ONE PIECE~白夜の海賊団の航跡~   作:ATA999

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バラティエにて1

ガツガツと、或いはバクバクか。控えめに言ってもモグモグとなるだろう。

 

若い男女の甘い談笑が聞こえる。家族連れのやや騒々しい、お説教交じりの話し声もまたどこからか耳に入ってくる。

穏やかな空気すら漂うこの盛況極まるバラティエにおいて、唯一戦場染みた忙しさを見せるのは調理場のコック達だけである。いや、例外があった。

 

俺達である。少々気取った言い方をすれば、我々である。いや特に意味は無いのだが。

 

「ふぅ……やっと、人心地付いたな」

 

改めて見れば、テーブルのそこかしこにうず高く積まれた皿、皿、皿……。向かいに座るエイネなど、食事開始3分40秒で見えなくなっていた。食べ始めた頃から周囲より時折チラチラときている視線も、周囲を気にしたラグが威圧気味に見渡す(実際は、マナー違反だったかと申し訳なさそうに周囲を窺っている)と、綺麗に元の状態に戻っていった。何せラグの奴は常在戦場とばかりにこんな時も全身を鎧で覆っているのだ。料理を食べる時も兜を上に上げて口元だけ最小限露出させるといった念の入れようだったりする。

 

「にしても、中々に小高く積まれてるな」

「んぐ……。店員が全然皿を下げに来ないからなのれす! 全く、どうなってるのれすかこの店は!」

「すみませんね、小さなレディ。今この店にウェイターが一人もいない状況なのです、かくいう私自身も実はこのレストランの副料理長でして。そういう訳で、この不手際をどうか許してやってはくれませんか?」

 

黒スーツに金髪、ぐるりと巻いた眉毛の青年がエイネに話し掛けてくる。先程からほぼ一人でホールに出ている為、ウェイター一人と言うのも大変だなと思っていた訳だが、まさか料理人……それも副料理長だったとは思わなかった。

 

「…………」

「これは……嫌われてしまったかな?」

 

苦笑いを浮かべる青年、場の空気が妙なものとなる。ラグもまた、じっと黒服のコックの方を威圧気味に見つめている(実際は、身内の無作法に申し訳なさそうにしている)。我関せずとばかりに食い続けているゴロさんが羨ましい。羨ましいので、俺もモッキュモッキュと料理を頬張る。

 

「ング……すまない。悪気がある訳じゃ無いんだ。ただ……エイネは少し、人見知りの気があってな。仲間以外には極力喋らないようにしてるんだ」

「ああ、そうなのか。安心したぜ。紳士が、小さいとはいえ女性の機嫌を損ねたとあっちゃあならないんでな。……では、小さなレディ。食後にこちらなどいかがでしょう、コナミ諸島のオレンジを使ったシャーベットでございます」

「……い、頂くのれす」

 

エイネにだけデザートを渡して、黒スーツの料理人は忙しそうに去っていった。厨房からの怒鳴り声に、同じく怒鳴り返して応えながらだ。その時の口調から察するに、彼奴めは女性への対応のみ丁寧になるらしい。

 

にしてもあのぐる眉。物凄いため口だったけど、仮にも俺って客だよね?

考え込めば泥沼にはまりそうなので、考えないようにしておく。

 

「お、エイネ。皿なんか持って、どうしたんだ?」

「……食べたお皿を、片付けるのは当たり前の事なのれす」

 

微笑ましいものを見た時のような、ニヤニヤとした笑いを抑えきれないのが自分でも分かる。人間嫌いのエイネ、今は大分改善され仲間ならば普通に会話できるだけになったあのエイネがと、何やら感慨深いものが湧いて出てくる。

 

エイネはトンタッタ族と呼ばれる種族の一人だ。トンタッタ族の特徴としては、通称を小人族と呼ばれる程に背の低い10~15cm程度しかない身長に、動物のような尻尾が生えている事。小さい身体にも関わらず、その身体能力は人間を遥かに上回り壁に大穴を空ける怪力と多くの者を置き去りに出来る程の俊敏性を両立させている身体能力がある。

また、種族全体の特徴として必ず列記しておかねばならない点としては、多種族との生活では支障を来す程に、素直で非常に騙されやすいと言う点も忘れてはならない。おそらくは、過去にそうした素直な所に付け込まれて酷い目に遭ったのだろう。デリケートな心の問題故に踏み入って聞いた事は無いものの、白夜の海賊団に入った際は怯えと怒りと疲れが内在したどろどろとした瞳を浮かべていた。

 

「ラグパルド殿……」

「…………(コク)」

 

白夜の海賊団の者達と共に過ごす事で、そうした人嫌いは改善されてきてはいる。信頼する者達との会話では、気を抜けばすぐ冗談に騙されていたりもする程だ。が、やはりまだ軽薄な者や口数の多い他人(仲間以外)には警戒心を露わにしてしまうのだ。そしてだからこそ、今も何も言わず残りの皿を持ち傍に立つ無言実行の人であるラグに誰よりも懐いているのだろう。彼は俺が知る限り誰よりも優しく、そして決して嘘を吐かず卑怯な真似をしない。言葉に騙されやすいエイネに取って見れば、理想の相棒だろう。

 

実に微笑ましい事である。出来れば、こういった光景はもっと見ていたいものだ。

 

「そら、ぐる眉コック。追加注文だ、キリキリ働け」

「誰がぐる眉だクソ野郎っ! 三枚に卸すぞテメェ!?」

 

 

 

 

 

 

「うへぇ……混んでんなぁ」

「ルフィの奴、何処にいるんだ?」

 

殆どの席が客で埋まっている中、ゾロ・ナミ・ウソップの三人はバラティエへ来店をしていた。ちなみに賞金稼ぎコンビであるヨサクとジョニーは、ジョニーが病み上がりという事もあって共にゴーイングメリー号の番をしている。

 

「お客さん、すまねぇがご覧の有様だ! 悪いが、相席になっちまうが構わねぇか?」

「……仕方ないわね。もうお腹もペコペコだし」

 

