『はぁ……やっと着いた。』
行きも見掛けた列車型機械生命体の骸を見て呟く。
歩いてきた1つのレールが枝分かれし、各々が複数のプラットホームの両脇に並んでいる。
真っ直ぐ歩いた先のホームの上に12Sを一旦置き、10Dもまたホームへ上がる。
ポッド達に支えられながらまた12Sを背負い直す。
改札へ続く階段を降りようとしたその時、カシャーン…カシャーン…という金属の擦れる音が微かに聞こえた。
『………!。』
聞き覚えのあるその音に10Dは何やら期待して周辺を見回す。
「10D、どうした?」
12Sが訝しげに問いかける。
『ちょっとね……。』
10Dはホームを歩きながら音の正体を探した。
足元には破壊された機械生命体の残骸がたくさん転がっている。
それを見て、10Dはこのホームが先日6E達と合間見えた場所だと気付いた。
朽ちたエレベーターの横を通り過ぎ、更に進む。
反対側の階段まで行き着くと、またカシャーン…と機械生命体の足音が聞こえてきた。
『ポッド085、何か居てもまだ撃たないでね。』
「報告:権限は12Sにあるため、現在10Dからの命令は承諾出来ない」
サメ型機械生命体の時は12Sに支援しろと言われたから従ったまで、とポッド085が拒否を示す。
「ポッド、攻撃は僕か10Dが良いと言うまでするな」
「了承した」
『ありがとう。助かる。』
10Dが耳を澄ます。音は階段の底から響いていた。
それを確認し、10Dは階段を降りていく。
階段の先には他のホームと繋がる大きめの通路があり、その通路を横切って進むと更に下りの階段がある。
どうやら上がって来た方の階段と対称になっているようだ。同様にこちらにも改札があるのが見える。
人類ってどうも左右対称が好きなんだよな、と深い理由を特に考えもせずに通路を歩いた。
機械生命体の足音は段々と近くなっている。恐らくこの通路の付近には居るはずだ。
12Sを背負ったまま少し彷徨く。
「……10D、さっきから何を気にしているんだ?」
足音からして、おそらく個体は小型短足の機械生命体だろう。腕を振り上げて飛ぶ独特な足音が特徴的だ。
小型短足のような弱い敵を、しかも姿も見てない相手をこんなに探し回っているのは何故なのかと12Sが問い掛ける。
『この前ね、この駅廃墟のホームで敵対心のない機械生命体の群れと出会ったの。結局は6Eの小規模部隊の隊員たちに壊滅されちゃったんだけど……。でも1体だけ庇った個体が居たんだ。もしかしたら生き残ってるんじゃないかと思って。』
10Dが足音の方向を探りながら答える。
通路は中途半端に広く、音の反響しやすい構造になっているからか居場所が掴みにくいようだ。
『そう言えば、どうして12Sは今6Eの部隊と一緒に行動してないの?。』
「え? そりゃあ、四六時中同じメンバーで任務をするわけじゃないからな。必要な時だけ収集が掛けられる特殊編成だ。10Dはやったことないのか?」
『私は方向音痴だから、最初の任務が最後の集団行動になっちゃった。』
苦笑いを浮かべながら12Sに返す。迷子になったのがきっかけで部隊が混乱状態になり、結果的に任務は失敗に終わってしまったのだ。
「……10Dの言う6Eの部隊、本来ならその日に僕も参加してた筈だったんだ。でも任務の数日前に死んだせいでプラグイン・チップなんかが全部外れて機体が弱体化してた。それで任務から外されたんだ」
『あぁ、そういや6E達も12Sが居ればなぁって戦闘中に言ってたような。』
プラグイン・チップは死んだ機体から回収しなければならないが、5Bが散々探しても12Sタイプは見つけられなかったそうだからもう無理だろう、と10Dは密かに思った。
「君ら、大型機械生命体とも戦ったそうだな。6Eから任務後に聞いた報告ではその場に居た機械生命体は全部破壊したって内容だったよ」
『全部……。』
隠した機械生命体がその時に出て来てしまっていたら、もう既に壊されていることになる。
論理ウイルスの感染後のショックで気絶していた為、後半のことを全く知らない状態だ。憶測で生死を判断するのは止めた方がいいだろう。
