錆「義勇。瑠璃子さんから夕食のお誘いが来ているぞ。行くか?」
義「行く」
錆「即決だな。まぁ、気持ちは判らないでも無い。瑠璃子さんが作る料理は何でも旨いからな」
義「鮭大根も良いが、天ぷらが美味しい」
錆「そうだな。鱗滝さんの所にいた時、よく山菜やきのこの天ぷらを作ってくれたな」
義「俺たちが釣った魚もご飯になって出てきた」
錆「あぁ、あの時釣った鮭の混ぜご飯だな。塩味で美味しかった記憶がある」
義「腹が空いてきた」
錆「俺もだ。せっかくだし、瑠璃子さんに何かお土産を持っていこう。さぁ、義勇。町へ行くぞ」
義「(こくん)」
ゴマぷりんは鮭とわかめのご飯が好きです!めんつゆが隠し味!(*´ω`)
――― 鳴滝家は代々鬼狩りの家系である。
――― そして水の呼吸の派生である『海の呼吸』を作りだした一族である。
鳴滝家を作り上げた人、所謂『初代鳴滝』は『海』の呼吸の使い手であった。
時は戦国。ただの一般人であった初代鳴滝は身内を鬼に惨殺された事から、其の復讐心を胸に剣士として、鬼狩りとしての道へ進む事となる。
其の旅の最中に、鬼を斬り殺す為に作り上げた呼吸こそ『海』の呼吸であった。
――― 嗚呼恨めしい 鬼共よ 我が剣技は海の如く お前達を溺れさせる 底の無い絶海に沈め
齢八十を超えても鬼を狩り続けた初代鳴滝は死ぬ間際、こう本に記した。
そして海の呼吸法『七つの型』を自分の子孫に受け継がせる為に、五冊の本に其れ等を残した。もちろん、其の子供達は海の呼吸を受け継ごうとした。
でも、此処で問題が発生する。―――『海の呼吸』は扱える者に限りがあった。
理由は恐らく、水の呼吸の派生が多い所為ではないか、と雪音さんは推測した。基本に沿った技が多い水の呼吸は其の分、派生呼吸も多いらしい。
例え、水の呼吸に適性があったとしても、其れが海の呼吸とは限らず、其の儘、水になるか、其の派生になる事がある。
其の弊害故か、遺伝子的問題なのかは不明だが、鳴滝家には初代と同じ『海の呼吸』を使える者が歴代でも少なく、今現在、やっと二十人を超えた辺りなのだと言う。
ただ、水の呼吸の名門ではあった様で『水の呼吸』適性が高い者が多く存在し、何人かは水の呼吸、または其の派生で鬼殺を極めたそうだ。中には水柱になった人も、鱗滝さんと同じ育手になった人も存在するらしい。
其の鳴滝家の中でも、雪音さんは性格もあるが、水と風を混ぜた我流呼吸『氷の呼吸』を自力で作り上げ、其の儘柱まで上り詰めた物凄い異端児だったそうだ。お姉さん、何となく判っちゃう。
そして海の呼吸を――――お母さんは使っていたそうだ。鳴滝家の長い歴史の中でも数少ない使い手の一人がお母さんだった。
生まれながら天才だったお母さんは何と四歳(相当凄い事らしい)で海の呼吸を取得し、十一歳で鬼殺隊への最終選別試験に合格。順調に階級を上げて、『海柱』になった。
当時其の優秀さを妬んだ隊士は、やれ女だと、やれ生意気だと突っ掛っていたが逆にボコボコされ、何も言わなくなったらしい。同時に彼女には誰も近づかなかった。
正に孤高の剣士、一匹狼。凪いだ水の様に静かで、感情を表に出さなかったお母さんの心を射抜いた人物こそが、お父さんだった。
お父さんは鱗滝さんの甥で、鱗滝家の次男坊だった。そして病弱な人でもあった。
既に長男がいた事もあり、病弱なお父さんは家族に少し雑に扱われていたらしい。既に次期家長になる存在がいるから、後に生まれて、体が丈夫では無いお父さんは邪魔だったんだろう。