必死に客へ出来た料理を配膳する白いコックの服装をした男から相席をお願いされた三人は、空腹だった事もあって渋々承諾をする。男が持つ湯気が立ったスープの何とも言えない香りを嗅いでは、相席など些細な事であった。

 

「いつまで食ってんだお前等はよっ!!?」

「おい、大声を出すなよ。エイネが警戒してるだろうが」

「うっ……いや、違うんだ。小さなレディ、おれは決して君に怒鳴った訳じゃなくて」

「むぐ……何を言ってるんだ、このぐる眉コックが。君らの作るメシが美味いのが悪いんだ、だからこうして俺達がいつまでも食べ続ける羽目になる。半分はな」

「……後の半分は?」

「無論、嫌がらせだが」

「やっぱり出てけテメェ!!」

 

 

三人が見た先には、何やら店の人間だろう黒服の男と言い争っている男がいた。

 

「あ、あわわ……!」

 

ウソップが口に手を当て慌てふためく。ゾロやナミとて、そこまででは無いものの、平静を保ってはいられず表情を変えていた。

別に会話をしている男を見て反応した訳では無い。その男自体は、黒髪に眼鏡をかけ中肉中背の一般人と言った見た目で何の変哲も無い風体をしていた。その男の両隣にいる二人の男達に反応をしたのだ。

 

「で、でけー!? 顔こえー!? お、おおおおいおいゾロ、ナミ! やっぱ辞めようぜ、今日は日取りが悪い!」

「待て、お前どこに行くつもりだ……」

 

逃げ出そうとするウソップの襟首をゾロが溜息を吐きながら掴む。

 

「だだだ、だってよぉ!? 見ろよ、あの黒い鎧着た大男! こんな店の中でも完全武装なんだぜ、それにあの雰囲気! 絶対100人ぐらい殺してるね、間違いない!」

「あー……それは間違いだよ、ピノキオ君」

「誰だよピノキオって!? おれの名前はウソップってんだ!」

「嘘だろ」

「ホントだよ!? ここで嘘吐いてどうすんだ!」

「ん……? だって、鼻が伸びてるだろう?」

「だからどうしたんだよっ!?」

 

黒服の男と会話をしていた男がウソップへ話し掛けてきた。

 

「ラグは、こいつはこう見えて、口数は少ないが気は優しくて力持ちなタイプでね。100人殺すどころか、1000人は命を救っている。無論、その過程で一人も殺しちゃあいない」

 

ウソップは、はっと気が付いた。

目の前の男は穏やかな顔と語り口をしているが、胸の内では怒っているのだ。

 

「ウソップ。今のはお前が悪い、謝れ」

「あ、う……すまねぇ、おれが悪かったよ」

 

ゾロにも促され、ウソップがバツが悪げに謝ると、黒鎧の大男は深い吐息と共に小さくコクリと頷いた。どうやら許してもらえたらしい。

 

「あの……私達、ここのお店の人に相席をしてくれって頼まれたの。構わないかしら?」

「ああ、もちろんいいよ」

 

左右を確認し、各々了承の意を告げられ黒髪の男がそう答える。

ならばと、三人が座る準備をしようと椅子を動かそうとした。ウソップは誰も座っていない席を動かそうと手を掛ける。

 

「コラーッ! エイネに何をするれすかー!」

「うおわっ!?」

 

案内された先のテーブルは、四角では無く丸型のテーブル、所謂円卓であった。

大体、6人程度が座れそうな大きさであり、今の状況に打って付けの大きさと言える。

全部で椅子は四つあり、先客が三人なので空いている椅子は一つある。3人3人である程度離れて座ればいいだろうとゾロが二つの椅子を端の方から持ってきているのを見て席を動かしたところ、椅子から叱責の声が聞こえた。否、椅子には座っている人物がいた。

 

「小さ……に、人形?」

「人形では無いのれす! 何て失敬な!」

「こ、小人ぉ!? マジでいやがったのか!?」

 

ウソップは驚いた。かつて、幼馴染の病弱な少女に嘘の冒険譚として語ったものの一つに小人が出てきた訳だが、まさか本当にいるなどとは夢にも思わなかったのだ。

 

「まぁ、そうへそを曲げるなよエイネ。……紹介しよう、トンタッタ族という一族の一人であるエイネだ」

「……ふん」

 

エイネはヒラリと床に立ち、頬を膨らませ腕を組み横を向く。見れば人間と比べ背が小さいだけかと思ったが、お尻の辺りからはフワリとした毛の生えた尻尾が出ている。

 

「きゃー、可愛い!!」

「ひやぁ!? な、何をするのれすか!?」

 

黄色い歓声を上げながら、ナミがエイネの後ろから抱き締める。

 

「おのれー! は、放すのれす! はーなーすーのーれーすー!」

「んー可愛いー。ねぇ、エイネちゃん。私達と一緒に来ないー?」

 

しかしナミは話を聞いていない。改善しているとは言え、人間不信であるエイネに仲間でも無い人間と零距離でいつづける事に耐えられる訳も無い。遂に強硬手段に打って出る事となる。

 

「放せと……言っているのれすっ!!」

「うきゃあっ!?」

「「ナミっ!!」」

 

トンタッタの見た目に反した怪力を用いて、エイネはナミをブン投げた。あわや床にぶつかるかと思われたところを救ったのは、黒鎧の大男であった。

 

「……あ、ありがとう」

「…………(コク)」

 

一つ頷き、ラグパルドは再び静かに椅子へ座る。その肩には警戒をした眼差しを浮かべたエイネが座っていた。

 

「な、良い奴だろううちのラグは?」

「ええ、そうね。……それと、エイネちゃんも。ごめんなさい、ちょっと羽目をはずしちゃったわ」

「エイネ。相手がちゃんと謝ってるんだから、お前もブン投げた事を謝れ。ラグもきっと、そう思ってるぞ?」

「……うぅ」

「エイネ」

「……エイネも、ごめんなのれす」

 

エイネはペコリと気まずげに頭を下げた。一同に和やかな空気が広がり始めた瞬間であった。

 