『まだ生き残ったのが何体か居るかもしれないから、そう簡単に諦められないよ。6Eたちがほぼ全部の機械生命体を壊したのは確かだけど。』
「ソレ、ホントウ……?」
不意に幼い声が聞こえて、10Dと12Sがその方向に目を向ける。
1体の機械生命体が、赤と青の人類のピクトグラムが掲げられた仕切りから顔を出していた。
その手には朽ちかけた本を抱えている。
『あ……君は!。』
10Dがその機械生命体を見て声を上げた。
「うわ、本当に喋るのか……」
12Sの少し驚いた声が背中から聞こえる。
『無事だったんだね、良かった。』
声を掛けながら近寄ると、隠れるように壁の向こうに引っ込んでしまった。
『……どうしたの?。』
機械生命体の居る場所を覗き込む。足元では本を持った機械生命体がこちらを見上げていた。
探していた機械生命体の他にも生き残りが何体か居るようで、奥へと数体逃げていく姿が見える。
「オネーチャンノ家族ガ、ボクノ家族ヲミンナ殺シチャッタノ?」
寂しげな喋り方だった。
10Dは先程ホームで見た機械生命体達の残骸を思い出す。
「ボク達ヲ殺スタメニ、オネーチャンノ家族ハ来テタノ?」
『それは………そう、じゃない、けど。』
口ごもる。過程も結果も凄惨だった。
言い訳なんて意味を成さないだろう。
『ごめん……。全員助けたかったけど、無理だった。』
俯きながら謝る。
『も……もう、ここには来ない。これからはヨルハの仲間にも君らの存在は伝えたりはしないよ。私のせいで、危険な目に遭わせちゃったから……。』
無事だったことばかり喜んで、相手がどう思っているかなんてことは露ほども考えていなかった。
きっと憎んでいるはずだ。顔も合わせたくない程に嫌っているはずだ。
「……ホームノ下デモ、オネーチャンノ声、聞コエテタ。ヤメテ、殺サナイデッテ。ミンナノ悲鳴ガシタトキ怖クテ動ケナカッタケド、オネーチャンガ助ケテクレルンダッテ思エタ。オネーチャンノ家族ハ酷イコトシタケド、オネーチャンハボクノ家族ヲ庇オウトシテタカラ」
機械生命体が右手で10Dのスカートの裾を控えめに引っ張る。
「オネーチャンノ家族ノシタコトハ許セナイケド、オネーチャンハ違ウ」
『でも……。』
「ボクト残リノ家族ダケジャ寂シイカラ、マタ遊ビニ来テネ?」
機械生命体がスカートを放し、前屈みの10Dの顔に手を伸ばす。
『………ありがとう。……ごめん。』
頬に添えられた手から逃れるように姿勢を正し、機械生命体を見下ろした。
『……もう、行くね。』
ばつの悪い面持ちで改札の方へ歩いていく。
「オネーチャン、マタネーッ」
『じゃあね……。』
背後から掛けられる声に控えめに振り向いて、小さく手を振る。
許されたことが逆に辛い。
でも恨まれ怒りをぶつけられても落ち込むだろう。
階段を降りながら10Dが溜め息を吐いた。
何をされてもどのみち納得のいく再会にはならないわけだ。
「10D……大丈夫か?」
『うん、大丈夫……。』
機械生命体との会話ですっかり悄気てしまった10Dを12Sが心配する。
「推測:10Dはあの機械生命体に対して後ろめたい気持ちを持っている」
「ポッド……言わなくていいよ」
ポッド085の言葉に12Sが制止をかける。
「野暮だな、まったく……。ごめん、10D」
『別にいいよ。当たってる。』
改札を通り抜けながら10Dが返した。
その先の広間に出ると、しばし左右を見回し立ち止まる。
『……ポッド、レジスタンスキャンプはどっち?。』
「報告:左へ曲がり、外へ出て西へ進んだ先にある」
『ん……じゃあこっちか。』
ポッド107が示す方向とは逆に進む。
「報告:レジスタンスキャンプは反対の方向にある」
『いや、キャンプには行かないからいい。』
東側の出口に向かって歩いていく。
この駅廃墟は鉄道駅と百貨店が合体した巨大な複合商業施設だったらしい。天井から埃まみれの看板があちこちに垂れ下がって道案内をしている。
レジスタンスキャンプが幾つあっても足りないくらいの広大な敷地に10階以上の高さで建てられているこの施設は他の建造物に比べて随分頑丈だ。
故意に破壊された箇所はコンクリートが割れ鉄筋が折れ曲がったりなどしているが、経年劣化での崩壊はそれほど目立っていないようだった。
