ONE PIECE FILMを原型がなくなるぐらい粉々にするお話   作:ちゅーに菌

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息抜きなので初投稿です。


ONE PIECE FILM Z

 

 

 

 未だ海賊王は立たず、誰も見たことがなく、夢物語のひとつであったワンピースを目指し、各地の有力な海賊が中心に凌ぎを削っていた大航海時代以前のある場所。

 

 ここは偉大なる航路(グランドライン)前半の海であり、ログポースが示さない片田舎の島である。主な産業と言えばシェリー酒用の葡萄作りが盛んな程度であり、それ以外に特筆すべきことはあまりない。

 

 しかし、だからと言ってそこに住まう住人には、これといった不満や不自由を訴えることもなく、健やかに暮らしていた。

 

「~♪」

 

 そんな島で、あまり人の寄り付かず、青々と草花で染められた岬を駆け回る一人の小さな子供がいた。4~5歳ほどに見え、紫色の頭をした未だ可愛らしい少年である。

 

 回りには親はおらず、調子外れな鼻唄を歌いながら、岬の草原を楽しそうに走る少年からこの村の和さが伝わって来よう。

 

「~♪ ――!?」

 

 しかし、海を見ようと岬の先端に来た少年は驚いて足を止め、鼻唄も止まった。

 

 少年の視線の先には自身が入れそうな程、大きな女性物の靴が2つあったからである。

 

 しかし、よく見れば転がっている靴からは足首が伸びており、呼吸に合わせて静かに動いているため、何者かが履いているということは明白であった。

 

 恐る恐る足首から先を見た少年は更に驚いた表情になる。

 

 

 

「んがー……」

 

 

 

 その全体像は優に5mを超え、まだ若干のあどけなさの残る顔立ちをした女性であった。ボリュームのあるピンクブロンドの長い髪を後ろで束ね、出るところは出て、締まるところは引き締まったスーパーモデルのようなスタイルをしており、巨人というよりも単純に人間の縮尺を巨大にしたような体型をしている。

 

 また、女性の頭の回りにはJEREZ(ヘレス)と銘柄が書かれたこの島の地酒の酒瓶が多数転がっており、大きないびきと顔面の紅潮、そして漂う酒の臭気から女性が、かなり深酒をしていた様子が伺えた。

 

「で、でっけぇぇ!!!? すげー!!」

 

 思わず目が飛び出さんばかりの様子でそう叫ぶ少年。その瞳には驚愕だけでなく、羨望や興味といった感情も含まれており、隠し切れない好奇心が見え隠れしている。

 

「ん……うん……? 何よ……騒々しいわねぇ……」

 

「わっ!? 喋った!?」

 

「そりゃあ、健康な人間なんだから喋るわよ……ううぇ……海王類の腹の中で目を覚ましたような気分だわ……頭痛い……」

 

 目を覚ました女性は、気だるげな様子で手を頭に当てつつ、フラフラと体を揺らしながら静かに立ち上がった。

 

「すげー!! 立ったらでっけー! どうしたらそんなにデカくなんの!!!?」

 

「親の遺伝よ……両親の身長が2m切ってたら諦めなさい……」

 

「なら、デカい姉ちゃん程じゃないけど、とーちゃんがスゴくおっきいから俺もでっかくなれるかな!?」

 

「うぅ……頭に響くからあんまり大声出さないでくれる?」

 

「えぇ、だってデカい姉ちゃん頭が遠いんだもん!」

 

「――たくっ……」

 

「うわっ!?」

 

 女性は小さく溜め息を吐くと、少年を包み込んで余りある大きな掌で胴を優しく摘まむ。そして、少しの浮遊感の後、少年の視界が再び岬を映すと、いつもよりも遥かに高い目線の高さにおり、女性の肩の上に乗せられていることに気づいた。

 

「これで満足かしら?」

 

「わぁ……たけぇ……」

 

 見て感じたままの感想を述べつつ、少年はその場所で、酒の臭気だけでなく、果実と砂糖菓子を合わせたような女性らしい匂いも感じ、無意識に彼女は優しくて安心感を抱けると考えていた。

 

 すると女性はどこからともなく、散乱している酒瓶と同様のボトルを取り出して中身を呷った。醤油さしのようなサイズ感に見え、実際中身をすぐに飲み干した女性は、ボトルを適当に放り捨てた。