「ついでに互いの自己紹介もしておくか、袖すりあうも多生の縁って言うしな。俺は……あー、ソラだ。で、こっちのデカくて厳ついのがラグパルド」

「…………(コク)」

「それで、さっきからメシ食ってばかりいる目つきの悪い侍が、ゴロウザ」

「ジロジロ見てんじゃねェよォ……」

「ひぃー!? おたすけーっ!!」

「何やってんだおめーは……」

 

 

 

 

 

 

「さて、ようやくではあるが……。自己紹介も終わったな」

 

結局、各々が名前を交わし終えるのには5分もの時を要した。目の前に座る連中のアクの強さと言ったらないわね。などとナミは、自分達のアクの強さを完全に棚の上に放り投げて考えていた。

 

「あなたたち、ピースメインの海賊って言ってたわよね?」

「ああ。君達はこの東の海(イーストブルー)の出身だよな? もしそうなら、海賊の事で少し聞きたいことが有るんだが」

「ええ、私達三人はお察しの通り東の海出身よ。それにまだ船には二人いるわ、もし何だったらその二人にも聞いてきてもいいわよ。そっちの二人は賞金稼ぎだから、その手の情報にも詳しいかもしれないし」

「……また、えらく協力的じゃないか? 差し支えなければ聞いても?」

 

キョトンとした顔でソラから疑問が示される。

 

「確かにね。まぁ、その話が儲かりそうなら謝礼金を弾んでもらおうと思って」

「ちゃっかりしてるぜ……」

 

ウソップが嫌そうな表情を浮かべてこちらに目を向けてくる。だが、何も恥ずべき事など無い。澄ました表情で見つめ返す。

 

「ちょっとまとまった額が入り様なのよね。ようやく、後少しで……欲しい物が買えそうなの」

 

軽く……努めて軽く言おうと心掛けてはいるが、そこにナミの万感の思いが込められている事はその場にいる誰もが容易に察せられた。

 

「ほう……そりゃあ良かったな」

「ええ!」

「ふむ……分かった。ちなみに、まとまった額って言うのは幾らかな?」

「え? ……恵んでくれようとしてるなら、多分無理よ。少しとは言っても、後700万ベリーは必要だから」

「ななっ……!? お前、どんだけ溜め込んでんだよ!」

 

ウソップやゾロも驚いていたが、それは当たり前の現象であった。ナミの目標額は1億ベリーだ、それだけあれば慎ましく生きれば人一人が一生生きられるだけの額となる。老後に差し掛かっているならばともかく、10代という若さで溜めた額で言えば破格と言っていいだろう。その年頃なら普通は、数百数千、行っても数万ベリーの単位でやり繰りしているものなのだ。文字通り、桁が違う。

 

「700万ベリーだな、分かった」

「え……? 今何て……」

「そ、ソラ殿……! そんな勝手な……!」

「分かったと、そう言った。俺達が賞金首を狩る上で、今回協力者である君達に支払う代金は700万ベリーとする。――ほぅら、宣言した以上もう引っ込められん」

 

ニヤリと笑みを浮かべる。その悪戯っ子のような表情に、エイネは頭を抱えていた。

 

「……はぁ。アルヴィン殿は今回の懸賞金で、色々と嵩む費用の足しになるって喜んでたのれすよ?」

「何、アルにひいひい言わせてやり繰りすればいいだけの話だ」

 

はっはっはと事も無げに腕を組み笑うソラナキに、ナミの目はギラリとベリーの形に輝く。降って湧いたようなこの好機、逃せる訳も無かった。

 

「言ったわね、確かにこの耳で聞いたわよ! もう取り消せないんだからね!」

「だから、引っ込めるつもりは無いって言ってるだろう?」

「それで? そんな高額、平均額が300万のこの東の海でどうやって稼ごうって言うの? 幾つ悪さしてる海賊団を襲うつもり?」

「いやぁ……そんな事してる時間も無いし、狩る海賊団は一つだけだ。そこで君達に聞きたい事と言うのが繋がってくる。……この中で誰か、コナミ諸島出身、あるいはそこに詳しい者はいないかな?」

 

和やかな雰囲気の中、告げられた言葉に雰囲気を一変させたのは一人であった。

 

「ウソップ、お前知ってるか?」

「いや、おれはあの村から一歩も外に出た事ねぇからな」

 

顔を見合わせるゾロとウソップ。

 

「……止めといた方がいいわ」

 

今までとは180度変わり、冷めたような、押し殺したような無表情で淡々と語るのは、ナミである。

 

「ああ、君は何か知ってるのかな。コナミ諸島の……いや、そこにいる海賊団について」

「さっきの話、やっぱり無かった事にしてちょうだい」

「お、おい。一体どうしちまったんだ、ナミ? さっきまで、あんなに乗り気だったじゃねぇか」

「うるさいわね、あんた達には関係ない事じゃない」

「待て待て。……スープがまだ、残ってるだろう? 残さず食べないと、ここのコックに怒られてしまうぞ」

 

勢いよく立ち上がったナミに、ソラナキは努めて冷静に声を掛ける。感情的では無い声音に暢気な内容、それらに間を外され結局ナミは再びその場にポスンと座る。

 

「いい、よく聞いて? アーロン一味はコナミ諸島に住む20の村々をその力と金によって支配しているの」

「ふむ。海軍はどうしている? 普通、そんな事をすればその土地を管轄している海軍が許す筈も無い」

「……海軍、ね」

 

嘲るように呟かれた言葉でソラナキは察した。彼らコナミ諸島の住人にとっては、海軍は当てにならなかったのだ。それももしかすると、単にやられるよりも酷い結果で。

 

「――ついたか、アーロン側に」

「何ぃ!?」

「……我々が想定した、最悪のケースなのれすね」

 

エイネが、帽子で顔を隠して俯きつつそう述べる。

 

「実は俺達の協力者というのが、薄く浅くではあるものの全世界にいてな。切っ掛けとして、海軍の第16支部の金の流れがおかしいという情報が入ったんだ。まぁ、それ自体は内輪の話だ。海軍に情報をリークして勝手に対処してもらえばいい話なんだが。それと同時に、どうもコナミ諸島からの貿易や人の流れが不自然なまでに減少したという話もほぼ同時期にあったからな。コナミ諸島の管轄は第16支部だ、これは何かあるなと思って調べてみればビンゴだったという訳だ」