風化した床のタイルの隙間に躓かないように気を付けて歩く。
出口まで近付くと、強い風が吹き込んできた。
駅の前の大通りを挟んで並ぶビル群が風の通り道を作っている。少しふらつきながらも踏ん張りをきかせて外へ出ていく。
暗視ゴーグル越しにチラチラと動く影が見えた。
多分あれは機械生命体だ、と10Dはポッド107とポッド085を自身より前に行かせる。
『危なくなったら攻撃よろしくね。』
敵意があった時だけ、と釘を刺す。
もしかしたら先程見かけたように友好的な機械生命体の残りが居るかもしれない。安易に攻撃して彼の仲間を殺してしまったら申し訳ないだろう。
これ以上あの機械生命体が悲しむことをしたくない思いで10Dは人気のない道を進む。
目指すのは高台の方にある双子のアンドロイドが隠れ住む建物だ。
以前レジスタンスのピジュンに連れて行ってもらった時は高架下の壊れたフェンスを通って左斜めに向かっていったから、今回も同じ方向に行って問題ないはず。
安直に考えて10Dが歩いていく。
『…………。』
見覚えのある景色が一向に見えてこない。10Dは自身の欠陥を認めたくないようで、忙しなく右に曲がり左に曲がり、路地に入り大通りに出て……を繰り返していた。
「10D……目の前に駅が見えてることは分かってるか?」
『………今わかった。』
「そもそも何処に向かってるんだ?」
背中の12Sが少し呆れた様子で問いかける。自身を助けるために必要なものがこの地区にあるとは思えないと溜め息を吐いている。
『ここから少し離れた高台の下に治療やメンテナンスに特化したアンドロイドが住んでるんだ。そこに行くの。』
「報告:目的地をマップにマーク。ゴーグルに転送」
『あっ、私だけの力で辿り着こうと思ったのに……。』
ポッド107が道案内を始めてしまったことに10Dは不満を示す。
「推奨:一刻も早く12Sの損傷を直す」
『止血もワクチンもしてるし元気そうじゃん……?。』
「警告:一刻も早く12Sの損傷を直す」
『うっ……わかったよ。わかったって。12S、少し走るから気を付けて掴まっててね。』
ポッド085の威圧に怯んだ10Dが直ぐさま考えを改め目的地へ急ぐ。
ビルの間を駆け抜け、高台の方へと順調に進んでいった。
「ん………?」
途中、ふと12Sが何かを気にした様子で唸るのを聞いた。
『どうしたの?。』
「いや……何でもない。多分僕の見間違いだ」
軽く首を振りながら返す12Sの声色は少し不穏な調子だ。
『大丈夫?。引き返そうか?。』
「いや、いいんだ。あるはずないことだから、きっと気のせいだ……」
『……そっか。』
気になって立ち止まるも却下され、また矢印に向かって走り出す。
高台の麓に1つ、小さな灯りが見え始めていた。
目的地のすぐ傍まで来た。
建物の窓から部屋を照らすランプの灯りが洩れ出ている。
『よし、ほぼ到着……っ。』
走っていた10Dは減速し、動作を徒歩に変えた。
『外出してないといいんだけど、どうだろう。』
「報告:窓のカーテンが閉められた。住人の存在を確認」
『本当だ。居るね。』
足音と声でアンドロイドの接近に気付いたのだろう。カーテンの隙間から覗いた光もすぐに消えてしまった。
相変わらずの警戒ぶりだ、と10Dは少し身構える。
デボルとポポルは護身用の武器を持っていた筈だ。今は両手が塞がっているため万が一勘違いで襲われた場合、回避は難しい。
『……デボル、ポポルー!。私は10D。覚えてる?。前にピジュンの紹介で会ったことあるでしょ。』
建物に向かって声を掛ける。
心当たりがあったようで、赤い髪のアンドロイドが窓と扉から各々顔を出した。
「久し振りね」
「何の用だい」
ポポルがランプを点け直し、デボルが持っている武器を後ろ手にやりながら訊いた。
『今日は頼みたい事があって来たの。仲間の治療なんだけど、お願いできる?。』
10Dの背負っているアンドロイドを双子が一瞥する。
「またヨルハか……どうする?」
「困ってるみたいだし看るだけ看ましょうよ。……あなたたち、入ってちょうだい」
短い相談の後に招き入れられる。
『ありがとう。お邪魔します。』
「どうも……」
