よるがあけるよ【NieR:Automata】   作:凡て

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ヤメテ! コロサナイデ!


第3章 平和主義者

カシャン、カシャン、と一定のリズムで金属がコンクリートをかする音が響く。

1体で駅廃墟に向かって歩いている機械生命体の両手には、何処からか集めてきたらしいガラクタが乗せられている。

金属板や鉄筋など、大きめの物が多い。

10Dは建物の陰に身を潜め、駅廃墟に入っていく機械生命体の様子を伺った。

『……尾行してみよっか。』

ポッドと共に、機械生命体の後を追いこっそり侵入する。

巣になっているという噂があった割りには追跡対象以外の機械生命体の姿がない。

これなら余裕を持って探索できそうだと思い、10Dは緊張するのを止めた。

暗視機能のお陰で構内はよく見える。所々に太い柱があるから、仮のゴーグルのままだったら絶対にぶつかっていただろう。

『そう言えば駅廃墟に入ったの初めてだね。』

考えてみれば、以前は瓦礫が出入り口を覆い尽くして入ることが出来なかったのだ。瓦礫を退かしたのも機械生命体達なのだろうか。

そんなことを考えながら10Dは足音の方向を見る。

遠くを歩いている先程の機械生命体は左の曲がり角へ消えた。

足音を忍ばせて曲がり角手前まで走る。覗いてみると、腰辺りまでの高さの直方体が平行に並んでいた。

機械生命体の胴の太さでは直方体の間を通るには狭すぎるようだが、慣れた様子でピョンと飛び跳ねて越える。

『あれは何?。』

10Dが声量を抑えて訊く。

「回答:自動改札機」

『改札機?。』

「報告:そもそも駅とは列車というレール上を走る乗り物に乗車する為の施設であり、乗車する際には賃金を事前に支払い乗車券を得て係員に見せなければいけなかった。だがあまりに利用客が多い場合は効率的な運営が出来ない為、無人でも乗車券を確認出来る機能を持つ機械を設置。それが自動改札機である」

ポッドも10Dと同様にボリュームを抑えて話す。

目の前の機械生命体はまだこちらに気が付いてないようで、のんびりとした足音を鳴らしていた。

『ふーん、これも人類がつくった機械なんだ……。』

アンドロイドと違って愛想の無い形状だね、と言いながら10Dは改札機の間を通る。

改札の後に続く階段を上がると、通路を挟んで4つに分かれた階段がまたあった。

強い風が吹き込む。どうやら外に繋がる出口になっているようだ。

4つの出口にそれぞれ2つずつ数字が乗り場ごとに割り振られている。全部で8つの乗り場があるらしい。

機械生命体が上る階段は目の前の3、4番乗り場だ。

気付かれないように一定の距離を保ちながら進む。

上りきった機械生命体が見えなくなると一気に駆け上がり、10Dはおそるおそる外の様子を確認した。

幅8メートル程の道があり、30メートルから先は途切れている。その道は高い段のような形状になっているようで、道から外れた所はよく見えないが、自身の身長くらいの深さはあるのではないかと10Dは推測する。

『何ここ……。』

「回答:プラットホーム。旧人類はこのホームと呼ばれる場所から列車に乗車していたという記録がある」

『こんな所から……?。』

カシャンカシャン、と機械生命体の歩く音が重なって聞こえた。微かに話し声も耳に届く。

どうやら機械生命体は複数この場所に集まっているようだ。

「だいぶカタチになッテきたナ……」

「アア、思エば長カッタ」

耳を澄ますと、そんな会話が聴こえてきた。

一体何のことだろうと気になって10Dは顔を覗かせる。

少し離れた所に数体の機械生命体がいて、ホームの外には見慣れない大きな影があった。

機械生命体達の元に先程の機械生命体が近寄り、手に持っていたガラクタを置いた。

「今回ハコレダケダ」

「ゴクロウ、コレデまタ作業ガ再開できル」

「サッソク取り掛カロウ」

機械生命体達は各々ガラクタを拾うと、側にあった大きな影に充てがい金槌で打ち付けた。

トンカントンカンと絶え間ない騒音が暫く続く。

『何作ってるんだろうね……。』

「推測:旧人類の文明の模倣。あれは列車の外見を真似して作られた物だと思われる」

『じゃあ、特に兵器とか危ない物を作ってる訳ではないんだね。それなら簡単に倒せそう。』

そう言って10Dが武器を手に物陰から出る。

近寄ると、機械生命体達は気配に気付きこちらを見た。

「ア……ア……」

金槌の音が途絶える。

「皆ノモノ!アンドロイドだ! 隠レロ!」

機械生命体の内の1体が叫び、他の機械生命体も一斉に動き出す。

『え……襲ってこないの……?。』

背を向けて撤退していく機械生命体の様子に唖然とし10Dは構えていた武器を下ろす。

「逃ゲロ! 退ケ!」

「アンドロイド、怖イ!」

ガシャンガシャンと騒がしい音を立てながら、機械生命体達は列車の中へと入っていった。

10Dが列車と思わしき製造物に目を向けた。

錆びかけた金属板がツギハギのように外側を覆っている。模様も付けたかったらしく、鉄筋を短くしたものを沢山貼りシンボルマークのような形にしていた。

おまけに最前に煙突が生えていて、何とも珍妙だ。

『これが列車……。』

「報告:形状からして、列車の歴史の中でも最初の方に生まれたモデルの蒸気機関車に近い」

『蒸気?。電気やガスで動かせばいいのにね。』

ただの煙がどうやってこんな大きな物を動かすんだ、と10Dは不思議に思った。

「報告:蒸気機関車が作られた当初、動力の主流は蒸気機関であり電気やガスで走る列車の実用は可能ではなかった。やがて技術の発展に伴い燃料や形状を変え、長距離を短時間で移動できるようになっていったとある」

