茨木の末裔は神酒を継承す   作:ちみっコぐらし335号@全国ロードショー

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※未成年者の飲酒は法律により禁止されています。

※過度な飲酒は健康を損ないます。適度な飲酒を心掛けてください。




神酒と混乱

☆炭治郎と初めての神酒

 

 

 

「これはね」

 

 とくり、と在りし日の炭十郎は瓢箪を傾けた。

 

 瓢箪の口から杯に注がれるのは、甘く骨の髄まで痺れるような香りの液体。

 不思議な色合いの澄んだそれは、器の内側で艶やかに輝いている。

 

 どんな菓子よりも蠱惑的なそれを、まだ幼かった炭治郎は興味津々な様子で覗き込んだ。

 

「竈門の始祖―――――ご先祖様がとても大切な方から頂いたものなんだ」

 

 瓢箪の表面を優しく撫でる炭十郎。

 炭治郎の父は常日頃から優しいが、酒気に紛れて何かを懐かしむような匂いが漂っていた。

 

「たいせつなかた?」

 

「そう、酒呑童子という方でね、それはそれは大層な酒豪だったらしい」

 

「しゅごう?」

 

「たくさんお酒を飲む方だったんだ」

 

 炭十郎は杯を手に取ると、ゆっくりと器を回した。

 ずぅんと身体の底に熱を与える匂いが、零れるように周囲に広がった。

 

「大昔、その方とご先祖様は京の方にいたのだけれど、事情があってそれぞれ別行動することになってね。その時、餞別にとご先祖様が受け取ったのが、これ」

 

 中身をぐいっと飲み、杯を空ける炭十郎。

 彼は名残惜しそうに、ほうっと息を吐くと瓢箪を炭治郎に持たせた。

 

「この中には神酒が入っている」

 

「みき」

 

「大切なお酒だよ」

 

 炭治郎はしげしげと中を見る。

 

 暗く、小さな注ぎ口からは内部はよく見えなかった。

 ただ、むずむずとよくわからない感覚が身体を駆け巡った。

 

 ――――――おいしそう。

 

 そう、『おいしそう』だ。これはどれほど豪華なご馳走よりも、心と身体とを満たしてくれるものだ。口に付けることなく確信していた。

 

 だからこそ炭治郎は首を傾げた。

 ずっと昔からあって、きっとみんなが飲んできたすごいお酒。でも、瓢箪は小さな炭治郎でも持ててしまう程度の大きさしかないのだ。

 

「なくなったり、しない?」

 

 こてんと首を横にした炭治郎に、父親は微笑んだ。

 

「これはなくならないんだ。この瓢箪には神酒が詰まっている、そういうものなんだよ」

 

「ふぅん」

 

 己に理解できずとも、父がそう言うのならばきっとその通りなのだろう。

 すごいなぁ、と炭治郎が感想を漏らすと炭十郎は嬉しそうに目を細めた。

 

「うん、本当に、本当に――――――」

 

 遠くを見つめていた炭十郎はふと炭治郎に目を落とす。

 

 愛しい幼子の顔は常日頃と変わらず、顔が赤くなったりはしていない。ふらふらとした様子もない。

 大人といえども適性がなければ神酒の匂いだけで前後不覚になることも珍しくないのに。

 

 ――――もしかしたら、この子は。

 

「炭治郎、これ、試してみるかい?」

 

「いいの!?」

 

 パッと顔を上げる炭治郎。まろい顔に輝かんばかりの笑みを浮かべている。

 

 ああ、本当にこの子は()()()()のか。

 しかし用心は必要だ、と炭十郎は気を引き締めた。

 

「一口だよ」

 

「うん、わかった」

 

 瓢箪の中身を杯に一筋垂らす。杯を受け取った炭治郎は待ち切れぬとばかりに呷った。

 

 炭治郎の喉を伝い落ちる雫。

 口、喉、腹――――触れた場所から未成熟の身体に熱が伝播していく。ぎゅんと血が急速に巡り出した。

 