10Dと12Sが入り際に礼を言う。
「ここに寝かせて」
ポポルに誘導され、普段はテーブルに使われているらしき台に12Sを横たわらせる。
『腕と脚ひしゃげてるけど大丈夫かな?。』
「代わりのパーツ用意出来るなら完璧だけど、無くても一応機能するようには出来る」
『本当?。すごいね。』
「とは言っても限度はあるんだが……ちょっと見せな」
デボルが12Sの左半身を確かめる。
「まぁ、これならなんとか………んん?」
不意にデボルが12Sの顔を見ると、少し驚きも含んだ調子で唸った。
そのまま断りも入れずに12Sのゴーグルをむしり取る。
「お前……また怪我したのか! しかもこの前より酷いじゃないか」
「え……?」
デボルの様子に12Sが戸惑う。デボル・ポポルタイプとの対面は今日が初めての筈だけれど、デボルの発言は間違いなく面識があることを踏まえた内容だった。
『どうしたの?。』
声を荒げたデボルの様子を10Dとポポルが気にする。
「ポポル、見なよ。12Sだ」
「……あら、本当ね。何処でこんな大怪我したのかしら」
『12S、前に会ったことあるの?。』
双子の様子に10Dは首を傾げながら訊く。
「いや……初対面だ」
「何言ってるのよ、2時間前に出掛けて以来じゃない」
「や、本当に……」
「頭も打っちまったらしいな。ポポル、早く直してやろう」
食い違いながらも一方的に直す方向に進んでいくさまを10Dがおろおろした様子で眺める。
初めから直してもらうのが目的だったが、どうにも状況が変だ。把握しきれていないことがあるらしい。
「10Dは暫く待ってて。あっちの棚にある本も好きに読んでくれていいから」
『分かった。じゃあ……12Sをよろしくね。』
いざこざは機体が直ってから確認すればいいかな、と10Dはやや心配しながらもその場を離れる。
ポッド085は10Dに付くのを辞め、12Sの傍へ飛んで行った。
仕切りのある向こう側の部屋へ進む。暗がりの中、2つの寝台と大きめの棚があるのを確認した。
『ポッド、光を強くして。』
「了解」
辺りを照らして棚を物色する。古びた本が数冊並んでいる。おそらく拾い物だ。
小説や詩集が多い。棚に埃が積もりかけていることから、最近は手に取られていないと窺える。
『マザぁ……グース?。』
「推測:詩集」
『詩か……あんまり馴染みがないな。』
何となく手に取りページをパラパラとめくる。
空白を大胆に取り入れた紙に短い文と小さな挿し絵が付いている。ほぼ全ページに渡ってそれが繰り返されていた。
『うーん……よく分からない。これ人類は普通に理解出来たの?。』
例えば見てよこれ、と10Dがポッド107にとある項を見せつける。
「疑問:ハンプティ・ダンプティとは」
『塀から落ちちゃったらしいんだけど、誰も元通りに出来ないんだって。でもこんなこと書く意図が分からない。』
短い文章を率直に読み取る。
挿し絵には大きな丸い頭の人類がちょこんと塀に腰を据えていた。
「報告:人類の文学には何気ない事柄に何らかのメッセージを籠め教訓とする手法が多く存在する。」
『メッセージねぇ……分かりやすくズバッと提示してくれればいいのに。』
ハンプティ・ダンプティ 塀に座った
ハンプティ・ダンプティ 転がり落ちた
王様の馬をみんな集めても
王様の家来をみんな集めても
彼を元には戻せない
落ちたものは壊れた。壊れたものは誰であろうととも元通りにすることは出来ない。
『どんなに地位が高くても不可能があることとか、形ある物の儚さを表現してる……みたいな感じ?。』
「報告:当機はこの詩についての答えを持っていない。……強いて云うならばハンプティを卵に置き換える」
ポッド107がチカチカと光りながら返す。
『たまご?。』
「報告:主に日照地帯で見られる鳥類、爬虫類、両生類などの生き物が子孫繁栄の為に産み落とすもの。多くは白い球状。生まれるまでの子を守る甲殻である」
資料として見せた画像は鶏の卵だった。割れて中からドロリとした黄色と透明な粘液が漏れ出ている。
『断面が薄くて脆そう……。』
ふーん、と唸りながら10Dは本を閉じた。
『……まぁ、いいや。本はやめる。暫く寝て過ごそう。』
