瑠「あらあらまぁまぁ、小鳥ちゃんが来たわ。猫ちゃんも来たわ。もふもふねぇ」
錆「相変わらず動物に好かれますね、瑠璃子さん」
瑠「なんだか近寄ってきちゃうのよねぇ。この前は鹿ちゃんに会ったわ」
錆「鹿ですか。それは凄い。ですけど、危険な時は言ってくださいね。中には獰猛な動物がいるんですから。例えば熊とか蛇とか」
瑠「あらぁ?でもこの前小芭内ちゃんところの鏑丸ちゃんは毒は無いって言ってたわよ?手に巻き付いてもらったの~」
錆「もう既に手遅れだった!?」
―――幸せが壊れる時は、いつも血の匂いがする。
誰かが、そう言っていた。誰が言ったかは知らないけれど、全く以てその通りだ。
――――何故なら今、此の瞬間、私の幸せは壊れる。噎せる程、濃い血の匂いと共に。
血塗れの母が何故か刀を持ち、体の弱い父が私を抱えて走り出す。遠ざかっていく母に手を伸ばすが、届かず、段々と離れて行き、最後に見たのは母の左腕が飛んだ瞬間。叫ぶ、叫ぶ。
お母さん!お母さん!ああっお母さん!!!
父は走る。私を守ろうと走る。然し、体の弱い父は倒れ込んだ。痛みは思ったより無かった。父が腕の中で守ってくれたからだった。
でも、お父さんの足が、消えていた。何かに食べられちゃったみたいに、無かった。
激しい痛みに悶える父は歯を喰いしばりながらも、叫ばなかった。決して、叫ぶ事はしなかった。
訳の分からない私は腕の中から抜け出して、父の体に縋り付いて、お父さんお父さんと泣くしかなかった。
其の時、足音が聞こえた。私は其れがお母さんの物だと思ったけど、違った。―――知らない男の人の物だった。
私とお父さんを見下ろす男。黒髪で、真っ赤な、血の様な色の目で、青白い、月色の肌。お父さんよりも少し若そうな、お金持ちそうな青年だった。
ただのお金持ちだったら、どれだけ良かっただろう。青年は、返り血で真っ赤だった。誰の物か、なんて直ぐに判った。お母さんの、血、だった。
『やっと見つけた』と言って、嬉しそうに笑って、私に手を伸ばてくる。
――― 其の手に捕まれたら死ぬ。そう感じたのに私の体は動かなくて、伸びてくる手を黙って見ているしか無くて。
――― 左腕を無くしたお母さんが、其の手を切り捨てた。
血がいっぱい出ているのに『逃げろ!』と叫ぶお母さんの顔は見た事無い程、怖かった。
お母さんが青年に切り掛かる。見た事が無い、激しい剣技で青年をどんどん私から遠さげる。其れが逃がす為だと判った。
すると、お父さんが私の名前を呼んだ。
『狭、霧山にいる…鱗滝さんの、所、に、行け。逃、げろ、彼奴から、』
私は首を振った。お父さんとお母さんを置いて、逃げられる訳が無かった。でもお父さんは『行け、行け、早く、行け』と言った。
『行きなさい!!瑠璃子!!!』
今まで聞いた事が無いお父さんの怒鳴り声に私は怯えて、そして――――走り出した。
『瑠璃子!』
『『 愛してる 』』
最後に聞こえたのは、何処までも優しく、深い、両親の愛の言葉だった。
走って、走って、走って走って走って。息が切れても、手足が痛くなっても走って。
そして、鱗滝さんに拾われた。
目が覚めた時には、あの地獄から一週間が立っていた。
起きた私に、鱗滝さんが『具合はどうだ?瑠璃子』と聞かれた時、少しぼんやりとした後、あの地獄を思い出して泣き叫んで、鱗滝さんに縋りついた。
お母さんが!お父さんが!お母さんの手が!!お父さんの足が!!!二人が!!!!