 

そもそもの話、第16支部が東の海最高額の海賊団と交戦したという形跡すら見られなかった。もしも大なり小なり交戦したと言うのなら、そして敗北をしてしまったと言うのなら、当然他の支部かあるいは本部に救援を要請するはずである。

 

その兆候が一切見られない。

という事はつまり、決してあってはならない事ではあるが、海軍第16支部が賄賂や脅迫の類によってアーロン側に与したという訳だ。

 

「……アーロンの懸賞金額は2000万ベリー。二番手が1700万ベリーな事を考慮すれば、平均額が300万ベリーのこの東の海においてそれは断トツに高い事を意味してるわ」

 

海軍が定める懸賞金の額は、正確に言えば実力ではなく危険度や影響力の強さを表している。だがアーロンのこの額は、コナミ諸島での人を人と思わぬ振る舞いを一切除いた上で2000万ベリーなのだ。政府がどれだけアーロン一味を危険視していたかが見て取れる。

 

「東の海全体のバランスを考慮して低めにつけられていると仮定すれば、偉大なる航路(グランドライン)にいれば3倍……いや、億に達しても不思議では無いな」

「お、お、お、億ぅ……!?」

「分かったでしょ? アンタ達がどれ程腕に自信があるのかはしらないけど……魚人には絶対に敵わない!」

「ああ、ようやっと合点がいったぜェ……なーんでこんなトコにオレッチ達が来たのかなァ」

 

そんな中、今まで興味なさ気に黙りこくっていたゴロウザが言葉を発する。

 

「億越えばりの強さとくりゃァ、そりゃァ確かに最弱の……東の海の連中にゃちと食いでが有り過ぎらァな」

「……何?」

 

その言葉に食い付いたのは、今まで会話に参加してこなかったゾロであった。世界一の大剣豪を目指すという、死別した幼馴染の少女との約束を果たす為。その言葉はどうしても彼にとって見過ごす訳にはいかなかった。

 

「おい、おっさん。さっきからゴチャゴチャと強そうな言葉を喋っちゃいるが、言えば言う程随分と弱そうに聞こえて来るぜ?」

「……おい小僧ォ。テメェと相手との力量差も見て分かんねぇのかァ……? 吐いた唾は飲めねェふっ!?」

 

剣呑な雰囲気を散らしたのはゴロウザの奇妙な語尾。そしてそれを成したのは、ゴロウザの頭上に飛来したエイネの鉄拳であった。

 

「ぐ、おおおォッ……!?」

「ソラ殿がお話ししてる最中なのれす、それに野蛮な事は駄目なのれす!」

「まぁ、生唾飲んで我慢してろって事だなゴロさん」

「ゾロ、おめーもだよ!? なに挑発してんだうぉいっ!! おっかねぇにも程があんだようぉいっ!!」

「悪かったよ……」

 

汗やら何やらを垂れ流しながら、そしててかてかと油汗の滲んだ長い鼻をゾロの顔にぐぅりぐり押し当てながら必死に抗議してくるウソップの様子に、流石のゾロも辟易しながら謝った。

無事、一触即発な状況を周囲の尽力によって回避した一行の耳に入ったのは、何かが叩き壊れる音であった。

 

「こ、今度は何だぁっ!?」

「ほら、あそこだよ」

 

真っ二つに叩き割れた木製のテーブル、尽く割れてしまった食器が足元に散乱していた。

ソラが指を指した方向には、黒服に金髪のウェイターと一組のカップルが立っていた。

 

「あ、あ、あ、あれさっきの海軍本部の大尉じゃねーか!?」

 

良く見ればカップルの男の方は、浅黒い肌に縦縞ストライプのスーツ、何より右手のナックルダスターと、確かに先程ウソップ達が遠目に見た≪鉄拳のフルボディ≫の特徴を備えていた。

 

「ふーむ、海軍本部の大尉かぁ」

「ふーむ、ってアンタらなぁ!? やべーぞ、あのウェイター! あの大尉、何か明らかに怒ってんじゃねーか!」

「いやぁ、それは違う長鼻君。あの一見優男なぐる眉コックはウェイターじゃ無くてコックだ。ついでに現状、あっちの大尉殿のメンツを潰したりして笑いものにしたらしい。それで、女性の前で顔を潰された大尉殿が怒ってるって寸法だ」

「ああ、あれウェイターじゃなくてコックなのか。紛らわしいな……じゃねぇ!? そうじゃねぇだろっ!!」

「そうだなすまん、正確には『怒ってる』じゃ無くて『怒り狂ってる』か」

「ああ、それなら確かに納得……するかボケぇ!?」

 

ウソップとしては非常に珍しい事に、ソラに対しては殆ど遠慮なくツッコミを入れていた。そこには二つの理由がある。一つ目は、ソラが彼ら4人組の中で最も海賊らしいその手の雰囲気を出していなかったからだ。一人だけ、凡庸としか言いようが無い。黒鎧の大男や、和装で柄の悪そうな剣士は言うに及ばず、あの小さな少女ですら一種の『凄味』めいた物を感じ取れているにも関わらず、だ。先程から彼らの中で喋る役がソラであった事からして、おそらくはアクの強い戦闘員の傍にいて、フォローに回る非戦闘員の常識人枠といった役回りでは無いかと目星を付けたのだ。そんなトコロはどこか自分に似ていると親近感めいたものすら感じる。

 

(ま、まぁ? おれ様は実力も人望もピカイチのキャプテーン・ウソーップなんだけどなっ!)