本を棚に戻してから、双子のどちらかのベッドに寝転がる。
緩みきったベッドのバネが揺れ、ギシギシと嫌な音を立てた。
壊れたものは元に戻せない。
先程の詩の内容を何となく思い出す。
次に挿し絵と駅廃墟の機械生命体と重ね合わせた。
10Dにとって特別な機械生命体。同じ型の機体はいくらでもあるけれど、パーソナリティに関しては唯一無二だ。
あの機械生命体が死んだら、同じ自我を持った機械生命体には2度と出会うことはない。
更に考え、10Dは自身についても考える。
ヨルハ部隊員は替えの義体とログデータのおかげで何度でも同じ個体として復活できるが、結局機体が壊れていることは変わらぬ事実だ。
長いことデータの更新をしないまま死んだら過去の自分に戻ることになり、それまで手に入れた情報や経験が失われる分ある程度変化した人格も退廃してしまう。
壊され消えた自身の人柄もまた唯一無二。同じ自我データと同じ型番の義体だからといって、また同じ成長をするとは限らない。
死んでしまえば、壊れてしまえば、もう同じものは手らないことになる。結局は脆い。
『(14Oは私が死ぬ度に困惑しただろうな……他の隊員達だって多分みんな同じ経験をしてるはず)。』
出来事を共有した筈の片方は思い出を持っていない、というのは寂しいことなのかもしれない。
喜びも悲しみも憂いも愛憎も分け合えないなら虚しさに変わってしまう。
『たまごと私や機械生命体は一緒なのかな……。』
「回答:世界中の全てが当てはまる」
『ポッドも?。』
「肯定」
『そっか……。』
無くなったら嫌なものばかりだ、と10Dは溜め息を吐く。息を深く吐く動作で背面のバネが大きくギシリと鳴いた。
向こうの部屋で施術を受けている12Sはどうだろう。
もう少し前に出会っていたら、また違う彼と会えていたかもしれない。
プラグイン・チップなんかで強化された義体だろうから6E達みたいな威張った態度だったのかも、などという想像をした。
『あ、そうだ……日誌も書かなきゃ。』
ヨルハの少数部隊と駅廃墟での事を考えてふと思い出す。
暇なら書くべきだろう。いずれは壊れるのだから、次の自分へ伝えなくては。
起き上がり、端末を表示して文章作成用のツールを開いた。
『前はバンカーでエイリアンのこと書いたよね。』
「肯定」
『今回は色々ネタがあるから書き甲斐がありそう。』
浜辺や水族館廃墟のことを思い出しながら10Dが綴っていく。
思ったことを書こうとしているが、どうしても報告書のような仕上がりになってしまうなと文を読み返す。
暫く日誌を書いて過ごしていると、ポポルが声を掛けてきた。
「10D、一段落着いたわ。今ソファで寝かせているところよ」
『お疲れさま。随分早いね。』
端末をしまいながら10Dが目を向ける。
「さっきまで喋ることしか出来ないくらい損傷が酷かったじゃない。でも色々復旧させられたから、あと少し休めば十分よ」
『さすがー。直してくれてありがとう。お礼は何がいい?。』
「いえ、お礼なんていいの。12Sは私達が助けたくて治したんだから」
言いながらポポルが10Dの横に腰掛けた。
「疑問:12Sのデボルとポポルとの関係性」
ポッド107がポポルに問いかける。
「初めて会ったのは数週間くらい前だ」
答えたのはデボルだった。デボルも寝室に入り、2機の向かい側のベッドに座る。
「ここからそう遠くない場所で壊れてるとこを発見して、私達で直したのよ。見つけた時はもう死んじゃったのかと思ったくらい損傷が酷かったのだけど。存外丈夫なのね、ヨルハの機体って」
「ははっ。埋葬しようってポポルが提案して、手ぇ伸ばしたらガッツリ掴まれたよな。あの時の吃驚したポポルの叫び声ときたら、今思い出してもおかしくって……」
「あの時はデボルもキャーッて叫んでたでしょっ! 随分と可愛い悲鳴だったわね?」
思い出話に華を咲かす双子の様子を10Dが何となく眺める。
『……ねぇ、ポッド。5Bとバンカーでした話思い出せる?。』
「推測:見つからなかった12Sの義体の話」
『そう、それ。』
数週間ほど前、この付近の高台で戦闘中に12Sがロストして、6Eはそのまま置いていった筈だけど5Bは見つけることが出来なかった。
