まちカドまぞく二次短編集   作:鈴索

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サブタイトルはご先祖になっていますが、中身は桃とシャミ子がメインっぽいお話になっております。加えて、原作まちカドまぞく第5巻の内容がネタバレに含まれています。

引き続き、キャラ崩壊にご注意ください。


ご先祖「未成年飲酒は禁止だぞ!」

 偉大なる闇の魔女リリスもといシャミ子のご先祖が等身大よりしろを獲得し、おくおくたまキャンプで起きた諸々の事件の結果、7日間というセミレベルの寿命が人並みに延長された代わりに毎日の多魔川の掃除を定められてから幾らか時が経ち。

「ゴミ拾いに行くかぁ……うぅむ、今日はイマイチ気が乗らぬ」

 この日は休日であったが清子は買い物、良子は図書館、シャミ子は桃たちに連れられ体力作りと全員留守にしており、そろそろお昼に差し掛かるいま、家にいるのはご先祖だけだった。以前封印されていた像の中の精神世界とは違って一人になる機会が最近めっきり減っていたので、誰に注意されるでもなく居間でゴロゴロできるこの時間を謳歌したかったのである。

 とはいえ山の(みずち)と交わした約束である一日のゴミ回収量は3貫、ざっくり言えば約9キログラム。多少の誤差が許されるとしても午後の始まる前くらいに作業を始めておかないと後々自分の首を絞めることになる。しばらく雑誌でも読みふけりながら寝返りを繰り返していた彼女も、とうとう踏ん切りをつけようとやおら立ち上がった。

「と、その前に」

 台所に立ち寄って、冷蔵庫を開けるといそいそと中身を物色する。ほどなくして目的のものを見つけた。ワンカップサイズの手ごろな焼酎だった。まずは景気づけに一杯という魂胆である。

「仕事終わりの酒も美味いが、お休みの昼間っから飲むお酒というのもオツなものよ」

 獲物を前にした動物のように滴るよだれを拭いながら、流石に全部飲み切ってしまうのも良くないという自制も働かせて、間を取って半分量をコップになみなみと注いだ。

 さていざ飲まんとコップを口元に持っていったとき、折悪く急に腹痛がやってきた。気にせず呷ってしまっても構わないにしても、こんな些細なことで興が削がれるのもよろしくない。ご先祖はコップを一旦脇に置いてお手洗いへ向かっていった。

「ただいまー」

 入れ違いに差し違い。トレーニングを終えて帰ってきたシャミ子は額に浮かぶ汗を拭いながら居間に入った。

「あれ、ご先祖?もうゴミ拾いに行ったんでしょうか」

 ご先祖の不在に首を傾げるが、外出する理由は把握しているのでそれ以上気にすることはなく、水分補給のために台所に立つ。すると、既に透明な液体に満たされたコップがシンクのそばに放置されていた。

 ただ喉が渇いていたがゆえに、さして疑問も持たずシャミ子はコップの中身をごくごく飲み干した。

「落ち着いた……あ」

「あ、ご先祖。ただいまです」

「そ、それ」

「これがどうか……も、もしかしてご先祖が飲むつもりのものでした?」

 お手洗いから戻ったご先祖はちょうど中身を飲み終えたシャミ子とばったり出くわし、すっかり空になったコップを半ば虚無の目で見つめていた。シャミ子はあたふたして蛇口を捻るが、彼女が気にしていた問題はそこではなかった。

「シャミ子がいま飲んだの、おしゃ、お酒」

「そうですよね、お酒ですよね……ってえぇ!?」

 ご先祖がなぜ真っ青な顔をしているのか。それはシャミ子に対して怒っているのではなく、シャミ子がお酒を飲んでしまったことによる彼女の身の心配と今後自身に訪れるであろう半ば理不尽な鉄槌を予期したからだった。

「透明だったのでまったく気付きませんでした……」

「た、体調は大丈夫か。気持ち悪くなったりしてないか?」

「いまのところは何ともありません」

 どうやら急性の中毒には陥っていないようで、ご先祖はほっと安堵の息をつく。他に案ずるべきは酔いが回ったときと二日酔いであるが、今の元気なシャミ子には致命傷とはならないだろうとアタリをつけた。