嘗ての私が生きていた時代ではあんまり考えられないけど、此の大正時代ではよくある事らしい。時代の流れと言う物なのかしら?私にはあまり理解が出来いわぁ。
鱗滝さんはそんな扱いに父の父…即ち祖父(鱗滝さんのお兄さんだそう)に何度も注意したそうだが、其れを止めたのが、雑な扱いを受けている張本人だった。
『体が悪いのは仕方ない。僕は僕の出来る事をするよ』
と悲しげな顔で言われて、逆に注意した鱗滝さんが困ってしまう程、虫を一匹殺せない程に優しい心を持った青年がお父さんであった。
そんな心優しい父に、水の様に静かだった筈の母は一目で心を奪われ、其の燃え上がる激情の儘、文字通り『誘拐』をした。あらあら、お母さんったら情熱的だったのね。
当然、鱗滝さんは怒った。当然よね。私でも義勇や錆兎が誘拐されたら怒る。
甥に何て事を!日輪刀を持って、複数ある隠れ家にいる母に特攻した。―――然し彼は刀を下ろした。
何故なら父は笑っていたからだ。お母さんと話をしながら、心の底から笑っていた。
男性に対しては失礼かもしれないが、まるで花が咲いた様な笑顔だった、と。
あの家では決して見せる事はなかった、其の満面の笑顔を見て、鱗滝さんは渋々振り上げた刀を下ろし、結果二人の結婚を認めたそうだ。
数年後、私を妊娠した母は柱も鬼殺隊も辞め、父と私の三人の生活を始めた。
私が生まれた時には鱗滝さんは自ら山を下りて会いに来てくれたそうだ。赤ちゃんだったから覚えていない。
『だが、悲劇は起こった。―――姉さんと海里は鬼にやられて死亡、お前は行方不明。此れを聞いたあたしはお前の家に向かった。其処で見たのは瑠璃子のいない部屋と、食い千切られた両親の左手が二つ、
目を閉じて語る雪音さんは静かに怒りに震えていた。
鱗滝も組んだ両手の掌に爪が食い込み、ぽたぽたと血が流れる程、然し、感情のまま声は荒げずに静かに怒っていた。
……そっか、若しかしてあの時声を押し殺して泣いていたのは二人の死亡の知らせが来たからだったんだ…。
『幾ら鬼殺隊を辞めて数年が経っているとはいえ、あの姉さんが早々負ける事はない。なら雑魚鬼でも下弦でも無い。犯人は―――『上弦』か『鬼舞辻無惨』だ』
――― 鬼舞辻無惨。其の名前を聞いた時、私はぞっとした。
急にせり上がってくる吐き気、雪音さんに殺気を向けられた時よりも冷たく感じる寒気、激しく脈を打つ心臓が酷く煩く感じた。
錆兎と義勇が真っ青な顔で私の名前を呼ぶ。『瑠璃子さん!』『瑠璃子さん!どうしたんですか!?』嗚呼、心配をかけてしまっているのに、私は二人を落ち着かせる事すら出来ない。
――― 蘇るあの日の悪夢の光景を、私は口にした。
『―――目が、真っ赤、だったわ』
鱗滝さんと雪音さんが反応した気がした。
『お、お金持ちそうな見た目、してた。黒髪で、肌、が、月の色で、ゆ、雪音さんより、少し若そ、うなっ男の人…!急に家に来て!お母さんの左腕が飛んで!お父さんは足を喰われた!それで!私の事見て!それから!それから!』
『もう良い』
ぽん、と頭に何かが乗った。ひんやりとした冷たい何か。
『息をしろ。ゆっくりで良い、吸って吐くを繰り返せ』
其の声が耳にすーっと入ってきて、言われた通りにする。ゆっくりと吸って吐いて、吸って吐いて。
『そう、上手だ。落ち着いたら顔を上げろ。大丈夫、誰も消えない。お前の大事な人を思い浮かべろ』
―――大事な人。
お母さん、お父さん。鱗滝さん、錆兎、義勇。
大好きな人達の顔を思う。すると、急に呼吸が楽になって、あんなにドクンドクンと大きく脈を打っていた心臓の音が小さくなった。
