りきざのかわり~首切り男とちんちん取られた神主~   作:小名掘 天牙

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晩飯時の八百両

 くつくつと煮えるきのこ汁の匂いを嗅ぎながら、長い髷の楚とした風貌の青年・月下茶々丸は立ち昇る出汁の香りへの満足感に「ほぅ……」と溜息を吐いた。

 

「ん。完成かな……」

 

囲炉裏に掛けられた鍋料理へ内心で自画自賛をしながら、椀に醤油で味を調えたなめこ汁を移し、ぱんっと手を打った。

 

「いただきます」

 

夏が過ぎ、そろそろ日が早く落ちるようになった今日この頃。旬となった山菜やキノコ類をふんだんに使った汁はたゆたう湯気だけでも食欲がそそられた。箸を取り、新米で炊いた白米を掬うと、じっとりと甘みを噛みしめる。こちらも臭みのない旬の旨味に満ちている。

 

「……」

 

そんな、旬の恵みに舌鼓を打ちながら、茶々丸は細やかな贅沢を堪能していた。が、

 

 

「頼もう!!」

 

 

茶々丸の細やかな至福の時は、不意に打ち鳴らされた木戸の音によって、無理矢理待ったをかけられたのだった。

 

「ん?」

 

甲高い女性の、しかし、僅かに渋みのある声に首を傾げた茶々丸は、一瞬空耳かとも考えたが朗と響いた声とどんどんと打ち鳴らされる木戸の音に、それはないかと肩を竦め、観念して立ち上がる事にした。

 

「はいはい……」

 

からりと立て付けの悪い引き戸を開く。一瞬誰も居ないかと思ったが、ふと見下ろすと小柄な頭巾を被った女が居た。

 

(おっぱいでっか……)

 

子供じみた背丈に、一瞬年や性別に疑問を持った茶々丸だったが、そのでんと存在を主張するおっぱいに、すぐさま認識を改めた。

 

「何か?」

 

(女郎の類じゃないよな……)

 

明らかに設えの良い衣とすっとした姿勢に、茶々丸は遊女の類の可能性を排除する。

 

「夜分にすまぬ」

 

そんな馬鹿な事を考えている茶々丸の前で、その女性は被っていた頭巾を脱いだ。

 

(貴族?)

 

その風貌に、茶々丸は真っ先にそんな疑問を抱いた。

 艶のある、真直ぐに切り揃えられた黒髪。丸く整えられた太めの眉。雪の様に白い(かんばせ)。そのどれもが伝聞で聞く貴族の風貌だった。だが、整った顔立ちの中でくりっとした好奇心が強そうな瞳と、紅をさした様子もない唇が不思議と貴種よりも村娘に近い活発な印象を齎してきた。

 

「驚かせてしまったのう」

 

「ん、ああ、いや……」

 

そんな彼女の容姿に、つらと感想を抱く茶々丸の前で、少女? は、にかっと笑みを漏らした。茶々丸が抱いたように、何処か活発で、悪戯っぽい笑顔だった。

 

「突然の事で済まぬが、今晩一日、宿を借りたい」

 

「それはまた……」

 

本当に突然だ。

 

「此処は宿屋じゃないんだけど……?」

 

「まあ、そこは分かるのだが……無理を押して頼みたいのだ」

 

茶々丸が断ろうとするが、ひらと小さな掌を差し出し、彼女は茶々丸の言葉を推し留めてきた。

 

「確かに、我であっても断ったであろう。唯、我もこの通り、非常に難渋しておる」

 

「……」

 

「故に」

 

「?」

 

「対価としてこれを受け取ってもらいたい……どうだ?」

 

「!」

 

差し出されたそれに、茶々丸は思わず目を見開いた。というのもだ、目の前の彼女から差し出されたそれは一振りの刀だが、護り刀か何かと思われるそれは、華美な装飾の類は一切ない、黒い上質の漆塗りの鞘に納められていたが、そんな簡素な見た目にも関わらず、一見して相当価値のあるものだと見て取れた。はっきり言って高級宿であっても、一泊程度で差し出す様なものではない。下手をすれば並の宿を二三軒買い取れる代物だ。

 

「いや、これは……」

 

