茨木の末裔は神酒を継承す   作:ちみっコぐらし335号@全国ロードショー

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 い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ!!!(汚い高音)
 何でこんなことになってるの!? 鬼滅沼マジで怖すぎるんだけど!?
 ヤバい死ぬ絶対これ死ぬわだって珍妙な蒲公英が憑依してきたからな!!!
 あ゛あ゛あ゛!! もう無理!!!(断言)





 あ、今回は前回以上の捏造に次ぐ捏造です。逃げるなら今のうちですよ。

 名状し難き我が妄想に恐れ戦くがよいわ、クハハハハ!!(深夜テンション)



無慈悲と由縁

 ◆

 

 

 

 

 

☆無惨死すべし慈悲はない

 

 

 

 その日、生き残った兄妹は、鬼には二種類あるのだと知った。

 

 一つは自分たちの先祖のように、恐らく生まれながらにして鬼であったもの。

 そしてもう一つは、とある鬼の血によって後天的に鬼と成ったもの。

 

 後天的に鬼と化した者は、人を襲い、そして喰らうようになる。

 そんな『人喰いの鬼』を作り出している血の持ち主の名前は『鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)』。

 

 禰豆子に血を飲ませたことから見て、兄妹の母と弟妹四人を殺した犯人は鬼舞辻無惨で間違いないだろう。

 

「鬼舞辻、無惨…………!」

 

 義勇から黒幕の名を聞いた時、兄妹はぎゅっと拳を握り締めた。

 

 伝え聞いた人喰い鬼の有り様は、まるで疫病のようだ。

 

 一度その病に罹れば太陽の下を歩くこともままならず、死ねば骸すら残らないのだという。

 

 歪んでいる。そんなもの、生き物ではない。

 断じて『鬼』ではない。

 許せない。許してはいけない。

 そんな紛い物はいらない。

 

 この世の鬼は、酒呑童子だけでいいのだ。

 今もきっとどこかで生きている――――そう竈門の者(おにのまつえい)が信じている女鬼だけでいい。

 

「倒そう」

 

 打倒、鬼舞辻無惨。

 家族の仇を取るために。鬼の血を引く者として、暗闇に蔓延(はびこ)贋者(ニセモノ)を一掃するために。

 炭治郎と禰豆子は戦うことを決意した。

 

 そうして家財道具の中から必要になりそうな荷物を纏め、家族の墓に手を合わせた後、

 

 

 

「う………………頭が……割れそうだ…………」

 

 

 

 炭治郎は布団の上で横になっていた。

 

 頭痛に呻く少年の症状は、紛うことなき二日酔い。

 ほんの数刻前まで角や牙を生やした鬼だったとは到底思えない弱りようだった。

 

 炭治郎は禰豆子が持ってきた水挿しを受け取り、込み上げてくる何かを押し流すように水を飲んだ。

 

「もう…………お兄ちゃん飲み過ぎなんだから」

 

 二杯目で止めておけば良かったのに、と禰豆子は兄を見下ろしながら溜め息を吐いた。

 

 竈門家に伝わる神酒は、とてつもない酒精を誇る酒だ。如何なる酒や酒豪であろうと、神酒の前では水と赤子も同然。

 神酒に選ばれた(せんぞがえりの)炭治郎と禰豆子だからこそ飲める化け物酒なのである。

 

 そんな炭治郎と禰豆子であっても神酒の飲酒量には限界がある。

 飲めば飲むほど鬼の力が湧き上がるとはいえ、身体の基礎は人間だ。

 鬼をも酔わせる酒に、どこまでも耐えられる道理はない。

 

 それでも飲んでいる時はまだいい。心も身体も文字通り鬼のようになっているから。

 だが無理をすれば、酔いが醒めて身体が元に戻った時に反動が来る。角が生えるまで飲めば、人に戻った翌朝には二日酔い確定だ。

 

 これまでの経験則で神酒を三杯ほど飲むと鬼の角が生えてくることはわかっていた。

 だから昨夜の禰豆子は飲みたい気持ちをぐっと堪えて、三杯目の神酒を控えたのである。

 

 しかし炭治郎は魅惑の三杯目に手を出した。我慢している禰豆子の横で、美味しそうに喉を鳴らしていた。

 それに加え、日中に少々摂取していた分の酒気が抜けきっていなかったので、いつもよりひどい痛みを覚えているのだろう。

 

 しょうがない人だ。…………それでも、反動が来ると理解していても飲みたくなった兄の心中は、禰豆子にも痛いほどよくわかった。

 神酒が美味しいからだけではない。…………辛いことを忘れられるから。

 