元の呼吸に戻って、落ち着いて、言われた通りに顔を上げると、雪音さんが私の前に膝立ちの状態で立っていた。私の頭の上にあったのは、雪音さんの手だった。
『すまん。悪い事を思い出させてしまった。あたしは人を口で無意識に追い詰めてしまう事がある、と、よく同僚に言われていたのに…姉さんと海里がやられて苛立っていたんだ。お前の気持ちも考えずに…本当に申し訳ない』
そう言って、雪音さんが膝立ちをやめ、畳の上で頭を下げて、私に向かって土下座をした。土下座なんて、前世でも今世でも見た事が無いから、少し焦った。
『だ、大丈夫です!頭を上げてください!雪音さんだってお母さんとお父さんの事、大好きだったから、殺した相手に怒っているんですよね。…だから、どうか頭を上げてください』
雪音さんの気持ちはとても判る。私だって二人がいなくて寂しいし、殺したあの男が嫌い。……正直、復讐したい気持ちが無い事も無い。今まで抱いた事の無い感情が、私の中にはある。
きっと雪音さんは二人が大好きで、急にいなくなって、辛い思いをした。悪いのは彼女では無い。全ての元凶は、あの月色の肌の男。
『でも…』と渋る彼女に笑って、畳の上に置かれた白くて、でも隠せない傷がいっぱいある両手を私は小さな両手で握った。
『雪音さん、私に会いに来てくれて有難う御座います。そして二人がいなくなった事に絶望してもなお、私を探し続けてくれて有難う。私、生きてて良かった。お母さんとお父さんが守ってくれたこの命、絶対に無駄にはしません。だから――――
――――私に全集中の呼吸を教えてください』
きっと、錆兎と義勇は驚いた事だろう。今まで剣など握った事の無い私が、こう言ったのだから。
鱗滝さんも固まって、雪音さんは恐る恐る頭を上げて、此方を見上げた。
『……本気で言っているのか?』
『本気じゃなきゃ、こんな事言いませんよ』
『あ、いや…そうじゃなくてな……教えれば、多分覚えるだろうと思う。でも厳しいぞ…?おい、じじい。瑠璃子に刀は?』
『教えている訳がないだろう!!』
『だ、だよなぁ?』
鱗滝さんがガッ!と私の両肩を掴む。
『馬鹿な事を言うんじゃない!今まで剣すら握った事も無いお前が剣士になる等…!儂は海里と七海が命懸けで守ったお前には幸せになってほしいとどれだけ思っているか…!儂としては、せめて藤の家の若い男衆に嫁いでもらえればと思っているというのに…!』
『えっ!?う、うっう鱗滝さん!?そんな事考えていたんですか!?』
『今は黙っていろ錆兎!瑠璃子!お前は幸せになるべきだ!だから!』
『ごめんなさい、おじいちゃん』
初めて、そう呼んだ。今までもそう呼んでみたかったけど、勇気が出せなかったから。
―――だから今、この勝負に勝つ為の、私が唯一持つ切り札として使わせてもらうわ。
両肩を掴むその手に、私は触れた。
『私ね、死にに行く訳じゃないの。自暴自棄になった訳でもない。―――あの悪夢に終止符を打ってくる』
全員の視線が私に向けられる。笑顔を崩すな。笑え、笑え、笑って言え。
『これ以上の悪夢は要らない。あの男の首を撥ねたい気持ちはある。お父さんとお母さんの命を奪っておいて、生きているであろうあの男が憎い。でも私は、誰かを守る事が、其の力があるならば。私は喜んで地獄に飛び込んで、その力を掴んでやる』
元保育士の女が何を言っているのだろう。
鬼と対峙した事もない子供が何を言っているのだろう。
剣も握った事もない、平和な世でぬくぬくと生きていた、弱い存在が何を。
―――それでも、其の可能性があるならば、あの男の頸を捉える事が出来る、私の様な被害者を増やさない為の力を掴める、このチャンスを逃したくない。
