鬼殺の海柱   作:ちまきまき

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コソコソ会話文 【鬼サイド】

童「ねぇねぇ猗窩座殿。俺ね、恋しちゃったんだ」
猗「知らん、帰れ」
童「とっても素敵な女の子でね、瑠璃色の髪の子なんだぜ!見た目も可愛いし胸も大きい!完璧で食べるのが勿体無い!」
猗「なら喰うな。そして帰れ」
童「もうつれないなー!猗窩座殿も見たら気にいると思うよ!鬼になったらきっと美しい鬼になるぜきっと!」
猗「(無視)」
童「もー。あっ、黒死牟殿ー!ちょっと聞いておくれよー!」
黒「夕飯は……まだか……」
童「あれ?先刻食べたよね?ぼけた?」

黒死牟おじいちゃんは、忘れん坊。
 


第六話 紫陽花瑠璃、叶え偲ぶ ー痛叫ー

ねぇ、紫陽花さん。貴方はきっと鬼が憎いのね。気持ち、とっても判るわ。私も、そうよ。

 

 

本当はね、あの鬼がとっても憎いの。あの月色の肌と真っ赤な目の、あの鬼が。

 

 

何とか笑って誤魔化してたの。そうしないとね、義勇や錆兎や、私の好きな人達が心配しちゃうから。

我慢してたのよ。いくら両親を殺した相手だとはいえ、元は人だった鬼を憎むのは、本当はいけない事なんじゃないかって。悪い事なんじゃないかって。

 

 

だからね、紫陽花さんに出会った時、本当はちょっと安心したの。

 

 

大事な人を奪った鬼を許すなと、其の身で言っている貴方を見てね、安心しちゃったの。

 

嗚呼、そんな風に思っても大丈夫なんだって。

 

貴方の話は母さんから聞いているの。旦那さんが、貴方のお父さんが鬼に殺されてしまったって。自分が間に合わなくて、父親が殺される瞬間を見させてしまった紫陽花を傷つけてしまった事を後悔しているって。

 

 

もっと家族を大事にすれば良かったって後悔して、鬼殺隊を辞めたって。

 

 

母さんは父親を失った貴方を支えようとして、鬼殺隊を辞めたけど、もう遅かった。

貴方は其の復讐心を抱いた儘、もう家を出てしまったから。母さんは泣いたそうよ。

 

ごめんなさい、ごめんなさいって、貴方を想って泣いたのよ。

 

本当の事言うとね、初めは母さんを泣かせた貴方がちょっとだけ許せなくて、会ったら何か言う心算だった。

 

でも、貴方も苦しかったんだって出会った時に初めて判った。

 

当然よね。大好きな人を奪われて、苦しくない人なんていないもの。

貴方はずっと其の悲しみに捕らえられて、其れでも父親を殺した鬼を許せなかった。だから十年も鬼殺隊にいた。怪我をしても、斬る事を止めなかった。

貴方は無我夢中でやってきたのだろうけど、其れは凄い事なのよ。

 

 

―――毎日毎日技を磨く貴方を、私、とても尊敬しています。

 

 

寝る事も惜しんで、努力し続ける貴方がとっても凄い事を知っています。

 

刀の手入れを欠かさずにやっている貴方の背中を知っています。

 

鬼に殺された同期の人の、墓参りに行く貴方の顔を知っています。

 

 

 

冷たくて、本当は優しい紫陽花さん。私の、お兄さん。

 

 

 

兄様って呼びたいな、なんて我儘だから。

 

 

 

 

 

せめて、この身で守らせてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― 貴方を、彼奴なんかにあげない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うわぁ…!綺麗な髪だね!瑠璃色の髪だ!珍しい!ねぇ、君、名前は?』

 

 

煩い、目障りな声。

 

意識が戻ると、俺の隣に胡蝶がいて、俺の前には瑠璃子が立っていて、虹色の瞳を持つ、あの上弦と向き合っていた。

 

 

『あれ?照れてるのかな?あ、後ろにいる二人を救わなきゃいけないんだよ。ちょっと退いてくれる?』

『退く訳ないじゃない』

 

 

初めて聞いた、低い声。

 

少なくとも、瑠璃子がこんなに声を低くする所なんて、知らなくて。ちょっとだけびっくりした。

 

瑠璃子が、刀を抜く。まさか……戦うつもりなのか…!?