誰かが持っていったんだろうね、という会話が蘇る。
そうだ。5Bは双子に聞きに行く、と言っていた。
『ねぇ、5Bっていう銀髪のヨルハ隊員がここに訪ねて来なかった?。』
訊くと、デボルとポポルはぴたりと談笑を止めて10Dに目を向けた。
「あぁ……あの背の高い女のアンドロイド?」
「背っていうかヒールが高いのよね。あの時は地面が泥濘んでたから歩きにくそうだったわ」
『やっぱり来たんだね。12Sについて聞かれなかった?。』
鉢合わせたなら旧12Sはもう既に連れて行かれている筈だ。
でも2時間前に出掛けたという言葉があるから、その可能性は低い。
まだ5Bが近辺に居るなら、外で生存を確認して司令官に報告していることもあるだろう。
「あのヨルハなら追い返しちゃったわ。機械生命体がバラバラにして何処かに持っていっちゃったんだろうねって伝えたの」
「少し疑う素振りはあったけど、まぁブラックボックスの調子が悪くて良かったな。信号が出てないからとか何とか言って、匿ってないって信じてすぐに帰って行ったよ」
双子の言葉に10Dは唖然とした。
隠す理由は何だろう。他者を騙して楽しむような人格でもないから、生きていることを知らせるなと旧12Sに口止めでもされているんだろうか。
直って動ける状態にも関わらず、他のヨルハとコンタクトを取らないうえ地上のアンドロイドと一緒にひっそり過ごしているのは何故だろう。
デボルとポポルは現在居間にいる12Sを旧12Sだと思い込んでいるが、旧12Sが帰ってきたらどうなるんだろう。
「ねぇ、何でそんなこと聞くのかしら?」
「お前に何か関係があるのかい?」
双子にそう聞かれ詰め寄られた。
5Bが12Sを探しに来たことを気にしたからか、先程から双子に朗らかさが消えている。
『……いや、ちょっとね…………。』
身を引きながら若干焦る10Dの背後で、ポッド107が銃口を構える時の音が聞こえた。
ポッド107から見てもあまり良い雰囲気じゃないらしい。
ほんの数秒間の長い膠着状態が続き、部屋は奇妙な静けさで包まれる。
デボルとポポルの出方次第で対応が変わる。
双子は武器を手放しているから幸いにも10Dとポッド107に分があった。
「お前も5Bと同じか?」
「負傷もあなたが12Sを捕らえるために攻撃したからじゃないの?」
「やり過ぎたから私らの所に来たわけか」
「12Sが直ったら連れていこうって言うのね」
距離がどんどん詰まり、ベッド上で壁際に追い詰められる。
弁解する余裕もなく、にじり寄る双子にたじろぐ。
『…………っ。』
伸ばされた手にびくつき咄嗟に背の小剣の柄に手を掛けた。
「何してるんだ」
不意に背後から掛けられた声にデボルとポポルが反応し振り返る。
声の主である12Sが目の前に立っていた。
「12Sったら駄目じゃない。まだ寝てなきゃ」
ポポルが駆け寄り、12Sをソファに戻そうとする。
「あら……あなた、服まで元通りにした覚えはないのだけど。デボルがしてあげたの?」
「いや、私はやってない。……ていうか、左足付けたばっかりで歩ける筈ないし、しかも落とした筈の泥とか埃がまた付いてるのは何でなんだ」
デボルも近付き、12Sの姿を確かめる。
「ところで……居間のアレは何のつもりだ?」
その言葉で双子の表情が訝しげなものから凍りついたものに変わった。
揃って慌ただしく隣の部屋のソファへ走っていく。
遅れて10Dがベッドから立ち上がる。
「お前が持ってきたのか」
『え……そうだけど。まさか君が居るとは思わなかった。』
睨むように見つめる旧12Sに10Dは不穏なものを感じた。
やはり此処に留まっているのは都合の悪い理由があるからと考えて間違いは無さそうだ。
「丁度良い、ポッドが恋しかった頃だ。これを機に返してもらおう」
そう呟くと、隣の部屋へ歩いていく。
ソファには12Sが休眠状態で寝かされていた。その傍らにポッド085が待機している。
戸惑っているデボルとポポルを押し退け、旧12Sはポッド085を抱き寄せる。
「ポッド、僕だよ。ごめんな。今まで寂しかっただろ」
言いながら武器を振り上げ、12Sに突き刺した。
