無事に客の避難を終え、再度戻って来たソラナキ達の目に入ったのはルフィやコック達と睨みあう一人の金ぴか鎧の男であった。
先程までとは違い、船の両サイドにそれなりの広さの足場が出来ていた。コック達が言っていた『ヒレ』である。店内に客が入りきらない場合の席の増設を目的とした設備であるのだが、バラティエは魚を模した形状であるレストランである、これ以上ない名称と言えた。
「エイネ」
「そうれす、手配書を見る限りあの男が≪だまし討ちのクリーク≫れすね。そもそもその異名となった経緯をご説明させて頂くと……」
ラグパルドの肩の上で相も変わらず目を瞑り饒舌に語りだすエイネを、ソラナキは華麗にスルーしておく。ひたすらに長いのだ、律儀に聞いていれば騒動が終わってしまう。
『おれ達に足りなかったのは、情報だ! あの日、鷹のような鋭い目をした謎の男に壊滅させられたのは単純におれ達がそれを知らなかったからだ! どんなトリックを使ったかは知らねぇが……知れば二度はやられん!』
力も、人数も、野心も十分に満ち足りていたとクリークは言う。そこで活動していたソラナキ達からすれば、大いに口を挟みたくもある言葉であったが……そこは重要では無い。スッと、クリークとは別の方向……海へと目を向ける。
「海老で鯛が釣れたかァ……?」
「まだ食い付いたのを見た訳じゃないけどな。だが、もしそうだとすればゴロさん呼んだ俺の慧眼といったところじゃないか?」
「ヘッ、テメェで言ってりゃ世話ねェぜェ」
「ついでに、暇なら少し掃除しといてくれよ」
スルリと音も立てずに、今しがた入って来た後ろの扉からゴロウザが再度外へと出ていく。
『まぁ……イイ。おれの目的はこの船と航海日誌だけなんでな。面倒事もゴメンだ、とっとと失せな』
人命までは奪おうとしないのか。極悪非道な海賊という印象であっただけにソラナキにとっては少し意外である。別に善行を為した訳では無いので、少し、なのだが。
いずれにせよ、人命までは奪わないと言われてもバラティエ側からすれば承服など出来る訳も無い事に変わりはない。必然、両者の険悪な雰囲気は増していく。
「ちょっといいか?」
「……何だ、テメェは?」
コックの中から攻撃を仕掛けようという動きが見えたため、ソラナキが急きょ会話に割って入る。
「まぁ、そんな事はどうでもいい。それより、ここで戦いとなるとこの船が傷ついてしまう。それは両方にとって損だろう? 何せ俺達とお前達、両方ともこの舟が無傷であって欲しいと言う点では意見が合致してるんだからな。だったら、だ。提案なんだが、アンタらの乗り捨てるガレオン船で決着付けるってのはどうだ? そっちなら、幾ら暴れたって問題はない」
「……ふむ」
考える姿勢はポーズだろう。どんなに有益な意見であれ、組織の頭が即座に食い付く姿というのはみっともない。
「いいだろう、その話乗ってやる」
「ああ、ありがとう。話の分かる男で良かったよ、無暗に被害は増やしたく無いものでね」
「……で? おれに楯突こうって愚か者はどいつだ?」
「フッ……。それは勿論――」
素早く横のルフィに腕を伸ばす。
「ん?」
「――コイツだ」
『お前じゃ無いんかいっ!?』
「コイツと首領・クリーク。アンタがやり合って勝った方にこの船が進呈されるって事でどうだい」
クリークとしても、悪い話では無い筈だ。自分達のフィールドで、しかも見た目自分よりも貧弱そうな10代の若造一人伸しただけでお望みの船が手に入るのだ。
「無論、その際のコック達の反発は提案をした以上、俺達が責任をもって抑えるが……?」
「クックック……ハッハッハッハ!」
クリークが愉快気に笑いを浮かべる。
「良い提案だが……断る」
「……後学の為に聞いておこう。何故だ?」
「賢しげな面で、さも条件を受け入れるだろう? と言わんばかりのテメェが気に食わねェからだよ」
「……そんなつもりは更々ないが?」
「テメェに無ければ産んだ親を恨むんだな! そもそもおれ達とテメェらは対等な立場じゃねェンだよ! 数こそ減ったが、まだおれには約100人の有能な部下がいるんだ! わざわざおれが出張らなくても問題はねぇんだよ。大将は、後ろでふんぞり返っておくもんだ」
「何、100人の部下が?」
「ああ、そうだ! アイツらに加え、この奇妙な形状の船があれ――」
「どこに(・・・)?」
「――あ?」
何かがおかしいと、クリークのカンが語りかけてくる。具体的な事は分からない。だが戦場の空気が、変貌してきているのだ。
「どこに、その有能な100人とやらはいるんだ?」
「……おれの、ガレオン船の中に決まっている」
「そうか、奇遇だな(・・・・)。実は先走ってしまって、俺の極めて有能な仲間に、簡単なゴミのお掃除を頼んでいたんだよ。いやすまない、まさか断られるとは夢にも思わなくてな」
「……ッ!?」
その言葉に隠された意味を察するや否や、クリークは脇目もふらず外へと駆け出す。向かう先はガレオン船の甲板だ。
「テメェ等……!」
「よォ……遅かったじゃねェかァ。ゴミは一まとめにしといたぜェ、キレイ好きなモンでなァ、カカ」
誰一人呻き声一つ上げない、うず高く積もれた人の山。その頂上には悠々と座るゴロウザの姿があった。
つまるところ、ソラナキとしては自分の意見をクリークが受け入れようと入れまいとどちらでも良かったのだ。あれの本質は、それらしい事を言ってゴロウザが掃討する為の時間稼ぎだったのだから。おまけにいえば、もし仮に万が一ルフィが敗れた場合は、なんか都合よく約束を忘れ「では次は俺とお前が船を賭けて勝負だ」とでも言って有無を言わさず叩きのめすつもりであった。人を害そうとする輩には、大体最低限の容赦しかしない男である。
「まァ、死んじゃァいねェよォ。どこかしらの骨を1・2本折ってはいるけどなァ」
「グ、ク……! 貴様ぁっ……!」
クリークが憤怒の形相を顔に浮かべる。当然である、これで偉大なる航路に再度突入するという計画は頓挫してしまったのだから。
「首領! 安心してくれぇ! おれはまだ生きてますぜ!」