 あつい、あつい、あつい。けれど、風邪とは違って苦しいわけではないのだ。

 

 なんだろう。ほわほわする。

 

 ぐわんぐわんと何か大きなものが込み上げてくる。未知の感覚だった。

 

 少し、こわかった。でも、どうしてだろう。

 何故だか――――とても楽しい。

 

「…………炭治郎、辛くはないかい?」

 

「つらい? ううん、全然」

 

「本当に?」

 

「うん」

 

 それどころか気分が良いぐらいなのに。

おかしなことを訊ねるな、と炭治郎は思った。

 キョトンとしていると、炭十郎はそれが強がりではないとわかったのだろう。

 

 もっと欲しい、とせがむ炭治郎に応え、とくとくと神酒を注いだ。

 

「無理だと思ったらすぐに手を止めるんだよ」

 

 我慢するな、と父は心配そうに言った。

 

 酒精が身体に染み込む度に心地が良くなった。うずうずする。なんだ、なんだこれ。

 

 堪らなくなって、炭治郎は空になった杯を手放した。

 

「炭治郎!?」

 

「だい、じょ…………ぶ」

 

 父の泣きそうな顔を見て、炭治郎は首を振った。

 

 違う、違うのだ。決して身体が辛いわけではない。そう伝えたかった。

 だって、だって――――あのままだと、せっかくの杯を()()()()()しまいそうだったから。

 

「ぅ………………う゛う゛」

 

 かわる、かわる、かわる。自分が変わる。

 滾々と湧き上がる力。奥から出てくる何かが、炭治郎を変えていった。

 

 不意に開けた視界の端に、ちろちろと躍動する焔。

 その揺らめく光があまりにきれいだったから、炭治郎は手を伸ばして火花を掴み取った。

 

 

 …………ああ。あの時、橙色に照らされた炭十郎に宿っていたのは、

 驚愕と、畏怖と――――――憧憬だった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

☆冨岡義勇の混乱

 

 

 

 青年、冨岡(とみおか)義勇(ぎゆう)は控えめに表現して混乱の真っ只中にあった。

 

 

 

 彼は『鬼殺隊(きさつたい)』という組織に所属する鬼狩りだ。

 

 公には認められていないが、この世には人喰いの鬼が存在している。

 文字通り人を喰らう化け物、それが鬼。恐るべき膂力と、不死身に近い肉体を保持する怪物だ。

 

 青年の愛姉も、苦楽を共にした親友も、鬼に喰われ亡くなった。

 

 だから、彼は鬼を倒す。人を救う。

 鬼殺隊の活動が、余人には決して知られぬものだとしても構わなかった。――――自分と同じ思いをする人間を少しでも減らせるのならば。

 

 その日も義勇は鬼を倒すために、夜闇に静まる山の中を駆けていた。

 

 人喰い鬼は日光を弱点とするため、奴らは日没後に蠢動(しゅんどう)する。故に鬼殺隊の主戦場も夜となる。

 

 目的の鬼は比較的すぐに見つかった。

 

 (おぞ)ましさを感じさせる捻れた角。人の柔肌を容易に引き裂く鋭い爪と牙。

 ギョロリと(ケダモノ)の如き瞳孔の目を血走らせ、人喰い鬼特有の邪悪な気配を漂わせていた。

 

「ギ、ギィ……………ぉ、鬼狩りィィィ!!」

 

 涎を撒き散らしながら、迷いなく義勇に飛びかかってくる鬼。

 多くの人を犠牲にしてきたのだろう。その動作は俊敏であった。

 

 しかし、愚かなり。

 

「――――水の呼吸」

 

 義勇は冷静に、すらりと鞘から刀を抜き放つ。

 月明かりで僅かに輝く刀身は、湖の如き蒼い色味を湛えていた。

 