 

「あっ、こらっ! 岬を汚すなよ!」

 

「注文の多いクソガキねぇ……」

 

「クソガキじゃない! 俺の名前は"ゼット"だ!」

 

「ゼットぉ……? 不思議な名前ね」

 

「なぁ、デカい姉ちゃんの名前はなんだ?」

 

「……………………"ポムダムール"……意味はリンゴ飴よ」

 

「え……?」

 

 1拍の間の後、呟かれたその言葉に少年は聞いてはいけなかったということを思いつつ、幼さ故の残酷さが牙を剥いた。

 

「デカい姉ちゃんリンゴ飴なの……?」

 

「たぶん、私を産んだときにママが食べたかったのよ……弟も似たような名前だし……」

 

「………………なんかゴメン」

 

「うっさい」

 

 それから少しの間、この島に滞在するという話を聞いたため、巨大で不思議な女性――ポムダムールの元にゼットは連日通うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポムー!」

 

「略すな」

 

 ポムダムールにゼットが出会ってから約数日後。人の居ない砂浜に生える大きな木を背にして、木陰で休んでいる彼女を発見した。

 

「見つけた!」

 

「別に隠れてないわよ。私なんて構って一体何が楽しいのかしら……」

 

 目を三角にして、口ではそう言いつつもポムダムールは人差し指をゼットに伸ばし、頭を撫でた。彼女が子供を好いているのか、優しいだけなのか、お人好しなのかは不明であるが、撫でられるゼットの嬉しげな表情を見るポムダムールは、呆れと少しの優しさを帯びた顔に変わった。

 

「…………アメちゃん食べる?」

 

「え? アメ? 食べる!」

 

「手を出して」

 

 そう言うとポムダムールの人差し指が、淡い緑色のガラスのような透き通った色と質感を持ち、その一部が雫のようにほんの少しだけ溢れ、落ちた先のゼットの掌の上で丸い飴玉になった。

 

 その一部始終を見たゼットは、目を点にしながら指先と飴を交互に見つめる。

 

「私は能力者だから……って言ってもわからな――」

 

「すっげー! 悪魔の実って奴!?」

 

 ゼットから吐き出された単語にポムダムールは目を丸くした。

 

「――あら? 知っているのね。歳にしては学のある子だこと。私は"アメアメの実"を食べた飴人間なの」

 

「へー……うわ、このアメすっげーウマい!」

 

「…………あげた私が言うのもなんだけど、他人の体から出来たものを何の躊躇もなく、食べるなんてアナタも大物ねぇ……」

 

「んー? 大物ってなに?」

 

「将来はスゴい奴になるってことよ」

 

 そう言うとゼットは、コロコロと口の中で飴玉を転がしながら腰に手を当て、得意気な顔になると宣言するように言葉を吐いた。

 

「へへーん! 当然! 俺はとーちゃんみたいに海軍大将に! 正義の味方になるんだ!」

 

「へぇ、お父さんみたいな海軍大将に――海軍大将……?」

 

 その宣言に途中で、言葉が疑問に変わったポムダムールは、まじまじとゼットを眺め、紫色の髪の毛に目を止めて、少し考えた後、小さく手を叩く。その表情には数奇な因果に対してか、気づかなかった自身に対してか、呆れの色が浮かんでいる。

 

「ああ、"黒腕のゼファー"の子なのね、アナタ。世界って狭いわねぇ……」

 

「やっぱりとーちゃんのこと知ってるんだ!」

 

「船乗りなら誰だって知ってるわよ。アナタの言う通り、素敵な正義の味方だもの。それより……お父さんとお母さんのこと好き?」

 

「うん、カッコよくて、優しくて大好き!」

 

「…………そう、それはよかったわね」

 

 そう言うポムダムールの目はゼットが見た中で、最も優しげな色に染まり、ゼットは何故かその表情が、少しだけ自身の母親に重なって見えた。

 

「それより、ポムは船乗りなのか?」

 

「そうよ。家族と大喧嘩したから、小船に乗って一人で傷心旅行中なの。だから、お酒の補充もしたし、もう私はこの島から去るわ」

 

「えぇー……もっといりゃいいのに……」

 

「船旅に一期一会なんてざらよ。だから、引き止める方が無粋だわ」

 