だが、流石に僅かな時間だけではゴロウザでも船内までは捜索出来てはいなかった。ほんの数名ではあるが、船室からクリークの手下が現れる。
中でも一回り大きな体格の男がいた。その男は奇怪な服装をしていた。腕に盾を装備しているのはいい、それが両腕なのも多少珍しくはあるが異常では無い。だが全身を覆うのが、鎧では無く盾である時点で異常度は増していた。胴体も盾、両肘、両膝にも盾が装着されていた。無論、それ以外の晒した部分はただの防御力皆無の服である。真っ先に対面したゴロウザは思う、それ両腕以外は鎧のほうが良いんじゃねぇのと。
その時。
突如、黒い隕石がボロボロの甲板に降り注いだ。いや、隕石では無い。
「おう、ラグの字ィ……どうしたィ?」
「ソラ殿から、伝言なのれす! 『選手交代、ゴロさんは向かってきてるアイツの対応よろしく』との事れす!」
「ったく、人使いが荒いねェ……」
船内から極力船を揺らさぬよう慎重かつ軽やかに跳んだラグパルド。それでも結構な衝撃が船を揺らしてしまい、『あわわ、結構揺らしちゃったけど皆大丈夫だったかなっ!?』といった雰囲気を醸し出している。そんな気遣い屋の同僚に対し、ボリボリと頭を掻き愚痴を漏らしつつ、ゴロウザは姿を消すかの如く高速で駆け抜けて行く。
「おい、クリーク! 確認したならとっとと降りて来いよ、お前の対戦相手が待ってるぞ」
「なんかよくわかんねーけど、あの金ぴかぶっ飛ばせば良いんだな?」
「おのれッ……! 貴様ら、どこまでこのおれを虚仮にすればッ……!!」
憤怒の形相、といった様子でクリークは飛び降りる。
後に残ったのは小さなお喋り小人と、ただ黙して立ち尽くす漆黒の巨人だけであった。
「はっ……ハッハッハぁ! 中々、寡黙な大男。いぶし銀じゃぁないかっ!」
大柄と自負していた自身の軽く二倍はある大男。黒く分厚い鎧を着込んだ、見上げねばならぬ程の存在を前にして尚。全身に盾を纏った男、≪鉄壁の≫パールは笑う。それは自負故に。東の海最強最大クリーク海賊団第2部隊隊長という栄光ある役職が見上げる背を支えてくれる。未だかつて61度の死闘を繰り広げ、そしてそれらに『無傷で』勝ち続けてきたと言う確固たる経歴が成せる業でもあった。
「それにその背中に背負う武器……紛れもなく大盾! きみに共感を抱くよぉ!」
ラグパルドの背には、片手ずつ持つよう二枚の大盾が備え付けられていた。二つを合わせれば楕円を真ん中で横に切ったような形となっており、見る者に扉や門を思わせるフォルムをしている。表面に鬼か悪魔を模した意匠がされている為に、凄まじく禍々しい雰囲気ではあるのだが。
パールはソレに流し目を送りつつ、近くにある欄干を自身の大盾で殴りつける。無論、木製の欄干は砕け大盾には傷一つ無い。
「如何に血を流さず戦い続けられるか……そう! 無傷こそが強さの証なのさ~」
「無傷こそが強さの証……?」
ピクリ、と。
その言葉に反応を示したのは張本人である黒鎧の大男ではなく、口下手である彼を補佐する小人であった。誰よりも近くで彼を見て、支えてきた軍師の少女であった。
「そう! 鉄壁、よって無敵! おれは盾男で伊達男な、≪鉄壁のパール≫さんなのさ!!」
「なら……ならばやはり、お前はラグパルド殿とは違うのれす」
今までの想いが滲みだしてくるかのように、エイネは呟いた。目の前の男の勘違いを正す為。似ているなどと、保身に走る自身とは正反対(・・・)の男に向けて言ってしまっているその勘違いを。尊厳を汚しかねない妄言を吐く男の誤った見解を、直ちに正さねばならない……!
場の状況を見てオロオロとしている巨漢からヒラリと舞い降り、堂々とした立ち姿な20cmの名軍師は朗々と述べていく。
「ラグパルド殿は、誰よりも、誰よりも傷ついているのれす! それは、常に力持たぬか弱き民衆の先頭に立って、お前達のような悪漢共から身を挺して護り抜いているからなのれす! あの、身を包む黒鎧≪咎人嬲リシ断罪ノ処刑人≫も大盾≪イト禍々シキ地獄門≫も、傷付く故の決意の証! お前のような、傷付く事を恐れ身を包む臆病者と一緒だなどと……身の程を知るがいいのれすっ!!」
「……っ!?(ブンブン)」
『怖えっ!? 生き様カッコイイけど、名前コエェッ!?』
クリークの兵隊が恐れ戦く様子を見て、エイネは鼻息荒く満足げに頷く。そんな中、ラグパルドはひたすら相棒たるエイネの高評価に腰が退けていた。更に言えば、実は初めて聞く滅茶苦茶禍々しい武具の名前に驚くやらでやたら左右に動き回っていた。もっとこう、ノワール・アルミュールとかそんな感じの名前かな? いや、クロぽん君とかそういう系かもしれないね? とか思っていたのだ。いやノワール・アルミュールやクロぽん君が素晴らしいかはともかく。
尚、そのオロオロと動く様子がまるで興奮した野生の熊でも見るかの如く荒くれ者達の目に移っている事を、当の本人であるラグパルドだけが気付いていない。
「だ、だからと言ってぇ、イブシ銀のこのおれは~、ビビッてられないんだよぉ! パールぅ、プレゼントォッ!!」
何がしかの決意を抱いたか、パールは巨躯を誇る大男に臆さず突進を為す。
まるで、その行為に賛辞を呈するかの如く。或いはそう、無慈悲に断罪する処刑人の如く。
ラグパルドは勢いよく大盾を振り下ろす。
「……不心得者を誅せしその名も。≪塵鎧魔叫≫、なのれす」
今度こそ陥没する甲板、大穴を空け数層下に落ちていくパール。
その技名もまた、ラグパルドは初めて聞いた。
◇
「…………」
穏やかな水面を見つめているにも関わらず、水平線の彼方を眺める刃金の眼差しがそこにあった。
いる。間違いなく。広大な大海原ですら隠し様の無い剣気の持ち主がその先にいる事を、ゴロウザは長年の戦闘経験からそう確信していた。そもそも自分達の船長もまた、何がしかの気配を察してここに自分を配置したのだ。ならば疑う事など有りはしない。
果たして、その根拠なき確信に対する返答は海の割れであった。徐々にその割れは、ガレオン船の欄干に座り込んでいるゴロウザの元へと近付いてきていた。
「海を斬り裂くかィ……」
ソレを容易く為す技量の持ち主へ感嘆の声を上げつつ、徐に立ち上がり刀を抜く。