「何、気にするな! 確かにこれは先祖代々我が家に伝わる護り刀だが、しかし、今こそ我が苦難の時。あたら粗末に扱う訳ではない以上、ご先祖様も我の英断を賞賛しこそすれ、責める事等なかろうよ!」

 

かっかっかっ! と機嫌良く笑う彼女。何と言うか、すっごい断り辛い。おちゃらけた雰囲気だが、思いっきり重い背景を語っている。茶々丸としては流石に襤褸屋の一泊に釣り合わないと思っていたのだが、この少女がやけに自信満々なのはどういう理由だろうか。

 

「……」

 

さてどうしたものだろうか? 正直、一夜の宿としては過分に過ぎる対価だが、それに無邪気に食い付けるほど茶々丸もあほではない。というか、この後に何があるか分からないというのが本音だった。

 

「いや、やっぱり「ここかっ!?」

 

少し考えた茶々丸だったが、矢張断るかと思案したところ、丸で図ったかのように、荒っぽいがらがら声が割って入ってきた。

 

「?」

 

(今日は、妙に客の多い日だな……)

 

段々面倒臭くなりながら、茶々丸が顔を上げると、

 

(うわぁ……)

 

髭面に狩衣という、如何にもな装いの男が立っていた。

 何処からどう見ても事態がややこしくなるしかない気配に、茶々丸は思わず襤褸天井を仰いだ。

 

(さっきの台詞、明らかに何か探してんじゃん。って、やっぱりこいつは焦った顔してるし……つか、僕の手にある刀とかどう見ても……)

 

「貴様! それは!!」

 

「うん、まあ、そういう反応するよね」

 

茶々丸の予想通り、むさい髭男は手の中の刀を指差してがらがらと怒鳴り上げた。

 

「いや、うむ」

 

一瞬、くわっと目を見開いた男は、しかし、意外にもすぐにその顔を引っ込めてにこにこと似合わない愛想笑いを浮かべてきた。

 

「……」

 

一方の貴族様は、明らかに動揺しており、白い肌の上にうっすらと冷や汗を浮かべている。

 

(うん、何て言うか……うん)

 

こうも分かりやすく逃亡者と追手が現れるとは思わなかった。

 

(まあ、どちらにせよ……)

 

面倒事か、それともそうではないのか。先ずは聞かなければと姿勢を糺した。

 

「俺は関東松平家が家老、松平定信様の家臣、熊谷三十郎という」

 

「松平……」

 

その名乗りに、流石の茶々丸も思わず目を見開いた。

 

(江戸公方の次席家老じゃん……)

 

通称三公方と呼ばれる三家。尾張公方織田、大阪公方豊臣、そして、この男の口にした関東松平家、通称江戸公方松平は今の大和を抑える実質の支配者だった。その次席家老である松平定信の名もまた、大和全土に鳴り響いていると言ってよい。

 

(とはいえ……)

 

流石にこんな辺鄙な所にやってくるのが三公方の次席家老の直接の家臣とは考えにくい。良くてその家臣の家臣の、そのまた家臣くらいが精々だろう。

 

「そこの女、そして、その方が手にした刀は我が主のものである。直ぐに引き渡せ」

 

 そんな、茶々丸の失礼な思案を知ってか知らずか、男は想像通り横柄な口調でそう言った。

 

(さて……)

 

ちらりと見れば、先の少女? が、きっと熊男を睨み付けている。

 

(どう考えても、単純に失せ物探しって感じじゃないよな)

 

端的に言って、胡散臭い。

 

「ふざけるなっ!!」

 

そんな茶々丸の抱いた印象を裏付けるかの様に、隣にいた貴族様?がかっと吠えた。

 

「我は、我が身は我だけのものぞ!! 貴様の主人のような木っ端侍ごときが、この伴藤(ばんどう)力左衛門(りきざえもん)の身を我が物顔で所有した気になるなど烏滸がましいにもほどがあるわ!!」

 

「ふーん……」

 

その、竹を割ったような啖呵に、茶々丸は思わず感心を覚えた。

 

(またばっさりだね……)

 

一尺以上もでかい侍に、こうも真っ向から反駁する姿は中々に壮観だ。

 

(まあ、自分がされたら殴るけどさ)

 