 家族五人が亡くなったのは己の力不足が原因だと禰豆子は思っていた。自分に力があれば、母や弟妹の命をきっと救えたはずだ。

 にも関わらず、優しい兄は決して禰豆子のことを責めなかった。むしろ炭治郎は、その場に立ち会えなかった己の方にこそ責任を感じているようだった。

 

 ――――そんなことはない。あの場で一番力のあった自分が皆を守らなきゃいけなかったのに。

 

 一息吐いて、禰豆子は手を睥睨(へいげい)する。

 女性らしい細身の指の先には、どの角度から見ても鋭い爪が生えていた。…………やはり戻っていない。

 

 禰豆子は二日酔い患者の看病の合間、汚れてしまった着物の洗濯や修繕を行っていたのだが、その時どうしてか爪が妙に邪魔くさく感じた。

 

 もしや、と舌で口内をなぞるように確認すれば、犬歯も長く尖っていた。――――間違いない、鬼の牙だ。

 

 ただの変調とも思えず、禰豆子は嫌な予感を覚えた。

 

 当然すぐに爪を切りそろえたが、切っても切っても気づいた時には鋭利な形に伸びてしまっている。

 幾度かの奮闘を経て、ついに禰豆子は爪切りを諦めた。完敗だった。

 牙は口を大きく開かなければそうそう気づかれないだろうが…………。

 

 兄と同様、昨夜の神酒はもう禰豆子の体内から抜けているはずだ。神酒の効力が切れれば、鬼からただの人間に戻る。だのに、少女の身体には人ならざる者の特徴が残っていた。

 

 暗澹(あんたん)たる惨劇の後から禰豆子の身体に発生した異変、それは――――『身体が元に戻らない』というものだった。

 

 元々禰豆子は兄妹の中で炭治郎に次いで二番目に酒に強かった。

 ほとんど神酒を飲めない下の子たちとは違い、神酒によって鬼の力を得ることができた。

 

 それでも神酒を飲んだ後は、少量の飲酒であっても軽い体調不良が残ることはままあった。…………とはいえ、二日酔いと断じるほどではなく軽い倦怠感程度であったが。

 

 しかし今は体調の悪さを全く感じていない。多少の気だるさは覚悟していたが、先祖返りの反動自体がないかのようだ。

 

 おかしい。急に神酒に耐性ができるなんて、普通はありえない。

 そう、普通はありえないのだが――――残念ながら心当たりが一つだけあった。

 

 鬼舞辻無惨とやらが飲ませてきたあの()()()()。そのせいとしか考えられない。

 

 人を人喰い鬼に変えるという魔の血液。

 恐らくその血を少し取り込んでしまったことで、禰豆子の中の『人の部分』が変化を起こしてしまった。その結果、神酒の反動が減ったが、代わりに身体が人に戻らなくなったのではないか――――――彼女に考察できたのはここまでだ。

 

 禰豆子はふぅと嘆息すると思わず顔をしかめた。

 件の血は、汚泥であらゆる腐った物を煮詰めたような酷い風味だった。思い出すだけでも吐き気が込み上げてくる。

 

 無惨の血(あれ)に比べればそこで寝ている兄の方が余程美味しそうだ。

 きっとあの首に噛みつくと温かな血が口いっぱいに広がって、肉は瑞々しく弾力があり滑らかな舌触りで――――――いや、自分は今何を考えていた?

 禰豆子はぶんぶんと(かぶり)を振った。

 

 竈門家が鬼の末裔と言っても、飲酒時以外は人間とほぼ変わらない生活を送っている。そのため禰豆子は『人間が美味しそうだ』という発想自体に忌避感を覚えた。

 

 なるほど、この『人に対する食欲』が人喰い鬼の感覚か。

 少女は一瞬『今まで以上に神酒を飲めるのでは?』と血を飲まされたことを肯定的に捉えかけていたが、それも即座に憎しみへと転化した。

 

 許すまじ、鬼舞辻無惨。

 

 禰豆子はとりあえず、神酒の味を思い出して気を紛らわすことにした。

 人肉を食した経験などないが、神酒より美味いはずがない。

 

 そんな妹の葛藤も知らず、ようやく頭痛に打ち勝った炭治郎はすやすやと寝息を立てていた。

 

 そして炭治郎の横には、二日酔いに苦しむ人物がもう一人。

 

「………………ぐ」

 

 炭治郎と同じように布団の上に寝かされているのは、鬼殺隊の冨岡義勇である。

 

 昨夜の酒宴では一口も飲んでいないにも関わらず、彼は酷い頭痛に悩まされていた。

 