 

などと無意味な強がりを胸中ですら呟いてしまうのは、最早ウソップの骨身にまで染み込んでしまっている個性であった。

ともかく、そんなウソップである。今もちゃっかり離れた安全地帯でソラと共に場の観戦を行っていた。

 

「仕方ねぇ……よーし、こうなったら行けーゾロー!! おれはここでお前の背中を守っているぞー」

「いや、お前が行けよっ!」

「まぁ大丈夫だろう。もうウチのが行ってるから」

 

全く緊張感の無い表情でソラが言う。幾ら強そうだからと言っても、相手は海軍本部の将校である。もしかしてコイツ、事の重大さを認識してないんじゃないか? などとウソップは心配してしまう。

 

「……え?」

 

果たして、事態はウソップの予想とは全く正反対の方向へと進もうとしていた。

 

「ごぼぉっ!?」

 

くぐもったような悲鳴は、金髪のコックでは無くフルボディ大尉から漏れ出ていたのだ。声がくぐもっていた理由は、金髪のコックが顔面目掛けて凄まじい速さで蹴り上げていたからだ。

 

「まだまだ行くぜ、クソお客様……?」

 

欠けた前歯、零れ出る血液。明らかに腰が退けていたフルボディ大尉に対し、金髪のコックは再度足を振り上げる。先程は足元から掬い上げるように蹴り上げた、今度は上から下、踵落としのように棒立ちなフルボディの脳天を狙っていた。

 

低い風切り音すら巻き起こし振り下ろされた脚はしかし、遮る手によって難なく受け止められていた。

 

「てめぇ……」

「…………(ふるふる)」

 

重厚な腕は、これまた重厚さ漂う黒い鎧に覆われていた。

 

「……そこをどけよ。クソ大事なお客様とはいえ、邪魔すんなら蹴り倒すぞ……?」

「そうはいかないのれす!」

「……小さなレディ」

「エイネれす!」

「わかった、エイネちゃん。とにかくそこをどいてくれ。おれはな、食い物を粗末にする輩が目の前にいると、クソ苛立つんだよっ!!」

 

話している内に再び興奮してきた金髪のコックが飛び出そうとするも、ラグパルドが胴体に腕を回して抑えている為、一切動く事も無い。完全に、子供と大人の様相であった。

 

「は、はは……! ……たかがコックの分際でよォ、なめた真似してくれたじゃねぇか!! おい、そこの図体のデカいお前、良くやった! しっかり抑えてろ、やられた分はきっちり返してやらねぇと気が済まねぇ……!」

 

奥歯まで全部叩き折ってやる、と歪んだ笑みを浮かべつつ近づくフルボディ大尉。だがその歩みは程なくして止まる事となった。あまりにも突然に、進行方向の首元へ鞘に入ったままとはいえ刀が付きつけられていた。

 

「な、あっ……!?」

「兄さんよォ……立てた顔、わざわざ横たえさせる事もねェだろォ……?」

 

その場にいた、誰もが突如として現れたゴロウザに気が付かなかった。ウソップもまたその一人であった。慌てて振り返ってみると、先程まで我関せずと椅子の上に胡坐をかいて飯を腹の中に入れていた筈なのに、いつの間にやらそこには食い散らかされた皿のみが置かれているだけであった。

 

(馬鹿みたいに速ぇ……!? 動くのが全く見えなかった、もしかしてクロの奴と同じくらい速かったんじゃねぇか!!)

 

クロ、とは海賊≪百計のクロ≫の事である。ウソップがルフィ達≪麦わらの海賊団≫の一員となる契機となった事件を起こした海賊であり、文字通り眼にも止まらぬ速さを持っていた、ウソップ達が知る限り最速を誇る男であった。目の前の男はもしかすると、それに匹敵するかも知れない程だ。

 

「あ、ああぁっ!!」

「な、何だよいきなり!?」

 

一連の騒動を遠巻きに見ていた客の一人が、いきなり大声を上げた。何かに気が付いたようなその様子に、周囲の人間はそちらに注意を向けていく。

 

「あ、あの大柄の体に黒い鎧、それに肩に乗るマスコットキャラの不思議生物……! 間違いない! あの男は偉大なる航路の海賊、懸賞金1億2000万ベリー! 木星海賊団船長、≪黒鎧のラグパルド≫だっ!!」

「ていうか不思議生物とはなんなのれすか、不思議生物とはーっ!!」

 

ざわつく群衆に、キー! と両手を振り上げ吠える不思議生物。悲しいかな、そのせいで更にざわついているのには頭脳明晰を自称していても中々に気が付かないらしい。不思議である。

 

「……え、何? ラグ、お前懸賞金付いてたの知ってたの?」

「…………っ!(ぶんぶん)」

「んー……あり得る答えとしては、人助けした時に誰か海軍とか政府関係者でもぶん殴った、か?」

 

どうやら全く知らなかったらしい。ウソップとて、なんとなーく先程までの交流で目の前の大男の温厚な人柄は分かってきていた。その為、本来ならば多少の懸賞金が付いていようと、茶化すとまではいかずとも、何とか刺激しないように会話をしようと考えられる程度には考えただろう。

 

だが、そうなるには懸賞金の額が高すぎた。

 

(1億2000万とか、本物の化けモンじゃね~か~っ!!?)

 

先程ウソップが比較として出していた東の海最速の男≪百計のクロ≫、ウソップが仲間と共に辛うじて撃破したこの強敵の懸賞金額が1600万ベリーである。

先程話に出ていた東の海最高額でも2000万ベリー、平均が300万ベリーである事を考慮すればそれで東の海全体の三番手と十分に高額なのだ。懸賞金=実力ではないとはいっても、最早億越えなど想像すらつかない。

 

それら懸賞金フィルターを含んで改めて目の前の偉丈夫を見てみると、明らかにキョドっている風なのに、何故か全周囲を興奮しながら威圧して回っているかのように見えてくるから不思議だ。

 

「それだけじゃねーぞ! おれぁ、偉大なる航路帰りだから知ってるんだ! あそこでフルボディ大尉の首元に刀を当ててる男は……!」

「おお、あっちの見るからに凄い刀を持ってる男がどうかしたのか!」

 

群衆の中でも、比較的荒事寄りな恰好をした男達が大声で会話を交わす。

 

「一夜にして、偉大なる航路で共謀して悪事を働いていた8つの海賊を殲滅して10億ベリーを稼いだと言われてる賞金稼ぎ! ≪刃金のゴロウザ≫その人だ!」

「別にィ、鴨が葱背負ってやってきただけさァ……」

「海賊と賞金稼ぎが何で一緒にっ!?」

「≪黒鎧≫はピースメインだ! 同盟でも結ぶってのか!?」

「あの時はお蔭で資金難を乗り切れたからな。本当にお世話になりました」

(ぎゃぁ~!? 10億なます切りぃ~!?)