もしくは切り捨てる。手に握った名刀の感触にそんな事を考えていた茶々丸だったが、目の前の髭侍も同じ考えだったらしい。かーっと顔面を真っ赤に染めると、ぶわっと顔中の毛を逆立てて、「貴様っ!!」と、この小さな少女に躍りかかろうとした。

 

「……」

 

だが、すんでのところで思い止まったのだろう。ぎりぎりと歯を噛み締めながらも、握り拳をほどいて二度三度と大きく息を吐いた。

 

(意外に理性的だね)

 

その姿に、感心した茶々丸は思わず口笛を吹きそうになった。月下茶々丸、嫌いなもの、我慢。激昂した武士の方が幾らか理性的だった。

 そんな、失礼極まりない事を考えている茶々丸の前で、心を落ち着けた大熊は、やり返すように少女を鼻で笑った。

 

「何が伴藤力左衛門だ! 食い詰めた襤褸神社の小倅ごときが片腹痛いわ!!」

 

その、腹の底から響くどら声に、茶々丸の襤褸屋敷がびりびりと震えた。思わず顔をしかめた茶々丸だったが、それは目の前の少女、伴藤力左衛門も同じだったらしい。案の定小さな手で耳元を抑えると、思い切り不快そうな表情をしていた。

 

(ていうか、連れ戻しに来たんじゃないの?)

 

力ずく以外の選択肢が既に無くなっていることに気付いているのかと茶々丸はうるさいだけの熊に問質したくなった。

 

「はんっ!!」

 

そんな茶々丸の内心は置き去りに、二人の闖入者は益々ヒートアップしていく。

 

「なにが食い詰めだ! 現実も知らぬドアホが! 我が朱丸神社が貴様の主人の様な木っ端侍なぞ必要としているわけが無かろう!! 我らが居らねば何も出来ぬのは貴様の主人の方よ!!」

 

「な、何ぃ!?」

 

「貴様のその反応が現実を知らぬという事実を物語っておるわ!! 朱丸神社の宗門人別帳が無ければまともな統治すら出来ぬ小領主如きが我の風上に立とうなど片腹痛い!!」

 

「ぐ、ぐぅ……」

 

「あ、流石にそれくらいは知ってたのか」

 

(まあ、無意味にこの娘と喧嘩して、手荒に扱われても困るから、それくらいは教えているか……)

 

茶々丸は二人の延々と続く罵声の応酬に面倒臭くなりながら欠伸をした。

 

(でもまあ、話を聞く限りはこっち(りきざえもん?)の方が事実を理解しているみたいだな)

 

女性らしくない名乗りをした彼女の姿に内心独り言ちながら、茶々丸は先ほど受け取った刀の鯉口を改めて切ってみた。

 抜き放たれた刃紋はぐねりとうねり、強い躍動を見せている。不均一なそれは一見すれば数打ちの駄作に見えるが、鈍く光る刃がそれだけではないことを雄弁に物語っていた。鞘や柄の出来栄えだけでなく、この刃を目にすれば、こんな刀を所有している神社が困窮しているわけなどないという事は容易に想像が出来た。

 

「我が祖父の死後、貴様らが何度も何度も我に頭を下げる故に、仕方なく情けを掛けて、交渉に応じてやった恩を忘れ、我が神社を攻めた忘八のかすどもが! 己の体に流れた下賎な血筋を誤魔化すために、我が一族との婚姻を懇願しておきながら、なんたる恥知らず!! その金魚のふんごときが我の迎えなど虫酸が走るわ!!!」

 

(うん、容赦ないな……)

 

茶々丸は力左衛門の口からでた罵詈雑言の数々に思わず染み天井を仰いだ。頭巾をとった瞬間の、貴種のイメージは吹き飛んでいる。むしろ、本当に口で言っているような神社の跡取りなのかと疑いたくなっていた。

 

(しっかし、この我様も大概口悪いな……)

 

現に、目の前の侍は「い、言わせておけばぁ……」と激情に震えている。

 流石に此れで激発したからと言って、武士を責めるのも酷な気はした。

 

(まあ、別にこのりきざえもん? ……どんな字なのかも分からない女の味方でもないんだけどさ)

 

 

 

 

「ちゅーか、自分の娘を差し出したくないからと、男の我を態々南蛮魔法で女にした上にちんこ突っ込もうとするなぞ、発想自体が気色悪いにも程があるわぁ!!」

 