大業物≪火産霊(ほむすび)≫。空気に触れれば熱を発するという特殊な金属を用いられているという刀だ。
チリチリと、火の粉が周囲に舞い散る様は歓喜の声を上げているようにも思える。
ゴロウザは徐に、火産霊を高く掲げる。
「刃金流師範、ゴロウザ。――推して参る。切り開け、≪破天荒≫!!」
鋭い呼気と共に振り下ろされた剣撃は、空を切り裂き、海を切り裂き……やがて相手の剣撃すらも切り裂いた。
「なァに……心配しなくてもよォ、今のは距離ってなァ分かってんよ。ナァ、鷹の字ィ」
「……見事」
遠方より放たれた一撃は、如何な達人のものだとしても、進むにつれ威力が減衰していくものだ。それは大剣豪と呼ばれる者でも逃れられない事実である。だとしても、世界一の大剣豪たる自身の剣撃を斬り裂く者など世界でも一掴みと言える。故に男は、目を僅かに開き賞賛を挙げる。
「お前さん程の大物がァ、わざわざこんな小物を追ってくるたァどういうこったィ? コイツらに何かあんのかァ」
「別に。ただの暇つぶしだ」
「ま、だろうなァ」
ゴロウザとて、薄々は勘付いていた。≪鷹の目≫のミホーク。王下七武海の一角であり、世界一の大剣豪とも言われる男である。そんな大物が、高々偉大なる航路の前半程度で逃げ帰るような小物海賊団を追い掛けるような理由など、殆ど思いつかない。
「≪刃金の≫ゴロウザ……久しく見ぬ強き者よ。一度、機会さえあれば会い見えたいと思っていたところだ」
「そうかィ、オレッチは全然会いたか無かったが、ね!」
突如、跳ねるようにミホークが飛び掛かってくる。互いに持つ刀が打ち鳴らされ、火の粉が散る。
どうやら、相当に退屈をしていたらしい。飢えた獣のように、ゴロウザという極上の餌へと食らい付いていく。
「小海老で、鯨が釣れたかねェ……?」
「それを言うなら、こちらの台詞だ」
◇
「は、なせよっ! おれは、おれはアイツに……!」
「はいはい、良いから黙って見学しとこうね」
現在、戦闘は二か所で行われていた。バラティエのヒレにて行われているのはルフィVSクリーク。今も双方ほぼ互角の様子で戦い合っている。そこよりも、目線を高くしガレオン船、甲板や帆を使って三次元的な動きをしながらゴロウザとミホークもまた、存分に己が技量を発揮していた。その内、ゾロが執着していたのは後者であった。
「ゾロ君、急がば回れって言うだろう? 君だって、まだ敵わないのは分かってる筈だ」
「だとしてもっ……おれの目標は、鷹の目を倒して世界一の大剣豪になる事なんだよっ!」
ソラナキは、ゾロの襟首を引っ掴み猫のように持ち上げ、ゾロが発する剥き出しの怒気を飄々と受け流していた。丸っきり大人と子供の図である。
「なら行けばいい。行って、サクッと殺されて来ればいいさ。或いは、もしかすると気概を見せれば何かの気紛れで鷹の目も君を半殺し程度で留めて生かしてくれるかもしれない。その小さな可能性に賭けて、君の崇高な野望を台無しにする危険を冒していけばいいさ。それで君は頭をかいて照れ臭そうに笑いながら、帰ってきてこういうのかな。『自分の今の実力で勝てるなんて思ってなかったけど、やっぱ負けちゃった。あはは』ってさ」
淡々と語られる言葉に、顔を歪めそれでも何か言おうとするゾロを制しつつ、ソラナキは言葉を重ねていく。
「剣士にとって、今あそこで行われている勝負は垂涎の的であり、この場に居合わせただけで幸運と言えるだろう。何せ共に世界でも指折りの剣士が二人だ、学ぶべきところがある、どころではなく学ぶところしか無い。そんな、最上級の教材のような機会を前にして、今この時君に出来る最善策は、比べれば劣る力で無理に乱入する事では無く全身全霊を駆使して二人の死闘を記憶する事だ。ただ見るだけではまだ足りない。五感を全て使って覚えるんだ。死闘の空気を鼻で嗅げ。繰り出す剣撃の鋭さを耳で聴け。死合いの感覚をその肌で覚えろ。あの中に入れぬ事で呑んだ生唾、辛酸の味をすら味覚で味わえ。そうして記憶した内容を解析・分析、自分のレベルにまで解体して今の自分に生かしていけ。それこそが世界一の大剣豪になる最大の近道と言えるんじゃあないか?」
「…………くそっ」
ゾロもようやく頭が冷えたらしい。ソレを見てソラナキも引っ掴んでいた襟首を放して床に降ろす。近くにいたウソップやナミはホッと胸を撫で下ろしていた。
「ぎゃぁあっ!?」
ウソップが驚いて声を上げる。人の山をこんもりと抱えたラグパルドが、今なお二人の剣客の激戦が続くガレオン船の甲板から避難させる為、バラティエのヒレへと飛び降りて来たのだ。陥没こそしなかったが、巨大なガレオン船とは違い小さなバラティエでは衝撃を吸収しきることが出来ず、周辺からは飛沫が起こり船体はぐらりと大きく揺れる。
「丁度いい、助かったよラグ。ルフィとクリークはまだ船を傷付けないよう気を付けながら戦ってるから良いんだが、あっちの二人はそんな事お構いなしだからな。悪いがもし余波がきたら防いでくれないか」
「…………(こくり)」
「ラグパルド殿は、わかったよ! と言ってるのれす」
こと守りに限れば、ラグパルドは白夜の海賊団でも一番の巧者だ。その返答に安堵したソラナキは、再び観戦の姿勢へと戻る。そろそろ、事態が大きく動きそうな気配を見せていた。
◇
常人では追うどころか何かが起きているとしか理解出来ない程の凄まじさで以て、二人の達人は戦っていた。より相応しい表現を挙げるとすれば、高め合っていた、と言うべきだろうか。
「フッ……!」
「ちょいなァ!」
ミホークの放った何気ない一撃が巨大なガレオン船のマストを豆腐か何かの如く滑らかに切り裂き、そしてゴロウザが剣閃に己が得物、大業物・火産霊を添え空へと受け流す。返す刃で放たれた一撃を、やはりミホークが柔らかく受け流して次の一撃を振るう。恐ろしい程の高度な技術、一つ一つが剣士からすれば技術の塊、いやオーパーツとでも呼ぶべき代物と言えた。
埒が明かない。
そう判断したのはミホークが先かゴロウザが先か、それとも同時だったのか。少なくとも仕切り直しの為に大きく距離を開けたのは同時の事であった。
