再起動したら、駅廃墟に居たはずがバンカーの自室に戻っていた。
「1週間の謹慎です」
『……え。』
ほんの一瞬、10Dは「何故」と思って口にしようとしたが、機能停止する前の自分の行いを思い出し言うのを止める。
「現在確認されている10Dの処罰対象となる行為は、機械生命体との過度な接触を図ったこと、機械生命体の製造物に自ら手を加え起動を可能にさせたこと、戦闘中に機械生命体を擁護したこと、あとは……あなたの型では禁止されていたハッキングを行ったことです」
ことこと煩いな、と10Dは話し半分に14Oの声を聴いていた。
「反省してください。今回の件は複数のヨルハ隊員も巻き込んだ騒動なんですよ」
加えてヨルハ隊員はわざわざ飛行ユニットで10Dの義体をバンカーまで運んでくれたのだと14Oは話す。
詫びを入れなければならないが、会話をしたくないなと10Dは思う。
殺す必要のないものを殺した。安全だったはずの機械を暴走させた。彼女らはよく調べもせず、ただ倒す理由を探してばかりいた気がする。
「………ちょっと、聞いているんですか?」
『もう1回お願い。……します。』
不機嫌に見える14Oをベッドの上から仰ぐ。不思議な圧力を感じ、畏縮して取り付けたように「します」と加える。
呆れから出た溜め息が頭上から微かに聞こえた。
「……駅廃墟で10Dと共闘したヨルハ隊員達は現在バンカーには居ないので、後であなたからメッセージを送っておくように。それとメンテナンスが終わったら司令官に所に行ってください。話があるそうです」
『はぁーい……。』
目覚めたばかりというのもあって気乗りのしない10Dは、適当に返事をした。
14Oの言う通りメンテナンスはしなければな、と各部位の駆動を簡単に確かめる。
「……10D、私が言ったことを覚えてますか?」
『言ったこと……?。』
自身の目線を10Dに合わせるように14Oはしゃがみ込む。
10Dはいつのことを聞かれているのか見当が付かず、眉間に皺を寄せている14Oの顔を見て少し焦った。
「無茶や危険なことをせず、無事で過ごしなさいと言ったはずですよ。つい先日言ったばかりなのに全く守る気がないじゃないですか」
この前の欲しいものを聞いたときに言われた言葉だ、と10Dは思い出す。
『ご、ごめん……収拾がつかない事態だったから、つい。』
「そうは言ってもハッキングだなんて……6Eの判断によっては最悪感染直後に殺されていたかもしれないんですよ。代わりの義体があるとは云え、あなたの分の義体はもう残り少ないんですから慎重に行動してもらわないと……」
14Oがよく言い聞かせるように10Dの両肩を掴む。
方向音痴が発覚した10Dは義体を新しくしても欠陥が直ることはなかった為、義体が無くなり次第自我データ諸とも廃盤にすることが決まり少ロットしか用意されなかった。
残りはあと一桁程度だろう。ディフェンダーでなかったらとっくの昔に消えていた筈だ。
『うん……ごめんなさい。もうハッキングはしないし、義体が壊れるような無理もしないから。』
「本当ですか? ……約束ですよ」
『わかった、約束する。』
10Dが頷いたのを確認すると、14Oは立ち上がって今後の予定をまた繰り返し聞かせた。
「いいですか。くれぐれも忘れぬようにお願いします」
『了解。……そう言えば、ポッドは?。』
「ポッド107は現在論理ウイルスの感染の有無を確かめる為にメンテナンス係に預けています。後でこの部屋にメンテナンス係が来る予定ですから、その時一緒に戻ってきますよ」
そう言って、14Oは部屋から出て行こうと背を向けた。
見送る10Dは14Oの後頭部で揺れるゴーグルを見てハッとする。
『あ……。そうだ、花……!。』
10Dがベッドから飛び下り、机の上に置いてあった自身のポシェットを開け中身を取り出す。
「……どうしたんですか?」
急に慌ただしくし始めた10Dの様子に、14Oが振り返る。
『あのね、私ポッドと一緒に14Oへのプレゼントを作ったの。でも、これ………。』
14Oにポシェットから出した物を見せた。
駅廃墟での戦闘でぶつけてしまったのだろう。茎を模した部分は完全に折れ、レジスタンス達に手伝ってもらった花弁の部分は所々欠けてしまっている。
『いつも14Oにはお世話になってるからお礼がしたくて……ポッドから14Oは花が好きって聞いたから人類データにあったものに似せて作ったの。だけど壊れちゃったから、また……新しく、作らなきゃ……。』
みるみる声のトーンが下がっていく10D。
せっかく作ったのに。14Oが喜ばせることができると思ったのに。
渡す直前でこんなことになるなんて……いっそレジスタンスキャンプに置いてくれば良かった、と後悔ばかりが募る。
「……いえ、これで結構です」
落ち込む10Dの手から14Oが花を模した金属を拐う。
「私はこれで十分満足ですから、作り直しなんてしなくて大丈夫ですよ」
『え、でも……。』
壊れてるから駄目だと10Dは取り返すために手を伸ばした。
すると透かさず14Oがその手を掴み上げる。
「10Dは細かい作業が嫌いでしたね。きっと普段なら絶対にしないような手間を掛け、時間を掛けて完成させたんでしょう」
この傷はその時についたものですよね、と14Oが指先の傷を親指の腹で撫でた。
「私の為に苦手なことでも真剣に取り組んでくれたんですね。私が何を見たら喜ぶか、どうしたらお礼になるのかをちゃんと考えて行動してくれたんでしょう。あなたのその気持ちがとても、とても嬉しいんです」
花の模造品を優しく掌で包みながら、14Oは10Dに微笑みを向ける。
「ありがとうございます、10D。大切にしますね」
『こちらこそ……いつもありがとう、14O。これからも、私が全機無くなるまでよろしくね。』
「縁起でもないこと言わないでください。私とポッドがしっかりサポートしますから」
14Oが10Dの頭をそっと撫で、それに応えようと10Dが14Oを抱き締める。
探り探りの不器用な動きだったが、10Dは確かに14Oへの気持ちを伝えられたような手応えを感じていた。
「ンー、オホンッ……!」
廊下側でわざとらしい咳払いが聞こえ、2機が部屋の出入り口の方を見る。
「失礼します」
いつの間にか開きっぱなしになっていたドアからメンテナンス係の27Sとポッド107が入ってきた。
「あら、まだ通路に突っ立ったままでも良かったんですよ?」
「気付いてたんなら早く切り上げてほしかったですね……」
27Sは数分前から既に来ていた様子だった。14Oも早くからそれに気付いていたらしい。
くっついたままの10Dと14Oの元にポッド107が近寄った。
『ポッド、おかえり。』
「報告:ただいま。検査の結果、当機に論理ウイルスの感染は無し。引き続き10Dを随行支援する」
『よかった。無茶してごめんね。』
10Dはポッド107も抱き締める。14Oと同じくらいポッド107のことも大切なんだと気持ちを示したかった。
「ちゃっちゃとメンテナンスしたいんで、いい加減離れたらどうです?」
呆れた口調で27Sが手で隙間を割るようなジェスチャーを取る。
年がら年中バンカーに居るメンテナンス専門員だ。この程度のアンドロイド模様は見飽きているのだろう。
「……じゃあ10D、私はこれで仕事に戻りますね」
『うん、いってらっしゃい。』
花の模造品を両手で包み込みながら14Oは出ていった。
それを10Dが手を振り見送る。
「10D、D型のくせして機械生命体相手にハッキングを行ったって本当ですか?」