 

 

 

「マジかよおい」

 

茶々丸の、髭侍に対する同情は全て吹き飛んだ。確かに、その発想は単純に気持ち悪い。茶々丸だって、こういう反応になるだろう。それこそ家宝? の刀を差し出してでも逃げたくなるはずだ。

 

(ていうか、男だったのか……)

 

内心呟きながらも、茶々丸は妙に納得した。そもそもの名前、口の悪さ、言葉選びの下品さ、そして何より、一寸した仕草の色気のなさは何処を切っても確かに男でしかあり得ない。それに、姿の方も南蛮魔法ならばあり得る話だった。それはそれとして、

 

「幾らなんでもないだろ……」

 

茶々丸は自分のちんこを取られる事を想像し、更に尻にちんこを入れられる事を考えて思わず身震いした。

 

(ちんちん取るとか、ごく少数の男以外には恐怖にも程があるだろ……)

 

「しかも!!」

 

「まだ何かあるの?」

 

茶々丸は思わず問い返した。もういい加減面倒臭くなってきている。

 

「我のちんちんぶったぎった理由が、自分の娘にちんちん突っ込むのは自分だけでいいっちゅーしょーもない理由だからな!!」

 

「……は?」

 

茶々丸はとうとう間抜けな声を上げた。

 

「え?何? つまり、近親相姦の独占欲でちんこ切られた訳?」

 

「うむ!!」

 

憤懣やる方ない様子で頷かれた。

 

「あのど阿呆、我が神社の力を借りたいと言っておきながら、顔合わせの席についた途端、いきなり襲い掛かってきたわ!!」

 

「その時って、まだちんこ付いてた筈だよね?」

 

「おう。人のちんちん取ったくせに、あいつはちんこビンビンであったの!」

 

「想像したら気持ち悪くなってきた」

 

「因みに、我を犯そうとしながら、娘に子供産ませたことを自慢してきた」

 

「頭おかしいんじゃないの?」

 

もしくは、脳味噌精液なんじゃないの?

 茶々丸と目の前の力左衛門が揃って主を罵倒するからか、髭熊侍の顔はそろそろ赤を通り越して土気色になってきている。だが、すっかり調子に乗り始めた神主? は、むしろここからが本番だとばかりに吠え猛る。

 

「そも、我は妻一筋!! 妻を悲しませるだけの婚姻同盟なぞ、端から願い下げよ!!」

 

「愛妻家だね」

 

「うむ! ちんちん入れる穴は生涯に一つ……いや、ふた……三つあればよい!!」

 

「何処を数えたのかは聞かないでおくよ」

 

多分上と下。あと、後ろ。

 

「あ、やっぱり二倍にしておいてくれぬか?」

 

「ちゃっかり愛人増やしてんじゃねーよ」

 

妻一筋は何処に行った。

 

「分かったら坂本柘榴に言っておけ! 貴様のようなひひ爺が、我を組み敷こうなど百年早いとな!!」

 

(うわ、本当に大したことないっぽい……)

 

坂本柘榴。ぶっちゃけ聞いたこともない。ただ、この辺りからかなり離れた場所に、江戸公方の家来の中でも小物と言われる者達が複数ひしめき合っている土地があったはずだ。恐らくではあるが、その坂本柘榴?もその類いの人間だろう。

 

(宗門帳を狙ったのはそういう訳か)

 

小領主がひしめき合う土地では、領民が少しでも条件の良い土地を探して移動を繰り返すのが世の常だ。もし、一度流れた領民を再び連れ戻すには、他の領主よりも楽な税や待遇を設定しなければいけないが、そんなことは長くは続かない。他の領主も又税率を下げ始めるからだ。そして、体力がたかが知れている小領主達がこぞってそんなことを始めれば、後はどうなるか、目に見えている。かといって、領民を四六時中監視するわけにもいかない。それならばと、力ずくで領民を連れ戻しに掛かれば、間違いなく今領民が住んでいる土地の領主と争いになるだろう。其れを避け、領民を自分の土地に戻せるのが宗門帳というわけだ。力左衛門の話が真だとすれば、彼の神社は複数の小領主の土地に門徒を抱えているのだろう。もし、その宗門帳を抑えれば、他の土地から門徒を奪ってくることすら可能だ。確かに土地柄や条件を考えれば宗門帳は喉から手が出るほど欲しい筈だ。