 『日輪刀』。唯一鬼を殺せる太陽の加護を持つ、鬼殺隊員の武器の名だ。

 日輪刀で(くび)を切り落とすと、陽光に当たった時と同様に鬼の身体は崩壊する。

 

 日輪刀は使い手である持ち主によって刀身の色が変わる、という風変わりな特性を持っていた。義勇の日輪刀の地金も、染色なしの鋼とは思えぬほど蒼い。

 

 さて――――その時の気分で空の色を変えてしまう太陽のようだ、とは一体誰が話していたのだったか。

 

「壱ノ型」

 

 目の前に鬼が迫っていても、義勇の表情は揺るがなかった。薄く開かれた口からは絶えず奇妙な呼吸音が響いている。

 

 これこそが人の身で鬼を殺す秘術。

 身体能力を劇的に向上させ、常人離れした動きを可能とする『鬼殺の呼吸』。

 

「水面切り」

 

 義勇が刀を振るうと、瞬く間に鬼の頭部は地に落ちた。

 流れる水を幻視するような美しい太刀筋が、寸分の狂いもなく鬼の頸を斬ったのだ。

 

 耳を塞ぎたくなるような断末魔を最期に、人喰い鬼は塵となって消えた。

 

 これで今宵、義勇に与えられた任務は完了した。

 

 ――――――はずだった。

 

 

 

 

 

「……………………これは」

 

 帰り道、そろそろ薄明を迎えようかといった時分のことだ。

 町に向かって二つほど山を越えた辺りで、義勇は鬼の気配を感知した。

 即座に目的地を変更し、雪の深まる山道を駆ける。

 

 任務外の仕事だという思いはなかった。考えるまでもない。

 そこに鬼がいるのであれば斬る。それが全てだ。

 

 ひやりとした山風に、微かに生臭い血の匂いが混じる。鬼の気配はいつの間にか朧気になっていた。日の出も近い、すでに逃げたか。

 

 程なくして義勇がたどり着いたのは一軒家。匂いは山奥にポツンと建つ小屋から漂っている。周囲には血で赤く染まった雪。

 

 ――――ああ、これは、間に合わなかった。

 義勇は誰にもわからぬほど僅かに顔を歪ませた。

 

 それでもまだ生存者が残っている可能性に賭け、急いで戸を開け放った。

 

 

 …………義勇の理解を超えた事態が推移しているとも知らずに。

 

 

 

 

 

「っ、うっ、ぅぅ………………ぉ、にぃちゃ…………!」

 

 義勇が山奥の民家で出くわしたのは、泣きじゃくる鬼の少女と、鬼に寄り添う一人の少年だった。

 その横には何人かの遺体が血だまりの中に倒れ伏している。

 

 ――――ああ、鬼が家族だった人間を喰い殺したのか。

 そう思い、残された少年を守ろうと義勇は抜刀した。

 

 鬼は鬼として生まれるのではない。

 傷口などに鬼の血を入れられることで、人が鬼と化すのだ。

 

 鬼となったばかりの者は、飢餓感から手当たり次第に人を捕食する。特に血縁者は鬼にとって栄養価が高いらしく、遺体もほとんど残らないことが多い。

 

 食欲にまみれながら、あるいは涙を流しながら、鬼が肉親を喰らう。――――長く鬼狩りを続けていれば珍しくもない光景だ。

 

 義勇の蒼き日輪刀がまっすぐ鬼の頸を狙う。

 避けるか、それともそのまま斬られて倒れるか。鬼の頸を斬る時に起こり得るのは、大抵がこの二つに一つ。

 

「――――ッ、誰だ!!」

 

 だから、振り抜いた刃を少年(ひと)に掴まれるのは想定外だった。

 

「なっ…………」

 

 義勇は目を丸くした。

 少年は近くに転がっていた瓢箪に口を付けたかと思うと、鬼殺隊でもなかなかお目にかかれない敏捷さで以て刃物を押さえたのだ。それも()()で。

 

「お前が、家族を――――!!」

 