『ふーん……とりあえず、中に入ってみようか。』

縦長の穴が入り口らしい。機械生命体達ももれなくそこから入っていった。

10Dは奇襲の可能性も考え、車内に武器の先端だけを入れ雑に小さく振る。

すると内部の少し離れた所から怯えたような声が聞こえた。

どうやら入り口付近には何も居ないらしい。

奇襲はない、と安心して10Dは入る。

床を踏むとギシッと軋む音がした。どうやらあまり耐久性の無い金属板を何重かに重ね合わせて造っているようだ。

金属板同士の間が少し浮いているようで、抜けやしないかと警戒する。

ギシ……ベコンッ……と耳障りな音を聞きながら先へと進む。

ポッドがライトで一番奥を照らした。

車内と同じ色をした機械生命体達が団子になって震えている。

互いの手を取り合うもの。頭を抱えて何も見ないようにするもの。

私に恐怖している……機械生命体みたいな破壊兵器にもそんな感情があるんだな、と10Dは同じ破壊兵器ながらに思った。

痛覚や恐怖は危機回避の為にある。けれどアンドロイドと違い、幾らでも生産出来る機械生命体なら特攻する戦法の方がいいから、恐怖なんて要らないのではないか。

少しずつ近付く度に、機械生命体達の震える姿が鮮明になっていく。

「コ……コロサナイデクレ……」

「死にタクナイ、死ニタクなイヨォ……」

「オ願イ……助ケテ……!」

声もはっきり聞こえ始める。何を言っているのかもよく分かる。

命乞いだ。

殺されたくない。死にたくない。助けてほしい。

『……………。』

10Dは機械生命体達の数メートル手前で立ち止まった。

「ドウカ……ドウか、殺サナイデ。僕達ハ、君達アンドロイドに危害ヲ与エヨウだナンテ、思ッテナインデス……」

一番前の機械生命体が床に手を突いて頭を下げた。

土下座だろうか。

他の機械生命体もおずおずとした声で喋り出す。

「私達はタダ平和ニ、安全ニ暮ラシテイたいダケナんデス……ココデ人類ノ乗リ物ヲ造ッテ遊ンデイタダけナンデス……許シテクダサイ……」

その場の機械生命体達が全員、同じように頭を下げだした。

10Dはその様子を見て1種の恐怖を覚える。

"罪悪感"という新しい感情が芽生え始めていることを自然と自覚出来た。

『……ポッド、戻ろう。』

「疑問:機械生命体の排除の放棄」

ポッド107がガトリングの銃口を剥き出し、機械生命体達に向けた。

排除しろと催促している。

ポッド107がそう言うのなら殺すべきなんじゃないかと迷うが、機械生命体達の怯えきった様子を見るとどうにも殺した後に悔やみそうな気がする。

それかもう吹っ切れてこの先どんな残酷な判断でも躊躇せずやりそうな気もする。

義体が壊れるのはまだ良いけれど、感情まで壊れるのは嫌だった。

10Dはポッド107の銃口を塞ぐように手を当て、そのまま機械生命体達の方向から反らす。

『……敵意のない機械生命体は殺さなくていいよ。いつもと同じ。』

そうだ。廃墟都市をいつも上の空のようにほっつき歩いている機械生命体達にだって、何か目的がない限り私たちは積極的には攻撃を仕掛けないじゃないか。

ただ喋るか喋らないか、感情があるかないかの違いでしかない。

だったら、殺す必要なんて微塵もない。

「推奨:機械生命体の排除。機械生命体及びエイリアンは人類の故郷である地球を奪った仇であり、永遠の敵である」

『もうっ……私が殺さないって言ったら殺さないの!。』

車内から出て行こうと踵を返す。

ポッド107の意見を却下するのは久し振りだ。

正しいことを示してくれているのは分かるけれど、今回ばかりは10Dは聞き入れたくなかった。

「ア……アノ……」

背後で機械生命体の声がして、顔を向ける。

「見逃シテクれて、アリガトウゴザイマス……アノ、ヨカッタらマタ来テ下サイ。僕達ハ機械生命体同士ダケデハナク、アンドロイドとモ仲良クシタイノデ……」

再度頭を下げる機械生命体の言葉は先程より落ち着いた調子だった。

まだ少し怯えを孕んではいるが、殺される恐怖は薄れている。

『うん、わかった。……そもそもどうして列車なんて造ってるの?。』

帰ろうとはしたものの、好奇心が疼き10Dは訊きながら機械生命体に近寄った。

「アノ……ソレハデスネ……」

向かってくる10Dに後退りしながらも機械生命体は答えようとする。

「格好良カッタカラ、ダヨ!」

10Dの背後から別の機械生命体の声がした。

振り返って見ると、その機械生命体は古びた本を開いた状態で持っていた。

そのページには蒸気機関車らしきイラストが載っていて、今入っている列車とは似ても似つかぬ程立派な造形をしている。

「ドウヤッテ動クノカ分カラナイケド、スゴく速ク走レルンダッテ書イテアル。ソレニ"煙ヲ噴イテ汽笛ヲ鳴らし、ガタゴト揺レテ何処マデモ"ッテ。コレ完成シタラ、キット楽シイ! ミンナ喜ブ!」

「ダカラ造ッテルノ!」と本を見せつけながら機械生命体がはしゃぐ。

警戒心のない個体だな、と思いながら10Dは本を受け取った。

本はかなりボロボロで、大部分が滲んだり破けたりしていて小汚ないが、原型を留めている時点でかなり保存状態が良い。

『動かす方法ねぇ……これには載ってないのかな。』

ペラペラと捲りながらそれらしき項目を探す。

『ポッド、人類のデータベースに何か情報はある?。』

「報告:蒸気機関及び蒸気機関車の仕組みに関するデータはあるが、このハリボテに応用できるものではない」

ふーん、と頷きながら10Dは捲っていた本を閉じる。

『例えば?。』

「回答:蒸気機関車の主流であれば、可燃性の資材を燃やしボイラーで作った高圧の水蒸気をシリンダーという筒に送り込んでピストン運動をさせる方法がある。ポッド107にもこれらのデータの理解は難解で、構造についてはより詳しく解析する必要がある。」

「燃ヤシちゃウンデスか?」

「壊レテシマウナ……」

「火、コワい!」

周りに機械生命体が集まる。

皆一様に列車を動かすヒントを聞こうと興味津々だ。

『本当に熱なんかで動くの……?。』

「回答:多量の水と燃料を燃やして発生した火、熱で水蒸気が出来る。それを実用性のある熱エネルギーに変換する為にこのような仕組みが設けられている。動く原理を風で例えると、よそ風程度では軽い物を揺らすことしか出来ないが、災害にも等しい強風であれば大きな重い物でも吹き飛ばすことが可能である事と同義」

風なら馴染みがあるだろう、とポッド107が10Dや機械生命体達にも理解出来そうな例えを用いる。

だが機械生命体に風を感知するセンサーが付いているか不明な為、伝わっているかは定かではなかった。

「推測:この車体は蒸気機関と呼ぶに相応しい構造をしていない為、燃やしても走ることはない」

それを聞いて機械生命体達は悄気たような反応を見せた。

見兼ねた10Dがポッド107に再び問い掛ける。

『……他に方法はないの?。』

「報告:該当する項目を検索中」

10Dは自分で訊いたもののあまり期待はしていなかった。ただの金属板の貼り合わせを乗り物として動かすなんて、きっと人類にも無理だろう。

暫く沈黙を続けたポッド107が、端末に画像を映し出した。

「報告:ガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどのオイルを燃料とする内燃機の構造がやや現実的ではあるが、1から造るとなると機械生命体にはかなりの難題である」

『うーん、そっか……。部品とかを造る工場も機械生命体用のしかないだろうし………あっ機械生命体の構造を真似るのはどうかな。』

閃いた、と10Dが提案する。

『速く走るかどうかは分からないけど、内部に機械生命体の構造を応用したものを仕込めば動かすことは可能になると思う。』

周りの機械生命体達に説明すると、少し困ったような態度を取った。

「ソレ……モウヤッテル」

「見エナイ箇所デはアリマスガ、既ニ私達ノ中身と同ジようナ造リヲ取リ入レてイルノデス」

「デモデモ、材料ガ足リナクテ……」

モジモジしながら機械生命体は控え目に話す。

『材料?。何が足りないの?。』

「機械生命体ノコアガアレバ動くト思ウ!」

本を返してと言うように10Dの手に向かって腕を伸ばしながら幼げな機械生命体が言った。

『そっか、機械生命体のコアなら私が持ってるからそれをあげる。』

「ホント? アリガト、オネーチャン!」

「アリガトウゴザイマス。生キてイル仲間カらコアヲ取ルノハ気ガ引ケルモノデシたのデ……本当ニ助かりマス」

『今、レジスタンスキャンプに置いたままにしてるから取って来るね。』

機械生命体達に手を振り、車内から降り元来た道を駆け出した。

『何だか楽しそうなことになって来たね。』

「推測:敵性反応を持った機械生命体から採取したコアの使用は、新しい機体にセットした際に暴走する可能性がある。推奨:計画の中断」

『……確かに、全ての機械生命体の自我データが平穏を求めているとは限らないもんね。でもそんなことはやってみなきゃ分からないじゃん。走れば良いし、そうでなければ壊すよ。』

「推測:もし暴走した際、分類としては大型に含まれる。10Dのみの1機では片付けられそうにない」

軽快な足取りで改札を通り抜ける10Dの後をポッド107が説得しようと追いかける。

危険なことをしようとしている随行対象に忠告するのも役目の内だが、強制的な制止は随行支援ユニットとしての役割を越えてしまう。

「……推奨:友好的な機械生命体の存在を司令官に報告する」

ポッド107は10Dの背中にそう投げ掛けた。

それを聞いた10Dはどこか嬉しそうな顔で振り返り『分かった。』と一言返す。

駅廃墟から出て少し立ち止まる。

『ポッド、キャンプまでの道標を出して。』

「了解」

一刻も早く戻ろうと10Dは走り続け、やがてレジスタンスキャンプに辿り着いた。

ヨルハ用の部屋に入り、バンカーの司令官に通信を繋ぐ。

『10Dから司令官へ。駅廃墟構内で、友好的な機械生命体の集団が居ることを確認しました。』

「報告ご苦労。友好的な機械生命体か……まだまだ機械生命体には謎が多い。今度詳しい調査の為に少数の部隊をそちらへ送る。10Dもその時は現場に居てくれ」

『はい、承知いたしました。』

短い通信を終えると、10Dはすぐにベッドの下に手を突っ込んだ。

手探りで機械生命体のコアを掴み、引っ張り出す。

少し埃が付いてしまっているのを払い落としながら外に出た。

『このコア、売らなくて良かったね。』

「推奨:早急な売却」

ポッド107が10Dの手からコアを拐い、店の方へ飛んで行こうとする。

『あー、まだ心配してるんだ。でももう約束しちゃったから絶対に売らないよ。』

暫くの追いかけっこの末なんとか機械生命体のコアを奪い返すと、10Dは諦めたポッド107と共にキャンプの外に出て再び駅廃墟を目指した。

 