『本当だよ。S型はいつもあんな意味分かんない方法で攻撃してるんだね。』
セルフハッキングならもっと単純な構造してるのに、と10Dは列車型の機械生命体をハッキングした時の複雑さを思い返した。
「駄目じゃないですか。D型が得意な回避は物理攻撃にしか通用しないんですよ」
何の為にスキャナータイプが居ると思っているんだと軽く文句を言いながら27Sが10Dをベッドに戻らせる。
「論理ウイルスはワクチンのおかげで治まったでしょうけど、投与される前の感染の影響で破損した部分があるかもしれないので入念にチェックします」
『わかった。』
27Sの掛ける言葉に従って、手足の駆動を確かめたり各機能に異常が無いかを調べていった。
メンテナンスを受けながら、迷い癖も何かのきっかけで治らないものかと期待を寄せる。けれど27Sからはそのことについて何も言われなかった為、少々がっかりした様子で27Sを部屋から送り出す。
メンテナンスの結果、パーソナルログデータが更新不可になっていることが分かった。
パーソナルデータ自体の破損は無いものの、バックアップを取る機能が壊れているらしい。厳密には壊れていると言うより失われている状態に近いようで、修復するのは大変困難だと言っていた。
タイミングからしてやはりウィルスが原因だろうと27Sは推測している。義体を新しい物にしたらまた更新可能になるかもしれないそうだ。
けれどどのみちアップロードしていない今のデータは消えるため、現在使っている義体を極力壊さないようにするしかない。
最後に更新したのは1ヶ月程前だ。10Dが14Oに何かしたいと思って行動してからまだ少ししか経ってない。
せっかく上手くいったのに、忘れてしまうのだ。
14Oを喜ばせたいと思った気持ちも、14Oの為に考えて作った花の模型も、渡した時に見せてくれた優しい微笑みも。
『タイミングが……悪いな。』
溜め息を吐いてベッドに寝転がる。
特殊な機械生命体との遭遇や14Oとの急展開はここ十数日間に起こったことだ。それまでは物資の調達がメインの活動だったため代わり映えのしないデータしかなく、消えてもあまり惜しまない内容だったというのに。
『ポッド、私今月の記憶は失いたくない……。』
10Dは枕元に浮かぶポッド107に助けを求める。
「推奨:日誌を書く。これまであった印象深い記憶を、感情なども含め書き残していく。そうすれば、新しい義体になりデータを失った時に読み返すことが出来る」
『日誌……?。』
ポッド107は枕元から部屋の外を指差す。指は転送装置のある方角に向いていた。
「推奨:端末にメール用の文章作成ツールがある。そこに日誌を書き留め、バンカーにあるメールBOXに送信する。この方法なら何時何処でも記入でき、新しい義体になってもバンカーから確認することが可能」
『あー、それなら良さそう。用事済ませたらやってみる。』
バンカーから出られない1週間の暇潰しになる、と10Dは端末を出し目的のウィジェットを開いて確認する。
いつもリアルタイムの通信ばかり行っているため、指で一つ一つ文字を打ち込む作業は馴染みがない。ほぼ触らなかったせいでアプリケーションの存在すらあやふやだ。
『結構単純なシステムだから簡単に使えそうだね。……じゃあ、さっそく司令官の所に行って、それから6Eの隊に連絡を入れよう。』
それが終わったら取り掛かろう。端末を閉じるとベッドから立ち上がり、ポッド107を連れて部屋を出た。
『……ようやく始められるね。』
司令室で司令官に叱られ、端末越しで6Eに呆れられ、うっすら謹慎中の身であることに自覚を持ちながら部屋に戻った。
ベッドに座って端末を操り、先程確認した文章作成ツールを再度開く。
『まずは日誌を書く経緯を簡単に書こう。新しい義体になったら最後の更新の次の日くらいにしか感じないから、説明が必要だよ。』
「推奨:年月日の記載。日時が曖昧な場合は大まかな表現でいい」
『わかった。今日は何日?。』
11945年3月と打ちながら10Dが訊く。
「報告:本日は10D担当地区の地上時間で4月4日」
『えっ、そんなに経ってるの?。駅廃墟に居たときはまだ3月だったのに……。』
どうやら運び込まれてからも暫く寝たままだったらしい。駅廃墟で気を失ったのは3月の終わり頃だった。
今日の日付と共に、更新不可のことを書く。
次の自分がメールBOXを確認する確証がなかった為、ベッドの足側の壁に日誌の存在と専用のファイルを開くためのパスワードを小さく彫った。この方向なら他の人には気付かれにくい。
それから数時間掛け日誌を書きまとめ、メールBOXに送信した。
「推奨:正しく送られているかの確認」
『そうだね。メールBOXを見に行ってみよう。』
部屋を出てすぐのアクセスポイントに向かう。
メールBOXを操作し、自分用のフォルダを開いた。確かに先程綴った文が指定の所に入っている。
『これでいつ壊れても安心だね。』
「非難:油断禁物。10Dの義体が減ることに変わりはない」
『分かってるよ。なるべく気を付けるから。』
パスワードの設定を見直してからメールBOXを閉じる。
不安を全て解消出来たような顔をして、10Dは軽い足取りでアクセスポイントの前から離れた。
謹慎4日目に入った頃、日誌を書き足しながら過ごしていると何やら聞き慣れない音が自室まで響いてきた。
『うわ……。何だろうね、今の音。』
「報告:司令室の方で鳴っている」
サイレンを聞き付け、10Dとポッド107が司令室を覗きに行く。
大きなモニターは全面真っ赤に、エイリアンの出現を告げるアラートが表示されていた。警報に釣られて他のヨルハ隊員も数体集まっている。
『エイリアン?。どこで?。謹慎してる場合じゃないね!。』
リフトの横から、少し興奮気味に司令室を見下ろす。
オペレーターの活動スペースでは、14Oを含むほとんどのO型がPCに向かい忙しそうに手や口を動かしていた。
司令官も通信機を通して誰かと会話をしている。恐らく他のバンカーの司令官とだろう。
下に降りようか迷っていると、エイリアンについてのアナウンスが流れた。
〈地上にて、超大型機械生命体との交戦中に地面が広範囲に渡り陥没。そこからエイリアンの反応がありました。場所は昼の地帯なので、当バンカーの皆さんは命令があるまで部屋で待機してください。繰り返します……エイリアンの反応があったのは昼の地帯ですので、当バンカーの皆さんは……〉
それを聞いて、集まっていた隊員はぞろぞろと通路へ出ていった。10Dも後に続く。
『昼の地帯かー、私も行きたいな。今混乱状態だからこっそり抜け出せないかなぁ。』
「警告:命令違反は罰則の対象となる。推奨:自室での待機」
『はぁーい……ちぇっ。』
返事はしたものの、往生際の良くない10Dは格納庫に行く。
「警告、警告」
後ろからポッド107が追いかけて止めようとする。
『見るだけ!。見るだけ!。』
襟首を掴んで阻むポッド107はそのまま10Dに引っ張られていった。
『……あれ?。』
目の先を見て突然立ち止まった10Dはポッドに声を掛ける。
『ポッド、格納庫ってこんなに狭かったっけ?。』
「……報告:10Dの入ったのは格納庫ではなく、サーバー室である」
室内を見回した後でポッド107が答える。どうやらポッド107も気が付いてなかったようだ。
「推測:方向音痴」
『今更だから推測しなくてもいいよ。』
「推奨:自室へ戻る」
ポッド107は再度10Dを引っ張って帰らせようとする。
『イヤ。格納庫に行く。』