 

「一寸良い?」

 

「んむ?」

 

「百年経ったら、ちんこ入れられても良いように聞こえるんだけど、それで良いの?」

 

「……」

 

「……」

 

まあ、そんな事情はちゃんとからすれば知ったことではないのだが。

 

「訂正する。我にちんちん入れようなどと考える不届きものは、肥溜めに浸した鋸でちんちん輪切りにされてしまえ」

 

「生々しい上に、痛々しいね」

 

それ以上に臭そう。

 

(しかし、随分と活力に溢れてるね。神主なんてひ弱だと思っていたんだけど、認識を改めなきゃいけないか?)

 

茶々丸は、がぁっ!!!っと吼える力左衛門を見て、そんな感想を抱いた。

 小さくはあるが、傲然としていて、こっちの方が遥かに支配者らしい気迫を持っている。まあ、男だったときの体格を知っている訳ではないのだが。

 

「ぐぎぃ!!」

 

だが、当然そんな茶々丸の印象は目の前の熊には関係ないわけで。

 

「最早、許せぬ!!」

 

「あー……」

 

とうとう堪忍袋の緒が切れた様子の熊が腰に下げた太刀を引き抜いた。流石に焦りを浮かべる力左衛門。だが、もう遅いと大男は言葉になってない怒声を上げながら、遮二無二に力左衛門へと斬りかかっていた。

 

「……はぁ」

 

その、力任せで乱雑な太刀筋に溜め息を吐きながら、茶々丸は手に持った貰い物(・・・)の一刀を抜き放った。

 

「「なっ!?」」

 

驚愕する二人の闖入者の前で、熊男の体重を乗せた一撃を、茶々丸は渡された刀の切っ先で(・・・・)事も無げに受け止める。

 

「ぐあっ!?」

 

次いで手首を返した茶々丸が、ひょいと軽く刀の峰で小突いてやると、男は鼻血を撒き散らしながら吹き飛んだ。

 

「あんたが、何処の何様かは知らないけどさ、飯時に殴り込んできて人の家で刀抜くなよ。首、切り捨てるよ?」

 

「……」

 

「……」

 

予想だにしなかった光景、そして、淡々と感情をのせずに言い放った茶々丸の不気味な雰囲気に、少女の形をした神主と、髭面の侍は知らず知らずのうちに後ずさっていた。

 

「ま、待てっ!」

 

沈黙を破ったのは、髭侍の方だった。

 

「何?」

 

「わ、儂はその、女「男でしょーが」う、うぬ。その男と宗門帳「持ち出したの?」「我のちんちん取った奴にくれてやるなど不愉快千万故な」「そりゃそうか」……それと、御神体「あ、これ、やっぱり曰く付きか。まあ、そうだよね。どう見ても売りに出される類いの刀じゃないし」「うむ。行き掛けの駄賃に持ってきたのだ」「罰当たりな神主だなあ」「何、さっきも言ったが先祖より受け継がれた刀がいつの間にか御神体として扱われるようになっただけだからの。あっても先祖の説教くらいよ!」……」

 

「? ああ、ごめんごめん」

 

力左衛門と一緒になって茶化していた茶々丸は、閉口した侍に気付いて、そちらを向き直った。

 

「取り敢えず、幾ら出す?」

 

「な、何?」

 

「だから、この刀。あんたが幾ら出すのかって確認。あんたじゃなくて、主人の坂本柘榴? でも良いけどさ」

 

茶々丸の言葉に、侍は予想外の事を問われた顔になった。実際、武士に対しその様な口を使う町民はまずいないだろう。

 

「相応の褒美はあるであろう。それこそ、貴様ら町人が一生かかっても手に持つことのない様な大金がな」

 

だが、茶々丸が力左衛門を引き渡す交渉に着いたことを好機と取ったのか、元の横柄な口調に戻った男はよたよたと立ち上がりながらそう言った。

 

「具体的な金額は?」

 

「……十両は下るまい」

 

「じゃあ駄目だね」

 