ごめんなさい。ごめんなさい。鱗滝さん、ごめんなさい。馬鹿な甥孫でごめんなさい。
例え罵倒されても、怒られても、瑠璃子は貴方を手を振り払って、雪音さんの元に行かなきゃ。
本当に、ごめんなさい。でもね、死にに行く訳じゃないのは本当ないのよ。
『生きて、必ずおじいちゃんの元に帰ってきます。だからどうか許してください』
謝罪をした彼女と同じ様に畳の上で土下座した。『瑠璃子さん…っ』と錆兎が戸惑う声が聞こえる。義勇が私の服の裾を引っ張る。少しだけ待ってて、私、今、一世一代の大勝負をしているから。
頭を下げて、どれくらい経ったのか判らなかった。十分なのか、一時間なのか。
――――大きなため息が、天狗の面越しに聞こえた。
『判った。行って良い』
其の短い言葉に頭を上げる。ぽん、とまた頭に何かが乗った。大好きな、鱗滝さんのあの手だった。
『可愛い甥孫にそう乞われては、叶えない訳にはいかん。だが、其の言葉、決して間違えるな。生きて、帰ってきなさい。帰ってこなかったら許さん。あと雪音を殺す』
『いや、柱を何年も前にやめたじじいにあたし負けないから。返り討ちするから』
……ガッ!!
鱗滝さんと雪音さんの組手が始まった。やるなら外でやってちょうだいな!あぁっ、埃が舞う!義勇や錆兎が吸っちゃってゴホゴホしたらどうするの!?もうっ!
すると、義勇が私に抱き付いてきた。じわじわと服が濡れていく。あらまぁ、泣いてる。
『やだ、いやだ、瑠璃子さん、いやだ、行くな』
『こぉら、義勇、今の聞いてたでしょう?私、死にに行く訳じゃないって』
『やだ』
『あらあらまぁまぁ…義勇…』
こうなった義勇は可愛いが、ちょっぴち面倒でもある。綺麗な青目からぽろぽろと涙が溢れ出てしがみ付いて来る姿は非常に強い庇護欲と罪悪感を掻き立てる。本当に義勇は困ったちゃんなんだから…。
行かせまいとしがみ付く困ったちゃん義勇に何度もお願いしても却下される。
そしてこの義勇の面倒を見るのは私だけではない。錆兎もだった。
『義勇、離せ。瑠璃子さんが覚悟を決めたんだ。俺達に止める権利は無い』
『いやだ』
『女に男がウジウジ縋るな!はしたない!ほらっ!』
錆兎が義勇の首根っこを掴んで、私から離す。
離された義勇は『瑠璃子さん瑠璃子さん』と名前を呼んで両手を伸ばしてくる。
あらやだ、猫ちゃんに見えてきた。可愛い。でも、我慢!お姉さん我慢が出来るもの!
『いいか?義勇。瑠璃子さんが自分で考えて、出した覚悟だ。さっきも言ったが俺達に止める権利は無い、邪魔をする権利も無い。瑠璃子さんを戦いに出したくないのは解るが、俺達の我儘で困らせる方が駄目だ。嫌われるぞ?』
『俺は嫌われてない…』
『そうじゃないだろう…。はぁ、一旦落ち着かせて来ます。ほら、行くぞ』
そう言って、錆兎が義勇を連れて行った。戸が閉まるまで、義勇は此方に手を伸ばしていた。
正直危なかった。子供を見ると如何しても甘やかしてしまいそうになる。子供好きもいい加減にしないと…。
……あと、何時まで大人二人は組手やってるのかしら…。
その後、鱗滝さ、ううん、おじいちゃんと一緒に、雪音さんと話し合った。
―――全ての条件の大前提として、私を雪音さんの娘として養子入りさせてもらう。
これはまず第一に鳴滝家の恩恵を私に与えられるからだ。現在家長である雪音さんの娘となれば、最大限の恩恵が受けられる。身の保証も出来る。というか、家長だったんのね。この時代で女性の家長は相当珍しいと思うのだけど…?