エレベーターの前で言い合う2機を見て、サーバー室に居た隊員が近寄った。
「10D。10Dじゃないですか。僕のメンテナンスに見落としでもありましたか?」
サーバー室の主である27Sだった。10Dは滅多に27Sのメンテナンス屋での購入をすることが無かったため、今回も別の用だろうと思ったらしい。
『あ、いや……メンテナンスは完璧だったよ。違う問題でここに来ちゃって……。』
「あぁ、さてはまた入る部屋を間違えたんですね?」
「正解」
生まれた当初はしょっちゅう自分の元に方向音痴を直してもらおうと通い詰めていたものだ、と笑う27S。
最近はメンテナンス屋や開発部に頼ることを諦めた為、進んでサーバー室に行く頻度も減ってしまっていた。
「少し聴こえたんですが……格納庫に行きたいんですか?」
「報告:10Dが昼の地帯を見てみたいと言って聞かない」
『あっ、ポッド……!。』
告げ口をするな、と10Dがポッド107のボディを掴んで音声を出す部位を塞ぐ。
「ポッド、心配しなくても大丈夫ですよ。謹慎中の隊員のIDが登録されている飛行ユニットは機能に制限がかかるので、謹慎期間が終わるまで飛べないんです」
『えっ、そんなの初めて聞いた。』
「そりゃあ、謹慎中は皆部屋で大人しくしているものですからね。知る必要もなかったんですよ」
ガッカリしたように溜め息を吐く10D。
「結果的に企みは失敗した訳ですが……夜の地帯担当にも関わらず、しかも謹慎中に勝手に抜け出して昼の地帯に行こうとしていたのは赦しがたいことですね。このまま見逃せば謹慎明けの地上に降りるタイミングで昼の地帯に逃げるかもしれませんし」
『その手があった。』
「ダメですよ。あなたに限ってはGPSも付いているんですから、すぐにE型が飛んでくる筈です。あなたは廃盤になることが決まっているので、この機会に残り全ての義体が処分されることも有り得るんですから勝手な行動は極力控えてください」
27Sの推測を聞いて10Dはハッとする。処分されたら14Oとの約束を破ってしまうことになるのだ。
それに殉職ならまだしも、逃亡の末の処罰だなんて恥でしかない。
『……諦めよう。』
「賛同:お利口さん」
ようやく気持ちを落ち着かせた10Dの頭をポッド107が褒めながら撫でる。やれやれ一息ついた、といった様子だ。
それを煩わしく感じた10Dは、頭部に触れるポッド107の手をゆっくり叩き落とした。
エイリアンの騒動があった2日後。
バンカーの歪曲した通路で、アンドロイドとその随行支援ユニットの2機が窓から景色を眺めていた。
『ねぇ見て、ちっちゃい隕石。』
「推測:このまま大気圏に突入し燃え尽きる」
浮かんで流れる石を差した指で追いかけていく。
暫くすると見えなくなった。
遠くなったからか、消えてしまったからか。
そんな事はどうでも良かったらしく、10Dはまた別のものに興味を示し始める。
『ねぇ、私たちの担当区域真っ暗でほとんど見えないけど、うっすら白い膜が張ってるように見える。』
「報告:大きな雨雲。推測:現在地上では多量の雨が降っている」
『珍しいね、最近は全然だったのに。……あっ、いま雲が光ったよ!。』
「回答:光の正体は雷。大量の静電気が集まり、一気に放出することであのような膨大な光エネルギーになる」
『へぇ、雷って上から見たらあんな感じなんだ……。』
10Dは今度は昼の地帯に視線を移した。
昼の地帯にも雲は幾らか見られる。でも雨は恐らく降っていないだろう。
『エイリアンの反応が出たのはどこら辺?。真ん中の方?。』
「報告:極東の辺りとの情報が入っている。そこは昼の地帯の中央ではなく、昼と夜の境目でもなく、その中間辺りに位置する地域である」
太陽の光や熱が一番届く中央の地域は灼熱地獄のようで、その逆の光も熱も届かない夜の地帯中央は氷の国になっていると聞く。
暑すぎず寒さのない温暖なその地帯はさぞかし快適な環境なのだろう。エイリアンが拠点に選ぶ程の土地なのだ。
内部が凍結しないよう機体に保温装置を仕込まなければいけない地域とは大違いである。
『……そう言えば、エイリアンの反応があったとは聞いたけど、エイリアンと交戦があったなんて報告は全然ないよね。』
エイリアンの反応があったというアナウンス以降、進展は何も知らされていていない。動きがあっても一部にしか公開されていないか、それか調査に向かった隊員が返り討ちにでも遭い消息を絶ったか。
倒したのなら既に全ヨルハに通達がある筈だ。長年アンドロイドが戦ってきた宿敵を打ち倒したなんて、これほど大きなニュースは他にないのだから。
故にエイリアンは存命である可能性が高い。末端の隊員が考察できるのはこの程度だ。
「あら、最近マップに表示されないと思ったら……」
聞き馴染みのある声が背後から掛けられる。
窓ガラスに誰かの影が写った。青みのある銀髪が暗闇に反射する。
『久し振り、5B。』
すぐさま振り返って名前を呼んだ。10Dの予想通り、5Bの姿がそこにあった。
「そうね、久し振り。あなたの謹慎の噂はあったけど本当だったのねぇ」
『まぁ、1週間くらい。期間は明日で終わりだよ。それより……何だか湿ってるね?。』
しっとりとした違和感を10Dが指摘する。
「推測:雨」
「そうよ。私の居た地域で結構な雨が降ってたの。ずぶ濡れだったけど、飛行ユニットで飛んでる内に粗方乾いたわ」
スカートの裾を持ち上げながら5Bが答える。
「失礼だけど、このタイミングで謹慎してて良かったかもしれないわね。何十時間も続く酷い雨なのよ。強すぎて防水も信用ならないし、任務どころじゃなかったんだから」
『そっか……。今回の任務はどんなの?。』
「リストアップされた破壊済みのヨルハ隊員の義体を回収することよ。最近は資金難でもあるみたいだから、破損の少ない部品を再利用したいらしいわ。身元の特定可能な義体なら持ち物も本人に返すことになってる」
そこまで言うと、5Bは溜め息を吐いた。
「思ったより上手くいかないものだけどね……」
『何かあったの?。』
「リストに載ってたのは最近壊れた隊員ばっかりだったから、その隊員達の任務の記録を見て場所を割り出していったの。大体は難なく見つかったんだけど……でも、1人だけ見つからなかったわ。どんなに探しても何処にもなかった」
5Bの随行支援ユニットであるポッド036が端末に何やら表示した。
赤毛の少年の画像がプロフィールと共に写し出される。おそらく他の少年兵の例に洩れずスキャナータイプだろう。
「報告:十二号S型。我々と同じバンカーに所属している12Sは小規模部隊γの構成員でもある。このヨルハ隊員は3週間程前に部隊での任務で死亡しており、当時の義体は放置されたままだと部隊長の6Eが記録に残している」
「場所は駅廃墟から東の方にある高台らしいんだけど、それらしい義体はなかったわ。落ちたんじゃないかと思って下の方も探したんだけど、双子のアンドロイドしか居なかったしお手上げ状態よ」
両手を上げ肩を竦める5B。表情から疲労が滲み出ていた。
『双子のアンドロイドって真っ赤な髪の毛の?。』
「そうよ、2人ともそっくりな顔立ちと服装をしていたの。私が話しかけようとしたら逃げちゃったけどね」
『デボルとポポルだ。あの2人は他のアンドロイドとは見知った仲じゃないと交流しようとしないから……。』
10Dは過去1回だけレジスタンスキャンプの伝達係について行って会ったことがある。
デボルとポポルは迫害にあった経験のせいで他のアンドロイドを酷く警戒していた。
