑問に思うことの答えを全て知っていた。
そんな中でもゲームというものに関しては取り分け他にはない情熱を持っていた。
「いいか? ゲームこそ至高なんだ。想像力、判断力、決定力、生きる上で重要なこれらの力は全てゲームをプレイする事によって成長する!」
おまけにストレス発散にもなるのだから最高だ。それが黒坂の口癖だった。
彼の誘いもあって私はよくゲームをするようになった。
「いいか...足音を聞くんだぞ? 耳を澄ませろ。神経を研ぎ澄ませ...」
「お、おう...足音...足音ぉ.....ハッ、敵か!?」
「バカっ! それは自分の足音だぞ!? ったく...角待ちしてろって言ったのに.....」
ゲームは本当に楽しい。やはりこれも苦手なのだが面白いものは面白いのだ。
今まで娯楽から縁遠い生活を送っていたからだろうか。黒坂と一緒にゲームを遊んでいる時、私は初めて幸せを感じた。こんな世界もあるのかと感動した。
黒坂は私がゲームに誘うといつだって付き合ってくれた。三時間でも四時間でも、一日中付き合ってくれる事だってあった。
それが私は嬉しかった。
私だけじゃない。黒坂も自分を友達だと思ってくれている、そう確信していた。
そんな時に彼が恋をしたがっていることを知った。
友達を助けるのは友達の役目だ。私は喜んで彼の手助けを申し出た。
しかし、つい最近まで友達のいなかった私に恋愛経験なんてあるはずもなく。恋の仕方なんて分からない。人付き合いすら苦手なんだ。
でも、年頃の男子が異性の身体に興味を持つことは一般常識として知っていた。だから恥ずかしながらも文字通り一肌脱いだ。私の唯一の友人の為に。
なのに______
黒坂は私を否定するように、私を虐げた者たちと同じように拒絶した。
私はこんなにもお前の為を思って行動しているのに...どうして分かってくれないのだ。
『黒坂には人の心が分からない』
噂で聞いた事があった。クラスの奴が話していた。嘘だと思っていた。
「......黒坂は本当に人の心が分からないのか?」
「まあな、別に分かろうともしてないし。どうでもいいだろ他人の事なんて」
「そんな.....」
私は絶句した。
私と黒坂は友達同士ではなかったのか。彼にとって私はただのクラスメイト。いや、もしかしたらそれ以下だったのかもしれない。
多分、私は悲しかったんだと思う。全部は私の独りよがりだったんだ。やはり私は誰にも認めてもらえないんだ。そんな思いが心の中に広がっていって、気づいたら黒坂を殴っていた。
「あぁ...私はバカだ....なんで、どうしてあんなことを......」
その日の夜。死ぬほど後悔した。
何もない部屋に置かれた何本ものゲームソフトを見るたびに、黒坂との楽しい時間が脳裏に浮かんだ。巨大なモンスターを二人で狩りに行って...そうだ、あの時初めて一回も死ぬことなくモンスターを倒せたんだ!
「あの時、黒坂が初めて私を褒めてくれたんだ.....」
その時確信した。私には黒坂が必要だ。彼がいない生活なんて考えられない。
だから私は、彼に謝ることにした。
例え彼が私を友人だと思っていなくとも。黒坂が私と一緒にいてくれれば、それでいい。そう思ったのだ。
「....黒坂は、また私を褒めてくれるだろうか?」
私には何もない。もう、彼以外に何もないのだ。
次回から魔王退治始めます!