何より、鳴滝家最大の武器である『鳴滝の図書館』が自由に使える。この家が恐ろしいのは海の呼吸ではなく、其の知識量だと、雪音さんは語る。
先祖代々受け継がれた書物は数知れず。それらは全て一ヵ所にある。其れが鳴滝家本家の中にある『鳴滝の図書館』。其の図書館の鍵を受け取れるのは、家長の子供だけと決まっている。
故に現家長の雪音さんの娘となれば、初代が書き記した『五冊の海の呼吸の書』が読める。ならば、と私は其の条件を受けた。おじいちゃんも了承した。
次に鬼殺隊に入るにあたって。『柱』になれ、と言われた。
雪音さんとおじいちゃんが持っていた、鬼殺隊最強の称号。錆兎が水柱を目指していたのは知っているから、大体の事は判る。
雪音さんは『若し海の呼吸の適性があれば、姉さんの称号を継いでくれ』と言われた。そう、お母さんは元『海柱』。其れを継げる、其れ位強い鬼殺隊員になれと言う事だろう。これも了承した。
次は指導について。雪音さんは全集中の呼吸を教えると言った。然し、絶対に弱音は吐くな、弱音を吐いた分だけ指導を厳しくすると言われた。本気の目だった。無論、これも了承。
あと、私には血筋的に多分だけど、水の呼吸の適性があると思われるので、其れを基本に呼吸を模索しようと言われた。
日輪刀があればすぐに分かるそうだが、生憎と予備がないそうだ。既に色が変わっていると、二度と色は変わる事はないらしい。
因みに雪音さんは硝子の様に透き通った薄い青緑色、おじいちゃんは綺麗な青。派生呼吸は同色系になるらしい。雪音さんは水(青)と風(緑)が混じった呼吸だから青緑色だった。さっき来た時にちらっと見たけど、雪音さんの様に綺麗だった。
最後、ちゃんとおじいちゃんに手紙を送る事。頻度は高くなくて良いから、年に一回は必ず送る事。此れを破るのは許さない。
大丈夫よ、おじいちゃん。ちゃんと、送るわ。
全ての条件に頷いて、出発は二日後になった。
出発するまでの二日間、私はおじいちゃん達と一緒に過ごした。
おじいちゃんは私の好物ばかり作ってくれて、錆兎は少しでも刀に慣れる様にちょっとした稽古をしてくれた。主に刀の持ち方とか姿勢とか。とっても重要。ありがとうね、錆兎。
そして義勇は、と言うと、錆兎の訓練―――サビト・ズ・ブートキャンプ―――以外の時はずっと私にくっついていた。
家事の時は背後から抱きしめ、ご飯の時は隣、寝る時は抱き枕状態。お風呂にまで付いて来ようとした時には流石に止めた。おじいちゃんが止めた。『義勇いい加減にせんか!!!』と火山の如く怒っていた。
あらあら、おじいちゃん、そんなに怒らないでちょうだいな。血圧が上がってしまうわ。
そして何より嬉しかったのは、おじいちゃんが私に厄除けの面をくれた事。
私の好きな金木犀が彫られた其の面に嬉しくて嬉しくて、おじいちゃんに抱き付いた。錆兎にも見せびらかした。『あらあらまぁまぁ、私のお面だわ。錆兎と義勇とお揃いのお面なのだわ』とはしゃぐ私を錆兎は『お揃いか…』と言って、嬉しそうだった。
……ただ、時の流れは無情にも早く、出発日になってしまった。
出発する時間になり、面を持って外に出る。外には既に雪音さんが立っていて、錆兎もおじいちゃんもいて、今にも泣きそうな義勇が此方を見ていた。
義勇に少し微笑んで、私は錆兎に近づいた。彼の前に立ち、言った。
『…私、鬼殺隊に入るわ。文句は言っちゃいやよ?』