 そう言うとポムダムールは立ち上がり、ゼットに背を向け、一歩足を踏み出したところで立ち止まる。その様子を不思議に彼が眺めていると、すぐに彼女は動いた。

 

「ああ、でも……」

 

 ポツリと呟いたポムダムールは、ゼットに振り返り、少し屈むと、彼からすれば巨人のように大きな手を差し出す。

 

「袖振り合うも多生の縁。これはあげるわ。私と違って、アナタは親を大切にしなさいよ」

 

 彼女の掌の上には常温で一切溶けず、金属のように頑丈な飴で作られ、帆のカモメマークまで見事な軍艦の細工が施された子供が一抱え程の大きさの瓶が乗っている。

 

 そして、ゼットへと手渡された瓶の中は飴玉で満たされており、受け取った少年の嬉しげな声とお礼を聞きながら踵を返すと、今度こそ振り返ることなく、海の方へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嵐がきたぞ、千里の風に、波がおどるよ、ドラムならせ~♪」

 

 ポムダムールは鼻唄混じりで酒瓶片手に、ゼットには小船と称した船の舵を握っていた。確かに外見上は精々、10人程が生活できる程度の船なのだが、身長5mを超える彼女に合わせて造られた船のため、数十人から百人程度が乗船出来る船とそう変わりない大きさをしていた。

 

 また、帆には何も描かれておらず、白一色のため、遠目から見れば縮尺のおかしい民間船にしか見えないであろう。

 

「おくびょう風に、吹かれりゃ最後、明日の朝日が、ないじゃなしに~♪」

 

 既にゼットの住む島からは離れ、船に並ぶように近くを飛ぶ海鳥とそう変わらない大きさに見えた。ポムダムールはそれに対して、特に感慨深い感情もなく、行き当たりばったりで上陸した次の有人島にはどんな酒があるのか考えながら舵を取っているとあるものを目にする。

 

「――んぅ……?」

 

(あのドクロマークは……確か偉大なる航路(グランドライン)前半の海では、珍しく億超えの賞金首が船長をしている十何隻かの海賊だったかしら?)

 

 それは地平線に浮かび、ゼットがいる島へと向かう海賊船団であった。ポムダムールが目視出来る限り、17隻の同じドクロを掲げた船団が見え、肩を竦めて小さく溜め息を落とす。

 

「……まあ、私にはまるで関係ないことねぇ」

 

 そう言いながら彼女はまた酒瓶をひとつ飲み干すと、無造作に甲板に投げつけ、(おもむろ)に舵を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、島の彼方の水平線上には海賊船団が浮かび、それらが一直線にこの島を目指しているだけでなく、先頭の海賊船が島に向けて砲撃を始めているため、海賊の襲撃を告げる鐘の音が街の外にまで響き渡っていた。

 

 幸いと言うべきは島の港は海賊船団には小さ過ぎたため、街からは少しだけ距離のある浜辺を目指しているため、襲撃まで僅かに時間があることだろう。

 

「はっ……! はっ……!」

 

 そんな最中、ゼットはひとりで街から離れ、海賊が上陸する浜辺へと向かっていた。

 

『私と違って、アナタは親を大切にしなさいよ』

 

 思い返せば、酷く悲しげな薄笑いで言われたその言葉がゼットの脳裏に浮かぶ。そうして、居ても立ってもいられず、彼は避難する母親の静止を振り切ったのである。

 

 当然、ゼットに海賊をひとりでも相手に出来るような力などあろう筈もない。しかし、それでもポムダムールと交わした忘れてもいいような一方的な約束が、彼を突き動かしていたのだ。

 

 そうして、彼が飛び出すように浜辺に向かった頃には、既に先頭の海賊船を含む三隻が砂浜の近くに付けられており、既に砂浜を埋め尽くさんばかりの海賊たちが――。

 

 

 

 海賊船と全ての海賊の前に立ち塞がるたった一人の女の前に等しく斬り捨てられ、浜辺に転がっていた。

 

 

 

 それはピンクブロンドの髪で、5mを超える背をした女性。それはゼットにとってあまりに見覚えのある背中であった。

 

「ポ、ポム……なにしてるんだ?」

 

「それはこっちのセリフよ。自殺でもしに来たのかしら?」

 

 思わず呆けて呟いたゼットにそんな言葉を返すポムダムール。その間にも砂浜に次々と海賊船が乗り付けられ、武装した海賊の軍団が降りてくる。

 