「「…………」」
ミホークがそのまま正眼気味に構えているのに対し、ゴロウザは一度火産霊を鞘へと納めた。それを見て、ミホークが愚弄するのかと怒ることは無い。ゴロウザ程の剣客がそんな事をする訳が無いというある種の信頼があったし、何より俄かに高まりつつある剣気がこれから大技が来ると雄弁に語っていた。
ゴロウザは目をミホークへ向けたまま、僅かに撫でるよう己が刀へ手を這わせた。
大業物・火産霊。
その切れ味も当然の事ながら鋭いが、その最大の特徴は空気に触れる事で高熱を帯び使用者の覇気によっては発火すら行う事が出来る代物である。言うまでも無く、ゴロウザが長年使用している愛刀であった。
スッと、音も無く親指で鯉口を切る。チリチリと、刀身が空気に触れる事で生じた赤い火花が蛍の様に舞っていた。
「刃金流……奥義ッ!」
「≪白無垢鉄火≫ァッ!!」
極限にまで熱せられた刀身によって斬られる事で、傷口が焼かれ逆に止血されているという有情の一太刀である。
剃と呼ばれる高速の踏込より放たれる高速の抜刀、素早い身のこなしで躱そうともそれ以上の速さで追い迫って切り裂き、分厚い鎧で身を守ろうとも炎熱の刃にて焼き切った。これを防げた者は未だかつておらず……そして、その伝説はこの瞬間露と消えた。
「ぐ、カハァッ……!?」
多くの強者の胴体を薙ぎ払ってきた、そんなゴロウザの胴体から逆に勢いよく血が噴き出してきた。思わず火産霊を杖にして膝を付く。こんな屈辱は何年振りか、そんな事を思い浮かべる余裕などない。
「見事な太刀筋……正しく、紙一重であった」
賞賛するミホーク、その胴体には薄らと焼け焦げたような跡が一文字に付いていた。
「へ、へはッ……! 洒落たおべべを、駄目にしただけってかァ? 傷付くねェ……」
未熟な者が見れば、後少し、惜しい! と思う事だろう。あと一歩踏み込めていれば、偶々数cm深く切れていれば等々……。だが達人同士の戦いにおいて、その少しの差こそが大きな亀裂となって横たわってくるのだ。
「ふぅ……ふぅ……フゥ……フッ!」
腹筋に力を入れ、止血をする。ゴロウザぐらいになると、死合いの真っ最中で悠長に応急処置をしていられない際の体の使い方の一つや二つは会得しているモノだ。何より今回は、綺麗に斬れ過ぎているおかげで実に簡単に引っ付く事が出来ていた。相手の腕前が良いお蔭で、というのが実に皮肉な事なのだが。
「……まだ、続ける気か? おれはもうそれなりに満足したが」
言外に、ミホークはゴロウザの事を見逃す提案をした。好敵手たる男を失って以来の鬱屈を、僅かな時間ではあったが消し飛ばせるだけの技量の持ち主なのだ。ここで死ぬには余りに惜しい。
傲慢なる見識。傲慢なる物言い。しかし、それが許されるだけの力量を、確かに世界一たるこの男は持っていた。
「……速さが足りねェ」
「…………?」
「つまるところオレッチは。いつだって速さが足りてねェ、そんなんだからあの日あの時あの場所で届かねェ」
「……何を言っている?」
疑問を呈する言葉に返る言葉は無く、ゴロウザは前を向く。
「……剣士としてのオレッチはよォ、どうやらテメェに敗けたらしい。だから、これから放つ一撃はなァ、侍としてのオレッチが出す技な訳よォ」
そう言うと、ゴロウザは火産霊を鞘に納めた。今度は先程の様に何かしらの技を繰り出す様子も見られない、真実刀をしまったのだ。眉根を寄せ疑問に思うミホークを前に、ゴロウザはもう一振りの刀を手にする。その刀を見る目は、柄の悪そうな外見に似合わずどこか優しげな印象を浮かばせていた。
◇
ある日、弟子たちへの指南を終えたゴロウザは僅かにかいた汗を拭きつつ、船内の船長室へと向かっていた。
ゴロウザ率いる火星海賊団の船である≪刃金丸≫の船内に、甲高いカツン、カツンと規則正しい音が聞こえる。
打ち鳴らされる、鉄と鉄がぶつかり合う音だ。それはこの船の中においては、特に珍しい訳でも無い、寧ろ常日頃から聞こえるのが日常とさえ言えた。ゴロウザを船長とする≪火星海賊団≫、音源は一際頑丈に作られた鍛冶工房である。
ふと、気が向いたためチラリと覗いてみる。サウナかと勘違いする程にムッとした熱気がゴロウザを迎える中、部屋の中には女性がいた。火星海賊団唯一の鍛冶師、アキだ。火花のように赤い髪を乱雑に束ね、火を扱う為に暑い工房内で上は汗に濡れたシャツ一枚というあられもない姿で一心不乱に鉄を打ち込んでいた。込めようとしているのは熱か、想いか、魂か。或いはその全てなのかもしれない。そう見る者が思わずにいられぬ程に、集中の極致たる無表情にて一心に打ち込んでいる。
それを静かに見守るような瞳で、ゴロウザはジッと見つめていた。
アキ。
40代の今とは違いゴロウザがまだ若い、20代の頃に見つけた赤子だった。物心つかない年頃にも関わらず親のいない子供を憐れんだのか。理由は今となっては覚えていないが、いずれにせよアキはゴロウザの手を取り今この時まで傍にいる。
それからしばらくの後、アキは一息つく間もなく鉄床の上にあった刀を鋏で引っ掴み、そして水で一気に冷却をしていく。内に溜め込んだ熱を開放するように、アキもまた長く深く呼気を解き放つ。
「フン。相変わらず、色気の無ェ姿だなァ」
「おあっ、船長っ! 一体いつからそこに!?」
全霊を掛けるべき山場を終えたと判断したゴロウザが声を掛けると、アキはビクンと跳ね上がり慌ててゴロウザの方を振り向く。照れたような表情で頬をかく少女に、ゴロウザは呆れた様子を浮かべる。
「あー……集中力だけは、褒めてもらってもいんじゃないですかねっ!」
「周りが見えてねェだけだ、ド阿呆がァ」
「えう……」
全く取りつく島の無い様子のゴロウザに、すっぱり斬り捨てられたかのようにアキは俯く。
だからこそ、ゴロウザの視線が自らの傷ついた左足に向いている事をアキは気が付かなかった。罪悪感に塗れている事も、また。