混乱して、言葉が拙くなってしまったが、意味を理解した鱗滝さんは息を呑んで、そして思いっきり私を抱きしめた。混乱していた私は相当暴れただろう。其れでも鱗滝さんは離さなかった。
時間がどれだけ経ったのかは判らなかったが、泣いて叫んで、疲れ切った私は糸が切れたみたいに眠り込んだ。
次に目が覚めたのは丸一日経ってからだった。
薄らと目を開けると、鱗滝さんの背中が見えた。何かを読んでいる。手紙だろうか?かさかさと紙を触る時の音がして、隣には鴉がいた。
手紙らしき物を見て、鱗滝さんは泣いていた。背中しか見えなかったけど、微かに其の背中が震えていて、時折鼻を啜る音と声を押し殺す音が聞こえて、彼が泣いているのが判った。
私が寝ているから、此処にいるから、声を押し殺している。其れがすごく申し訳無かった。
鱗滝さんはお父さんの事、とっても大事に思っていたから。とっても可愛がっていたから、本当は泣け叫びたい筈なのに、私がいる所為で泣けない。鱗滝さんへの申し訳なさで私は心の中で謝りながら再び目を閉じた。
次に目を開けた時に、鱗滝さんは『此処に居なさい。落ち着いたら出て行っても良いから』と優しい言葉をかけてくれた。私は其れに甘えるしかなかった。
数日間、何も言わずに衣食住を提供してくれる鱗滝さんに申し訳なくて、ちゃんとしよう、鱗滝さんに恩返しをしよう私は動き始めた。
最初は鱗滝さんが採ってきた山菜やら野菜やらを切る所から始め、二週間もすれば自然と料理が出来る様になった。自分が思ったよりも私は料理の出来る方だったらしく、おかげで助かった。
次に覚えたのは罠の作り方。熊等の大型動物も出るらしいので、鱗滝さんから教えてもらった。後に好奇心で作ってしまった人用の罠は後に此の山に来る弟子達の関門となってしまった。未来の弟妹弟子達、ごめんなさいねぇ。
其れでも、おかしな事に私は笑えなくなっていた。
笑顔の表情筋が機能しない。笑いたいのに笑えない。泣く事は出来た。怒る事も出来た。でも笑顔だけは出来なかった。頬を揉んでも、無理矢理指で口角を上げても、ちゃんとした、自然な笑顔が出てなかった。
鱗滝さんは『両親を失った悲しみで笑顔が消えてしまったのか』と悲しげに言い、慰める様に頭を撫でてくれた。おかしいな、大好きな鱗滝さんの手なのに、嬉しいのに笑えなかった。
笑顔が戻らないまま、色んな事を教わりながら鱗滝さんの所で過ごして、二年が経った時の事。彼は宍色の髪の子供を連れてきた。其の数ヵ月後には同じ様に黒髪の子供を連れてきた。
獅子色の髪の子は錆兎、黒髪の子は義勇。後に二人で一人の水柱になる子達だった。
二人は私より二つ下で、身内を鬼に殺されたと言う。話に聞いていたが、此の時の私は鬼がどんな物かは知らなかった。
だが、身内を失い、目に闇を抱いた二人を見るのは辛かった。
鬼への怒りに燃える錆兎は兎も角、悲しみが強かったであろう義勇は、後の無表情で口下手な性格とは真逆の気弱な性格でよく泣く子だった。体格も私より少し小さく、性格も相俟って余計に小さく見えてしまい、まるで『弟』の様だと勝手ながらに思ってしまった。
だからか、義勇を慰め、世話をしていく内に懐かれた。ただ、其れは良い効果を齎した様で、少し遅れて彼も鱗滝さんの指導を受ける様になった。
錆兎は気を張らないと自分を保てなかったのだろう。寂しさを払う様に一心不乱に鱗滝さんの指導に食い付いていた。
『男らしく』と口癖の様に言う彼に私は一種の憐みを抱いていた。怒りに身を任せる錆兎が痛々しく見えたからだ。
ある夜、素振りを続ける錆兎に言ってしまった。『泣いても良いのに』と。錆兎は其の言葉に反応した。『煩い』と―――何時もなら『瑠璃子さん』と呼んで笑ってくれるのに―――冷たく言い返されて、此の時私はムキになったのだろう。
