逃げ出してからの時間はとても長かった。
いつまで経っても陸が見える気配は無く、羅針盤も無い為に現在位置も分からぬまま大海を彷徨い続けていた。
携帯食糧も食べ切ってしまい、次第に空腹が脳内を侵食しつつあった。
それでも、生きる為にエルメサスは進み続けた。
彼女……『レスタリオス』から与えられた使命を全うする為に。
空腹や水分不足で悲鳴を上げる身体に鞭打って、休憩を挟みつつも朝昼晩殆ど休み無しに前へ前へと進み続けていたが、ある日それが功を奏した。
水平線の先に見えたのは間違いなく陸地だ。
極度の空腹と脱水症状による幻覚等では無い。
陸地だと分かった瞬間、脳内が歓喜に満ち溢れ、無意識に艤装の速力を上げる。
「ハッ……ハッ……ハァッ」
息絶えだえな状態で海岸に辿り着き、艤装を全て解除したと同時に砂浜に倒れた。
陸に着いたは良いがまだこれからだ。
陸地は人間の領域。
つまり敵だらけである。
今すべきことはまず、安全圏を確立する事だ。
重い体を無理にでも立ち上がらせ、海岸の向こうへと歩く。
すぐ目の前にあった道を進み、辺りを探索する。
だがこの姿のままでは人間では無い事がバレてしまう為、『ある能力』を使う。
それを使うと、肌が突然変色し、死人以上に白かった肌が一瞬で人間と同等の肌色へと変わった。
エルメサスの能力の一つに体の色素を自在に操る物がある。
これを使う事で人間に化ける事は勿論、周囲の景色に溶け込む事だって出来る。
それを駆使して東南アジア辺りの鎮守府に潜入して工廠とドック、弾薬庫等を爆破してやった経験もあるので信頼性はとても高い。
だが、まだ問題は残っていた。
その問題とは…………服装である。
黒に統一されたトレンチコート、ブーツ、ズボンにトレンチコートの裏には数々の勲章が付けられた軍服。
こんなの、どう考えても怪しまれるに決まってる。
つまり、今必要なのは…………
「マトモな服……だな」
目の前にあったボロいアパートを見ながらエルメサスは一人呟いた。
見知らぬ人間の民家の服を勝手に拝借したエルメサスは二階の部屋にあったテレビを付け、見ていた。
来た服はたまたま入った部屋に男物の服があったのでそれを着ることにした。
あの自前の服は畳んで置いておき、クローゼットの中にあったジーンズと灰色のシャツの上に黒のジャケットを身に付けた。
エルメサスは女っぽい物が苦手であり、昔から男物の衣服を好んで着る事が多かった。
そんな格好のエルメサスの前にあるのは、皆のよく知るテレビ。
しかし、そのテレビはエルメサスが知るものとはかなりの違いがあった。
まず、彼の知るテレビは白黒テレビしか無かった筈……なのだが、今現在目に写っているのは紛れもない色彩に溢れた映像ばかりだ。
それにこんなに大きくて且つ薄型なんて見た事も聞いたことも無い。
とてつもなく綺麗な映像に見とれていたエルメサスは、何とか目的をちゃんと思い出し、テレビ番組……ニュースから情報を出来るだけ手に入れる事に専念した。
結果、粗方見終わったエルメサスはひたすらに混乱していた。
たった今見、聞いたことが信じられず、カーペットに座りながら顎に手を当て俯いた。
「一体……どういうことなんだ……?」
エルメサスはただ混乱し、困惑した。
まさか無意識の間にこんな事になっていようとは、理解出来る筈もなかった。
「今年は2019年……だと?」
ポツリと驚愕の表情で呟いたのと、玄関が開く音がしたのは、同時だった。
今回は短めです。
感想はいい……私にはそれが必要だ……。