 無理、辛い、しんどい――――――鬼との戦闘で痛みに慣れているはずの義勇の身体が、まるで駄々をこねているかのように言うことを聞いてくれない。

 

 太陽が中天に差し掛かった頃、開け放たれていた戸から義勇の鎹鴉が入ってきた。

 降り立った鴉はよぼよぼと覚束ない足取りで義勇の枕元まで歩いてきたが、彼は寝そべった状態から動けそうにない。

 聞き慣れているはずの鴉の(しわが)れた声すら、頭に響く不協和音のようだった。

 

 鴉はしばしの間、つっかえつっかえ伝令を発していたが、義勇からの反応が乏しいことに気づいたらしい。

 カァとまずは鳴き声を一つ。億劫(おっくう)そうに飛び立つと、義勇の顔面に向けてぺしっと手紙を落とした。

 

「…………………………っ!」

 

 それは、鬼殺隊の長であるお館様からの文だった。

 

 義勇は力を振り絞り、文を広げて内容を確かめる。

 二度、三度と視線を往復させ、吟味するように瞼を下ろしたかと思うと、緩慢な動作で上体を起こした。

 

 禰豆子に頼んで筆記用具を借り受けた義勇。彼は震える手で蛇がのた打つが如き文字を綴り、己の鴉に文を預けて再び飛ばした。

 羽ばたきに合わせて鴉の姿が小さくなっていく光景を見届けた後、義勇は力尽きたようにばたんと布団に突っ伏し、そのまま泥のように眠り続けた。

 

 

 

 炭治郎は日が落ちる頃には歩けるまでに回復したが、寝こける義勇をそのまま置いていくわけにもいかず、彼らの出立予定は翌日にずれ込んだ。

 

 

 

 

 

「――――これからお前たちには狭霧山(さぎりやま)に向かってもらう」

 

 朝一番、身支度を整えた義勇がそう口を開いた。

 

「狭霧山、ですか?」

 

「そうだ。着いてこい」

 

 ――――鬼舞辻無惨を倒したいのだろう?

 義勇がそう続けると、兄妹の目に火が灯った。

 二人の表情に宿るのは報復への篝火(かがりび)。必ずやかの悪鬼を討たんとする強い意思だ。

 

「――――――はいっ!」

 

「お願いします!!」

 

 纏めてあった荷物を掴んだ兄妹は、義勇の後に続いて駆け出した。

 

 雪を踏み散らしながら、ぐんぐんと故郷の山を降りる。――――鬼さえ来なければ、きっとこれからも家族で暮らしていくはずだった山を。

 

 後ろ髪を引かれる思いについつい振り返りそうになるが、炭治郎は唇を噛み締めて前を向く。

 もう一度故郷の土を踏む時、それは家族の仇である鬼舞辻無惨を討ち果たした時だ。

 

 

 

 義勇を先頭に、三人は狭霧山に向けて黙々と足を動かした。

 

 峠を一つ越え、二つ越え、小さな村が見えてきた時、義勇はここまでかなりの速度で進んできたことに思い当たった。

 

 全力でこそないが、義勇は身体能力を上げる『呼吸』を常に行っている。

 慣れない者にこの速さは辛いはずだ。

 

 義勇は一度、足を止めた。

 

「あの村で休む」

 

「だ、大丈夫です!」

 

「私たち、まだ行けます」

 

 背後から上がった思いの外元気そうな声に、義勇は振り向いた。

 

 兄妹はうっすらと汗をかいているが、自分の足で立っている。疲れてはいるようだが、過呼吸も痙攣(けいれん)も起こしていない。

 

 二人のまっすぐな眼差しが、早く無惨(かたき)を倒したいのだと物語っていた。

 

「…………そうか」

 

 義勇は眉間に皺を寄せながら一言ぽつりと呟いた。

 

 ――――本当にいいのだろうか。彼らを連れていって。

 後に続く兄妹を見て、ふとそんな迷いが義勇の中で(もた)げた。

 

 鬼と――――鬼舞辻無惨と戦うということは、義勇と同じ鬼殺隊に入るということだ。

 鬼殺隊の任務は命がけだ。亡くなる者も珍しくない。…………この兄妹のどちらか、あるいは両方が欠ける可能性も否定できない。

 

 過酷な環境に身を置く先達として、諫めるべきなのかもしれない。

 もっと自分を大切にしろ、と。

 

 しかし、様々な要因が重なった結果とはいえ、曲がりなりにも鬼殺隊として戦いに明け暮れてきた義勇を下したのだ。

 

 ――――素質は充分にある。意思もある。ならば、入隊を止める資格は己にない、か。

 義勇は迷いを振り払い、そう結論を下した。

 

