鬼殺の海柱   作:ちまきまき

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コソコソ会話文 【子猫にゃんにゃん】

瑠「悲鳴嶼さん、こんにちは。子猫ちゃんが生まれたって聞いたんですけど」
悲「ああ…此方にいる」
瑠「あらあらまぁまぁ!なんて可愛いの!小さいわ!」
悲「今は心優しき飼い主を捜している所だ」
瑠「そうなんですねぇ。私も何人か声を掛けてもよろしいですか?」
悲「其れは大変助かる。ありがとう」
瑠「いえいえ。あ、子猫ちゃんこんにちは」

にゃーみぃー。

瑠「にゃーにゃー。こんにちにゃー。にゃむにゃみにゃぶつー」
悲「(とても平和だ。素晴らしい。南無阿弥陀仏…)」

とっても平和な一日。
 


第五話 紫陽花瑠璃、叶え偲ぶ -恋恋ー

 

 

――― 鳴滝(なるたき)紫陽花(あじさい)は鬼が憎い。

 

 

憎くて憎くて、醜くて、しょうがない。

嘘を付き、喜々として人を食い、死ぬ間際で命乞いをしてくる愚かな存在。

 

 

―――― 愛しの父を殺した 我が人生の(かたき)

 

 

助けにこれなかった母を責める気は無い。母はあの時、任務で不在だった。弟は静かに寝ていた。

一番父の近くにいたのは自分だった。だから、守れなかった。弱くて惨めな自分が、自分の所為で父は死んだ。

 

鬼殺隊最強の称号を持つ母と、鬼殺隊『(きのえ)』の称号を持つ父との間に生まれた、鬼狩りの名門『鳴滝家』の長男。其れが、当時10歳の鳴滝紫陽花だった。

 

あの夜、紫陽花は父と寝るまでの間、おしゃべりをしていた。今日は何をした、子猫を見つけた、母が任務に行く前に頭を撫でてくれた。

 

――― そんな些細な、幸せなおしゃべりは、急に壊れた。

 

 

一体の鬼が、鳴滝家へ襲撃してきた。後に其れは父を恨んだ鬼の単独犯行であったと知る。

 

 

父は常に枕元に置いてある日輪刀を抜いて、鬼と戦った。紫陽花は突然の事に怯えて、その場から動けなかった。

 

 

―――だから、良い獲物になってしまった。

 

 

鬼は父の刀を避けると、無防備な紫陽花に襲い掛かってきた。

自分の名前を叫ぶ父に、どんどん迫ってくる鬼に紫陽花は死を覚悟した。

 

 

―――父は、その身を挺して、紫陽花を守った。

 

 

体を貫通する鬼の腕。血の雨が紫陽花に降り注ぐ。大量の血を吐きながら、父は最後の力で鬼の首を刎ねた。

 

 

そして、父親は崩れ落ち、紫陽花は叫んだ。

 

 

これが、紫陽花の見た父親の最期であった。

 

 

 *

 

 

其れからと言うもの、紫陽花は刀を振るい続けた。

 

もう、守れない自分にはなりたくなかった。

 

母親ではない別の、水の呼吸を使う育手の元へと向かい、最終選別試験を生き残り、鬼殺隊へと入隊した紫陽花は鬼を狩り続けた。

恐ろしいまでに、無慈悲に、一切の躊躇も無く。大人の姿をしていようが、自分よりも小さい子供の姿をしていようが、其の首を刎ね続けた。

鬼を殺す為ならばと努力をした。寝る間を惜しんで技を磨き続けて。

 

鬼を狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って

 

 

気づけば、10年が経っていて―――其の少女が、やってきた。

 

 

『瑠璃子と言います。よろしくお願い致します。紫陽花さん』

 

 

名前と同じ瑠璃の髪を後頭部の真ん中でお団子にした少女―――紫陽花の義理の妹になった瑠璃子が、此方を見ていた。

何処までも穏やかな瞳は誰かを思わせたが、紫陽花は其の正体に気づく事無かった。

其の存在は知っていた。だが、ちゃんと顔を合わせたのは此の時が初めてだった。

 

何せ、紫陽花は実家にすら顔を出さなくなっていたのだから。

 

父の死を切っ掛けに柱と鬼殺隊を降りた母は、時折うろうろしては紫陽花を見つけて、一方的に喋ってきて、満足すると帰る事を何回も繰り返していた。頭が若干いかれているとはいえ、彼女は母親なりに息子を心配していたのだろう。

 

 