 

 

 

 

『やぁ、戻ったよ。』

コアを抱えて駅廃墟のホームに戻る。

機械生命体の数は先程より増えているように思えた。

「ワァイ、コレデ列車ウゴク!」

「アりガトウござイマス。コアを入レル箇所ハこちラデス」

誘導されたのは車体の先頭部分だった。

どうやら先端部分に内蔵機器が集中しているらしい。よく見ると中心に開閉出来そうな金属板の蓋があった。

「ココカラジャ難シいでス。一旦降リマシょウ」

言われるがままホーム下に降りる。蓋には背が足りず届かなかった為、中型の機械生命体が踏み台代わりになって10Dを下から支える。

『ここに入れるんだね?。』

「ソウデス。オ願イシマス」

蓋を開け、10Dがコアを中に嵌め込む。

周りの端子や銅線を傷付けないようにそっとコアから手を離して蓋を閉めた。

『入ったよ。これで動くかな?。』

「アリガトうゴザいまス。一旦、様子ヲ見テミましョウ」

そのまま足場になってくれていた中型の機械生命体がホームの上に10Dを戻す。

コアを入れた後の微調整を機械生命体が済ませ、起動を待った。

ポッド107だけが、少し不満気にその一部始終を見守っている。

『ポッド、まだ納得いかない?。』

「報告:どこか言い知れぬ不安のようなものが付きまとっている」

『悪い予感がするって?。らしくないよー。』

10Dは珍しく主観的に述べるポッドを抱き寄せて、心配することはないと宥めた。

あえて最悪の事態は考えまいと10Dは明るめに振る舞う。

どうせなら楽しい方がいいのだ、と機械生命体の群れに近寄って列車の反応を待った。

十数分経った頃、キイィィン……と車体から鈍い音が聴こえた。

「ア……アア……ウアァ………」

続いて籠った声を出す。思考が纏まらないのか言葉になっていない、ただの音のような声だった。

機械生命体達が近寄り、車体に声を掛ける。

「大丈夫カ? ネットワーくカラハもウ外レテイルか?」

「マダ話セナイカ。メンテナンスヲシテヤラネバ……」

「レッシャ! レッシャ!」

「走ッテ! 煙噴イテ!」

大人びた機械生命体の横で幼げな機械生命体がキャッキャとはしゃぐ。

車体の方は相変わらず自我を感じられないような反応しか見せない。

でも活動を始めたのは確かだ。

10Dは少し期待しながら機械生命体と車体の様子を見守った。

「動ケルカ? 足ヲ動カシテミテクレ」

「ア……アアア………ア……シ……」

ゆっくりと重厚な音を立てて車体が動く。

『列車も足で動くの?。』

「報告:本来は車輪であるが、機械生命体の製造したこの列車は壊れた機械生命体から採取した手足を使用している模様」

ポッド107の説明を聞いて10Dが見易い位置に移動し車体を確かめる。

地面に面している所に無数の脚が生えていた。数十本分の脚が全長15メートル程の車体を支えている。

気持ち悪い、と10Dはやや引き気味に目を背けた。

ズズズ……と地面に鉄が擦れる音が続く。

動きは緩慢で、まるで這いずっているように見えて格好が悪い。でも動こうとしている。

それだけでも成功した内に入るんじゃないかと思った。

『動いて良かったねぇ。』

近くに居た機械生命体に話しかける。

「ハイ……デモ、モウ少シ調整ガ必要デスネ。結構時間ガ掛カリソウデス」

『そっか、じゃあ今日はもう戻るね。また来るよ。』

そう言い残し10Dはポッド107と共に駅廃墟の外に出て、そのまま高架下沿いに南へ向かった。

外灯に照らされながら10Dが歩いていく。幾つか電灯が減っている気がした。

おそらくあの機械生命体の形を模した電灯が撤去されたんだろう。仕事が早いものだ。

暫く進むと、少し前に倒した機械生命体達の残骸がまだ辺り一面に転がっていた。

10Dはその場にしゃがみこんで、機械生命体から出た部品を拾い始める。

「疑問:換金も出来ないような粗末な部品を集める理由」

ポッド107が10Dの頭上でそう問い掛けた。

『んー……駅廃墟の機械生命体の真似。』

手探りで利用できそうな部品を探す。

暗視機能にも限界がある。あまり小さい物ははっきりと見えない。

10Dは戦闘用ゴーグルを下にずらし首から提げた。

すかさずポッド107がライトを点灯する。

『ありがとう、ポッド。』

歯車やネジなどを掌一杯に集めてはポシェットの中に放り込む。動く度にザリザリと部品同士が擦れ合う音がした。

ポシェットにぎりぎりまで詰め込むと、10Dはゴーグルを元の位置に戻す。

『終わったよ。今度はキャンプに行こう。』

ポッド107を連れてまた移動する。

レジスタンスキャンプに着くと、10Dはヨルハ部屋に行きベッドに座った。

部屋の隅にある小さめのテーブルを近くまで引き寄せ、その上でポシェットの中身を出す。

殆ど錆の付いたものばかりだが何とかなるだろう。ポシェットの内側に残った錆のカスを払い落としながらそう思った。

『蝋燭だけじゃ暗いね。ポッドのも点けて。』

「了解」

ポッドが先程のように手元を明るくしてやる。

10Dが端末を出し、保存していた画像をフォルダから探して表示した。

その画像には意味ありげな形をしている置物のようなものが複数並んでいた。歯車やナットなどの廃棄部品を組み合わせ何かしらのモチーフに仕立てた作品らしい。

『14Oに何かあげるって話があったよね。何すればいいかよく分からなかったけど、手作りするのも良いかなって思って……。』

「賛同:頑張れ」

『うん、頑張る。』

何の形にするかを決める為に候補を絞ろうとするが、画像に写っているモチーフではいまいちパッとしないらしく少し困ったような顔をした。

『……ねぇ、どの形が良いと思う?。』

「推奨:既存の情報内での模倣ではなく、画像の方法を応用して別の形を生み出す。報告:14Oは以前花に興味を示していた」

『そっか……でも花って独特な曲線ばっかりだから円形の歯車とかじゃ再現は難しいかな。金属板とか曲げたり切ったりしてみよう。』

10Dは先日捕まえてそのまま放置していた魚型の機械生命体も数匹出して分解し始めた。

『あ、あと花の種類も決めないと。ポッド、14Oは何の花が好きとか言ってた?。』

「回答:好きと言っていた訳ではないが、百合のような形の白い花の画像を暫く見つめていたのは見た」

『じゃあそれにしようか。その花と同じ画像を探して。』

「了解」

すぐにポッドが画像を表示した。

『へぇ……こんな形した花もあるんだ。画像は一応保存しといてね。』

早速10Dが画像の花を見ながら構想を練っていく。

不器用なものだから普段はこんなことはしたがらない筈だが、14Oの為に一肌脱いでいるようだ。

人類はこのような行動を「いじらしい」と表現していたな……といつか見たデータベースの記録を思い出しながら、ポッド107も手伝って作業を進めた。

 

 

 

 

 