 ただ問題があるとすれば、鬼の子孫だという兄妹が鬼殺隊に認められるかということ。

 

 義勇を含め、鬼殺隊の隊士には親兄弟を鬼に殺された者も多い。

 果たして、鬼に変身できる兄妹が鬼殺隊に受け入れられるだろうか。

 

 ――――いや、それは己の関知することではない。お館様の言う通りにすれば、悪い事態にはならないだろう。

 

「日が暮れる前に行くぞ」

 

 この山の向こうに、確かもう一つ村がある。

 

 内心で兄妹を気遣っていた素振りも見せず、義勇は一歩踏み出した。

 

 ひくひくと鼻を動かし、義勇の言葉にならない一連の感情を嗅ぎ取っていた炭治郎はくすっと笑い、禰豆子に耳打ちした。

 なんて口下手な人だろう、と。

 

 

 

 

 

 日暮れ前に到着した村、その外れに建っていた空き家を借り、三人は一晩を過ごした。

 

 明け方、バサバサと響く羽音に義勇は目を覚ました。義勇ののそのそとした起床につられて、兄妹も起き出した。

 羽音の主は鎹鴉――――若き鬼狩りに新たな任務を告げに来たのだ。

 

「俺はここまでだ」

 

 日輪刀の具合を確かめた義勇はやおら立ち上がった。

 残念だが、義勇の先導はここで終わりだった。

 

「この道を辿れば、狭霧山まで行ける」

 

 別れる間際に義勇が指差した道を、炭治郎と禰豆子は歩き続けた。

 

 義勇から紹介されたのは、狭霧山の麓に住まうという一人の老人だ。

 兄妹が会うべき人物、その者の名は鱗滝(うろこだき)左近次(さこんじ)という。

 

 

 

 

 

 夕刻、山の中腹に差し掛かった辺りで二人は古びたお堂に辿り着いた。

 破れた障子紙の向こうに薄ぼんやりとした灯りが見える。

 

 ちょうどいいので軒先を借りようかと思っていたが、腐ったような血の匂いに彼らは立ち止まった。――――人喰い鬼の匂いだ。

 

 兄妹は無言で視線を交わし、頷きあった。

 人喰い鬼(ニセモノ)がいるなら、倒さねばならない。でなければ犠牲者が増えるだけだ。

 

 そうと決まれば、まずは一献。

 炭治郎が神酒を飲み、次いで瓢箪を受け取った禰豆子が飲んだ。

 

 恐らく神酒を飲まずともある程度の頑強さが担保されている――――鬼化(せんぞがえり)が解けなくなっているであろう禰豆子が神酒を後に飲む。この順番は二人の間で事前に取り決めていたことだった。

 炭治郎は渋っていたが、『もう家族を失いたくない』という禰豆子の懇願に折れた。どれほど石頭な兄でも、かわいい妹の真剣なお願いには勝てない。

 

 二人は護身用に持ってきていた斧と小刀をそれぞれ構え、炭治郎が戸を蹴り破った。

 ――――突撃だ。

 

 侵入したお堂の中には血の臭気が充満していた。

 床には男女数人の遺体が転がり、壁には血痕が付着している。

 

 その遺体の傍らに屈み込んで、腕に食いついている男の人影が一つ。

 人喰い鬼、すなわち敵だ。

 

「あァ? 何だお前ら――――」

 

 鬼が何かを言い終わる前に、炭治郎が振るった斧は鬼の顔にめり込んだ。ぐちゃりと頭骨が潰れるような手応えがあった。

 

「禰豆子ッ!!」

 

 ――――お堂の中で戦って、遺体にこれ以上の欠損を与えては可哀想だ。

 そう思った炭治郎は、身体の回転を利用して鬼を外にぶん投げた。

 

 ――――外では禰豆子が待っている。

 

「任せて!」

 

 頸を狙って、小刀を振るう禰豆子。

 

 小刀の切れ味自体は良いものではなかったが、鬼の膂力で放たれた一撃は見事に人喰い鬼の頭と胴体を分断した。

 

「あれ…………?」

 

 ――――意外と大したことが…………ない?