其の一方的なおしゃべりの中で出てきたのが瑠璃子だった。

 

 

姉さんの子供を見つけた。あたしが引き取った。お前に妹が出来たぞ。そう笑って言う母。

紫陽花は鬼の首を刎ねながら、其の『妹』と言う単語が少しだけ気になった。

 

 

今更妹が増えても、如何でも良い。首を、鬼を殺さないと。

 

 

紫陽花が雪音に応える事は無く、鬼殺を続ける内に其の存在は薄れていった。

 

 

―――瑠璃子が、自分の前に現れるまでは。

 

 

(嗚呼、此の子か、瑠璃子って。若干母さんに似ているか?…いや、其れより鬼を殺さないと)

 

一分一秒でも早く、多くの鬼を殺す事だけが、紫陽花の頭を占めていた。正直、瑠璃子と会うだけでも時間の無駄だったが、彼女は言った。

 

『雪音さ、母さんのご指示により、紫陽花さんのお付きをしろと言われました』

『じゃあ、御勝手に』

 

冷たい言葉に動じず、瑠璃子は微笑んで『はい、勝手にします』と答えた。

 

 

其の日から、瑠璃子は紫陽花のサポート役として付き従った。

 

 

瑠璃子は気の利く子だった。

細かい事にも気づき、常に任務の情報や状況を更新して紫陽花に伝える。余計な事は口にしなかった。

 

言葉にはしなかったが、個人的には隠よりも補助が上手く、妹としてでは無く、御付きとして重宝していたのは事実だ。次第に傍にいる事が当たり前になっていた。

 

戦闘でも決して邪魔はしなかった。

雪音から事情を聞いていたのか、鬼を斬る時、本当に危ない時だけ手を出した。鬼を斬り始めると周りが見えなくなる紫陽花の悪癖をカバーしていた。

 

瑠璃子の存在に慣れてきた頃、紫陽花の前に現れたのは、彼が最も『苦手(・・)』とする女だった。

 

『あら、鳴滝君。こんにちは』

『…胡蝶か』

 

思わず顔を顰めた。花柱の胡蝶カナエ。紫陽花は、彼女が苦手だった。可憐な容姿に其れに見合った優しい性格。男性隊士からも人気のある女性。

普通ならば紫陽花とて、内心彼女の容姿や性格を褒めていたかもしれない。

 

――― 自分とは真逆の『鬼を救う』と言う考えを持っていなければ。

 

正気の沙汰では無い。悪鬼滅殺を掲げる組織が、鬼を殺す事が仕事の、この鬼殺隊の中で最も歪んだ考え。

 

其れが気に食わなくて、気持ち悪くて、恐ろしくて、紫陽花は彼女の事を嫌っていた。

 

一方のカナエは、紫陽花を見かけると、ちょくちょく話しかけてくる。同じ鬼殺隊員だからか、親しくしたいと思っているのかもしれない。

 

だが、苦手な物は苦手だった。

 

カナエと言う存在からから逃れる様に目を逸らす。其れでも彼女は此方にやってきて、紫陽花の後ろにいた瑠璃子の存在に気づいた。

 

『あら?貴女は若しかして、鳴滝君の妹さん?』

『あらあら、こんにちは。そうです、私は』

『瑠璃子、行くぞ』

 

挨拶をしようとする瑠璃子を呼んで、踵を返して去ろうとする。だが、何時の間にか紫陽花の背後にはもう一人の少女がいた。

澄んだ菫色の瞳に真白い肌。勝気そうな、カナエと同じ蝶の髪飾りをした其の少女は胡蝶しのぶ。カナエの妹だった。

通せん坊するしのぶに、更に紫陽花の顔が嫌そうに歪む。

 

『姉さんが話しかけているんです。ちゃんと会話してくださいと何度も言っているでしょう。其の耳はお飾りなんですか?』

『ちょっとしのぶ。駄目でしょう』

『姉さんは黙ってて。此の人が悪いのよ。折角姉さんが声をかけてくれたのに、会話以前に目すら合わせないなんて、失礼にも程があるわ』

 

むすっと不機嫌顔のしのぶを見て、瑠璃子が申し訳無さそうに、そろそろと紫陽花の左後ろから出て来た。

 

『ごめんなさいね。紫陽花さんは会話が不得意なんです』

『はぁ?何で貴女、家族に対してそんなに余所余所しいんですか?』

『えっとねぇ、一応妹なんですけど、事情があれこれあって』

『瑠璃子』

 