『よし、完成!。……かな?。』

「報告:似てない」

『だって~……。』

製作物を自他ともに似いてないと感じている原因は明確だった。花弁の部分に使用した金属板が思いの外硬くて10Dやポッド107の力では曲がらなかったのだ。

辛うじて切断は可能だったが断面はボロボロで、作っている途中に何度か指の人工皮膚を裂いてしまった。

花弁が閉じたままの状態の品を持って外に出る。

プラヴァに工具でも借りようかと考えたが、外出中のようでキャンプ内の何処にも見当たらなかった。

「よぉ! 何うろうろしてんだ?」

『あ、ヒルマイナ。』

少し離れた場所からヒルマイナが近寄ってきた。

「その茶色いの何?」

「報告:錆」

「いやそうじゃなくって!」

10Dの持つ製作物を指差す。

『花……のはずなんだけど、金属板が上手く曲がらなくって。曲げられる工具を貸してもらおうと思ってプラヴァを探してるんだけど今は居ないみたい。』

「要は……工具でも何でも曲げられりゃ良い訳だな! 貸してみ!」

サッとヒルマイナが10Dの手から茶色いのを取ると、金属板の蕾を強引に広げようとした。

「あ、これなら曲げられそう」

逞しく作られている男性型アンドロイドなだけあって、ヒルマイナは余裕のある調子で言った。

『あっ、待ってヒルマイナ。ちゃんとした見本を見せるから、それの通りに曲げてみて。』

「任せろ~ッ!」

画像を覗き込みながら似たような曲線を作っていく。

意外にも器用だ、と10Dは少し驚いた様子でヒルマイナの手元を凝視した。

「……よしっ、こんなもんだろ!」

『ありがとう。よく出来たね。』

「錆が酷いから割れるかと思って何度もヒヤヒヤしたぜ!」

そう言うもあっけらかんに笑いながら10Dに花の形になったものを渡した。

「……ちょっと指先が荒れたな。10D、端のギザギザを無くさないと怪我しちまうぞ! プラヴァの工具に金ヤスリもあった筈だから、俺が取って来る!」

赤茶色の鉄屑が所々に刺さった自身の手を見るや否や、ヒルマイナは倉庫に向かって走り出した。

プラヴァからの承諾を得ずに持ち出してもいいのかと10Dはやや躊躇する。

だがヒルマイナがあっという間に持ってきてくれたのと本人が不在でいつ帰るか分からない状況からその躊躇いも消え、プラヴァが戻ってきたら返す時に一言添えようとだけ思って金ヤスリを使うことにした。

薄暗い部屋に戻り、また作業を始める。

ヒルマイナが持ち出した金ヤスリで尖った部分を少しずつ削っていく。

気を付けないと大事な箇所も一緒に削り取ってしまうから慎重に進めていた。

手元を照らすポッド107も、なるべく10Dを刺激しないように振る舞う。

2機共おし黙ったままで、部屋の中にはヤスリで錆びた金属を削る音しかしていなかった。

ある程度削っては指で擦り、感触を確かめる。

プレゼントした物で14Oが怪我をしてしまっては元も子もない。

なるべく尖った部分を無くさなくては、と10Dは休む暇もなく手を動かした。

何度も何度も同じ動作を繰返し、出来る限り引っ掛かりの無い断面にしていく。

やがて文句の付けようもないくらい綺麗に仕上がった頃、部屋に誰かが訪ねてきた。

「入るよ」

ドア越しから聞こえるのは馴染みのある声だ。今手に持っている工具の持ち主だろう。

『プラヴァ、おかえりー。工具勝手に借りちゃってごめんね。』

金ヤスリを軽く振りながらプラヴァを迎え入れる。

「ヒルマイナから聞いた。何か変なものを作っているらしいな」

『うん、プラヴァの工具のおかげでしっかり削れたよ。すごくキレイになった。』

ありがとう、と10Dはプラヴァに金ヤスリを返す。

「あぁ。それは……見慣れない形だが何なんだ?」

『花の形を真似したんだ。夜の地帯で咲ける花なんて本当に稀少で、咲いてても暗くて気付けないから見たことないのが大半だろうし、知らなくても仕方ないけどね。』

「花か……。私が文献で見たのはもっと平たくて放射状に伸びているものだったが、そんな形状のものもあるんだな」

プラヴァに実際の画像を見せた。

10Dは目当ての花に似せて造ることが出来たことを改めて確認し、得意気に画像と金属製の花を並べてみせる。

「推奨:バンカーに戻り、14Oへの贈与を完了させる」

善は急げ、とポッドが誘導した。

「そうだね。早めに渡しとこう」

金属製の花をポシェットに大事にしまい込み、立ち上がった。

『じゃあもう行くね、プラヴァ。協力ありがとう。』

「あぁ、工具が必要になったらまた貸し出してやる。じゃあな」

プラヴァと別れ、レジスタンスキャンプの外に出る。

飛行ユニットを呼ぼうと端末を出した時、バンカーから通信が入った。

『あっ、司令官だ……こちら10D、いかがしました?。』

〈廃墟都市担当の10Dに告ぐ。先の駅廃墟で確認された特殊な機械生命体の調査に、少数部隊を送ることが決まった。到着の予定時刻はそちらの地上時間で15時30分頃になるだろう。その時刻に駅廃墟の問題の場所で待機しておいてくれ〉

思っていたより調査に入るのが早いな、と10Dは思った。

調査目的なら緊急事態でない限り一週間は放っておかれるものだった。

『承知しました。駅廃墟内は多少いりくんでいるんですが、到着したメンバーを案内しなくても大丈夫なんですか?。』

〈それについては10DのGPSがあるから問題ない。マップで確認すれば辿り着ける筈だ。だがそれには10Dがちゃんと目標地点に待機しておく必要がある。分かっているな?〉