 

 

『二人を貴方にあげる義理なんて、私には無いわ』

『いやぁ、実に君、かっこいいぜ!でも、勝つと思っている?俺、一応上弦なんだけど』

『知らない』

 

 

駄目だ、瑠璃子。

 

 

相手は上弦だ、お前が勝てる訳無い。俺も胡蝶もそいつに肺をやられたんだ。お前もやられてしまうぞ。

 

 

 

頼むから、逃げてくれ!!

 

 

 

 

『救済?ふざけないで、貴方が行っているのは、救済と謳うだけの惨殺。よくも、よくも――――兄様を!』

 

 

 

 

――――― 初めて、兄と呼ばれた。兄、と呼ばれたのは何時以来だっただろう…?

 

 

 

そうだ…もう何年も家に帰ってないや……吹雪は、どうなってる…?

 

 

 

…………顔が、もう思い出せない…。それくらい、俺は……。

 

 

 

『兄?あ、其の女の子を庇ってる奴の事?中々強かったけど、直ぐにやられちゃって。女の子も同じだったよ』

 

 

 

笑う鬼。嗚呼、本当に耳障りな声!顔!目!!

 

 

 

煩い!煩い!俺の事は笑えばいいさ。だが胡蝶の事を馬鹿にするなよ!!!

 

 

 

女で、努力で、柱まで上り詰めた、すごい奴なんだぞ!馬鹿野郎!!!!

 

 

 

 

『紫陽花兄様を馬鹿にしないで。此の人はずっと強い。復讐心を糧に、努力を続けた、凄く強い人なの!

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― お前、そんな事思ったのか…?ずっと…?弱くて、父さんも守れなかったのに……俺を、強いって……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界が、滲んだ。

 

 

 

 

 

『兄様生きて。もう直ぐ隠の人が来るから胡蝶さんと生き延びて』

 

 

 

瑠璃子の言葉に驚く。何を言ってる…?

 

 

 

『私が何とかするから。逃げて、生きて』

 

 

 

やめろ、瑠璃子。やめてくれ!

 

 

 

『兄様――――生きて帰るから』

 

 

 

其の背中が、父さんと重なって見えて、

 

 

 

 

―――― 海の呼吸 壱ノ型 白波(しらなみ)

 

 

 

 

海の呼吸が、上弦に襲い掛かった。

 

 

 

 

『………あ、がっ……こ、こちょぉ…!』

 

 

隣で倒れる胡蝶を見る。

彼奴は胡蝶を食う心算で、其れが気に食わなくて、俺は彼奴に襲い掛かって、呼吸が出来なくなった。

 

 

『こちょぉ……がはっ……』

 

 

伸ばして、小さな手を握る。女の子らしい、小さな白い手は今は赤くなっていた。

 

呼吸も小さくて、今にも死にそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

謝りたかった。ずっと、無視してごめんって言いたかった。

 

 

 

 

俺な、女の子と話した事無かったんだ。ずっと鬼狩りの特訓してて、女の子と関われなかったんだ。

 

 

 

 

だって、お前、凄い美人だろ?どう話したらいいか判んなかったんだ。

 

 

 

 

……あと、お前の考えも判んなかったから、避ける様になった。

 

 

 

 

でも、お前は俺にいっぱい話しかけてくれた。

 

 

 

 

俺が無愛想な態度をとっても、お前の考えが嫌いだって真正面から言っても、何時も笑顔で話しかけてくれたよな。

 

 

 

 

あれ、実はちょっと嬉しかったんだよ。

 

 

 

 

だから、もう一度で良い。もう一度だけ、俺に話しかけて、笑ってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………しぬな……死ぬなぁ……!………死ぬんじゃない……っかなえ……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

其処で俺の意識は切れた。

 

 

 

 

 *

 

 

嫌い嫌い嫌い!此奴大嫌い!!

 

兄さんを!!胡蝶さんを!!傷つけた!!

 

大っ嫌い!!