名前を呼んで窘めると、瑠璃子は困った様に微笑んで『あらあら、申し訳ありません…』と小声で謝罪した。

其の様子にしのぶは怪訝そうに紫陽花と瑠璃子を交互に見る。

 

『行くぞ』

『はぁい』

『ちょっと…!』

 

妙に距離感が可笑しい鳴滝兄妹にしのぶは再び声をかけようとしたが、其れよりも先にカナエが声を掛けた。

 

『鳴滝君、また無茶な事をしたって聞いたわ。怪我はしてるの?』

『言う必要は無い』

『何時もそう言うじゃない。本当に大丈夫なの?』

『同じ事を二度も言わせないでくれ。鬼を殺す時間が無くなる』

 

紫陽花の遠慮の無い言葉に、しのぶの顔に怒りが滲み出る。其れでもカナエは心配そうに彼を見ていた。

 

『瑠璃子、行くぞ』

『はぁい。えっと、本当にごめんなさいねぇ。後で兄には言っておきますので』

 

カナエから離れる紫陽花の背を追いつつ、瑠璃子は胡蝶姉妹に謝りながら、去っていった。

二人が消えると、しのぶが声を荒げた。

 

『何なのよあれ!鳴滝さんもそうだけど、あの人もなんなの!?兄に対してあんな態度!如何なってるのよ鳴滝家は!』

『まぁまぁしのぶ、落ち着いて。可愛いお顔が台無しになっちゃうわ』

 

にこにこ笑う姉に対して妹は思った儘を言う。

 

『だって可笑しいじゃない!兄の後ろに一歩下がってる姿なんて、まるで従者じゃない!妹に対する態度でも、兄に対する接し方でも無いわ!あの時はあーんなにスパスパ鬼を斬っていたのに!』

『あら?しのぶはあの子…瑠璃子ちゃんだったかしら?知っているの?』

『うん、任務で見かけたの。大太刀で鬼を殺してたから、記憶に残ってる。あんなに…あんなにかっこよかったのに…』

 

しゅん…と何処か悲しそうに言うしのぶの様子に、カナエはあらあらと微笑んだ。

 

『もしかして…好きになっちゃったの?』

『なっ!何言ってるのよ姉さん!』

 

ぼんっ!顔が真っ赤になる妹に、姉は「まぁまぁ」と嬉しそうだった。

 

『そんなんじゃないわ!違うの!だ、だってあの時と全然様子違うし!あんなに困った笑い方しなかった!そっ、其れを言うなら姉さんだってそうでしょ!?鳴滝さんの事が好きなんでしょ!?』

 

しのぶの言葉に、今度はカナエの方が真っ赤になった。

 

『え、あ、し、しのぶ!声が大きいわ!鳴滝君はそうじゃなくてね!何時も鬼を倒してばっかりだから心配なの!仲間だし、心配になっちゃって…!』

『其れを『好き』って言うのよ!姉さんの鈍感!』

 

きゃー!と赤く火照った両頬を手で抑える姉に、妹はぷんぷん怒りながらも、嬉しさを感じていた。

 

カナエは妹の目から見ても、大層美人だ。

鬼に両親を殺される前から、町一番の器量良しで、お花もお箏もお茶だって上手で、町の男達は皆カナエに夢中だった。

 

然し、慈愛の心を持つカナエは誰を愛する事は出来ても、恋を知らぬ身だった。…そう、『だった』のだ。

 

――― あの日、紫陽花に助けられるまでは。

 

柱になる前の話だ。

何時も通りの任務。鬼が複数いて、背後から別の鬼に襲われかけて、あわや喰われると思った瞬間、紫陽花の刀が鬼の頸を刎ねた。

そして其の儘、半回転し、カナエの肩を片腕で引き、抱きしめ、彼女が戦っていた鬼の頸を斬った。

鬼の頸が落ちた事を見て、紫陽花は謝罪も何も言わずにカナエを離すと、次の鬼を狩りに行った。

 

突然の事にぽかんとするカナエは、徐々に早くなる鼓動を感じて、紫陽花の消えた方向を熱っぽく見た。

 

細身な体とは逆の、肩に触れた男らしいゴツゴツとした手が、抱き寄せられた際に頬に触れた厚い胸板が、鬼を斬る時のあの真剣な目が、カナエの頭を占めた。

 

其の日から、カナエは紫陽花の事を思い出す度に、白い頬に紅がほんのりと差す様になった。

 

しのぶは其の事に気づいた。何故なら遠くにいた紫陽花の姿を、姉が熱っぽく見つめていたのだから。

最初はとても驚いたし、姉を取られるかもしれないと嫉妬した。

 