「ちょっと経つと体がぽかぽかして頭がふわふわすると思うが命には関わらないから安心しろ」

「は、はい」

 などと言っている間に、シャミ子の顔がもう赤みを帯びていた。この酔いの早いでは外出するにもシャミ子に何かあったら危険なので、とりあえず横に寝かせて様子を見ることにした。

「ご先祖の言う通り、お腹のところが温かくなってきました」

「うむ。なんだか気持ちよいであろう?それがお酒の魅力なのだ。まぁ、未成年に語るにはまだ早いがな」

 とろんとした目付きになっている子孫の顔を眺めやりながら、このまま時間が過ぎればどうにか穏便に事を終えられそうだと安堵したのもつかの間、そんなご先祖の心を読んだかのように玄関のチャイムが無慈悲にも鳴った。

 わざわざチャイムを使っているのだから、戸口に立っているのはおそらく身内ではなく隣人の魔法少女である桃かミカンのどちらかである。ミカンは聞く耳を持ってくれそうだが、桃が現在の状況を知ったら問答無用で対まぞく必殺技を行使されかねない。ご先祖は自分の体だったものが辺り一面に転がる惨状を想像して身震いしながらも、呼ばれている以上出ないわけにもいかないので、恐る恐る玄関に赴く。

「はいぃ」

 そっとドアを開けると、果たして桃が立っていた。むろんシャミ子が間違ってお酒を飲んで酔っ払ってしまったなんてことをさっきの今になって知り得ることなどありえないのだが、醒めた緑の瞳がすべておみとおしだと語るようにご先祖を見つめる。

「あれ、リリスさん。掃除に行かなくていいんですか?」

「い、いやぁ、まだ午後もあるしもうちょっとだけノンビリしようかなーと思って」

「そんなことしてたらあっという間に日が暮れますよ。ところで、シャミ子はいますか」

「い、いるいる!いるけど、い、いまは疲れて眠っておるからもうちょっとしたら来てくれ!」

 言葉に必死さが際立っていたが、シャミ子が疲れているのならと桃はあえて深く追及せず踵を返そうとした。

「じゃあ、またあとで来ま……」

「あ、ももぉ。いらっしゃい」

 ところが、言葉の調子がふわふわしたシャミ子の声が桃を呼び止めた。振り返ると、制止を聞かずシャミ子が廊下に出てきていたのだった。しまったと思ってももう時既に遅し、彼女の雰囲気の違いを察して桃が一瞬で鬼めいた殺気を漂わせる。

「……リリスさん。シャミ子に何があったんですか」

「ちっ、違う!誤解だ、話せば分かる!」

「川にちぎ投げされるか茶柱になるの、どっちがいいですか」

「ひ、ひええ」

 余、終わった。もはやご先祖の脳内にあまりパッとしない走馬灯がいくつも浮かび始めていた。そんな窮地へ、当のシャミ子が二人の間に割って入った。

「立ち話もなんれすから、上がってくらさい。さぁさ、どうぞ」

「う、ん?」

 ふだんのほんの少し舌足らずな口調がさらに呂律が回っておらず、桃はますます疑問を覚えるが、構わずシャミ子が手を引いて居間に連れ込んだ。助かったのかどうか分からないが、こうなっては観念するしか選択肢はなく、ご先祖も戸を閉めてすごすご戻って来る。

「改めて、これは一体……」

 簡易なテーブルを挟んで、ご先祖と桃は向かい合う。あぐらをかこうとしたら正座させられた。桃が問うているのは、彼女の肩にしなだれかかる熱っぽい表情のシャミ子の状態だった。

「その、余が飲もうと思っていたお酒を、シャミ子は間違って飲んでしまったらしいのだ」

「それでこんな状態に……」

 桃が困惑した目でかたわらを見やると、シャミ子が気付いて屈託のない笑みで応え、小さくやわらかな手をほっそりした指に乗せた。

「っ!」

「おやおやぁ?どうした桃よ」

 満更でもなさそうな桃の様子を見て、ご先祖もデッドエンドは避けられたと心中で安心し、いつもとは一風変わった二人の宿敵同士を眺める。

「い、いえ、勝手が違ってて慣れないだけです」

 伝染したように紅潮する顔を、桃はつと逸らす。しかし、今度はシャミ子が彼女に語り掛けた。

「ねぇねぇ、もも」

「な、何?」

「ギュッてしてくだひゃい」

「え」

 思わず桃は振り返る。言い換えれば抱きしめて欲しいということであり、そしてしてやりたいのは山々なのだが、心の準備とかリリスさんの手前見られるのが恥ずかしいとか、抵抗したい気持ちもあった。