初めて出た、強気な言葉だった。
『……入ってきたら連絡ください。一番に迎えに行きます』
返ってきた言葉は優しかった。とても嬉しかった。
『待ってて、必ず錆兎と義勇の所まで行くから』
『其の間に柱になってますから』
『錆兎は案外色んな事見落とすから、もっと周り見たら良いわよ』
『なっ!?』
『―――大好きよ、錆兎。貴方に会えて良かった』
錆兎の目が真ん丸になり、顔がどんどん赤くなっていく。錆兎は案外真っ直ぐな言葉に弱いのだ。
『そ、其れって…!』
『義勇も大好きよ。だから泣きそうな顔しないで』
『瑠璃子さん…行かないでくれ…』
『あぁもう、最後まで本当に世話が焼ける子ねぇ』
ポロポロと涙が溢れる義勇の青い目を手拭で拭く。ぐすぐすと鼻を啜る彼は本当に手の焼ける子供にしか思えない。
いたわよ、保育園でも。お母さんがいないと不安で泣き出すタイプの子。義勇は其れね。
あと、何故か錆兎が蹲っていた。どうしたの?泣き顔見せたくないの?別に泣いても良いのに。お姉さん、気にしないわよ?
『そうだった…貴女はそう言う事をサラッと言う人だったな瑠璃子さん…ッ!』
『えっと、錆兎君だっけ?取り敢えず手強いと思うよ?あたしの娘になるし…何より最終的には鱗滝のじじいが怖いよ?』
『孫娘はまだやらん』
『最後の敵が大き過ぎるっ!』
『錆兎ー、私そろそろ行きたいから義勇を離すの手伝ってちょうだいなー』
『いやだ、いやだ瑠璃子さん、行かないでくれ』
『いい加減にしろ義勇!前にも言ったが、男が軽々しく女に抱きつくんじゃない!』
べりっと剥がされた義勇が『瑠璃子さん、瑠璃子さん』とポロポロ泣きながら、また此方に両手を伸ばしてくる。
其の姿に罪悪感を覚えつつ、雪音さんの元に行く。雪音さんは笑って、私の手を握ってくれた。
『それじゃあ、行こうか。良いか?お前はあたしの娘になるが、姉さんと海里の愛情だけは覚えていてくれ。二人は―――最期までお前を愛していたよ』
ぶわり、と風が吹く。其の風は不思議と温かく、ぽんと背中を押してくれた…気がした。
『―――はい』
私の返事に雪音さんは、笑った。
『其れじゃあ、いざ我が家へ!紫陽花と吹雪が喜ぶぞい!』
『おじいちゃん!錆兎!義勇!行ってきます!―――必ず生きて貴方達に会いに行くから!待ってて!』
『『行ってらっしゃい!』』
錆兎は、義勇は私達が見えなくなるまで、手を振ってくれたのです。
**
「…って事なんだけど、真菰ちゃん、こんな感じで大丈夫?」
「うん、話してくれて有難う!」
話を切ると瑠璃子は一息ついて、獪岳が持って来てくれたお茶を一口。
「うん、流石は獪岳。茶の温度が丁度良いわね」
「勿体無い御言葉です!」
姉御前の為に!と、ありとあらゆる温度と味を計算し尽くしたお茶を褒められ、獪岳は木製の床にぶつけそうな程、頭を下げる。
流石は姉御前!今日もお美しい!姉御前の唇に触れた湯呑み割れて死ね!何時も通り通常運転な獪岳だった。
『瑠璃子さんの話聞かせてー』と突然やってきた真菰に、瑠璃子は昔話ならばと話し始めた。錆兎と義勇と鱗滝の出会いと別れの話は、同門である彼女を楽しませる事が出来たらしい。
流石に転生うんぬんの話はしなかった。こういうプライバシー保護はとっても大事なのである。
にこにこと可愛らしい笑顔を見せる真菰に瑠璃子も笑顔になってしまう。やっぱり女の子は笑顔が一番だ。
