いつも通りに戦場で敵兵を殺し尽くした仕事終わりだった。
敵国の兵士たちは一時撤退し、自分たちも束の間の休息に身を委ねていると『同僚』である少年は何気なく言った。
「この戦争っていつ終わるんだろうな」
その問いに答える声はなかった。その場にいた同年代の少年少女で構成された部隊の誰にも検討がつかなかったからだ。
けれど、程度の差はあれど共通の予感はあった。
自分たちの国は、負ける。
人員も、装備も、トリオン兵の質も敵国に劣っている。
現在は地の利を活かし、局所的なゲリラ戦法を仕掛けるなどでなんとか戦線を維持しているものの、その均衡はいつ崩れてもおかしくない。明日かもしれないし、一年後かもしれない。
「いつ死んでもおかしくないよな、おれたち」
「こんなことずっと続けてたら、そりゃあな」
今度は別の少年が軽く笑いながら言った。
少年たちは自分が兵士になった瞬間を覚えていない。
捕虜にした敵国の女性とトリオン能力の優れた自国の兵士を交わらせ、子供を作らせる。両親の姿が記憶に残らぬ内に軍に引き取られ、物心がついた頃には戦士として生きる術を大人たちから叩き込まれていた。文字の読み書きよりも先に
そうして育てられ実用的なレベルのトリオン能力を持つ子ども達を集め、構成された名もなき特殊部隊。
それが彼らだった。
結成から数年間、戦場で戦い続けてきた。
なんの目的もなく、ただ軍の上層部の命令に従って、命のやり取りの現場にいた。
今までにそれなりの戦果を上げてきたため与えられている装備は一般兵のものより上等なものだが待遇は最低限だ。しかしそれも、自分たちの生い立ちから鑑みれば仕方の無いことだろう。
「ぼくたちが死んだとしてもだれも悲しんでくれないよね」
「かもね。国民にもわたし達のことは知られてないし」
それでも、彼らの顔に悲観した様子はなかった。数年間、寝食と苦楽を共にした仲間たちがいたから。
「でも、何も残せずに死んじゃうのはかなしいな」
「うん。みんながいなくなって、ひとりぼっちになるのも」
「じゃあさ」
最初に声を上げた少年が思いついたように提案した。
「ひとりずつ、夢を言おうぜ」
「夢?」
「今日の朝みたやつ?」
「ぼく、軍の偉い人を殺す夢を見たよ」
「おれは自分がこの国の王様になる夢だった」
「いや、そうじゃなくてさ。叶える方の夢だよ」
「えー?」
「どうして?」
「急にどうしたのアルファ」
アルファ、と呼ばれた少年はどこか楽しそうに説明を始めた。
「このなかの誰かがもしいなくなってもさ。そいつの夢を残ったやつがいつかかなえてやればさみしくないだろ?」
「なにそれ」
「でもおもしろそう」
「いいんじゃないの」
「夢なんてかんがえたこともないよ」
少年たちは口々に言うが異を唱える者は一人としていなかった。
「じゃあ誰から言う?シグマからにする?」
「なんで僕なんだよ。言い出しっぺのアルファから言いなよ」
「おう。おれの夢はお腹いっぱいうまい食べ物を食べることだ」
「あはは。アルファらしいね」
「そんなんでいいの?」
「いいんだよ。なんでもさ。じゃあ次はシータな」
「勉強してみたいな。いろんなこと。はいシグマ」
「ふかふかのベッドでねむりたい。これでいい?はいベータ」
「そうだなあ。あったかい日に散歩したい……かな。うん。じゃあ次イオタ」
「ぼくは……友だちがほしい」
「はは。たしかにおれたちは友だちって感じじゃないよな。じゃああとはラムダだけだぜ」
アルファに声をかけられ、今まで俯いていた銀髪の少年が顔を上げた。
ラムダと呼ばれた彼は掠れた声で呟くように言った。
「おれは一一一」
◇◇◇◇◇◇
「……………あ」
随分と懐かしい夢を見ていたようだ。
少年は僅かに微睡む頭を即座に切り替えながら薄い毛布が一枚しかない質素な寝床から身体を起こす。
その直後、敵襲を知らせる警報がけたたましく鳴り響く。
数年前から警報が鳴る前に勝手に身体が睡眠から目覚めるようになった。
最後に日が昇るまで眠っていたのは一体いつだっただろうか。
どうでもいいことを考えている間にも淀みなく装備を整えていく。いまさらになって警報に飛び起き、慌てて準備を始めている連中を横目にみると、小さな溜め息がでた。
随分と兵士の質も数も落ちたと思う。なんでも数年前から玄界から人を攫いにくくなり人員の確保が難航しているだとか。
さて、準備は完了した。上官に怒鳴られる前にさっさと出撃するか。
一一トリガー起動。
換装を終えた直後、鼓膜を叩く爆音とともに基地全体が大きく揺れた。
「なっなんだ!?なにが起きた!?」
慌てふためく上官をよそに急いで部屋を出る。この時点で外で何が起きているか凡そ想像できた。このまま屋内にいれば恐らく生き埋めにされる。
外に繋がる出口に向かって走る間にも轟音と揺れは続いた。
一一一まずいな。
外に出るとそこには予想通りの光景が広がっていた。
基地上空には爆撃型トリオン兵が飛行していた。
遠くに見える戦線では自国の兵士たちとトリオン兵が次々と消費されていく。
基地本部を直接叩かれては指揮系統はもう機能していないだろう。このままではあと数時間でこの国の心臓である『母トリガー』を抑えられる。そうなればあとに待つのは鏖殺か隷属か。どちらにしろろくな未来ではない。
覚悟はしていた。
いつか敗けるとは考えていたのだ。それが今日だった。それだけだ。
深呼吸を一度して、少年は眼前に広がる戦線に背を向けた。
恐怖に屈したわけじゃない。
でも、敗けると分かっている戦場に身を投じるわけにはいかなかった。
死ぬわけにはいかないのだ。絶対に。
過去の仲間たちの夢を叶えられるのは、もう自分しかいないのだから。