 もう少し手こずるものと思っていたが、あっさりと頸を斬れてしまった。

 禰豆子は首をひねった。

 

「――――まだだ、禰豆子!」

 

 炭治郎の叫び声を聞き、禰豆子は弾かれたように顔を上げた。

 

 目の前で、頭部のない身体が動いている。

 

「――――――――!」

 

 弱点だと聞いていたはずの頸斬りが効いていない。

 

 すぐに鬼の身体から距離を取った禰豆子。

 彼女に迫っていた鬼の頭を叩き落としたのは炭治郎だ。

 

「お前ら、人間か、鬼か!? おかしな気配をさせやがって!」

 

 鬼の頭が唾を飛ばしながら吠えた。炭治郎が先程砕いた顔面は元通りに再生している。

 鬼は顔の横から腕を一組生やし、炭治郎に襲いかかった。

 

「あの状態で動けるのか…………!?」

 

 ――――あと見た目が気持ち悪い。

 

 喚く鬼を黙らせるため、炭治郎は脳天に斧を振り下ろした。

 分厚い刃によって頭蓋が陥没し、鬼の頭部は地面にべちゃりと落下した。

 

「ウギャ!?」

 

 悲鳴を上げた後は大人しくなったが、熟れすぎて落ちた果実の如き肉塊になってももぞもぞと動いている。

 

 禰豆子の方を見ると、手足を落とされた鬼の胴が地面をのたうっていた。――――これでも死なないのか。

 

 炭治郎は禰豆子に駆け寄った。

 

「弱点をついたはずなのに…………どうして殺せないんだ?」

 

 あの親切な鬼狩りが嘘を言っていたとも思えない。禰豆子もそれに同意した。

 

「もしかしたら、何かが足りないのかも。道具とか条件とか」

 

「よし、ならどうやったら死ぬか色々と試してみるか」

 

 顔を再生中の鬼はそれを聞いて青ざめた。――――こいつら何も知らないのかよ!?

 

 そう、炭治郎らは『頸を斬らねば人喰い鬼を殺せない』とは聞いていたが、そのために必要な日輪刀のことは何一つ知らなかった。

 

 お堂にいた鬼はこの後無理やりくっつけられた頸をねじ切られ、みじん切りにされ、拷問紛いのことを朝日が昇るまで受け続けた。

 

 

 

 その光景を最後まで遠目に見ていた白髪の男性が一人――――赤い天狗の面を被ったこの翁こそ、鱗滝左近次だ。

 鱗滝は厳めしい天狗面の上から額を押さえた。

 

 弟子の義勇から紹介されて来たのは、とんでもない兄妹だった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

☆流れの茨木が竈門の始祖になった由縁

 

 

 

 ――――酒呑と別れ、京を離れ、一体どれほど歩いたのであろうか。

 

 これといった目的地もなく、ふらふらと行脚し続けている。

 朝から晩まで、眠る以外の行為を全て移動にあてていた。

 

 疲れてなどいない。鬼だから。当然だ。

 

 例え地の果てまで駆けたところで、疲労を覚えるはずもなし。

 

 鬼は強靭だ。脆弱な人なんぞとは違うのだ。

 だから、違う。疲れてはいないのだ、疲れては。

 ただ、そう、

 

「腹が空いた…………」

 

 空腹だけはどうにもならない。

 腹が減った。ああ、そうだ、腹が減ったのだ。

 

 最後にまともな物を喰らったのは、いつだったか。

 さすがに一月(ひとつき)は超えていないはずだが。もう日付は覚えていない。数える気力はとうに尽きた。

 

 どこかで人の蓄えを奪おうと思っても、近頃は民家どころか人の気配も皆無。

 ならば、と木々の恵みを探すが、深い山だというのにろくな果実もない。

 獣の類も鬼の気に(おのの)いているのか、とんと姿を見せなかった。

 

 ――――ええい、揃いも揃って根性なしめ。

 鹿ならともかく、猪や熊まで隠れおって。

 近くにいればその命、余すことなく喰ろうてやるのに。

 

 こうなれば人を喰らうか。

 しかし、しかしだ。正直に言って、あれは不味い。

 大した肉も付いていない癖に、噛むと筋ばかりが主張してくる。骨ばかりが多く、食いでがない。枯れ枝を()んでいる気分になる。

 悪食(あくじき)でなければ好んでは喰わないだろう。

 

 それに、一つ殺すと十も二十もわらわらと集まり、やれ仇討ちだなんだと群がってくる。

 大江山にいた頃ならともかく、ただ独りで相手にするのは些か面倒だ。

 

 だが、背に腹は代えられない。

 

 よし、次に出逢った人間を襲おう。

 いや、次に目にしたものは、人だろうが獣だろうが果物だろうがとにかく喰らう。そう、決めた。決めたのだ。

 腹が減りに減っているのだ。今ならきっとどんな馳走よりも美味く喰える。

 

 だから来い、人の子よ。疾く来たりて、鬼の血肉となるのだ。

 

 

 

 ――――そんな決心から、はや二日。

 

 

 

「な、何故だ…………」

 

 本当に何もない。何もなかった。

 二日間で多少は山並みが変わった気もするが、景観の変化で腹は膨れない。

 