『オォォオォォォォ!!!!』

 

 そして、雄叫びを上げながら群がる蟻のようにポムダムールへと殺到した。

 

「すげぇ……」

 

 しかし、ポムダムールの腕が振るわれたことに対して、ゼットは呆然としながら思わず声を漏らす。

 

「ラム・ヴェール」

 

 彼女は両手の肘から先を淡い緑をしたアメに変え、更に幅広の大剣のような刃を形成して、それを振るうことで一度に十数人を吹き飛ばし、更に斬撃の余波と衝撃でその倍以上の海賊を次々と薙ぎ払っていたのである。

 

 どれだけ海賊の波が押し押せようとも、天に(そび)えるように立つポムダムールが一度腕を振るえば一帯の海賊が吹き飛ぶ。それが幾度となく繰り返され、ゼットは気付けば彼女に対して大きな安心感と期待、そして子供らしい興奮といった気持ちの昂りを感じるのだった。

 

 尤も、海賊たちからすれば堪ったものではないだろう。色々な思惑があったかどうかはこの際別として、少なくとも楽な仕事の筈であったのだ。だというのに、ポムダムールは明らかに偉大なる航路(グランドライン)前半の海に居ていいような存在ではなく、それが何故か海賊たちを阻んでいることは嫌でも分からされた。

 

「……数だけは多いわね」

 

 しかし、流石に海賊も上陸して攻撃してもほぼ無意味と認識し始めたため、後続の海賊船団はポムダムールが仁王立ちをしている場所から離れた位置の浜から上陸し始め、彼女を無視しようとしている。

 

「私の後ろから動くんじゃないわよ?」

 

「う、うん……!」

 

「ふんっ……」

 

 それに対し、彼女はゼットに声を掛けて一別すると、鼻を鳴らして片腕を剣からアメの腕に戻し、その手で地面に触れた。

 

「グラサージュ」

 

 その言葉と共にポムダムールとゼットの足場を除く、周囲一帯の地面や木々が水飴のようなものに変化する。

 

「う、うわぁぁ!?」

 

「なんだこりゃ、沈む!」

 

「助け――うっぷ」

 

 それは凄まじい速度で波のように広がり、数kmはある海岸線の砂浜全てをドロドロとしたアメに変えてしまった。

 

 それによって、既に砂浜にいた海賊たちは底無し沼に落ちたように一斉に飲み込まれ、悲鳴を上げるか、抜け出そうともがく光景が広がる。

 

「グラサージュ」

 

 そして、尚も地に手を付けながら、もう一度ポムダムールが呟いた瞬間、今度は浜辺に隣接する林が緑色の水飴に置換され、濁流のように押し寄せる。

 

 そのまま、水飴の波は浜辺を超えて海面を覆うように伝い、浜辺周辺の海賊船団の船底を取り囲み、浜辺周辺の海面を埋め尽くす。

 

「ポムダムール」

 

 最後に自身の名前を呟くと、水飴は液体から固体に形状変化し、一面には緑色の氷に阻まれて凍り付いたような世界が広がり、17隻の海賊船団は一切の身動きが取れない状態になっていた。

 

「さて……」

 

 地から手を離したポムダムールは左右に首を鳴らす。そして、再び片腕を飴の刃に変え、飴の刃と化した両腕を頭上でクロスさせて構える。そのまま、僅かに静止した時間が流れ、それは剣術の居合いに近い独特の空気を纏っていた。

 

 この時点で個人によって引き起こされた事態に海賊たちは完全に混乱している。そのため、飴の中に埋められておらず、まだ海賊船内にいる海賊たちはこれ以上の進行が出来ずに立ち往生している。

 

 いつの間にか、ポムダムールの両腕の刃の色が緑色から"黒色"に変わっていたが、この場においてそれに気付く人間も気にする人間も存在しなかった。

 

 今さら逃げようもないが、その刹那の時間だけが海賊に残された安寧であり、ポムダムールの振り絞られた両腕が放たれる。

 

 

「"威国"!!」

 

 

 次に起こったことにゼットは言葉が出なかった。

 

 振り下ろされた黒い飴の刃は空を駆ける極大の斬撃を生み、斬撃は緑色の飴で覆われた海と空を割り、巨大な槍で空間を抉ったような痕跡を刻み込んだ。そして、直線上に並んでいた17隻の海賊船の半数以上がその一撃の斬撃で消し飛び、乗っていた海賊たちごと海の藻屑に変わったのである。