『任せてください。事前に友好的な機械生命体達と合流しておきます。』

司令官と通信を終わらせ、10Dはポッドに確認する。

『いま何時?。』

「報告:現在地点の時刻は9時28分42秒。予定の時刻まであと6時間1分18秒」

『あとちょっとしかないね。14Oに会いに行く時間はもう無いか……。』

出端を挫かれたとばかりにがっかりした様子で10Dは項垂れるが、すぐに気を取り直した。

『……早い内に駅廃墟のホームに行こうか。何か変わってるかもしれないし。』

列車がどうなっているのか気になり矢印に向かって走っていく。

たまに襲いかかってくる機械生命体を撒きながら駅廃墟へ急ぐと、ホームの方からゴウン……という重厚な音が響いた。

10Dは改札を抜け階段を駆け上がる。

列車と、それに群がる機械生命体達を確認する。

機械生命体の数は最後に見たときよりもまた増えている気がした。

「ア、オネーチャン!」

本を抱えた機械生命体が飛び跳ねてこちらに向かってくる。

『列車は動いた?。』

「少シ進メルヨウニナッタヨ!」

機械生命体に手を引っ張られながら10Dは列車に近寄る。

「経過ハ順調デス……アナタがコアヲ持ッテキテクレタオカげデ、他ノ皆モ大変喜ンデおりマス」

アリガトウアリガトウと感謝の合唱が一斉に聴こえた。

普段直球で褒められることのない10Dは少し照れくさそうに笑みをつくり頬を掻く。

こんなに友好的な機械生命体と危険のない改造機械生命体なんだからヨルハの仲間達に見せても大丈夫だろう。

どこか誇らしい気持ちでそう思った。

列車は無数の脚をガクガク動かしながらゆっくり前後に進んだり退いたりする。

「ア"……ア"ア"ア"ア"………ア"ア"………」

体の色んな部位を軋ませながら動く姿は何だか不気味な印象だった。

起動したのはついさっきなのに、まるで壊れる寸前のような状態なのだからそう感じるのだろう。

アンドロイドで言えばロールアップして与えられた義体が使い古しのボロボロだったなんて状況とほぼ同じだ。

いずれにしろ機械生命体の機体なんてどれも錆びてるから何とかなるだろう、と10Dは気にしないことにした。

煙も噴けないし汽笛も鳴らせない。でも皆満足しているのだ。取り敢えず問題なく動いたことを喜んでおこう。

『そう言えば、あと何時間かした後に私の仲間が来るんだ。その時はよろしくね。』

「ナカマ? ナカマッテ何?」

『え……仲間知らないんだ。君らみたいな集団と同じかな?。』

集まって同じ目的を果たそうとしている訳だから、ほぼ同類だ。

「ジャア、家族ダネ! オネーチャンノ家族来ルノタノシミ!」

声を弾ませる機械生命体の言葉を聞き、今度は10Dが疑問を浮かべる。

『……かぞく?。』

「報告:家族とは、夫婦とその血縁関係者を中心に構成され、共同生活の単位となる集団のことである」

人類のデータベースから見つけたものを何も捻らず述べるポッド107。

10Dはあまり理解出来ずに更に首を傾げた。

『確かに集団で共同生活をしてるのが大半だし、血……っていうかオイルは同じものを使ってるだろうけど、ポッドの言う家族はアンドロイドとも機械生命体とも違うよ。』

どちらかと言えば、機械側は1つの木に茂る枝葉の集まりのような存在である気がする。

「報告:家族とは様々な状況でも成立し得るものであるらしい。推測:機械が人類や他生物への憧れを抱いて模倣している」

『模倣……そう言えば、ヨルハの中にもパートナーとの関係を深くしたがる仲間は何人か居たね。真似だけで何か満たされるのかな。』

親しみのある名前を考え呼ばせようとする者、体に手を這わせ抱き付き合う者、情報交換とは関係のない言葉を囁き合う者と様々だ。

感情を出すことは禁止だと表向きは皆守っているが、他者の目の届かない所に行けば好き放題出来る。忠実に守る奴なんてほぼ居ない。

普段感情が抑制されているからこそ、気持ちが入り易く何かしら相手との繋がりを必要以上に求めるのかもしれない。

ただ一緒に居たい。ずっと側を離れたくない。何なら同じ時に死にたい。

人類もそうだったのだろうか。子孫繁栄の目的以外に他者を必要とする概念があったのだろうか。

一緒に居たいとも離れたくないとも同じ運命を歩みたいとも違うが、自分に良くしてくれる相手へ何か施しをしたいと考える心はそれと同類になるんだろうか。

……14Oは?。

ふと思った。14Oはどうなんだろう。あの髪にくくりつけたゴーグルも似たような意味を持つのではないか。

例のヨルハ同様に14Oも繋がりを求めているのかもしれない。

10Dは腕を組み俯きながら唸る。

「オネーチャン、ドウシタノ?」

『うーん…ねぇ、君にとって家族って一体何?。』

気に掛けてくれる機械生命体に参考がてら質問をする。

無垢そうな子からどんな意見が聞けるんだろう。

「家族ハネ……タカラモノ! トッテモトッテモ大切デ大好キナモノ!」

『……宝物?。』

「ソウ! ココニ来ルマデ僕ハ、ズット寂シカッタ。友達ハタクサン居タケド、僕以外ネットワークニ繋ガッタママダッタカラ全然馴染メナカッタ。デモ今ハモウ違ウンダ! 家族ガ居ル! 支エ合ッテ守リ合ッテ、愛シ合ウ!「オハヨウ、オヤスミ、イッテラッシャイ、オカエリ」ッテ、チョットシタ言葉ノ掛ケ合イガ堪ラナク愛シインダ! 」

興奮した様子で機械生命体が語る。

なんだ、その程度の言葉の掛け合いならアンドロイド同士でも多少親しければ交わしているじゃないかと10Dは最初思ったが、どうにも違う。

堪らなく愛しいとは感じた事がない。そう感じる程に機械生命体達はお互いを強く尊重し合い丁寧にコミュニケーションを図っているのか?。

それともアンドロイドとは異なる思考を持っていたりはしないのか。

はたまた自身が他のアンドロイドより鈍いのかもしれない。

10Dは情操に関して機械生命体より劣っていると自覚してしまい眉間に浅く皺を寄せる。

自分にとっての仲間は、機械生命体の思うような家族の存在には釣り合わない。

ただ、人類の為に戦うことを運命付けられた同じ境遇の兵士というだけだ。

大事な個体など自分に深く関わりを持つほんの数体のみ。だがその数体に対してすらあまり感情的になれない。

同じじゃない。仲間と家族は全く同じものじゃない。

10Dは小さく奥歯を噛み締める。

こんな機械生命体達が羨ましく思えた。

ヨルハは感情を出すことは規則で禁止されている。だから家族になるなどという馴れ合いの意識も全体的に見て存在しない。

結束を固めるのは推奨されるのに、絆を深めるのは許されないのだ。

矛盾はしていないだろうか。情にやられて作戦に支障をきたす前例があるとしたって、上層部は感情を目の敵にしすぎではないか。

そんな疑問を見つけ、10Dはまた腕を組んで黙り込む。

ポッド107は横でふわふわ浮かびながら悩む10Dをただただ見守った。

 

 

 

 

 

あと少しで、ヨルハの少数部隊がここに来る。

駅廃墟で過ごし数時間が経った。

待っている間、オイルを列車に足すのを手伝ったり、機械生命体達と雑談したりなどした。

少し前に抱えていた疑問など機械生命体達と接している内にすっかり霞んでしまった。

難しいことなんて考えなくていい。今までのやり方で何も不満なんてなかったんだから、改めて無理に結論を出さなくても良いのだ。

思考を巡らせるのが面倒になってしまった10Dは開き直って、あと数時間の内にやってくる仲間達を迎える準備に集中した。

件の機械生命体達は皆穏やかでコミュニケーションもしっかりと取れる。列車も、何にも危害を加えることなく前後に動き、幼げな機械生命体を数体乗せて楽しませている。

その様子を確かめ、10Dは安心した。

これならヨルハの隊に見せても大丈夫だ。始末されることなんてない。

せっかくアンドロイドを敵と認識せずに友好関係を持とうとしてくれる機械生命体を、普段通りに壊してしまうなんて残酷なことだ。

こんなに愛想が良いんだから、殺す必要なんてないだろう。寧ろ殺さないでおいてほしい。

アンドロイドと機械生命体が仲良くなれば戦わなくていいんだ。

人類と機械とエイリアンで平和に過ごせたら一番素敵だろう。

少しでもそんな理想に近付くために、今回は機械生命体の良い印象をヨルハ隊員達に与えなければ。

10Dはそう意気込み、空を見上げた。

真っ暗な頭上には、隊列を組んだ飛行ユニットの光が星々に紛れるように流れている。

きっと上手くいく。根拠のない自信を持って10Dはホームの階段の前から下を見下ろし仲間を待った。

 

 

 

 

 

複数人分の声と足音が聞こえる。

潜めるように。囁くように。だけど何処か乱暴な調子で、闇に紛れて遠くから響いてくる。

もうすぐだ。すぐに近くに迫ってくる。

階段の上から改札へ続く通路を眺めた。吹き抜けていく風が10Dの人工皮膚を撫で、髪やスカートを揺らす。

いつもなら冷たいはずの風を、妙に生温いと感じた。

僅かに緊張している。今から来るのは仲間だと云うのに、何故強張る必要があるのだろう。

嫌な予感を掻き消すように、10Dは階段下に見えた人影に手を振った。

「お前が10Dだな……司令官から話は聞いている。早速調査に取り掛からせてもらおうか」

ズカズカと複数のヨルハタイプのアンドロイドが階段を上ってきた。

10Dは胸元に手を構え敬礼をする。通り様に足を踏まれそうになり、咄嗟に避けた。

同じバンカーに所属しているものの、どれもあまり馴染みのない顔だ。恐らく精鋭部隊だろう。機械生命体の調査にしては大袈裟な気がする。

全員で5機居るらしい。揃って10Dを囲むように立ち、見下ろす。

皆ヒールの高いブーツを履いているため、S型と同じブーツを着用している10Dとは視線の高さが違いすぎる。得も云われぬ威圧感に畏縮しながら現状報告をした。

『ゆ……友好的な機械生命体は、この近くに居ます。総数は約50体……言語能力があるので、どうぞ声を掛けてあげてください。レール上には人類文明である「列車」を模した製造物もあります。今のところ安全に作動しているようです。』

「了解。危険かどうかはこちらで判断する」

そう告げると、5機はさっさと機械生命体の群れが居る方へ歩いていった。10Dとポッド107がその後に続く。

B型が3機とE型が2機、見た目はほぼ同じようなものだが纏っている雰囲気と身に付けている装備で何となく目測を立てた。

アンドロイドの隊が来たことに気付いた機械生命体達が少しずつざわめき出す。

無数のざわめきが重なり、すぐに雑音で溢れ返った。

「オネーチャン、イッパイ!」

雑音の中、聞き慣れた声が耳に入る。よく話しかけてきてくれた子のものだ。

「ふん……本当に喋るんだな」

「すっごぉーい。12Sも来れば良かったのにね、ハッキングし放題だよ!」

はしゃぎながら跳ねるB型が不穏なことを言う。

ハラハラしながら10Dがヨルハ隊員と機械生命体の間に割って入り、波風を立たせまいと促す。

『えっと……機械生命体にも私達のように個体差がありまして、この子は特に明るくて元気な個体なんですよ。他にも穏やかだったり、いたずらっ子だったり、慎ましやかだったりと様々なタイプが居ます。言語能力に関しては私達アンドロイドより語彙が劣っている個体も少なくはないので、どうかご了承ください。』