実際デボルとポポルに何らかの恨みを抱いているレジスタンスもキャンプの半数は居るようで、キャンプには受け入れられない状況だ。
デボルとポポルの双子モデルは世界各地に配備されていて、どこかの1セットが暴走を起こしたのが原因で他のデボルとポポルも信用を失い迫害を受けるようになってしまったらしい。
唯一デボルとポポルに頻繁に会っているレジスタンスの伝達係であるピジュンがそう言っていた。
『義体が探しても見つからないってことは誰かが持ち去ったってことだけど……デボルとポポルはその現場を目撃したりとかはしてないのかな。』
「……もしかしたら何か知ってるかもしれないわね。今度降りたとき訊いてみるわ」
それから暫く他愛のない話をしてから、5Bは自室に戻って行った。
何もすることのない10Dはまたポッド107と共に窓の外を眺め始める。
夜の地帯にうっすら見えていた雨雲はいつの間にか消えてしまっていた。
「やぁ、ポッド。来てくれましたね」
「疑問:随行支援対象ではなく当機のみを呼び出した理由」
ポッド107はサーバー室に来ていた。
10Dがスリープモードに入ったら来るように27Sに言われていた為だ。
「ポッドだけに伝えておきたいことがありましてね……。今から教えることを10Dに言うかどうかは君に任せますよ」
27Sはサーバー室に2機以外誰も居ないことを確認するとなるべく扉から離れた所に移動した。
「この前のメンテナンスで見つけたんですけど、10Dって今耳に電子機器付けてますよね?」
「回答:司令官から着けるように云われた耳飾り。GPSが搭載されている」
「あぁ、やっぱり司令官が。……いいですか、ポッド。くれぐれも10Dに違反行為を起こさせないようにしてください。たとえば任務放棄や担当地区からの離脱なんかは絶対に避けるように」
「了承:そもそも随行支援ユニットとしての義務にその項目は含まれている。疑問:わざわざ当然の内容の伝達をする理由」
「少し調べてみたんですが、どうやらただのGPSではないみたいで……。何らかの違反行為を犯したと司令官が判断した場合、GPS機能が変化するシステムが働くらしいんです。おそらく排除用の………」
サーバーから盗み見た情報らしく、27Sはポッド107に口を寄せ小声で伝える。
「………ですので、何か出来心で事を起こしそうになった場合は全力で止めてやってください」
「……了承した」
空には雲1つ無く満天の星が輝いていたけれど、やはり雨の影響は残っていた。
『1週間ぶりだね、地上。』
「否定:正確には13日間バンカーに滞在していた為、謹慎中の1週間のみのカウントは不適切」
久し振りに来た廃墟都市はどこもかしこも水溜まりが出来ている。
飛行ユニットから下り、泥濘の中を進んでいく。
『ポッド、駅廃墟の方角教えて。』
「了解」
ゴーグルに表示される矢印に従って駅廃墟へ向かう。
今日は足元があまり良くない。戦闘で不利になるだろうと10Dは機械生命体に見つからないように気を付けながら走った。
駅廃墟に到着すると、この前行った3/4ホームへの階段を上る。
冷たい風が吹き込んできた。ホームはとても静かだ。
機械生命体の足音もない。
『(隠した子はどこだろう……)。』
匿わせた場所を覗き込んでみたが、何も居なかった。
『おーい……誰か居るー?。』
あの機械生命体に名前を教えてもらえば良かった、と10Dは少し悔やむ。
何処となく呼びづらいものだ。呼称がない為あやふやな表現しか出来ないまま虚空に呼び掛ける。
そもそも機械生命体に個々の名前が与えられているのだろうか?
地上のアンドロイド達は好き勝手に名付け合っているが、ヨルハ部隊に関しては番号とアルファベットのみだ。
大方、機械生命体も無機質な文字と数字の羅列での判別になっているだろうが、ネットワークから外れた機械生命体であればレジスタンス達のように愛称を付け合っていてもおかしくない。
『名前……。』
羨ましい訳ではなかった。10Dは"十号D型"が自分そのものを差す名前だと認識している。
けれど何故人類とは欠け離れた無個性な呼び方をヨルハ隊員全員に強いているのかと前々から疑問には思っていたのだ。その抱いていた違和感が微かに思考ルーチンを掠めた。
「推奨:目当ての個体が発見出来ないのであれば諦める。今回の目的は現在地より12.6km先の水族館廃墟にあり」
10Dの思慮を余所にポッド107が誘導する。
『……えっ、あ……うん、そうだね。』
ハッとして10Dはポッド107と共にホームからレールの上に降りる。
鉄屑にされた嘗ての列車の横を通り過ぎ、高架線を南に向かって走り出した。
走り続けて約30分。10Dとポッド107は廃墟都市の駅廃墟から6駅先の付近にある水族館廃墟に到着した。
「報告:水族館とは、海洋生物を中心とした人類以外の生体を飼育・研究し展示品として人々に観覧させるアミューズメントパークである」
『魚型の機械生命体を飼ってる人ならヨルハにもレジスタンスにも数人居るけど、人類も同じようなことしてたんだね。』
そこら辺の川や湖畔で釣れる機械生命体はメダカ型やフナ型、ウバザメ型など様々だ。ただ10Dが本物の魚を釣り上げたことは1度もない。アンドロイドでは誰も潜れないような深海に未知数溢れ返っているらしいが、浅瀬には機械生命体の魚ばかりだった。
『水族館には今はもう何も居ないんだねー……どんな感じだったんだろう。前に見た愛好家は、メダカ型機械生命体を鑑賞しやすくする為にガラス製の箱に入れてたね。やっぱり人類も箱に入れて並べてたりとかしてたのかな?。』
「否定:水族館の多くは、目を見張る程の大きな水槽をメインに海中と同じような環境を作っていたとされる。娯楽目的だけの観賞ではなく、海中の状況を観る者に学ばせる目的もあった」
ポッド107が端末で動画を再生させる。多種多様な生物が広い空間を遊泳している様子が見てとれた。
画面から見切れている水槽の隅には小さく人類も写り込んでいる。人類とアンドロイドが同等の大きさであることからも考えて、比較する対象が大きめの立派な建物くらいしかないことは一目瞭然だった。
『この大量にいる小さいのは?。』
「回答:カタクチイワシ。群れになって行動する習性がある。外敵からの被害を最小限に抑える為。補足:魚にも上下関係が存在し、内側を泳ぐ狙われにくい個体ほど高い位だと考えられている」
『この大きいやつは?。』
「回答:シロワニ。サメの一種で、比較的穏やかな性格。同じ水槽の魚も捕食対象ではあるものの飼育員によって充分な餌が与えられる為、水槽内で食物連鎖を起こさせない仕組みになっている」
『この平たいのは生き物?。』
「回答:ホシエイという生き物。サメとエイは共に軟骨魚網にあたる仲間であり、その判別は鰓孔の位置でしか決められていない。側面に縦線が入っているのがサメ、腹面に横線が入っているのがエイとなる」
資料を見ながらポッド107が淡々と答える。
10Dは動画が終わるまでモニターを凝視していた。
「推奨:そろそろ水族館廃墟内に入る」
端末を非表示にし、ポッド107が急かす。
『それもそうだけど……先にあっちに行きたい。』
10Dが指差したのは水族館廃墟から少し離れた砂浜だった。
「推奨:任務の遂行」
『お願い、少しだけ。そんなに長居はしないよ。』
「……了承」
少しだけと聞いてポッド107が折れる。
ポッド107の経験上、10Dには説得するよりも願望を叶えてやった方が時間を無駄にせずに済む。禁止事項でない限りは多少多目に見るのもいいだろう、という考えだ。
