第一話 炎城蓮助
「遂に来たぜ……!」
俺は目の前の光景に目を輝かせていた。
せわしなく行き交う人、車、人、車、人。
人の方はキノコのような頭をした者や二足歩行をする亀、もちろん俺と似た普通の人間が色々賑やかに往来している。
連なる摩天楼は圧倒的存在感で君臨し、この街を象徴する。
こうして見ると、俺もとうとう憧れの地に来れたんだと自覚した。
「ここが……“スマッシュタウン”だーっ!」
スマッシュタウン。
ニンテンドーの中心に位置し、唯一どこの国家にも属さない独立都市。
五年前に設立されたこの都市はめざましい勢いで発展を遂げ、今では各国から様々な人々が観光やビジネスで訪れ、連日凄まじい盛況を見せている。
歓喜のあまりの咆哮に周りの人たちがクスクス笑うのは気にしない。
俺はすぐにポケットから紙を引っ張り出した。
この街での目的はただ一つ、この紙に書いてある。
何度も目を通した、ワープロで打ったような整った手書きの字を見つめた。
『
今回特別な用件でお手紙を差し上げた次第です。
単刀直入に申しますと、あなたを我々スマッシュブラザーズに招待したいのです。
あなたのお力は存じております。それは必ず世界のために貢献なさることでしょう。
一週間後、同伴の地図を元に我々スマッシュブラザーズ本部までお越しください。
詳しくはそこでお話し致します。
マスターハンドより』
最初はイタズラかと疑った。
自分で言うのもなんだが、俺も悪い奴等をこらしめてやったぐらいに強く、活躍もそれなりに知れ渡っているつもりだ。
しかし、スマッシュブラザーズともなれば話は別。
彼らのほとんどが文字通り世界を救ったメンバー。
そんな中に俺が参加するなんて、まさに雲を掴むような話だ。
だが、こうして俺はここに来た。
ここに来れたということは、少なくとも地図は本物で間違いない。
故に現在の信用パラメーターは七十パーセントほど。残りの三十パーセントは直に確かめる。
悩むよりも行動、それが俺のモットーだ。
しばらく歩いていると、広場に出てきた。
中央には噴水があり、たくさんの人が見受けられる。
スマッシュブラザーズ本部は街の中心にあると聞いている。
とりあえず、中心への行き方を誰かに訪ねたいところだが……
「誰にしたもんか」
忙しそうにしている人もいるし、友達とやカップルと楽しそうな人もいる。
彼らに水を差すのは気が引ける。
どこかに暇そうな奴はいないか……?
「……お」
見つけた。噴水近くのベンチに暇そうに座っている二人組。
彼らは黄色とピンクの派手なピエロ衣装に身を包んでいる。
サーカスだろうか、何にせよ俺は彼らに訊ねることにした。
「あの……」
「あぁん?」
見た目のファンシーさに反して、相手はドスの利いた声で顔をしかめた。
俺は気に障ることはしてないはずだが……思わず萎縮するも、勇気を振り絞って続けた。
「街の中心へ行きたいんだけど、どこか教えてくれませんか?」
「……お前、この街は初めてか?」
「ええ、まあ」
黄色のピエロは一瞬ニヤリと笑うと、ベンチから立ち上がった。
「よし、この親切な俺が連れていってやろう」
「本当か!?」
ビンゴ、最初は怖い印象だったが、やはり人を楽しませるピエロの格好通りいい人だった。
「俺たちはクラウンブロス。よろしくな」
彼はそっと手を差し出した。
わざわざ握手をしてくれるなんて、どこまで人が良いんだ。
迷わず俺はその手を握った。
そして、噴水に放り投げられた。
「へっ……?」
思考が追い付くよりも早く目の前の世界が回転する。
その中でクラウンブロスのあのニヤリ顔を見たのを最後に、俺の視界は水に沈んだ。
「はっはっはっ!田舎もんがっ!
この俺様に頼みごとなんざ百年早いわっ!」
「うわぁ……兄さんったら意地が悪い。
でも、そこがいいっ!」
クラウンブロスは広場中に響き渡るような大声で俺を嘲笑った。
慌てて顔を水から出したが、状況が飲み込めない俺は何も出来ないまま、二人が広場から出ていくのをただ見ているしかなかった。
しばらくの間、呆然としていた俺は周囲のざわめきに目を覚ました。
通行人たちは俺の方を見てこそこそ話している。
大方、奴等と同じく俺を嘲笑しているのだろう。
俺が目を向けると、そそくさと立ち去ったのがその証拠だ。
(くっ……そっ!)