彼に向かって突進し、其の儘抱きついた。
突然の反撃に錆兎は受け身を取れずに仰向けで倒れた。ぷんぷん怒る彼に対して私は言った。『泣いて、良いよ』。体勢を少し変えて、離そうともがく錆兎を押さえる様に彼の頭を抱きしめた。
『泣いて良いんだよ』
『男の子だって、痛い時は泣いて良いんだよ』
『大事な人を失った時は泣き叫んでも良いんだよ』
『苦しい時に苦しいって言わなきゃ、心が死んじゃうよ』
『錆兎の心が死ぬのは、お姉さん、嫌だよ』
思った言葉を口にする。錆兎の頭を胸に押し付けて、頭をゆっくりと撫でる。
すると、暴れていた錆兎は次第に抵抗しなくなり、そして徐々に私の背中に手を回して、泣いた。思いっきり泣いた。『痛かった』『苦しかった』『何も出来ずに家族を鬼に殺されて悔しかった』。服が彼の涙で濡れるのは全然構わなかった。其れで彼の心が救えるなら何だって良かった。
泣いている。子供が泣いている。慰めるのが私の≪役目≫だ。不思議とそう思った。
何事かと出てきた鱗滝さんと義勇は私達を見て、驚いていた。当然だろう。泣き言一つ言わない彼が大声で泣いているのだから。
義勇が『錆兎!瑠璃子さん!』と私達の方に来て、抱き付いた。彼も泣き出した。
二人を慰めながら、私も静かに泣いた。其れでも一気に心の距離が縮まった気がした。
散々泣いて三人で目を真っ赤にして、その日は一緒にお布団に入った。錆兎が左、義勇が右で、私は真ん中。両手を繋いで、眠るまでの間沢山おしゃべりをした。
――――その日の夜に私は思い出した。所謂『前世』と言う長く、短い記憶だった。
私は大正よりもずっと後の、百年以上先の未来で生きていて、保育士をしていた。
子供が好きで、小学校から保育士と言う職業に憧れて、その為の勉強をして、資格を取り、就職先の保育園で先生をしていた。子供達の成長と安全を見守り、其の将来が平和でありますようにと願っていた。
そうなのね、錆兎を抱きしめた時に感じたのは此の経験があったからなのねと納得していた。
然し、巷で話題となっていた通り魔に襲われ、『私』は命を落とした。
子供達の成長を見届けずに死んだ私は、過去の時代の『鳴滝瑠璃子』として生まれ変わったのだと理解して、目が覚めた。
突然戻った記憶に心臓の音が激しくなり、不安になって横を見ると私の両手を握ったまま寝る錆兎と義勇がいて、涙が一つ零れた。
今世の両親は私をアレから守って亡くなった。立派な人だった。錆兎も義勇も大事な人を奪われた。其れでも鬼を倒そうと努力を続けている、私と違って強くて、弱い子供達。
錆兎、義勇。今の『私』は戦う力は無いわ。貴方達の様に努力も出来ないけど、支えるからね。
何処まで力になれるか分からないけど、いっぱいいっぱい支えるからね。
だから死なないで。生きて。
ふと錆兎の瞼が震えて、徐々に開き始める。義勇も起きた様で、のそりと体を起こして、私を見た。『何で瑠璃子さん泣いてるの?』と聞いてきて、錆兎も驚いて『手、痛かったですか?』と心配してくれた。
私は其の答えとして首を横に振って――――笑顔で挨拶をした。
『おはよう、錆兎、義勇』
ちょっと間が開いて、我に返った錆兎が『瑠璃子さんが笑ったぁああああ!?』と珍しく叫んで、其の声で丁度、朝ご飯の材料を取りに行っていた鱗滝さんが乱暴に戸を開けて『朝から煩い!』と叫んで、私を見て、材料を全て床に落とした。
『おはようございます、鱗滝さん』
次の瞬間、私は鱗滝さんに抱きしめられていた。
其の日から錆兎はちょっとだけ余所余所しくなった気がした。何か目が合わなくなった。思春期の突入かしら?
鱗滝さんに相談したら『そうか』と言って、暫く使っていなかった日輪刀を取り出して、其の日の指導は何時もより厳しかった。なんで?