緊張で関節の駆動がどうにかなりそうだ。

自分だけが察知している張り詰めた空気に、寧ろこちらの言語能力が著しく下がってしまいかねない。

ギクシャクしながら駄弁を続ける10Dを、リーダー格のE型が掌で押し退ける。

「我々はお前の調査報告を聞きに来たんじゃない。大人しく座っていろ」

『でも……っ。』

「何だ、疚しいことでもあるのか? お前が指揮を執らないといけないことでもあるというのか。これ以上調査の邪魔をするのならば命令違反の罪で始末するぞ、D型」

尋常ではない剣幕で凄まれ、返す言葉が無くなった10Dは直ぐ様口を閉じた。

「分かったなら、さっさとあっちへ行くんだ」

手で追い払われた10Dは肩を落としながらヨルハ隊員と機械生命体達から距離を取る。

『……はぁ、気が重い。』

せっかく友好関係を築き始めることが出来た機械生命体が危険に晒されていることも、ヨルハ隊員にD型風情と扱われることも、ほぼ同格なのに敬語を無理して使っている自分にも嫌気が刺す。

ポッド107の本体に頭を寄せながら10Dが項垂れた。

『ポッド、どうしよう………やっぱり私が間に入ってた方が良かったのかな……。』

「推奨:なるべく黙って穏便に事を済ませる」

『そっかぁ……それもそうだね。』

変に騒ぎ立てても疑われるだけだろう。

今までも特に何も無かったんだ。何もしなければ何も起こらないはず。

確かにポッド107のアドバイスは納得出来る、と10Dはヨルハ隊員の様子を窺いながら座り込む。

『あーあ、早く終わらないかなぁ。バンカーに戻りたくなった時に限って面倒事がある気がする。』

「推測:気のせい」

何やらヨルハ隊員が各々機械生命体に囲まれながらやり取りをしている。

声は聞こえるが離れているせいで何を言っているのかは理解出来ない。

まぁ今のところ問題はないだろう。そう思いながらも、もしもの時の為にいつでも立ち上がって武器を取れるような体勢で座り緊急事態に備えた。

ヨルハ部隊が来る前の意気込みが虚しく萎んでしまったな。そう思いながらもまだ希望があるのではないかとヨルハ達にあるかどうか分からない良心にすがる。

敵とは、自分や人類に仇成す対象のことを指すことだと10Dは思っている。

だが大部分のヨルハ及びアンドロイドの認識はもっと単純なものだ。「機械生命体だから壊す」だけだ。

そもそも機械生命体は襲ってくるのが大前提であり、他の皆も敵意のない機械生命体の存在に戸惑っているだろう。

目の前のヨルハ達が機械生命体を破壊するかしないかなんて考えるのは恐らく今回が初めてだ。

どちらに転ぶのか皆目見当も付かないが、10Dはただただ良い方向に進むようにと念じた。

 

 

 

 

 

「……この鉄屑は何だ?」

31Bが怪訝そうな顔つきで車体に触る。

「先程10Dが人類文明である列車を模したものだと言っていた。確か列車は人や物を高速で遠くに運ぶ乗り物の筈だが、こんなハリボテでは何も出来そうにないな」

リーダーの6Eが車体に付いている機械生命体の頭のパーツに目を向けた。車体端の上には太い筒が伸び、そこから機械生命体が顔を覗かせているかのような置かれ方をしている。 頭をキョロキョロと回し、たまに瞬きのように目の光を点滅させた。

他にも前面や側面の所々に頭や手足などが付いているのが確認できる。

「きゃははっ、気持ち悪~い!」

42Bがゆっくり前後に動く車体の下の無数の脚を見て楽しそうな調子で言った。

オロオロしながら機械生命体達がアンドロイド達に話しかける。

「ワ……私達ハ平和ヲ愛シていマス。コノ列車モ、ミんなガ楽シメルヨウにト力ヲ合わせテ造リマシタ。ヨカッタラ、ドウゾ乗ッてミテ下サイ。私達ハ貴方ガタあンドロいどトモ仲良クナりたイのデス」

「平和! 家族! ナカマ!」

「ドウゾ、ヨロシクオ願イシマス」

手を伸ばして握手を求める。

が、6Eはそれを拒否し自身の腕を組んだ。

「まだ認めていない……貴様ら機械生命体の危険性が取り払われるまでは手など握ってやるものか」

目も合わせずにそう返す。

言葉でどんなに良いことを言おうと、内心では別のことを考えているかもしれない。アンドロイドだってそうなのだ。

考えて喋ることが出来るのなら、嘘を吐くのも不可能ではないだろう。

潔白を確証するまでは何処までも疑うべきである。

6Eはそう考え、周りを取り囲む機械生命体を睨み付けた。

 

 

 

 

「オネーチャン、ドーシテソンナ隅ッコニ居ルノー?」

カシャンカシャンと音を立てながら1体の機械生命体が10Dに近寄った。

『それはね、除け者にされちゃったからだよ。』

「ノケモノッテ何ー?」

『邪魔者ってことー。』

少し不貞腐れた様子で10Dがポッド107を支えに頬杖を突く。

「ナカマナノニー? 家族ナノニー?」

『…………。』

「回答:ヨルハ部隊には仲間意識はあったとしても、家族のような深い絆は基本存在しない」

ポッド107は10Dがバランスを崩さないように高度を保ちながら浮かんだ。

機械生命体はポッド107の言葉に首を傾げながら手に持つ本を開く。

『……私の仲間とはもう交流しなくていいの?。』

10Dは隣に座って本を読み始めた機械生命体にそう訊いた。

「ナンカネー、チョット恐カッタノー。ダカラオネーチャンノ所ニ来タンダ!」

安心デキルカラネー、と言いながらページを捲る。

『そっか……安心か。』

もしもの時は守ってやらないと。

ヨルハ隊員が攻撃態勢に入ったら自分の力じゃ止めることはできないから、せめて逃がすくらいはしてやりたい。

そう思いながら、好き勝手に動き回るヨルハの隊員達を見据えた。

 

 

 

 

 