『…………!。』
止めようと駆け寄ると、旧12Sが手をこちらに向ける。ハッキングの構えだ。
「お前、10Dだろ。残りの義体はあと数える程しかないんだってな? 僕のこと黙っててくれるなら見逃してやってもいい」
S型と戦うのは厄介だ。ハッキングを仕掛けられてしまうし、こちらは識別信号で攻撃がままならない。
「僕の事をどれだけ把握しているか知らないが、どちらにしろヨルハの指令部に僕の生存が知れたら拙い。ここでお前を殺してもいいが、処理が面倒だ。だから黙っておけ」
「拒否:無断での部隊の離脱は違反行為に値す……」
『ポッド、ちょっと黙ってて。』
後ろから付いてきたポッド107の返事を10Dが途中で遮る。
『分かった。……この事は秘密にしておく。でも私を逃がすなら、そっちの12Sも一緒で良かったんじゃない?。君が生きてない証拠みたいなものだったのに。』
壊れかけた12Sを指差して聞く。
「デボル、ポポル……君ら、コレを僕だと思って話し掛けたりしただろ?」
「え、えぇ……したわ」
「考えてみたら、あの時の12Sは私達に動揺してたな……」
旧12Sの質問に少し怯えた様子で双子が返した。
「ほらな、それなら生かしててもバレるだけだ。コレと僕の思考能力は同じだからどうなるか分かるんだ。少し冷静に考える時間があればほぼ正解に近い状況を仮定できる。僕と対面させずに逃がしてもすぐ推理して真実に辿り着くだろう」
『私みたいに黙らせるのはダメだった?。口は堅くないの?。』
「あぁ、確実に告げ口をするだろう。僕自身そうだ。他者の不正は問答無用で上に報告する。だから生かしておけない」
そう言ってもう一度武器を振り下ろし12Sの胸を刺す。
漏れ出たオイルがソファを伝い落ち、床に広がった。
10Dは二の句を告げられぬままその様子を眺める。
「報告:ブラックボックスの停止を確認」
ポッド085の言葉で旧12Sは武器を引き抜き、愛しげにポッド085の本体に顔を擦り寄せた。
「ポッド、これからは仕事なんて忘れて僕と過ごそう。デボルとポポルと一緒に楽しく自由に生きよう」
「拒否:当機の随行支援対象は今刺し殺された12Sである為、旧義体の勧誘には応じられない」
「そうか……じゃあ要らないな」
つれない返事を聞き、言葉と共にポッド085を12Sの上に放り捨てる。そしてそのまま12Sと同様に刺し壊した。
あまりの切り換えの早さに唖然とした10Dだが、すぐ我に返り自身の背後にポッド107を隠すように立った。
旧12Sの仕打ちにデボルとポポルも引き気味なようで、テーブルの向こう側で震えながら身を寄せ合っている。
「もう出ていけ。お前がここに居る理由はもう無いだろ」
突き出された掌に脅され、出口へ誘導させられる。
『……最後に1つ質問していいかな。』
「何だ」
『どうして部隊から逃げたの?。』
ドアから出た際に訊くと、旧12Sは不機嫌そうに肩を竦めた。
「逆に、何でお前は部隊に居続けるんだ? 毎日毎日こき使われて、何度死んでも復活させられて痛くても辛くても戦い続けなきゃいけないなんて地獄じゃないか」
ヨルハ部隊員は優秀であればある程、仕事量や難易度が増す。
精鋭部隊に所属していた旧12Sも相当な事をさせられていたのだろう。
「麻痺してたのか、部隊に居たときはそれが当然だと思ってた。僕らは与えられた職と仕事に尽くすのが当たり前だと思ってた。あの双子に直してもらって平穏に過ごす前まではな」
デボルとポポルに目をやる。
「2人には感謝してるよ。何せ僕に新しい生き方を与えてくれたんだからね。人類の為なんかじゃなく、自分達の為だけの生活を送る日々はとても充実している。何もかもから解放された気分だ」
『そう……。』
「お前も自分が本当はどう在りたいのか考えてみろよ。他人に与えられた任務がどんなに壮大で名誉な事だったとしても、自ら望まない限り自分を犠牲にしてまでやる必要は欠片もないんだ。他人の為に殉職なんてもう真っ平だね」
溜まっていた鬱憤でも晴らすかのように次々と言葉を連ねていく。10Dは半分何を言われているのか理解出来ないまま相槌を打っていた。