義勇の指導は何時も通りだった。うんうん、義勇頑張ったわね。今日は鮭大根にしようねぇ。
時は思うよりも早く過ぎて、二人は鬼殺隊への最終選別試験に向かう許可が降りた。
試験会場に向かう当日、鱗滝さんが作った厄除けの面を渡された二人に、私は泣きたい気持ちを押さえて、まとめて抱きしめた。
『死なないでね、絶対に帰ってきてね。帰ってこなかったら絶対許さないから』。そう言えば二人は『絶対に帰ってくる』と約束してくれた。
―――― 其の後、二人は満身創痍で私達の元へ帰ってきてくれた。
『帰ってきた!帰ってきたわ!』と騒ぐ私に、鱗滝さんは二人に駆け寄り、そして抱き締めた。『よく、帰ってきた』と言った鱗滝さんの声は震えていた。
私は知っていた。鱗滝さんの、錆兎と義勇より前の弟子は試験から帰って来なかった。会場にいる鬼に喰われて死んでしまったから。
其の所為で、鱗滝さんは弟子を取るのにあまり前向きではなかった。厳しくも、弟子への愛情に溢れた人だから。其の不器用ながらも大きな愛情を持っている事、帰ってこなかった弟子の面を手に、夜中静かに一人で泣いていた事を、私は知っている。
然し、二人は帰って来てくれた。私との約束通りに。鱗滝さんの願い通りに。
錆兎は『戦いの最中に面を割ってしまった』と申し訳さなそうにしていたが、其れよりも私も鱗滝さんも二人の命の方が大事だった。
後、義勇を慰めるのも大変だった。何でも彼は錆兎の後を追いかけるだけで、鬼を切っていなかったそう。会場の鬼は錆兎が一人で殆ど斬ってしまったらしい。そして今回の試験は異例の『死者無し』と言う事態になったと後日知る事となる。
義勇は『鬼を斬っていない自分に鬼殺隊員になる資格は無い』とすごく落ち込んでいたけど、錆兎と一緒に励まして、いっぱいよしよしして、いっぱいご飯食べさせたら何とか回復した。義勇は良い子良い子すると、とっても機嫌が良くなるものね?
其の数日後の事だった。来訪者が私の前に現れたのは。
『――――
其の女性は何の前触れも無く、私の前に現れた。此の時、鱗滝さんと錆兎・義勇は家の中で、私は一人外で掃除をしていた。
ひんやりとした冷たい風を感じて、其方を見た。其処には女性が一人立っていた。薄水色の髪を一つに束ねた、可愛らしい顔立ちの人だった。髪よりも少し濃い水色の羽織を羽織った女性はぽかんとした表情で、私に向かって名前を――――お母さんの名前を言った。
姉さん…?姉さんと言う事は此の人はお母さんの妹?
そんな事を考えていたら女性は段々と笑顔になっていき、一瞬で消えた。
と、思ったら女性はいつの間にか私の前にいて、両手を伸ばし、私の両脇に差し込んで抱き上げた。
『七海姉さんだ!!!七海姉さんそっくり!!!
私を抱き上げた儘、くるくると回る笑顔の女性。
ちょっと待って、此の人お母さんだけじゃなくてお父さんの名前まで口にした!?
だが、其れを聞く以前に回転が、勢いが遊園地のティーカップより激しくて、ぴゃあぴゃあ叫ぶ私に気づいた鱗滝さん達が慌てて出て来て、ぐるぐる回る私を、そして回す女性を見て鱗滝さんは叫んだ。
『何をやっているんだ
『あ、鱗滝のじじいだ。おひさ。ちょっと殺させろ』
と、笑顔で言った女性は、鱗滝さんに雪音と呼ばれた其の人はパッと私を離すと、次の瞬間には刀を抜いて鱗滝さんに襲い掛かっていた。
勿論、私は地面に落ちた。高い位置から落ちたので衝撃は大きかった。すごく痛い!!『瑠璃子さん!』錆兎と義勇が慌てて私の所に安否確認をしに来る。
二人の背後でキンキンキンッと金属がぶつかり合う特有の高音が響いていた。
透き通った薄青緑色の刀で、何度も斬りかかる雪音さんに、綺麗な青の刀を握った鱗滝さんは何度も滑る様に剣技を刀身でいなす。とんでもない速さで技の応酬をする大人二人に私どころか錆兎も義勇も圧倒されていた。じ、次元が違う!錆兎と義勇の剣より技術が圧倒的に高いし早い!