『わぁ、砂浜なんて初めて。海だっていっつも飛行ユニットで素通りするだけだもん、すごく楽しみ。』
嬉しそうに海沿いの道路を走って行く10D。
ポッド107は後を追いかけて飛ぶ。
砂浜の近くまで走ると10Dはポッド107の腕部を掴み、錆びたガードレールを跳び越えた。
数メートル下の砂浜まで一気に降りていく。
着地した瞬間、湿った砂の柔らかくも固い奇妙な感触が足裏に伝わった。
『土とは違うんだね。変なの……。』
ブーツで何度か足踏みをしながら沈む加減を確かめる。歩けはするが、すぐに慣れるものではない。
波打ち際まで近寄り、水平線を見つめる。
『ポッド、久し振りに月が見えるよ。』
低い位置に浮かぶのは刺さりそうなほど鋭い三日月だった。
『何週間かずっと新月だったのにね。』
どの星よりも目立つ月は自転周期のせいか全く見えなくなる時期が在る。
太陽の光が当たらないか、昼の地帯にあるかだ。
『やっぱり地上から見る月はバンカーからとは一味違うね。』
「同意」
細い月の光が微かに海面に反射している。波に揉み消されては現れる白い影を見つめた。
『ねぇ、ポッド。前に資料で見た海と月の画像では反射する光が1本の道みたいになってたけど、今見てる実物は何だか頼りない感じだね。』
疎らで曖昧だ。光量が足りなさ過ぎる。
「推測:現象の発生する条件が満たされていないため。旧人類の時とは法則が違うため、再現は困難」
『えー、残念。もしかしたら旧人類の資料と同じものが見れると思ったのに。』
不貞腐れて砂浜にしゃがみ込み、足元に落ちていた貝殻を拾う。
『ポッド、これ何?。』
「推測:アサリ貝。旧人類が食用に捕獲していた記録がある」
『ふーん、食べれるんだ……。』
何の疑いもなく口に運びそのまま噛み砕いた。
『固いね。ジャリジャリする。』
「報告:アサリは二枚貝であり、旧人類は貝殻の中にある身の部分のみを食べていた。10Dの食べている箇所はゴミ」
『えー、早く言ってよ。奥に砂が入り込んじゃった。』
細かくなってしまった貝殻を吐き出しながら文句を垂れるが、ポッド107はさっさと任務に戻れと促すように道路へ向けて上昇した。
『待ってよ。』
10Dはやや傾斜のあるコンクリートの壁を自力で登ってポッド107を追いかける。
模様のような溝が沢山あるから登りやすい。
ガードレールを飛び越え、また元来た道を戻り水族館廃墟の前に辿り着いた。
「推奨:早く入る。合流する予定の隊員はもう既に来ている」
『そうなんだ。えーっと、確かS型の?。』
ガラスがすっかり割れてサッシだけになってしまった玄関口を抜けながら仲間の確認をする。
「報告:十二号S型」
『あぁ、そうそう。何だかタイムリーだね。ついこの前5Bに12Sの話を聞いた気がする。』
「報告:その12Sは破損した義体のことで、今回任務を共にする12Sは新しい義体になった12Sである」
『まぁ今日が初対面だから、どっちだろうと関係ないよ。』
広いエントランスを進む。道が幾つか分かれていて、上へ昇る階段や地下へ続くスロープなど様々だ。
『ねぇ見て、大きいよ。』
10Dがエントランス中央にあるガラクタを持ち上げてポッド107に見せる。
「報告:巨大な海洋生物の骨。推測:哺乳類クジラ目に属するいずれかの種類。保存状態から見て骨格標本だと考えられる」
『骨?。こんな大きな魚がいるの?。』
10Dが持ち上げているのはザトウクジラの肋骨の内の1本だった。
骨は30メートル位にわたり散らばっているが、位置は派手に変わってはいない為かなりの大きさだったと推測できる。
「否定:クジラは魚類ではない」
『さっき言ってた哺乳類ってやつ?。』
「報告:人類もクジラと同じ哺乳類である」
ポッド107は胸ビレの位置の近くへ飛び、触角で骨を並べる。
「報告:人類の手や指と同じようなパーツが多く見られる。推測:共通の祖先である生物の名残を哺乳類全般が受け継いでいる」
『あ、本当だ。指の関節似てるね。』
ヒレ先の骨と自身の手を見比べながら10Dが少し感心する。
ほぼ異形でしかない生物同士にこのようなはっきりとした繋がりが存在するなど、想像もしなかったことだ。
『人類もこんなに大きくなれるのかなぁ……。機械生命体みたいに色んな大きさがあっても良さそう。』
「否定:重力の関係もあり、地上では大きくなる限界が定められている。報告:種類にもよるが、水中の生物は生きた年数だけ成長を続ける生体が多く存在する」
陸上生物は大きすぎると自身の重さを支えるのに精一杯になってしまうため人類は今の大きさで充分である、とポッド107は説明する。
『そうなんだ……まぁ大きさが統一されてた方が何かと便利だもんね。服とか建物とか大きすぎたら入らないし。』
骨を元の位置に戻してから適当に奥へと続く通路を進む。埃だらけの足下で掠れた矢印が道順を示していた。
そこら中にガラス片や砂や、何かが干からびたものが散らばっている。
壁に嵌め込まれた小さめの水槽が等間隔に並ぶ通路を過ぎていくと、その先に底の深い水槽を見つけた。
『大きいね。これが巨大水槽?。』
「報告:アザラシやアシカなどの生体を展示するためのプール。巨大水槽はもっと大きい」
割れたガラスから底を覗き込むと、3メートル程下に機械生命体が数体倒れていた。
どうやら水の引かれたプールに落ちたまま上がれずに燃料切れで力尽きたらしい。
どう頑張っても這い上がれない場所で延々暇を持て余すのはさぞかし辛かっただろう。
『……不憫だね。』
同じようにはなりたくない、と10Dが恐々水槽から離れる。
更に進んでいくと、折り返しのあるスロープを下った先で広い空間に出た。
『うわぁ……大きい。これが巨大水槽?。』
「肯定。推測:目測は幅約39m、奥行き約87m、深さ約9m、水量約24t」
『超大型機械生命体みたいなスケールだね。今は瓦礫と砂ばっかりだけど、平和だった頃はすごく迫力があって綺麗だったんだろうな。』
老朽化して割れた分厚いアクリルガラスの上に立ち、水槽内を見回す。
『昔はこんな所で生きてる魚がたくさん泳いでたのか……ねぇ、24tってどれくらい重いの?。本当にこの中にそんな数が入るのか信じられない。』
「報告:24tは司令官およそ143体分の重さである。ちなみに当機36kgの場合はおよそ666体分となる」
『夥しい数だね……分かりやすい例えではあるけど、そんなに要らないよ。』
数字に辟易しながらガラス片の上から飛び下り、12Sと合流する為に次の通路へ向かう。
ブラックボックス信号は少しずつ反応を強めていた。
次の通路を進むと「水中トンネル」と書かれたプレートが見えた。
しかしそれらしき展示はなく、床が透明な板張りの幅1.8m程の通路には大量の瓦礫が道を塞いでいた。
天井も崩落したようで、トンネルに使われていたであろうガラスや展示のハリボテ岩の山の上に天井のコンクリートや鉄筋が乗っかっていた。
『ここから上の階に行けそうだね。』
瓦礫を踏み台にし、天井に空いた穴から1つ上のフロアに侵入する。
入った部屋は今までの内装とは打って変わり、随分と質素なものだった。
剥き出しの配管や適当に塗られた白いペンキの壁は何とも無愛想で、とても迎え入れるような部屋には見えない。
『ここは?。』
「推測:従業員通路」
黄ばんだり剥がれたりしている壁を触りながら先へ進む。
幾つかの部屋を通過すると、先程の巨大水槽が階下にあるであろう場所まで来た。錆びた柵が囲む下には幅3m程の丸い穴が開いている。