 

腕組みをし、満足げに頷くソラの横で、ウソップは声に出てこない絶叫を上げていた。

 

「……だが、一つどうしてもしておきたい訂正がある。やってきた訳じゃあない、どう見てもあれはゴロさんの方から出向いていったんだ」

「そこ、心の底からどうでも良いわぁっ!!?」

 

流石に引っ叩く訳にはいかないが、それでも全力でツッコミを入れる。訂正するとするならば、もっと値段が低かったとか、規模が小さかったとかでは無いのか。

 

「……っ! 今、訂正を入れた男は!」

「今度はどんな奴なんだ!?」

「いや、全く知らん。黒鎧か刃金の下っ端か何かじゃないのか?」

「確かに。全然強そうじゃないしな」

 

ウソップが恐る恐る横を見ると、そこには床に手を突きどーんとした空気をソラが醸し出していた。

 

「いや……いや、それでいい訳だから……。そもそも、その為にこんな埋没するような没個性ファッションしてる訳だし? 野暮ったい感じの眼鏡とか色々俺なりに考えてやってる訳だし? 仲間が賞賛される中、船長の俺がこんな評価でもなんかちょっと寂しいとか無いから。別に全然気にしてないよ、だって俺本気になったら結構強い方だもんよ……。でも手加減苦手だから本気にならないってだけだし……」

(あ、コイツはおれと同類だ……)

 

淡々と、何やら言い訳を放っているソラを見て、直感的にウソップはそう思った。

 

『料理長ドローップ!!』

『おうっ……!』

「な、今度は何だぁ!?」

 

突如として、天井が砕け上から男が二人落ちてきた。バキバキバリンという音と共に現れた二人の男、一人はこの店のオーナーらしい男だ。何せ料理人たちがそう騒いでいるのだから間違いない。コックの代名詞とでも言うべき白い服に身を包み、特徴的な鼻の下から生えている長い髭を編み込んでいる、片足が義足な金髪の男だ。そしてもう片方は、ウソップ達にとって非常に馴染み深い人物であった。

 

「る――」

「「「「ルフィ!!?」」」」

 

上がった声は四つ。おかしい、当の船長たるルフィを除けば一味は三人だ。それ以外に知り合いがいる筈も無い。

 

一味以外に上げられた声の主はウソップの横にいた。中肉中背の地味男、ソラであった。

会ってから余裕な様子を崩さなかったソラは、ウソップが見る限り初めて驚きを顔に浮かべながら、ルフィの元へと近付いていく。

 

「お前久しぶりだなぁ! ルフィ、最後に会った時から何年ぶりだ?」

「ん……? おぉ、ソラ! ソラじゃんか! 久しぶりだなぁ、ニシシ」

 

ひどく親しげに旧交を温めあう二人。その光景に周囲の人間は困惑をする。

 

「な、なぁルフィ? お前、その人と知り合いなのか?」

「おう。ソラはおれの先生とか師匠みたいなもんだ」

「まぁ、俺の上にいた人がコイツの祖父でな。その繋がりで、コイツの兄貴共々手が空いた時に色々教えてたんだ」

「ルフィお前兄貴が……いや、それより。勉強でも教えてもらったのか?」

「いんや、殴り方」

「ム、蹴り方もな」

 

あっけらかんとルフィは言っているが、ウソップとしては俄かに信じられない話であった。自分達の船長であるルフィは、先日も名のある海賊を複数叩きのめした紛れもなく強者の区分に入る男であった。自由奔放過ぎるという難のある性格を補って余りある、それが許されるだけの腕っぷしを持っているのだ。

 

そんな男に殴り方を教えたのがこの冴えない男? と疑ってしまうのは、ウソップからすれば仕方のない事であった。それ程までにウソップの見てきたルフィは強く、そしてソラという男は冴えなかった。

 

(そう考えると、何か途端に底知れなく思えてきやがった……)

 

じりじりと、ウソップはソラに気付かれないよう密かに遠ざかっていった。更なる闖入者が現れたのは、そんな時であった。

 

両開きの入口が、勢いよく開けられる。

そこに立っていたのは、みすぼらしい恰好をした男であった。ひどく衰弱をしている、じき死んでしまうであろう事は誰の目にも明らかなそんな風体。

 

「な、テメェ!? クリークの手下がどうやって船を抜け出してここまで来やがった!!」

 

フルボディ大尉の言葉に、船内がざわついた。海賊クリーク率いるクリーク一味、東の海全体でも一、二を争う規模の海賊団である。船長のみの額こそ1700万ベリーとアーロンには一歩劣るが、海賊団全体の合計懸賞金額ならばクリーク一味の方が上だ。いずれにせよ、決して侮って良い相手では無い。

 

「アイツ……クリーク一味の中でも幹部だ! 艦隊の戦闘総隊長、【鬼人のギン】……間違いねぇ」

「何ィッ!? クリーク艦隊のNo.2じゃねぇか、何でそんな大物がっ!?」

 

ざわめく周囲を尻目に、不精髭を生やし饐えた臭いを漂わせたギンはそれでも何とか椅子にまで辿り着き、せめて海賊らしくふてぶてしくどっかと座る。

 

「おい……。誰か、いないのか……? 何でもいい、メシを持ってこい」

 

ぶらぶらと銃をぶらつかせ、周囲に目を光らせるギン。隠せぬ疲弊があって尚、飢狼の如き鋭き眼光を放ち威嚇していた。

誰もが、ギンに意識を向けられたくはなくて息を殺していた。その視線は必然と、先程まで注目を浴びていた一団へと向けられていく。

 

「…………」

 

まるで、声なき期待の声に応えるように。

男達は自分達の席から立ち上がった。誰も何も喋らない、ただ黙して海賊の元へと歩み寄る。その手には、未だ湯気が漂う料理が持たれていた。

 

「ほら、メシだ。有り難く頂け」

「何食わせてやってんだ、テメェ!?」

「何、駄目なのか? ……こう、友達とシェアするノリと思えば行けなくも」

「ダチも何も、テメェら初対面だろうがッ!?」

 