 

 

ひゅんひゅんと瑠璃色の大太刀が頸を狙うが、全て避けられてしまう。瑠璃子は顔を悔しさで歪ませた。

真っ直ぐな憎悪をぶつけて、斬りかかってくる瑠璃色の少女に上弦―――童磨(どうま)は笑った。

 

 

可愛いなぁ、可愛いなぁ。愚かで、真っ直ぐで、ちっちゃくて、可愛いなぁ。

 

食べたいな、食べたいな、あの子をぱくりと食べたいなぁ。

 

 

『ねぇねぇ、名前を教えておくれよ!じゃないと勝手に呼んじゃうよ?』

『教えないわ!』

 

 

―――― 海の呼吸 肆ノ型 波打(なみう)

 

 

瑠璃の刀先が童磨の頸を狙うが、ひょいと軽く避けられ、舌打ち。かれこれ、もう2時間以上この追いかけっこをしている。

 

 

『逃げないで!其の頸落としてあげる!』

『おぉ、怖い怖い。でもそんな顔も可愛いよ』

『黙ってちょうだいなっ!』

 

 

肆ノ型 波打(なみう)ち 三波(さんぱ)

 

 

波打ちの進化版、三波。刺突技である波打ちを一気に三回打つ、白波と同じく瑠璃子の得意技の一つ。

二波は童磨の体を二回刺し、最後の三波目は童磨の体を貫く。やっと当たった攻撃に瑠璃子は口角を上げたが、其れは童磨も同じで、わざと誘われた事に気づいた。

 

(しまった―――!)

 

刀を抜こうとしたが、其れより前に童磨の手が瑠璃子の右手首を掴んだ。

 

『捕まえた』

 

ぐっと童磨の手に力が入る。

童磨からすれば軽く力を入れただけだが、鬼と人の力の差は大きい。鬼に握られた瑠璃子の右手首は、

 

 

ごきんっ!!

 

 

嫌な音が響き渡り、瑠璃子の顔が苦痛に歪む。

 

『あ゛あっ!!!』

 

骨が、折れた。

 

歯を食いしばるが、激痛が走り、手首から段々力が抜けていき、手から刀が落ちた。

童磨はにんまり笑って、ぱっと手首を離すと、瑠璃子の腹に蹴りを入れた。『かはっ』瑠璃子の口から血が溢れる。臓器に傷が入ったのだ。軽い体は飛ばされ、地面に落ちた。

ずきずきと痛む腹を押さえながら、左手首を使って上体を起こそうとするが、一気に距離を詰めた童磨が片手で瑠璃子の両手首を纏めて握った。

 

『ちょっと邪魔だから、縛るね』

 

ぴきぴき。両手首が冷気に包まれて、冷たくなっていく。瑠璃子の手首には氷の手錠が掛けられていた。

 

(氷を操る血鬼術…!?)

 

何とか抜け出そうとするが、氷は地面にまで広がり、硬く、また体への痛みで満足に動かせず、ただもがくだけだった。

童磨が、瑠璃子の両足を跨ぐ様に足に乗る。

 

『あはは、これでおしゃべり出来るね』

『っ離しなさい!』

 

もがく瑠璃子を見て、童磨は頬を紅潮させた。

 

『可愛いなぁ、可愛いなぁ。瑠璃の君は可愛いなぁ。ちっちゃくて、愚かで可愛いなぁ』

 

恍惚の表情で見下ろす童磨。

 

『目がくりくりしてて』

 

目尻に指先が滑り、

 

『ほっぺたがもちもちで』

 

ふにふにと指の腹で押し、

 

『唇がとっても美味しそう』

 

不埒な指が血の付いた唇に触れる。瑠璃子は顔を歪める。

兄を、カナエを傷つけた野郎に触れられると言う屈辱を受けてながらも、ギッと童磨を睨む。

睨まれた張本人はにこっと笑うと、何時の間にか手に持っていた金色の鉄扇を振るった。

 

 

―――― 次の瞬間、瑠璃子の上半身には複数の切り傷ができていた。

 

 

『あ゛あ゛あ゛っ!!(斬られた!?一気に!?)』

 

苦痛の悲鳴を上げる瑠璃子。腕や顔が千切れるまでの損傷では無いが、一部の切り傷が深い。ぶしゅりと溢れた血を童磨は指で掬うと、舐めた。

 

はぁ…と恍惚のため息が零れる。

 

『美味しい…甘くて柔らかくて…やっぱり女の子は美味しいなぁ』

 

其の言葉に、童磨が好んで女を食べている事に瑠璃子は気づいた。

 

『(まさか、それでカナエさんを狙った?)』

『ねぇ、瑠璃の君。我慢比べをしよう!』

 

 

突然の提案だった。怪訝そうな顔で見てくる瑠璃子に童磨は笑った。

 

 

『なぁに、簡単だ。―――― 俺は君をゆっくりと斬る』

 

 

ひゅっ。息を呑む。

 

 