その穴から50cm程の短い梯子が垂れていた。水槽に人類も出入りしていたと考えると、この梯子に掴まって自力で上に上がれるくらいたっぷりの水が張られていたことになる。
『下は深いね。ポッド無しで降りたら壊れちゃいそう。』
「否定:下に降りる必要はない。下には12Sは居なかった」
『もー、ただの仮定の話だよ。』
真面目に返さないで、と10Dはポッド107を連れて通路に出る。
更に進んだ先で朽ちかけた防火扉をポッド107のレーザーで強引に開けると、また水槽が並ぶ黒い空間に戻った。
『あ……っ!。今あっちで何かが動くのが見えた。』
10Dが通路の先を指差し、その方向へ走っていく。
通路から出るとそこは屋内ではなく、大きく拓けた会場のような場所だった。
大きな水溜まりを中心に階段と座席が放射状に広がっている。
急に吹き付けた潮風が10Dの髪を乱した。
10Dは見たことのない景色を奇妙とすら感じながら呆然と眺める。
「疑問:動くのが見えたという何者かの正体」
『あ……そうだった。でも、それらしいのは何処にも居ないね。』
隠れる場所はあるのだろうか。見晴らしはとても良く、誰かが居そうな気配はなかった。
『見間違いだったのかな……。』
風に何かが煽られただけだったのかもしれない。
首を傾げながら10Dが階段を下りていく。
『ここは何なの?。』
「報告:イルカショー等のイベント用プールと、その観覧席であったもの」
2m程の壁のあるプールの縁に登れる台を上がり、中を覗き込む。
ここは他の水槽とは違った。
『水がたっぷり張られてるね。』
「推測:先日続いた雨の影響」
『そうなんだ……。何だか薄汚れてて、底がよく見えないね?。』
呑気に話している最中、10Dは風に靡いてゆらゆらと揺れる波紋の奥に黒ずんだ大きな影を見た。
『…………?。』
目を凝らすがよく見えない。でも黒っぽいそれなりの大きさのものと云ったら……と嫌な予感が自然に掻き立てられた。
『ねぇ、もしかしたら探してる12Sは………。』
恐々とポッド107に目を向けて何か言葉を貰おうとする。
その瞬間、視界の端で黒い影が段々鮮明に、より大きくなって見えた。
『………?!。』
アンドロイドの大きさではない、と10Dが驚いてプールに目を向ける。
それと同時にプールの中央が高く盛り上がり、水面を突き破るような勢いで茶黒い鉄の塊が現れた。
尖った頭と胸や背中にあるヒレ、大きな尾。
間違いなく魚型の機械生命体である。
「報告:敵性反応あり。今回の討伐対象の機械生命体」
『遅いよっ!。そういうのは敵の姿が見える前に教えて!。』
水上に飛び跳ね、また水中へ打ち付けられるように潜る魚型機械生命体。その衝撃で上がった飛沫から逃げるように10Dは急いで台から降り機械生命体から距離を取る。
「報告:ホオジロザメ型機械生命体。推測:釣りには向いていない」
『魚型を倒すなんて初めてだよ……。ホオジロザメってどんな魚なの?。』
「回答:鮫類の中で最も凶暴で獰猛であることで有名。旧人類にとって海に潜む脅威の対象であった記録がある」
高いところから様子を伺おうと階段を上がる。
するとサメ型機械生命体がまたプールから飛び出した。
『ポッド、ガトリング。』
出て来たところをポッド107に命令し、タイミング良く射撃させる。
すると重力に従い落ちるだけな筈のサメ型機械生命体が水中を泳ぐようにして飛び、そのままこちらに向かってきた。
『えぇっ………?!。』
どうやらこのサメ型機械生命体にも戦闘用機械生命体と同じ飛行機能を登載されているらしい。
列車型の機械生命体と同じだ、と10Dは近付いてくるサメ型機械生命体から逃げる。
遠くから少しずつ攻撃することの繰り返しになるかと思ったが、そう楽には倒せないようだ。
「推測:10D1機での破壊は困難。推奨:早急に12Sと合流する」
『どこに居るかもよく分からないのに……。』
建物が要り組んでいるせいでブラックボックス信号で場所を特定する方法もあまり意味がない。
12Sなら10DのGPSの発信をマップで確認出来る。多少拓けたこの場所なら見つけられないこともないだろう。
今狭い場所に逃げ込めば、走っている内に追い詰められて死ぬ可能性が高い。
ここは12Sがこちらに気付いて駆け付けてくるのを待つ他ないと考え、10Dはポッド107になるべく派手な音の出る攻撃を続けるように命じた。
『ポッド、あいつ結構速いね。』
逃げ回りながら10Dがポッド107に言う。
「報告:本物のホホジロザメは時速25kmで泳ぐ。このサメ型機械生命体はそこまで速くない。推測:油断しなければ捕まりはしない」
『そっか。弱点とかはない?。』
「推測:見たところ頭や背は分厚い装甲で覆われている模様。腹部であれば普通の機械生命体と強度は同程度であるが、何らかの方法で身動きが取れない瞬間を狙わなければ攻撃は困難である」
『身動きを取れなくする方法……ポッド、スローやってみて。』
「了解」
ポッド107がプログラムをスローに切り替える。
照準にサメ型機械生命体を捉えると、間髪入れずに放った。
『ありがと、ポッド!。』
しめた、と10Dがサメ型機械生命体の懐に潜り込み破壊しようと刃を入れる。
しかし内部の何処かに引っ掛かってしまったようで、思うように振ることは叶わなかった。
『…………!。』
もうスローが切れてしまう、と10Dは直ぐさま武器から手を放して逃げる。
足場を蹴りサメ型機械生命体から距離を取ろうとしたが、ほんの一瞬間に合わなかったらしく大きな尾で弾かれた。
『うぁ………っ。』
何とか足を踏ん張り転倒を避けるが、すぐに追撃が迫る。真正面から突っ込む気だ。この距離では逃げられない。
ポッド107がレーザーで援護射撃を行い、サメ型機械生命体に命中させる。
すると少し軌道が逸れ、サメ型機械生命体は10Dに当たるか当たらないかという所に衝突した。
『……っ。』
寸での所で大破せずに済んだ10Dだが、服がサメ型機械生命体の歯に引っ掛かってしまい逃げようにも動けない。
破こうとするが、すぐに動き出したサメ型機械生命体が10Dを振り払おうと暴れた。
『しまった……!。』
破けずに絡まったままの服に引っ張られ、10Dは地面に叩き付けられる。
衝撃と痛みのなか受け身を取ろうとしたが、絶えず暴れるサメ型機械生命体のせいで叶わずそのまま宙吊りにされた。
逆さまになった上体を戻す為、サメ型機械生命体の頭部にしがみつこうと勢いをつけ身体を起こす。
ボルトや金属板の凹凸に指を掛けて体勢を固定した。
すると当然サメ型機械生命体は暴れ、顔面にしがみついた敵を振り払おうと壁に向けて突っ込む。
『…………っ!。』
避けられない、と10Dが迫り来る壁に焦り、成す術なく目を瞑った。
「ハッキング……!」
何処からか誰かの声が聞こえた。
女型とも男型とも捉えられない独特なその声で、10Dは仲間が駆け付けたことを知る。
光の粒子が見えた直後、サメ型機械生命体の動きが鈍り出した。
しかし壁まであと少しだ。鈍くなろうがどのみち壁には激突する。
好機を逃すまいと10Dは服を力一杯引き裂いた。
ベルベットが悲鳴を上げたような音を出し繊維の方向に沿って破け、サメ型機械生命体の歯からすり抜ける。
支えるものが無くなった10Dの機体は床に零れ落ちた。
間一髪の所で解放され、頭上のサメ型機械生命体が壁に己のみを衝突させる。
『……12S?。来てくれたの!?。』
急ぎサメ型機械生命体から離れた10Dが声のした方に呼び掛ける。
声のした方――自分達が入ってきた場所の反対側の通路に1機のアンドロイドとその随行支援ユニットの姿があった。