 何なのだこの山は。

 ここの生物は何を日々の糧にしている? まさか雲か霞でも喰っているのか。

 そうとしか思えなかった。

 

 鬼は強い。他のどの生物とも比較できないほどに。

 

 だが、生き物である限り、腹は減る。

 

 空腹はつらい。心が惨めになる。弱気になる。

 鬼だというのに。鬼らしくあらねばならないのに。

 

 腹が減った。力が出ない。

 強く、誇り高く、鬼らしく。言い付けを守らねばならないというのに。

 

 ――――ああ、酒呑。酒呑はどこだ。酒呑はどこに行ったのだ。

 

 他の鬼は皆()られた。

 京の武士(もののふ)に皆倒された。

 

 あれらは恐ろしく強かったが、それでも鬼が人に奪われるなんぞ真っ平だ。

 だから、最期まで戦って果てようとした。

 

 しかし、酒呑はあっさり引き上げると言った。頃合いだ、とも。

 そして餞別に、といつもの酒を小さな瓢箪に入れて寄越し、別の方向にふらりと消えた。

 

 酒呑はあれからどこに向かったのだろう。

 …………まあ酒呑ならどこに行こうが無事に決まっているが。

 

 歩を進めるたび、瓢箪の中でちゃぷんと音がした。

 酒呑から貰った酒呑の酒。酒呑との大切な繋がり。

 

 空腹だからと手を付けるのは、否だ。

 そんなことのために、これを飲むわけにはいかない。

 

 これは酒呑からの信頼の証だ。そして、再会した時に飲む祝い酒だ。そうしようと誓っている。

 …………そもそも酒精が強すぎて大した量を飲めないが、それはそれ。

 

「…………寝るか」

 

 これ以上歩いて、空腹をこじらせたくない。

 

 歩いて見つからないのであれば、どしっと腰を落ち着けて獲物が来るのを待つのもまた一興か。

 

 ――――ああ、早く来い。人か獣か何がしかの肉袋。

 その頸を手折り、柔い腹を裂き、滴る血肉を(すす)る。本能のままの食事が、今は何より耽美(たんび)な味わいとなろう。

 

 さあ、早く。早く、早く、はやく…………。

 

 

 

 

 ………………………………。

 

 

 

 

 

「…………み………………」

 

 深く、深く、意識を沈めていた。

 

「……ぃ…………きみ………………」

 

 何か、音が聞こえた。

 ゆさゆさ、ゆさゆさと心地よい揺れが、虚ろな意識を浮上させる。

 

「…………なぁ、おい。君、大丈夫か?」

 

「……………………な、ん……だ…………?」

 

 ゆっくりと瞼を押し上げる。

 やがて像を結んだのは人間の男だった。

 

 人間の男。

 そう――――待ち望んでいた食糧(えもの)だ。

 

 そう認識した瞬間、勢いよく飛び起きた。

 絶対に逃さない。逃がしてやるものか。

 

「――――――――――ッ!」

 

 指をぴんと伸ばして爪を揃え、貫手(ぬきて)の形で突き刺す。

 ただそれだけで、目の前の哀れな人の子は命を散らすだろう。

 

 想像しただけで口の端がつり上がり、涎が零れ落ちそうだ。

 喰える、喰えるぞ。やっと喰える。

 

 鬼の魔手が迫る中、男が口を開く。

 

 ――――なんだ、何が言いたい?

 聞くに堪えない命乞いか、言葉にならない悲鳴か。

 常であれば無視するが、その身を捧げる事実に免じて、今回だけは耳を傾けてやろう。

 

 ――――さあ、お前は一体何を(さえず)るのだ?

 

「――――――ああ、良かった。生きていた」

 

 腕が、止まった。

 

 男は今、鬼に襲われている。

 だのに、その者は満面の笑みを浮かべて、そうほざいたのだ。

 何かに化けているわけでもない。強く気高く恐ろしいほど美しい、ありのままの鬼の姿を晒しているのに。

 

 ――――何故、そのようなことをのたまった?