 力任せにしか思えない動作で、少年は義勇の日輪刀を弾き飛ばした。

 

 義勇に油断はなかった。

 しかし、守るべき相手だからと少年のことは警戒の外に置いていたのは確か。

 

 ここで義勇は初めて少年をはっきりと認識した。

 黒と緑の市松模様の羽織を纏った、赤みがかった髪の子供だ。頭髪と同様の赤い瞳はギラギラと燃え盛るように輝いている。額には何かの疵痕、耳には花札のような柄の飾りが揺れている。正確な歳は知らないが、さりとて体格に恵まれているわけでもなかろう。

 そんな少年が義勇の攻撃を防いだのだ。鬼を――――恐らく家族だった者を守るために。

 

「うぉぉぉおおおおオオオオッ!!」

 

「っ………………!」

 

 少年は丸腰となった義勇を捕らえた。

 一体、小柄な体躯のどこにこんな力があるのか。ギリギリと万力の如く首を締め付けられ、呼吸ができない。まずい、このままでは…………。

 義勇の意識が混濁しそうになった。その時、

 

「ま、待ってお兄ちゃん! 違う、この人じゃない!」

 

「な、何だって………?」

 

 哮る少年の手を止めたのは、少女の姿をした鬼だった。

 

 少年から力が抜け、支えを失った義勇は膝から床に崩れ落ちた。喉が、肺が苦しい。げほげほと咳き込んだ。

 

 霞む目で様子を窺えば、呆然としている少年と、慌てたように義勇に手拭いを差し出す鬼の姿が映った。

 布地を持つ少女の手には肉食獣の如き爪が生え揃っており、口元には牙も見え隠れしている。

 彼女は鬼だ、間違いなく。だのに、彼女は義勇に襲いかかってこない。どういうことだ。ありえない。

 

 だが、何度瞬いても光景は変わらなかった。幻覚かと疑ったが、そうではないらしい。

 

 ――――ああ、そうだ、そうだった。

 この時鬼狩りの義勇は、倒すべき(てき)に救われたのだ。

 

 

 

 

 

 二人の子供が緩慢な動きで遺体に布団を被せている間に、ようやく義勇は内外の調子を整えた。

 

 そうして皆が落ち着いたところで互いに名乗り合い、『自分たちの状況を知るために情報のすり合わせが必要だ』と意見が一致したのは決して偶然ではないだろう。

 

 なるべく汚れの少ない場所を選び、三人は膝をつき合わせた。

 

「俺がいない夜、何があったんだ」

 

 竈門炭治郎と名乗った件の少年が、彼の妹だという鬼の少女・禰豆子(ねずこ)に問い掛けた。

 禰豆子は何かを堪えるように唇を噛み締めている。鬼らしからぬ理性の光が灯る瞳は、悲しみに震えているようにも見えた。

 

「昨日、お兄ちゃんが炭を売りに行った後――――――」

 

 炭治郎共々、義勇が聞かされた事のあらましは次のような内容だった。

 

 夜、彼ら兄妹の家に一人の来訪者があったこと。

 訪れてきた男が赤黒い棘のような何かを使い、兄妹の家族を攻撃したこと。

 少女は急いで()()()から神酒を取って飲んだが、()()()ではまるで歯が立たなかったこと。

 家族を守れず、瀕死状態だったところに、その男の()()()()()()を飲まされたこと。

 何か弦楽器の音がしたかと思うと、男はすぐに消えたこと。

 あまりに()()()()()()()すぐに吐き出したが、僅かに血を飲んでしまったこと。

 

 少女は語りながら、涙としゃっくりで幾度か言葉を詰まらせていた。

 

「ぅぅ…………禰豆子…………!」

 

「お、兄ちゃ………みんな、守れなくてごめ……なさ…………!」

 

 炭治郎は目を潤ませながら、はしっと妹に抱きついている。

 妹の方も、鬼とは思えない親愛に溢れた表情で兄と抱擁を交わしていた。

 涙を流す二人を見て、『その内の片方は鬼だ』などと誰が考えるだろう。

 