「其の後、お義母さんに実家に連れて行かれたんだよね?」
「そうよ。其処で、紫陽花兄様と弟になる吹雪に会って、私に海の呼吸の適性があったから、初代鳴滝の『海の呼吸の書』を読んで、覚えたの」
「へぇー、そうなんだー」
はむっとみたらし団子を一口食べる真菰。其れを瑠璃子は微笑む。
「もう、真菰ちゃんったら…たれが付いてるわ」
「えっ、本当?」
「拭いてあげるから動かないで」
懐から手拭を取り出して、真菰の口元に付いたたれを拭く。手拭きは常に常備。これ基本。
たれが取れたのを確認して、瑠璃子はまた微笑んだ。
「はい、取れた。いつも通り可愛い真菰ちゃんになったわね」
「有難う瑠璃子さん!」
きゃっきゃっと女性同士がはしゃぐ姿に獪岳は口元を緩ませると一歩下がり、そして―――実は最初からいた錆兎と義勇をジト目で見た。
「お前等、いい加減屋敷から出て行ってくれ。姉御前と真菰さんの邪魔になる」
と、苛立つ獪岳に言われても二人は出て行かない。
だって錆兎は何かを耐える様に真っ赤でぷるぷる震えているし、義勇はもっちもっちとみたらし団子をちゃっかり食べていたからだ。
「……っ何で最初から全部話すんだ!ああ恥ずかしい!穴があったら入りたい!」
「…俺も」
「おい、わざとらしくたれを付けてんじゃねぇぞ、死んだ魚の目柱。姉御前に近づくんじゃねぇ」
お?お?やるか?やんのかてめぇ?と獪岳が鯉口をカチカチ切る。然し義勇は知らんぷり。当然獪岳の額に血管が浮き出る。
「大体年上の癖に甘えてんじゃねぇよ。年上なら年上らしく振る舞えよ」
「(ぷいっ)」
「一々動作が幼女だなおい」
「くっ!真菰も真菰で何で嬉しそうなんだ!絶対後で弄られる!」
「いや、あんたが真菰さんに弄られるの日課だろうが」
「煩い桑島!瑠璃子さんに可愛がられているからと馴れ馴れしい!男らしくないぞ!」
「はぁー?俺は継子で、姉御前の世話をする係ですが?何か問題でもあるんですか?この童貞水柱様ー?」
「斬る!!!!!」
「かかってこいよ!!!!」
「やっぱり、男の子は元気が一番よねぇ、うふふ」
・出発の瑠璃子(14)
雪音さんについていくことにした海柱。
ねぇ、お母さんお父さん。私幸せ者ね。だって大事な人達が私を思ってくれるんだもの。それってとっても幸せな事なのね。
近い将来、其の優しく、強い愛は、様々な人々を救う事となる。
・お迎えの雪音
実は鱗滝さんと同じ反対派だったけど、決意を固めた瑠璃子に文句が言えなくなった。
根は良い人。かなり暴走気味だけど。
なぁ、姉さん、海里。あんた達の娘は本当に優しい娘に育ったなぁ。
・おじいちゃんと呼ばれて嬉しい鱗滝さん
念願のおじいちゃん呼びに内心大興奮だった元水柱。頑張ってお面を彫った。可愛い甥孫だから可愛いデザインにしなければ…。
海里、七海。瑠璃子は強い子だ。お前たちが愛情を持って育てたからだな。…何故、儂より先に逝ってしまったのだろうなぁ…。
・将来の水柱コンビ 錆兎&義勇
鳴滝のお家話を聞いてびっくりしたけど、瑠璃子が刀を習うって聞いてもっとびっくり。
でも瑠璃子さんが決めた事だから文句言わない錆兎と、やだやだ行っちゃヤダな我儘義勇。気持ちはでこぼこ、でも瑠璃子の身を思うのは一緒。
・のんびり真菰
へー義勇と錆兎にそんな過去がねー。へー!今度弄ろうっと!
・煽りの呼吸使い 獪岳
やーいやーい!童貞水柱ー!恋愛ぽんこつだっせー!