アキはゴロウザの使う刃金流の一番弟子であった。あった、という言い方をする理由は一つ。ある事件の際に生じた怪我が原因で剣士としての道を諦めたからであった。足腰が武道において重要である事は言うまでも無いが、特にゴロウザの教える刃金流においてはその傾向が更に顕著と言える。基本的な戦法が、高速の踏込、神速の抜刀にて即座に相手を切り裂くというものとなるのだ。健脚は必要不可欠と言っても良い。
アキは怪我をした為に、刃金流の要たるその高速の踏込が出来なくなっていた。既に剣士としての命脈は断たれたも同然と言える。よって、紆余曲折を経たうえで、今は火星海賊団の中で鍛冶師を行っているのであった。
「なぁ、おい……」
「はい?」
ふと、聞いてみたくなった。
「お前は、オレッチの事ァ恨んでや――」
「恨んでませんよ」
迷いと共に差し出したゴロウザの言葉を、斬り捨てるようにばっさりとアキは言った。その表情に憂いは、無い。
「……そうかィ」
納得した風を装いながらも、そんな訳が無いとゴロウザは思った。
何故なら、アキが怪我をした原因というのがゴロウザの判断ミスだったからだ。
(あの瞬間。一手、一手だけ何か行動を行う時間の余裕があった……)
ゴロウザはそれを、悪漢を叩き伏せる事に使用した。アキを助ける事に、では無く。あの日、血気に逸り不逞の輩を叩きのめす事に夢中になっていなければ、アキを助ける事を優先させていれば。間違いなく今も刃金流の一番弟子として他の門弟と共に剣の道を究めんが為に汗を流しているところだったろう。ジクリと、胸の内にて慣れ親しんだ後悔が身を焦がす。
「もう。アタイの言葉、信じてませんね? 大体、お師匠様は何度この問答繰り返せば気が済むんですかー?」
「……ケッ」
ゴロウザはバツが悪げにそっぽを向く。これ以上アキの方を見ていられなかったのだ。そんな彼の前に、スッと一振りの刀が現れた。アキが、笑みを浮かべ差し出していたのだ。
「こらァ、何だァ……?」
「へへ、アタイの自信作です。貰ってやってくれると嬉しいですね」
戸惑いながらも受け取る。その刀は、外側から見る分には特におかしな様子は感じられなかった。奇抜ではないが、意匠を凝らした鞘や鍔もまた質実剛健を良しとする侍に合ったモノと言える。
「いや……コイツァ」
「あ、気が付きました? やっぱりお師匠様の目は誤魔化せませんねっ」
嬉しげな表情でアキは饒舌に語りだす。
「黒みを帯びた刀身には、空島に近いとされる島で採堀された特殊な磁鉄鉱を用いてます! 中々貴重なものでして加工に手間も掛かりましたが、おかげでワの国で用いられている玉鋼と質はほぼ変わりないレベルにまで持って行くことが出来ました! でもその刀の最大の特徴は、やっぱ鞘ですねっ! そこにボタンがあるんですけどね、そのボタンを押すと鞘に電気が流れる仕組みになってまして。電磁石になってくれるんですよ! これによってこう、抜刀の際により速度の底上げが出来るのではないかと思うんですっ!」
そこまで一気に説明したアキは一度言葉を区切り、改めてゴロウザの方を見た。浮かべていた表情は、ひたすらに優しげなものであった。
「お師匠様。……お師匠様が、アタイの事に心を砕いてくれてるのは痛い程分かってますよ。未だに、アタイが怪我をしてお師匠様が心を痛めた事も。偏屈で口も人相も悪い、ついでにお風呂に入る回数が少ないからいっつも臭いお師匠様が道場を開いたのも、毎日丹念に道場生たちを世話してあげてるのも、アタイとの約束を守ってくれてるからなんですよね?」
「…………」
「だったら、もう大丈夫ですよ。アタイは今、こうして鍛冶師になってここの皆を支えてるんです。アタイが支えた100人が、アタイの100倍色んな人助けをしたら。それはきっと、アタイだけが我武者羅に頑張って強くなるよりもっと世の中が素敵な事になる筈なんですから」
「……そうかィ」
吹っ切れろと言われて、即座に吹っ切れる人間はいない。負い目を感じる者からの言葉に複雑な心境を抱き、未だ微かな胸の痛みを表情に出しながらも、ゴロウザは改めて今受け取った刀を見やる。娘の作った自信作である、せめて笑みを以て迎え入れてやろうと考えた。下らぬ男の下らぬ見栄である。
「名付けて、≪絡繰刀・建御雷≫! いい名前じゃないですか?」
「まぁ……悪かねェなァ、お前にゃ珍しい事に。明日は槍が降らァな」
「一言余計ですってぇ!?」
もう! と頬を膨らませるアキの工房を、ひらりと手を振り去っていく。
「……湯浴みでもするかィ」
スン、と着物の臭いをかぎ。そう、ゴロウザはポツリと呟くのであった。
◇
追憶の時は、一瞬であった。
つい先程、剣士として一枚上手であった事を証明されたにも関わらず。一切の迷いを捨て去ったかの如く、ゴロウザは迷いの無い瞳をミホークへと向ける。
「この刀ならば……オレッチは、テメェを斬る事が出来らァな」
「凡愚……己が技量に全幅の信頼を寄せず、道具に頼るか。貴様は強くはあれど、剣士ではないようだ」
「ふ、フフフフフ……!」
「……何が可笑しい?」
心底嬉しげに、愉しげに。ゴロウザは含み笑いを浮かべる。純粋な笑い、と言うには獰猛に過ぎる笑みを。
「力無き者の、無力を苦しむ嘆きの声をよォ。それでも、何とか力になろうと苦しむ苦悶の叫びをよォ。そして、そんなテメェでも誰かの力になれるってェ歓喜に沸くガキの面ァ見て、尚よォ! この刀ァ使わねェ理由なんざありゃしねェだろォ!! この刀ァ、惰弱な逃げの結果じゃあねェ……力がねェ奴の、想いの結晶よォ!!」
全身全霊をかけて、斬り捨てる。
その決意を、ゴロウザの様子から一目見て悟ったか、ミホークもまた肌が粟立つかの如くピリピリとした気配を放つ。
「……ッ!」
鋭い呼気であった。厳しい鍛錬を積んだゴロウザでさえ、鼻歌混じりとはいかぬ程の抑えきれぬ一閃は、紛れもなく神速。
「放つは刃、其は雷霆の如く……也。≪合技・紫電一閃≫!」
「オ、オオォッ!?」
余程の強者で無ければ、両者が互いに瞬間移動したように思えるだろう。しかしよく観察してみれば、幾つかの変化が見て取れた。変わっていたのはその位置と姿勢、そして……。
「ヅ、ウウゥッ!?」
傷跡。ゴロウザの胸に、袈裟切りらしき傷跡が先程よりも深く刻まれていた。だが膝は折らない。屈する訳にはいかないのだ。自分だけならばそれでも良いだろう。だが今放った技は、愛娘のアキと共に作り上げたものなのだ。ならば自分は、死んでも膝を折ってはならない。