――― 何より鬼殺を優先するあの男が怖かった。

 

怒り・憎しみ・絶望を宿した其の眼で、鬼を殺す。あの男がとても怖くて。『鬼を全殺する』事を掲げているあの人が、『鬼と仲良くなる』事を目標とする姉と似合わなくて。

もっと、もっと良い人がいると思ったが、しのぶはカナエの初恋を応援する事にした。

 

例え彼が、カナエを嫌っていても―――――。

 

 

 

 

 

でも、其れは或る夜に、血塗れの紫陽花が、同じ様に血塗れのカナエが、隠に背負われて、帰ってきた時に、其れは変わったのだ。

 

 

 

 

 

春先の話だ。

夜、カナエが任務でそろそろ帰ってくると鎹烏に教えてもらったしのぶは屋敷の外に出て、門前で姉を待っていた。

 

(まだかな、まだかな。姉さんまだかな?カナヲも待ってたけど、もう眠そうだったし、寝かせちゃった。でもカナヲ、まだ体が小さいから睡眠取って、成長を促さないと)

 

この前、人売りから救出した妹の姿を思いつつ、姉を待っていた。

 

すると、ばたばたと走ってくる足音が聞こえて、しのぶはカナエが帰ってきたと笑顔で其方の方向を見たが、直ぐに其の笑顔は消えた。

 

二人の隠が、血塗れになったカナエと紫陽花を背負っていたからだった。

 

『見えたぞ!屋敷だ!』

 

隠が慌てて屋敷前までやってくると、ゼーゼーと荒い呼吸をしながら、膝を付いた。

 

『(姉さん!?な、鳴滝さん!?何が…!)』

『ごほっ!!』

 

背負われた紫陽花が口から血を吐く。びちゃびちゃと多量の血を地面に落ちる。其の量にしのぶは悲鳴を上げかけた口を手で覆った。

 

『鳴滝様っ!!』

 

紫陽花がまた、血を吐く。其の量に背負っている隠が悲鳴を上げた。

隠達は二人を地面に下すと、慌てて治療道具を取りに行く。『死なせるな!早く道具持って来い!』『お湯だ!お湯寄越せ!』と怒号が飛び交う。

しのぶは慌てて駆け寄ると、カナエを抱きしめ、紫陽花を見る。

 

『姉さん!姉さん!鳴滝さんまで…!一体何が…!?』

 

涙を浮かべて二人を見るしのぶ。

其の質問に紫陽花は口から血を流しながら、言った。

 

『じょ、上弦と、た、戦った…!かはっ』

 

びちゃっと血がまた溢れる。

 

『は、いが、やられて、こきゅぅが、つかえなくて、うっ、さき、に、いた、こちょ、もおなじよ、うに…!』

『鳴滝さん!無理に喋っちゃ…!』

『そしたら…!瑠璃子が…!瑠璃子が…!』

 

 

 

 

 

 

――――― おれたちを、にがす、ために、のこった…っ!!!

 

 

 

 

 

 

其の言葉に、しのぶは青褪めた。

 

 

 

 

脳裏に浮かんだのは、困った様に笑うあの時の瑠璃子の顔だった。

 

 

 

 

 

 

 




・鳴滝紫陽花(20)
後にカナエの夫となる瑠璃子の義兄。己の弱さを憎んで、鬼を憎む、復讐心の化身。
人嫌いをあまりしない瑠璃子にさえ、一線を引かれている様子だが、事件が発生した事で、人生が皮肉にも変わり始める。鬼殺隊にいる歴は相当長い。
どっちかといえば、ファザコン。

・胡蝶カナエ(18)
後に紫陽花の妻となるしのぶの実姉。鬼を憐れむ、鬼殺隊では異常な考えを持つ美人。
紫陽花に助けられた過去を持ち、以来彼を想い、積極的に話しかけている。
ちなみに紫陽花が初恋なので、めっちゃくちゃ初心。

・鳴滝瑠璃子(19)
紫陽花と一緒に行動する未来の海柱。現在みたいにほわわんとした笑顔じゃない。

・胡蝶しのぶ(14)
百合の沼につま先が浸かり始めた、未来の蟲柱。
カナエが紫陽花の事を好きなのが、複雑でしょうがないけど、恋をしている姉が綺麗なので、しぶしぶ認めている(表には出さないスタイル)。シスコン。
この事件で瑠璃子に過保護になる。

 

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