金額まで突っ込んで聞いてきた茶々丸に、武家は不快気に顔を顰めたが、此処が落としどころと十両という盗めば斬首となる金額を提示してきた。だが、茶々丸はその金額にあっさりと落第点を付けた。

 

「そんなはした金じゃ話にならないよ」

 

「何だと!?」

 

そして、当然の様に髭男は目を剥いた。

 

「何か、僕が異常な事を言ったと思っているみたいだけど違うからね? これ、代々受け継がれた神社の御神体って言ってただけあって、相当の値打ちものだ。はっきり言って名刀と言って良い。……推測だけど八百両はするんじゃないかな?」

 

「はっぴゃ!?」

 

「そんなものか」

 

しげしげと刃渡りを眺めながら想定金額を茶々丸が告げると、流石に予想していなかったのか、武士の方は別の意味で再度目を剥いた。一方の所有者の方は落ち着いたものだった。

 

「出せる? 八百両」

 

「そ、そんな金」

 

「ま、大大名なら兎も角、小領主にぽんと出せる金額じゃないよね」

 

茶々丸はそう言って納刀しながら肩を竦める。

 

「と、いう訳で、この話は終わり、お仕舞、破談だね」

 

「さ。さっさと帰って帰って」と手を払う仕草をするが、後は武士からも興味を失ったのか、振り返ることもなくどっかりと座り込んで湯気の立つ茶碗に向かった。

 

(さて、これで大人しく帰るならそれで良いんだけど……)

 

「!!」

 

「ま、そうもいかないよね」

 

背後で、力左衛門が何事かを叫ぶのを聞きながら、茶々丸は身を捩る。

 

「そこになおれええええええええええええ!!!!!!!!!」

 

(やーっぱこうなった)

 

果たして、大上段に一刀を振りかぶった熊男が渾身の一撃を振り下ろさんと肉薄してきていた。だが、

 

(ま、これくらいならどうとでもなるね)

 

その伸び切った胴体は、茶々丸の目には大きすぎる隙としてしか、映らなかった。

 

「……」

 

素早く引き寄せた御神体を、再度抜き放つ。囲炉裏の火の光を弾き、きらりと光った一刀。

 

「なっ!?」

 

その光に、熊が驚愕の表情を浮かべた。

 風鳴りと共に跳躍した茶々丸が振り返ると、首を失った大男の躯がどうと音を立てて倒れるところだった。その奥では力左衛門がぽかんとしたまま唯々突っ立っているのが見えた。

 

「ふむ……」

 

取り合えず、べしゃりと落ちてきた男の生首を拾い上げると、躯と合わせて外に放り棄てる。血の臭いが染みついた板間を一先ず男から剥ぎ取った袴で拭き取ると、漸く茶々丸は一心地ついた。

 

「お主、強いのう!!」

 

「……」

 

気のせいだった。

 

(なんか、凄い目をキラキラさせてる……)

 

目の前の小柄な女性の形をした男、力左衛門はそのくりっとした目をきらっきらに輝かせて、茶々丸の手を握り、ぶんぶんと振り回してきた。

 

「いやー、良いものを見せてもらったぞ!」

 

「いや、その反応は可笑しいから」

 

曲がりなりにも生首飛んでるんだし。

 

「そうか?」

 

「そうでしょ」

 

「別に生首程度、珍しくもなんともないぞ?」

 

「ええー……」

 

「我の檀家が住んでいる辺りだと、小領主達が定期的に小競り合いして首パァンしておるからの」

 

「確かにそれは珍しくもない……」

 

本当に慣れていそうだった。

 

「我としてはお主の方が驚きだがな」

 

「そう?」

 

「うむ。偶発的に首を綺麗に落としたり、殺した相手の首を綺麗に切るものはそこそこ居るが、あそこまで狙いすまして首を落とせるのは中々ないぞ?」

 

「まあ、僕の方も仕事柄慣れているからね」

 

「ふむ?」

 

肩を竦めた茶々丸に、力左衛門は不思議そうに首を傾げた。

 

「まあ良いか」

 

「良いんだ?」

 

「うむ」

 

やけに嬉しそうに幼女(男)が頷いた。

 

「こんな、腕の良い剣客が我に力を貸してくれるというのだ。これは真に吉報よ。多少の事は流してよい」

 

「……は?」

 

なんか、とんでもない言葉が出てきた。

 