「……見事!」
神域に達した速度で以て、なお傷を負った。その傷を負わせた張本人は、口の端から漏れ出でる血に構わずにやりと笑みを浮かべ。
ゆっくりと片膝を甲板へ付けた。
それでも俯せや仰向けに倒れないのは偏に大剣豪としての意地なのだろう。せめて無様は晒さぬと言わんばかりの眼光で、ゴロウザの方を見つめている。
「……おれを打ち破ったか」
「いーや、オレッチはお前さんを打ち破ってなんざいねェさァ」
「……何?」
苛立つように、ミホークの怒気が高まった。この期に及んで、この死合いを貶めるつもりなのかと憤慨したのだ。
「何せオレッチは、お前さん相手に二人掛かりで挑んだんだからよォ」
「……どういう事だ?」
ミホークは訝しがる。言葉通り受け取るつもりは無かった。
「剣士としちゃァ、お前さんの方が一枚上手だったからなァ。この刀を打った鍛冶師と一緒に戦った訳よォ。何せオレッチは――義理を重んじ、人情を貴ぶ。恩義に報い忠節に涙す……。そうさァ、オレッチは只管に個の力を高める剣士じゃあねェ……。人と人、絆を結ぶ侍だからなァ!!」
胸に十字と深々創られた傷など感じさせぬ、堂々とした物言いであった。
「……は、ハッハッハァ!!」
まるで緊張が解けたかのように。
死合いがあった事など感じさせぬ程、快活にミホークは笑うのであった。
◇
その後、一言二言ゴロウザと話をした後ミホークは去って行った。
戦いの、一つの大きな区切りが付いたのを見て誰からともなく吐息が漏れた。その場にいた殆どの者が見えていなかったにも関わらず、両者が発する凄まじい剣気は物理的に影響を及ぼす程の強大且つ濃密な物へと至っていたのだ。
「ゾロ君。君、ゴロウザを真似しない方がいいよ」
「……何でだ?」
ゾロは素直に聞き返す。念願であった鷹の目の男との戦いの邪魔をした目の前の男に苛立つ心も無いでは無かった。だがそれ以上に見せずとも漏れ出でる強者の匂いが、ゾロの忠告を聞き入れる為のハードルを下げさせていたのだ。
「あれは、死合に勝つには敵より速く斬ればいいという実利。それから、まぁ……娘同然の者を僅差で救えなかったという挫折が生み出した、ゴロウザならではの戦闘スタイルな訳だ。仮に君がアレを真似し、万が一にも匹敵・凌駕したとして。例えそれでもそこに至るまでの経緯が、信念が無くては猿真似と言われるだろうよ。何より君自身が納得しない筈だ、こんなんじゃ世界一の大剣豪とは言えない、とね」
「…………」
ゾロは固く目を瞑り、ある風景を思い浮かべる。そこには少女がいた。痛ましげな笑みを浮かべた、己よりも強かった少女がいた。
「君の太刀筋は豪快ではあるが、荒くは無い。剣術の基本を叩き込まれているとみた。きっと君にも尊敬できる剣の師匠や、世界一の大剣豪という大望を胸に抱く契機がある筈だ。一度それらに立ち返り、君は君ならではの上るべき山や、踏破すべき道を見繕うべきでは無いかな。……月並みな言葉だけれど、基本や初心は大事だよ」
「……ああ」
チラリと目を向ける。
今なお、麦わらの一味の船長であるルフィとクリークは戦い続けていた。事実、その場にいた者達の多くは皆が両者の動向を注目して見つめていた。ゴロウザとミホークの戦いよりも尚、である。
これには幾つかの要因があった。
バラティエの足場であるヒレの上で戦っているので距離的に近いと言うのが一つ、巨大なガレオン船の上では高低差もある、ソラナキ達がいる所の様に場所を選ばねばチラチラとしか見えないのだ。
二つ目の要因として、所詮ミホークはバラティエに害を為すのが確定している訳では無いという事が挙げられる。無論、何かの拍子にその矛先がバラティエに向かう事も考えられるのだが、船を奪うと明言しているクリークの方が彼らとしては危険度が高い存在であった。
最後の要因としては――結局のところ、これが一番割合を占めるのだが――単純にゴロウザとミホーク二人の力量が高すぎた。まず以て二人の姿すら見えない程の高速戦闘であったのだ、如何に高い技量とは言え相応の実力が無ければ見物のしようが無い。
「クッ……! 鬱陶しい小僧がァ!」
「どっちが鬱陶しいんだ! お前の方だろ!」
片手で麦わら帽子を押さえつつ、ルフィが怒鳴った。
戦況としては、数多の武器を用いたクリークが様々な武具で遠距離から攻撃をし、ルフィがそれらを驚異的な身体能力とゴム故の奇抜な動きで躱しており、結果的にではあるが、ルフィを近づけまいとあの手この手で翻弄する形となっていた。
「クリーク艦隊という『武力』は消え去った……業腹だが、認めよう。だが、まだおれがいる。貴様を叩き潰す『武力』など……このおれには数多くある!」
そう言うと、クリークは大きな肩当を外しルフィへと向けた。
「これは毒ガス、その名も【MH5】という。一度吸えば全身の自由を奪う猛毒と威力は極悪、船どころか小さな町すら呑み込めるって代物だ」
説明をするクリークの眼差しは、ひどく愉し気であった。バラティエのコック達を始め、その場にいた者達が驚愕するのを見て悦に浸ったのだ。
「――おい」
酷く、押し殺したような声が響いた。『押し殺した』、のに『響いた』。その矛盾は、発した者の発する怒気が故に容易く突破されていた。
「あれ、いねぇ!?」
ウソップが慌てた様に騒ぐ。つい先ほどまで横にいた筈のソラが消えて、クリークの前方、射線上にいるのだ。
泰然としていた。何に気遣う事も無く、王の如く立っていた。その場にいる全ての者が、目を惹きつけられる。
睨みつけた瞳は今までとは違い、余りに鋭く。自分達に向けられていないにも関わらず、ゾロ達は皮膚を撫で上げられた感触に陥った。
ふと、感触があって利き手を見る。三人が三人共、無意識の内に己が得物に手をやっていた。誰も気が付かぬ行動であった。
「駄目だな」
クリークの目の前には、バラティエに立ち塞がるように野暮ったい見た目の男が立っていた。
「……それは、駄目だ。看過出来ん。それを使えば、俺はお前を止めねばならなくなる」