 しかし、義勇はそれどころではなかった。

 

「………………………………?」

 

 ぶっちゃけ、話の半分もわからなかったのである。

 

 果たして先程の言葉は日本語だったのか。義勇は訝しんだ。

 いくらか重要な情報が混ざっていた気もするが、それ以上に理解不能なパワーワードが多過ぎた。

 

 義勇もわからないなりに少女の説明を反芻してみたが、頑張って思い返してみても混乱は収まりそうにない。

 それどころか、余計に疑問が深まった気さえしていた。

 

 すぐに鬼の血を排出すれば鬼にならないのだろうか。…………いや、そんな話は聞いたことがない。

 そもそも禰豆子は鬼になっている。義勇の常識からすれば色々とおかしい状態だが。

 

 とりあえず、よくわからない単語について訊いてみよう。そうすれば、少しは話の全貌が掴めるだろう。

 そんな心算で、義勇は日頃固く閉ざされがちな口を開いた。

 

「………………酒呑棚とは、何だ?」

 

「ん? ああ、あれです」

 

 と、炭治郎が指差した方向。

 室内に色濃く残る惨劇の痕跡に眉を顰めながら、義勇が見つめた先には、

 

「…………神棚?」

 

「いえ、酒呑棚です」

 

 雑多な物が供されている神棚にしか思えない祭壇があったのだが、炭治郎にきっぱりと否定された。

 確かに榊は飾られていない。だが、

 

「本当に神棚ではないのか?」

 

「はい、違いますよ。この神酒もいつもはあそこに供えてあるんです」

 

 炭治郎はそう言って、持ち上げた瓢箪をぽんぽんと叩く。

 みき…………御神酒のことか。

 果たして御神酒は瓢箪に入れて供える物だっただろうか。義勇は首を傾げた。しかし、

 

「そうか」

 

 ――――きっと自分が知らないだけで、そういう習慣もあるのだろう。酒呑棚、というのも神棚の亜種か何かに違いない。

 そう納得して、義勇は深く掘り下げなかった。

 

 当然、日本中のどこを探しても彼らの他にこのような文化を持つ者はいない。

 鬼を、それも先祖でもない鬼を崇め奉っているなど、普通は考えられないだろう。

 義勇がまだ気づいていないだけで、目の前の兄妹は例外界の極北をひた走る存在だった。

 

 

 

 その後義勇が「恐らく襲撃者は鬼だろう」と教えると、兄妹は『何もかも全部その襲ってきた鬼が悪い』というあまりにも単純な結論を出した。

 

 二人は揃って『家族の仇をふん縛って、心臓と脳髄を引きずり出して磔にしてやる』と物騒な単語を並べて息巻いていた。

 

 しかし、鬼はそんなことでは殺せない。例え手足を切り落としたとしても再生されてしまうのが鬼である。

 

 「奴らは頸を斬らねば殺せない」と義勇が伝えると、『ならば首を晒しものにして陵辱してやる』と兄妹は復讐に燃え始めた。

 

 頸を斬ると灰になって消えるため鬼を晒し首になんてできないが、生き延びた人間が鬼を憎むのはよくあることなので、義勇はこちらも特に気にしなかった。

 

 

 

 

 

 野生動物に荒らされないように、竈門家五人の遺体は早々に埋葬されることになった。

 突然のことで酷だろうが、いつまでも故人の(むくろ)を野晒しにはできない。いつかは別れねばならないのだ。

 

 義勇も帰還の予定を遅らせて、彼らの埋葬を手伝おうと決めた。

 鬼の襲撃に間に合わなかったことへの贖罪(しょくざい)の意味もある。が、鬼となった少女を観察するためでもあった。

 

