引き続きキャラ崩壊にご注意下さい。
よく晴れた日の学校のお昼休み。ご飯を食べ終えた生徒たちが次の授業までの間を思い思いの活動にいそしむなか、シャミ子と杏里、桃とミカンの四人はのんびり世間話をしていた。そこへ、杏里がある話題を持ち出してきたのであった。
「壁ドンっていうのがあってさー」
「壁ドン?」
シャミ子は小首を傾げた。テレビというとゲームをすることしばしばな彼女は、ここしばらく体力作りに努めているせいもあり、あまり番組に関連する知識は持ち合わせていなかった。
すると、シャミ子の机の端に置かれたご先祖様(の像)が得意げに言った。
『仲睦まじい男女に対する嫉妬行為を指すのだろう?余は詳しいのだ!』
「ご先祖様、それは古い方の意味だよぉ」
声がしたかと思えば、小倉が掃除用具入れのロッカーから扉を開けてぬるりと現れた。突飛な登場の仕方は杏里以外の三人にはもはや見慣れた光景であり、引きこそすれ驚きはなく、また小倉自身しれっとそのまま会話に交ざる。
彼女の言いたいであろう意味の言葉を、ミカンが継いだ。
「えっと、アレよね。要するに口説きみたいなものでしょう?」
「そそ。流行的に言えばけっこう前の話題だけど、最近ドラマで見かけてね」
「それで?」
話題の意図が未だ掴めないため桃が続きを促し、杏里はニッコリ笑顔で応えた。
「シャミ子って壁ドンしやすそうだと思って!」
「うん……?」
また桃とシャミ子が不思議に思った。単にそういう話といえばそれまでであるが、シャミ子と壁ドンが繋がらない。先ほどの流れで言い換えれば口説かれやすいということになるが、シャミ子のチョロさもとい人の良さは分かるものの、やはり具体的な行為が想像つかないのであった。
腑に落ちない二人に、杏里は感情の昂りを押さえている悪役のように笑った。
「ならば例をお見せしよう。シャミ子ー、そこ立って」
杏里が手近な掃除用具入れのロッカーを指差し、特に疑いも入れずシャミ子も指示に従った。灰色の扉に背をぴったり付けて、一見すれば身長測定である。
「こうですか?」
「おっけー。じゃ、いくよ」
「へ?」
何を、と聞く間もなくだん、と扉の激しく打ち付けられた音がした。教室にまで響く音だったが、話し声などガヤガヤしている空気に吸収され別段騒ぎにはならない。
伸ばした腕の先にはシャミ子の怯んだ表情があった。見学組は事の成り行きを見守る。杏里が顔を近付けた。
「シャミ子……」
わざと低めに名前を呼ぶ。いつもと違う雰囲気の彼女に心なし鼓動が早まるなか、返す言葉も見つからずシャミ子はただ次の言葉を待った。
「お肉の割り引き券あるんだけどいるー?」
「あ、頂きますっ」
空気は一転、杏里はけろりといつもの調子に戻って、制服のポケットから一枚のチケットを取り出した。彼女のアルバイト先でありシャミ子の他にも桃など買い物するとき良くお世話になっているお店のものである。シャミ子も喜んで券をもらい、ふやけた感じに壁ドンのデモンストレーションが終わった。
「これで
したり顔の杏里に、桃が呆れながらも納得した。
「遠回りな……けど、なんとなく分かった」
「シャミ子ちゃん、どうだった?」
小倉に問われ、シャミ子はまじめに考え込み感想を答える。
「えっと、ドキドキしました。割り引き券をもらえて嬉しかったです」
「そのドキドキが壁ドンの効果だよぉ。相手を緊張させることで物事の交渉を有利にするの」
「な、なるほど」
「なんかすごく小難しい解釈してない?間違ってないとは思うけど……」
ミカンの突っ込みがありつつも、まぞくはしっかり壁ドンについてメモした。
「ただ、親しいお相手じゃないと成功しないから気を付けてねぇ」
「じゃあ次はミカンだな」
唐突な杏里の指名に、ミカンが困惑ぎみに自分を指差す。
「わ、私?」
「誰がシャミ子を落とせるか勝負しようぜ!」
その言葉に、一同衝撃が走る。まず真っ先に、シャミ子が尻尾を奮い立たせて抗議してきた。
「あ、あの、私ドンされる側なんですか!?ドン出来ないんですか!」
その主張はもっともであるが、シャミ子が壁ドンする側に立つには、なにより身長という前提が必要であった。しかし背は彼女が気にしていることであるから、あくまで触れないように杏里がフォローする。
「立派なまぞくになるには精神的に動じないことも重要だと思うよ?やっぱり」
「うぐ、否定しづらい……分かりました、今回だけです」
『シャミ子や……』
もうちょっと食い下がっても良かったのではないかとご先祖は思ったが、気に留める者はおらず。
「じゃあ勝った人には魔力団子お徳用あげるね」
話を受け、小倉が大瓶に詰められた暗黒物質としか表しようのないものを机へどんと置いた。そこで、今まで乗り気のなさそうだった桃も初めて反応を見せる。
「シャミ子のためなら仕方ない。私もやろう」
「げっ、桃もやるんですか」
思わずシャミ子から呻きが洩れた。桃は心外そうに口を尖らせる。
「私じゃ不満なのかな?」
「い、いえ、そうじゃなくて……」
シャミ子は壁ドンされることに関しては諦めていたが、桃の圧倒的な破壊力が心配だったのである。その拳に当たれば木端微塵になりそうというイメージは、これまでの経験で幾つも心当たりがあった。
「まぁまぁ。ほいじゃ、行ってみよ」
「えっ、ちょっ」
杏里に背中を押されてミカンがシャミ子に立ちはだかる形となる。自然見上げるのだが、いつもとの距離の違いが空気を変える。
ほのかに柑橘の爽やかな香りが漂う。良い匂いにほだされて、シャミ子はぼうっとしていた。
ミカンはといえば、壁ドンという行為に桃の手前、散々ためらいながらも、決意してからの行動は早かった。
「シャミ子」
突然シャミ子は右腕の手首を握られ用具入れの扉に押しやられた。頬の側には細い腕が伸び、ミカンの凛々しい顔へと続いていく。
なにかを妙に意識せざるをえないような格好となり、シャミ子の脳内が不意打ちに焦り出した。
(け、けっこうグイグイ来てます!)