「報告:十号D型と合流。討伐対象の機械生命体と交戦中の模様。推奨:加勢する」
「大きな機械生命体だ……間に合ってよかった」
サメ型機械生命体と10Dを確認し、12Sが武器を手に構える。
傍らのポッド085も銃口を向け攻撃に備えた。
『ポッド、12Sの近くに行こう。』
ポッド107を連れて10Dが走り出す。
すると体勢を持ち直したサメ型機械生命体がまた10Dを狙って突進した。
「10D! 後ろ!」
『えっ……うわ、危なっ!。』
猛進するサメ型機械生命体を横に退いて避ける。サメ型機械生命体は止まることなく進み、12Sへと向かった。
「僕がハッキングで動きを止めるから、その隙に急所を攻撃して!」
12Sが前に手を突き出して構えた。
「了解」
「ポッドじゃない! 10D!」
言いながらサメ型機械生命体をハッキングする。一瞬の間、金色の粒子が規則的に舞い散りサメ型機械生命体の動きがまた鈍くなった。
『……いいよ、任せて。』
10Dが背中に1本残った大剣を抜く。大剣は力が要る上に素早く振ることも出来ないから滅多に使わないのだが、敵が身動きが取れない今なら何とかなりそうだ。
ハッキングを受けて少し傾いているサメ型機械生命体の腹面を狙って叩き切る。
奥まで刺さっている愛用の小剣の一部に擦れて嫌な音を立てた。運良くコアを破壊できるといいけれど、何処にあるのか把握出来ていない今手探りに刃を入れる他ない。
比較的薄い装甲を突き破った大剣を深く刺し込んでから薙ぎ払うようにスウィングさせる。
内部を丸ごとぶちまける気で、重い手応えをなけなしの腕力と遠心力に任せて振りかぶった。
腹部の金属板はメリメリと音を立てて砕け剥がれていく。その間から茶黒い内容物が飛び出し辺りに散っていった。
大剣に重心を持っていかれバランスを崩すも、再度両腕を振り上げて追撃を行う。
これで最後だ、真っ二つにしてやる。
10Dはそう意気込み勢い良く大剣を振り下ろした。
「……………、……」
その時、目の前のサメ型機械生命体が妙な音を出したことに10Dは気が付く。
『…………!?。』
サメ型機械生命体へ振り下ろした大剣は空を切り、手応えの無かった10Dの体は余力で宙に投げ出された。
大剣の柄が握った手から離れ、義体が地面に叩き付けられるまでの最中に10Dは信じられないと云った表情で景色を眺めていた。
確実に当たる距離にいたのに。外すなんて有り得ない所まで来ていたのに。
何故、と思考を巡らせようと思ったところで10Dの義体は硬い床に激突した。
『(一体何が……?)。』
義体の損傷を気にしながら10Dが直ぐさま起き上がる。
何が起こったのかよく分からないが振り下ろす間際、奇妙な音と共に物体が左右に分離したような気配を感じたことを思い出す。
空中に浮かぶサメ型機械生命体は確かに真っ二つに割れていた。
しかし10Dの思っていた割れ方とは違うようだ。
裂かれた筈の双方の断面からは何かが盛り上がるように出てきている。
「10D、早く離れるんだ!」
トランスフォームを始める機械生命体に警戒し12Sが10Dに呼び掛けた。
12Sの声に10Dは落ちた武器2本を回収し、ポッド107と共に急いでその場から離れる。
『何がどうしたの、アレっ。』
「僕にもよく分からない……ハッキングも何故か中断させられた」
2機は目の前の分離した機械生命体を見つめた。
機械生命体は宙に浮いた状態で変形しながら、そのままゆっくり降下してきている。
『今の内に攻撃しとく?。』
「いや、迂闊に手を出さない方が良いんじゃないかな」
『わかった。ヤツが変形を終えたらね。』
双方は随行支援ユニットに射撃の準備をさせながら様子を窺う。
断面だった箇所からは細い脚のようなものが沢山出ていて、その内の2本は蟹のハサミのような特殊な形状をしていた。
『一体何になるの?。』
「報告:節足動物の十脚目に分類される生物に似ている。推測:ヤドカリ」
ポッド107が照準を機械生命体に合わせながら答える。
「変形する機械生命体なんて珍しい……後でバンカーに報告しとかないと」
地に着いた機械生命体が2体、こちらを見据えた。
ハサミを振り上げたのを戦闘態勢に入ったと捉え、4機は武器を構える。
「ポッド、撃って」
「了解」
相手の反応を見るため遠距離から刺激する。
するとヤドカリ型の機械生命体が弾を避けるように走り出し、12Sや10Dの方に向かってきた。
『えっ、速い……っ!。』
無数の脚を忙しなく動かし迫ってくる様子に怯み、距離を取ろうと逃げる2機。
サメの頭の方と尾の方の2体は別れ、各々1機ずつ追いかける。
走る度に地面にカカカカカッと金属が擦れる音が鳴り、実際よりも早く近付いてきているような錯覚を起こした。
『ポッド、何かして!。』
「推奨:具体的な指示」
『えっと、えーっと……じゃあデコイ!。』
異常に速い機械生命体に追い付かれまいと全速力で逃げる10D。
初めて見るタイプだからどんな攻撃を食らうか分かったものではない。
形勢逆転を狙う為ポッド107に命令をした。
「A100:デコイ起動」
ポッド107が下部から10Dのホログラムを投影し、ヤドカリ型の機械生命体を誘き寄せる。
その間に10Dは十分な距離を取り、機械生命体に向き直る形で立ち止まった。
サメの尾を被ったヤドカリ型の機械生命体は読み通りホログラムの方に突進している。
10Dとポッド107の距離は5メートル強程だ。
接近する機械生命体に小剣を構え攻撃のタイミングを見計らう。
囮のホログラムに機械生命体が辿り着く直前を狙い、僅かな距離に勢いをつけて走る。
『喰らえっ!。』
自身のホログラムごとヤドカリ型の機械生命体を横一閃に薙ぎ払う。
力強く振り被った小剣は機械生命体の体を持ち上げ、少し離れた所まで投げ飛ばした。
『やった?。』
「報告:敵性反応の増減無し。推奨:12Sの応戦をする」
『え、どうして……?。』
優先するべきは今倒し損ねたサメ尾のヤドカリ型機械生命体を追うことだろうと疑問に思う。
「報告:12Sの現在地は、10Dがヤドカリ型機械生命体を投げた方向である」
『それ、早く言ってよ!。』
ポッド107の報告を聞き、急ぎ12Sの元へ向かう。
「10Dー! 退避! 退避!」
色味のない視界の奥に動く物体が3つ。ゴーグル越しにこっちへ走ってくる12Sが見えた。逃げるよう叫んで警告している。
『は……またぁ?。』
慌てて踏み留まりながら、「勘弁してくれ」といった調子で10Dが呟く。
12Sの背後で、再度1つになろうと蠢動するサメ型機械生命体の頭と尾が見えた。
「10D、僕がまたハッキングで止めるから今度は分離しない箇所を壊してほしい」
『いいけど、厳密に言えばどこら辺?。』
地べたで変形を続ける機械生命体と距離を取りつつ、随行支援装置で射撃する。
「そうだな……脳天とか?」
『無理だよ、あそこ装甲分厚いもん。』
「や、さっき僕が戦ってるときに外装が裂けたんだ。そこの隙間から差し込んでみて」
『きわどいね。でもやってみるよ。』
12Sは手をかざし、10Dは武器を構えた。
変形を終わらせつつある機械生命体は機体をうねらせ2機を睨む。
そしてそのまま這うようにして勢いよく10Dと12Sの元へ向かってきた。
飛ぶためのシステムを期せずして破壊できていたらしい。先程とは違う、ズシンズシンと床が壊れそうなくらいの重厚な音を立て足場を揺らして迫ってくる姿に少しだけ怯む。
腹部を中心にダメージを受けている為ボロボロではあったが、まだ充分余力があるようだ。