水の中の拳を固く握り締めた。
怒りはもちろんだが、それ以上にあんな下衆野郎共に簡単に騙された自分の不甲斐なさが悔しかった。
怒り二十パーセント、悔しさ八十パーセントといったところ。
何故こんな目に遭わなければならないのか……意味はないとわかっていても、俺はやり場のない感情を拳に乗せて噴水の底を叩きつけた。
「あのー……」
不意の頭上からの細い声に俺は反応した。
「大丈夫ですか?」
うららかな新春の桜を思わせる長い髪。
瞳はさながらサファイアのようにつぶらで輝きを抱いている。
服はありきたりだが、ピンクのスカートがより女の子らしさを演出している。
可憐さに思わず見惚れていると、彼女は繊細な手を差し伸べてくれた。
それは小さくてお人形さんのようだ。この透き通る肌をずぶ濡れの体で汚すのも気が引けたが、それでもありがたく彼女の手を握った。
意外にも力強く引っ張られ、俺の体は水から脱出した。
「これタオル……良かったらどうぞ」
俺の姿を見兼ねて、彼女は真っ白なタオルを手渡した。
準備の良さに若干驚くが、礼を述べて体や顔を拭かせてもらう。
自慢の赤毛は、すっかり鎮火されてしまった炎のように萎れていた。
「それにしても……いきなり人を投げ飛ばすなんて、酷い人たちですよね」
彼女はクラウンブロスが歩いて行った方を見やりながらむすっとした。
だが、見た目のせいか、あまり怖そうに見えない。
「……ありがとう。もう大丈夫だ」
そう思いながらも体を拭き終えた俺はタオルを返した。
その瞬間、濡れたままのタオルを渡すのは失礼だと気付いた。
乾かしてからにしようと手を引っ込めかけたが、彼女は嫌な顔一つせずそれを受け取った。
「私、気にしませんから」
屈託のない笑顔に好感度が五十パーセントくらい跳ね上がった。
「あなたの名前、聞かせてくれますか?」
「あぁ。俺は蓮助。炎城蓮助だ」
俺の名前を聞くと、彼女は突然目を見張った。
「蓮助……もしかしてあなたが噂の“炎の英雄”?」
俺の異名を知っていることに、またしても驚かされる。
こんな大都会でばったり出会った少女に認知されているとは思ってもみなかった。
「確かに、そいつは俺のことだな」
「やっぱり……!あなたの活躍は聞いてます!」
「俺のこと、よく知ってたな」
「私、ヒーローとかそういうのにずっと憧れてて色々調べてたんです……!あ、握手してください!」
嬉々とした表情で彼女は返事も待たずに俺の手をとった。
正直ここまで憧れの眼差しを向けられた経験がないため照れ臭く、顔が紅潮した。
彼女はしばらく俺にはしゃぐと、恍惚とした表情のまま名乗った。
「私は
「あぁ……よろしく」
氷姫桜子……その名前どこかで……
しかし、はしゃぎ回る桜子の相手をしていた俺に考える余裕はなく、俺の表情は彼女と対称にげっそりしていた。
有名人は毎回こうなっているのだろうか、会ったこともない彼らに少し同情した。
「そうだ、蓮助さんは街の中心へ行きたいんですよね?だったら私に案内させてください!」
「えっ……マジか!」
「はい、ちょうど私も用がありますし」
思ってもみなかった申し出に、ガラにもなく大声を上げてしまった。
これで俺もやっと目的が……しかし、同時に一抹の不安を感じた。
先刻の一件で俺の心に猜疑心が生まれている。故に桜子の言葉を鵜呑みに出来ない。
投げ飛ばされはしないだろうが、もしかしたら俺を騙そうと……?
「どうかしましたか?」
まるで花が咲いたような笑顔で桜子は首を傾げた。
……前言撤回。こんな純真無垢な笑顔の裏に姦計が潜んでいるはずなどなかった。
信用度はマックスの百パーセントだ。
「いやなんでもない……それよりも、どうか案内を頼む!」
「はい……喜んで!」
こうして俺はスマッシュタウンでの一歩をようやく踏み出した。
To be continued ……
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