「動かないで」
「ひゃ、ひゃいっ」
大人っぽい彼女のささやきに我慢のギヤが外れ掛かる。後で眺めていた三人が息を呑んだ。
「お弁当の残りがついちゃってるわ」
そう言って、ミカンはポケットからオレンジのハンカチを取り出して、優しくシャミ子の口許を拭いてあげた。
「これでよしっと」
拭い残しがないことを確認してシャミ子から離れると、一仕事が終わった満足げに息をつく。
「あ、ありがとうございます」
「いいのよ、気にしないで」
危なげなあれやこれやはどこへやら、結果として和やかな日常の一場面に落ち着いた。
『まぁ、これはこれでそれっぽいが』
「どうだったーシャミ子?」
「ちょっとときめきました……」
尻尾と指をつつきあわせながら、シャミ子は素直に答える。
「最後は千代田さんだよぉ。私はパスだから」
「うん」
小倉に促され、強く頷いて桃は一歩前に出た。さながら闘技場に歩み出る一人の闘士のごとく。
『あやつだけ明らかに違うオーラを
「ちよももだから大丈夫でしょ」
「色々な意味で目が離せないわ……」
張り詰めた空気が押し寄せる。シャミ子は大いに逃げ出したかったが、どうにもその場から動けなかった。蛇に睨まれた蛙、魔法少女に射すくめられたまぞくの図である。
「シャミ子、私、手加減しないよ」
「今までの流れ見てました!? たたかいとかそういうんじゃないですからねコレ!」
「分かってる」
シャミ子はいつぞやのプレッシャーを思い出していた。今も危機管理フォームが暴発しそうだったが、公衆の面前(しかも学校)で全裸と評されたあの姿に変身するのは避けたいという一心が抑えていた。
「落ち着いてシャミ子。シャミ子には絶対当てないから」
「むしろ当たると思ってたんですか!?」
「さ、いくよ」
「こ、こころの準備が!」
恐怖と戦うという意味でなんとか平静を保っていたシャミ子のそばを一瞬の風が通り抜け、赤の豊かな髪を揺らした。
意外にも、それは静かだった。桃の真剣な様子があった。同時に、今までよりかかっていたロッカーが一段へこんだような気がしたが、とりあえず確認しないことにした。
「「……」」
お互いが見つめ合ったまま、時間が過ぎる。
シャミ子は恐怖からの立ち直りで素の精神に戻っていたが、桃はといえば壁ドンすることに集中していて、シャミ子と思った以上に接近するという事実に気付いていなかったのである。
ここから何をどう繋げばよいのか。今日もコロコロ変わる表情が可愛いとかまだまだ
「やっぱり、棄権で……」
じりじり熱を帯びる顔をどうにか隠そうと
「ん、そう?じゃあ、これでしゅーりょー」
こうして、よく分からなかった壁ドン大会は昼休みをだいぶ使って幕を閉じたのである。
「誰が一番良かった?」
「良かったというか、意味的に合っていたといえばミカンさんかな、と」
「じゃ、優勝はミカン!おめでとー」
「はい、景品」
「喜んでいいのかしら……。あとこれ私に使い道ないし」
「だったら私がもらってもいいですか?」
和気あいあいと談笑に戻る面々に、ただ桃だけが再びの壁ドンをシャミ子にお見舞いすることを誓ったのであった。
「次は負けない……」
その練習としてミカンが散々迫られることになったのはまた別のお話。
この短編集は、サブタイの形でまちカドまぞくに(既巻5巻まで)出ているキャラクター全員が1周出来ればいいなと考えております。
体力とネタの続く限り書くつもりなので、お付き合い頂ければ幸いです。