ロミオとジュリエと 作:飼育槍
全く、面倒なことになってしまった。
僕の名前は
しがない財閥の次期後継者をやってる。
信じられない事に前世の記憶があり、前世では僕の渾名と同じロミオの名前で呼ばれていた。
小学生の時に思い出したが、人に言っても信じて貰えずに随分と痛い子の扱いを受けてしまった。
中学二年生になる前に黒歴史に対するトラウマホルダーになるとは思わなかった。
あの時はイタリア人75%日本人25%のクォーターな、我が家の家政婦さんのヴァルザーさんには随分と生暖かく微笑まれたものだ。
ヴァルザーさんは普段和やかだけれど、昔は相当に
妹さんがその日の夜から一週間くらい、青い顔でヴァルザーさんに五体投地をしていたあたり、根も葉もない噂…というのは無理があり過ぎるだろう。
庭にあった木が一本真っ二つに裂けていたことも、もしかしたら無関係ではあるまい。きっとね。
とにかく彼女だけは怒らせてはならない(戒め)
とにかく僕はあの日のトラウマは今後も勘弁願いたい。
僕はヒラメやカレイのように海底で身を潜めて地味に生きていくのだ。
そんな僕であったが、今日はお弁当を忘れてしまった。
寝坊してサッカーの朝練に遅れそうだったので、焦っていたのだと思う。
そんな僕の所に武闘派――――もといお淑やかさを纏ったが如きヴァルザーさんが忘れ物を届けに来てくれた。
そのヴァルザーさんにはいつも通り永広財閥の宿敵、大樹財閥の家の執事が何か話しかけている。
いつも通り暖簾に腕押しのご様子で、最初は情報を抜き取りに来た陰湿な執事かと警戒していたが、今ではどちらかといわなくとも同情気味だ。
何故彼の所のお嬢様に接するようにクールにいけないのかと、こちらが応援してしまうくらいだ。
もしやそれも作戦かと思いそちらに視線を送ったが、可哀想になるくらいの支離滅裂なテンパりっぷりにやはり思い違いでしかなかったことを確認した。
ちょっとばかし昔に、モテ男子ご用達のファッション雑誌の特集で、よく似た顔のイケメンカリスマ美容師が、女性を口説くにあたってのハウツーを深~く長~く語っていたような気がするが、多分他人だろう。
そうしているとMr.童貞の女主人がやってきた。
大樹里惠。
僕は正直彼女が苦手だ。
なんでかというと、これでもかというくらいキラキラしている。
どこかの大学の教授が、彼女の周囲の大気が光を乱反射する現象を研究しに来日したくらいにはキラキラが今日も止まらない。
僕は、僕はマリーゴールドの根を嫌がる線虫のようにひっそりこっそり生きたいんだ。
彼女のキラキラに当てられてSRキャラの如くホログラム加工されてしまうのは、本当に勘弁して頂きたい。
そんな彼女は僕を見て言った。
「ロミオ様、私です。ジュリエットです。ずっと…ずっとお逢いしたかった――――」
まさか――――――ジュリエッ…ト?
思わずその名前を呼びそうになるが、それを普段の彼女の渾名のジュリエで上手く誤魔化す。
いや、それは本当に勘弁して欲しい。
彼女は日頃からTHE悪役令嬢な見た目をしていながら100%中の100%な、ド級の、いやドどころかレもミもファも超えていく天然であり、少し、いや…かなり電波なところがある。
彼女だからこそ何をしても、いつものジュリエだと周りに許されるが、普段真面目キャラでやってる僕がそれにのったら痛い子にしか思われない。
痛い子痛い子飛んでいけ~。
…ああ、昔言われた悪口がビブラートしながらリフレインし続ける。
違うんだ。僕は痛くない子じゃない。
痛かった。過去形だ。ああ…痛かった子だ。
「ええ、ロミオ様、私も貴方にお逢いしたかった。」
違う、それも違う。
そんな過去はなかった。
何故このタイミングで彼女はそんなことを――――
ここで、いつの間にか口から思考が漏れていたことに気が付いた。
独り言ブツブツとか、完全に痛い子だ。
友達に話を聞いて貰えないから、独り言で周囲に周知して貰うタイプの痛い子になってる。
大樹の弟やヴァルザーさんや童貞執事の顔が見られない。
きっと僕を笑ってる。
「いえ、過去は確かに心の中にございます。ロミオ様は忘れたつもりかも知れませんが、過去は必ずその腕の中へ」
そこをほじくり返さないで。
違うんだ。
過去を思い出した序でに邪なる黒竜が腕に宿ったつもりになってマジックで色々腕に描き込んだなんて過去はない。
そう、そんな過去は無かった(断言)
あるはずだ、必ず見付けてみせる。この状況を覆す神の一手を―――――
…見付けた。
「ジュリエさん、取り敢えずのってみたけどアドリブが続かないな。ジュリエさんは今度は演劇に興味が出たの?」
あくまで良く解っていないけど、
実際にジュリエットだと分かっているだけに心底申し訳ないけれど、どうにかここは大樹里惠としてのりきって欲しい。
伝われ、伝われこの想い。
愛し合った君なら分かるはずだ。
お願いだジュリエット。
僕にクラゲのような穏やかな学園生活を送らせてくれ。
電波女王の名を欲しいがままにしてしまった君と、その名が知れ渡ったここで近くにいるわけにはいかないんだ。
君を知る人のいない場所で、再びひっそりとこっそりと前世を始めよう。
そうだろう、ジュリエット。
僕は目で合図を送った。
具体的には瞬きでモールス信号を送った。
モールス信号を知らないので、あくまでイメージでだけど。
ジュリエットは、僕の瞬きに気が付いたのか、指で数を数えながら考え始めた。
伝わったのか、モールス信号。
…っていうか、僕のモールス信号は適当にやってみた感じのやつでしかないぞ。
意味なんて僕も知らないぞ。
何で伝わったんだ?
というか何が伝わったんだ。
気になる。
教えて欲しい。
いや、今ここで教えて欲しいわけじゃない。
寧ろここでは何も言わないでくれ。
そう念じていると、モールス信号を解読し終えたように、ジュリエットは大きく頷いて輝くような笑みで此方を見た。
何というか、物理的に輝き始めていて、周囲の視線がジュリエットに集まっている。
よくない。とても良くない気がする。
絶滅が危ぶまれるイリオモテヤマネコの様に、ひっそりこっそり隠れて生きるはずの、僕の日常がひずんでいく音がする気がする。
というか、良く解らない効果音がジュリエットの周囲から発光しながら発生している。
「ロミオ様、私完全に理解しましたわ。」
いや断言してもいいが、その一万ルーメンを誇る満面の笑みは絶対に理解していない。
「記憶を思い出そうとしたり、口に出そうとすると悪魔の呪いに邪魔されてしまうのですわね。
ですが心配ご無用ゴムは避妊用…あら失礼。
このジュリエットが、愛の力でそんな呪いなどぶち壊して差し上げますわっっ!!!!!」
その
最後に見たのは、ヴァルザーさんの凄くイイ笑顔だった。