 作業中、義勇は繰り返し禰豆子に視線をやった。

 しかし、やはりというべきか、禰豆子は家族の亡骸に食いつくことはない。

 彼女は時折涙をこぼしながら、爪で傷つけぬよう丁寧に家族の遺体を清めていた。何度見ても、鬼狩りには信じがたい光景だ。

 

 義勇が少女を凝視しているうちに、五つの墓穴は掘り終わっていた。炭治郎が謎の怪力で、次々と穴を掘り進めていたのだ。

 鬼を倒すべく肉体を極限まで鍛えている鬼殺隊の人間にも、この少年ほどの筋力を持つ者はほとんどいない。

 顔に能面のごとき無表情を貼り付けたまま、義勇は驚いていた。

 

 義勇は丁重に五人分の遺体を運び、穴の底に横たえた。

 母親が一人と兄妹が四人――――――もしかしたら、義勇が救えたかもしれない命。

 三人で協力して土を被せ終えると、義勇は合掌し黙祷した。

 ――――――すまなかった。

 

 黙祷を終えると、質素な墓の前で祈り続ける兄妹から少し離れた場所で、義勇は一羽の鴉を呼び出した。

 

 『鎹鴉(カスガイガラス)』。

 鬼殺隊において伝令役を務める、言語を解するほど高い知能を持った特殊な鴉である。

 

 義勇がいくつかの伝言を頼むと、彼の老いた鴉はカアと一鳴きして飛び立った。

 鴉が向かう先は鬼殺隊の本部、産屋敷(うぶやしき)邸。

 禰豆子を『ただの鬼』として斬れなくなった義勇は、兄妹への対処を組織の長に丸投げすることにしたのであった。

 

「あの…………冨岡さん?」

 

「なんだ」

 

 義勇が鴉を飛ばした頃には、竈門兄妹も家族との別れを終えていたらしい。

 おずおずと炭治郎が話しかけてきた。

 

「冨岡さんはこれからどうするんですか?」

 

「任務が来たら鬼を狩りに行く」

 

 と言ってはみたものの、すぐに任務が来ることはないだろう。少なくとも義勇の鴉が帰ってくるまでは。

 

 ならば町で休息と鍛錬か。…………いや、指示があるまでは禰豆子を見張った方がいいか。

 本来ならば隊律違反になるのだが、義勇とてここまで来て彼女が普通の鬼だとは思っていなかった。

 だが、それでも万が一ということがある。常に最悪を想定して動かねばならない。

 ――――そうでなければ()()喪うことになる。 

 

 熟考中、義勇はぴくりとも表情筋を動かさなかった。

 永遠に続くかに思える無言と無表情。彼の整った顔立ちも相まって、一般人であれば()に耐えきれなくなるほどの()を放っていた。

 

 しかし炭治郎は義勇の沈黙に臆することなく、すんすんと鼻を鳴らす。

 途中まで不思議そうな表情を浮かべていたが、やがて『心得た』とばかりにポンと手を打った。

 

「あの! 家で良ければ泊まっていきませんか? お礼もしたいですし」

 

 炭治郎からの突然の申し出に、戸惑う義勇。

 

 埋葬を手伝うといって残ったにも関わらず、義勇の作業量は微々たるもので終わっている。つまり、大した貢献はしていないのだ。

 それに、互いの不幸な行き違いが原因だったとはいえ、結果として義勇は人間に刃を振るってしまった。

 そんな自分に、彼らからお礼を受け取る資格なんてない。

 

 そのようなことをつらつらと頭の中で考えつつ、義勇は「俺には必要ない」という言葉を繰り返した。

 

 言葉少なな義勇に対し、竈門兄妹は気を悪くすることもなく、礼をさせてほしいと言って聞かなかった。

 礼を受け取るには据わりが悪く、義勇はせめてもの抵抗として無言でそっぽを向いたが、最終的には兄妹の押しに勝てなかった。

 

 

 

 

 

 薄暮の頃。ところどころ惨劇の爪痕を隠された竈門の家では、亡くなった者たちへの弔いが行われようとしていた。

 秘蔵の物だという(さかな)が並べられ、義勇の前にも杯が置かれている。………………まあつまり、これより行われようとしているのは酒宴であった。

 