雪音さんの一閃に鱗滝さんが後ろに大きく後退した所で、彼女は刀を鞘に収めた。
『おい、じじい。何で瑠璃子が生きてるってあたしに報告しなかった?先ず報告すべきは血縁関係のあるあたしだろうが』
『お前に連絡すれば余計厄介な事になる。大体瑠璃子は当初茫然自失状態だった。危ない状況でお前に預ける訳にはいかんかったからだ』
『頭の固いじじいめ。まぁ見つかったから良いや。ほら、帰るぞ瑠璃子』
此方を向く女性に私は思わず怯えた。錆兎が前に出て、私を隠してくれる。
『あんた、一体誰だ?瑠璃子さんとは如何言う関係だ?』
『瑠璃子さん、こっち』
錆兎が隠している間に義勇が手を握って立たせてくれる。そして手を引かれ、隠れようとすると雪音さんの目が細くなった。
『動くな。殺すぞ』
―――まるで氷の様だった。
放った言葉も、表情も、目も冷たくて、私も、手を握ってくれた義勇も守ってくれる錆兎ですら固まった。一気に周りの温度が下がる。体も急激に冷え始め、がちがちと歯が震え始めた。
雪音さんが一歩、一歩と此方に向かってくる度に寒くなる。
――― 一言で言えば、『寒波』。寒波が、人の形をして、此方に歩いてくる。
凍り付く錆兎の隣を過ぎて、雪音さんは私の前に立つ。手を握る義勇の手に温かみが感じられない。
そして、手が伸びてきて―――――
『雪音!いい加減にせんか!!!』
ドンッ!
地響きの様な鱗滝さんの怒号に我に返った。ハッとした義勇が手を引いて、腕の中に隠してくれて、錆兎が直ぐに私達の前に立つ。二人も私と同じ様にカタカタと小刻みに震えていた。
雪音さんは氷の様に冷たい、温度を感じさせない目と表情で私達を見下して、ふぅと一息吐いた。途端に寒さが消えた。
『うん、今のはあたしが悪かった。素人剣士相手にやり過ぎた。すまん』
あっさりと謝る雪音さんに何だか急に力が抜ける。
『いやあ、瑠璃子が生きてるって知ってつい興奮した。悪いなジャリ共』
『何をしに来た?用があるのは儂か?』
『いいや?暇潰し』
ビキリと鱗滝さんのこめかみ(顳顬もしくは蟀谷)に血管が浮き上がった。
『冗談だ。近くでうちの長男が鬼を殺してるって聞いてな。顔を見に来たついでに、じじいが死んでるか見に来た』
スゥウウウと息を吸う音が聞こえて、音の発信元である鱗滝さんを見ると彼は刀を構えていた。全集中の呼吸使う気だわ!慌てて三人で抑える。
『あー!あー!鱗滝さん待って待って!』
『事情!事情を聞きましょう!』
『(こくこく頷く)』
*
『んじゃ、自己紹介。あたしは鳴滝雪音。其処にいる瑠璃子の叔母さんで、二人の息子持ち。ついでに元柱。よろ!』
笑顔でそう言う雪音さん。一方で私は義勇と錆兎と鱗滝の背後で守られていた。あらあらまぁまぁ、守ってくれるなんて、大きくなったわね二人とも。
其れにしても、叔母さん…つまり私の母の妹にあたる人、なのよね?然も二児の子持ち。……見た目、かなり若く見えるのだけど。
じっと雪音さんを見ていた義勇がぼそりと『瑠璃子さんと少し似ている…』と呟く。声が聞こえたのか、雪音さんはにんまり笑った。
『当然、血縁関係はあるから似てる所はあるだろうさ。……さぁて、じじい。これは如何言う事だ?何で瑠璃子があんたの所にいて、何であたしに連絡しなかった?答えろよ』
其の質問に鱗滝さんは少し黙った後、『判った』と言い、話し始めた。
先ず私が倒れていたのが狭霧山の近くで山の見回りをしていた時に見つけ、保護した事。
当時の私はパニック状態で、まともな状態では無かった事。
もし連絡すれば、鬼殺隊で『暴走機関車娘』と呼ばれた雪音さんは即座に会いに来て、逆に私を混乱させてしまうのを危惧して、連絡しなかった事。
其れ等の事を説明すれば、雪音さんは『なるほど』と納得した様子だった。
『其の様子じゃあ、あたしの事は忘れてるって訳か。通りで怯えられると思った』
『急に抱っこされたら誰でも驚いちゃいますよぉ…』
うんうんと錆兎と義勇が同意してくれる。
『瑠璃子。突然だけど、お前、両親の事何処まで聞いてる?』
『え?えっと、お父さんが鱗滝さんの甥っ子さんだった事くらいで…』
『そうなんですか!?』
驚く錆兎に、頷く。雪音さんは頭を掻いて『其処だけかよ…』と唸った。
『じじい、甥可愛さで姉さんの事を話さなかったな』
『何が悪い。お前の姉がうちの甥を無理矢理奪って行ったんだろう』
『いやいやいや、姉さんはちゃんと海里に結婚申し込んだだろ?別名『誘拐結婚』とも言うが』
『誘拐結婚!?』
碌でも無い言葉に思わず手の指先で口を押さえた。其れ犯罪よね?