「……ほう? どうやって、だ。どうやって、町一つ飲み込める毒ガスを止めると言うんだ……?」
そんな中クリークは、彼らに比べ冷や汗を流しながら、とは言え直接威圧を受けていると言うのに笑みを浮かべまともに会話が出来ている。むしろ流石の胆力と言えた。東の海の弱兵とはいえ、大軍を率いる船長の器が垣間見えた瞬間と言える。
「偉大なる航路の名の知れた海賊や賞金稼ぎと、平然と共にいるテメェがただ者じゃねェ事ぐらい分かってる……。だがなァ、これだけの損害を齎すこの毒ガスを、被害無く食い止める手立てが有ると言うのなら……勿体ぶらずに出してみろォ!!」
咆哮と共に、弾丸が打ち出された。
「――
紅い灼熱が、MH5を呑み込んだ。
ソラナキの腕から出された幾筋もの赤い炎が、まるで火竜の舐める舌の様に破裂し膨れ上がろうとする毒ガスをも呑み込み、あまつさえ圧倒する勢いで焼き払っていく。
「……別に。勿体ぶってる訳じゃ無い。ただ、こっちにも段取りと言うのがあってな。本来なら、村を救って最高の評価を受けてから正体公開の流れだったんだ。何せこれでも今は海賊の身分なんでな」
帰ってからウチの演出家に叱られる、そう面倒げに呟くとソラナキは変装用の野暮ったい眼鏡を外し下ろしていた髪の毛をかき上げる。
「「ああぁ~ッ!!?」」
「お前等、今まで何処にいたんだ……」
こそこそと隠れていたヨサクとジョニーがゾロの隣で大声をあげる。その表情は驚愕を禁じ得ず、手には賞金首の写真が載った紙が握りしめられていた。
「世界の高額賞金首……コイツをジョニーと眺めて見て、暑さと飢えを凌いだあの夏の日……」
「稼いだ億の金で何を買おうかとヨサクと想像し合って、寒さと飢えをしのいだあの冬の日……」
「お前等、何やってんだよ……」
呆れるゾロに目もくれず、ヨサクとジョニーは拳を握りしめて熱く語り続ける。
「間違いねぇ! あの風貌、炎を操る能力……アレは、高額も高額! 世界最高額である60億ベリーの男! 悪名高き≪天竜人殺し≫……元海軍本部大佐、≪天道のソラ≫だぁ!!?」
『な、何ィっっ!!?』
既に知っていた者を除けば、その場にいた全ての者がその言葉を叫ぶ。いっそ悲鳴染みたものまでが含まれているのは間違いでは無かった。誰とは言わないが。
「因みに、今は海賊としてソラナキと名乗ってるとかなんとかっ!」
「詳しすぎんだろ……」
「……ふむ」
唖然とした周囲の様子を、ソラナキはゆっくりと身回し一つ声を漏らした。
徐に掲げた腕の先には、今は無きクリーク艦隊の旗艦であるガレオン船があった。
「―
球状の炎が手の平から打ち出される。光輝き、既に赤とすら見て取れない光球は周囲の目を一手に引き受ける。駆け抜けるように放たれたソレはガレオン船に当たり。
直後、巨大な火柱となって周囲にいた人間の肌を熱風が否応なしに撫であげた。
「ひ、ひいぃ!? ば、化け物だぁっ!?」
「……あ、グあっ! と、トリックだっ! こんなもの、トリックでどうにかしたに決まっている!? そう、そうだっ! さっきあの船に黒鎧の男が行った時、火薬をしこたま積んだに違いない! 手品で起こした火が、それに引火したに過ぎんッ!」
凄まじい光景に、流石のクリークも度肝を抜かれていた。だが、認める訳にはいかなかった。クリークを船長たらしめているものは絶対的な力と畏怖だ。なればこそ、このような隔絶した力は何が何でも存在を否定せねばならなかったのだ。例え実際は心胆が冷え上がり、心の内では絶対的な敗北を認めていたとしても。
「そうだ、その通りだ」
いっそ滑稽な程に大袈裟な身振り手振りで周囲に言い放つクリークに、意外にも賛同を示したのは当の本人であるソラナキであった。その表情は平静そのもの、先程までと何ら変わることは無かった。その一種異様な雰囲気にクリークは騒ぐことも無く、寧ろ警戒するように僅かに姿勢を低くする。本人も与り知らぬ、体が勝手に動いた事であった。
「確かに、トリックといえばトリックだ。火薬を積んでいた訳では無いが。種も仕掛けもある……いや、実か? 悪魔の実が1つ、太陽の力をその身に宿す≪ギラギラの実≫……それを俺は食べている」
淡々と話すソラナキ。その言葉に我が意を得たりと勢いづこうとしたクリークは、しかし「だがな……」と続いたソラナキの言葉がそれを遮った。
「だとして、何も変わらんだろう。種が有ろうが無かろうが、俺が巨大なガレオン船を片手間に燃やし尽くせるというのに変わりは無い。海賊王を目指す、とは。こんな奴らがいる海で尚、鼻唄混じりで一番にならねばならない訳だぞ」
ソラナキの言葉は、この場でただ二人にだけ告げられていた。海賊王になると宣言をした二人、その内一人は冷や汗を流し、顔を顰め。もう一人は、今まで見ていなかったのか、聞いていなかったのかと聞きたくなる程に平静を保っていた。
「おう。任せろ」
腕組みをし、泰然とした態度でかつての教え子が宣言するのを聞いてソラナキは口の端を歪める。
どうやら、ルフィは此方の用事が済むまで待ってくれるらしい。そう判断をしたソラナキは、クリークに向かい話を持ちかける。
「クリーク……提案なんだがな。俺の、俺達の傘下に入ってこの東の海の海賊共を束ねないか」
「何ぃ……?」
ソラナキは、周囲の訝しげな様子を無視して言葉を発する。
「別に、悪い話じゃ無いだろう? 俺達白夜の海賊団に表だって事を荒立てようとする者など、この東の海にはいない。いたとしても、実力差を知らない無知な小物だ。お前なら難なく片付けられる。それに昨今の広まり様を見るに、ピースメインを掲げ真実その様に活動をしていれば、直に海軍からも追われる事も無くなるだろう。何より市民達からも感謝される。良い事尽くめだろう?」
確かに、聞いていればメリットばかりだろう。クリークは緩やかな笑みを浮かべる。
「テメェ……確か、元海軍だったよなァ」
「ああ、そうだが?」
「――なら、やっぱりテメェは海賊じゃねェ。仮にも一度は頭張ってテッペン目指した男が、そう簡単に下げられるかッ!」