 炭治郎はきゅぽんと瓢箪の栓を抜き、とくとくと杯に注いでいく。

 その室内に籠もる匂いだけで、義勇の意識は明滅しかけていた。

 

「母さん、竹雄、茂、花子、六太の冥福を祈って………………献杯」

 

「献杯」

 

 家族の弔いだと言って、堂々と酒を飲み交わす兄妹。

 故人を悼むためとはいえ未成年者が飲酒するのはどうなのか、と義勇は思った。

 

 だが恐らく、あれが彼らの流儀なのだろう。ならばきっと余計な口出しをすべきではない。

 空気を読むことを苦手とし、おまけに口下手でもある義勇は、ただ黙しておつまみの鮭とばを()んでいた。

 

 無論、実際には流儀なんて格好の良いものではなく、ただ単に飲まねばやっていられなかっただけである。

 大きな声では言えないが、炭治郎と禰豆子は隠れ酒豪だった。

 

 水を飲むかのような勢いで、兄妹は二杯目に突入していた。

 

 そんな兄妹を横目に、義勇は未だ神酒に口を付けていないのに酔いそうになっていた。

 …………いや、既に酔っているのだろう。

 

 だからこそ、見間違いだと初めは思った。

 

 こくっと二杯目の酒を呷る少年、その杯を持つ指先に鋭い爪が生えていた。

 義勇は目を疑った。あれは、鬼の爪だ。

 

 いや、爪だけではない。少年が神酒だという液体を飲む度に、人であったはずの少年が変貌していく。

 (やじり)のように尖った牙、きゅっと窄まり縦長に変形した瞳孔。顔や腕には、赤錆色の奇妙な刺青のような痣が浮いてきている。

 

 硬直している義勇の前で、炭治郎が次の神酒に手を伸ばす。

 少年が三度目の杯を飲み干せば、終いには額から小さな角が生えてきた。

 

 そこにいたのは、どこからどう見ても()だ。

 

 何が起こっている。まさか、あれは鬼に変わる酒…………なのか。いやしかし、そんなことがありえるのか。

 義勇は僅かに眉を動かすと、鮭とばを咥えたまま器用に唸った。

 

 しかも、見た目はどうしたって鬼なのに、慣れ親しんだ人喰い鬼の気配がしないのだ。義勇が目を瞑ってしまえば全く区別がつかないほどに。

 ――――違う。彼は己の良く知る人喰い鬼では……ない?

 

 思えば、彼の妹もおかしなことだらけだった。

 義勇の知識にある鬼とはかけ離れたその在り方。兄の変身と無関係とは考えにくい。

 

 彼らは一体なんなのか。しかし、何と訊ねればいい。

 

 うんうんと散々悩んだ末、義勇の口から飛び出したのは直球過ぎる単語だった。

 

「鬼」

 

「あっ」

 

 ()()()()()()()

 炭治郎がそう言葉を漏らしたのを、義勇は聞き逃さなかった。

 この少年は何かを知っている。義勇は炭治郎に視線を注いだ。

 

「見間違い…………で誤魔化せないですよね」

 

 義勇の首肯。それを受けて言いよどむ様は、やはり()()()()からは程遠いように見える。

 

 小さな鬼の少年は義勇の圧力に観念したらしく、静かに杯を置いた。

 

「その、俺たちもさほど詳しくはないんですが…………何でもうちの遠い祖先に『鬼』がいたとかで、この神酒を飲むと鬼の力が甦るらしいんです」

 

 「俺と禰豆子以外だとこうはならないんですけど。それを抜きにしてもすごく美味しいんです」と少年は続けた。

 

 これには義勇も顔に出るほど驚愕した。

 

 ――――先祖に鬼? 鬼が自分にとって食糧でしかない人との間に、子を成したということか?