『なぁに、ちゃんと死なない様にするよ。手足も引き千切ったりはしない。其の代わり、君は我慢する。『参った』とか『いやだ』とか言ったら君の負け。俺は君の名前を聞く。言わないなら君の勝ち。見逃してあげる。時間は…そうだな、朝日が昇る直前まで』

 

にっこり。無邪気な笑みを浮かべる童磨に瑠璃子は―――――無理矢理笑顔を作った。

 

 

 

 

 

泣くな、喚くな。此奴の前では弱味を見せるな。

 

 

 

 

 

少なくとも、笑えば、私の勝ち。

 

 

 

 

 

 

『良いわよ、遊びましょう、上弦さん』

 

 

 

 

 

 

――――― 兄様、カナエさん。どうか生きていてね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急げ!瑠璃色の髪の子だ!」

「俺は南に行く!お前は北の方に行け!周辺の捜索を怠るな!」

「見つけ次第治療!発見したらすぐに呼べ!」

 

大慌てで、隠達が瑠璃子を探す。

 

良い意味でも悪い意味でも有名な『あの鳴滝紫陽花』の妹。瑠璃色の髪で、大太刀を持った女性隊士。其の情報を元に隠達が散る。

 

――― 『甲・鳴滝紫陽花 及び 花柱・胡蝶カナエが上弦と接触し重傷を負った』と言う情報は既に隠達にも、お館様にも届いており、即座に二人の治療が開始された。

 

だが、治療室に入る前に紫陽花が、隠の腕を掴んでいった。

 

『妹が!!瑠璃子が!死ぬ!上弦と戦ってる!!!早く!!!!』

 

其の言葉に更に隠達は慌てた。

鳴滝さんの妹は、確かこの前『(つちのと)』になったばかりの隊士だった筈だと一人が言った。

 

 

上弦相手に己が一人で戦っている、と言う前代未聞の状況に、瑠璃子を探す隠達は、内心生存を諦めていた。

 

 

―――― いた、のだ。

 

 

「お、おい!あれ!」

 

一人が声を荒げて指差す。

指先を目で追えば、其処には―――――朝日を背負った、一人の少女が、瑠璃子が立っていた。

 

両足で立ち、左手で刀を持っていた。手首が折れた右腕には髪を纏めていた髪紐が結ばれていた。四肢が、存在している。血塗れで、生きている。

 

血塗れの少女が立っている姿に隠達は固まった。だが、ごぼりと瑠璃子の口から血が溢れた事で、我に返った。

 

「は、発見!鳴滝瑠璃子発見!」

「急げ!急いで治療道具持って来い!!」

「鳴滝さん!鳴滝さん!聞こえますか鳴滝さん!」

 

ふらりと前に倒れた瑠璃子を隠が受け止める。其の傷と出血量の多さに受け止めた其の隠は、目を見開いた。

全身を鋭い物で切り刻まれた様な傷が手足どころか、胸元、顔、そして背中にまで。身に着けた隊服がぎりぎり残っている。

 

 

特に、背中には大きな傷があった。恐らく治療しても、一生残るであろう傷。

 

 

 

ひゅー…ひゅー…か細い呼吸が、瑠璃子の生存の証明だった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

目覚めると、木製の天井が紫陽花の視界に入って来た。

 

(何をしていたのだろうか、俺は)

 

気を失う前の記憶を掘り起こす。

 

 

血塗れのカナエ、嗤う上弦の鬼、地面に転がる自分。

 

 

―――― 瑠璃色の髪の、妹の背中。

 

 

「っ瑠璃子!!うぐっ」

 

ガバッと上半身を起こすと、強烈な痛みが紫陽花を襲う。然し、其れに構っている暇は無かった。

 

「瑠璃子は…!胡蝶は…!?」

「っ鳴滝さん?」

 

声を掛けられた。見ると、其処には青い蝶の髪飾りを付けたツインテールの少女が紫陽花を見ていた。

 

「君は…」

「神崎アオイです!其れよりも起きて大丈夫なんですか!?」

 

と、治療道具を持ってアオイが近づいてきた。紫陽花は彼女の両肩を掴むと、聞いた。

 

「胡蝶は!?瑠璃子は!?俺と同じ苗字で瑠璃色の髪をした女の子!」

 

其の言葉にアオイは、顔を顰めて、目を逸らした。

 

(おい、嘘だろ…そんなまさか…)

 