クリークの二つ名は≪だまし討ち≫だ。本来の彼であれば、形勢不利と見るや頭を垂れ自ら仲間に入れてくれとすら頼みこんでいただろう。それをしない、出来なかったのは、何も矜持がどうとかいう青臭い話では無かった。偏にそれを実行しようとすれば白夜の海賊団に呑み込まれそうになる。そう直感的に感じ取っていたからだ。謂わば、クリークと言う一人の人間ではなく、≪首領・クリーク≫という存在の生存本能が齎した行為と言えた。呑み込まれれば、首領・クリークは消えて無くなる。
「――ギぃンッ!! いつまでそこでのんびりしてやがるッ! ソイツを、60億の賞金首を殺せェッ!! そうすりゃおれたちゃ左団扇だ!」
無情の声に答えるように、疾風の如くギンが現れた。
ソラナキは一切抵抗しようともせず、ギンは何の抵抗も無しに仰向けの状態に倒したソラナキの首元に一つトンファーを置き固定し、もう一つのトンファーを振り上げた。後は振り下ろしさえすれば、いつでも頭をカチ割れる。
「……振り下ろさないのか?」
「……ッ!」
まるで何かを堪えるかのような表情を浮かべるギンに、ソラナキは静かに問いかける。
「今しがた、あっちの船長にも言ったが……ギン、俺の仲間にならないか?」
「何をっ!?」
現在進行形で己の命を狙う輩を勧誘しようという、とち狂ったかと思わずにいられない言葉。ソラナキは至って真面目に冗談のような言葉を吐いていた。
「直感だが……お前は、俺達の仲間になっても馴染めると感じた。だから今、もう一度誘った」
「フザケルな……。オレにとって、船長は首領・クリークただ一人だ……!」
「何故? お前はクリークという男の、何処に魅せられた?」
淡々と述べられる誰何の言葉に、ギンは己が男に惚れた理由を思い描く。
「首領・クリークは、強い」
「俺のが強い」
「……他者を惹きつける、カリスマがある!」
「俺のが多くの者を惹きつける。何せ、太陽だからな」
ソラナキは、どこか誇らしげに笑みを浮かべる。
「ギンっ! ソイツを殺せば、テメェに分け前を半分……いや、40億くれてやるっ!」
「強さも、他者を惹きつけるカリスマ性も、どちらも俺の方が上だ。何より俺はお前に素晴らしい財宝を与えられる。金や銀より尚、価値のあるモノだ。40億なんぞと言うはした金よりも、な」
「それは一体……?」
困惑を浮かべるギンに、ソラナキは優しくも深い笑みを作る。
「『ありがとう』とな。その言葉が民草から得られる。これは凄いぞ、何せ下手な麻薬なんぞより余程中毒性がある。一度貰ってしまえばこれ無しでは生きていられん訳だからな。俺にとっては、砂漠の水や食料と等価値だ」
首を抑えられた状態で、クックと愉快気に笑う。皮肉や冗談を言っている様子は微塵も見られない。真実、この男は心の底からそう述べていた。
「敵わねェ……」
ギンは弱々しく笑みを浮かべる。
この期に及んで、と言うべきか。ここまで熱烈な歓迎を受けていながら、未だ以てあと一歩踏み出す事は出来なかった。人様に顔向けできない内容ばかりではあるものの、確かにクリーク艦隊の一員としてやってきたのだ。どす黒い世界ではあったが、仲間の為にと動いてきた思いは充実していた。
ギンは、断ろうと思った。
目の前の男は、認めたくはないが、上に立つ者として自分が海賊王にしてみせると誓った者よりも力量が有るのだろう。人を惹きつけるカリスマも、成し遂げた業績も上なのだろう。だからといって、自身が道半ばで裏切っていい理由にはならない。そんな不義理はしたくない。
微細な反応ではあるが、ソラナキもまたギンがそう思った事に感づいた。どこか残念そうな表情を浮かべ、肩を竦める風を装っていた。
「ギン……ギぃンっ!!!」
だから。
当事者の中でそう思わなかったのは、遠くから見ていたクリークただ一人であった。
「死ねェ! とっとと死んじまえェ裏切り者がァ!!」
撃ち出された銃弾は、サッと差し出したソラナキの腕に当たり瞬時に溶けて行った。
「ぬぅ……またしても邪魔をッ!」
「度し難い愚か者だな、お前は……」
吐き捨てるように呟いた。
「仲間の信頼を信じない? 仲間の献身を認めない? ……そんな者に、王たる資格が有るモノかよ」
「あ、あんた。何でおれを……」
「勿体ない。それだけだ。ついでに言っとくが、気が変わった。お前を俺の船に連れて行く、お前が何と言おうとな」
一度は忠誠を誓った男から信じられず見捨てられ、かと思えば仲間になろうと誘われている別の男からは二度も命を助けられたギン。余りの展開に戸惑いを隠せない。
「知らなかったか? 俺は海賊なんだ、それも海賊から宝を奪う≪ピースメイン≫の、な。海賊らしく、問答無用でお前という宝を奪うのは当たり前だろう? その宝の価値を知らない者からならば、尚更な」
「……はい。よろしく、お願いします……!」
仲間の為とはいえ、汚れ仕事を行ってきた自分に対し宝とまで言ってくれた。感動したギンは、遂に涙を零しながら承諾をする。
「いいのか?」
「ああ、話は終わった。――やれ」
「――おう」
選手交代である。何ら不安に思う事も無く、ソラナキはルフィへと場所を譲る。
その日、全身に武具を纏い大艦隊を率いた東の海の覇者は、腹に括った一本の槍――信念――を携えた麦わら帽子の少年によって、叩き潰されるのであった。
・技名……
あまり奇を衒わない方が、主人公のとにかくなんもかんも助けてぇなっていう青臭い感じが出て良いかな、と思った為。没個性とか言ってはいけない。
・懸賞金60億?
まぁ、怒り狂った天竜人が賞金上げろとヒートアップしたとかで。加盟国からのお金で賄うのでしょう。正直、フレーバー以外の効果は無し。現状の最高額でさえあれば、10億でも100憶でも幾らでも良かったです。私はアニメ勢なので良く分かってないんですが、どうも四皇の懸賞金額が出てるらしいと知ってちょちょっと書き換えただけです。実際、これ書いた時は10憶ぐらいでした。エースの倍ぐらいあれば最高額でしょう? とか思ってた。
後、書いてた分無くなったんで更新は大分先になります。(こんな序盤で終わった理由は、執筆の為に原作読んで満足してしまったから。つまり面白い原作が悪い)