「10D……いくよ!」
『了解っ。』
12Sがハッキングを開始する。
合図に応え10Dはポッド107の灯りを消して走り出した。
頭部の亀裂の入り具合からして後ろからの方が攻撃しやすい。
ハッキングで隙を作れるのはほんの一瞬だ。油断してかかれば先程のように想定外な痛手を受ける可能性がある。
まずはサメ型機械生命体の死角になる場所まで回り込まなければ、と少し離れたところを気付かれないように慎重に進む。
幸い機械生命体は12Sに気を取られている。
好機を逃すまい、と10Dはサメ型機械生命体の斜め後ろまで移動した。
12Sがサメ型機械生命体をハッキングして、動きが鈍った瞬間を狙う。
単純なことだ。落ち着いてやれば難しくはない。
緊張しないよう自分に言い聞かせ、10Dは小剣を握り直す。
「10D、今だ!」
12Sの声を合図にサメ型機械生命体の背に飛び乗り、頭部に刃を向ける。
『(……見えた。コアがある)。』
薄く光る機械生命体のコア目掛け、10Dは小剣を突き刺した。
その瞬間、グラリと足元が揺らいだ。
崩れるようにサメ型機械生命体は力無く横転する。
『やった?。』
「やった! 10D、爆発させるから離れて!」
12Sの呼び掛けに従い、小剣を引き抜きその場から飛び退く。
一瞬の間の後、サメ型機械生命体の頭部がハッキングにより爆破された。
『良かった……倒せたね。』
「うん、データも取れたし倒せもした。悪くない結果だ」
頭部の焼け焦げた機械生命体に近付き、戦利品に相応しい部品を拾っていく。
光を失ったコアの欠片を拾い上げ、10Dは先日の駅廃墟での事をふと思い出した。
自分にとって哀しく悔しい記憶だ。きっと機械生命体のコアを見るたびに思い返すことになる。
コアの欠片を捨てるかポシェットに収めるかで迷っていると、近くで錆びた金属が軋む音がした。
多分12Sが機械生命体の内部を開いているんだろう、と考え振り返りはしなかった。
「10D、危ない!」
予想もしなかった言葉と機体にぶつかる衝撃に、理解出来ないまま少し離れた所まで突き飛ばされる。
自分の手のサイズと同じ、掌と5本の指でしっかりと押された感触が背中にくっきりと残っている。
12Sは危ないと言って突き飛ばした。
後ろでグシャリと何かが潰れる音がする。
何かって。振り返って見ないと。多分、12Sが。
「報告:12Sが敵の攻撃を受け戦闘不能」
ポッド107が銃口を後方へ向けた。
『……12Sっ!。』
素早く起き上がり、10Dは地べたを這いずるサメ型機械生命体に小剣を構える。
尾だけが元気に動いていて、頭部は壊れたまま引き摺られているようだ。
気味が悪い。あんな状態で動くだなんて考えもしなかった。
思えば頭と尾で分かれて動けるのだから、コアが2つあると考えても何の違和感もない。気付くのが遅すぎた。
10Dはサメ型機械生命体を気にしながらも、12Sの様子を窺う。
『12S、大丈夫?!。』
左半身が潰れ、手足が千切れかけている。もしかしたらブラックボックスごと破壊されているのかもしれない。
心配して10Dが声をかけ、反応を見る。
「10D……無事か……?」
絞り出したような声が10Dの耳に届いた。
どうやらあまり良い状態ではないらしい。
『12S!。待ってて、倒したらすぐ助けるから。』
「……ポッド、10Dを………支援しろ……」
「了解」
ポッド085が直ぐ様10Dの傍らへ移動する。
『ポッド107、ポッド085、行くよ。』
10Dがサメ型機械生命体を指差し、ポッド2機を誘導する。随行支援ユニットをそれぞれ両サイドからガトリングで攻撃させた。
目のない機械生命体なら標的が何処にいるのか分からずに混乱するだろう。
『両機、もっと敵に近付いて!。照準はなるべく金属板の境目を狙うように!。』
10Dが少し離れた所から指揮を執る。
こんな戦い方は初めてだ。他者に指示を送るのだってポッド107以外にはしないことなのに、随行支援ユニットを複数操るなんて以ての外である。
やや緊張気味に双方に命令し、10Dはタイミングを見計らう。暴れる尾びれから3機とも充分に距離を取り射撃を続けた。
やがてサメ型機械生命体の装甲が弱り、隙間が見え始める。10Dはそれを確認すると2機に声を掛けた。
『ポッド107と085、レーザーを撃って!。』
随行支援ユニットの2機が前方の機械生命体の尾に向かって強力なレーザーを放つ。
貫きそうな程の衝撃に機械生命体は堪えられず、力尽きたように尾びれを地面に垂らした。壊れて開いた外装から微かにコアの輝きが漏れ出ている。
クールダウン中のポッド達に攻撃停止の合図を送り、機械生命体へ駆け寄ると10Dはそのまま外装の隙間に小剣を刺し入れた。
コアの光が消え、完全に死んだことを確認すると10Dはすぐに12Sの元へと走る。
『12S、ごめん。大丈夫?。』
10Dが12Sの機体を起こし呼び掛ける。
「あぁ、なんとか……でもこれじゃあ動けない。せっかく新しい機体にしたばかりなのに、残念だ」
置いていけ、とばかりに12Sが力なく微笑んだ。ブラックボックス信号が切れればバンカーでまた復活することが出来る。12Sが今のうちにログデータを更新したら、ここ数日の任務内容と今日の10Dとの共闘も忘れずに済む。
『………。』
しかし10Dは納得しなかったようで、しゃがみこんで12Sの右腕を掴むとそのまま背を向けて12Sの機体を引っ張った。
「あっ……10D、駄目だ。下ろしてくれ」
武器をポッド107に持たせて、10Dは12Sを背負い込む。
『大丈夫。雑魚ならポッドだけで倒せるし、強いのが居たら一旦安全な場所に下ろして戦うから心配いらない。』
「それは頼もしい……だけど、この損傷じゃ新しい機体にした方が合理的だ。君も僕を背負って帰らずに済む」
両手が塞がった状態で行動するなんて危険だ、と12Sが下ろすように促す。しかし10Dにはそんな気は毛頭無く、立ち上がって歩き始めた。
「……本当に連れていく気なのか」
『もちろん。まだどうにかなる見込みはあるでしょ。』
「はは……粘るなぁ……」
10Dの説得を諦めた12Sは大人しく背負われる事にした。
『12S、出口までどの通路が近い?。』
「そうだな……あそこから入って真っ直ぐ行った先のスロープを降りたらホールに繋がる。探索のときに確認した」
『分かった。』
10Dが指し示された方向へ進む。足場は所々濡れているため、滑らないように気を付けた。
「10D……」
『何?。』
「そっちじゃない、あっちだ」
12Sは少し呆れた様子で再度指差す。
「……本当に方向音痴なんだな」
『愛嬌だと思っといてよ。』
今度こそ指定の通路に入った10Dはそのまま直進を続け、言われていたスロープを降りてホールへと抜けた。
先刻10Dが弄んだクジラの骨が視界の端に確認できる。入ってきた所まで辿り着いた、と10Dは一息吐く。
『ポッド、最寄りの駅までの道標をお願い。』
「了解。目的地をマップにマーク。ゴーグルに転送」
それと同時に10Dの目の前に矢印が映る。
「あぁ……ちゃんと方向音痴の対策はしてるのか」
『まぁね。私のポッドが付けてくれた機能なの、すごく助かってるよ。』
背中の12Sに返答しながらポッド107に頭を寄せ、塞がった手の代わりのスキンシップを取る。
ポッド107と10Dが寄り添う様子をポッド085が何と無しに見つめた。
『じゃあ、廃墟都市に戻ろうか。』
10Dが他3機と共に水族館廃墟を出る。
石畳と道路の境目を踏み越え、駅廃墟の方を指す矢印を追いかけた。