 

 海上を覆う飴もある程度斬られはしたが、即座に意思を持つようにすぐに切断面から飴が伸びて繋がったため、やはり飴に船底を固められた海賊船が動けることはない。

 

「一回じゃ、足りないわね。じゃあ、もう一度」

 

 そして、当然のように再びポムダムールは頭上で両腕をクロスさせた。既に戦意を失った海賊たちから悲鳴、絶叫、命乞いといった声が聞こえ始めており、白旗を振る者さえも見られる。

 

 しかし、彼女は特に気に止めず、そのまま両腕を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ざっとこんなものね」

 

 17隻全ての海賊船が破壊され、それでも船と運命を共にせずに船から逃げることで、飴の上に逃れた海賊たちも少なからずいた。しかし、今度は表面だけ液体へと変化した水飴が触手で絡めとるように動き始めたため、生きた飴細工のオブジェのようなものが次々と出来上がっている。

 

 少なくとも既に海賊たちがこの島の人間を襲うことはないであろう。襲撃から約2時間。海賊船団は完全に沈黙したと言っていい。

 

「しかし、本当に数だけは多いわね……生き残ってるのは3~4割にしても何百人いるのかしら? 海軍もこれだけ一度に捕縛するのは大変そうねぇ」

 

「なあ、ポム……」

 

「なぁに?」

 

 他人事のような見たままの感想を述べるポムダムールにゼットは声を掛けた。そして、そこにいるのは、彼が知っているいつもの調子の彼女だったため、安堵する。だが、今さらになって負い目を感じ始めた彼は歯切れが悪そうに呟いた。

 

「その……力もないのに海賊のところに飛び出して……迷惑掛けてごめんなさい……」

 

「ふーん、そう」

 

「えっ……?」

 

 ゼットの反省に対してポムダムールから帰って来た言葉は感情を含まず、非常に淡白で答えになっていないものだった。彼がそれに驚いていると、彼女は眉を潜めて肩を竦める。

 

「叱るのは親の仕事よ。私にそんな義理はないし、私自身が他人を叱れるほど褒められた人間でもないわ。その言葉は親に言いなさい」

 

「……うん」

 

 その言葉に小さく返事をするゼット。その表情は浮かない様子であり、いつもの明るい彼の姿からは掛け離れている。

 

「はぁ……」

 

 足元を見つめて落ち込んでいる彼を見兼ねたポムダムールは、小さく溜め息を吐いた。そして、指でゼットの頭を優しく撫でた。

 

「まっ、反省出来るだけ上等よ。それだけは言っておくわ」

 

 それだけ言ってそろそろ自身の船に帰ろうとポムダムールが考え始めた頃、何かを感じた彼女の眉がピクリと動き、撫でる手が止まった。そして、苦虫を噛み潰したような顔に変わる。

 

「嘘でしょ……というかこれ空飛んで……"月歩"で来てる? マリンフォードからたった二時間でここまで? つくづく化け物ねぇ……いや、親バカと言うべきかしら?」

 

「ポムどうかしたの?」

 

「あー……ちょっと下がってなさい。面倒なことになるから」

 

 ポムダムールは大きな溜め息を吐くと、ゼットを自身から50mほど遠ざけた。

 

 彼女は青空の彼方にポツリと浮かんでおり、徐々に大きくなる点を眺めながら、両手足を飴に変えつつ拳を作る。そして、拳を構えると拳は黒く染まった。

 

 その刹那――。

 

 

 

「ポムダァムゥゥゥルゥゥゥゥゥゥ!!!!」

 

 

 

 空から響いた雄叫びは、ゼットにとって聞き覚えがあり、自身が思い描く、正義の味方そのもの。

 

 そして、その人物はポムダムールに向かって弾丸のような速度で空から殺到し、彼女の黒い飴の腕と、その人物の黒い腕が激しく衝突する。

 

「と、とーちゃん!?」

 

 それは純粋な覇気と体術のみで海軍三大将に登り詰めた男にして、ゼットの実の父親――"黒腕のゼファー"であった。

 

 最初に互いの拳と拳がぶつかり合った衝撃で、未だに飴に変えられたままの浜辺が激しく砕け、ポムダムールの足を通して一帯を震動させるほどの揺れが起こり、ゼットは尻餅をついた。