コックの言葉にソラは面倒臭げに頭をかく。

 

「と言うか俺達が頼んだ料理をどうしようが、俺達の勝手だろう。……そもそも、もう腹いっぱいなんだ。残すとお前ら怒るだろう」

「じゃあ何で馬鹿みたいに頼んでんだよ!?」

「お前らの作った料理が美味いのが悪い。略すとお前らが悪い」

「略すなっ!?」

 

(あ、やっぱこいつルフィと同類だ)

 

確信と共にウソップは思った。自分達の船長と同様の自由な性格をしている。一見マトモそうな雰囲気な分だけ性質が悪いとも言える。

 

「ふざけてんじゃねぇぞ! そんな奴に食わせるメシなんざ――」

「待ちな。おれが許す。食わせてやれ」

「おいサンジ!? 何考えてんだ、てめぇ!」

 

煙草を咥え、サンジが颯爽とやってくる。

 

 

「おれは腹が減ってる奴にゃ、誰だろうと腹いっぱい食わせてやるんだよ。いいから食え、クソうめェぞ?」

「恩とは……思わねェぞ?」

「ケッ、要らねェよォそんなもん。俺達ァただ、食いモンを残すのがもったいねェと思って、残飯処理にテメェを使っただけなんだからなァ」

「ほら存分に食え。腹を空かせて死にかけてる奴なんて、どんなに凄まれても雨に打たれた子犬と同じだからな。そんな奴にどうこうするのも性に合わん」

「子犬というより野良犬れすけど……遠目で見ても虚勢を張ってるのは丸分かりれす! この軍師エイネの目は誤魔化せないれすよ!」

「…………(コクリ)」

 

一連のやり取りを聞き、男は静かにスープを口に入れた。

 

「ああ、畜生……! 何だこのスープ、やけにしょっぺぇじゃねぇかっ……!」

 

誰もが、動きを止めてその光景を眺めていた。その眼差しは、凶悪な海賊に向けるものにしては僅かばかり柔らかな意味合いが込められていたのであった。

 

 

 

 

 

 

とかなんとかやっていたら。いつの間にやら、何か偉そうなコックが持ってきた食料持って逃げられてた件。

 

「どーすんだよ、オイ!?」

「まぁ……捕まえるなら、一度にやった方がいいからな」

「まさかアンタら……全部知ってて!?」

「……ふっ。ご想像にお任せしよう」

 

多分、そっちの方が俺に都合が良い筈なので。

 

とにかく、勢いづく戦うコックさんにあくまで堂々と弁解をする。

いや違うのだ、うっかりで取り逃がした訳では無く。策の一環として、敢えて逃がしたのだ的なサムシングである。船長職を続ける内に、外面をいかにも全て分かってる風に取り繕う事にすっかりと慣れてしまった気がする。大人になるとはこういう事なのだろうか。きっとそういう事なのだろう。だからみなさん、顔の横を一筋流れる汗は見逃してほしい。

 

とはいえ、それもあながちウソとも言えない。あの男は疲弊を隠し切れていない、もうとうの昔に限界が来ているのだ。ここまで動けているのは、偏にあの男の優れた精神力の賜物だろう。取り敢えず、最低限餓死しない程度に食わせた後に間髪入れず縛り上げて、然る後に海軍に突き出そうぜというのは何も突飛な行動でも何でも無かった。

 

「……ソラ殿」

「……致し方ない、目の前の悪を放置する訳にもいかんからな。幸い、と言っていいか分からんが、コナミ諸島にいるアーロン一味の目的は虐殺では無くあくまで徴税だ。多少の猶予はある。一日待って、来ないようならこの辺を捜索して奴らを潰す。その後、取って返してコナミ諸島へ向かうとしよう」

 

乗ってきた小舟に戻り、エイネと今後の方針を話しながら待機する。

今いるメンバーは、いずれも身体スペック頼りによる多少の無茶なら十分に利くメンバーだ。一日も早い解放をしてやりたくはあるが……可能な限り、全てを救う為である。コナミ諸島の人達にはもう少しだけ我慢をしてもらわねばならない。

 

「おーい、ソラー! 仲間も一緒に、こっち来いよー!」

 

羊の頭をした船の上から、ルフィがこちらに手を振って呼んできた。今ここでする事も他に無い、有り難くお呼ばれされるとしておこう。

 

それにしても、やはり海賊になったか。ルフィとは、意外と縁が長い。俺がまだ海軍にいてガープ中将の元にいた頃から、フーシャ村に行くたびに海軍式の近接格闘術を教えていたからだ。ガープ中将は、何でも良いから海軍に関係あるものに触れさせることで海兵にしようと画策していたようだが、ルフィの海賊への憧れの前にはそれも無駄だったようだ。

 

「来たぞ」

「にしし、見てくれよ! これがおれの船、≪ゴーイングメリー号≫って言うんだ!」

「おれ『達』な、おれ『達』」

 

即座にツッコミが入る辺り、とても仲が良さそうで何よりだ。海賊の一味に真っ先に求められるのは、実力よりも寧ろ鉄の結束、仲間を裏切らぬ仲の良さと言える。一人一人が身体の一部なのだ、右手と左足が仲違いなど笑い話にもならない。そう言った点で言えば、ルフィ達はちゃんとスタート地点に立てていると言えよう。

 

だが、同時にそれだけではいけない。俺に、俺達にとって、絶対にしておかねばならない質問が1つあった。

漏れ出でた、ややピリピリとした雰囲気に当てられてか、周りの皆が静まり返るのを感じる。向き合っているのは、船長たるルフィ一人だ。

 

「ルフィ……お前たちは、≪ピースメイン≫か? それとも、≪モーガニア≫か?」

「どっちでも? おれは海賊だ。一番自由な奴になりてぇんだ」

 

堂々とした物言いについ苦笑を浮かべてしまう。

 

「そうか、じゃあ言い方を変えよう。……お前は、自分の自由の為に民草の自由を踏み躙るつもりか?」

「する訳ねぇだろ、そんな事! 馬鹿にしてんのか!」

「……なら、良いんだ。悪いな、変な事聞いてしまった」

「おう」

 