 

 あまりにも信じがたかったが、仮にそれが真実であれば彼らは『先祖返り』のようなものなのだろう。

 禰豆子が人を喰わなかったのも、これが関係しているのか。

 

「良ければ、あなたもこれを飲んで家族を弔ってください。その…………攻撃してしまったお詫びもありますし」

 

 聞けばこの瓢箪の酒は門外不出。他には決して振る舞わないものらしい。

 『神酒』だというからには、おいそれと配るわけにはいかぬのだろう。

 

 炭治郎は義勇の前にあった杯を寄越してくる。

 どうもこれは『鬼に成る酒』ではなく、ただの由緒ある酒。飲んでも鬼に成るのはこの兄妹限定。

 

 ――――ならば一口ぐらい、飲んでもいいか。

 ぐらりと気持ちが傾く。

 

 端的に言って、義勇は兄妹の人柄にあてられていたのだ。

 会話の大部分を発声することなく自己完結させてしまう癖がある義勇。そんな彼と優しく交流してくれる()()()()()相手は数えるほどしかいない。彼の内面まで酌んでくれる人物は貴重だ。

 久々に居心地がよかった。珍しく会話が弾んだ。そう感じるほど、警戒を解いていた。

 

 それが義勇の敗因だった。

 部屋に充満する酒気を思えば、それ以上近づいてはいけなかったのに。

 

 杯に口を近づけて液体が唇に触れる――――その直前にぶわりと多量の酒気が鼻腔に到達し、義勇の脳幹を揺さぶった。

 目の前が真っ白に染まる。

 

「と、冨岡さん…………!?」

 

 困惑する炭治郎の声も、義勇には既に聞こえていなかった。

 昏倒する直前、義勇の胴体を禰豆子が支え、杯を炭治郎が掴んだことで、床に両方が落ちる結末は訪れなかった。

 

 炭治郎の手に移った杯の中では、注がれた量そのままの神酒が波打っている。

 

 とどのつまり、義勇は香りだけで酔いつぶれたのであった。

 

 

 




【キャラクター(捏造マシマシ)】


炭治郎
 兄妹の中で一番の笊(神酒基準)。
 神酒を飲むと先祖返り(=鬼化)する。先祖返りすると怪力を発揮したり、怪我が治りやすかったり、炎を操ったりできる。
 酒気が抜け、魔力が足りなくなると鬼化も解除される。なお、角が生えるほど飲むとさすがに二日酔いするのだとか。
 この後は酔拳的なノリで鬼狩りする予定。
 鬼ごろし? ああ、いい舌触りのお水ですよね!()


禰豆子
 神酒基準で笊。
 炭治郎と同様、神酒を飲むと先祖返りする。
 襲撃時に無惨様の血を飲まされたが、あまりに不味いので即座にペッした。でもちょっと血を取り込んでしまったので爪とか牙が尖って戻らなくなってしまった。あんにゃろう許さん。
 そんな状態なので、鬼舞辻無惨の呪いは効いていない。人への食欲がないわけではないが、そんなものより神酒が飲みたい。



『竈門家先祖返り共通スキル』

☆鬼種の魔:D ~ C
 天性の魔(D程度)、怪力(C程度)、カリスマ(E~D程度)、魔力放出(炎)(D~C程度)、等との混合スキル。
 飲酒状況によってランクが変動する。

☆血脈隆起:B
 飲酒をトリガーとし、鬼種としての力を一時的に増幅させるスキル。

☆果実の酒気:E++
 対象を泥酔させるスキル。ランクは低いため相手の思考を多少鈍くさせる程度の効果しかない。が、神酒を併用することでその影響力は跳ね上がる。

☆狂化:E- ~ C
 飲酒状況(=鬼化の度合い)によってランクが変化する。
 飲めば飲むほどパワーアップするが、思考回路が鬼寄りになる。





 鬼滅沼は一度ハマると抜けられなくなるからみんなも気をつけようね!!! 誰かタスケテ

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