22Eが足元に群がる機械生命体を踏みつけないようにそっと歩く。

「困ったなぁ……」

普段なら蹴散らして進めるのに。

簡単に壊せてしまうのに、下らない調査のおかげで下手に手を出すことができないジレンマを抱える22E。

「コンニチハ、ゴキゲンヨウ」

「一緒ニ遊ボウヨ」

「ドウシテソンナコワイカオスルノ」

色んな声が交ざり合う。22Eは落ち着かない様子で拳を握り締めた。

機械生命体と云えば暴力的な印象しかない。

この場の機械生命体は襲っては来ないものの、機械生命体に対する恐怖を暴力で捩じ伏せることで掻き消していた22Eにとってはかなりのストレスになった。

周りを取り囲まれる恐怖。手を出せない焦り。

敵意はないと分かっていても、この嫌悪感はどうにも出来ない。

「ど、退いてほしい……私はリーダーの近くに移動したいんだ」

恐る恐る言うと、機械生命体達はもたもたと道を開け始めた。

意外と話が通じるものだと思いながら作られた細い通路を抜け、仲間の元へ行く。

「リーダー、この件どう判断されますか?」

22Eが後ろから付いてきた機械生命体達を気にしながら6Eに問い掛ける。

「今のところ敵性反応は見られないな。無理に倒す必要はない……かと言って生かしておく必要もなさそうだ」

6Eが辺りを見回しながら述べる。害も利も無い機械生命体はどう扱うべきなのだろう。

「取り敢えずもう少し様子を見よう。どのような結果になろうとも新しい個体データを入手出来るだろうし、マイナスにはならないさ」

「そ、そうですね……」

いっそ蹴散らしてしまいたいと思っている22Eは期待とは違う6Eの言葉に俯きながら返事をする。

「きゃー! このハリボテ壊し甲斐がありそう!」

22Eから少し離れた所で、ボコッと何かが凹む音がした。

列車の先頭付近で42Bが愉快そうに車体を蹴ってはしゃいでいる。

「オヤメクダサイ! オヤメクダサイ!」

「壊サナイデクレー!!」

42Bを阻止しようと機械生命体が集まる。

「あはっ、喋る機械生命体なんてキモいだけかと思ってたけど、こんな面白い反応とかしてくれるんだ~! 楽しーい!」

そう言って車体が凹む程度に力加減をしながら42Bがボコボコと殴る蹴るを繰り返す。

「くぉらッ!! 中が揺れて居心地わりーんだよ! ちったぁ気ぃ遣えやゴミカスが!!」

車体の中に居た17Bが出て来て、42Bに怒鳴り散らした。

「いや~ん、そんなに怒ったらホウレイ線が深く刻まれていつも以上にドブスになっちゃうよ~?」

「チッ、戦えりゃ顔なんてどーでもいいんだって毎回言ってんだろ性悪女!」

どちらも喧嘩腰で口汚く罵り合いながら距離を詰める。

お互いの胸ぐらを掴み合って、今にも殴り合いが起きそうだ。

「推奨:早急な和解。アンドロイド同士の諍いは無意義である」

17Bの随行支援ユニットであるポッド029が両者に呼び掛ける。

「ポッド手伝え、この糞アマをスクラップにしてやる」

「やれるもんならやってみれば~? 壊されたら一足早くバンカーに戻ってアンタの残りの義体全部に悪戯してやるんだから」

双方のポッドがオロオロしながら見守っていると、そこに6Eが割って入った。

「いい加減にしろ。任務とは関係ないことをするな」

2機は6Eから武器を持つ手を掴まれ、不服そうに武器を下げる。

「喧嘩しないようお互い距離を置け。そうすれば調査に集中出来るだろう」

「はぁ~い……」

「……わーったよ」

6Eに聞こえないように、42Bは歯軋りをし17Bは小さく舌打ちをする。

「うむ、では引き続き調査を頼むぞ」

そう言って6Eは2機から背を向けた。その途端、背後から大きな音がする。

「………!」

反射的に振り返ると、今しがた仲裁した2機が激しく殴り合っていた。

「死ね死ね死ね死ね死ね!」

「テメーが死ねよ、今日こそそのふざけた自我データをぶっ壊してやる!!」

17Bが42Bの槍を避け、肩を掴み車体に押し付けた。

42Bの体が車体にめり込む。

「ぐぁ……!」

傷付いた42Bはもがいて反撃をする。押し付けられた衝撃で車体の凹みが割れ、鋭利な角になっていた。

17Bの頭部を掴んで引き寄せ、その勢いのままに尖った破片に突っ込ませる。

暴れる2機を、機械生命体達は離れた所で怯えながら見ていた。

6Eが2機を止める為、急いで自身のポッド027に放電をさせる。

「い"ッ……ア"ア"ァ"……!!」

「ひぎぁぁあーー!!!」

バリバリと2機と車体に高圧な電流が流される。

ほんの一瞬の刺激だったが2機ともに大人しくなった。

「まったく……何度言えば分かるんだ」

返事をする気力もない2機は車体から崩れ落ちる。42Bは肩口が破損し、17Bの頭部には刺さった金属板が抜けることなく車体から折れて付いてきていた。

「反省しろ、さもなくば謹慎もしくはチームから離脱して……」

言いかけた時、6Eは何かに気付き周囲を見回した。

「……ア"……ァ"ア"…………」

近くで呻き声がする。低く掠れたような声だ。

「ア"……ア"ア"ア"……ア"ンド、ロイド……」

すぐ近くの車体が揺れ始める。下から激しくガチャガチャと動く音も聴こえた。

「アンドロイド……危険……壊ス……壊ス、殺ス………」

「なっ……コイツも喋るのか!?」

6Eは咄嗟に武器を取り、列車に向ける。

列車や6E達の様子を見て、22Eと31Bが駆け寄った。

「何事だ?」

「報告:敵性反応あり。推奨:特殊機械生命体の破壊」

「さっきまでそんな反応は無かった筈なのに……!」

負傷した42Bと17Bを引きずり機械生命体から遠ざけながら、3機は武器を構えた。

 

 

 

 

 

何やら大きな音が聞こえた後、E型とB型のヨルハが慌ただしく先頭へ走って行くのを見て10Dが立ち上がる。

『……何の音?。』

「報告:敵性反応あり。機械生命体及び10Dの造った列車から出ている模様」

『そんな……。』

数時間前にポッド107が予測していた悪い状況が今まさに起ころうとしている。

10Dは足元に座る機械生命体に目を向けた。

「オネーチャン、ドウシタノ?」

『……こっちに来て。隠れるよ。』

機械生命体の腕を引っ張り、誰も居ない側の線路に下ろした。ホームの下には空洞が空いている。ここなら身を隠せるだろう。

「ドーシテ隠レルノ?」

『いきなりでごめんね。お願いだから、しばらくは何も考えずにここでジッとしてて。』

「ワカッター」

本を抱き抱えたまま機械生命体が踞る。

それを確かめると10Dはすぐにホーム上に戻って走り出した。

『列車の機械生命体を止めなきゃ……!。』

ヨルハ隊員や機械生命体達の居る場所に行く。

列車型の機械生命体が目を赤く光らせ、ギシギシと機体を軋ませながら動いていた。

『何をしたんですか?!。』

リーダー格のE型に10Dが声を掛ける。

「この機械生命体が本性を現しただけだ」

傷付いた仲間のヨルハ隊員2機を物陰に横たわらせ、10Dにそう返した。

「報告:6Eに攻撃され刺激を受けたことにより、コアに内蔵されていた戦闘の記録及び敵認識システムが復旧した模様」

「報告:10Dが破壊した機械生命体から採取されたコアである為、アンドロイドへの敵対視が確立している」

E型の随行支援ユニットが述べた後に続いてポッド107が報告をする。

「……フン、敵性反応が出ようが出まいが、どのみち機械生命体は敵だった訳だ。とっとと壊すぞ」

そう言うと、E型は列車の機械生命体に向かって斬りかかった。

「アンドロイド……殺ス……我等ガ主タル存在ハ、地上ニイル全テノ知的生命体ヲ抹殺スルヤウニ我々ヲプログラムシタ……オ前達ハ、知的生命体デアル人類ガ創造シタ、人類ノ模造品……ヨッテ、オ前達アンドロイドモ敵ナノダ」

列車の機械生命体が雑音の混じった声を響かせながら言う。

車体から飛び出したサーキュラソーを避けながらE型が命令を下した。

「……22E、31B。お前らは周りの機械生命体を排除しろ!」

その声で近くの2機が大人しい機械生命体達に向け武器を振り回す。

『……!?。何故そんなことを!。彼らは危害を加えてないじゃないですか!!。』

10Dは機械生命体の群れとヨルハ隊員の間に割って入り、自身の小剣で仲間を牽制する。

「危なくないからとか……私には関係ありません」

「そうだ。そもそもあの大型機械生命体を造ったのはコイツらだろ? 十分危険じゃないか」

目の前の2機を警戒しながら背後の機械生命体に距離を取るように促すが、機械生命体達も混乱しているらしく蜘蛛の子を散らすように思い思いの方向へ逃げ出した。

「ワアァ、ボウリョクハンタイ!」

「逃ゲロ! 煮ゲロ!」

「仲間割レ良クナイ!!」

ヨルハ隊員の近くへ逃げてしまった機体は洩れなく破壊される。

列車の近くに逃げてしまった機体は攻撃に巻き込まれ瞬時に鉄屑に変わる。

『ダメ……ッ!。落ち着いて!。』

逃げ回る無数の機械生命体達に呼び掛けるが、荒れ狂う現場で冷静になれる者など居る筈がなかった。

ヨルハ隊員を止めようにも、識別信号があるため妨害が出来ない。

機械生命体の断末魔が聞こえる度に強い罪悪感が心を蝕んでいく。

自分が司令官に報告しなければこんな事態にはならずに済んだのに。

絶え間なく減っていく機械生命体達を見て、成す術がない10Dは力を失ったようにその場にへたり込み大粒の涙を溢す。

『やめて……殺さないで……っ。』

震える声で訴えるが、その言葉は誰にも届くことはなかった。

無限に続くように思える破壊音が自責の念を駆り立てる。

――私が司令官に友好的な機械生命体の存在を報告しなければ。

――私が機械生命体達の列車にコアを与えなければ。

――私がもっと上手く隊員を説得して穏便に事を済ませられていれば。

踞って泣いている場合ではない。それは10Dもよく分かっているが、どうしようもない悲しい絶望に呑み込まれ思考が停止しかけていた。

「くっ……奴め、飛行もするのか。これではポッドでの攻撃しか出来ないな」

リーダー格のE型の焦る声が聞こえた。

その直後にミサイルの発射音が空へと舞い上がる。

「あと少しだ。残りはアタシがやるから22Eは6Eの方に行ってこい」

「了解。……リーダー、手伝います!」

どうやら列車型の機械生命体は空も飛べるらしい。

10Dは涙を拭いながら頭上を見上げた。

「推奨:退避」

ポッド107が10Dの首根っこを引っ張って移動させようとする。

雨のように降り注ぐ大量のエネルギー弾が迫っていた。

本当に泣いている場合ではなかった、と10Dは直ぐ様エネルギー弾を避けながら屋根のある場所まで走る。

『まさか、こんなことになるなんて……。』

エネルギー弾の当たらない所から状況を確認しようとした。

先程までレールの上に居た列車型の機械生命体が空を飛んでエネルギー弾を放っている。

それを2機のヨルハ隊員が随行支援ユニットで射撃し、別の1機は逃げる機械生命体達を追いかけ回している。そこから少し離れた所に中破した2機のヨルハ隊員が戦闘に復帰しようとしていた。

