木ノ葉隠れの里が創設され、森の千手一族の長である千手柱間が初代火影に就任して間もないころ。
うちは一族の長、うちはマダラが里を出奔、消息を絶った。
里の中心に建設された火影邸の一室にて、柱間は1人項垂れる。
「なぜ…なぜだマダラ…次代火影、俺の後を引き継げるのはお前だけだと思っていたのに」
「まだそんなことを言っているのか兄者は」
否、1人ではなかった。
気づけばもう1人、部屋の中に人影が現れた。
千手柱間の実の弟、千手扉間。
長い黒髪の兄とは対照的に、短い白髪が逆立っている。
扉間は眼を鋭く細めて言う。
「仮に、マダラが木ノ葉に残っていたとしても結果は変わらん。マダラが火影の座に就くことはない」
「っ!? そんなことはっ!」
「マダラに限った話ではない。うちはの者はいずれ里の主権から遠のいてくだろう」
かつての敵だったから、恐れられているから、という感情に基づく理由ではない。
性質や気質の問題だ。
情に厚く仲間を見捨てることができないといううちはの気質は戦場においては頼もしくまた立派だが、時として非情な決断を下さなければならない
これはもはや扉間個人の意見などではなく客観的な事実であった。
今でこそ千手一族と共に木ノ葉を創設した誇りある一族としての体面を保っているが、それも最初だけだろう。
いや、もうすでにパワーバランスは崩れつつあると言える。
元々、うちは一族が柱間率いる千手一族と渡り合ってこれたのはマダラの力あってこそだ。
そのマダラが姿を消してしまったことによって、天秤はもうすでに引き返せないほどに傾いてしまったといえるだろう。
千手とうちはの二枚看板から、千手一強の体制に。
「仮にマダラが里を抜けなかったとしても結果は変わらなかっただろう。遅いか早いかの違いだけだ。いずれうちはは「そんなことないのです!」…誰だ?」
バンッ! と部屋の扉が大きな音をたてて開かれ、入ってきたのは1人の若い女性。
まだ少女のあどけなさが抜けきっておらず、ギリギリ大人の女になりきれていない。
かと言って子供のままでもいられないのであろう。
白衣に緋袴と、一目で巫女とわかる装束を身に纏い、艶やかな黒髪を振り乱し、その緩やかな相貌は怒りの色に満ちていた。
両目が朱に染まって輝いている。
写輪眼、つまりは彼女はうちは一族の血筋であった。
「うちはの娘か…」
「さっきから聞いていればよくも……うちはを愚弄することは許さないのです!」
「事実を言ったまでだ」
扉間は少女の怒りを意に介さずばっさりと切り捨てる。
「扉間!」
「兄者は黙っておれ。いいか、うちはの娘よ。これは俺の考えではない。木ノ葉の、里全体の総意だ。お前は何もわかっていない。お前がこの場でどんなに喚いたところでうちはの行く末は「分かってないのは貴方の方なんですよ!」…なんだと?」
扉間の眼が威圧するように吊り上る。
対する少女も負けじと睨みつけるが、いかんせん顔の造作が穏やかすぎるせいかいまいち迫力が出ない。
一瞬ひるんだ少女だったが、それでも気を振り絞って言葉を紡ぐ。
「…分かってないのは貴方の方ですよ扉間殿。貴方はうちはを何もわかってないのです」
「どういう意味だ?」
「うちははいずれ木ノ葉の主権から遠ざかる? 遠ざけられるもんなら遠ざけてみやがれってんですよ。最強の日向やら賢しい奈良とか優秀な猿飛の一族が束になって阻んでも、うちははそれらを全て蹴散らしてやるんですよ! もちろん千手にも負けないのです!」
少女は大きく息を吸い込んで一気にまくしたてる。
「うちはの巫女が予言するのです。未来を見通す写輪眼を受け継ぐ一族の者として予言するのです。我らが長、マダラ様は必ず里に戻ってきます。そして柱間殿を引きずり落とし、火影の座を奪い取る!」
根拠のない言葉だった。
いくら写輪眼をもってしてもそんな遠くの未来を洞察することなど不可能だ。
扉間は呆れたように口を開く。
しかし、扉間が言葉を紡ぐよりも先に、哄笑が響いた。
「…ククク」
「兄者?」
「アーハッハッハッハ!! そうかそうか、俺を蹴落とすか。確かにそのような真似ができるのはこの世にはマダラをおいて他にいるまい!」
柱間はひとしきり笑うと、面白いものを見つけた子供のような笑顔で少女を見つめた。
思わずたじろぐ少女。
「うちはの娘よ。どうだ、1つ俺と賭けをせぬか?」
「賭け?」
「そうだ。賭けの対象は次代の火影は誰か。俺は、次の火影は弟の扉間に賭けよう」
「っ! だったら私は当然マダラ様に賭けるんですよ!」
「乗ったな? よもや二言はあるまいうちはの娘よ!」
「もちろんなのです!」
「(それ以外がなったらどうするつもりなのだ…)」
扉間の小さな声は当然のごとく無視された。
「私が勝ったら何でも言うこと聞くんですよ!」
びしっ、と指を突き付けて宣言する少女。
いろいろと子供だった。
「では俺が勝ったらお前は扉間の嫁になれ!」
「がってんなのです!……って、ええええぇえええぇぇえええ!?」
「兄者ぁ!?」
「ん? なんだ? よもや自信がないというわけではあるまい?」
「そ、そそそそんなことはないのですよ!」
「では成立だな」
柱間はさらに子供だった。
慌てたように柱間に詰め寄る扉間だったが、柱間は笑うだけで取り合わない。
少女は、事態に思考が完全に空回りして、顔を真っ赤にしていた。
結論から言えば、うちは一族、南賀ノ神社初代巫女長の少女―――うちはウサギは柱間との賭けに負けた。
そして月日は流れ―――
柱間様は負ける自信があったんでしょうね…
それでもここ一番の肝心な場面で不運にも強運になるのが千手クオリティ。