 

「ぐっ………………!」

 

 手を振り抜けなかった。

 彼我の距離はあと一寸もなかったのに。

 

 一息に()れなかった。何故、何故だ。花を摘むよりも容易い行為のはずだ。

 どうして。どうして、身体が動かないのだ。

 

 ぐううぅ、と。

 そのまま固まっていると、腹の虫が一等大きな声で鳴いた。

 

 ああ、(うるさ)い。あと少しだ。あと少しでこの男を喰えるのだ。喰えるはずだ。だから、静かになれ。鳴くな。

 だが、いくら落ち着かせようとしても、腹の音は鳴り止まない。

 

「――――ははあ、腹が空いているんだな?」

 

 男は鬼の眼前で視線を外し、持っていたらしい風呂敷をごそごそと弄っている。

 

 鬼の前で荷物を気にするなど、馬鹿にしているのか。命が惜しくないのか。そう、噛みつこうとした。

 

 だが、それは叶わなかった。

 

「ほら、これをお食べ」

 

 男が包みから取り出したのは握り飯――――願って止まなかった食糧だったのだ。

 

 何も考えず、無言でその手から奪い去る。

 飯だ。久方ぶりのまともな食い物だ。毒への警戒も忘れて、むしゃむしゃと喰らう。

 

 ああ、美味い。塩味も効いている。きちんと調理された物の、なんと美味いことか。

 米粒一つ残さず、ぺろりと平らげた。

 

 まだまだ足りない。満腹には程遠い。

 だが、腹の虫は大人しくなった。及第点だろう。

 

 ふぅ、と息を吐いて顔を上げる。

 先の男と目が合った。

 

 …………まだいたのか。()うに逃げたものと思ったが。

 

 鬼の眼光を以て見つめ返してやっても、男は視線を逸らさない。

 一体何が楽しいのか、にこにこと表情を崩さなかった。

 

 その男の行動は不可解だった。

 

「……………………見世物ではないぞ」

 

「そうだな」

 

(われ)は鬼ぞ」

 

「そうかそうか」

 

「貴様如き、一口で呑み込んでくれよう」

 

「おお、それは怖いな」

 

「うむ」

 

「握り飯は美味かったか?」

 

「うむ。…………………………ん?」

 

 如何なる呪術によるものか。気づいた時には握り飯の感想を引き出されていた。

 

 鬼から一方的に何かを得るなど、不届き千万。

 常であれば八つ裂きにして血を搾り取ってやるところではあるが。

 

「………………()ね」

 

 その無礼な男を見逃したのは気紛れだった。

 せっかくの美味い食事の後に不味い肉を喰うのもどうかと思った。ただそれだけのこと。

 

 特に深い理由ではなかったのだ。

 それこそ、次に襲った村にその男がいても気づかないだろう。鬼と人の間柄など、その程度の縁だ。

 

 

 

 

 

 だから、やはりあれはおかしな奴なのだろう。

 

 

 

 

 

「――――なぁ、もしかして君、ずっとここにいるのか?」

 

「………………まぁた貴様か」

 

 何故か男は翌日も目の前に現れた。

 翌日も、そのまた翌日も閑散とした山にやってきた。

 

 狩りのため獲物を探しに出ている時であっても、男は最初に遭遇した場所で待っているのだ。

 なんだ、何を狙っている。鬼の首でも狙っているのか。…………それにしては刃物の一つも持ってきていないが。

 

 何度男を追い返しても、次の日には何事もなかったかのように笑って、食い物を貢いでくる。

 

 つくづくおかしな男だった。

 身形こそ草臥(くたび)れているが、言葉遣いそのものは悪くない。ただの辺境の住人とも思えなかった。京かどこぞの郷里から流されでもしたのだろうか。

 

 追い払うために、その辺りの生木を引っこ抜いて脅してやろうとしたが、鬼を恐れる素振りもない。

 鬼の力を見て、ただ純粋に「すごい」だなんて言ってのける。

 とにかく距離が近い、近すぎだ。

 

 阿呆かこいつは。そう、思った。

 (おに)の前に(ひと)がのこのこ出て行ってどうするのか。

 焼くぞ、裂くぞ、終いには喰うぞ。

 

 ――――ええい、何故頭を撫でるのだ!?

 

「もっと食べるか?」

 

 …………食い物(みつぎもの)があるなら、もっと搾り取ってやろう。

 だからこれは撫でるのを許容したわけではない、決して。

 

 

 

 

 

 その日も男はやってきた。

 だが、どこからか血の滲むような匂いがした。怪我をしているのか。

 

 少しつついてやると男は白状した。

 曰わく、いつものように飯を炊こうとして、炭がないことに気づいた。ならばとまず炭を焼こうとして火加減を誤り、うっかり火傷をしたらしい。

 

 …………呆れた。なんと鈍臭いことか。

 

「ええい、たわけ! (なれ)は火もろくに扱えぬのか!」

 

「いやあ、面目ない…………」

 

 理由はわからなかった。

 しかし、へらへらと笑う男に対して、妙に腹が立った。

 

 だから、傍らにあった木の幹をへし折って、魔力に物を言わせて燃やしてやった。

 