『別にそんな怖い物じゃないよ。姉さんが海里に結婚申し込んで、断れたから誘拐して、結婚しただけだ』
『其れは…犯罪なのでは?』
『いやー姉さん積極的でさー!一目惚れして、『彼奴の家族が反対する。誘拐してくる』って言って本当にやりやがったよ!実に豪快豪快!』
けらけら笑う雪音さんとは裏腹に、私は混乱し過ぎて頭が痛くなってきた。
た、確かに豪快な人だった記憶はある。澄んだ水の様な、清らかな美人だったけど、本当に強かった。細腕に持った斧を一振りするだけで大木を切る人だった様な…?
其れを普通だと思っていた私って馬鹿なのかしら?あと綺麗だったから年齢も判らなかった。お姉さんびっくり。
……あれ?お母さんってつまり最強だったの…?
『あ、勘違いすんなよ。あんたの両親はちゃんと愛し合ってたから。其の証拠がお前だからね』
そう言われて、頭の痛みが引いた。其の愛を、大きな愛を私は知っているからだ。
其の愛が、私を生き長らえさせて、大切な人達に会わせてくれた。
『瑠璃子』
『瑠璃子』
『ずっと、愛してる』
嗚呼、お母さんお父さん。私、生きてて良かったわ。
命懸けで産んでくれてありがとう。育ててくれてありがとう。
最期まで、守ってくれて、ありがとう。
目尻に涙が浮かぶ。
私が拭く前に錆兎が手拭きで拭ってくれた。
義勇がそっと私の頬に、自分の頬を寄せてくれた。
大丈夫よ、私。今、嬉しくてしょうがないから。
『じゃあ、話を進めようか。瑠璃子、お前―――――』
――――― 『海の呼吸』って言葉に聞き覚えはあるか?
其の言葉に、私の心臓が何故か大きく脈を打った。
・鳴滝瑠璃子(11⇒13⇒14)
将来の水柱。記憶が戻る前はちょっと勝気な感じの女の子だったが、戻った後はすっかりぽややんお姉さんへとレベルアップする。この頃から一部がたわわになっていく。
因みに雪音が迎えに来た時は誕生日前なので、十四歳。
・鱗滝さん
大事な大事な甥の娘がボロボロでやってきて、更に甥も妻も殺されてて精神的に来てた。でも瑠璃子が精一杯生きようとしている姿を見て。SAN値チェック回避。
取り敢えず、まだ未熟な錆兎には瑠璃子はやれん!
・錆兎(12⇒13)
将来の水柱の片割れ。お父さんが殺されてしまって、すごく気持ち的に荒れてたたけど、瑠璃子によって心に水を与えられて、元の優しい子に戻った。以来、ずっと瑠璃子が好き。
でも、壁が高い事を彼はまだ知らない。その後十年以上、彼女から男として見てもらえない事を…!鱗滝おじいちゃんがめっちゃ恐ろしい事を…!
・義勇(12⇒13)
将来の水柱の片割れ。此の時は本当に只の泣き虫(心が)幼女だった。
蔦子姉さんが殺されて、気持ちも不安定だったけど、瑠璃子の献身的なサポートにより、復活。以来、瑠璃子を第二の姉と慕う。
実は瑠璃子と出会った時、雰囲気が蔦子姉さんに似てて、ポロポロ泣いてしまった裏設定がある。
・雪音(年齢不詳)
瑠璃子を探して約二年半、やっと見つけてすごく安心した元・氷柱。姉が大好きだったので、殺されたと知った時は本当に辛かった。此の人もSAN値チェックが必要だった。
あと、すんごく胸がぺったん……おっと、誰か来たようだ。