「報告:頭上の大型機械生命体は膨大なエネルギー出力により浮遊している模様。推奨:討伐は他のヨルハ隊員に任せ、10Dは離脱する」

『そっ、そんなこと出来ないよ!。とにかく残りの機械生命体達を守って、大型機械生命体を止めなきゃ。』

焦った様子で10Dは機械生命体を破壊しているB型の元へ走り出す。

自分の撒いた種だ。自分が何とかしなくちゃいけないんだ。

『……これ以上はさせません!。』

武器を振るうB型の前に躍り出て、受けそうになった攻撃を自身の小剣で流す。

攻撃を受け止めるだけなら識別信号は反応しないようだ。

目の前のB型は識別信号機能が反応したらしく、ほんの一瞬ビクッと体を硬直させた。

「……邪魔立てするか。何故そこまで機械生命体を庇うんだ?」

『彼らは確かに大型の機械生命体を造りはしましたが、貴女方が来るまでは彼らも頭上の列車も、何も問題なかったんですよ!。彼ら自体は敵ではないんです、今倒すべきなのは貴女方が暴走させた列車の機械生命体の方でしょうが!!。』

頭上を指差して示す。相変わらずエネルギー弾が上から降っていた。

「知るか! こっちはリーダーの命令でやってるんだ。お前の意見なんて聞く必要はない!」

『何でそう分からずやなんですか!?。優先順位くらい自分で判断してくださいよ!。リーダーが全て正しいと思ったら大間違いなんですからね!。』

お互いキレ気味に言葉を交わす。周りはミサイルやガトリングなどの射撃音が響いて会話が聞こえにくい為、自然と大声になる。

「何をやっている、避けろ!」

少し離れた所からリーダーのE型が10DとB型に叫んだ。

その声に2機は上を見上げる。

頭上で飛んでいた筈の列車の機械生命体が、まっすぐこちらに向かって来ていた。

『うわ………っ。』

「はぁ……!?」

2機は焦った様子でほぼ同時に走り出す。

目の前に迫る機械生命体から距離を置こうと逃げるが、敵の接近に気付くのが遅すぎたため間に合わなかった。

10Dのすぐ横で、B型の姿が消える。

車体の下に付いた無数の手足が彼女を拐ってしまったのだ。

「31Bーーー!!」

機械生命体を追いかけながら部下のE型が仲間を大声で呼ぶ。

B型を捕らえた機械生命体はまた空へ上昇した。

「リーダー、どうしましょう。これではポッドの攻撃が31Bに当たってしまいます!」

ポッドでの射撃を中断し、E型がリーダーのE型に判断を求める。

「かまわん、やれ。今のところポッドでしか攻撃する手立てがないのだ」

「ですが……!」

下された判断に納得いかない様子でE型が反論する。

躊躇うE型は上空でもがくB型に目を向けた。

「31Bはもうずっとデータのアップロードを行ってないんですよ? 次の義体になったら私達の知る31Bじゃなくなるんです。助ける方法を探しましょうよ!」

「22E、お前の気持ちはよく分かるぞ。だが正直ポッドでの攻撃もあまり効果がなく、この一方的な状態が長く続けば我々が全滅してしまうかもしれないんだ」

狭いホームで降り頻るエネルギー弾を避けながら、ポッドのみで攻撃を行う。

1機が人質に取られ、2機は立つのが精一杯。随行支援ユニットは最初の6機のままだが、戦えるアンドロイドは3機のみになった。

「せめて接近戦が出来れば……12Sが居れば……!」

E型が悔しげに呟く。

10Dが生き残った機械生命体の数体を物陰に誘導しながら考える。

スキャナータイプならあの距離でもハッキングが出来る。爆破も訳ないだろう。

ハッキングで飛行能力を無効にすれば他のヨルハも攻撃でき、より有利な戦いに持ち込める。

だがS型以外の型番は他者へのハッキングを原則禁止されていた。免疫のないアンドロイドがハッキングをすると論理ウイルスに感染するリスクが高いためだ。

論理ウイルスに感染すれば、自我を失いウイルスを撒き散らしながら暴走することになる。それは近くのアンドロイドも危険に晒されるということでもあった。

『…………。』

10Dは飛行する列車の機械生命体を見上げる。

コアを取りに行く最中のポッド107との会話を思い出した。

――全ての機械生命体の自我データが平穏を求めているとは限らないもんね。でもそんなことはやってみなきゃ分からないじゃん。走れば良いし、そうでなければ壊すよ。

自分は確かにそう言っていた。

『そうだ……自分で壊さなきゃ。』

物陰に隠れさせた機械生命体から離れて、E型2機の近くまで行く。

『6Eか22E、論理ウイルスワクチンの用意をお願いします。』

「は? ちょっと待て、まさかお前……」

列車の機械生命体になるべく近寄ろうと走る10DをE型が引き止めようとするが、10Dは振り返りもせず機械生命体に掌を向けた。

グンッと引き寄せられるような鈍い感覚が義体に走る。

セルフハッキングとは違う、雑踏の中を歩くかのような窮屈な不快感を覚えた。

スキャナータイプよりも内部のプロテクトが弱い為、攻撃を受けながら進むしかなさそうだ。

『(何がどうなってるのか分からない……。とにかく核らしいものを手当たり次第壊していこう)。』

弾幕を避け、障害となる回路を破壊していく。

重要そうなものから狙い、少しでも影響を与えようと闇雲に攻撃する。

2、3個壊したところで突然限界が訪れた。

近くで大きな音がする。

何かに強く弾かれたような衝撃で10Dはハッキングモードから強制的に解除された。

音のした方を確認すると、そこには頭上を飛んでいた筈の列車の機械生命体が墜落していた。

ホームから十数メートル離れたレールの上で横転している。

その好機を逃さず、E型の1機が武器を手に走っていくのが見えた。

どうやらハッキングは成功したようだ。これなら、後は別のヨルハ達が倒してくれることだろう。

『ヨ……よかッタ………。』

ふと違和感を覚える。

『(あぁ……これが論理ウイルスの症状なのか……)。』

薄れていく自我を他人事のように思いながら、いつの間にかノイズが混ざってしまった視覚センサーを遮断する。

音も視界もよく分からなくなってしまった。ウイルスのワクチンを頼んだE型はどうしたのかな。

義体と思考が剥離してしまったように、まるで体が云うことを聞かない。

痛みも温度も何にも感じない。何にも聞こえないし、何にも見えない。

10Dは傍らに居る筈のポッド107を探したが、もはや気配すら捉えられなかった。

 

 

 

 

 

「馬鹿者がぁッ! 無謀な真似をするんじゃない!」

リーダーのE型が、もがき苦しんでのたうち回る10Dを押さえつける。

『あああアアぁああアアア"ア"ア"!! ……あ"ア"ア"あ"あ"ッア"ア"ア"ッッ!!!。』

錆び付いた声で叫び、義体を軋ませて暴れるのをE型の随行支援ユニットとポッド107も手伝って地面に伏せさせた。

『pぉドdd何処ヘ行ッチゃっタ之淋シぃよ御願ゐだヵWマっtttえワタ氏独リジャ何コ557777711ヶ乃オ居て行カなイデ狂苦しイ助丈助ケテ弌人にシナイなイないなイななnnnなnnnnnn。』

割れた音声が絶えず10Dの口から垂れ流される。言語中枢の異常は深刻だった。

「推奨:早急な論理ウイルスワクチンの投与」

「わかってる!」

E型が随行支援ユニットから論理ウイルスワクチンを受け取り、直ぐ様10Dに投与する。

『nnnnnnなnnなァアア"ッァ"ア"………!!ッ………………。』

義体が一瞬激しい痙攣を起こした後、すぐに意識を失い動かなくなってしまった。

「報告:ウイルスの除去を確認」

「……了解。107は10Dの様子を見ておけ」

E型が10Dをその場に寝かせると、急いで随行支援ユニットと共に仲間の元へ走って行く。

もう既に事切れた列車は、2度と起動しないようにとバラバラに壊されかけていた。

 

 

 

 

 

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