 

「――いてて……」

 

 その拍子にゼットは臀部を打ったため、少しだけそちらに目を向け、すぐに意識と視線をポムダムールとゼファーに戻し――。

 

 

「"ビッグマム海賊団長女"! "水飴のポムダムール"! 俺の(せがれ)に何の用だ!?」

 

「私がアンタの子供に用なんてあるわけないでしょうが!? 後、"元"ビッグマム海賊団よ! 抜けてからは国も滅ぼしてないし、今日は酔った勢いで天竜人も殴ってない! 冤罪よ冤罪!」

 

「貴様のことなぞどうでもいいわ! 今日という今日は赦さん!!」

 

「そもそも、なんでアンタの妻子はマリンフォードにいないのよ! バッカじゃないの!? 本当にバッカじゃないの!? これに懲りたらせめて妻子の居住地は変えなさい!」

 

「ぐっ……!? 海賊に言われる筋合いなどない!」

 

「こんだけやってやったんだから、小言のひとつぐらい言わせろやクソ海兵!! だから海軍って融通の利かない正義バカだらけで嫌いなのよ!!」

 

「海軍と正義まで愚弄するか貴様!!」

 

「うっさい! バーカ! バーカ!」

 

 

 非常に低レベルな口喧嘩をしているにも関わらず、二人が瞬間移動のような速度で空中を駆け巡りながら、互いに目にも止まらぬ速度の攻防で殴り合っている光景を目にし、最早爆裂音のようなものが響き渡り続ける中、ゼットの脳は状況を理解することを拒否した。

 

「え……? なんで戦って……とーちゃん……ポム……海賊……? えっ……え……?」

 

 ゼットが混乱し続け、口を開いたまま、空を見上げる時間は15分ほど続いた。

 

 その間、互いに決まり手になり得る一撃は全く発生しない、超高速の攻防が続く。見る者が見れば、まさに天上の一線であったが、ここには観客はゼットを除いて他にはいない。

 

 そして、勝負の行方は、とある瞬間に突如として決まった。

 

 

「ぬんっ!」

 

「はぁっ!」

 

『「ぐほぉッ!?(ぐがぁッ!?)」』

 

 

 最終的に体格的な問題で、ゼファーの拳はポムダムールの腹に、ポムダムールの拳はゼファーの頭に命中したクロスカウンターが起こったのである。

 

 そして、互いに受けた衝撃で、ゼファーは飴の浜辺に叩き付けられ、ポムダムールは自身の船を停泊させた沖合い付近まで吹き飛ばされた。

 

 ゼファーはゼットがいた場所から10mほど離れた所に激突したため、ゼットはゼファーに駆け寄った。未だにギラついた目をし、彼自身にもどこか薄笑いを浮かべているようにさえ見えるゼファーは、すぐに体を起こすと全身を滾らせ、立ち上がろうとする。

 

「ぜぇ……ぜぇ……まだだ……これからだ!! ポムダム――」

 

「とーちゃん!!」

 

 その言葉に我に帰ったゼファーは、表情を父親らしい少しだけ柔和な顔に変え、心の底から安堵した様子を見せる。

 

「――おお、ゼット! 大事ないか!? よかった……生きていて本当によかっ――」

 

「それより、なんでポムと戦ってるの!? ポムは俺も、この島も助けてくれたんだよ!?」

 

「それは……」

 

 ゼファーは、いつにないゼットの剣幕にやや気負されながら、浜辺一帯で無力化されている海賊たちに目を向け、拳に込めた力が少しだけ緩んだ。

 

「俺も見ればわかる……だが、父さんは海軍で、アイツは……水飴のポムダムールは"13億2000万ベリー"の賞金首だ」

 

「じゅ、13億!!!?」

 

 ポムダムールか海賊だったということさえついさっき知ったばかりだったゼットは、その途方もない賞金額に思わず声を上げた。最早、どれほどの大悪党ならそれだけの金額がつくのか、彼は想像もできなかった。

 

 そうしている間に沖合いにあったポムダムールの船が全速力でこの島から離れていく光景がゼファーの目に映り、苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「この海賊どもをこの島には置いていけない……アイツ……殴り飛ばす方向と、殴られる方向を計算したか……小癪な真似を……!」