「どうした?」

 

「いや、ちょっと待って」

 

首を傾げる力左衛門に、茶々丸は待ったをかけた。

 

「誰が力を貸すって?」

 

「お主」

 

「僕、力を貸すどころか、一晩泊めることにも了承していないつもりなんだけど?」

 

「しかし、我が渡した刀の所有権を主張したであろう?」

 

「……」

 

そうだった。

 

「いや、でもこれは宿代だよね」

 

「宿代には高すぎると言っておったであろう?」

 

うん、まあ。

 

「ちゅーか契約不成立なら、刀抜かずに返せばよかったであろう?」

 

「……」

 

「もう斬ってしまっておるからなー。仕方ないなーぶふぉっ!?」

 

「うん、そうだね。確かに、既に対価を受け取っちゃっている以上、僕の負けだ。認めるよ」

 

「……認めるなら、人の腹に一発ぶち込まんでも良かったのではないか?」

 

「どや顔がむかついたから仕方ないんじゃないかなって」

 

板間の上で崩れ落ちたちんちんの無い神主が、息も絶え絶えになりながら、恨めし気に呟いた。

 

「誰がちんちん取れちゃった侍だ」

 

「言ってないし、元から侍じゃないじゃん」

 

神主じゃん。

 

「面倒臭いし、このまま首を落としちゃうって選択肢もまあ」

 

「おい」

 

「流石に冗談だよ。安心して」

 

「あんなにあっさり、侍の首を落としておいてか?」

 

「それはそれ。これはこれ」

 

「うーん、我が言うのもなんだが、お主、雑いな」

 

「そう?」

 

首を傾げた茶々丸の前で、「まあ、お陰で助けられたのだがな」と力左衛門の方がけらけらと笑った。

 

「さて、一先ず、負けを認めたという事で、お主を頼らせてもらうぞ」

 

「ま、しょうがないか……」

 

流石に観念した茶々丸は、仕方なしに肩を竦める。

 

「一晩泊めるのは良いとして、その後どうするの?」

 

「うむ、兎にも角にも、坂本柘榴をこっそりと討たねばならん」

 

「と、言うと?」

 

「我としては、このまま泣き寝入りするのだけは死んでも御免だ。かと言って、真正面から事を起こせば、神社そのものが潰されてしまうのでな」

 

「こっそりやりたいと」

 

「うむ。そうなるな!」

 

「やだなー……」

 

「その刀代、八百両であったか? 耳を揃えて払うならば、直ぐにでも引き上げるぞ?」

 

「まあ、しょうがないね」

 

「……そーゆー諦めの早いところ、我嫌いではないぞ?」

 

茶々丸の仕草がツボだったのか、力左衛門はまた楽し気に笑った。

 

「まあ、直ぐにとは言わぬ」

 

「ふむ」

 

「だが、力を借りたいのは本音だ」

 

「ま、前払いで貰っちゃったしね」

 

それも八百両。流石に、拗れさせるのは面倒だ。それに、

 

(朱丸神社……は知らないけど、宗門帳の持ち主を下手に殺したら、こっちの首が吹っ飛びかねないしね)

 

「……」

 

「何?」

 

「お主、一々発想が血生臭いとか言われぬか?」

 

「言ってくる相手がそもそもいないね」

 

「そうか……」

 

流石に、突っ込む気にならなかったのか、力左衛門は言葉を切って腕を組んだ。

 

「……そうだ」

 

そして、茶々丸が箸を取ると、思い出したように顔を上げた。

 

「?」

 

「まだ、お主の名を聞いていなかった」

 

「ああ」

 

そういえばそうだった。

 

「我の名は伴藤(ばんどう)力左衛門(りきざえもん)。まあ神主としては朱丸神社龍仙と名乗る事が多い。気軽に力左(りきざ)と呼んでくれ。お主の名を聞いても?」

 

「茶々丸。月下茶々丸」

 

「茶々丸か」

 

「まあ、好きに呼んでくれていいよ」

 

「では茶々だな」と笑う力左を前に、茶々丸は肩を竦めて残った椀の中身を飲み干したのだった。

 

 

 

 

 




このサイトで色々な方の作品を読むうちに自分でも書きたくなり、挑戦してみました。
ご感想など頂けたら嬉しいです。
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