 鬼の炎は瞬く間に木を内側より黒く染め上げた。

 か弱い人の手でも運べるよう、炭化した木を小さく砕いて投げ渡す。

 

「…………すごいなぁ」

 

 男は珍しく、ぽかんと口を開けている。

 ほんの少しだけ、溜飲が下がった気がした。

 

「ハッ、何を当たり前のことを言うておる。泣く子も黙る大江山の茨木童子とは(われ)のことよ」

 

「そうかそうか、そんなにすごいのか。――――では茨木童子さま、こちらが本日のお食事でございます」

 

 芝居がかったようにずずいっと出されたのは、笹の葉に包まれた捧げ物(たべもの)。中身は葉の物や果実が中心だった。

 

 ひょいと口に運ぶ。

 

「むぅ…………」

 

 喰える――――いや、どちらかというと美味い。

 だが、しかしだ。これも美味いことには違いないが、やはりもう一手間加えた味が欲しいのだ。

 

 …………炭か、美味い飯には炭が必要なのか。

 良い供物を用意するのに必要ならば、炭ぐらいはこちらから恵んでやってもいいか。

 

 ――――炭だけだぞ。炭以外は作らぬ。鬼が齷齪(あくせく)働いてどうするのだ。

 

 

 

 

 

「――――おーい、茨木ー、前回の炭が多かったから麓の村でお裾分けしたらな、すごく評判がいいんだ」

 

「当たり前であろう。(われ)の鬼火で焼いた炭ぞ。人の(ぬく)い火とは格が違うのよ」

 

 毎日毎日、何故懲りずにこの男は通ってくるのだろうか。

 

 …………まあ、特に行く宛もない。

 美味いものを貢ぎ、鬼を崇め奉っているなら、もう少しだけここにいてやってもいいかもしれない。

 

 

 

 

 

「――――(なれ)、何を作っておるのだ。神棚か? (われ)、神だの仏だのは好かんぞ」

 

「茨木がその…………酒呑、さま? その方と再会できるように祈って作ったんだ。名前は…………そう、『酒呑棚』というのはどうかな」

 

「吾と酒呑の…………! ほほう、人にしては殊勝な心掛けではないか!」

 

 もう少しだけ。

 

 

 

 

 

「――――見てくれ茨木! ほらこの子、髪も目も赤い赫灼の子だぞ! きっと茨木の炎が宿ってるんだ!」

 

「む…………何かと思えば、吹けば消し飛ぶ程度の火の粉ではないか。このような木っ端な炎で(われ)が喜ぶと思うたか。………………まあ、吾に少しでも近づこうというその努力ぐらいは認めてやってもよいが」

 

「ちょ、わっ!? 茨木、もっと優しく! 丁寧に触れて!」

 

「うるさい………………吾は今……疲れておるのだ…………」

 

 もう少し。

 

 

 

 

 

「――――この子の名前、どうしようか?」

 

「別にどうもせぬ。(なれ)が勝手に決めれば良いではないか。この山で(われ)が作ると決めたのは、吾への捧げ物に必要となる竈に()べる炭だけよ。それ以外は関知せぬ」

 

「茨木…………」

 

「………………………………………………ええい、そんな目で見るな! 炭以外は作らぬ、そう決めておるのだ! ――――故に、これの名は炭壱(すみいち)だ!」

 

「すみいち」

 

「……………………なんだ、不満か?」

 

「いや…………ありがとう。いい名前だ」

 

「む…………そ、そうか。まあ吾にかかればこの程度のことは造作もないが」

 

 あと、少し………………。

 

 

 

 

 

「茨木ー、茨木さまー」

 

「さまー!」

 

「ええい! (われ)に群がるな! 引っ付くな! そもそも(なれ)は何故(わらし)と共に迫ってくるのだ!? 来るな! 近いと言うておろう!?」

 

 ……………………。

 

 

 

 

 





Q:どうして茨木が竈門家の祖先になったの?
A:身も蓋もない言い方ですが、餌付けされたからっすね。



【大正コソコソ噂話】
 本二次創作中において、Fate時空と乖離した原因は鬼舞辻無惨です。
 平安時代、無惨が人喰い鬼になったことでバタフライエフェクトが発生。茨木と酒呑の結末が変化しました。
 なお、無惨がやったことは粗方茨木たちのせいにされていました。そのため、京を守護する頼光やその配下の四天王は茨木側の鬼退治を集中的に行いました。
 結果的に、無惨は茨木たちを囮に生き延びたのです。
 もし頼光側にバレていたら、当時の無惨はまだ弱かったので瞬殺でした。平安最強のデーモンスレイヤーに見つからなくてよかったね、無惨さま。

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