大事な、非常に大事な質問を終え気を緩めると同時に、周囲の空気も緩和していく。いや、一か所だけまだぴり付いているな。

あれはウチのゴロさんと、ルフィの一味のイガグリ剣士君……ゾロ君か。

 

「よぉ、オッサン……いっちょ、おれと勝負してみねぇか?」

「よせよォ……オレッチァ弱いモノ虐めはしねェ主義なのさァ」

 

さっきからとても距離が近い。至近というよりほぼ零距離である。パーソナルスペースという視点から見れば、この上なく親密な間柄と言える。

まぁ何せ共に剣士なのだ、きっと俺達には分からない通じるところがあるのだろう。

 

「お、おい。止めなくていいのかよ!?」

「あっはっは、やれやれ!」

「仲が良くて大いに結構」

「良くねぇよ!?」

 

けらけら笑っているルフィと共に、取り合えず囃し立てておく。

 

「しかしな……現にああして、熱を込めて見つめ合っている訳だし。ラヴは邪魔しちゃいかんよ、ラヴは。そりゃあ、一目惚れから始まるラヴだってあるさ」

「んまっ……!」

「見つめ合ってんじゃねぇ!? 睨みあってんだろうがっ!!」

 

マジか。

 

 

 

 

 

 

「ここにいたか、ナミちゃん」

「……何?」

 

様々な感情が入り混じった表情を浮かべ、ナミは皆から離れた場所にいた。

 

「すまん。予定では、補給を終えればすぐにでもコナミ諸島に向かっている筈だったんだが……後、2・3日待ってくれ」

「……私は、あなた達がアーロンの奴を倒せるだなんて思ってない。例え、あの二人の懸賞金額が億を超えていたとしてもよ」

 

押し殺したような表情でナミが語る。

身を切るような痛みだろう。聞いた話では、コナミ諸島の村々は例外なく相当な圧政に苦しめられているとの事だ。彼女の家族や知り合いもまた、生きるか死ぬかな状態であっても何らおかしくはない。

 

理屈ではないのだ。もう、これ以上事態が変わり新たな悲劇が生み出される事を心が許容できない。

 

「……確かに。魚人は生まれながらにして強力な力を持っている。ああ、それは俺も良く知っている。だが君は、俺達の事は置いておいたとしても、少しここまで共に旅してきた君の仲間達の力を過小評価しすぎだと俺は思うんだがね」

「仲間? ……私に、仲間なんていない」

 

その横顔は、まるで誰も傍に寄り添っていないかの如くとても寂し気であった。

 

「覚えておくといい。間違いなくルフィは、そしてきっと他の彼らもまた、君の為に全力で助けようとするだろう。誰に何を言われても」

「そんな事……! 私は望んでない! 私は、私だけで皆を助けられるんだから!」

「聞こえなかったか? 誰に、何を、言われても、だ。……早まらず、落ち着いて周囲を見渡してみるといい。決して早計に失してはいけないよ、急いては事を仕損じる。幸運を見逃す事もあるだろう」

 

何か言いたげなナミに、手の平を出して会話を止める。

 

「どうやら、早速幸運が舞い込んできたようだ。……これで、思ったよりも早くコナミ諸島へ向かえそうだ」

 

大型のガレオン船が、ゆっくりと近付いてきていた。船首には牙を剥いた怪物が模られており、ルフィ達の船にある優しげな羊とは全く違う印象を与えている。

 

「髑髏の両側に砂時計……か。エイネ」

「ソラ殿のお察しの通り、あれはクリーク一味の海賊旗なのれす! ちなみに説明するのれすが、そもそもあの両側の砂時計の意味は――」

 

目を瞑って流暢に薀蓄というか雑学と言うかを述べているエイネには悪いが、彼女はラグに任せて一足先にバラティエに向かう。目的はコックやお客の避難だ。あのガレオン船の上ならば問題は無い広さなのだが、逆にバラティエの中で大捕り物になったとすれば、目も当てられない。

 

(だが……)

 

一つ、その船には妙な点があった。あまりにボロボロなのだ、それも一隻のみ。仮にも艦隊とまで言われた筈のその威容は見る影もなく、寧ろ痛々しさすら感じてとれる。

 

偉大なる航路は東の海とは比べものにならない程に天候がコロコロと変動していく。大方、嵐にでも見舞われたのだろう。そう結論付け、バラティエ船内に駆け込む。

 

「お客様―! 落ち着いて、落ち着いて扉から外に出て下さい!」

「おい、誰か手ぇ空いてる奴操作室行ってこいっ!」

「空いてる奴なんざいねぇよ! そもそもヒレなんざ開いてどうすんだ!」

「店ん中荒したら料理長ぶち切れんだろうが! お前一番暇だろ!」

「……ああ、畜生おれが行ってくりゃいいんだろ!」

 

幸い、バラティエ側が接近にいち早く気が付いたのだろう、既に客の避難誘導をバラティエのコック達が行っていた。だが、かき入れ時だった事が災いし一つの扉に殺到(扉は二つあるのだが、もう一つの扉はガレオン船が絶賛接近中の方向にあるので、寄り付かない)してしまった事で、まだ少々時間が掛かる。

 

「どうすんだィ、ソラの字ィ?」

「……ひとまず、ここにはラグとエイネを置く。俺とゴロさんで前に出るぞ」

「あの麦の字共はァ?」

「……あぁ。そう、そうだな。それじゃ、やっぱ俺達全員で客の誘導をコック達と協力してやるか。その間、ルフィ達に矢面に立ってもらおう」

 

何せクリーク艦隊の人数はエイネ曰く5000人とも言われているらしいからな。あの船以外に別口で客を狙って来られても鬱陶しい。こうする事で、万が一にも一般人に被害が及ぶのを防げるし、ついでにルフィ達の実力を見る事も出来る。一石二鳥と言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公はルフィの殴り方の先生、という事にして多少の接点を。年齢設定が20代後半という事で、やや兄というのは厳しいかという年齢なので先生ぐらいに。

ちょっと今回切る場所が分からなかったんで、適当なところでざっくり2分割。続きは明日投稿します。

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