ロミオとジュリエと 作:飼育槍
「ロミオ様、どうして貴方はロミオなの」
「ああ、ジュリエット。それはね――――」
靄のように薄れていく景色と引き換えるように、眩しさと共にヒバリの声が聞こえてくる。
「ああヒバリよ、どうかロミオ様と別れを告げる夜明けを連れてこない――――――で……えっ?」
夢から覚めて唐突に思い出してしまった。
何ということでしょう。
私の前世はとある中世の貴族令嬢。名前はジュリエット。
憎しみ合う仇同士の家に生まれた運命の相手ロミオ様と愛し合い、そして運命の皮肉によってその関係を死によって断たれた悲恋の片割れ。
生まれ変わった今世の名前は、
親しい友人からの呼び名はジュリエ。
たった今、前世と今世の二人分の記憶とそれを処理し得る頭脳を獲得したスーパーお嬢様。
わかる、わかるわ。第六感が、いえ、運命の赤い糸が私に教えてくれる。
ロミオ様もまた、現世に転生しているのだと。
そうと分かれば逢いに行かない理由など無いわね。
ロミオ様、あなたのジュリエットが今参りますわ。
足が軽いわ。
もう何も恐い事なんて無いの。
今の私は野馬のたてがみよりも風を切り、天使様の羽根よりも軽やかよ。
「里惠お嬢様ッ、今日は縦ロールも巻かずにお出かけになるのですかっ!?」
今世でも名家に生まれた私の父に雇われた執事が、特注品のヘアアイロンとクシを持って走ってくる。
…そう言えば髪型どころか、制服にも着替えていませんでしたわ。
ネグリジェで登校だなんて、これでは天下の超財閥大樹家の御令嬢が痴女扱いですわね。
「ふふっ、忘れていたのよ」
汝嘘をつくなかれ。
決して虚偽で取り繕うことなく堂々としていてこそ大樹家の令嬢に相応しき佇まい。
故に私は堂々と事実を告げる。
「…そうですか。まあ、いつものことですからね」
呆れたように執事が告げるが、私はそんなに忘れごとが多い方ではないつもりよ。
いえ、ロミオ様のことを忘れていた私がそれを言っても嘘になるかしら。
「比井田、髪のセットをお願い。いつものように、いえ――――いつもの三割増しのドリドリでお願いするわ」
「承知いたしました」
私の執事は元カリスマ美容師だけあってセットが上手い。
スーパーストレートな私の髪さえ、ドリドリに変えてしまうの。
今日もいつも以上にパーフェクトよ。
そうして執事が私の髪のセットをし終わった頃に、いつも通り丁度朝食が出来ている。
いつもはパパとママがトレビアンな感じに私を構い倒すのですが、今日は結婚記念日ということで旅行に行っています。
運が良ければ十月十日もすれば弟か妹が出来るのでしょう。
出来ればクソ生意気な弟がこれ以上増えるのは勘弁なので、私に似たお淑やかな妹を希望です。
完璧なマナーで食事を終えた後、喜び勇んで馬車――――――は現代にはないので馬のシンボルマークが付いた車に乗り込みます。
クソ生意気な弟は可憐な姉に挨拶もなく、今日も心底だるそうな顔で私の後から乗り込みました。
弟は朝は基本的に無口です。しかし態度が非常に悪いのが玉にキズですね。…静かにするに越したことはありませんが。
無言な弟には何もいわない執事は、私にだけいつものやりとりを聞いてきます。
「お嬢様、学生証は持ちましたか」
「持ったわ」
「お嬢様、ティッシュは持ちましたか?」
「ええ、持ってるわ」
「ハンカチは持たれてますか?」
「比井田、私を誰だと思ってるの。毎日言われてるのだから当然持って…あ、あれ…おほほほほほ、ハンカチはどうやら翼を生やしてどこかへ飛び去ったようね」
「…お嬢様、今日も大変面白いご冗談ですね」
そう言って比井田は大樹家の家紋が入った予備のハンカチを車のポケットから出して渡してくれた。