アオイの肩を掴んでいた両手から力が抜ける。紫陽花の絶望の表情にアオイは慌てた。

 

「違います!生きてます!カナエ様も貴方の妹さんは無事です!……ただ」

「ただ…?」

「……妹さんは出血量が酷くて、しのぶ様が治療したんですが…かなり危ない状況です……」

 

アオイの言葉に、紫陽花は目を見開くと、バッ!と布団をめくって、ベットから飛び出していった。『鳴滝さん!』背後からアオイの声が聞こえたが、其れを無視して、重傷人が運ばれる個室の部屋『特部屋』に向かった。

 

 

 

ずきずきと痛みを訴える体を気力で黙らせて、大部屋の前まで行くと、両手で障子を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中には―――――包帯を顔まで巻かれ、ひゅーひゅーとか細い呼吸をする、(瑠璃子)の姿があった。

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 

 

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!

 

 

 

 

紫陽花の絶叫が、屋敷に響いた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

「あー、可愛かったなぁ瑠璃の君!結局勝負には負けちゃったけど、とっても楽しかった!」

 

 

自室でそう語る童磨。其の顔は晴れ晴れとしており、満面の笑みが浮かんでいる。

 

結果として、瑠璃子は勝負に勝った。朝日が昇るまで拷問に耐えた。苦痛の悲鳴は上げても、決して『参った』『いやだ』と否定の言葉は口にしなかった。

切り刻んでいく内に楽しくなってしまって、思った以上に虐めてしまったが、まぁ其れは良しとしよう。だって、彼女は自分に勝ったのだから。

 

あの柔らかな肢体を食べれなかった事は本当に残念だが、成長した彼女を想像するとじゅわりと口から唾液が溢れ出す。

もっと綺麗になった瑠璃の君は、もっと美味になる。そう考えただけで体に甘い痺れが走る。

 

「それに痕も刻んだし、満足満足!」

 

かなり傷を付けた後、童磨は地面と接触している背中に傷をつけていない事を思い出し、瑠璃子をひっくり返した。此の時はもう既に瑠璃子の意識は切れる寸前であったが、そんな事を気にする鬼では無い。

髪紐が取れて、広がった瑠璃色の髪をゆっくり退けると、『滅』の文字が見えた。童磨は鼻歌を歌いながら、鉄扇で『滅』の文字を切り裂いた。

 

現れた真白い背中を『綺麗だね』と褒めつつ、そっと鉄扇を右肩の後ろに添えて、時間をたっぷり掛けて斜めに裂いた。

 

 

其の日一番の悲鳴が上がる。ぶちぶちと肉が裂ける。ぶわりと濃くなる血の匂いにくらくらした。

 

 

左脇腹近くまで斬ると、鉄扇を退かした。綺麗に斜めに入った裂傷に童磨は興奮した。

 

 

『俺の事忘れないでね。俺も君の事、忘れないから』

 

 

愛しい恋人に掛ける様な、甘い言葉を口にして、背中の傷に口付けて、朝日が昇る前に童磨は消えていった。

 

 

―――― その後、瑠璃子の口が『だいきらい』と呟いた事を知らずに。

 

 

「また会いたいな。会えるよね、だってあんな情熱的な目で俺を見てくれたし。嗚呼、此れが恋ってやつなのかなぁ…!今度はきちんと名前を呼んであげたいなぁ」

 

 

 

 

ねぇ、瑠璃の君。

 

 

 

 

 

上弦は、鬼は嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 




・鳴滝紫陽花
後悔ばかりの人生。父を喪い、途方も無い虚しさ故に彷徨い続けた愚か者。其の代償は、とても大きかった。

・胡蝶カナエ
恋した人に守られて、彼女は生存を諦めなかった。恋は、時に想像も付かない力を生み出す。

・鳴滝瑠璃子
約束通り、生きて帰ってきたよ。兄様。褒めて、くれるかしら…?

・童磨
悪鬼とはこう言う存在の事を言う。嗤って人を平気で傷つける。歪な感情は、恋か執着か。あの少女の美味たる血を一生味わっていたい。その目を俺に向けてほしい。
歪んだ思いの行く末は、閻魔にさえ判らない。


『コメント』

ごめんよぉ、ごめんよぉ!瑠璃子をこんな目に合わせるつもりなんてなかったんだぁ!!
でも書いているうちにこんな事になっちゃったんだ!

……正直、すごい興奮しました!!!

ごめんなさああああい!!!

 

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