 どうすればいいんだろう。板挟みの思いで、助けを求めた視線がさまよい、探し出したのは口惜(くや)しくもご先祖だった。ご先祖は桃の心持ちをなんとなく理解して、茶化すようなにやにやを収め、正直にアドバイスをやった。

「おそらく、シャミ子は愛情を欲しているのだろう」

「愛情って、なぜ?」

「あー、なんと言うべきか。要するに、精神的な愛情とは別なのだ。親しい人に、撫でられたり抱っこされたりするのは気持ちの良いものなのだろう、余は経験ないけど」

「おぬしもなかなかヘヴィーな過去を持っているようだが、シャミ子もまさに親と遠慮なくふれ合える幼少の時期が入院生活だったからな。ふだんは元気だが、無意識の内では案外子供っぽい愛情表現に飢えておるのかもしれん」

「……」

 話を聞いて、桃は黙ってシャミ子のあどけない表情を見つめた。隠しているなら言ってくれればいいのにという思いがよぎるが、それは自分も同様のことだった。

 人間がつねに本音を語って生きていくのは難しいハナシである。彼女の場合姉の威厳とか、シャドウミストレスとしての責任感とか、何よりまぞくと魔法少女の相対する関係が素直な気持ちを隠さざるを得ないのかもしれない。いやそもそも、ご先祖の言葉を借りれば、無意識のお願いなのだから隠すも何もあったものではないのだけれど。

 それだけ、強くて弱い君だから。私に望まれているならば、せめてこの瞬間くらいは。

「おいで」

 優しさの籠った呼びかけと共に、桃は両手を広げた。シャミ子は目を輝かせて、桃の懐に潜り込んだ。気の張っていない、ふにゃっとした顔が間近に寄せられ、豊かで鮮やかな赤茶の髪が鼻にふれてくすぐったさを覚える。壊れないように壊さないように、シャミ子の背をそっと支える。お日様みたいな香りがした。

 安らかさと妙な懐かしさが二人を満たして、これにはご先祖もからかってやろうとした気持ちが止んで、仕方ない奴らだと微笑んで見守っていた。のだが。

「ただいま帰りましたー」

 戸を開ける音と共に、清子のおっとりした声が響く。ご先祖はすっかり忘れていた第二の脅威を思い出してすくみ上がり、桃は慌てて持ち前の怪力でさっとシャミ子を剥がして横に座らせた。まもなく買い物袋を両手に提げた清子が台所に入ってきた。

「お、おかえりだぞ」「おかえりなしゃい」

「お邪魔してますっ」

「あら桃さん、いらっしゃい」

 どうやらシャミ子の変化には気付かなかったようで、桃ににっこり笑顔を返して清子は冷蔵庫を開けた。そして、あることに気が付く。

「ご先祖様。お昼なのにお酒を開けましたね」

「げっ」

 今日何度目かの死を悟ったご先祖であったが、清子の表情は意外にもしたり顔をしていた。

「細工しておいて正解でした。実はこの酒瓶、全部お水だけ入ってるフェイクなんです。本物は別のところに隠してあります」

「なんですとぉ!?」

 してやられたのだか救われたのだか。ご先祖の驚きに清子はくすくす笑いながら冷蔵庫に買い物袋の中身を整理し始める。しかし、そうなると一つの疑問が残る。

「じゃあ、シャミ子は水を飲んだということですよね?」

 なぜシャミ子が酔っ払っているのか。小声で桃が訊ねる。ご先祖はなんとも複雑な表情で、思い当たったことを述べたのだった。

「た、多分、余が酒と言ったから、シャミ子も水を酒と思い込んでしまった……のかも」

「つまり、自分で自分の暗示にかかったわけですか……」

 なんだか間の抜けた結末に、二人は顔を見合わせる他なかった。ただシャミ子だけ、ほやほやした夢見心地で酔いどれ気分を楽しんでいるのだった。




今後また更新されるかどうかは怪しいですが、思い出した頃に覗きに来ていただけたら幸いです。

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