何故比井田は最初から素直にハンカチを差し出さないのかしら。理解に苦しむわ。
比井田の運転する違法改造一歩手前の
校門へ到着すると弟が先に下りて、爽やかな笑顔で私の手を取ってエスコートします。
つい先程までは世界の全てを鬱陶しいような顔をしていたくせに、外に出た途端これです。
不必要なほど過剰に良い外面に瞞される女生徒が多いとは聞いていますが、この腐りきった内面を見破れない方にも問題はあるのでしょう。
執事の比井田はと言えば、どこぞの家の家政婦と会話をしています。
随分手が早いようですが、あの家政婦と知り合って約半年になるというのに、視線を逸らしながらビートルズの話をし始めました。
…ドン引きです。
女性との朝最初の会話がビートルズの使用していたスタジオの豆知識だなんて、私と話すときの余裕が何処へ行ったのか分からない有様です。
「実は音響に拘るにあたって当時の技術で――――」
「ふふ、詳しいんですね」
普通の人なら幾ら顔が良くても
だというのに見た目ハーフな家政婦の人、話を合わせて頂いてその優しさに感激してしまうわ。
きっと世が世なら聖女認定されてもおかしくもないわね。
私なら口に
そんな冷めた目で我が家の執事を見ていると、どうやら家政婦の主人(の家の息子)がやってきたようでした。
「ヴァルザーさん、忘れ物を届けてくれてありがとう」
「坊ちゃま、これもわたくしめの仕事ですから」
ヴァルザーと呼ばれた家政婦――ハーフと思ったら普通に名前が外国人だった家政婦から、お弁当らしきものを爽やかに受け取った彼は同級生の――――――
その瞬間、私に電撃が走った。
別に弟が悪戯で発泡スチロールを擦って溜めた静電気を私にバチッとしたことだけが理由ではありません。
これは、運命が扉を叩く際に発生する恋の稲妻です。
この時代でロミオ様が誰に転生したのかをビビビッとこの瞬間に理解したのです。
まさかロミオ様の転生先がロミオだなんて想像もしなかったわ。
「ロミオ様、私です。ジュリエットです。ずっと…ずっとお逢いしたかった――――」
ロミオ様もきっと私を見て前世を思い出してくれたはず。
ええ、きっとそうに違いありません。
「ロミオ様――――――」
「ジュ――――ジュリエさん、今日も何だか良く解らないけど絶好調だね」
ロミオ様はそう言って私を熱く抱擁――――――することなく引きつった笑いを浮かべています。
えっ、なんで、どうして…!?
「姉さんは今日も愉快だね。でも迷惑になってるよ」
愚弟がとても失礼なことを言っていますが、取り敢えず愚弟の腕を一瞬で引いて体制を崩すと同時に軽やかに顎と膝とに瞬間的な打撃を加えて地に沈めます。
踏み台にのると私とロミオ様の身長差は0。私が少し低いくらいの方がキスに都合が良いかしら。
やはり、愚弟は踏み台には向いていないわね。
まあそんなことよりもロミオ様。
ロミオ様、貴方はどうして――――――もしや、前世の記憶が無いっっ!?
何ということでしょう。
いえ、よくよく考えてみれば私だって前世の記憶に目覚めたのは今朝起きてのこと。
ロミオ様が未だ前世を思い出せなくても仕方ありません。
ですから、こうなったら私が前世のことをロミオ様にお話しし続け、前世の燃えるような愛を思い出して頂こうではありませんか。
ええ、そうですわ。
これぞ淑女の生きる道。
「ああロミオ様、死が二人を隔てようとその愛は必ず蘇るものなのです。ロミオ様の記憶、このジュリエットが取り戻して差し上げますわっっ!!」
かくして、電波系少女(?)につきまとわれるロミオこと永広澪少年の苦難の日々が始まる。