 

 父親として、全ての静止を振り切って、家族のためにこの島に来たゼファーであったが、これでは父親としても海軍としてもポムダムールを追うことは叶わない。このような狡猾さも、未だ億超えの賞金首もそうはいない時代で、10億の大台を突破している海賊足り得る所以なのであろう。

 

 ゼファーが緩めた拳を再び握り締めていると、隣にいるゼットがどこか熱に浮かされたような興奮を帯びた表情で口を開く。

 

「………………ねぇとーちゃん。俺がなるわけじゃないけどさ」

 

「なんだ?」

 

「もしだよ? もしもなんだけど……海賊でも正義の味方に慣れるのかな……?」

 

 その言葉にゼファーは絶句して表情を失った。

 

 そして、どこか憧れにも近い熱を帯びたような眼差しで、もうすぐ水平線に消えるところまで差し掛かっているポムダムールの船を眺めるゼットの姿から、息子が言わずとしていることを即座に理解できてしまう。

 

 ゼファーは晴れやかで優しげな表情を作ると口を開く。

 

「ゼット。溶け出した飴から海賊が出ないとも限らない。だから、ここは危ないから父さんに任せなさい。とりあえず先に家に帰っていてくれ。お前がいないのでは母さんも心配するだろう?」

 

「あっ! うん、そうだね! わかったよとーちゃん!」

 

 そう言うとゼットはすぐに走って街の方に向かって行った。聞き分けの良さ、歳よりも優れた聡明さ、優しさや正義感の強さ、贔屓目に見ても何れを取っても良くできた子だと、ゼファーはゼットを評価していた。

 

 そして、ゼットが街に戻り、暫くした後、ゼファーは海の方を向く。

 

 

 

「覚えていろぉぉ!! ポムダァムゥゥゥルゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」

 

 

 

 既にポムダムールの船は水平線の彼方に消えていたため、ゼファーの怒りに満ちた慟哭は、飴に覆われた海面とややが傾き始めた太陽だけが聞いていた。

 

 

 

 

 

 





あーもう(ONE PIECE FILM Z)めちゃくちゃだよ。



~設定~
シャーロット・ポムダムール
 水飴のポムダムール。ビックマムの元1女。ペロスペローとは二卵性双生児の姉の関係。アメアメの実を食べた飴人間であり覚醒者。身長は543cm。15歳のときに方向性の違いからビッグマムと袂を分かち、激闘の末に自身も重症を負いつつもビックマムに同じ程度の重症を与え、海賊団を脱退して独立。その後、酒に溺れつつ、世界各地を転々としながら、酔った勢いで海賊や海軍の実力者に対して喧嘩をふっかける、酔った勢いで天竜人を殴り飛ばす、酔った勢いで海軍研究施設からダイナ岩を奪っていくなどをしたことで、みるみる懸賞金が引き上がった。現時点での懸賞金の額は13億2000万ベリー。
1話時18歳。原作開始時48歳。ホールケーキアイランド編時50歳。
ちなみにアメアメの実とはガスパーデが食べた悪魔の実なので、本作一番の被害者は彼かもしれない。


~質問コーナー~
Q:ガスパーデのアメは美味しくなかったやろ!

A1:外道なオッサンのアメと、18歳の優しい女の子(543cm)のアメちゃん。比べる価値すらないのは当たり前だよなぁ……?
A2:覚醒すると甘くなります(適当)


~年齢と強さ~

・ポムダムール
ビックマムとほぼ同格だが、比べると明らかに軽いためスピードがあり、その反面少しだけ威力が低い。また、ビックマムと同様に覇王色の覇気を持ち、最硬クラスの覇気をも持っている。しかし、ギャグ補正が働くと、その間だけは覇気が空気を読むため、ハリセンで叩かれてもタンコブが出来るほどに弱体化する。
18歳。

・ゼット
ポテンシャルは極めて高いが今は年相応の子供。
5歳。

・ゼファー
海軍三大将時代のゼファー。全盛期であり、20年インペルダウンで鍛えた続けた映画の状態の生身のダクラス・バレットと一対一でマトモにやりあえるレベル。生身で海軍三大将になった男であり、黒腕の名は伊達ではなく、如何に硬い覇気でもほぼ減衰なしでダメージを当てられるほど武装色の貫通力が高い。ポムちゃんの天敵。
42歳。

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