「そういう訳で僕は今後一切ヨルハと関わらず生きると決めたんだ。僕を邪魔しないでくれよ、絶対に。絶対にだ」
それを最後にドアは閉められる。
ドアの向こうで旧12Sが怯んだ双子を宥める声が微かに聞こえた。
10Dは双子と旧12Sの住み処から踵を返し、静かに駅の方向へと向かう。
『…………。』
旧12Sに言われた言葉を思い返す。
本当はどう在りたいのか、というのがピンと来ない。
私はヨルハ部隊員として生まれた。だから最後の最後までヨルハの為に活動するものだと認識している。
人類の悲願である地球の奪還に貢献するのは生まれた意味そのものだろう。
元は旧12Sもそう思っていたようだが、今はその考えに異論を唱えている。
新しい生き方。自分の為の生活。
よく分からない……地上で暮らすレジスタンスに憧れているんだろうか。
10Dは首を捻りながら進む。
「報告:道を間違えている」
ゴーグルに道標を出したにも関わらず駅から遠ざかる10Dにポッド107が声を掛けた。
『あ……うん、こっちかぁ。』
ぽんやりとしながら方向を変え、矢印を追いかけて歩く。
12Sを助けられなかったのは残念だったけれど、それよりも旧12Sのことが衝撃的で悲観には及ばなかった。
今頃バンカーで新しい12Sが準備されている所だろうか?
取り敢えず14Oに任務達成の報告をしなければ。
水族館廃墟から出てかなりの時間が経っている。あと何故12Sがロストした場所が任務と関係の無い地区なのか聞かれるだろう。
通信で終わらせるべきか、直接報告に行くべきか。
旧12Sの事も黙っておかないといけない。約束しなければ面倒な嘘を考えずに済んだのだろうけど、そうしないと自分が殺されていたのだ。仕方がない。
色々考えながら進み、とうとう飛行ユニットが待機している場所まで来てしまった。
『…………。』
「推奨:バンカーへ戻る」
『うん……。』
別に絶対に戻らなくてはならない訳ではないが、端末越しにちゃんと話せる気がしない上、10Dはメンテナンスが必要な程度の軽傷を負っていた。バンカーへ帰還した方が良い状況だった。
2機が飛行ユニットに乗り込み離陸する。
星空に向かって上昇を続ける最中、ポッド107が10Dに報告を行った。
「報告:14Oに向け、先ほどの旧義体の12Sとの会話の映像データを送信した」
『えっ……?。送ったの!?。』
薄い雲の間をすり抜けながら10Dが驚いて声を上げる。
『どうして?。言わないって約束したのに……。』
「推奨:司令官に包み隠さず報告する。推測:12Sの件はいずれバレてしまう可能性があり、その場合は黙認した10Dも共犯者として処分される確率が高い。それに脅しで交わさせられた口約束をわざわざ守る必要もない。隠し通したところで、10Dのメリットはゼロである」
約束を守る事がいつでも正しいとは限らない、とポッド107が諫める。情報処理能力もそんなに良くない10Dは冷静な判断が出来ていない中、浅はかにも「取り敢えず約束は守ろう」と考えてしまった。
自ら危険な状況に陥ろうとしている。成り行きで違反行為に及ぶ前に10Dを裏切り者の告発者に仕立て上げようと思い、ポッド107は独断で映像をバンカーへ送ったのだった。
「推奨:違反者に加担しない。違反者に手を貸すという事は、規則違反を犯したも同然」
『そうかな……。まぁ………そうだね。』
何となく理解したらしく、10Dは浅く何度か頷いた。
『……でも、旧12Sは殺されちゃうよね。』
「肯定:殺されるだけの事をしたということ」
『うん………そうだね。』
呟くような返事のすぐ後、映像データを受け取った14Oから通信が来た。
〈10D! 今何処ですか? 大丈夫ですか!〉
『14O……バンカーに向かってるところだよ。』
慌てた様子の14Oが端末に映る。空気が薄い高さまで来ているからか、少し聞き取りづらかった。
〈無事ですね、良かった……! 映像は司令官に見せてもいいですね?〉
『え、あっあぁ……うん、お願い。詳しくは後で司令官に説明するから。……じゃあまた後で。』
司令官に見せることを一瞬躊躇うも、10Dは已む無しといった表情で14Oに任せる。
バンカーはもう目に見える位までの距離に迫っていた。